【タイトル】  せっかくのGWなんで樹海に入ってみました。 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【ジャンル】  恋愛 【種別】  短編小説 【本文文字数】  2795文字 【あらすじ】  GW企画として書いたが、なんとなく気に入らなかったので没にした作品。すいません嘘吐きました実はただ文字数が足りなかっただけです。まあともかく、ちょっとした小話なんで、気軽にどうぞ。 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************  この密林に足を踏み入れてから、まだ一時間も経っていないはずだ。予想できる栄養摂取率に身体をあわせるため、今日は通常の半分は何かを血と肉にしなくてはならない。また、一日目である今日で水源を見つけておけば幸先も良くなるだろう。食べられる果実も見定められれば、尚良い。 「……ん?」  振り返る。視線を感じたような気がしたが、それらしき物は見当たらない。嫌な予感とともに悪寒がして、俺は早足で駆けていった。 「お」  ふと見上げた先に、赤い実のなった木を見つけて頬が緩んでしまう。運が良い。最低限の食料はできるかぎり使いたくないからな。  その果実は驚くほど美味しかった。  2日目。金目の物が電波時計だけのリュックから、タオルを取り出す。昨日に見つけた小さな泉から水をすくい、顔をジャバジャバと洗った。その後、同じく昨日のうちに目星を付けておいた一帯の木々から果実をもぎ取り、朝食を果たす。  果実の蜜に濡れる手をペロペロ舐めつつ、俺は辺り一面の樹海をぐるりと眺めた。  深い闇の中、獣が唸り声を上げているかのようだ。肌を撫でる風は、夏に吹き抜けるもののように涼しげ。それが余計に不安や恐怖をじわじわと滲ませる。ハッと何かを察して、俺は背後を振り返った。その瞬間に"影"が息を潜めた……気がする。一体なんだ。なんなんだ。猛獣か。俺を狙う何かがいるのか。  募る焦りを押さえ込みつつ、いつでも上へ退避できるよう木を片手で掴みながら、もっと住み心地の良さそうな拠点を捜索した。  3日目。気配は時たま察知できる。嫌な予感を抱えつつ、俺は穴を見つけた。クマの眠っていそうな大きな大きな穴。闇の世界に繋がってる門のようだ。おそるおそるその中に足を踏み入れてみた俺は、ぼろぼろになったひょろっちぃワンピースを肩にかけている女の子と出遭った。 「あなた、誰?」  女の子は小さなお口で、鈴の鳴るような声を発する。 「君こそだれだ」  俺が尋ね返す。その女の子が口を動かしたとき、まるで図ったかのようにくぅ〜と可愛い音が鳴った。頬を赤めらせてお腹に手を添える。どうやら、空腹らしい。 「くだものの成る木を知ってるんだ。いっしょに取りに行かないか?」  彼女に手を差し伸べる。彼女は、薄い微笑みを浮かべて僕の手を取った。  そうして穴から出て行けば、いつの間にか辺りは薄暗くなってきていた。元から光なんて入ってきてはいないが、この程度は感覚の問題である。そろそろ夜になる、気がする。俺たちは急いで果実を確保し、泉のある方へと帰還する。そう時間はかからなかったはずだが、いつしか辺りは本当に真っ暗となってしまった。クイクイと服の袖を引っ張られる。彼女が怖がるように目を潤ませているので、俺は笑顔を作る。大丈夫、と語りかけポケットから使い捨てライターを取り出した。ボッという音がして途端に淡い光が漏れ出す。それを高く掲げ、目を凝らし、俺は今度こそ彼女に作り物でない微笑を向けた。 「着いた。よし、飯にしよう」  彼女が嬉々とした目で頷くから、俺も心が躍ってしまっていた。少しすると、彼女がもう満腹になったようで俺に果実の方を分けてくる。俺はそれをありがたく受け取り彼女に尋ねた。 「君は、どうしてここにいたんだい」  途端に彼女が顔を伏せたので、俺は悲しげになった雰囲気を振り払うように明るく言った。 「俺、ゴールデンウィーク中はここでサバイバルの訓練をしようと思ってるんだ。だから、あと数日もすればここを発たなくてはならない。 君も、あまり長くこの場所にいてはいけないよ。家がどこかを教えてくれるなら、途中まで送るけど、どうだい」 「……わたし、あなたといたいな」  俺は思った。彼女は、もしかしたら自殺願望者なのかもしれない。言動からすると、親を無くしたか帰る場所がないのか。俺は、彼女をこの場所に放って置くなど想像するのも嫌だ。ふと彼女に目を瞠れば、彼女の華奢な身体が周囲との輪郭をぼやけさせているような錯覚に陥る。不安に背中を押されて、俺は激しく首を縦に振った。 「ああ、ああ。それじゃあ、俺の家に連れて行ってあげるよ。居心地がよければ、移り住むことにすればいい。そうだ。そうしよう」  俺は彼女の肩をひしと抱き寄せて、ただただ笑い声を高らかに上げ続けた。それが渇いたものとならないよう、止めることなど一切しないよう気をつけて。 ◇  それから数日を彼女と過ごすことで、俺は不自由ながらも充実した毎日を過ごした。やはりというか、体力の制限を意識していないスケジュールだったために身体がどんどん重くなっていく。今日ともなればどっぷりと浸かった沼をかいて進んでいるかのようで、頭のぼんやりした感じは振り払えなくなっている。  ともかく、今日はこの樹海から離れる日。俺は、元は拠点だった泉前――今では彼女と出会ったあの洞窟を拠点としている。途中で雨風に遇ったためだ――に行き、顔を洗い、疑問に思った。幾分かげっそりとした顔つきになっているだろうと予想していたのだが、想定外にも水面に映る俺の顔は血色が良くやつれるどころかふっくらと肉が付いてしまっている。どういうことだろうと首を捻っていると、彼女のにこにことした笑顔が横に並んできた。俺も自然と笑顔を浮かべて、彼女とほっぺをぽんぽんとくっつける。ともあれ、彼女とはこれからもいっしょに暮らしていくのだ。こんなか弱い子をほっぽりだすような家族なんかに彼女は渡さない。俺が護って、彼女を大切に育て上げよう。慈しみの気持ちで俺の心はいっぱいになった。彼女の髪に手を添え、優しくゆっくりと撫でる。 「ありがと」 「お礼なんていいよ――今さらだ」 「そんなことないよ――今じゃないと、言えないよ」  彼女が俺の首の両腕を回し、ぎゅうと抱きついてくる。水面に映る俺と彼女は、まるで彼女が俺の頬にキスをしているかのような図になった。 「とってもおいしそうになったわね」 「……おいしそう?」  俺には、その言葉が引っかかった。いや、引っかかったなんて生ぬるいものじゃない。もっと危機感に似た何かで、頭の中でサイレンのような音が響き始める。 「私、人間が大好物なの。この森に実る果物を食べた人間が何よりも一番美味しいから、めんどうだけど数日かけてじっくり飼育するのよ。今日という日が待ち遠しくて仕方がなかったから、今日くらいはお礼を言わせて貰うわ。まるまる太ってくれてありがとう。とってもおいしそうだわ。時間をかけた甲斐があったというものよ」  ガバリ。彼女の口が大きく左右に避けて、タール状の液化した"怪異"がその中から姿を覗かせた。  触手の蠢く、四つも五つも目のある軟体。蛸と蛞蝓を合わせたような姿、といったところか。  ガバリ。その怪異がさらに口を開けて、身体と同じ性質のゆだれをだらりと垂れ流した。  ――その樹海には、樹海姫が今日も幼い姿をして彷徨っている。