【タイトル】  夢を見る 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【ジャンル】  恋愛 【種別】  短編小説 【本文文字数】  1358文字 【あらすじ】  「夢を見る」「夢を失う」「夢を聴く」三御題作品のひとつ。上ばかりを見ていてはいけません 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************  フフンと鼻で笑った。昇ったばかりの太陽の光を、両腕を上げて全身で受ける。  上機嫌で、表情がどうも締まらなくて、馬鹿みたいに悪いことが起きなくて、舞い上がるには絶好な日和だった。  音楽の授業で見させられた映画を思い出す。主人公が歌を歌わずにはいられなかった心境とは、こういうものなのだろう。  ベランダの手すりに腕を乗せて、見下ろした。四階下にある地面を、とことこと小学生達が歩いている。このマンションからその小学生達に向かって、素早い動きで別の小学生が合流しに走った。  微笑ましく思いながら見届け、部屋を振り返る。  照明を点けていないために薄暗いのだが、今日はいつも以上に明るく見えた。  ――恋はいいぞ。自分が変わるんだ。  友人の言葉に、そのとおりだと返したくてたまらない。あのときの俺が適等に受け流してしまったことを、全身全霊で詫びたい。  恋は、良い。特別な恋なら、尚更良いっ。  昨日俺が告白して、その告白に承諾してくれた女性は、最高のボーカリストなのだ。  出会ったのは、運命的にも音楽繋がり。初めて彼女の歌を聴いたときは、感動のしすぎでドラムを叩く手が止まりそうになったものだ。熱さの中にある切実さ、悲しみの中にある激しい思い、総てを声色に乗せられる彼女に、俺は一目惚れするしかなかった。今でも、一目惚れしないはずがないと断言できてしまう。  そんなにも彼女の歌声は凄いのだ。そして、これからはもっと凄いことが起きるだろう。起きまくるだろう。なんたって、彼女が俺の恋人になってくれたのだ。  今でも、期待のしすぎで死んでしまいそうになる。彼女が、俺のドラムを待ってくれる。彼女が、俺のドラムでテンポを修整する。彼女が、俺のドラムに合わせて歌う。彼女の最高に素晴らしい音に、自分の音を重ねられるのだ。こんなにも幸せの絶頂なことが、他に在り得るのだろうか。  音楽だけじゃない。彼女は、総ての意味で最高だ。綺麗だし、優しいし、料理は上手いしっ。勿体無いくらいに最高なのだ。うはは、ゆだれ垂れそう、じゅるじゅる。 「お、メールだ」  ポケットから音楽が聴こえてきて――俺の携帯電話は着メロを設定している――もしかしたら彼女からかもと胸が高鳴った。  おそるおそる掴み出してみると、案の定ディスプレイには彼女の名前が。 「うぉぉぉぉっし! 何から何まで、サイコー!!」  近所迷惑いざしらず、号泣の勢いで唸り声を上げる。  そんなとき、こんな声が聞こえてきた。 『今日は梅雨時らしい豪雨の降り注ぐ一日になるでしょう。傘をお忘れにならないよう、気をつけて外出してくださいね。次は一週間の天気予報に――』  やれやれ、不景気な。お天気お姉さんがどれだけ美人でも、今回の予報がはずれだというのは譲れない。  だって、振り返ってもう一度外を眺めれば、どこもかしこも快晴なのだ。マンションの一角にあたるこの部屋はとても見晴らしがよくて、今日という日にピッタリな清々しさが身に沁みる。 「おっと、そろそろ出ないとな」  着メロが鳴り始めて、もう結構経つのではなかろうか。今日という日の清々しさを彼女から奪ってしまうのは、さすがに忍びなくていけない。  ベランダの手すりに背中を預けて、俺は携帯電話の通話スイッチに人差し指を添えた。  ベランダの反対方向から見える空が真っ黒な雲に覆われているとは、一切気づかずに。