ショートショートすと〜り〜ず【  絆  】 水瀬愁 英文はなしです。 ******************************************** 【タイトル】  ショートショートすと〜り〜ず【  絆  】 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【ジャンル】  恋愛 【種別】  短編小説 【本文文字数】  2944文字 【あらすじ】  俺があなたに会ったのは、俺が肺炎になって日常から弾き出されたときだった。くだらない生活を捨てたことに嬉しさをおぼえていたとき、猫のように寄り添ってきたのがあなた。大広間なのに男と女の二人っきり。嫌だったのに、今の俺は嬉しいです。あのときの俺は、あなたに自分の醜さを吐き出して、世界に諦めたことを話して、世界が腐ってると話して。それでも微笑んだあなたに――俺は恋をしました。 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************  君と出会ったのは月の綺麗な夜だった。 「ねぇ、なんで祐樹くんは病院なんかにいるの?」  人懐っこい笑みを浮かべたあなたは、突然声をかけてきた。  女と男の同室。といってもまあ大広間なだけなんだけど、周りのベッドは空席。広い部屋の中で男と女の二人っきり。  数日間、というよりも短い間だけど、あなたはすぐに俺と仲良くなってくれた。 「なんでって――ちょっとした喘息ですよ」  正式には喘息をこじらせて、肺炎になってしまったのだが。  そこまで言っても代わらないだろうし、実は学校生活から隔離されたのはとてもいいことなのだ。  ――居辛かったから。 「そっかぁ。じゃあ、せっかく仲良くなったのに、すぐに退院しちゃうんだねぇ」  あなたのリアクションの大きさは常日頃から感じてるけど、いつもいつも……猫につながる。  嗚呼、猫さんごめんよ。褒めてるんだ、きっと。 「祐樹くん祐樹くん。祐樹くんって勉強できるの?」 「ん……まあできたッスね」  正式にはできすぎるほうだった。  だから、いじめの対象となった。  いじめに対抗するのに、精神力なんて無駄なものなんだと思った。  どんなに精神力があっても、降り積もっていく何かに耐えることはできないのだから。  なくなっていくもののつらさと孤独感に、耐えることはできないのだから。  でも、そこまでは言わない。 「そっかぁ。祐樹くん、いっつも私より上手いこというからなぁ。よっ頑張り屋さん!」 「ハハハ……」  本当は違った。  あなたの背負うものは俺より遥かに重くて、分けられないものなんですよ。俺はそんなことを知っていても何もできない無力な野郎なんですよ。勉強しても、変えられないんですよ……  言いたいけど、言わない。 「じゃあ、祐樹くんにはご褒美をあげないとなぁ」 「ご褒美? 何くれるんですか?」  わんこのように近寄ってしまった俺を、あなたはクスクスと笑う。  健康的で、明るくて、みんなを笑みにする。  なのに――いや、だからだろう。  みんなに分け与えるから、自分の分がなくなるんだ。  なくなってくると気づいても、俺に与えてくれてる。  俺には与えてもらったもので、精一杯笑顔を浮かべるしかない。 「ん〜……まだ内緒」 「ええ〜。ひどいッスよ」 「大丈夫大丈夫。今日はまだ心決まってないだけだから。 ……必ず、ご褒美はあげるよ?」 「なら、待ってますね」 「他の子に気移りしちゃだめだよ?」 「それこそ大丈夫ですよ」 「そっか。なら安心」  俺はあなたを愛してるから、大丈夫です。  根拠もなく信じてくれるあなたは、多分全部わかってるんだろう。  ニッコリとした顔を見るのが好きだ。  というか、悲しい顔を見たことがないと思う。  そう――あなたは、いつも笑顔だ。  だから、消えてしまうんですね。  夜。  シンとした空気の中だと、身動ぎひとつも気を使ってしまう。  眠れずにいて、何度目かのゆっくりとした寝返りを打つと、目の前であなたが笑っていた。 「祐樹く〜ん♪」 「……はやく寝てくださいよ」 「祐樹くんには言われたくないなぁ」  やっぱり男女。ということでカーテンで仕切っているのに、隣のあなたは必ず俺のベッドへのそのそと入ってくる。  見慣れたパジャマ姿も、今日はいつになく色っぽく感じた。 「祐樹くん祐樹くん。男の子って、やっぱり……パジャマ姿萌え? 萌えた? 萌やされちゃった?」 「なんですか萌やすって……とにかく萌えてません。その知識は間違ってます」  そして俺の言葉は嘘です。実は萌えました。  腕を組んで真剣に考えてる様子が可愛い。笑いたくなった。笑った。  俺の顔をみたあなたは唇を尖らせた。もっと可愛かった。愛しくなった。  自然に、何かを言おうとしたあなたへと寄り添っていた。  あなたを傷つけないように。  あなたを壊してしまわないように。 「……祐樹くんの退院。いつだっけ」 「永遠の患者ですよ。俺は」 「そっかぁ、じゃあ私は永遠のお見舞いさんになりたいな」 「じゃあ、俺はあなたにもたれる花になりたいですね」 「誰にも渡したくなくなるなぁ」 「――」  俺へと身をもたれかけてくれたあなた。  少し軽くて、少し暖かくて、意識してしまうけど。  俺はあなたをしっかりと抱きとめた。 「……すみません」 「どうしたの?」 「俺、ずっと嘘ついてました。最初から最後まで嘘つきまくりでした。俺は悪人です」 「そっか。じゃあ私も悪人かな」 「そうですか?」 「悪人を好きになったらしょうがないよね」 「………………」  自分は強くなかった。  ただ、あなたの前でだけでは強くありたかった。  あなたの前で強くなれない。そんな強さはいらないと思う。 「じゃあ、そろそろご褒美あげる」  俺へとさらに身を寄せたあなた。  うなじが、瞳が、頬が、そして――唇が。  近づき、距離がゼロとなって、ひとつとなる。  俺は自然とだまる形になって、驚くことも愛を返すこともできない。  あなたが離れてやっと、俺の中で時間がもどってきた。 「大好きだから」 「……突然なんですか」 「祐樹くんが私のことが嫌いでも、私は祐樹くんが大好きだから。 たとえ祐樹くんが女ったらしの愛人つくりまくりでも、私は祐樹くんが大好きだから」 「大丈夫ですよ、愛人なんてつくりませんから」 「ほんとに?」 「ほんとです」  俺はあなたを抱き寄せる。  俺の肩に頬をくっつけたあなた。ぽよんとしたボリュームのあるロングヘアーはとても心地よい。 「じゃあ、いいや」 「そうですか」  お互いに笑いあいながら、でも隠すつらい未来があって。  それでも笑い続けてるあなたが理解できなくて、理解できない俺も笑っていて。  でも、むなしくなくて。  ――複雑だ。  悲しくないのに、悲しくて。  つらくないのに、つらくて。  でも、笑ってて。  ――複雑だ。  だけど、決めたことがある。  変わろうと思った。今の自分でいたくなかった。今の自分から変わって、神様の前で懺悔できるようになって。  それで、神様に頼むんだ。  ――私をお許しください。私は罪を犯しました。嘘偽りをもって愛する者と愛を育む時間を有したのです。私は愚かです。ですが、どうか、愛する者を危険からお救いください。私はどうなっても構いません。私は真実の暖かさと、真実の微笑みをいただきました。それだけで十分です。愛する者は私を求めるでしょう。それを拒めない私をお許しください。ですが、どうか、愛する者を危険からお助けください。愛する者の生命を奪わないでください――  俺は嘘つきだ。  詐欺師だ。  多分、神様を裏切るだろう。  ――あなたを救うためなら、何度でも。  悪魔にだってなろう、神にだってなろう、王にだってなろう。あなたがこれからも恒久に微笑めるなら。 「あのね、ひとつ祐樹くんに言わなくちゃならないの」  俺の思考を止めるあなたの言葉。  俺のほうは見ていなくて、でも気持ちよさそうに俺の肩に頬擦りしていて。 「私ね――もう祐樹くんがいないと、笑顔になれないかも」  ――ああ、神様。  俺は誓います、あなたを裏切ると。  でも、愛する者を助けてください。  俺は誓います。あなたを裏切ってまで得た彼女を、一生幸せにすると。  これは嘘じゃありません。俺が俺でなくなるときです。  俺は嘘じゃなくなり、俺は真実になりました。  これは真実です、嘘じゃありません。  どうか――どうか、愛する者に微笑む猶予をお与えください。  ずっとずっと、愛する者から笑顔を奪わないことを――ここに誓います。