【タイトル】  ショートショートすと〜り〜ず【  道  】 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【ジャンル】  恋愛 【種別】  短編小説 【本文文字数】  2311文字 【あらすじ】  僕は独りじゃなかった。でも、心細いとか思うときはある。誰だってそうだろ?そういうのは抗えないし、たまにくらいは甘えてもいいんじゃないかと思うけど。僕は、わかったんだ。僕の甘さのせいで、きっと、あいつはいろんなものを背負っているんだと。僕だけじゃない。でも、だからこそ、僕くらいは、あいつの荷物でならないでいたい――そう思ったのは、ある日の、月が淡く輝いていた夜のこと。 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************  I will really love her.  風が気持ちいい。  夏の暑さに負けず、涼しさを保っている微風に乾杯。  そんなことを思いながら、夜道を歩いていた。  夏の夜は結構暑い。夜くらいは涼しくなって欲しいものだ。  まあ、砂漠とかみたいな温度差は勘弁だけど……  ――塾の帰りはいつもこう。無駄なことばかり考えて、とぼとぼ歩いてる。  そうしないと、静寂の中を歩く居心地悪さが気になって仕方がなくなる。  足音は響いていないけど、ものすごく自分が異質なんじゃないかって思ってしまう。  人影を作らない、ぼんやりと曖昧な光を発する月を仰ぎつつ、考えた。  手は自然とポケットへ。  その中にある、携帯へ。  思わず笑みを溢してしまった。  周りに人がいたら奇怪に思われるだろうが、深夜帰宅者の特権ということで。  見慣れた町並に目を走らせつつ、結局空へと視線が落ち着く。 「あ? お前って確か……」  街灯の下を通過しようとしたとき、唐突に声をかけられた。  僕は慌てて視線を下す。  僕とぶつかる寸前で仁王立ちしているのは、たしか―― 「木下先輩、ですか。こんな時間にどうしたんです?」 「塾だよ。高校入れたはいいんだが、難しくてついていけねぇんだ。 そっちは、受験勉強か?」 「はい、あいつに教えるために少し予習ッス」 「ああ、あいつか」  木下先輩の顔に笑みが浮かんだ。  元々かっこいいっていう顔でもないけど、初対面では必ず仏像かと思ってしまう、仏頂面が似合う顔立ち。  『あいつ』で話が繋がるのは――この人が、あいつの元カレだからだ。  間男。  僕が、間男。  付き合って仲がいい彼氏彼女に、割り込む。  人聞きが悪いけど、そのとおりだから仕方がない。 「中学生だったよな。まだ夢を追える時期だよなぁ……」 「ハハハ」  何かを追う時期でもあるけど、何かを見つけなくちゃならない時期でもあった。  がむしゃらに馬鹿騒ぎできるような、子供でもないし。  ずっと先を考えられる、大人でもない。  ちょっと背伸びをする年。何かを諦めるなんてまだまだ遠い先のことだと、胸を張っていえる時期だった。  だから難しい。  何かを決めてもそれに不安がついてくる。ただ友達と笑いあって、夕食が何か期待して、漫画の最新巻がまだかまだかと待てるような年じゃない。  親に言われるわけでも、教師にいわれるわけでもなく、わかってるんだ。  でも、断言できるほど大人でもなくて。  こういう曖昧が一番難しい。 「志望校とか決まってるのか? あいつとはいっしょなのか?」 「とりあえず合格点いってます。あいつはぎりぎりですけど。危なかったらランク下げますし」 「遠距離はつらいからなぁ」 「そうッスねぇ」  空虚。  そんな言葉が似合う。  なんとなく、会話が続けにくい。  木下先輩があいつの元カレで、僕があいつの彼氏なせいもあるのかもしれないけど。 「そんな大きな夢もないですし、地元離れる気もないですから」  この世には二種類の人間がいる。  この年頃で背伸びをして、上流階級への階段を昇る人間と、それなりの人生と、それなりの仕事で満足する人間。  どちらかといえば、僕は後者。  でも、収入はあったほうがいい。あいつにプレゼントを買ってやれなくなるから。  負組といわれる側の僕だけど、ほかの人にはないものを持っている。  だから悔しくもなんともない、それ以上にあいつの隣を歩けることが誇らしい。  あいつ以上に大切なものを、僕は知らないから。 「そっか。なら、がんばれよ」  何を、とも。  何のために、とも。  何も言わずに。  木下先輩はただそう告げて。 「……うッス」  僕も、ただただ頷いた。  でもわかってる。  木下先輩が言いたいことは、なんとなくだけどわかる。  言葉で表すことも、実感もないけど。  子供でも大人でもない僕は、それでいいんだろう。  ちょっと背伸びする気もない。  背伸びをすることだけに気をやって、ほかの事を見れなくなるのが嫌だから。  失いたくないものが何かだけは、僕にしかわからない。  木下先輩は唐突に歩き出して、僕の横を通り過ぎていく。  僕は、木下先輩が僕の通ってきた道筋を逆走しはじめるまで、木下先輩を見つめていた。  ふと、木下先輩が振り返ってくる。 「……岩瀬ってさ。結構寂しがりやなんだ。 気をつけてやってくれよ」 「……うッス」  岩瀬っていうのは、あいつのこと。  今僕が、一番大切だと想える人。  即答で断言できるかはわからないけど……あいつならきっとそうだろうから、僕はそうする。  この年で、僕たちはいろいろなものを背負っていて。  決断っていうのは、何かを下したり新たに背負ったりするもので。  寂しさを乗り越えることも、耐えることも必要な――時たま残酷にも思えることなんだ。  友達も、親も、教師も、裏切って。  あいつと歩き続けることが正しいのか正しくないのかは、僕ですらわからなくなるときがあるけど。 「……うッス」  泣かせたくはない。  それでいいんじゃないか。  あいつの涙以上に絶望的なものはきっとないだろう。  見たことは無いけど、多分木下先輩は見たことがあって。  だから、あの人の目はこんなにも細められてるんだろう。  ――いや、違うか。  街灯の光が強いから眩しいんだ。そうに違いない。  そういう僕も、街灯の光が眩しくて目を細めてしまう。  木下先輩は今度こそ振り返ることなく、闇へと消えた。  僕と木下先輩は別の道を歩み始めたんだ。  僕はあいつへと向き、木下先輩はあいつに背を向けて。  僕は一人だった――居心地が悪いとかじゃなく、もっとつらいものがあった。  僕は呆然と歩き始める。  遅かった歩調はだんだん早まり、いつしか全速力で走っていて。  ――あいつの傍にいたくて、仕方がなかった。  I do not demand her love. I walk with her in hope of only her happiness.