【タイトル】  ショートショートすと〜り〜ず【  残  】 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【ジャンル】  恋愛 【種別】  短編小説 【本文文字数】  2546文字 【あらすじ】  私、とい一人称を使ってはいますが、一応立派な男です。少し他人とは違い、高校生らしくない私ですが、それでも悩むことは多い。私は、彼女のように微笑む余裕をも持ち合わせていない器の小さな人間だから。彼女は彼を選んだ。私も予想していた。つらくはない、故に、もやもやとした混沌にいる。そして――彼女は唐突に散ったのだ。その後に、残された者の想いと焦燥をここに残す 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************ What kind of meaning is it to get over her?  くだらない生活を歩む。  明日の教科、今日の教科、課題の進み具合、友達との交友関係。  くだらない生活を歩む。  昔は、もう少し刺激的な毎日だった気がする。  賑わう教室ではなく、そろそろ闇が満ちる私独りの教室。  此処ではない場所の、ある位置をみて――彼女の面影を思った。 『……あいつが、死んだんだよ。すっげぇ突然にさ。俺なんかじゃどうしようもできないくらい、突然に。トラックに跳ねられたんだってよ。ハハ、運転手をぶっ殺したいよな』  すべてに諦めた人間の、彼の声は、とても私に似ていた気がする。  たしか、あのとき、私はこう言った。 『いっしょに……腐った神の作った腐ったこの世界を、ぶっ壊しませんか?』  多分。  私も、絶望していたのだろう。  彼よりも小さい絶望を、噛み締めていたのだろう。  彼はこう言った。 『無理だよ――だってさ。この世界に咲く花が、この世界にあがる月が、この世界を照らす星空が、あいつは好きだったんだぜ?』  言われてわかった。  ああ、私もきっと壊せないだろう。  彼女が好きだったものを壊すことはできない。  遠くなった。  二度。彼女は遠くなった。  一度、私は彼女に想いを打ち明けることもなく敗北した。  彼に、私に似ていて、私よりも賢い彼に。  二度――彼女が死んだ。  だれが敗北で、だれが勝利で、だれが引き分けでもない。  ああ、そうか。  そのときからだ。  世界がとってもくだらなくなった。  彼女が私を照らさなくなったから、本当に世界に闇が満ちたんだ。  壊してしまおう。  こんな腐った世界。あってはならない。  世界には表と裏がある。  彼女が表で、それを妬む裏が彼女を殺したのなら、裏ごとすべてを壊してしまおう。  そのとき、携帯が鳴り響いた。  片手は無造作に伸びる。 「はい、私です」 『……よう、俺だ』  声ですぐにわかる。  絶望しきった声、今更すぎた。  私の中で矛盾点が生まれる。 『あのな……いや、こんなこといっても信じてもらえないか……でもな、俺だけじゃ抱えられないことなんだけど……』  しっくりこない。  私は思考回路を巡らせた。 「驚きませんよ。彼女の死以上にはね」 『……半分、的中』  ドクンと胸が止まる。  息をしているのに、息ができない。  携帯の向こうの彼は、言葉を繋げる。 『実は……あいつが死んだ後、俺のところに――ゆ、幽霊のあいつが、来たんだ驚いたよ、俺も驚いた。お前も驚いてるかもしれないけど、あのときの俺も驚いたんだ。 今も――実感は、ない』  予想できる仮定。  彼が薬の副作用で、幻覚をみた。  私はさらに話を聞く。  彼は、一ヶ月以上を彼女の亡霊とすごした。そして、唐突に消えた。 『いきなりでごめんな、こんな話――でも、お前くらいにしか言えなくてさ』  親友という距離。  今の彼にとって、誰よりも私は近いのかもしれない。  それでも、同性愛は嫌なことこの上ないが。 「それでは――私の答えを言いましょうか」  彼が押し黙るのを感じながら、私は剣となる。 「あなたは私に何を言いにきたんですか? 死しても尚、私に勝利したことを。それとも、自分を二度も絶望させた彼女の愚痴でも?」 『そんなわけねぇだろうが――』 「ならばいいましょう。≪くだらない≫」  彼が黙った隙を突く。 「感動シーンを乗り越えるとすぐに砕けてしまう、あなたは出来損ないの主人公だ。 もしかしたら、そんなあなただから彼女は二度も死んでしまったのかもしれませんね」 『ッ!?』 「――あなた自身、何がしたいんですか?」  私が黙る。  無言で、無言で、無言で。 『……全部ぶっ壊してぇよ』  低い、ドス黒い声が響いた。  私はすぐさま告げる。 「あなたに、彼女の恋人である権利はすでにない」  私の声も低かった。 「前のあなたの、言葉を言いましょうか。 この世界に咲く花が、この世界にあがる月が、この世界を照らす星空が、あいつは好きだった。 敗者である私だからこそ、彼女の名残があるものを失うわけには行かない。 だから、全力であなたを阻止しましょう」 『……なんでだよ』 「あなたの脳は腐りましたか。死と生の関係性をも覆して、あなたの元に一ヶ月ちょっといた彼女に、恥ずかしくないんですか? 私は恥ずかしいですよ――彼女に、今のあなたを見せられない」  思わず、拳を作っていた。  キリキリと痛みが走る――心が昂る。 「死んじまえよ。死ねないのなら上がって来い。彼女の微笑みを乗り越えろとはいわない。 でも、彼女が告げたかったことは――立ち止まることじゃ、ないはずだ」  私がそうだったが故に。 『………………』  切るわけでもなく、彼は無言。  会話が終了したのだと、私は少ししてから覚った。  私は通話切断のボタンを押す。  身体が鉛のように重かった。  口内が、渇きに渇ききっていた。  なぜか、浮いている感覚がした。  立てない。  彼女の物語に、私は掠りもできなくなった。  彼女の物語に、彼だけが映り続けた。  怖いわけでも悲しいわけでも妬ましいわけでもなく、そのすべてのそうな感情が私を立ち上がらせない。  彼は私よりも、彼女を知っているんだ。  私の知っている彼女はほんの少しでしかなくて、私はそれにすがっている負け犬。  痛みで言えば――彼のほうが強いのか。  本当に、彼と彼女の愛は永遠だったのかもしれない。  伝える相手のいない永遠の愛ほど――狂おしいものはない。  彼は、彼女のほとんどを知っているからこそ。  彼にとって、彼女という枠が大きすぎたからこそ。  私を超える痛みと絶望を味わうこととなった。  神も無能だ。  因果作用を消し去ることもせずに、彼にぬか喜びを与えるとは。  神ほど腐ったやつはいないのかもしれない。  彼女がこの世界にいるためなら、私が死んだというのに。  彼女ほど美しいものはなく、私ほど醜いものはなく。  結局は私も、何をすればいいのかわからないでいる。  彼も、私ほどにわからないだろう。 「ゆっくり悩ませてもらおうか……じっくり、じっくりとね」  私の決断。  咎めるものもいない。死した者に名残惜しむことを。  彼女が好きだった花を見ようか。  彼女が好きだった夜空を見ようか。  何を思うかは、わからないけど。  私は携帯を突っ込んだカバンを手に抱え、足早に教室から出て行った。  一度だけ振り返り、もう一度歩き出す。  二度、振り返ることは――なかった。 Do not lose only her trace.