【タイトル】  ショートふぁんたじあ【  狂  】 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【ジャンル】  その他 【種別】  短編小説 【本文文字数】  2256文字 【あらすじ】  すべては偶然だった。満員電車の中での再会を、偶然じゃないと言える者はいるだろうか? 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************ 「女は最高だぜ。組み敷けば組み敷くほどハマっちまうよ」  夢見るように修也は言った。その口調は軽く、浮かぶ笑みには残酷さが滲み出ている。ウォッカの氷をカランと鳴らし、準は思った。  ――あれから七年か。  女好きだった修也は女にトチ狂った。先ほどからの狂言を聞けば、誰しもそう確信するだろう。  AV男優になったと言っていた。初めて抱いた女の話を聞かされた。ある男と、一人の女を取り合ったと聞かされた。勝ったと言った修也は優越気味に何かを嘲笑った。  修也と再会した新幹線では、微塵ではあるが喜びを感じていた。今はどうだろうか、自問する。愚問だ、自答する。喜びは消し失せ、今あるのは現実感のみだった。 「嫌がる女を自分の物にする快感は、何よりもたまんねぇ」 「犯罪に走りそうだな、修也」 「普通なら、そうだな。だが俺は違う。俺は、女を咽び泣かせるのが商売なんだよ」  修也は酩酊していた。だからどうというわけではない。元々修也はこうなのかもしれない。だが準は、酩酊しているから修也はこうなのだと思っていたかった。  喧騒から隔離されたこのバーが、お互い煩雑に追われ縁を薄くした俺たちをひとつの世界で語らせてくれている――準は希望だと思っていた。最初だけ、修也と口を聞き始めるまでは心底。だが、現実はそのすべてを偶像だと吐き捨てた。 「本音で話すな。たとえそれがお前の仕事であっても、俺はお前の悪意に感染したくはない」 「てめぇらしい意見だ。懐かしいな……あの頃もこうだった。 俺が腕で、陽一が脳だったっけな。俺に言わせれば、俺も陽一も対して変わんねぇ。あいつも俺と同類だった。空虚か絶望かの違いだった。一色なのは同じでも、白と黒では大違いだ。そうだろ?」 「支離滅裂だな……それに、今この場にいない者をたとえに使って、今この場にいる者を捨て置くのは感心できない」 「俺には建前がねぇんだ。身体と身体をぶつけ合う仕事だから、いつでも本当の自分じゃねぇと生きていけなかった。 今でもこの俺が本当の俺なのかはわかんねぇけど、気分は良い。気分が良いのは、生きた心地だ。 俺はこのままでいいと思うぜ」 「……アルコールの取りすぎだ。話に脈絡がない」 「準、お前は頭が堅(かて)ぇな。これが俺だ。そう理解しろ。環境適応能力だ。人間は何にでも適応できるように作られてやがる。だから俺の生活が成り立つ。それに加えてなんだそのつっけんどんな一言は? 控えめになれ。謙虚さをもて。建前の心でいろ。それがビジネスマンってもんだろうが」 「そっくりそのまま返したいところだが……ムリなようだな」 「ようやくわかったか」  ケラケラと笑う修也。頭は悪くなかった。準は思う。思考回路のキレは俺以上。それは堕ちるところまで堕ちての、悪魔からもらった力なのか。わからない。わかりたくない。 「だが、まぁいい。俺も久しぶりに建前で話すことにするよ。女(カモ)を何人も何人も引き寄せてきた建前だ。参考にしろよ?」 「遠慮する」 「おもしろくねぇよ。もっとノれよ準。踊ろうぜ。深い深い黒の快楽に心底叫び合おうじゃないか?」 「同姓性交にも興味はないな」 「なら、異性を抱きにいくか?」  ギラついた修也の目。準は平然と見返した。12時を告げる鐘が鳴る。修也はニタニタとした笑みを貼り付けなおした。 「……悪(ワリ)ぃ。時間だ。いっしょに来い」 「接続詞ナシの文章接続、及び前後の文の話題の矛盾……赤点だな」 「準、お前は思い違いをしている。俺は今酒を摂取している。全身をアルコールが駆け巡ってやがる。それも大量に、だ。 だから、俺には今支離滅裂なことを言わなければいけない義務がある」  心底愉快そうに顔を真赤にして、修也はさらにウォッカを口に運んだ。 「本当のところ、どうだ? マジで人が足りねぇんだ。つっても、俺一人で五人分は保(も)つから本当はいらねぇんだけど」 「……何対何?」 「男女比率4対8のちょっとした乱交パーティだ。女は最高クラス――まぁ、俺が抱いたことのある牝|達(ども)ばっかだけどな。 最近の俺がおかしくてなぁ、一度抱いた女に興味が湧かなくなってきたよ。どんなに良い女でも、一度媚びさせればそれで満足しちまんだ。その一回が凄すぎて、擦り寄ってくる女のほうが特にめんどくさくって。どうにかなっちまいそうなんだ。どうにかしてくれよ、準」 「どうもできない。俺はお前の世界にいない。お前も俺の世界にいない。俺はお前の世界に行こうとは思っていない。俺とお前がなぜ馴れ合っているか、わかるか? ここが別の世界だからだよ。ここが、アリスの行く不思議の国だからだ。世界が違えば、俺たちには何も残っていない。俺たちは何も背負ってない。だが、何かを背負っていた記憶はある。だから何かが募り始める。 つまり、不思議の国を名残惜しまずさっさと自分の世界に帰れってことだ」 「……若干支離滅裂だな。酔ったか?」 「そうかもな」  笑いあった。あの頃の笑みだった。だが、何かが違った。  準は時計を見上げる。一時。切りあげるには良い頃だった。 「次はいつ会う?」 「神が我等を居合わせるその日まで。ミスター準」  紳士的に礼をした修也に、準は少しだけ呆気にとられてあからさまに顔をしかめた。 「クリスチャンか」 「クリスマスは良い日だ。節分も楽しいがな」  睨みあう修也と準。だが、それは猫がじゃれあっているかのような穏やかな空気の中で、だ。  二人は同時に、空になったグラスを掲げ持つ。 「じゃあな」  そして、同時に下ろした。  ウォッカのなくなったグラスの中で、氷と氷のぶつかり合う音がした。