【タイトル】  ショートショートすと〜り〜ず【  永  】 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【ジャンル】  恋愛 【種別】  短編小説 【本文文字数】  2714文字 【あらすじ】  恋人として、愛する者同士として、一歩を踏み出した瞬間。愛の誓いは一瞬。でも、唇に残る甘さと、伝わりあった温もりは――永遠であると実感する。 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************  キスの瞬間―― 「う〜ん……」  ハイテンポの音楽をバックに、俺は頭を捻る。  プレゼントに合いそうな物が売っていると教えてもらった店――良い物はあるのだが、しっくりとこなかったり手が出なかったりする物が多い。  十字架のネックレス、ハート型のガラス細工、銀色の星型キーホルダー。  なかなか良い物なのだが、あいつにはもっと合うものがあるんじゃないかと考えると……目移りしてしまう。  コーナーが変わった。  時計や、少し大きめの置物類――ひとつの物で目が止まる。  オルゴールと呼ばれるものだろう、実際に見たのははじめてだ。  デザインは質素極まりない。箱型の、あいつだと両手で持たないといけないほどの大きさ。 (もっと女の子っぽいもののほうがいいよな……)  思わずため息を吐いてしまう。  その場を過ぎようとして、なぜか立ち止まってしまった。  目の先には、あのオルゴール。 「自分がほしいものって言ったらコレなんだけど……」  あいつなら、どんなものでも嬉しそうにして受け取る気がする。  片手が伸びた。  オルゴールの手触り、なぜか暖かさが伝わってきた気がする。  なめらかで、指で触ってて飽きないというか――もっとほしくなってきた。  蓋を開ける。中には、掌に収まるほどのネジが入っている。  その先は鋭利ではなく、まるで切り取られたかのように綺麗な面をしていた。  持つ部分もハートのような形をしていて、糸を通せば首飾りにでもできそうな気がする。 「っていうか、蓋開けるだけじゃ聞けないタイプなんだな……」  いや、これが普通のタイプなのだろうか。  閉めた蓋の、少ししたくらいに、ネジの収まる穴があった。  ネジと穴を見比べ、差し込む。  ジジジ、ジジジ……ネジが回らなくなったのを確認し、もう一度蓋を開けた。  ネジが勝手に動き出す。音が響く。  金属的な、それでも神秘的な音の旋律。  あいつなら、このオルゴールを喜んでくれるだろうか――  おっとりとしたあいつのこと、オルゴールは似合う気がする。  俺はオルゴールを指の腹で撫でた。  懐にあるオルゴールの感触を、一歩進むごとに感じながら。  少し軋みをあげる階段を駆け上がる。  一世代前の一戸建の家――ドアを開けた。  母親がうふふと笑って出迎えてくる、なんとなく意地悪な笑みを浮かべていたのが気がかりだ。  少しでも早く部屋にもどり、携帯を手にとって、あいつとデートの約束をする。  そう、『あの日』に。  俺はいくつかの曲がり角を超え、襖を開けた。  ――絶句。  思い描いていた相手が、その場でお茶を啜っていたのだから。  ぽよんぽよんとした髪を揺らして、あいつが俺へと振り返った。  そして、小さく微笑む。 「おかえり」 「……ああ、た、ただいま」  なんとか口を開き、慌てて部屋へと入る。  あいつの隣に座ろうとして、その向こう側に胡坐をかいた。  あいつは俺の隣へとうんしょ、うんしょと移動してくる。  クリッとしていて、澄んでいる瞳が、俺を覗き込んでいた。 「……ええと、待ちましたか?」 「少しだけね。でも、お母様が何度か来ておしゃべりしてくれたから楽しかったよ」  ……何か勘違いをされているかもしれない、母親に。  いや、その勘違いはきっと良い方なんだろうけど。 「そ、それで、今日は何か用ですか?」 「ん〜……特になし」  猫のような彼女は、猫のようにじゃれついてくる。 「ただ、会いたくなっただけ」 「……」  思わず息を呑んでしまう。  白くて血色の良い、健康的な肌。  茶色のハッピのような服から覗くその肌は、余計に白く目立っていた。 「これからは電話してくださいよ、折角携帯があるんですし」 「携帯越しの声って、なんか物足りな〜い」  彼女が取り出した黄色の携帯。  俺と同じ機種で、色違いだ。  ピッピッと操作すると、俺へと突き出してくる。  アドレス帳が開いていて、そこにはひとつの名前しか載っていなかった。 「どうせ祐樹くんにしかかけないもん。それなら、会ったほうが早いでしょ?」 「いや、まあ、そうですけど……」 「ですけどもスケートもないの!」 「スケートって……無理ありますよ、それ」  んん、と唸って首を傾げる彼女を見て、思わず笑みを漏らしてしまう。  彼女を引き寄せた。  いや、抱き寄せたのほうが正しいか。  閉めた襖の、絵を眺める。  肩に寄りかかってくる感じがして、ふわりと良い香がした。 「……ずっといっしょにいられるんだもん。ちょっとは離れるのに我慢しなくちゃ、ダメかな?」  無言で彼女をさらに抱き寄せ、肩を撫でる。  彼女の髪へと顔を埋めた。 「……携帯だとこういうことできないですから、俺は――傍に居てほしいです」  彼女が俺の肩に頬擦りしたのがわかる。  こそばゆい、甘い感覚が走った。  彼女はん、と唸る。  彼女の手が俺のポケットへ触れた。 「何か堅いもの入ってる。なんだろ?」  ぽけ〜として首を傾げてるところ悪いけど、その言葉にエロスを感じてしまう。  手の触れているところがもうちょっと前面だったら――いや、なんでもない。  さて、打ち明けるか打ち明けざるべきか。 「……『あの日』にはまた別の物送ることにしますか」  俺はポケットへと手を下す。  その前に彼女の手を触れて、思わずぎゅっと握ってしまった。  だって、彼女の体って柔らかいんだ。  抱きしめてるだけで眠たくなってくる。  異性への興味っていうのはこういうことから生まれてくるのか、わからないけど。  彼女の手をなんとか離し、ポケットへと入れる。  探ることもなくそれに触れ、外界へと掴みだした。  彼女の、興味津々と言う目へとそれが晒される。 「……はやいですけど、誕生日おめでとう」  買ったときよりも少し近さのあるオルゴール。  彼女の両手へポンッと置いた。 「へぇ〜〜〜〜♪ ほ〜〜〜〜♪ む〜〜〜〜〜♪」  どうやら気に入ってくれたようだ。  彼女はすぐ目の前にあるちゃぶ台へとオルゴールを置き、子供のようにきょろきょろとオルゴールをいろんな方向から見ている。  そして、恐る恐る蓋を開けた。  中にあるネジを人差し指と親指で摘み、きょとんとしている。  俺は蓋を閉め、下のほうにある穴を指差した。  彼女は納得したようにネジを差し込む。  一回、二回、三回……丁寧に回している時間も、なぜかイライラするものじゃなくて。  カチッといって止ったのを確認すると、ゆっくりと蓋を開けた。  奏でられる旋律、彼女はうっとりとして俺の肩へもたれかかる。 「綺麗な音だね……」  彼女の肩へ手を回す。  何かの衝動に駆られ、彼女の瞳を覗き込んだ。  彼女も俺を見ようとしていて、すぐに視線は交じり合う。  意図したわけでも、思案したわけでも、意識したわけでもなく。  彼女と俺は、お互いを押し黙らせるように――あの時と同じ、キスを交わす。  音の旋律が、鼓膜を震わせた。  それ以外の何かが――俺の心を震わせていた。  一瞬は永遠に残る――