【タイトル】  ショートショートすと〜り〜ず【  会  】 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【ジャンル】  恋愛 【種別】  短編小説 【本文文字数】  1805文字 【あらすじ】  カイロ、お茶、笑顔。雨は予想以上に僕を冷やして、それらは予想以上に僕を温めた。 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************  雨。  連続する雨音。  それは結構一定なんだ。  僕の足音も一定。  一歩進むごとに濡れる足、常に雨に濡らされている手。  もう、冷たい。  ――当たり前か。  合羽を若干上へと押し上げ、ずり落ちそうになるのを直す。  そのたびに水滴が宙へと舞い、暖かいような生臭いような感覚が肌に触れた。  僕は足元をよく見て、走る速度を速める。  あと数件だ。  今、肩に背負った小型カバンの中にある、情報を伝えるメディアのひとつとして広く親しまれている一昔ほど前の情報伝達法――新聞紙が一歩ごとに揺れ動けるほどに少なくなっていた。  一軒家の前に来る。  ここで、新聞紙のひとつを消化する。  可愛らしい高校生さんが住んでいるってことを、僕は知っていた。  もちろん、両親付で。  きっと箱入り娘なんだろうな、僕と同い年のくせに、僕みたいに雨の中走ったことはないんだろうな。  ちょっと遠い存在に思えて仕方がない。  まあ、遠いんだけど。  新聞紙を決められた場所に差し入れ、その一軒家から離れた。  走り出そうとしたとき―― 「あ、あの、その――ま、待ってくださぁい!」  その一軒家が二階建てだってことはわかってたけど。  まさか、ドラマか何かのように二階から叫ばれるとは思わなかった。  しかも、女の子に。  流れる黒髪、俗にいうセミロングというやつ。  不安とかプレッシャー系に弱いらしく、引込思案の代名詞なほどにしどろもどろになっていた。  可愛い、小動物か愛玩動物みたいだ。  男が女好きになる理由の一部を、理解してしまった気がする。  だからといって変わることは何もないんだけど。 「……風邪引きますよ?」  僕の声だ。  雨の中走り続けたから、少しだけ口内がしょっぱい。  女の子はおどおどしながらも、何かを投げようとしていた。  僕は仕方なく、構える。  多分、届かないだろうし。  予想通り。いや、予想以上。全然違う方向へと飛んでいった何かをナイスキャチする。  それは結構熱かった。  ひとつのように見えたが、ふたつだった。  セロハンでふたつのものをくっつけているようだ。  一つ目はすぐに何かわかる――お茶だ。  しかも、ホットの。  しかも、玉露入り。  まあ、ペットボトルなんだけど。  もうひとつは少ししてわかる――カイロ。  夏だと言うのに。  というか、いまどき永久使用型カイロを持ってる人なんていたんだ。  使い捨てカイロしか知らない僕にとっては結構驚き。  カイロの表面は淡いピンクに彩られた花柄。よく見れば、それはカバーを被せてるからみたい。  ……お気に入りなのでは?  声が飛んでくる。 「え、ええと! ――風邪引かないようにそれで温まってください!」  遠いから、よくは見えないけど。  ……可愛い娘じゃないか、親の顔が見てみたい。  数歩駆けてドアを叩けばいいのだろうが、今は断念しておく。  僕は片手を大きく振った。  すると、小さく振りかえしてくれる。  思いは伝わったようだ。  だから別の思いが返ってきた。  矛盾はない。凄い意思疎通。  前から思うんだけど、一心同体になるんだったら女の方に移りたいよな。  男のほうが、女のアクションに赤面まではしないだろうし。  おっと、そんなことより。  僕はセロハンを剥がし、捨てようか迷い、合羽にあるポケットへと入れた。  お茶のボトルに目をやり、先の方を片手で捻る。  少しだけ湯気のようなものが見え、熱気が唇に触れた。  ゴクゴクゴク……っと、飲みに飲みまくる。  全身に熱さが駆け巡る。  雨に冷やされた身体には、凄い効力だ。  しかも、旨い。  息を吐くために口を離すと、ペットボトルにあったお茶の半分以上を飲んだことを知った。  身体は熱い。  温かい、だろうか。  僕はさらに、カイロに目を移した。  袋に入っている。袋には、何度も使われた形跡があった。なくさないようポケットに入れる。  もちろん、セロハンとくっつかないよう心がける。  少し激しくカイロを振ると、すぐに暖かくなった。  元からほんのり熱かったし。  内部からの温かさも良い。だが、外からの温かさも格別。  僕は、未だ僕をじ〜っと見つめている女の子に目をもどした。  僕と視線が合うと、気まずそうに目を逸らすかそのまま見つめ返すか迷っている感じになった。  僕は、にっこりと微笑んでおく。  見えたかどうかはわからないけど、精一杯のありがとうを伝える。  女の子はにっこりと微笑み返してくれた。  輝かしすぎる笑みだった。  その笑みは、案外近かった。  名残惜しいけど、僕は次の家を目指して歩き出す。  身体が温かくて、体中が温かくて。  ――心は、例えようがないくらい温かかった。