【タイトル】  ショート・ショート・ショットストーリーズ【  失  】 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【ジャンル】  恋愛 【種別】  短編小説 【本文文字数】  1736文字 【あらすじ】  失恋した気持ちの徒然。一年経って、また訪れようとするクリスマスで思い出す。そして心は、別れる瞬間ですらも動かなかった心は、涙を溢れさせるためだけに動き出す。 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************ 「もう、別れて」  冷たく、優しく、彼女に拒絶されても。  俺は、冷え切って鈍い心のままだった。  付き合いはじめたきっかけは、なんだったろうか。  些細なことだった気がする。思い出せないけれど、確か班活動かなんかでしゃべって、それで会話が弾むなぁって思って、よくしゃべるようになって、きっかけも何(なん)もなしに手を繋いで。  じゃあ、別れたきっかけは何だろう。  こちらも、思い出せない。些細、と軽んじることはしてはならないのだろう。俺が彼女を支えるべきカレシであったことからして、彼女を軽んじるような蔑視(べっし)をしてはならないのだ。  カレシと思って、俺はビクッとしてしまった。自分が彼女と付き合い始めたのは、彼女が神々しく思えて、彼女が聖なる存在――穢れのない聖女にでも見えていたのだろう――に思えて、そう思い込んで。だから、俺が彼女と付き合いはじめたのは恋心でもなんでもなく、ただ尊敬の意のままに崇拝したかっただけにすぎないのだ。  つまり、元々俺にカレシは務まっていなかったというわけか。  付き合い、彼女が普通の女の子なんだと思い知らされて、俺は幻滅してしまったのだろう。偶像と重ならなかったというだけで俺は溜息を漏らしたのだ。そりゃ彼女にも捨てられる。捨てられて当然だ。自嘲。失恋の要因が此方にあったと思い至っての、自然に漏れた笑み。  乾く響いた気がして、虚しく思えて俺は喧騒の街中を歩く足を速めた。  "綺麗なツリー……ねぇ、あなたもそう思うでしょ?"  途端――  "次のクリスマスも、あなたといっしょに過ごせるといいな……ちょっと、我侭かな?"  俺の頬を、涙が伝う――  "約束なんて、あなたに押し付けるのは、ちょっと気が進まないんだけど……次のクリスマスもいっしょにいるって約束、してほしいな"  "ほんと、ほんとに? いいの? どんな理由があっても絶対帰ってくるって、約束なんだよ?"  "……ありがとう"  "いつまでも大好き…………"  卒業直前に、彼女ではなく、彼女の今のカレシに出会ったのが、思い出されてしまう。  あのときはわからなかった。だけど、今ならわかる。彼女が彼を選んで、きっと幸せになれるということも。俺がどれだけ彼女を傷つけたのかも。  目を閉じる。祈る。この日だけ夜空を駆けるサンタと、降り落ちる粉雪と、今は後姿しか思い出せない彼女のカレシと。  彼女は、どうしても幸せにならなければならないのだ。  俺との日々で、彼女が傷ついた分――いや、それ以上。彼女は幸せになる権利を、持ち合わせすぎているのだから。  思う。  最初は、俺は彼女を見ていた。俺は彼女に惚れていたはずだ。彼女は純粋で、無垢で、あどけなくて、少しドジで、でもいつでも俺を励ましてくれて、俺を支えてくれて、俺といっしょにがんばってくれて。そんな暖かい、向日葵のような彼女に俺は惚れたはずだった。  いつ、間違えてしまったのだろう。  答えは、思い返してもわからなかった。  付き合いはじめたきっかけは罪深く、畏れ多いけれど、なぜそんな風に思い始めてしまったのかがわからない。  しかし、そうなってしまったのは俺の弱さが原因であることは変わりなく、彼女に起因はひとつもない。  だから、大丈夫。俺は、そっと心だけで呟く。  君は幸せになれる。君の、俺の次に選んだ彼は、君を見る優しい子だから。  イルミネーションの綺麗なもみの木の下、喧騒の流れから隔絶されている男女の一組。2人は京都駅の伊勢丹の大階段に、早くも飾ってあるその大きなクリスマスツリーを、一緒に見上げているようだ。女のほうは彼の肩に自分の頭をのせて、彼もその頭を抱いてなでている。何も知らない人が見れば、彼らは間違いなく恋人同士に見えるだろう。そして俺も、彼らを恋人同士と見ている。現実はそのとおりだし、俺は何の関係もない傍観者、観客のひとりにすぎない。俺は、ツリーの下で何かに祝福されるべき存在でも、スポットライトの下で御姫様とキスを交わす王子でもないのだから。せめて、彼女が幸せそうに微笑んでいることを願おう。それくらいしか、俺には許されていない。  青白いオリオンが、夜空で美しく輝いていた――