【タイトル】  S4【女の子と傘と、お父さん】 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【ジャンル】  コメディー 【種別】  短編小説 【本文文字数】  1834文字 【あらすじ】  オチはなにひとつありません。読んだ人の心がほのぼのぉっとしてなればいいなと。そしてそして、ついに私も受験を終えたわけです。おめでとぉ自分!お疲れぇ自分! 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************  この場所は、眺めがいい。  急で長い上り坂の、その先に建てられているこの高校。見晴らしがよければ、街々が遠く遠くにまで伸びているのがわかっただろう。  しかし、真昼からゆっくりと夕方に向かいはじめているというのに、お空さんはまだまだ憂鬱に深けるようだ。  ……どこの難関校に挑む受験生だ。まったく。  舌打ちを漏らしかけ、ぎりぎりのところで思いとどまる。  ……受験校で不良な行為を行えはしない。うんそうだとも。  ひやひやした。背後に広がる校舎内へ振り返り、今日で二・三回はお世話になった――受付をしていらっしゃったからで、私が悪いことをしたわけではない――先生にはにかむ。  ……そうキツい目を返さないでくださいよぉ。私に非があるからこそ、困りますのですぅ。  数分前までは、私のようにお空さんが気持ちを切り替えてくれるのを待っている同志がたくさんいた。  しかし、今この場で猛吹雪の前に立ち往生しているのは私一人だけだ。  ……激しく孤独、精神的に。  私には二つの選択肢があった。帰る、待つ。ただそれだけ。しかし、傘のない今、帰る選択肢を選ぶのは風邪を引くを選ぶのと同じ。待つことを選んで受付の人の視線に耐え忍んでいるが、時間が経てば経つほど雪が豪雨のようになりつつあるから、選択を間違えたと言わざるを得ない。  また、今更帰る選択をするのもどうなのだろうか。  今更すぎるっていうか、なんていうか……信念を貫き通せないのは負けだと思う所存でありますのです。 「うっし」  私はグッと両拳を堅め、気合を入れる。  ……動かざること山のごとしとも言うではないか、とことん待ってやるぞよ。覚悟しろよ吹雪っ。  ……このまま凍死してしまいそうだ。なんだよ、温暖化進んでるんじゃないのかよ、冬から春に移り変わりつつあるこんな時期になんで雪が積もるんだよっ。  そのとき、雪景色の中に知っている人影を見た気がして、瞬きとともに『気がした』を『見た』に訂正した。  黒い傘をさし、赤い傘を腕にかけたその姿は―― 「……|お父さん(パパ)?」  やはり、お父さんだった。  人影の時点で、服装がそれっぽいなぁと感じはしたけど、まさか本当にそうだったとは。  私はお父さんへ片手をあげる。 「クワトロ!」 「百式!」 「ゼータガンダム!!」 「ダブルゼータガンダム!!」 「カオスドラゴン!!!」 「ふん!!!!」 「違うわっ、カオスドラゴンと言ったらしんりゅうなのじゃ!!!!」  まったく、私がたっくさん学び込んだというのに……オタク度が足らんぞおやっさん。 「勇者のくせに生意気だは、あんまりプレイしてないなぁ」  お父さんは、笑顔を満面に浮かべて私の隣に着いた。  その優しい笑顔には、年齢を感じさせるしわがある――しかし、このおとっつぁんの妻である私の|お母さん(ママ)は、まだ三十路デビューしたばかり。  世界にはいろんな神秘があるなぁと、つくづく思い知らされますです。まあ、お父さんはのんびり屋で鈍間でマイペースだから、ちょっとおテンパ系が入っているあのお母さんにはちょうどいいのかもしれない。  ちなみにお母さんがチビっ娘。そのせいでお父さんが私とお母さんの姉妹を連れ添ってるおじいちゃんと見られることもある。  ちなみに私が姉ね。やっふぅ♪  コホンッ。 「……なんで、お父さんが、私が志望して受けることとなったこの高校に、来ているの、です、か? Why are you here?」 「さすが受験生。英語ペラペラで、羨ましいなぁ」  いえ、今のはどうみても中一レベルの英語で、実力とか関係ないんですが。  コホンッッ。 「いや、そんなことはどうでもいいから……サクッと質問に答えていただこうか?」 「あ、それって、何かのマンガのキャラ?」  いや、何も演じてないから。もしかしたら何かに被ってるかもしんないけどそれは不可抗力だから。  コホンッッッ。 「……親バカスキル発動しちゃったんだね、お父さん」 「あはは」  いたずらがばれた子供のようにはにかむおとさん。あ、おとさんといってもお父さんの名前に「おと」なんて発音を持つ単語はないからね。うを抜いただけだからね。  コホンッッッッ。 「……帰ろっか?」  その一言で、お父さんはさっと赤い方の傘を差し出した。  私は、意味もなくそれにイラついて、何となく従いたくなくて――お父さんを此方へ引っ張ると同時に、黒い方の傘を奪い取った。  そのままの勢いで数歩踏み出し、振り返る。 「行こ?」  うんと頷き、赤い方の傘を差すお父さん。  お父さんの笑顔はやっぱり優しくて、お父さんの歩みはやっぱり遅かった。