【タイトル】  CROSS!〜物語は交差する〜 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【サブタイトル】  ♯00[始まり 終わり](第1部分) 【ジャンル】  恋愛 【種別】  連載完結済[全127部分] 【本文文字数】  16334文字 【あらすじ】  舞台は現代風の孤島『風宮島』。主人公は季節を巡って愉快なヒロイン達との物語を築いていきます。一番の見所であるヒロインは、可愛さ溢れて10人以上!諸所に導入されているバトルロワイヤルも必見です。ほのぼので、ちょっぴりえっちなひと時を、味わってくださいね♪紡がれる、自分の心――届くことを、伝わることを願って――CROSS紡がれた、自分の心――届いた、伝わった、心――想い人との愛を育む力となることを願って――CROSS 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************ ――CROSS  交差、二つ以上の線の交じりあい、二つ以上の道のつながり。  人という線は他の線と交じりあい、関わりあい、人生という物語の一頁を築いていく。人生というアルバムの一頁を埋めていく。  付き合う、結婚するということは、二つの線を常に交じりあわせ、二つの物語に同じ一頁を作るということではないだろうか。  俺という存在に交じりあうのは誰かはわからない、線は永遠に伸び続ける、曲がるのも唐突、どの線と交じるのかは予期できぬ未来だ。  偶然――そう、偶然だ。偶然、俺のすべてが、俺の選択したもののすべてが偶然に過ぎない。  だが、その瞬間から線は交ざりあったのだ、関わりを持ったのだ。  さあ、目覚めよう。  今日という日を生きるために、今日という日を刻むために――  CROSS!〜物語は交差する〜♯00[始まり、終わり]  朝。  穏やかにして、学生達の波瀾万丈な時間帯だ。  授業開始までの密度の高いスケジュール、一つのミスはすべての崩壊を意味し、遅刻という結果を得る。  俺はそんな中、布団の中で穏やかな時を過ごす。  いや……過ごしていた……足音が聞こえてくるまでは。 「祐夜く〜〜〜ん、朝ですよ〜〜〜」  そんな甘えたような、幼い声が聞こえた。  俺は決意を固め、ふて寝をする。  ドアを開けたような音がして、俺の横に気配がやってきた。  気配は俺を優しく揺する。 「祐夜君、朝です、起きてください」  天使の誘いのような声に意識をゆるめ、目を開けてしまいそうになるが、断固としての拒否を決め込む。  揺れは強くはならず徐々に重く……いや、何かが俺の上に乗っているかのような感覚がする、揺れもなくなっている。  まさか――俺は浮かんだ考えを否定する。 「祐夜君の寝顔……かわいいです……」 「やっぱりかぁぁぁ!?」  俺は目を開け、自分の上に目を移す。  起きてばかりの目を保養させる、はっきりいって汚れなどまったくない可憐なる美少女が、 口元に手を当て、目を潤ませ、俺の上に乗っていた。 「毎回言ってるだろ……こんなことされたらいつか襲っちまうぞ……」  その少女は俺の上で四つん這いになっているため、イヤと言うほどに近い、というか一部は当たっている、双丘ともいう場所だ、はっきり言えば胸だ。  少女は全く気にしていない様子で、俺の上から降りていく。 「あ、起きました? 早く着替えて降りてきてくださいね」  少女は俺の言葉が聞こえていなかったらしく、にっこりと微笑むと立ち上がった。  クマの絵がプリントされた、黄色いエプロンが目に映る。  おたまを片手に持っているあたりが可愛らしい…… 「わかったよ――起きるから下行っててくれ」  俺が立ち上がり、パジャマに手をかけたあたりで、少女は顔を真っ赤にして部屋をでていった。 「こんなところはすぐ反応するんだよな……」  俺はニヤニヤと、真っ赤になった少女のことを考えた。  ――おっと、はやくいかないと飯を吟味する時間がなくなるな。急ごう急ごうっと。  風宮学園。俺の通う高校だ。  男子の制服はダサい、黒一色ものだ。  それに対して女子、捕まるのではないかと言うほどに短く、青いスカートを常につけ、白い服に黄色いリボンのチョウチョ結びをつけた、はっきりいってマニアックなものだ。 「えっと、祐夜君? ジロジロ見られると恥ずかしいかも……」  はじめのころは、俺たち一年は学園長のハゲ(普段はカツラをつけている)の趣味かと思ったが、教頭がにやにやと女子しかみていないところをみると、別の線を考える必要があった。  たしか、元祖の学園長かなんかがコスプレ好きの女性で、自分も着て楽しみたかったから〜……なんていう奇妙奇天烈なもので落ち着いたはずだ。 「ゆ、祐夜君……?」  ちなみにリボンの色も学年ごとに決まっている。  中学の頃はなに色だったか覚えてないが、高校二年は赤、三年は青だったはずだ。  言い忘れたが、俺は高校一年、女子のリボンは黄色になる。 「ぐす……祐夜くぅん……」 「なんだよーーって、なぜ泣いている?!」 「祐夜君が無視するからです……ぐす……」  三井 祐夜。俺の名だ。  両親は現在単身赴任中で、半年に一度家に帰ってくるぐらい。  料理家事ができない俺をほっていくのはどうかと思うが、俺の前にいる少女がすべてを解決してくれる。  三井 優衣(ゆい)、はっきり言うが嫁ではない、俺の妹だ。  ショートヘアーの茶髪の上で、くせ毛なのか、一本の毛がまっすぐ伸びている。  背からは中学生にしかみえない。だから、優衣が俺を見るときは必ず上目遣いだ。 「悪かったって、な?」 「う、うん……」  成績優秀、運動神経も人並み、家事全般OK、そのうえ美少女。  子供より仕事を選んだダメ親から生まれたとは思えないできすぎた妹だ。  すこしーーいや、だいぶ天然でドジで泣き虫で子供っぽいところがあるが、それがまた男子生徒諸君に好評な魅力らしいので善しとしよう。いや、全然良くはないのだが。  優衣は俺に撫でられて赤くなるが、すぐに青ざめた。  それと同時に、焦げたようなにおいが漂う。  なにか黒い煙がたってたりするが……まさかな……  優衣は作り笑いを浮かべている。  俺も笑みを浮かべるが……頬が引きつっているのがわかる。  しばし、嵐の前の静けさが訪れ…… 「ごめんなさい……」  優衣はショボンと肩を小さくする。  目の前にあるのは焦げきった目玉焼きと手作りの野菜スープ、そしてこんがりと焼かれた食パンだ。  わかっているとはおもうが、目玉焼きが焦げたのだ、火の消し忘れで。  こんがり、と表現した食パンのほうは悪い意味のこんがりではないと記しておく。  幸い、スープの方はきっちりと火を消していたようで、おいしくいただける。 「気にすんなって、な」 「うん……」  そういいながらも優衣はショボンとしたままだ。  失敗したとき、みている方がつらくなるくらいものすごく反省するのがこいつの悪い癖だ。  下手したら一日はそのままだ。  俺は腹をくくり、目玉に箸をのばす。  優衣がそれに気づくが、そのころには目玉焼きの一切れが俺の口に入っていた。  苦い、それに加えて砂のようなザラザラ感がある。  俺はそれをどうにかして飲み込み、笑みを浮かべた。 「う、旨いぞ。だから元気だせって、な?」  優衣を立ち直らせるただ一つの方法、とりあえず誉めることだ。 まえにいちど、小学校ぐらいの時にこうしたら機嫌を直してくれた。あのときは……なんだったかな? 「祐夜君……」  優衣はなにに感動したのか、目を潤ませている。  少し頬を赤くして、満面の笑顔を見せてきた。  とりあえず、機嫌は直ったようだ。  俺はそう結論づけて、スーブを含む。  優衣は食事を終えるまで、終始笑顔を絶やさなかった。 「ふぅ、朝はいいな」  俺はしみじみと言う。  ボカボカ陽気なので歩いていても苦にならない、少し目を動かせば海が見える。  波の音はしないが、登校路に接するように海がある。いや、登校路がこの島を迂回するようになっているのだ。  風宮島、かぜみやではなくふうぐうだ。  満月のような島の中心に巨大湖があり、全体的に自然が多い。  工場はほとんどなく、商店街と呼べるものは一つ、公園が多く分布している。 と、島の説明はこれくらいでいいか。 「ぽかぽかですね〜〜祐夜君」  キーホルダーのついた、いかにも女の子なカバンを両手で持った優衣。  陽気すぎるのはだめな気がする・・・・ま、たまにはいいだろ―― 「そんなにのろけてどうする、バカもの!!」 「がっ!!」  俺の後頭部に強烈な一撃がお見舞いされる。  俺は軽く意識を飛ばせてしまうが、いつもの慣れなのか、すぐに持ち直して、後ろにいるであろう怪力女をにらむ。 「貴様はたるんでいる!常に気配の探りを入れなければ、私が真剣で貴様の首を五度は撥ねることができてしまうぞ!」 「だからその例えはわかんねぇって」  青髪のポニーテールが性格の傲慢さをあらわしている。  こいつの名は小道寺 美夏。  パンパンに膨れ、超重になったカバン。いや、殺人用鈍器を持った暴力女だ。 「まったく、それでも男か!! それでは人一人守ることもできんぞ、せめてこのかばんを跳ね返してみろ!!」 「はっきり言って無理だな」  前に一度持ったことがあるが、抱えるだけで精一杯だった。  それを片手で持ち歩くこいつの馬鹿力は計り知れない。  美夏は俺の突込みなど聞いていないようで、ただただあきれたうよなため息を吐き、みせつけるようにかばんをぶんぶんと振りまわしている。 「だ、大丈夫ですか? 祐夜君・・・・」  俺の後頭部にやわらかいものが触れる。優衣が俺の後頭部に手を回してなでているのだ。  俺の視界いっぱいに優衣が見える。  優衣の心配するような上目遣いに、思わず赤くなってしまいそうだ。 「・・・・その目は何だ?」  美夏がジト目で俺を見てくる。  俺は思わず優衣を見る目に気づかれたのかと、びくっと震えてしまった。  それが仇となって、美夏が始動してしまう。 「・・・・成敗する」 「ま、待て! 誤解だ!!」  ゆっくりとかばんを振り上げる美夏を、俺は全力で押しとどめる。  恥もプライドも何もない。男を捨ててもいいから……だってこれ以上体力削られたくは無いし。  美夏の背後で出ていた黒いオーラが消え、俺は安堵した。 「????」  優衣は何のことかわかっていないようで、首をかしげている。  美夏はまたため息を吐いて、明後日の方向に目を向けた。 「まったく、優衣もこんな男のどこが好きなのか……」 「わ、わぁぁぁぁ!!」  美夏がなにか言ったような気がするが、いきなり優衣が大声をあげて俺から離れた。  優衣と美夏が何か小言で話し、俺のそばに戻ってきた。  心なし、美夏が苦笑いを浮かべているように見える。 「まあ……いくか?」 「はい、祐夜君」 「うむ、いくか」  そして、俺たちは歩き出したーー  学校に近づくに連れ、学生が多くなる。 「あ、祐夜君だぁ♪」  そのなか、ひときわ輝く少女が、俺に小走りで近づいてくる。  ぽよんぽよんと跳ねるロングの髪が印象的な、おっとりとした少女だ。  バストが優衣を越えるのが印象的だ。  美乃宮 春花。 【やさしさの春花】【風宮の宝石】という通り名を持つ生徒会長だ。  ぽけぽけした性格からか、嫌われることは少ない。  俺と話すことはもともとなかったが、いろいろあって向こうから話しかけてくるほど仲良くなったのだ。  俺としてはさらに注目を集めることになるので恥ずかしいのだが・・・・ 「おはようございます・・・・美乃宮先輩」  優衣が行儀よく挨拶をする。  赤のリボンーーというかバスト――を揺らしながら、三野宮は俺の隣にやってきた。 「おはよう優衣ちゃん、今日もかわいいね」  他人から見れば三野宮のほうがかわいいので皮肉なのだが、天然なのか気づいていない。  そして、優衣も同じ天然なのだ―― 「い、いやです。かわいいだなんて――」 「またまた〜そんなこといっちゃって〜」  この二人だから、この会話ができるのだろう。 美夏は乾いた笑みを浮かべている。話についていけないのだろう。 「おはよう、祐夜君♪」  満面の笑みを浮かべて、美乃宮が挨拶してくる。  おれは、周りの視線ーー男とか男とか男とかーーの視線を感じながら、挨拶を返そうと口を開く。 「おう、おはよ」  ーー空気が一瞬にして重くなったーー  突き刺さるような視線の針山に置かれ、本気になって恐怖してしまう。  しどろもどろになりそうながらも小さな声で早口に尋ねた。 「え? みんなどうしたんだ?」 「ば、ばかもの――貴様もそろそろ学べ」 「学べって…………あ」  美乃宮は生徒会長の上、学園のアイドル。  しかも年上。  その人に対してため口ーーファンクラブがあったとしたら、そのファンがたっくさんだとしたら、今傍を歩いている男子生徒のほとんどがそのファンだったとしたら、この近さをどう思うのか。  視線ーー男とか男とか男とか男とか男とか男とかーーがひどい。 「何してるの?早くいこっ祐夜君」 「遅れちゃいますよ、祐夜君」 「……まあ、忍耐だ。三井祐夜」  二名ほどは何も気づいていないようで、普段どおりに急かしてくる。  俺は無理に笑い、視線を気にしないようにして歩き出した。 「まあ仕方なかろう。 【冷氷の女王(クイーン)】【神の魅いいし戦乙女】の小道寺美夏、 【熟しし幼姫(おさなひめ)】【学園一を継ぐ美少女】の三井優衣、 【やさしさの春花】【風宮の宝石】美乃宮春花、 その三人に囲まれて登校しているのだからな、視線を集めるのは容易だろう」 「よ! ハーレム〜〜」 「挨拶もなしになんだおまえたちは?」  御劉(みりゅう) 誓兎  成績は五教科以外も含めて常にオール五、さらに容姿もよかったりと、才色兼備な男だ。  人の心を読めるのではないかという洞察力、瞬間永久暗記力、リーダーとしてのキレと軍師としての瞬時対応力・・・その他諸々を持った、まさに完璧人間(パーフェクト)だ。  だがーーはっきりいえば変人の代名詞だと俺は思う。  高校の入学式のとき、全在校生の集まる体育館を爆破ーー煙だけだがーーした前科から、生徒会や風紀委員から常にマークされている。  そしてオカルト好きなのもたまに傷だ。  中学のときに仲がよくなったんだが……ま、仲がいい悪友ってところだ。 「生徒会長も案外、祐夜をマークしにきてるのかもね〜〜」  伊里嶋(いりしま) 輝弥(てるや)  幼い容姿があるが、これに騙されてはいけない。  情報網の代名詞なこいつは、校長の弱みすら持っているらしいと噂だ。  その情報を使った非公式新聞を作ったことで御劉と同等なマークをされているレッドゾーンの方。  非公式新聞部には御劉も入っている。  御劉には劣る――それでも成績は上の上――が、輝弥も万能型だ。  だが、軍師をするのが好きなようで御劉に動かせている。  そして――こいつはマニアなのだ。  ある都市では【皇帝(かいざ〜)】と呼ばれるほどの男だったらしい。こいつのアニメ好きはある意味皇帝並なのは否定しない。  まあ、こいつも悪友だ。 「…………輝弥、マークと言ったようだが、ほんと〜〜に、あれがそう見えるか?」  俺は顔で美乃宮を指す。 「普通に見えるね」 「だろ?」 「僕が言いたいのはそうじゃなくてーーまったく、祐夜は鈍感だね」  ぽけぽけした表情で御劉に挨拶する美乃宮を指差した俺に、輝弥は大きくため息を吐いた。  俺が?マークを出していると、御劉が密かに近寄ってきた。 「美乃宮が、自分から男子に近づくことは一度もない。 だが、貴様にはためらいなく駆け寄る。 つまり?」 「つまり――話しかけやすいんじゃないか? 俺も声かけやすいしな」  俺は思ったままのことをそのまま口にする。  御劉と輝弥がお互いに顔を見合わせ、ため息を吐いた。  俺は美乃宮に目を向ける。  美乃宮がやわらかい笑みをしきりに浮かべて、話の進行役をし、優衣がそれの対応、美夏がテンションのストッパーと称したツッコミ役をしている。  うまく会話しているので、いい組み合わせなのだろう。 「ねぇねぇ、祐夜君はどう思う?」  いきなり、美乃宮が話しかけてくる。  なぜか美夏と優衣が俺を凝視している。  俺はそれに疑問を感じながらも、美乃宮に言葉を返す。 「おっぱいの大きな子と小さい子、どっちが好き?」 「なんだ、そんなこと――って」  ――君タチハ朝ッパラカラ何ヲ話シテイルノデスカ?  この疑問をぶつけたいが、約二人からの鋭い視線にひるんでしまう。  美夏は殺気といえるオーラを発し、優衣は期待といえるオーラを発してくる。  どうも真剣に答えるしかないようだ。  美夏のまな板と優衣のクッションを思わず見比べてしまう。  ――どちらを選んでもバッドなのでは? 「やっぱり大きいほうがいいよね〜?」  そういって見せ付けるように胸を突き出す美乃宮。  俺は思わずうなずきそうになるが、何とかこらえる。  ゆっくりとだが、着実に三人の美少女は俺ににじりよってきた。 「わ、私はどうでもいいんですけど・・・ね?」  ――どうでもいいというが、好奇心いっぱいのその目は何だ。 「まさか、貴様は破廉恥な言動をしたりはしないだろうな? ばか者?」  ――こわいぞ、美夏。かばんを構えるな。 「さあさあさあさあ♪」  ――そういって誘うように両手を広げるのはやめてください、春花先輩。 「――そういえば昨日の授業なんだけど、教師の教えかたがいまいちなんだよね」 「ふむ、俺たちなら90%の人間に理解させることが可能だ」  ――なに壁を作っている!? てかそんな天才なら来なくていいだろ!?  そんな無駄な抵抗――現実逃避ともいう――をするが、事態は常に、無慈悲にも、進行している。  タイムアップが近づいているのはわかるが、いい案が浮かばない。 「え、えぇ〜っと」  俺は表面上は言葉を濁し、脳内では決死で良い答え方を探しだそうとしていた。  キーンコーンカーンコーン……  校門前でしゃべっていた俺たちに、HR開始のチャイムが十分過ぎるほどに響く。 「む!! 私は先に行くぞ!!」  美夏はそういうと忍者のように手をうしろにして駆けていった。  そして、一瞬で姿が見なくなる。 「あ〜あ、聞きそびれちゃった。またね、祐夜君。ばぁい♪」  美乃宮も俺の返事を待たずに、校舎の中へ消えていく。  御劉と輝弥はいつの間にかいない。いつものことなので無視だ。 「ほら、いくぞ!!」 「え……でも……はい」  俺は優衣に呼びかけながら走り出す。  優衣は一瞬どもるが、すぐに俺の隣にきた。  身体能力は並の男以上だったりするんだよな、こいつ。  チャイムが鳴り終わったときには校内に入り、先生が来るか来ないかのところで教室に入れるだろう。 「(いや……あの人なら……)」  担任の性格を考えると、拍子抜けな結果になるかもしれない。  優衣に気づかれないぐらいの苦笑いを、俺は浮かべた。 「そして教室」 「いきなり何? 祐夜さん」  古泉 真紀恵  わがクラスメイトの一人にして、委員長。  御劉には劣るが、皆を率いたりするタイプの人間だ。  胸は並、少々怒りっぽいというか、被害妄想の激しいところがたまに傷。結構な嘘だ。 「何か失礼なことかんがえてない? 祐夜さん」 「気のせいだ、委員長。人を疑ってはいけない」  セミロングの髪が俺の目に映る。  その下には、真紀恵の不満そうな目が俺を見ているが、俺は気にしない振りをする。 「そういやぁ、まだ担任は来てないのか?」 「あ、うん。まだみたい」  俺は自分の机にむかう。  御劉と輝弥はもう席に着いていた。  俺と真紀恵の斜め前に、いすに座ろうとしている優衣が見える。  そういえば説明していなかったが、御劉と輝弥の髪は、それぞれ黒と茶。ともにショートだ。 「またタバコでも吸ってるんだろ、あの女科学者は」  ーーガラガラァッーー  そんな音とともに、クラスにいた全生徒が席に着く。  委員長も俺の隣から、自分の席に戻っていた。 「おぉ、こんなにまじめだなぁ、関心関心ーーちょっとくらい肩の力抜いてもいいぞぉ?」  先生としては間違った発言をするが、俺たちは苦笑するしかない。  もし癇に障ることなどしたら、モルモットにされかねない。  ニノ宮 理子(あやこ)  職業的には先生だが、放課後には理科室にこもる大人の女性だ。  校内では常に白衣を着用しているので、わかりやすい。 「さて、ホームルームだったよな」  二ノ宮さんはだるそうにしながらも黒板に一番近い台の前に立った。  緑色のカバーがついた縦長の帳をぺらぺらとめくった後、パタンと閉じて立ち上がる。 「全員来てるみたいだし、報告も特になし。じゃ終了な」 「「……………はぁ」」  俺たちはため息を吐く。  二ノ宮さんはいつもだるそうにする、というかかったるい人間である。  HRがきっちり行われたためしはこのクラスでは一度もない。  だがその柔らかさが案外好評だったりして、なぜかはわからないが女子からの信頼が厚い。 輝弥とその話題をしたことがあるんだが「あはは〜〜きっと大人の女だから女子にとっては憧れなんだろうね〜〜あれだよ、現代社会で生きる勇ましい女っていうやつ? 略して|勇女(いさおんな)? アハハ〜☆」という結果になったような気がする。  俺としてはあのような女性が増えたら男の立場がなくなると思うのだが……  というかあんなかったるがる人が増えたら世の中が成り立たなくなるぞ?  ーー増えないことを祈ろう。  俺は微妙に真剣に、祈ったのだった。 「ふぅ……」  視界に映るものは何もない。  深みに落ちていくかのような、朦朧としていく感覚にすべてを委ねーー 「……あの……」 「……むにゃ……」  すこしおとなしげな声がするが、それに対応する行動を起こす気になれない。  ということで俺はもう一度深みへとーー 「……あの……起きてください」 「…………ん?」  俺は目を開ける。  視界には、一人の少女が映った。 「……起こすのは忍びなかったのですが……」 「ん?」  少女は俺の知り合いではなかった。  名前もーー靄がかかっていて思い出せない。  少なくとも個人的理由で話しかけてきたのではないだろう。  俺は彼女の手にある数枚の紙を見つける。  偶然にも、俺の両腕の下には同じような紙があるわけでーー 「先生にプリントの回収を言われたので……提出してもらえますか?」  辺りを見回す。  すべての列の最後尾が立ち上がっており、紙を集めているようだ。  ほかの列のやつらは、もう前のほうまで行っている。  ちなみに俺は後ろのほうだ。 「ああ……悪かったな、待たせちまって」  俺は何も書いていない紙を渡す。  彼女は終始すまなそうに笑みを浮かべると、軽くお辞儀をして前に進んでいく。  俺は彼女が前に行ったのを見届けると、真紀恵を小突いた。 「なに? プリントならだしちゃったよ」 「そうじゃないーーあの子の名前が思い出せないんだ」  俺は前のほうに行った彼女を指差す。  真紀恵は考える間もなく口を開いた。 「小倉 瑞樹ちゃんのこと? あんまり目立たない子だけど名前くらい覚えといてあげないとだめだよ」 「いやーー忘れてたわけじゃないんだけどな」  俺はごまかし笑いを浮かべる。  内心では、「目立たない子」ということに納得していた。 「あの子、全部自分のせいにしたり、溜め込んだりするからちょっと心配なの」 「委員等はそんなことまで気にしなきゃいけないのか」  俺は委員長に選ばれなくてよかったと思う。 「ううん、ただ私が勝手に心配してるだけなんだけどね。 どうにも話しかける理由がなくって……」  真紀恵は微妙なところで人見知りするやつだ、いきなり自分から話しかけられないのだろう。 「へぇ、まあ気になるよな……」  俺はこいつの性格を理解している。  理由もなしに話しかけても、小倉さん相手では撃沈するだけだろう。  真紀恵もそれがわかっているのか、軽くため息を吐いただけだった。 「と、そろそろもどるわ」 「これからはちゃんと授業聞きなよ」  俺は真紀恵の言葉に笑みだけを浮かべた、それで伝わるだろう。  そして、俺は少しだけ後ろを振り返り、瑞樹を見た。  だが、俺はすぐに授業を聴くことにする。  ーー寝てしまったが。 「昼飯なのだが……どうしよう」  購買にでも行くか。  俺は一階に向かう。  あまりあせらずに行ったのが仇となったのか、入り込むことのできない人だかりができていた。  少しずつだが、あきらめて人だかりから離れていく者もいる。 「……」  俺は最悪の事態を考えながら、突入した。  人を掻き分けながらたどり着いた先は−−商品のない店。 「ちょっと遅かったねぇ、まあ元気だしなよ」  購買部のおばさんがそう言って励ましの言葉を送ってくれる。  俺は気分を落としながら、ゆっくりと頷いた。どうせなら、励ますなんていう形の無いものではなくパンという形あるものを送って欲しいのだが、まあ、仕方ない。  周りの生徒も同じような状況ーー 「焼っき焼っき焼っき焼っき焼っきそっばパン、ゲット♪」  訂正、一人だけハイテンションな女がいた。  その手にあるのは魅惑的な輝きを放つ焼きそばパンが二つ。 「……学食いくか」  俺は踵を返してとぼとぼ歩き始めた。  明るい鼻歌が俺の背から聞こえるが、とてもとても耳障りで、腹が減るだけだった。 「お前の会った少女は天宮希美だろう。 ツインテールなどから、子供っぽいことがわかるな」 「たしか、うちのクラスにその娘の親友がいたはずだよ」 「またいきなり何を言うんだ、お前たちは……」  俺が学食堂に来ると、うどんを啜る御劉とミックスジュースを飲む輝弥にいきなりそんなことを言われる。  何で会ったことを知ってるんだ……というより個人情報知りすぎだよ……ストーカーか貴様らは…… 「何を言うか三井、情報はあればあるだけいいのだよ」 「心の問いに答えるな」  まったく、こいつらに個人情報保護の心得はないのか…… 「ないな」 「ないね」 「だ〜か〜ら〜!!」  俺は二人に叫ぶ。  そのとき、俺の肩を誰かが叩いた。 「あの〜もう少しお静かにできますか?」  俺は背後を振り返った。  俺より少し高めな背の女性が、俺を覗き込んでいた。 「あ、すみません」 「気をつけてくださいね」  そういって俺から離れていくーーことはなかった。  彼女の視線は御劉と輝弥をみている。 「おぉ、誰かと思ったら二ノ宮美奈、いや副会長と呼べばいいか?」 「君たちがいるということは……まさかこの子が……トリプルSの三井祐夜……?」 「ト、トリプルSって……」  俺はいったい何なんだ?  頭が痛くなってくる。 「えっと、まあこれからは気をつけてね」 「は、はい……」  いきなり美奈さんがよそよそしくなったかと思うと、足早に去っていこうとする。  そのとき、御劉が不敵な笑みを浮かべた。 「あれ? 美奈ちゃんたち、なに集まってるの?」  俺と美奈さんの背後で声がする。  朝ごろに聞いた声だ。  美奈さんにとっては確かめるなど不要のようで、振り返ると同時にしゃべり始めた。 「何ってねぇ……春花のお気に入りが騒いでたから注意してたのよ」 「あ、祐夜くん。祐夜くんも学食なんだ〜?」 「え? ま、まあ……」 「じゃあ、私のぶん分けてあげるから一緒に食べよっか」 「こら〜〜無視するな〜〜!!」 「さすがマイペース少女……」 「萌だね〜〜」  春花先輩は俺にサンドイッチの乗った御盆を突き出した。  美奈さんは無視されたと思ったらしく、春花先輩に叫んだ。  御劉と輝弥は完全に傍観者だ。  春花先輩は美奈の叫びに少し不機嫌になる。 「もう! 叫ばなくてもいいじゃない、美奈ちゃん」 「春花はマイペースすぎ! こいつらは全員トリプルS−−最重要生徒なの! すこしは警戒するとか、探りを入れるとかを生徒会長としてーー」 「美奈ちゃん、人をそんな簡単に疑っちゃだめなんだよ、信じようという気持ちがなくちゃ、グループは作れないの」  春花先輩はいきなり真剣口調で話し始める。  これがこの人のまじめなのだろう。 「!! ……でも、ルールに従うことのできない、平穏を乱すものを信じることが馬鹿げてるーー」  美奈さんは春花先輩に負けない闘気で言い放つ。  というか、野次馬が増えてきてるのは気のせいだろうか? 「それを信じられるようにする、信じるのが私たちの役目。 私たちが常識論なんて使っちゃだめなんだよ? 常識論を持つのなら、生徒会なんていらないの。 みんながもっていることを、会を開いてまで持つ必要ないもん 私たちは、すべての生徒が平穏に暮らせるようにする。それに、SもトリプルSもないんだから。 みんな、この学園の生徒さんだよ?」 「…………」  美奈さんは無言になったかと思うと、気を抜くようなため息を漏らした。  春花先輩もいつもの調子を取り戻す。 「平等愛の女神か……さすが俺に張り合える生徒会長だ」 「いくら僕たちでも、悪さする気がなくなるよね〜〜」  一日でその清き心もなくなるだろうな。  野次馬も、暖かいムードに酔っているようだ。 「…………ったく」  美奈さんは胸にある青いリボンをわずかに揺らしながら、野次馬を掻き分け去っていった。  とりあえずーー終わったようだ。 「ゆ・う・や・くん♪」  前言撤回、俺の悪夢は今から始まるようだ。  春花先輩は満面の笑みを浮かべて、歩み寄ってくる。  いつの間にか集まっていた野次馬の目は俺を殺しのすさまじい威圧を与えてくる。  ーー逃げ場はない、か。  俺は諦めをつけ、前向き思考に切り替える。  それとともに腹が減り、空腹感が生まれ、視線から受けるなにかの感覚が麻痺する。  おぉ、さすが前向きパワー……単に現実逃避なだけなきがするが。  そして、少し周りの視線が気にはなる中で、ピンク色のムードな昼食をとったのだった。 「やっと帰宅だな……」  俺は今日最後に聞くであろうチャイムとともに、欠伸をする。  そこに、真紀恵が蔑むような視線とともに水を差してくる。 「祐夜さん、今日はロングだよ」  ロング、つまりロングホームルーム。  つまりは長いということだ。 「はぁ、まだ家でのんびりできないのか……」 「……」  真紀恵が俺を冷たい目で見ている。  この状態を一言で表せばーー嵐の前の静けさ。  ヤバイ、こいつきっと怒ってる……  俺のだらけた心がいきなり鋭くなる。  だが、何で怒っているかがわからないーー 「……今日の昼、あの人と食べたんだってねぇ」 「あの人? ああ、春花のことか」  ーー空気が重くなったーー  男どもからの殺気や妬みを押しのける、目の前からの黒いオーラ。  真紀恵は笑みを浮かべてはいるが、目はまったく笑っていない。 「あんな巨乳だけがとりえのポケポケ女が、祐夜さんの好みなんだ〜?」  俺は思わず真紀恵のまな板を見てしまう。  これは個人的差なのでしかたないのではないのだろうか? 「いや、お前も十分かわいいぞ,うん」  美乃宮がかわいいのは認めよう。  だからと言って、真紀恵がかわいくないわけにはならないだろう。  それどころか、真紀恵はなかなかかわいい部類にはいる。  委員長をやっているから有名だろうし、こいつに惚れてるやつも結構いそうだ。  あぁ……なんで俺の周りにはこうも美少女が多いのだろうか…… 「え!? そ、その……本当に……?」  真紀恵の表情が一転した。  戸惑ったように頬を赤く染めると、目をあたりに泳がせ始めた。  俺はその理由がわからない。 「おぉ、さすが鈍感の代名詞、三井兄だ……」 「鈍感も、度がすぎると罪だね〜」  この二人はスルーだ。  俺がそれぞれの席でこの場を見ている野次馬に目を通した。 「…………ぷんっ」  優衣は俺と目が合うと、わざとらしく目を背けてくる。  −−こっちもあとで機嫌を直させないとな。それにしても、どんなにみても今のは『ふんっ』ではなく『ぷんっ』だ。 「ほらほら。青春謳歌するのはいいが時間と場所を考えてしてくれよ、いまはHRだ」  教室のドアを軽く叩いて注目を集める二ノ宮先生。いつからいたんだ、あなたは。  ムードが一気に変化し、日常にもどる。  ちらちらと真紀恵が俺を見てくるが、何か俺の顔についているのだろうか? 「ここまでの鈍感はうそっぽく見えると思わない?」 「いや、鈍感男という存在自体が希少なのだ、度合いに気をやる必要はない、仕様というやつだ」  もう一度言うが、この二人はスルーだ。  ーーそしてロングHRも終わりーー 「今度こそ帰りだ〜〜」  俺は自由に喜びを感じる。  真紀恵や優衣はもう部活に行ったようだ。  俺はこれからの予定を考えた。  ーー商店街にでも行くか……いや、それじゃ面白みにかけるか……よし、今日はあまり通らないところに行こう。  俺は子供らしくウキウキ気分で、学校から未開の地へと足を踏み入れたのだった…… 「よし! 迷った!」  とりあえず明るく言ってみる。  だが、状況は変わらない。  まっすぐ行ったつもりなのだが、同じような住宅街風景が広がるだけだ。  というか高校生になって迷子とは……ショックだ。 「ま、カンに任せて歩いてみるか」  俺はまっすぐ行ってばかりだった進路を変え、近くにあった分かれ道に進む。  すると、意外なものがあった。 「これは……階段だな」  ずらずらと伸びる階段。石でできている、ように見えた。  その先には…………何があるんだろうか。  少し上ることを躊躇するが、好奇心に負けて足を階段にかけた。  ーーそして頂上ーー 「案外疲れたな……」  俺は、少し乱れた息を整える。  少し体がなまったのだろうか俺も年だな…… 「さて、何があるのか……って」  俺は神社の巫女さんらしき人に会ってしまった。  人がいるということは、お宝等々はないだろう、がっかりだ。  だが、とりあえずここの場所を聞こうと思って声をかける。 「あの〜〜すみません」  巫女さんは俺に背を向けて掃除をしていたので、俺には気づいていなかったようだ。  巫女さんはびくっと震え、おそるおそる振り返ってくる。  俺はその顔にある意味驚愕した。  そこにはーー驚愕に目を丸くする小倉 瑞樹の顔があったのだ。 「小倉さんが巫女だったなんて、驚きだよ」 「すみません……」  俺はいきなり頭を下げた小倉に目を丸くする。 「謝る理由なんてないだろ? それに、俺もお前を驚かせちまったし、お相子だ」  俺は景気よく笑って見せる。  小倉はまだドギマギとした緊張な面向きだ。ただ単に人と話すことが苦手なのかもしれない。  俺は神社をよくながめ、話題項目をいくつか思いついた。。 「ここっていつからあるんだ?」 「え、えと、それはですね……」  俺は小倉の話を聞きながら、表情をこっそり伺う。  少しはガードがなくなったようで、俺が冗談を言うとほんのりと微笑んでくれるようになった。  …………なんていってると、ナンパしてるみたいだな。いや、合コンか?  話が一区切りついたところで、小倉が我に返るようにして緊張を取り戻す。 「すみません……わかりにくい説明で……」 「そんなことないって、十分な説明だったよ」  どうも小倉は自分を過小評価するタイプらしい。  これは真紀恵も知っていることだろう。 「じゃ、そろそろ帰るわ、邪魔して悪かったな」 「いえ……そんなことは……」  俺は、小倉に手を振って階段を下りようとしてーーとまる。 「あのさーーひとつ聞きたいんだけどーー」 「え? は、はい。なんですか?」  俺は少し恥ずかしいと思いながらも、大切なことを聞く。 「ここってさーーどのあたりになるんだ?」  小倉の話だと曲がると決意したところをまっすぐと行けば島の端にでたらしい。  俺はそれだけを理解すると、今度こそ下り始める。  少し足音が響いたとき、上から声をかけられた。  当然、声の主は小倉だ。 「あ、あの……楽しかったですーーーーあなたと話せて」  小倉の、今日一番大きめで、今日一番不安そうな声に、俺は手を振る。 「また明日、学校でな!!」  俺の、絶対に届いたであろう声に、小倉は一度、大きくうなずく。  俺は妙にすがすがしい気分で、神社を後にしたのだった。 「おぉ、奇遇ではないか、三井兄」 「祐夜も今日発売の『まゆまゆフィーバー』買いに来たの〜〜?」 「誰がそんな本買うか、というかおまえらなんでいつも二人で俺に遭遇してくるんだ……」 「そんなこときまっている」 「きまってるよ〜」 「「いつでも行動が起こせるように、だ」よ」  こいつらはいつまでも未知でした……  俺がいるのは商店街。  道並みに進んでいたらこの二人が、妖しい笑みを浮かべながらやってきたのだ。  俺としては話しかけたくなかったのだが…… 「そんなことより、いまからその『まゆまゆフィーバー』とともに『殺戮絵巻第壱巻』を買いに行くのだが、お前も来ないか?」  また物騒なものを買うんだな、お前はそれを買って何をしたいんだ。  俺は御劉と輝弥に会ったことで俺の多大な精神力がなくなってしまった。  どうでもいいからはやくこいつらとの会話を終わらせたい。 「俺はやめとく……なんかレア物っぽから、いそいだほうがいいんじゃないのか?」  俺の一言に、二人が納得する。というか、やはりレア物だったのか…… 「そうだな、急ぐことにしよう、飛ぶぞ」 「りょうかい〜。じゃ、また明日学校でね」  二人の声が俺に届いたとき、二人はもういなくなっていた。  一体全体どんな芸当を使ったのか……わかりたくもない。  いや、ちょっと興味あるかもな。 「さて、何を見に行くか……」  神社からここに来た時点で、だいぶ時間はなくなってきている。  迷っている時間も惜しいほどだ。 「ん?」  反対側の道に、今日の昼ごろに会った副会長の姿を見つけた。  その隣に立つのはーー二ノ宮先生か。  よく考えたら、あの二人って名字一緒なんだよな、姉妹か何かだろうか。  そんなことを考えているうちに二人の姿は消える。  俺は軽く深呼吸をして、とりあえず道並みに歩き始めた。  行き当たりばったり、何か行きたい物が見つかればーーいいなぁ。 「はぁ、骨折り損だ〜〜」  俺は盛大なため息を吐いてベッドに横たわる。  結局興味を引くものはなく、街を一周して帰ってきてしまった。  優衣はすでに帰ってきて料理を始めていた。  まったく……兄の立場がないな……  自分の家事能力を思い浮かべ、ため息を吐く。     ◆  桜が舞う。  幻想的に散り行くその姿は、現実的なものには見えないほどに美しい。  −−これは、虚像か。  −−それとも、夢か。  俺という存在がないだろう、視る者の自分勝手な夢。  なぜ俺はこんな夢を見てしまったのだろうか、自分でもわからない。 「男の子でしょ、泣かないの」  そのとき、幼く無汚の少女の声が俺に響く。  俺は、その声の持ち主が誰かに気づく。  「ぐすん……でもぉ」  俺の声だ。  俺の中で美化された幼きころの記憶。  俺の焦燥感が全身を駆け巡り、俺の心を痛めつける。  −−愛しいからこそ、憎いのだーー  −−無いからこそ、有るのだ−−  罪のない彼女に憎しみの矛先を向ける愚かな自分を笑い飛ばす。  「ほら、お姉ちゃんがずっと傍にいてあげるから、ね?」  嘘だーー反射的に呟くが、声にならない。  これは夢だから、だ。  だが、覚める兆しが無い。 「あいつはーー美姫は、もう俺に会いに来ることは無いーー」  場面が切り替わる。  それは、血のように赤く染まった、狂った桜。  その傍で、寄り添いあう二人の幼い少年少女の影。 「え? 外国に行っちゃうの?」 「うん、ごめんね、傍にいられなくて」  後悔の念が渦巻く。  狂おしいほどに大切な少女を、今この手に触れることのできない虚しさ。  この桜は俺の心を表している。 「なぜだ? なぜいまなんだ? なぜ今、あいつのことを思い出させるーーッ!!」  俺の声は、ただ俺の黒い部分をさらけ出しただけだった。  俺は強く手を握りこむ。  痛みは、ない。 「ーーううん、大丈夫。僕は男の子だもん、泣かないさ」  やめろ、あいつを止めろーー昔の自分への苛立ちが募る。  あいつは俺の前から去ってから一度も、連絡を寄こさなかった。  あいつは俺を忘れた。  あいつは俺を見捨てた。  あいつは約束を破った。  −−勝手な都合だ。愚者の都合だ。今一度笑い飛ばせ。 「またーー会いに戻ってくるーーそのときーー必ず伝えるからーー」 「なにを?」 「ーーなんでもない!!」  場面は終わる。  夢は覚めない。  俺が、おれ自身が、まだ彼女の記憶にすがっていたいからーー 「俺はーーまだーー弱い」  おれ自身が背けていた部分を口に出してあらわす。  狂おしい狂おしい狂おしい狂おしい狂おしい狂おしい狂おしい狂おしい狂おしい狂おしい狂おしい狂おしい狂おしい狂おしい狂おしい狂おしい狂おしい狂おしいーー愛しいと思うがこそのこの感情。 「もどってきてくれーー美姫ーー」  ーー絶望とともに、夢は終わるーー 「祐夜くん、祐夜くんーー」  俺を呼ぶ声がする。  俺はだるい体を無理やり起こす。  俺の顔を見ているのは一人の少女。 「大丈夫ですか? うなされてるみたいでしたけどーー」 「あ? ああーー大丈夫」  いつの間に眠ってしまったのだろうか?  俺はまだもやもやとする意識のまま、唸る。  そのとき、旨そうな匂いが俺の鼻に感知される。 「あ、ご飯ができましたよ、今日は祐夜くんの大好物です」  俺の考えを察したのか、優衣がにっこりと微笑んでくる。  俺は高ぶる衝動に任せて、立ち上がった。  この日常という場は、ある意味バランスを保っている。  挿入されることが無ければ、永遠に保つことができるのだろうか。  答えはーー否だ。  時は流れる、物事は変化する、よってーー永遠に保たれるものは何もない。  あるとすればーーそれはーー過去。  この日常という線たちの適度な同調も、あと何年かすれば解け、別々の道を進むことにな る。  だが、過去は変わらない。  過去の気持ち。日常、同調していたころの名残惜しさーーその全てが、再びのCROSSを呼び起こす。  そしてーー 「今日中には無理かーーとりあえず連絡がちゃんといってるか心配……」  夜。  冷たく、鋭い夜風が駆け抜ける。  その風で舞う髪を軽く押さえた、一人の少女がため息を吐いた。  ポニーテール。強気な印象を持たせる髪型だ。  彼女は古ぼけた紙を、今一度ゆっくりと見る。 「……ちゃんと届くよね……たぶん」  彼女はある人へ言伝した。  それが届いていないといろいろと困るからだ。 「あのときから……どんなけ男らしくなったんだろ……」  自分の想像上の彼、軽く笑みを浮かべて消しておく。  彼女は自分自身に実感を持たせるように呟いた。 「帰ってきたよ……伝えるために……あなたのお姉ちゃん、鷺澤美姫が」