CROSS!〜物語は交差する〜 水瀬愁  誘いに負ける者は正義でない。間違いに向き合えぬ者は、正義を語ってはならない。 ******************************************** 【タイトル】  CROSS!〜物語は交差する〜 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【サブタイトル】  ♯01[夜闇に立ち尽くすそれを、私は拾った。](第101部分) 【ジャンル】  恋愛 【種別】  連載完結済[全127部分] 【本文文字数】  15589文字 【あらすじ】  舞台は現代風の孤島『風宮島』。主人公は季節を巡って愉快なヒロイン達との物語を築いていきます。一番の見所であるヒロインは、可愛さ溢れて10人以上!諸所に導入されているバトルロワイヤルも必見です。ほのぼので、ちょっぴりえっちなひと時を、味わってくださいね♪紡がれる、自分の心――届くことを、伝わることを願って――CROSS紡がれた、自分の心――届いた、伝わった、心――想い人との愛を育む力となることを願って――CROSS 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************ 0. 「榊……考え直せ」 「何を考え直せと? 私は、貴様とは違う。故に、貴様の指摘する点から間違えを見出せないでいる。はっきりと答えてもらえるかな? 同胞、キラメキが人」  二人の男が対峙していた。  一人は灼眼と、それに相対する碧髪を持ち合わせる若き少年。  一人は緑眼と、それを深き色とみせる黒髪を持ち合わせる若き男。  少年が言う。 「……|DD(ディメンションドライブ)搭載の、二足歩行型超大量破壊兵器の女体フィルムに、惑わされるな」  搾り出すようなその声に、男は澄ました顔をそのままに肩を竦めた。 「惑わされると? ほう――興味深い。私が惑わされていると、キラメキが人は私に言うのかね? それは愚かな判断だ。自分でいうのもなんだが、私は利口だよ。君よりもね。 故に、干渉行為を許すほど甘い人間ではない。君の見解は間違っているよ」 「なら……なぜ、あれを連れ出そうとする? なぜ、ここでお前と俺が対峙している? お前が惑わされていないというのなら、その証明として俺とともに帰ってもらう。ここから立ち去ってもらう」  少年の、見る先を射抜き殺さんとする表情に対し、爽やかな笑みを浮かべて男は首を振る。 「それは無理な相談だよ。キラメキが人」  そして、言った。 「なぜなら――あの機械人形を、私が欲しいと願うからだ」  言葉が終わりに伴う、ひとつの抜刀音。  数秒もかからぬ内に、更なる雷鳴が轟き広がった。  音源たる二つの刃は、真紅と紅蓮に光り輝き――否、真紅と紅蓮の"光"でできていた。  じりじりと押し合いへし合う――少年と男の顔が間近で、互いが目をにらみ合う。 「それが惑わされてるって、言ってんだよ……」 「否(いや)、否(ちがう)。あれは――人とあるべき、人の下にあるべきでない、蔑まれるいわれ無き、女神が愛娘だ」  男は力に勝り、少年を弾き飛ばした。  少年は数歩引き下がるも、しかし今にも掴みかからん勢いを視線に籠めて男に送る。  男は溜息交じりに、呆れた風に笑う。 「君には理解できないだろうね。故、君は私のように上へと昇ることは叶わないだろう」 「あれは物だ。所詮は、この剣のような武器にすぎない――お前が昇ってるという事実、俺は全力をもって否定する。お前は愚かにも、過ちを過ちであると認めない屑に成り下がった。成り下がってしまった。 ただ――それだけのこと」 「いいや、違う。大いに違うよ。君が間違いで、私が正しい。人につくられたもののすべてが本当に人以下なのか? 人によって作られるもの総てが、本当に人以下なのか? 違う。違うのだよ――たとえ人に作られるものであっても、それに人を超える力があるのならば、人よりも絶対的であるのならば、それは人よりも上であるべき存在だ。 人は、強いものを欲し、しかし自分が下となることを恐れる醜き生物……私は、その醜き環に五体を蝕まれし姫を救い出す、勇者(ヒーロー)なのだよ」  男が持つ"光"の剣が、空間に満ちる空気を焦がす。  "光"の強さは、想いに比例する――少年はひとつの文を、脳裏に思い浮かべた。  その少年へと、男は一太刀をお見舞いする。  反射的に男の斬撃へ己が剣を合わせた少年は、しかし押し負けてまたも吹き飛んだ。  男はニヤリと嘲笑って、膝をついて呻く少年を見下す。 「お前とは終わりだよ。世界は次なるフレーズへと移行する。私とお前、正義持つ者の築き上げる伝説の物語が終末を迎え、今悪ではない者|達(ら)が起こす戦禍に巻き込まれているのと同じように。正義が正義であることを主張し続ける要素をなくし、永遠の感動が散り行く桜のように儚く薄れ消えるのと同じように。掴み取ると願った幸が、救うと約束した者達によって壊されるのと同じように。 世界が、正義が悪に勝った後(のち)の世界へと移行するのだよ」  男は二・三歩、ふらつくようにして下がった。  そして、"光"の剣を足元へと突き刺す。  "光"が這い動いて、少年の目の前までの円に蠢き広がった。 「『|暗証番号(ミステリサイン)修復復元修復復元修復復元修復復元修復復元修復復元修復復元修復復元……取得傍受取得傍受取得傍受取得傍受干渉開始』」  構成される術式も、満たされる"光"がなければただの文字でしかない。  内を満たす"光"も、術式がなければ在るだけの力でしかない。  二つともがあるからこそ、力は何かをどうするものと化す。 「『封印解除解禁崩壊開錠』」  こうして力は、一人の少女を――この場へと舞い上がらせた。  その少女は、天使のよう。  その少女は、人形のよう。  その少女は、鳥篭に閉じ縛られた寂しさに満ちる美鳥のよう。  その少女は、蜘蛛に絡め取られた哀しみに満ちる美蝶のよう。 「嗚呼。こんなにも、酷い仕打ちを受けているなんて……可哀想で仕方がないよ。 君が、その地位で生まれるべき存在であるはずがないというのに。何者かに命令されて動くような、無機質な存在であるはずがないというのに――その上で、今このように全身を縛られている君があまりにも惨めで。私は胸が痛々しくて仕方がない」  悲愴に満ちる、男の声。  その矛先は、凍り凍てつく泉の内にて十字に身を固定されている少女以外にない。 「そして――|彼女(・・)をこのようにする君が、腹立たしく思えて仕方がない」  憤怒に満ちる、男の声。  その矛先は、苦痛に苛まれ強者にひれ伏し膝をついて咳き込む、少年以外にない。 「『破砕破砕破砕破砕破砕破砕破砕破砕破砕破砕――排除駆逐撤去削除根絶』」  泉が、音をたてて崩れ去った。  そして、ゆっくりと――少女が、落ちる。  束縛より開放され、自由を得て、しかし生気ない少女の五体は、重力などという微々たる力にも抗えずに在る。  男はゆっくりと両腕を開き――少女を、己が胸へと抱きとめ。 「『干渉干渉干渉干渉干渉干渉干渉干渉干渉変異変異変異変異変異変異干渉変異干渉変異干渉変異干渉変異介入介入介入介入介入介入――改変改変改変改変改変改変改変改変』」  少女の、白いドレスに彩られた胸元へと、己が手を|抉り込んだ(・・・・・)。  溢れる、酷く美しい水色の雷電――それのつくる幾何学模様は、少女の内へ内へと収納されていく。  男が唇の端を歪めたとき――少女の、重力|等(など)の勢いに委ねられているが故に揺れ動く腕が、男側へと振れて。  ビクンと、硬直した。 "可動機械人形HMX‐15【ミレ・ゼルラ】超射撃特化型・超力完全移転可能座標体・媒体登録完了式・出力方法譲渡段階中・可動可能状態保全機体――for example‐|201(ニーマルイチ)と現状況の合致を確認" 「何!?」  男の掌が、突然少女を満たし始めた雷電に弾き拒まれる。  それだけに留まらず、少女より解放たれた力は更に展開して、男を少年の位置まで吹き飛ばした。  展開した力は、火花の蔦を猛り狂わせる――それは、暴走と喩えるに相応しい現象場景。 「ちぃッ!!」  男は盛大に舌打ちして、火傷負う片手をもう片手で押さえたまま少女の元へと走り込もうとする。  だが、それを阻害せんとするように咆哮する力の奔流。  男はそれを前にして、立ち止まりざるを得なくなる。 "可動機械人形HMX‐15【ミレ・ゼルラ】超射撃特化型・超力完全移転可能座標体・媒体登録完了式・出力方法譲渡段階中・可動可能状態保全機体――危険対象一切合切消滅行動の開始を、宣言します"  男は目を丸くした。  だが、何かを発することはできない。そんな余裕を与えてはもらえない。  瞬間に近き速さにて、|それ(・・)は発動する。  暴走より生まれる――超臨界での、超暴走。  |それ(・・)の正体たる、獣の本質。  抑制されぬからこそ、何にも勝るその力。  抑制される力に、抗う余地を与えるはずもない。  すべてがぐちゃぐちゃに入り混じり、"光"が極光となって瞬いて。  そして――唐突に消えた。  「人は偶然的事象に直面すると硬直するらしい」という話が、脳裏を掠めた。  この世はすでに決められ確定された未来を持ち合わせているため偶然などありはしないという意見も最もではあると感じるが、どちらも根拠と実証性に欠けるという持論を覆すにはあまりにも馬鹿げているなと称さずにいられない。  だが、今ここにそれを訂正・修正・改正する必要があるようだ。 不覚極まりないね? と独り呟く、黒髪黒眼の青年。 「……まさか、私が硬直などという思考放棄状態に、一時であっても移行してしまうとは」  その顔立ちに幼さはないが、大人顔負けの威厳と貫録に相応しい容姿でもない。  発展途上……成長の途中というに相応しい、高校生の青年だ。  その青年は、|それ(・・)を前にして考え込む。  |それ(・・)は、日の光が当たらないのが極極当たり前そうな、猫道を思わせる路地裏に立っていた。  青年がその道を使っていたのは「ミステリーと遭遇できそうで、なにやらワクワクしてくるだろう?」という理由からで、この状況はある意味願ったり叶ったりなのだが、正直遭遇できるとは思っていなかった青年は仕方なしに硬直して仕方なしに頭を真っ白にしてしまったのだ。  積まれているゴミ袋の山をちら見し、青年は心を整え終えた。  なぜ山を見たのかはきっと誰にもわからない。青年すらもわかっていないかもしれない。それほどに土壇場での行動とは誰しにも理解できぬものだから。  とにかく心の安定を取り戻した青年は、フッと顔をあげて、|それ(・・)を指差した。 「おお! こんなところに人が倒れているではないか!?」  どうやら、見つけたときの反応をやり直すらしい。 「……っと、よくよく見れば自動人形のようだね? とりあえずまあ、この倒れている方を我が家にお連れし――」  ふ、不覚。と青年は悶える。  顔を片手で覆い、指の隙間から|それ(・・)を見た。  立っている。倒れていない。表現に誤りあり。  ……どう言葉に表すのが、最適なのだろうね?  いうなれば、天より迷い下りた天使。 「……私も焼が回ったか」  常ならば神話事象をつかうはずがないというのに。と青年は息を吐く。  それほどに、この事象が非日常的であったということ。この場景が日常ではありえなさすぎるということ。 「いや――違う。私はただ、比喩に困っているだけだ」  青年は立ち直って、そう呟く。  爽やかな微笑を浮かべてうんうんと頷き、|それ(・・)を今一度眺めた青年。 「まあ、戯言もこの程度にしておこうか――独り言なのも、実につまらないからね」  青年はそういって、|それ(・・)へと手を伸ばす。 「残りは……そうだな」  手が、|それ(・・)に触れた。 「この眠り姫が目覚めたときまで、取って置くことにしようか」  すべすべしていて柔らかいと、青年は思うのだった。 1.  ……朝だ。  ……小鳥がさえずり、日の光が白という希望象徴色をもっている錯覚を得られる唯一の、空気が未だ夜の余韻に苛まれて霜を起こしちゃったりする時間帯。  ……浅田。いや違う、朝だ。 「まったく、思考に没頭していても結構ヤヴァイね?」  ……徹夜分の結果は、孕んでいてほしいものだ。  青年はふっと息を吐き、窓の外から意識をもどす。 「さあて……こちらの機材で、できることはすべてしたつもりだ」  といっても機材はたったひとつで、いろいろと破損していた|何か(・・)の処理やらで忙しかっただけなのだが。  それでも徹夜になるとは……少し手を込みすぎたかね? 「まあいい。正常可動及びそれ以上の何かを起こしてくれれば――この身に募る疲労も、吹き飛ぶというものだ」  青年は|それ(・・)の額へと、己の手を当てた。  まじまじと、見つめる。  整った容姿。ふっくらとした頬は、しかし膨れすぎているわけでなく。すらりとした華奢な身体はすぐに折れてしまいそうでとても気を使う。  少女という言葉に合う|それ(・・)。金髪に碧眼。碧眼に光はなく、曇りに陰っている。着用しているワンピースはあまりにもひょろっちぃ。  おかしさはいろいろとある。青年は思った。  ――まず目に見えるものから。  最初出会ったときこの少女は立っていた。つまり、可動しているということになる。  立つという行為には微弱ながらもエネルギーが必要となる。人でもそう。眠りながら歩くという事象であっても、エネルギーは使われている。睡眠によって消費削減・入力出力安定となった場合偽似永久機関となるかもしれないと閃いたが、そんなことも今はどうでもいい。 「つまり、立つことができるということは、ちゃんと可動しているということになる。 壊れて止まっていたわけでなく、ね」  電力切れならば止まる。  立つこともできず、ガコンというものすごい音をたてて唐突に事切れる。  しかし、そうではなかった。  ということは、最小電力が生きていたということになる。 「だが、そうなるとそれはそれでおかしい」  なぜ切れなかったのか。  なぜ生きていたのか。 「わからないこと尽くめだね……視覚だけでいきなり迷走することになるとは」  青年は少し目を閉じて思考し、目を開けて言った。 「なら、聴覚等で得た情報について考察するのはまた今度にしておくのが得策かな?」  青年はそう切り替えて、少女に触れる手の五指を強める。  そして――|出した(・・・)。 「……コネクトオン」  少女の身体がビクンビクンと跳ねる。青年は冷徹な目に細め無言を続ける。  "接続完了。対象、無機物と認識。オート・リード事前完了。アクセス開始。危険度0% 操作干渉モードに移行" 「……やはり燃えぬか、これは」  ……しかし萌える。実に萌える。  青年はそう思いつつ、少女へと呟く。 「――目覚めよ、眠り姫」  そして、|戻す(・・)。  青年の手が少女より離れ、さらに二・三歩退いた青年は、じっと少女の様子を見守る。  青年の視界の中で、少女は。  ――静かに、ゆっくりと目蓋を開けた。  青年はふむ、と頷き、笑みを浮かべる。  そして、少女の両肩に手を当て少女の瞳を覗き込んだ。 「お目覚めですか?」 「…………誰?」  少女の瞳の内――アイカメラが点滅している。  青年はそれを確認してから、言葉を返した。 「私は篠崎。名字だけで構わないかな。正直、名前は他へと晒したくない」 「…………篠崎。マイマスター篠崎」 「篠崎でいい。それより、君の機能確認を行いたい――立ってみてくれ」  少女はぼんやりとしたまま、青年――篠崎の言葉に従って、立ち上がる。  ゆらゆらと揺れ動いてはいるが、しっかりと立ってはいる。篠崎は数秒してから、口を開いた。 「私のところまで三歩かけて来てくれ。私のところまで来た、という認識は君の身体が私と接触したときを指してくれていい」 「……」  少女はおぼつかない足取りで、一歩を踏み出す。  少女の腰まで伸びる金髪が揺れた。身体は、一歩の勢いに乗って大きく揺れ動くが、しかし倒れない。  二歩――篠崎の目の前、手を伸ばせば届く距離。しかし篠崎の指示は三歩、故にもう一歩踏み出される。  三歩―― 「…………これは、予想外というものだ」  篠崎の予想では、三歩目の完了時自分が後ろへと退かされるものだと思っていた。  しかし違う。現状は、後ろへと退いたことは同じであれど違う。 「……篠崎。あなたが、マイマスターの一人」  篠崎はその声を、近すぎる距離から聞いた。  首元に圧し掛かる重みと、押し付けられる柔らかいもの。 「欲情せずにはいられない、が。だ」  篠崎の鼻と、少女の鼻が少しだけぶつかり合う。  篠崎の首へと回される少女の両腕は、がっちりと篠崎を離そうとせず。  篠崎と密着する少女の身体は、故に離れない。  篠崎は、少女の重量がどれほどなのかを己で確かめつつ言う。 「……離れてくれないか?」  はじめて疑問系に声が上がってしまったことに、篠崎自身が驚いてしまう。  少女はゆっくりと篠崎に回した腕をはずして。  ガクンと、落ちた。  それを咄嗟に支えた篠崎。 「……青春だな、自分は。自ら少女を抱きこむ、ということに関してのみだと」  両足をぶらんとさせ、自分で立つ様子のない少女を見下ろしいう篠崎は。  突如弾き飛ばされた。  驚愕。受身をしっかりきめながら、驚愕する篠崎。  丸くされた目の向きにいる、少女。  ひょろっちぃワンピースが少しばかりはずれかけているのも構わず、少女はじっと篠崎を見返している。  篠崎は覚った。 「……離れろ、という指示で腕をはずし、しかし自らを直後に支えられるほどの可動状態ではないため落ちた。それを支えた私は、離れろという指示があるためにぶっ飛ばされた」  そしてフッと笑う。 「指示に従順なのはとても喜ばしいことだ……扱いにくいことこの上ないね?」  これは少し調整する必要がある。そのための時間も必要だ。  徹夜だけでは足りぬか――それほどのものが彼女なのだと、篠崎は期待を膨らませることとした。  CROSS! 3nd〜輝かんばかりの交錯を〜  第一話:夜闇に立ち尽くすそれを、私は拾った。 2. 「ということで、君のマスターである私が少々ばかり説明しようと思う。目的は、君に私についての情報を理解してもらうこと。私を使役するのだから、最低限知っておかなければならないことであると、わかっているね?」 「はい、マイマスター篠崎」  山――学校の裏門――越え、谷――教師の徘徊経路――越え、辿り着くは聖堂か教会を思わせる|自治委員(ジャッジメンツ)専用塔【Babel】の門前。  片手を門に当て、深呼吸した篠崎は…… 「開けゴマぁぁぁぁぁぁああああああああ!!」  ……絶叫を轟かせた。  呼応するかのように、門はゆっくりと開き始める。  頃合を見計らって、塔の中へと歩を進める篠崎。  それを追う少女には『人間的行動を用いて、人類常識的な距離を置いて付いて来い』という命令が施されている。  篠崎はこちらの思惑通りであることに胸を撫で下ろし、口を開いた。 「この塔は、風宮学園自治委員特別施設でな。自治委員委員長こと篠崎カッコ俺カッコ閉じるに学園長より与えられた物なのだよ」 「マイマスター篠崎の情報に誤りがあります。正しくは『廃校を勝手にリフォームして占拠した』だと声明させていただきます」 「……情報認識レベルは高いようだね」 「ありがとうございます」  塔の中を縦横無尽に歩き、ひとつのドアの前で立ち止まった篠崎。  振り返り、ピタッと立ち止まっている少女を見て少しだけ微笑んで。  篠崎は、ドアを軽い調子でノックした。 「……んにゅ〜?」  呂律が回らっていない声。早口言葉が苦手そうだなと思いつつ、篠崎はドアの向こうへ声を張った。 「愛乃(よしの)。開けるぞ」 「……んにゃ〜」  そのネコ語を肯定と取った篠崎は、ドアノブを回す。 「まだ授業中だと思うんだけど、どうしたの?」  室内へ一歩踏み込むだけで立ち止まった篠崎に、少女は言葉を投げかけた。 「愛乃こそ――そっちもサボリのようだな」  金髪のツインテール。それを作る黒リボンはスカートに合わせているものか。 「ん、どうしたの。じろじろボクを見て……どこかおかしいかな?」  白のトップスの前を抓み首を傾げる愛乃みなせへ、篠崎は頷いて言った。 「……スリーサイズがつりあわなさ過ぎる。バストがおかしな程に成長しすぎだし、それ以外が成長しなさすぎだ。自重しろ」  緑のトートバックを振りかざした愛乃へすぐさま片手を掲げた篠崎は、身を横へずらす。  愛乃は、篠崎の後ろにいる少女を見てゆっくりバックと腕を下ろし―― 「説明して、シノ」  シノとあだ名で呼ばれた篠崎は、うむと声を漏らし顎を撫でた。 3.  キ〜ンコ〜ンカーンコ〜〜ン……  気の抜けてしまいそうな、音痴なチャイム。それ相応にほのぼのとしているクラス内を見渡し、篠崎はドア前から再び歩き出した。  自席にカバンを置き、振り返る。 「わっ!?」  手を半端まで上げた少女が、すっとんきょんな声をあげた。  篠崎はその少女に片手と爽やかな笑顔を向ける。 「やあ、おはよう♪」 「ああ、うん、おはよ〜……って、そうじゃなくて!」  にっこりと微笑み返した少女は、しかし首をプルプルと振って篠崎に半目を剥いた。 「いきなり振り返らないでよ〜、ビックリしちゃったでしょ?」 「奏(かなで)。戦士の背後に立っただから、文句は言えないぞ?」  え? そうなの? という風に目をキョトンと瞬かせた雅(みやび)奏(かなで)。  揺れる黒髪のロングヘアー以上に印象的なボイン。思わず目でその動きを追いそうになった篠崎は、目を瞑り鼻を鳴らした。  ……いろいろなものが強力な幼馴染で、私は今日も満足だよ。篠崎は思う。 「む、むむ……篠崎君、今イケナイ事考えたでしょ〜?」  それを感知したのか、奏は不満げに頬を膨らませた。  篠崎は感心する。 「マインドスキャン成功率が上がっているようで、なによりなにより」 「……なんで私のくせ毛見るの?」  ……水に濡れきっても折れない、強力(ごうりき)をかけても折れない、鉄よりも頑丈そうなアホ毛。これをアンテナと呼ばずになんと言おうか。  そう思った篠崎は、さらにキツくなった奏の視線に顔を背けた。  しかし、すぐさま篠崎は奏へと首を傾げる。 「それで、奏よ。私に何か用があるのか?」 「あ、そうそう。忘れるとこだったよ〜」  ありがとと言いつつ、奏はポケットから紙切れを取り出した。 「私、今日部活に参加できないんだ〜。みなせちゃんに連絡しといてくれる?」  『ごめんね〜』と書かれた紙を見下ろし、篠崎はふむと唸る。  ……この紙の内容を伝えていいのか。間接的な連絡なのなら紙に書かなくて良いのではないか。等の突っ込みは飲み込むべきかね?  篠崎は暖かい目で奏を見守ろうと心に決める。 「アタタカイメ☆」 「え、ええと……篠崎君。どうかしたの?」  ハテナマークを浮かべた奏に、篠崎はいいやと首を振った。  ……バカな子は可愛い。うん。そのとおり。  キ〜ンコ〜ンカーンコ〜〜ン……  腑抜けた音によるメロディが、休み時間の終わりを告げる。  ばたばたがやがやと騒ぎながら席に戻り行くクラスメイトたちを見て、篠崎は奏に片手を振った。  それを見てコクリと頷いた奏は、とてとてと早足で篠崎の目の前より去る。 「……さて、愛乃も行動し始める頃合かな?」  顎を撫でた篠崎は、二人の少女を思い描いて自席に座った。 4. 「柿&渋という女性とへぇへぇボタンという男性が宇宙ステーション第四公共区域へ自家用ガン○ムムゲンで買い物に行きました。買ったものは丸い丸いケーキから切り取られた扇形のショートケーキです。さて、二人が買ったケーキはいくつでしょう。 ≪ヒント1≫ケーキ屋の名前は『キャッツ・アイ』店員さんはファイ・D・フローライトっぽい人とサクラ姫っぽい人です。 ≪ヒント2≫店内にはピアノが置いてあります。 ≪ヒント3≫ショートケーキにはいちごが乗っています。 ≪ヒント4≫ガンダ○ムゲンはバー○ェです。エクシ○ではありません。 ≪ヒント5≫この問題はフィクションであり、実在する人物・物名・地名とは関係ありません。 ≪ヒント6≫真実は嘘でありはしない。 ≪ヒント7≫ギアスを使っても出題者は答えを言いません。言えやしない。言えやしないよ、クックックック…… ≪ヒント8≫ヒントはヒントじゃないです。嘘っぱちです。 ≪ヒント9≫前半総てのヒントがダウトです。 ≪ヒント10≫後半総てのヒントがダウトです。 ≪ヒント11≫ヒント9とヒント10は嘘っぱちです。 ≪ヒント12≫ヒントのうち二つが嘘っぱちです。 ≪ヒント13≫ヒントはただのお遊びです。 ≪ヒント14≫ヒントはイラネです。 ≪ヒント15≫○は(Pi−)と読みます。 答えはいつもひとつっ! じっちゃんの名にかけてみんなはこの問題を解いて見せるんだ!!」  ……なんて出題をする先生は、授業を行うために必要なものすべてを忘れてしまったようだ。  結構真剣に悩み始める者たちをグルリと見渡した篠崎は、頬杖をつきなおして息を吐いた。 「……ツン、ツンツン」 「ん……?」  背中を突かれる感覚に、篠崎は眉を顰める。  しかし、先ほどよりも大きな音を立てて息を吐いた篠崎は、口を開いた。 「なんだ。答えなら教えてやらんぞ」 「わ、私達って以心伝心なんだねぇ」  小声の応酬。篠崎は眠る体勢に入ろうとしている教師を凝視しつつ、小声を返す。 「エリィ・リゼミィア。元は水菜絵里という名義を持っていたが両親が事故で他界したことにより親戚に引き取られ、名字が変わった。 ちなみに父親が日本人で母親が外国人であることから、母親の親戚に引き取られたと推測できる」 「んん、大当たり大正解〜。そんなあなたには、先生の出した問題の答えを私に教える義務をプレゼントッ♪」 「……義務ということは、拒否できないんだな。外国人っぽくない日本人様」  教師が本を顔に被せ寝始めたのを見て、篠崎は振り返った。  肩に触れるか触れないかまで伸ばされた髪。子猫のようにクリッとした瞳。発展途上にありながらもふっくらとしている胸の間でロケットがきらりと光を返している。 「むむ、超日本人のあなたにそう言われると、反論できないですねぇ」 「……」  ……なぜに超。  そう思った篠崎は、しかし口論の激戦をかったるいと思って口を閉ざした。  ……つっこまないのも大人の寛容さだ。そうだとも。うむうむ。  内心で勝ち誇った笑みを浮かべるとともにグッと拳を上げて、篠崎は顎を撫でる。 「それで……エリィはどう推測してるんだ?」 「んんっとね」  目を瞑り、篠崎の顔へと近づいたエリィは、肩を竦めた。 「ダミー情報はあらかた曝け出せたんだけど、ケーキの個数どころか、多いか少ないかすらわかんないよ」 「ふむ……まあ、そうだろうな」  篠崎の言葉に何を思ったのか、エリィは目を丸くする。 「篠崎くん。答えわかったの?」 「さあ……どうだろうな?」 「あぁん。そんな殺生な〜」  大げさな口調で首をかしげてみせた篠崎に、エリィはたまらず唸りをあげた。 「『篠崎君、私の隠し事するの? あの頃のあなたはそんな風じゃなかったのに!』」 「……さすが声優志望。【もっと評価されるべき】のタグをプレゼントしたくなる」 「褒めてもらえて嬉しいのはやまやまなんだけど、ほんとに教えて欲しいのよねー。ヒントでもいいから。ね、ね?」  上目遣いで篠崎を見上げるエリィは、甘い声をあげておねだりする。  篠崎は涼しい顔をエリィに向けて、言った。 「真実はいつもひとつなんだよ」 5.  昼休み。  戦いの場に赴く者あれば、平穏の光照る中でほのぼのと笑いあう者もあれ。  私はどうするかと、グッと伸びをしつつ考える篠崎。 「良い音鳴ってますね、先輩」 「……今日は背後に立たれることの多い一日だ」  振り返った篠崎の目に映るのは、その席に座ることを許されたエリィではなく。 「食堂に行く約束だったな、陽菜(はるな)」 「ちゃんとおぼえててくれたんですね。ちょっと心配してましたよ」  頭に付けた三角頭巾がミミに見えそうな女の子だった。  篠崎は席から立ち上がる。  頭ひとつ分背の低い音子陽菜を見下ろして、篠崎は言った。 「それではいざ鎌倉へ、いくぞネコっ」 「にゃんにゃんさー♪ なんて反応すると思ったら大間違いですからね、先輩?」  ……反応したではないか。  とツッコミたくなった篠崎は、赤面している陽菜を見て思い至る。  ……そうか、恥ずかしさをごまかしたいのか。子供よのぉ。  ならば先輩である私が大人らしい態度を持ってやらねば、と拳をつくった篠崎は優しく微笑んだ。 「アタタカイメ☆」 「……霧消に腹が立ってきたので、先輩に奢ってもらうことにします」  ……ふふん。飯を食う金すらも持ち合わせていないから偉大なる先輩(私)に泣きつこうと思ったけどそんな恥ずかしいことはできないと言い出そうにも言い出せなくてこういう態度に及んでいる、ということはわかっている。わかっているのだよ。 「了承♪」 「ちょっ、それなんてKAN○Nの水瀬母さん――ッ!?」  今日の空はとても青いなぁと、篠崎は窓の外を見上げて思うのであった。 6. 「それで、ここ最近の調子はどうなんだ。ネコ君?」 「なかなかに上々ですにゃ〜……なんて反応すると思ったら大間違いですからねっ!?」  っていうかそろそろネコネコ呼ぶのやめてくださいよっ!? という陽菜のツッコミを流した篠崎は、うどんをずるずると啜る。  ……やはり、七味のほんのりとした辛味は捨てがたい。  自分の判断は間違っていなかったと、満足気に唸った篠崎。 「……えいっ」 「なぬっ!?」  無視されたことが気に食わなかったのか、陽菜は七味唐辛子の詰まった小瓶をさかさまに向けた。  投入される七味を見て、篠崎は悲鳴らしき野太い声をあげる。  そして、陽菜自身も思わなかった事態となった。  ドサッ  普通なら逆さにしても出てくる七味は少量。  しかし、何の偶然か……満杯まで込められた七味は蓋を押し破ってしまった。 「あ……あは、あはは」  真赤に染まったスープを見て、空(から)っぽい笑い声をあげる陽菜。  その頬に、汗が一筋流れ行く。 「ふ、ふふ、ふははははははは」  にこやかな笑みを貼り付け、陽菜に微笑みかける篠崎。  その額で、青筋がピクピクと浮かび上がる。 「あはははははははは……」 「ふはははははははは……」  キ〜ンコ〜ンカーンコ〜〜ン……  チャイムがさらにこの場の空気を重いものとする…… 7. 「≪ことわざという漢字を書きなさい≫これが自習のテーマだから、みんながんばれよー」  そう言って居眠りをはじめた教師から目を離した篠崎は、背中を突かれしぶしぶ振り向いた。 「……答えプリーズ♪」 「携帯開けばわかる。鍬やら楸やらを読め、のほうが難しいと私は思うけどな」  ああ、そっかと頷いた陽菜。  問題解決、と息を吐いた篠崎を、横から突く者がいた。 「ねぇ、そういうのって、いいのかしら……?」  その者――奏――は、ぼそぼそと小声で尋ねる。  篠崎は顎を撫で、不敵に微笑んだ。 「携帯で調べるのがダメなら、辞書での検索も違反になってしまうだろう?」 「あ、そっか。さすが篠崎君。頭良いねぇ♪」  きらきらと尊敬する目を向けられる篠崎。  ……いやまあなんというかそのうん。  言葉で表現しにくい、奏を心配する気持ち。篠崎はそれを垂れ流すことに決め、下に俯いた。  そして、篠崎は誓いを立てる。  ……悪い人間に汚(けが)されないよう、私が取り図ればいいだけなのだ。  その純情よ、永遠であれ。と十字を切った篠崎。え? え?? とおろおろする奏。溜息の類の息を漏らし失笑する陽菜。彼らに注目する者はいない。 「……ぐがぁ」  いきなり鼾を上げた教師に注目する者もいない。  これが日常なのだから、当たり前といえば当たり前なのだろう。 8.  コン、コン、コン、コン……  夕暮の光に染まる塔内の廊下を、篠崎は大きな足音を響かせて歩み行く。  ……いつ来てもここは寂しい場所だ。  そう思った篠崎は、朝に訪れた部屋の前に立ち、朝と同じようにコンコンとドアをノックした。 「……んにゅ〜?」  朝と同じ声を聞き、篠崎は朝と同じようにその声を肯定ととって、朝と同じようにドアノブを回した。  しかし、朝と同じように一歩を踏み出すことはなかった。 「にゃうにゃう♪」 「……これはどういう意図での|コスプレ(・・・・)かね?」  絶句する篠崎。  その反応に顔を見合わせる猫――のコスプレをした二人。 「なんでシノは固まってるんだろうにゃん?」 「マイマスターはきっと純情さんにゃんだにゃん♪」  ……あの無表情極まりなかった少女が、ネコに感染してしまうとはっ。  篠崎は後悔していた。全力で悔んでいた。ネコの感染力がここまでとは思わず、過小評価していたことを悶えるように悔んでいた。  しかし、ハッと思い至る。  コホンという咳払いひとつで精神の安定を取り戻した篠崎は、愛乃にキツイ視線を向けた。 「……この自動人形に変なプログラミングをしないでくれ」 「あにゃ、ばれちゃったかにゃん」  ショボンとテンションを下げた愛乃は、パッパッとネコミミやらネコ手やらネコ足やらを取り外した。 「ミーちゃんもはずしていいよ」 「……ん」  ミーちゃんと呼ばれた少女は、振り返った愛乃にそう言われ、にゃんにゃん言っていたとは思えないほどの無表情でネコグッズを脱ぎ始める。  それを見た篠崎は、気づいた。  ……なぜにゴスロリ服?  そんな篠崎の考えを見通したように、愛乃がグッドタイミングで口を開く。 「あ、その娘が着てたひょろっちぃ服なら私が捨てたから」 「……だからって、なぜにゴスロリ?」  心底わからないという風に言った篠崎に、愛乃は満面の笑みを向け言った。 「可愛いフリフリを着てるミーちゃんって、なかなかに萌えるでしょ?」       ○  ○  ○ 「さあ、ここで先生からの出題だ! 「瞰」という漢字をみんなは知ってるかな? 【この漢字の読み方はなんでしょう?】というのがクエスチョンだから、知ってたら困るんだけどねAHAAHAAHA! ヒントはナシ、答え提示もナシ。各自がんばって調べてくれ〜。それじゃ、CM担当パーソナリティ『諺兎(ことわざウサギ)』とはここでお別れだ! ばっはは〜いAHAAHAAHAAHA……」       ○  ○  ○ 9.  コーヒーを淹れ終えた愛乃は、ソファにもたれかけしかめっつらと無表情をぶつけ合う二人の前へと、ひとつずつカップを置いた。  少女から目を離した篠崎は、優雅にコーヒーを含む。  目を閉じ、吟味して……言った。 「美味いぞ、愛乃」 「褒めてもらえて光栄だよ」  淡く微笑んだ愛乃は、篠崎の隣に座る。  だが、篠崎はそれに何の反応も返さない。  篠崎の意識は、すでにそちらへ向いてはいなかった。 「……」  カップを傾ける少女を、じっと凝視して固まる篠崎は思う。  ……物を摂取できるのか、この自動人形は。  連なる疑問に、篠崎は思考を停止せざるをえなくなる。  だが、ハッと思い出した篠崎は愛乃へ顔を向けた。 「奏、今日は欠席するとのことだ……紙も預かってきた」 「えー、ほんとのほんと?」  不満げにぶーぶーと唸る愛乃は、紙に目を通してさらにぶぅっと頬を膨らませる。 「はるなっちは委員会活動。エリぽんは録音の仕事。マリアは全身修理。 これはきっと何かの陰謀だにゃ〜……ぶぅ」  愛乃の呟きに、篠崎ははたと思い至ってドアを振り返った。  ……そういえば、今日はマリアさんを一度も見ていない。  この広すぎる塔の清掃を一人で行う|自動人形(マリア)と毎日会っているわけではないため、あまり意識していなかった篠崎は自分は少し非情かと唸る。  しかし、まぁいっかと切り替えた篠崎はすぐソファに座りなおした。 「部活動中止にするか? 部員は二人しか集まらないわけだし……」 「むむぅ。折角部活動のために出席日数をも投げ出してここに立てこもってたっていうのに、そんなの納得できなーい」  脚をばたばたさせ駄々を捏ねる愛乃に、篠崎は溜息を吐かずにはいられない。  ……どれだけ子供な態度をとるつもりなんだ、愛乃よ。 「そうだ! 久しぶりに連弾しようよー♪」  あとどれくらいなら許容できるかを本気で算段し始める篠崎は、すでにグランドピアノに走り始めている愛乃に目を戻した。  ……連弾とはピアノの弾き方のひとつで、二台のピアノかっこ二人かっこ閉じるでひとつの曲を奏でたりすることを指す。  そう説明チックに思考した篠崎は、ぼおっと愛乃を捉えている少女に目を配って、しぶしぶ立ち上がった。  はやくはやくーと黒イスに座った愛乃が足をばたばたさせる。篠崎が己の背中に来てとろけそうな笑みを浮かべた彼女は、両手を鍵盤に翳した。 「何の曲にする?」 「愛乃は何を弾きたい?」  篠崎を見上げ、にっこりと微笑んだ愛乃は鍵盤に顔を下ろす。  どんな曲が来るのかと、思いを膨らませる篠崎も、愛乃の手の横へと五指を伸ばした。  少女がじっと見つめる中、愛乃と篠崎は激しい旋律を奏で続けた。 10. 「ミレ」  闇夜をぼおっと見上げていた少女――ミレ――は、篠崎の一声に視線を下ろした。 「すみません、マイマスター篠崎」  とてとてと小走り、篠崎の横へつくミレは、防波堤に沿っているこの道の先を無表情に眺め始める。 「……星に興味があるのか?」  篠崎は彼女へ尋ねた。  ミレは、アイカメラを一度二度ほど点滅させ、篠崎の横顔へ振り向く。 「綺麗だと思ってはいます。しかし、銀河系に興味はありません」 「実に少女チックな答えだな」  なぜ篠崎が淡く微笑んだのかわからず、ミレは首をかしげた。  篠崎は、手で顎を撫でた後、ピッと伸ばした人差し指を星空に向ける。  そして、言った。 「あの星は、今日からおまえの名前だ」 「……そんな勝手なこと、決めていいのでしょうか」  いいんだ、と断言した篠崎は、前へと向き直った後口を開くことはなかった。  ハッと、何かを思いついたように立ち止まったミレは、篠崎の指差した方の空をじっと見つめる。  そのミレを、冷たい夜風が駆け抜けた。  彼女の髪が、あおられる。  スカートの裾が、はためく。  しかし、彼女は空を仰ぎ続けた。  彼女の喉が白い。彼女の太ももが白い。彼女の手首が白い。彼女の頬が白い。  だから、これはメロドラマになっていた。  星空という壮大なる舞台。それに相応した少女の美麗で神聖な、しかしたったひとつの「見上げる」というだけの動作。それに語られる物語は幾千のようで、もしかしたらひとつもないのかもしれない。 「ミレ」  闇夜をぼおっと見上げていた少女――ミレ――は、篠崎の一声に視線を下ろす。 「すみません、マイマスター篠崎」  とてとてと小走り、篠崎の横へつくミレは、防波堤に沿っているこの道の先を無表情に眺め始めた。       ○  ○  ○ 「AHAAHAAHA! 今日のCROSS!はここまでだ! CM担当パーソナリティ『諺兎(ことわざウサギ)』が予告をしちゃうぞ〜☆  え? なんでお相手が作者の都合により奈奈氏のまま登場な『可愛いあの娘なわ・た・し』じゃないのかって? この3rdは1stや2ndから50年か100年かが経った未来の世界だから、絶対的な何かのせいで出せないんだなこれがっ!  ま、3ndのキャラ達が過去世界に飛ぶ〜なんて話になったら別だけどね、AHAAHAAHA!  それじゃ、ちょっと前のCMに続き、今回もとってもくだらないクイズ出題しちゃうぜー! 100階建ての超高層タワービル『なちゅ┣¨ンズ』があります。その屋上にはブルーアイスホワイトドラゴンに似た飛行機的なものが止まっています。100階建ての超高層タワービル『なちゅ┣¨ンズ』には車を止めるスペースである地下が二階分掘られています。今この瞬間、ビルの階層総てに行くことのできるエレベーターが51階から動き出しました。さて、ここで問題です。エレベーターは上に行ったでしょうか、下に行ったでしょうか?  この問題はほんとうにくだらないから、絶対に解かなくちゃだめだぞ〜☆  とまぁこんな感じでいいよな、フリートーク。  それじゃ、本編をこれからもよろしくNA! AHAAHAAHAAHAAHAAHA……」       ○  ○  ○