CROSS!〜物語は交差する〜 水瀬愁  従者にふさわしきは、恥も愚も知らぬ一本の誓い。 ******************************************** 【タイトル】  CROSS!〜物語は交差する〜 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【サブタイトル】  ♯05[君の世界を守るということ](第105部分) 【ジャンル】  恋愛 【種別】  連載完結済[全127部分] 【本文文字数】  7859文字 【あらすじ】  舞台は現代風の孤島『風宮島』。主人公は季節を巡って愉快なヒロイン達との物語を築いていきます。一番の見所であるヒロインは、可愛さ溢れて10人以上!諸所に導入されているバトルロワイヤルも必見です。ほのぼので、ちょっぴりえっちなひと時を、味わってくださいね♪紡がれる、自分の心――届くことを、伝わることを願って――CROSS紡がれた、自分の心――届いた、伝わった、心――想い人との愛を育む力となることを願って――CROSS 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************ 0.  ……ついに完成した。  頬についたチョコを拭い、舐めとって頬をとろけさせる。  奏はグッと拳を、夜明けを語るように昇り始めた太陽へ向けた。 「絶対チョコを篠崎君に渡すぞ――!!」  ということで、今日はバレンタインの日だった。  CROSS! 3nd〜輝かんばかりの交錯を〜  第五話:君の世界を守るということ 「おはよー、奏さん」 「あ、うん。おはよっ♪」 「奏ちゃん今日も綺麗だね〜、おはよっ」 「え? そ、そんなことないよっ? お、おはよ」  挨拶かけてくるクラスメイトに、きちんと挨拶を返していく奏。  落ち着いてから彼女は教室内を見回し、ある一人を探す。  しかし、目当てのその人がいないと知って、彼女は後ろの席のその娘へ尋ねた。 「ねぇ、エリィちゃん。篠崎君がもう来てるか、わかる?」 「……うにゃー」  ぐったりと机の上に崩れていたエリィが奏に顔をあげ、唸った。  イエスかノウか判断しかね、ハテナマークを頭の上に浮かべ、奏は小首を傾げる。 「……マスタリングとかネットミーティングとか、いろいろ大変でチョコがまたもつくれなくて残念の、うにゃー」 「あ、あはは」  乾いた苦笑いを浮かべ、奏はそろりそろりとエリィから離れた。  距離を開け、ふぅっと息を吐く奏。  彼女は、気を取り直すように両拳をグッと固め、右ポケットに入れたチョコを見下ろした。  キ〜ンコ〜ンカーンコ〜〜ン……  授業はじまりぎりぎりにもどってきた篠崎へチョコを手渡せるほど、奏に勇気はなかった。  だから、今か今かと待ち望んだ休み時間が来たとき、奏はドクンと胸を高鳴らせて頬を真赤にしたものだ。 「あ、あの、篠崎君」 「……どうした、奏?」 「は、はぅ」  別の意味でも真赤になり、奏はしどろもどろとおろおろし始めてしまう。  両手をへその前辺りで組み、肩を思う存分力ませた彼女は、知らず内に声を高らかなものとしていて、知らず内に教室内にいるクラスメイト達の注目をこっそりと集めていた。  まあ、当事者達はそのことにまったく気づいていないのだが。  首をかしげ、子供の話をじっくりと聞くように奏の顔を覗き込む篠崎。  それは、奏が引込思案だからということを考慮しての優しさなのだが、返って彼女を強く赤面させ舌を回らせなくする結果になってしまっていることを篠崎は知らない。  魚のようにパクパクと口を開閉し、目をまん丸とする奏。その頭上では、オーバーヒートによる煙が上がっている……かもしれないが見えはしなかった。  ここまで押し負ければ。 「……」 「え、えと、そのっ」 「……」 「あの、あ、あの、あのねっ」 「……」 「……なんでもない」  当然のように尻すぼみ、彼女は顔を伏せて席にもどるしかなかった。  王道を行く引込思案――奏は、自分が希少価値な存在だと気づいているのだろうか。  若干の違和感を感じ、眉を顰めた篠崎。奏はにこっとしたはにかみを浮かべなんでもないと言い募り、彼を安心させた。 「(ひ、昼休みこそはっ)」  決意を固めた奏。  その胸の奥底では、弱気にももう無理だという想いが燻り始めていた。  知らず内に、ひっそりとクラスメイト達はその場景を見て溜息を漏らした……  キ〜ンコ〜ンカーンコ〜〜ン……  教室移動中等、チョコを手渡すチャンスはたくさんあったが、奏は昼休みにっと逃げ腰な考えで、はにかむだけで時間を流れさせていた。  ときにはロマンチックにも『階段でこけそうになった彼女を彼が抱き上げる』なんてことがあったのだが、奏はそこまでの落ち着きすら持ち合わせていないようで――すでに勇気がなんちゃらという問題ではないのかもしれない。  とにかく、ついに訪れた昼休みに奏はどぎまぎと表情を堅くして、しかし決意を貫き通すために篠崎へ向。 「って、いない!?」  朝のデジャ・ヴ。奏は、教室内を見渡した。 「うにゃ〜」  そのとき、突然唸りながらエリィが奏に抱きつく。  奏の豊満な胸に顔を埋め、頬を摺り寄せ、彼女はぐたぁっと餅のようにだらけた。  へ? へ? とハテナマークを三つほど頭の上に浮かべ、奏はさわさわとエリィの髪を撫でる。 「……エリィの14thマキシシングルをよろしくおねぇざんすの、うにゃ〜」 「そ、そうなんだ。発売したら、絶対買うね」  少しだけ苦味が滲む笑顔を浮かべ、そうしつつ奏は篠崎の居場所について思案した。  そして、いくつか目星を付けたところで、彼女はエリィを撫で止める。 「それじゃ、私。ちょっとだけ用があるから、じゃあね!」  彼女にしては珍しい、まくしたてる勢い。奏が出て行った後で、その場景を見ていたクラスメイト達は思った。  ……まだ渡せてないんだな。  驚異的空気読み能力といわざるを得ないが、バレンタインということから察することができるような気も、しなくもない。 「もーっ! 付き合い悪いぞー!!」  そして彼らは、一人残されたエリィが不満そうに唸っているのを見て思った。  ……ほんとKY。 1. 「……誰?」  無人と思っていた、聖堂か教会を思わせる|自治委員(ジャッジメンツ)専用塔【Babel】の螺旋階段で、奏はひとつの声に歩みを制された。  螺旋階段の上を見上げ、人影がないか探す奏。洋風に整えられている壁の模様。ブラウンに染められた手すり。上へ上へと見上げていく中、う〜んう〜んと唸る声が身近から聞こえてくる気が、彼女にはしてきていた。  そして、彼女は思う。  ……も、もも、もしかして、幽霊さんなのでしょうかっ。  意を決して奏は、見上げたままで声を張り上げた。 「今はまだお昼ですから、出てきちゃだめですよ〜!」 「なんで声で気づいてくんないのかなぁ!?」  え? と思った奏は、今の声と一致する者がいるかを振り返ってみる。  そして思い至り、奏はハッと視線を下ろした。 「なんだ、愛乃ちゃんかぁ。びっくりしたよ♪」 「……気づいてもらえて嬉しいんだけど、ボクと思ってすぐに下を見るっていうのが不満イッパイだよ」  思いつめるように呟いた愛乃は、奏の胸当たりな背の高さ。視界を埋め尽くすものにより、別の意味でも敗北感を味わわされた彼女は、ふぅっと気を取り直すように息を吐いて満面の笑顔を浮かべた。 「なんでこんなところにいるの? 昼活動は行ってないはずなんだけど……」 「あ、うん。えっとね」  同じように気を取り直した奏は、愛乃ちゃんならわかるかもと思って尋ねることにする。 「篠崎君って、どこにいるかわかる? ちょっと用事があって、話をしたいんだけど」  そう言う中、なぜか赤くなっていく自分の頬に嫌だなぁと感じる奏。  彼女に対し、ふぅんと目を細める愛乃は落ち着き払っている。  こんなにちっちゃいのに……羨ましいな。奏は呆然とそう思った。 「……奏ちゃん」  そっと奏へ手を伸ばし、その頬に触れる愛乃は、静かに呟く。 「シノに深入りしないで」 2.  グラウンドを縦横無尽に駆け巡っていた、風宮学園サッカー部のエース。  彼は、昼休みが終わるぎりぎりの今片付けを終えた。 「時間ヤバくね?」  片手で数えられるほどいる仲間の内、一人が時計台を見上げて言った。  他の仲間達も頷く。もちろん彼も。 「それじゃ、ここで解散な。各自持ち前の全力疾走で見事先生のチェックを逃れようではないか!」 「おー!」  彼は高らかとそう拳を突き上げた。  そのノリに付き合う仲間達は、彼と同じ豪快で楽しげな笑顔を浮かべている。  彼らは、白気に近い茶色のグラウンドと赤い屋根の校舎とを区切る赤茶のレンガの一線を乗り越えたところで、各自の教室への経路へ散った。  彼は仲間達とクラスが被らない。その上彼のクラスは仲間達とは別の塔に位置しているため、彼はひとりっきりで仲間達の入っていったA塔とは違うB塔へ入っていった。  そして、彼は気づく。  誰も居ない――喧騒がまったくないことに。  異様――いつも彼が苦笑いを浮かべて横切る生徒指導の人も、挨拶し合ってすれ違う購買部のおばちゃんも、誰も。 「あ……」  不安を顔に翳らせかけた彼は、しかし行く先にぽつんと見えた存在に心を改めた。  自然と速くなる歩みは、今も彼に募る不安がある為か。  グッと近くなる其処の存在に、彼は安心するようにほっと息を吐き。 「ああ、こんにちは」 「こんにちはっ」  こちらに気づいて爽やかな笑顔とともに挨拶してくる篠崎へ、元気の良い挨拶を返した。 3. "彼女のこと……あなたはどう考えているの?"  塔の外へ|意識を飛ばして観た(・・・・・・・・・)|光景(・・)に、金髪灼眼の少女が尋ねた。 「奏は、間違いなく戦士に向いてないよ」  薄い琥珀色の壁。濃い茶色の木製家具。ガラのない真っ白のカーテンが、そよぐ。 "でも、彼女は無垢だよ。無垢は純粋。純粋は、ときに強い力の根源となる" 「それは良い面だ。悪い面もある……扱いづらい者は、ときとして敗因にもなるよ」  金髪蒼眼の少女が、冷たい一言を吐いた。  それに応える、ひとつの笑い声。 "愛乃。あなたはひとつ思い違えてるわ。私たちは騎士だけど、それ以上に|彼を人にしなくては(・・・・・・・・・)いけないの" 「それは、そうだけど……」  蒼眼のほうが唇を尖らせたのを見て、灼眼のほうが穏やかに微笑んで彼女を抱きしめた。  両腕を蒼眼のほうの背中に回し、ぎゅっと――|瓜二つの容姿(・・・・・・)が触れあい、眼以外の唯一の違いである黒のドレスと白のドレスが触れあい。 "まあ、がんばりなさいね。あなたは天才なんだから"  灼眼のほうが、蒼眼のほうの頭を優しく撫で上げた。  そして、言う。 "でも、無理はしないで。あなたは私の|大切な娘(・・・・)なんだから" 「うん……わかってる」  恍惚に酔いしれるかのような表情を浮かべる蒼眼のほうの前で、灼眼のほうはゆっくりゆっくりと薄らいでいき。  ゆっくりゆっくりと、蒼眼のほうをこの部屋でひとりぼっちとした。  寂しさを感じれど、蒼眼のほう――愛乃――は強い"光"を瞳に灯して、それを些細なものとする。  "光"は怖いくらいに輝き煌き光り眩む。  薄ら笑いを浮かべ、呟かんとする愛乃。  その様は、まさに。 「わかってるよ……|おかあさん(・・・・・)」  首がもげて尚微笑むフランス人形のよう。 4. 「なんだ、もう反論しないのか?」  彼は、胸(こころ)を直接鷲掴みされた心地だった。  何に構うことなく、苦渋を顔に貼り付ける彼。 「おもしろくないな……自分が実は自信過剰のカス野郎だったことを認めるでない。もっと抗いたまえ。 そのほうが今宵なく愉快だ」  彼を嘲弄する篠崎は、人の憤怒を高めるへらへらした態度で肩を竦めてみせた。 「それにしても、お前といっしょにレギュラーを争っていたやつは可哀想だよな」 「……言うな」  搾り出されたその声は、あまりにも掠れていて無力。  篠崎は臆することなく言葉を連ね続けた。  そして、彼は。 「他人からはお前とそいつは同等にみえていて、実はお前はそいつより大分劣っていて、お前が知らぬうちにお前が好いていたマネージャーの女の子はそいつに恋を芽生えさせていて、お前は苛立って人望を失い、そして憎いそいつを殺した。そいつの未来を潰えた。なあ、今でもおぼえてるんだろ? 忘れるわけないよな。お前がはじめて人を殴り、人を壊した瞬間なんだから……なあ、どうだった? 他人の足を鉄バットで」 「言うなァ!!」  むき出しにされた。  文字通り――彼のキョウキはむき出しにされた。  球状から即座に破裂。凝風を放散するとともに第一波を斬撃するのは、紛れもなく。 「ついに出てきたか……待ちくたびれたぞ」  篠崎が相対(あいたい)する、そして篠崎の討伐対象である黒(・)だった。 5. 「やぁやぁ、みんな元気かな? お天気お姉さんにハァハァしてきちゃうCM担当パーソナリティ『諺兎(ことわざウサギ)』だぞ〜☆」 6.  想定外の事態に、奏は唖然と驚愕するしかなかった。  ついに見つけた篠崎の後ろ姿へ猛烈に駆け出した彼女は、突然視界を染め上げた黒に戸惑う。  しかし、彼女はすぐに|この異変が何か(・・・・・・・)に気づき、呟いた。 「『【Central Processing Unit】を補助記憶装置【エクサ】に接続。また、主記憶装置(わたし)を出力対象とすることを宣言。 装置制御の同時行使。視覚を超越、聴覚を超越、嗅覚を超越、味覚を超越、触覚を超越。バス幅指数が前歴と若干の誤差がありながらも合致することを確認。問題なしの判断を指定し移行。前述命令の活動を遂行開始』」  奏の胸の内より輝きだしたるモノ。それは、奏を凡人から超人へと|パラメーターを引き(・・・・・・・・・)|上げ(・・)、さっきまで見えなかったものを見えるものとし、さっきまで感じなかったものを感じるものとした。  そう、つまり彼女は。 「ビット安定と、『裏世界』へのログインを確認……自由行動開始」  エリィのように其方(・・)に触れるのではなく、篠崎のように其方(・・)へ来訪できるのだ。  彼女が見る世界は一風変わり、ところどころ黒い汚れの染みていた白の壁は灰色に整えられ、その色は緑色だった廊下にも侵食し切っている。  彼女はグングン前へと視線を走らせ――見た。  そして、奏は叫んだ。 「篠崎君!」  同時、一歩踏み出す。  その一歩は、奏を弾丸とした。  ……奏は、自分自身を【エクサ】に読み込まれた手段(プログラム)でいじることができた。  力・速度・防御力・俊敏性――ゲームのキャラが持つステータスパラメーターを自在に大小できる、という比喩が一番わかりやすいかもしれない。  どこをどう調節するのかは、奏が知るところではない。調節を自在とするCPUが【エクサ】の情報を出力源としているため、奏は|変わった(・・・・)という実感しか知ることができない。  しかし、それさえあれば、奏は覚悟を頑固たるものにすることができた。  |普段変われないから(・・・・・・・・・)|こそ(・・)、|変わった実感が自信(・・・・・・・・・)|になる(・・・)―― 「篠崎君!」  もう一度、奏は腹の底から咆哮する。  それとともに踏み出す二歩目――三歩目はなかった。  いや、違う。そうではなく、三歩目は不要だったのだ。  なぜなら、最初の一歩で奏は辿り着いたから。  なら、何のための二歩目か――その答えは明白。 「てぇいっ!」  強く蹴り込むための前置きにすぎない。 7.  篠崎は、二度の呼びかけに応じず黒と対峙していた。  その後の、突然の乱入――驚くどころか満足げな笑みを浮かべ、篠崎は乱入者を歓迎する一言を吐く。 「奏……生脚をそんなやつに押し当てるでない。お肌が荒れるぞ?」 「ぇ、ええ!?」  黒を側面から蹴り弾いた奏が、顔だけ篠崎へ向かせて声をあげた。  篠崎はうんうんと頷く中で、黒を蹴ったときのモーションがスカートの内を全然気にしていなかったことを助言しようかと思案し、これ以上奏を弄るのはやめるかと口を閉ざすことにする。  そして、来た。  奏の一撃により窓を破砕して外へ飛び去った黒の、轟音を纏った再来――分かりやすすぎると篠崎は微笑む。  近づいてくる砲声に、余裕をもったゆっくりな動きでトンっと床を蹴り込んだ篠崎は。  フッと、消えた。  篠崎の幻影を一刀両断し、そのまま風圧の刃纏う先端を床に突き刺し、その上で身を収縮伸長とともの時計回り回転することで幻影を粉々に砂塵した黒。  それは、天井に|着地する(・・・・)奏の飛来を受け、渦巻くことを断念させられた。  今度は吹き飛ぶのではなく自己の意思をもって退避する黒。しかし、奏はそれを一足早く飛び越えた。  伸ばした片手を、黒の先端正方形へ添え。 「ふんっ」  きっちり揃えた両足の裏で、黒の中腹辺りを蹴り飛ばした。  無人で灰色のグラウンドに、黒は溶け込むようにして埋まる。  舞い上がる土煙。黒を叩き落したことで満足しない奏は、煙の幕を突き破って黒を見定め。 「つっ!」  鼻先が地面に触れるか触れないかという位置でピタリと止まり、四つんばいの姿勢で着地した。  違和感を誘うのは、ひじまで地面に埋めていることのみ。  そして、ちょうどその腕は先ほど叩き落された黒の落下地点と重なっていて。  奏が自分自身のパラメーターをいじったことで生まれたその一撃は、破砕力重視の重い一撃で、本来ならこのグラウンドをひび割れさせることができる。  しかし、そのような現象はまったく起こっていない――それはつまり、打撃を受けたものがべつにあるということに他ならない。  大雑把に引き抜かれた腕。それから振り払い落とされるものは砂だけでなく、ところどころにはあの黒と似た漆黒の粉が混じっており。 「……ふぅ」  よいしょっと言って立ち上がった奏の、何かをやり遂げたような笑顔から察するに。  戦いは、終わったのだろう。 8. 「なかなか良い戦いっぷりだな、奏よ」 「ひゃう!?」  突然かけられた背後からの賞賛に、奏はすっとんきょんな声をあげて振り返る。  篠崎は奏へ、片手と爽やかな笑顔を向ける。 「やあ、おはよう♪ そういえば、まだ言ってなかったよな?」 「ああ、うん、おはよ〜……って、そうじゃなくて!」  にっこりと微笑み返した奏は、しかし首をプルプルと振って篠崎に半目を剥いた。 「いきなり後ろから声かけないでよ〜、ビックリしちゃったでしょ?」 「奏。戦士に背後をとられたのだから、文句は言えないぞ?」  え? そうなの? という風に目をキョトンと瞬かせた奏。  篠崎ははぁっと溜息を吐き、言う。 「……教室にもどるか」  うん、と素直に頷き、篠崎の脇をとてとてと小走り行く奏。  ドサッ  そのとき、厚紙のようなものが落ちる音がして、その音源に二人の視線が集った。  音源は――中身があろうとは思えないほどくしゃくしゃとなった、長方形に厚みが薄めの小箱。  リボンはがんじがらめとなっているその箱は、破れたところから中身の一部らしい茶色なものをこぼれさせていた。 「あっ」  パッと赤面する奏は、右ポケットに触れてあるはずの感触がないことを知る。  咄嗟にそれらへ覆いかぶさった彼女は、訝しげな視線をする篠崎へぶんぶんと首を横へ振った。 「な、なんでもないのっ。そう、なんでもないからっ」  嘘にもなっていない嘘――鈍感ではなく、どちらかといえば凡人よりも空気を読む力に長けている篠崎は、今日という日が何であるかも承知であり、茶色のものの色合いが『排便のそれ』や『辛ぇあれ』とは断じて違うことも知り得ることができた。  篠崎は、静かに思う。  そして、奏へと膝を折った。 「奏……」  奏は不安に思う。  霧消に、なんという理由もなく霧消に――そんな彼女の頬に、篠崎は。 「誕生日、おめでとう」  小さな小さな、可愛いキリンのキーホルダーを、つんつんと押し当てた。  きょとんとする奏の髪に、ぽんっとそのキーホルダーを乗せ、  穏やかな笑顔を一度奏へ向け傾げると、篠崎は立ち上がって校舎へとひとり帰り行った。  ぽつん……と、一人残される奏はぽけぽけとして思う。  そして、その思いをそのまま口から垂れ流す。 「今日って……私の誕生日かぁ……」  ころころと彼女の頭から転がり落ち、彼女の前でしゅたっと正立するそのキーホルダー。  奏はそれを見て何を思ったのか。 「……ふふっ」  柔らかく、暖かく、  向日葵のように、されど月のように淡く、  だけど太陽のように輝かしく、  ――クスリと満面で微笑んだ。       ○  ○  ○ 「最近予告やらCMやらが手抜きなのは、作品に時間と労力をかけているからなんだ。そうなんだ。以上、マシンガン女パーソナリティだったらサラッとかけた作者から派遣されたCM担当パーソナリティ『諺兎(ことわざウサギ)』でしたっ」       ○  ○  ○