CROSS!〜物語は交差する〜 水瀬愁 見間違えるな。 真実が正しいのではない、 主が正しいのだからこそ。 ******************************************** 【タイトル】  CROSS!〜物語は交差する〜 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【サブタイトル】  ♯06[スペシャルゲスト](第106部分) 【ジャンル】  恋愛 【種別】  連載完結済[全127部分] 【本文文字数】  8624文字 【あらすじ】  舞台は現代風の孤島『風宮島』。主人公は季節を巡って愉快なヒロイン達との物語を築いていきます。一番の見所であるヒロインは、可愛さ溢れて10人以上!諸所に導入されているバトルロワイヤルも必見です。ほのぼので、ちょっぴりえっちなひと時を、味わってくださいね♪紡がれる、自分の心――届くことを、伝わることを願って――CROSS紡がれた、自分の心――届いた、伝わった、心――想い人との愛を育む力となることを願って――CROSS 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************ 0.  清々しい朝。  ううんと唸り、澄んでそうな空気をおなかいっぱいに吸い込んだ陽菜は、ドアノブを回して篠崎の住居の玄関に進入した。 「わっ」  が。  いきなり視界が白に染まって唖然と目を二度ほど瞬かせる。  両手をわさわさと動かし、顔からその何かをどけると、先ほどまでのらんらんとした様子はどこにいったのか、陽菜はむっとした顔つきでそれを脇へ投げ捨てた。  ガサガサという物音をたて、くの折れ曲がって隅に立てかけられたそれには、こう簡潔に書かれている。  "ちょっと屋外部活動。お前はまだ準部員だから不参加。さっさと学校に行け" 「……準部員とか、はじめて聞いたよそんなの」  今にもぷくぅと頬を膨らませそうな、不満げな表情を浮かべる陽菜。  ふと瞳に影を翳らせ、肩を落として溜息を吐いた彼女は、  プイと身を翻して、家を飛び出した。  そして、それを見つめる者もまた、歩き出した。  平穏(しろ)から――戦場(くろ)へ――  在る世界の、|裏側(・・)。  月面を思わせる代に、黒とも白とも言い切れない灰色の背。其方に、五人の者が二と三に分かれて対峙していた。 「この世界も、いつ戦神に見つかるかわからないしね……全力でいかせてもらうわよ」  三のうちのひとり、金髪のロングを揺らして一歩前に進み出た女性が、向こうの二人をギリッと睨む。 「こっちも、早く終わるほうが都合がいい」  人差し指を唇に当て、余裕の笑みを浮かべる愛乃。 「篠崎くんに合流しなくちゃならないしね。こっちも全力でいかせてもらうよ」  金髪の女性に対抗するように、一歩踏み出した奏が言った。  無言を保つ、三人のうちのふたり。彼女達は金髪の女性に目伏せすると、それぞれ片腕を持ち上げ、  |黒(・)|を身から引き出した(・・・・・・・・・)。  戦場(くろ)は――平穏(しろ)で――  CROSS! 3nd〜輝かんばかりの交錯を〜  第六話:スペシャルゲスト 1.  五人の者が今居座るのは、『裏世界』とは似ても似つかぬ隔絶区域――|三人の者達(あちら)にいわせれば『月』と言うらしい――だった。  『月』という名称があまりにも率直すぎて、彼女達の主がどんな者なのかと少し興味を抱く奏。  しかし彼女はキリッと表情を引き締めた。  |相手は(・・・)|人ではないのだから(・・・・・・・・・)、当然ともいえる。  突然『月』に落とされた奏は愛乃とすぐに合流でき、この三人と対峙しているため、消費は微塵に過ぎない。それでも、三つもの黒を相手とするのは荷が勝ちすぎていた。  黒は、いうならば伝説の剣にも等しい。  閃刃となれば何をも粉砕し、その上射程は自在と表すが妥当。個体自体での速度は人や人の創造した機器を軽々と超越するし、刹那の一撃はかすり傷程度であっても対象を死させることができる。奏もそれを承知して、黒からの一撃は何としても躱(かわ)すようにしていた。故、対峙できる数は限られてくる。  一対一がフェア、一対二が危険。相手に数で勝られてはだめのなのである。つまり、今の二対三は分の悪い戦闘なのだ。  奏はそう現状を観察し、しかし意気込んだのだ。  彼女にとって『勝つこと』ではなく『その先』が重要であるからこそ。  |篠崎が大切な存在で(・・・・・・・・・)|あるからこそ(・・・・・・)、|奏は戦うことを選べる(・・・・・・・・・・)――  守る存在のためなら、  彼女の拳は地を割り、  彼女の脚は空を裂き、  彼女の躯は神を凌ぐ。  だが、今はその可能性があるという時点でしかなく、  しかし奏は、着々と加速しはじめ、 「……絶対、篠崎君の元に行く」  もう一歩踏み出した奏は、一歩前よりも凛としているように見えた。  その気配を覚ったのか、眉を顰める対峙向こうの三人。代表するように、金髪の女性が奏に不敵な笑みを浮かべた。 「あなた方は、自分のしていることをわかってるの? いえ、それよりもまず、あなた方の主が|どんな私利私欲なこと(・・・・・・・・・・)を方針としているか、把握しているの?」 「知ってる。篠崎君がどれだけ|勝手な願いをもって(・・・・・・・・・)|いるのか(・・・・)」  返答しても尚瞳を揺るがせない奏に、彼女は顔を伏せて歯軋りした。 「……知っていて従っているのなら、あなたも悪ね」 「そうかもね。だけど、それでも構わない」  首を横へ振った奏は、瞳の中の"光"を強めて片手を差し伸べる。 「つべこべ言わずに、かかってきなよ――ほしいんでしょ? |私のなかのもの(・・・・・・・)」 「……」  サッと身を屈め、交差させた両腕で眼前を覆うように構えた金髪の女性は、  |その両掌からニュルッ(・・・・・・・・・・)|と棒状の黒を引き(・・・・・・・・)|出し(・・)、 「……ブレイクスタート」  奏とのダンスをはじめた。  それを見届けた愛乃は、さてと前置きして前の二人に目を細める。 「君達も来たかったら来ていいよ。たまには、ボクも運動しておかないといけないしね」  数で勝る彼女達は|黒(・)を宙に泳がせ余裕を見せた後、ダンッと愛乃に駆け出した。  しかし、その後すぐに彼女達は後退することとなる。  |黒(・)を伸長させた衝撃で、先ほどいたところよりも下がった彼女達は、見ていた。  己達の一撃が愛乃を縦からと横からで薙ぎ払わんとする、その様を。  そして、疑問に思った。  なぜ相手は動かない……なぜ躱(かわ)そうとしない。  想定すべき回避後の算段をも忘れ、じっと近づく未来を注視し、  見た。  いや、正しくは、 「……何か、したかな?」  |見ていたのに(・・・・・・)、|何も見れなかった(・・・・・・・・)。  容姿に似合わぬ、妖美な笑み。愛乃は大人びた様子でほくそ笑んだ。  最終授業終わりのチャイム音は、とうの昔に耳での残響を終えた。  陽菜は聖堂か教会を思わせる|自治委員(ジャッジメンツ)専用塔【Babel】を目前にして、大げさに溜息を吐く。 「なんでこっち来てんだろ、今日はお呼びじゃない身だっていうのに……」  そう呟き、余計肩を落とした彼女は、寂しげに目を細めた。  ……隠し事されてる。大きい大きい隠し事。  ……いっぱい家事手伝って、いっぱいいっぱい話して、たくさん笑って、仲良くなれたと思ってたのに。  距離があってしまう。橋のこっち側とあっち側という、距離。背中が見えるのに、架け橋のこっち側とあっち側は世界が違って、  遠い。つまりはそういうこと。  陽菜は溜息を吐いた。 「やあ、悲しいかい? 悲しいんだね? でも、その悲しみは真実ではないよ。 その悲しみは誤解から生まれたものだ。嗚呼、シノも可哀想だね。君もそう思うだろ? そう思うよね?」  ハッと硬直する。  不吉な予感。根拠のない、しかし生理的な恐怖感。陽菜は目の前の青年に訝しげな目を向けた。 「嗚呼、君は凄いね。さすがは彼らの仲間だ。 常人よりも頭が良く、常人にはない雰囲気がある。しかし常人を演じられる許容を持ち合わせている。完璧を妥協して完璧となっている。君は素晴らしいよ。大物となれる器だ……シノに関わりさえしなければ、君は歴史に名を残せる人物となれただろうに。ねぇ、そう思うだろ? そう思うよね? クックックック……」  ネクタイにスーツ。キリッとした服装とギャップある、へらへらとした態度。片目だけ伊達の眼鏡が紫に鈍い光を返す。 「……どちらさま、ですか?」  同時、一歩下がる陽菜。青年は一歩踏み出し、言った。 「悪を打ち滅ぼす、正義の使者だよ」 2. 「君は何一つ知らないだろう? 知らないんだよね? 可哀想に。君はシノに除者とされているんだ。ほんとに可哀想」  嘲弄する青年は、片腕を広げる。 「知りたいとおもわないかい? おもうよね? シノが何をしているのか、シノが何を目的としているのか、シノがなぜ傍にいないのか。知りたいだろう? 知りたいよね?」  うっと詰まる陽菜。そこを突くように、すかさず青年は言った。 「スペシャルゲスト。君の中にも滞在している"力"を示す名だ」 「スペシャルゲスト……」 「スペシャルゲストは、ノーマルテキストタイプの"力"と同じ形態をしている。だけど、根本的に使い様は違うんだ。気になるだろう? 気になるよね? いいよ、教えてあげるよ。真実を知ってどうなるかは僕の管轄外だからね。答えは簡単だ。そしてその答えは彼も知っている。|スペシャルゲストの(・・・・・・・・・)|使い様を(・・・・)」  疑問を抱き、どう反応していいかわからずにいる陽菜へ青年は付け足すように叫ぶ。  優越気味に、恍惚気味に。 「"力"はパソコンを構成する機器と同じ種類数を有している。僕が有しているのは周辺機器類だから、種類はそれ以上だ。 そして、重要機器のスペシャルゲストを総てそろえれば……パソコンが完成する」 「パソコン……」 「パソコンは、|どんな願いでもひとつ(・・・・・・・・・・)|叶えることができる(・・・・・・・・・)」  目を丸くした陽菜。青年は言い連ねた。 「彼はパソコンをつくるために、僕のような周辺機器を有する者すらも抹殺する。君は彼に『世界を守る戦いをしている』と聞いているのではないかい? それは嘘なんだよ。君は彼にだまされているんだ。彼は君を全く信頼してはいない。可哀想に。でも心配しないで。一番悪いのはシノただ一人だから。  最低最悪の男だよ、シノは」 「……嘘」 「嘘じゃないさ。だって、シノは君に嘘をつくような男なんだもの。君に良い顔だけを見せているような男だもの。君もわかっているだろう? わかっているよね? いいや、ここまで言ってしまえばわかりたくなくてもわかってしまうか。  もう一度、はっきり言ってあげるよ。シノは悪人だ。シノは悪の親玉だ。そして、君は悪に加担する愚か者。シノの言葉を信じたのが運のつきだね。そう思うだろう? そう思うよね?」  そして、掌を陽菜へと突き向ける。 「真実は教えたよ。だから、そろそろ僕は僕の仕事をさせてもらう。僕の存在意義でもある、悪の抹消をね。対象はだれだろう? だれなんだろうね? 答えはひとつ――」  その掌は、だんだんと黒い斑点に侵蝕されはじめ、真っ黒に染まってしまった。 「君だよ。僕は君を消す。消えるべき者の鎮魂歌、その序章は君で彩られる。光栄に思ってくれていいよ? 君は、一番最初に救われる存在なんだからねぇ。クックックックッ」  ぐちょりぐちょりという音を響かせ、そこから陽菜へ伸び始める長方体の黒い物質。 「さあ、語りの時間は終わりだ――消えてくれ」  それは突然ありえない速さでグンと伸長して、陽菜に打突を繰り出さんとした。  しかし、それは未遂に終わる。  |黒(・)を横へ弾いた片手をそのままに、  陽菜の目と鼻の先に背中を向け、視線は青年へ。 「……消させるはずが、ない」  その者は、陽菜の待ち焦がれし思い人。 「私が相手をしよう。君には、速やかなる退場を被(こうむ)ってもらいたいからね……覚悟はいいかね?」  篠崎という男にほかならない。 3. 「やあ、少し怒っていらっしゃるようだね? 彼女に真実を知られて悲しいんだろう? 悲しいんだね?」 「真実? |貴様に真実は語れない(・・・・・・・・・)。妄想も大概にしたまえ」 「負け惜しみだねぇ。クックックックッ。それとも、僕の怒りをかうっていう戦略かい? おもしろい、おもしろいよ」  |黒(・)を付近へもどした青年。  篠崎は落ち着いた無表情をそのままに、口を開いた。 「おもしろくもなんともないさ、白夜(びゃくや)。私は今真実を告げたつもりでいるし、それが君に誤解を抱かせたのなら訂正の必要があるということになる。 もう一度言おう。|君こそが間違いだ(・・・・・・・・)」 「……何?」  話の噛みあわなさ、篠崎の断固とした声。青年――白夜――は嘲笑を止め、尋ねる。  反対に、篠崎は不敵な笑みを浮かべ始めて、言った。 「君という存在は間違いであり、今この瞬間にも断罪されるべき愚者だ。 いうなら道化。いうなら人形。君は|黒(・)と我々が称する|周辺機器(ユーエスビーケーブル)のノーマルテキストに操られている」 「……クックックックッ。シノ。君も馬鹿だねぇ。僕を見て思わなかったかい? 僕は黒に感染されはしたが、黒に抗った存在なんだよ。自我があることがその証――」 「破綻者、と言う。そのような状態を、私達はそう名づけた。黒が深層心理に潜伏するようになったことで、本人に自覚なしで悪行を為させる状態だ――わからないのも無理はない」  白夜は目を見開いた。金色の目を、紫のレンズに隠されたほうの目も、両方おも。  篠崎の冷徹で圧倒な視線に耐え切れなくなったか、白夜は取り乱した様子で一歩前にでる。 「嘘を言うなよ。シノは嘘つきだ。僕を騙そうったって、そうはいかない」 「私を嘘つきと断言するのが証拠だよ。理由は? 私を嘘つきと断言できる理由はなんだ?」 「そんなこと、どうだって――」 「|君は線の繋がらない(・・・・・・・・・)|ことは好まないはず(・・・・・・・・・)|だけどね(・・・・)」  篠崎の一言に気になる部分があったのか、白夜は唖然と呆然し、  しかし、突然首を両手で押さえて呻き始める。 「あ……あァ…………」 「残念だが、君もまだ虜囚だ」  断言が、まるで開始を告げるサイレンとなったかのよう。 「嗚呼アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」  篠崎が断言すると同時に――九の|黒(・)が白夜から飛び出した。 4.  孔雀が羽を広げるかのようなその様は、黒一色なために悲しくも美しいとは思えない。どちらかといえば、思わされるは混沌とだろう。  篠崎の此方へ来訪する其方の数は、六。  その六は、篠崎の左上左中程左下右上右中程右下を狙う剛剣。空間を轟かせ、気圧をも剛剣の一部とする彼の存在を避けることは、回避にかける時間からして不可能。  ならどうする――篠崎にはどうすることもできない。  生身だが相手の射線をずらせても、受けることは死ぬことと同意。 「さあ、如何してみせる、シノ!?」  洗脳にて再構築された人格(びゃくや)が、両腕をだらんと垂らし、脱力した様子で顔だけを上げて叫んだ。  答えるのは、イリーガルにも。 「……コンタクト」  ――陽菜。  応えは波をつくり力と鳴り響き、力は"防"の意味を込めて篠崎を守る盾となり壁となり"攻"の意味を込めて衝突してきた|黒(・)に崩壊を刻む。  白夜は、|黒(・)を侵蝕して伸びてくる崩壊に歯軋りした。 「エリィという少女の【無線−LAN】はノーマルテキストタイプ……あちらがダミーで、こちらがほんとうのスペシャルゲストだったわけか。シノは賢いねぇ。彼女に【ディスプレイ】のスペシャルゲストとのふたつを預けるなんて、感心しちゃうねぇ」  しかし、すぐにニヤニヤとした笑みを取り戻す。  白夜は何もせず、無抵抗で、  しかし不敵な口調で言った。 「シノ、よかったねぇ……|君はまだ当分生きられ(・・・・・・・・・・)|るようだよ(・・・・・)。ほんとうによかったねぇ。そうだろう? そうだよ――」  その言葉は最後まで告げられることはなくして。  迫る極光。槍でも剣でも線でもなく、壁で盾で波なのが極光。其方に立つ者を地へと還らせる"光"が極光。  それが作用し、そのせいで、またはそれのおかげで。  ――白夜は|人にもどった(・・・・・・)。 5.  戦場の空を駆け跳ぶ二人。どちらとも傷つくことなく、どちらとも己の最高の手を尽くすことで、ぢりぢりと互角は継続されている。  ひとり、五体を駆使する奏。  彼女の一撃は総てが渾身。今は距離を詰めるための隙をうかがっているが、一瞬彼女に風向きが変われば渾身の連撃で戦闘はあっけない終わりを告げることだろう。  しかしそれを許さないのが、必殺の剛剣たる|黒(・)。今振るわれる様は一見ムチのようだが、振り終えから再度振りかぶるまでのタイムラグが皆無なために隙は極小。  その上、黒自身も波打ったり奏を追尾したりの行動を起こす。奏はそれらを軽々と躱(かわ)してはいるが、その実は死と隣り合わせ、紙一重の回避といったところ。 「ッ!!」  八度目の振るい込み。豪速は神の速度への更なる高まりをみせるが、しかし奏はその斬撃よりも高度な位置へ飛び上がることで難なく回避する。  跳躍は止まらない。それに用いられた踏み込みは攻撃力重視を利用した勢いの強いもの、故、奏は常人では在り得ない弾丸となって直線を駆けた。  勝負――そう、これは勝負。振り切られた黒が防御に追いつくまでと、奏がみるみるうちに目標に追いつくとの、追いかけると振り切るとの勝負。  奏はこの勝負に、勝った。  響きは鈍重。速度重視時と同等のその繰り出しは、貫くのではないかというほどに其方へ抉り込み、威力は"怪力"の名に相応しき破砕力。  命中に共鳴する大気、鳴動するは風圧、波となって空間を震わせる、目視としては蒸気が比喩に一番妥当といえるそれは、はじまりを告げる鐘の音。  末路(つぎ)はただひとつ。 「連奏曲……伴奏開始」  力の続くかぎり永久(とわ)なる、罵倒。  一対ニで、しかし圧倒打倒は孤独たる方という、もうひとつの戦い。  そちらはもう|終わった(・・・・)といっていい。  踏み潰す黒は砂塵。片手で掌握する黒は今にも割れてしまいそう。抗いはない、いや、抗うことは許されていないのか。 「君たちは戦神に会ったことがないのかな? |同じ容姿(・・・・)のボクを見て君たちは畏怖しなかったようだし、そうなんだろうね。 もうすこしはやくボクに全力を出せれば、もうすこしは継続されたかもしれないのに……残念だよ。 ほんとうに残念で仕方ない。だけど、そんなことは関係ない。そんな感情は不必要だ。いや、不必要なだけでは済まないよ。もしかしたら隙となるかもしれない、邪魔な気持ちだ。 僕は宣言するよ。そんな気持ちは捨てる。取捨選択の権利がボクにあるのだから、構わないはずだ。そうだろ?」  圧倒的で絶対な強者(かのじょ)にとって弱者を葬るのは赤子の手を捻るも同然。  故、|黒(・)は、  一途の抗いをもできぬ間に、  ……粒々の欠片となって失われた。 6. 「陽菜」  痺れを切らしたように声をかける篠崎。  しかし、彼にぷいと背を向けている陽菜は無言を保ったまま。 「……陽菜」  溜息のような、もう一度の囁き。  今度こそ呼ばれた者(ほう)は振り向いた。 「嘘、吐いたの? 私や皆を騙して、何をしようとしているの? 私達は、ほんとうは正義の味方ではないの?」  戸惑い、しかしはっきり彼女に視線を返して、慮ることなく篠崎は言う。 「言っていない真実は、あった。正義かどうかも、実のところは断言できない。 だけど――もう、俺にはこんなことをほざく資格はないのかもしれないけど、だけど、それでも、言わせてほしい。今となっては信じられない言葉なのかもしれないけれど、お前にもう一度聞いてほしい」  大きく、息を吸い込んで、  はっきりと、 「ともに戦おう。音子陽菜。真実の総てを伝えることはできないけれど、私はお前を失いたくはない」  思慕を乗せて。  その声は陽菜の心にどう届いたのか、 「……私のご機嫌取りは、ケーキ十個だからね」  どちらにしても、返答とともに微笑みが返されたのは確かだった。 7.  ――逃げなければ。  【Babel】内であるこの廊下を疾走。背後を振り返る勇気は持ち合わせておらず、元々そのような余裕はどこにも存在していない。  ――逃げなければ。  手に入れんとした情報は運よくも容易く手に入れることができた。しかし、それによって、元から知りえていた情報の誤差が明確なものとなった。いや、なってしまった。  ――逃げなければ、殺される。  焦る気持ちとは裏腹に、彼は一気に歩みを弱めて、ついには足を止めてしまった。  しかし、それは仕方の無いこと。  真実を知り、そのせいで畏怖し始めたその者が目の前に立っているのだから。  先回りされた――どうするかと思案する。  牽制がためにも剣を交えるか。いや、それは不可能。あちらは、こちらが知る中では絶対無敵を誇れる|DD(ディメンションドライブ)を行使できるのだ。戦闘は最も避けねばならない事象のひとつ。  こちらの攻撃手段は三つ。  身に潜伏させている物での斬撃打突。強化されていない生身での殴打。  この装備で戦うのは、あまりにも考えが浅はか――ならば、やはり、 「どこまでも逃げさせてもらうよ……|裏切者(ミレ・ゼルラ)」  踵を返すのが得策と思って、彼は方向を真反対にして駆け出そうとして、 「地獄に逃げるのがいいと思われますので、促させていただきます」  しかし後頭部に手を添えられ、硬直した。  制服姿から伸びる白い腕。白い手。白い指先。美しいと感じられるのに、それ以上に恐ろしいと感じてしまう。 「死ぬためのご覚悟は今のうちに」  込み上げてくる、震え。  止まらない、止まらない、止まらない、止まらない。  歯をガチガチと鳴らす彼は、冷たい目を向けるミレによって。  ――握りつぶされたトマトのように、爆砕された。  白に飛び散る赤。  そんなことを意に関せず、ミレは外界を見下ろして囁く。 「――」  その囁きは呟きにならず。  その囁きは響きとして鳴らず。  視線の先。篠崎と陽菜が会話を弾ませながら、とうとう去っていってしまった。  戦場(くろ)は――平穏(しろ)で――  ――――――潰えた。