CROSS!〜物語は交差する〜 水瀬愁 望め。最高に気高き勝利を。 ******************************************** 【タイトル】  CROSS!〜物語は交差する〜 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【サブタイトル】  ♯07[篠崎争奪武闘大会"MATSULI"](第107部分) 【ジャンル】  恋愛 【種別】  連載完結済[全127部分] 【本文文字数】  12508文字 【あらすじ】  舞台は現代風の孤島『風宮島』。主人公は季節を巡って愉快なヒロイン達との物語を築いていきます。一番の見所であるヒロインは、可愛さ溢れて10人以上!諸所に導入されているバトルロワイヤルも必見です。ほのぼので、ちょっぴりえっちなひと時を、味わってくださいね♪紡がれる、自分の心――届くことを、伝わることを願って――CROSS紡がれた、自分の心――届いた、伝わった、心――想い人との愛を育む力となることを願って――CROSS 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************   0. 「はーい皆さん。こんこんこんこん・こんこんこんにちは♪ 今日は三月十四日。女生徒みんなが待ちに待ちに待ちに待ったホワイト☆デイ。理由はいらねぇ! つべこべ言わずにただひとつのSINOチョコを求めて殺しあおうぜ♪」 「……こうも拉致監禁されている理由に納得がいったよ」  ということで、篠崎は鉄格子の中に軟禁されていた。  CROSS! 3rd〜輝かんばかりの交錯を〜  第七話:篠崎争奪武闘大会"MATSULI" 「さあ。いよいよはじまりました武闘大会、通称"|MATSULI(まつり)"! 女生徒約四百名以上が篠崎という者のチョコレート、及び夏休みをいっしょに過ごす権利かっこ篠崎にとっては義務かっこ閉じるを求めて般若のような顔で押し合いへし合っております。パーソナリティのたっくん、何か一言がおありですか?」 「見よ、人間がゴミのようだ!!」 「ということで、お祭り大好き光橋(みつばし)勝弥(かつや)からルール説明をさせていただきます。 種目はバトルロワイヤル。攻撃方法は、企画委員より譲渡された|直線軌道気体弾(フア)と|自在防御盾(シド)と|身体干渉術(キカ)以外にも持参した武具を使用していいとされていますので、予想のつかないバトル展開となるように感じますね! しかもしかもそれだけでなく、戦闘区域内には|封印されし者(エグゾイア)のパーツが四十五個散らばっているらしく、そのパーツを三つ集めることで|特殊効果(ギガ)を取得できるようです。ギガは取得した分秒によって効果が変わるらしく、取得数は無制限とのこと。ギガが勝敗を決しそうな気もしますね! 勝利条件は三つあります。ひとつは、他の参加者を総て戦闘不能にすること。ふたつは、戦闘区域内のどこかに放置されている篠崎を確保すること。ゲチュゲッチュ! みっつは、ギガを三十個集めてエグゾイアを開放すること! ちょっとパクリな気もしますが気のせいです! 本家のほうはカードで、しかもパーツは五つです!」 「やってやる、やってやるさ!」 「それでは、これより本場のほうへ場面が移るため、私たちのナレーションは二重カギカッコとなります! シーユーアゲイン! アディおぅス!」  戦闘区域は、風宮学園を覆うように設定されている。  高さの制限はない。参加者の女生徒達は、飛行方法がないというのになぜこんなルールまで表記するのかと疑問に思い、ギガはそれほどに超越した何かかと唾を飲んだ。  同時、自分達にも勝率があると踏む。 「……すみませんが、今回は私が勝たせてもらいますね」 「いうね。だけど、ボクも負けるつもりはないよ」 「あ、私も宣戦布告するよ〜。篠崎くんは絶対渡さないから♪」 「え、えと、みんな怪我しないようにね?」  この争奪戦の双璧、本命の陽菜と対抗のみなせ。そしてダークホースのエリィ。優しい性格をしているが、篠崎を確保という形で奏の勝利もあり得(う)る。  しかし、周囲の名も無き女生徒達は、サブキャラにもなれない自分たちがためのこのイベントを逃さぬと拳を固める。 『ピ〜ンポ〜ンパ〜ン……ダッシュ! ダッシュダッシュ! 奪取ぅぅぅぅ! コホン、バトルロワイヤル開始時間まで後二分です。カウントダウンを始めると、私たち企画者によってあなた方は|無作為転移(ワープ)します。座標に着いた瞬間からスタートしていますので、気は抜かないようにしてくださいねイヤッホゥ!』  空気が硬直した。  静寂のなか、刻々と時間は過ぎ、その瞬間が近づいていく。  参加者達は、まさに必殺の間合いを見切っているかのように押し黙り続ける。 『十、九、八、奈々、水樹奈々さん! 奈々様! サイコー! 三、ニ、一』  参加者達はカウントダウンがひとつ進む度に視界が白く染め上げられていく。  パッと、その場から一人残らず生徒が消えた瞬間、 「――零」  大きな爆発音が響いて、もう戦闘が始ったのだと観客皆が理解させられた。 「フア!」 「シド!!」  炎の線が此方に迫ってくるのを察し、陽菜は盾を装着した片手でその弾を持ち主へと弾き返した。 「くっ、シド!」  射線上、女生徒が両手を前へ掲げ、円形のシドを張る。  しかし、厚さは薄い。 「きゃっ!?」  彼女は自らの一撃に押し切られ、尻餅をついた。  同時、柔らかく温かい風が吹いて、彼女は身体をいくつもの桜の花びらと化してぽぉっと消え行く。  完全消失を見届ける暇なく、陽菜はその場から跳んでどちらかにフアを放つ。  射線に沿って宙を行く陽菜のフアは、別に陽菜へ向かってきていたフアと身を擦らせ合いながら射線どおりの直線を行き続け、  陽菜を背後から砲撃しようと目論んだその女生徒を花びらに放散させた。  そうして、ふぅっと息を吐く。  陽菜は思考した。  周囲が静かであることを確認して、思う存分に。 「……ギガとかいう、凄そうなやつ、手に入れたほうがいいようですね」  フア一撃で脱落となるゲーム。シドとの駆け引きだけでは足元がまだ不安定。  その証拠に、陽菜は片腕がもう動かなかった。  先ほどのフアを掠らせた。ただそれだけで壊れるほど人の身は脆く、フアは強い。  ギガがどういうものかはわからない。されど、向上の物であることは確定されている。  故、陽菜はギガを『秩序を覆せる因子』と予想して、ギガを手に入れることでこのバトルロワイヤルでの勝率を跳ね上げられると踏んだ。  しかし、と陽菜は困惑する。  あてがない。ランダムと定義されているギガの居場所、ヒントもなにもありはしない。 「とりあえず、あちこち動くしかないんでしょうか」  そう思った陽菜は、無人のこの食堂を見回し、一歩踏み出し、  何かを踏んだ気がして、立ち止まって目線を下ろし、 「……あ」  金色の六角形の、真ん中に蒼い宝石が埋め込まれた板を、見つけた。  しばしの硬直…… 『おおっと、陽菜選手はもうギガを手に入れたようです! はやい! とてもはやいぞ!』 「そう、情報を漏らさないでほしいものですね……」  駆け行く廊下で、陽菜は窓の外に人の姿を見つけた。  その人影は運動場越しに遠い。しかし、陽菜はギガである鍔の小さな剣を構えた。  白く光る刀身。赤い柄。黄色の鍔。見た目には特筆すべき凄さのないギガ。  次の瞬間、ギガの力が発動した。 「伸長(シウ)!」  刀身が、根元から伸びる。  一直線に陽菜の狙う的(テキ)へ。そして、ギガが射線を補整して、その在り得ない打突は直撃した。  舞い上がる桜の花びらで、それを確認する陽菜。 「収縮(シク)!」  グングン刀身の長さを元の値へもどし、陽菜はペン回しのようにギガを扱って辺りを見回した。 『しかし、しかーし! 陽菜さんは遅いほうかもしれんじぞ! すでに二つ目を手に入れた者もいる! がんばれみんな! 存分に殺しあえHA☆』 「……まあ、嬉しい情報提供もしてくれるわけですが」  途端、空で極光が瞬いた。  何事かと陽菜は薄目で空を見上げる。光が途絶え、通常の空がもどってきて直、二箇所から空に数発の"光"が打ち上げられた。  それを目視して、陽菜は二方が砲撃戦を行っていると理解する。 「なんだか、ギガのクオリティに差を感じます」  自在であっても、やはり陽菜のギガは剣。あちらで飛び交っている"光"とは、やはり次元の差を感じずにはいられない。 「とりあえず、どこまでも行くしかありませんね――」 「どこまでというのは、もしかしたら案外近いのかもしれませんね?」  ドクン。  陽菜は反射的にシドを全身に纏った。  同時、シドに接触する何かがシドを粉砕する。  陽菜はさらに剣で防ぎ、しかし勢いに負けてふわりと宙に舞い上がり、窓を突き破って中庭に跳ばされた。  ガラスの破片は、崩壊して行く最中にあったシドによってなんとか拒絶される。  慌てて体勢を直した陽菜は、見た。 「このバトルロワイヤルの勝者候補本命。だけど、ギガは候補順位を簡単に覆す力……私、とても良い気分ですわ?」 「なぜハテナマークを付けるのか理解できませんが、ギガの認識については同意ですね」  陽菜の視線の先。対抗のみなせでもダークホースのエリィでもない女生徒が、|飛んでいた(・・・・・)。  下方に向かって"光"を放出する双翼。それと同じ色をしたガントレット、アーマー。陽菜には、ひとつのギガというには反則すぎるフル装備に思えた。 「……もしかして、ギガ三つ?」 「いえ。一応、この装備三つはひとつの扱いですよ?」  やはりずるい。自分のギガがとてもショボいことに、陽菜は企画者側への不満を抱く。  同時、ヤバイと分析した。  戦うべきではない。レベルに違いがある。総ては直感。しかし、無謀な戦いができるほど、このバトルロワイヤルは軽んじれるものではないのだ。  そう、すべては篠崎がホワイトデーのために用意したただひとつのチョコを得るため。  陽菜はキッと引き締めて、踵を返した。  同時、足裏から微弱のフアを発する。  そのフアは宙に出る間もなく、足裏が接触している地面に衝突して、爆発を起こした。  その勢いに乗った陽菜は、大跳躍を果たして中庭から脱出する。  間髪入れずに陽菜は駆け出して、校内に潜入した。  片手でギガを握り、背中を壁に預け肩で息をする陽菜。  ――勝つ。  瞳には、揺るがない信念という灯が。  ――愛を証明する。  陽菜に、逃げるという選択肢はない。  ――誰にも負けない。  そして、陽菜は中庭に飛び出した。 1.  小細工を幾重にも重ね、相手の上を行け。  陽菜は自身の最高速に身を任せ、対する存在の圧倒を目論む。  圧倒できたとしても、こちらが有すことのできる時間は一度の刹那。つまり、必殺が必要不可欠となる。  それは問題ない。フアに勝るとも劣らぬほど、ギガは強力かつ自在。必要とされるべくはどう必中を導き出すか。必殺に必中は伴わない。必中は今自分が築くべく結果。それに幾重もの小細工が必要となるのだ。  存在する小細工の数。未知数。幾千幾万と存在するのは確か。しかし今自分の摘み取っている小細工の数はほんの一握り。それだけでは、足りない。  馬鹿が。だから故に思考するのだろう。陽菜は己を罵倒し、目前をキッと睨んだ。 「――――|集中砲火(レイ)」  奴の翼が身を広げる。  同時飛び出す砲弾撃弾は、どれも同じではないにしろ、猛り狂う暴虐であることは同様。そう、どれもが同様でありしかし異様であるからこそ、陽菜いとっての荒波であるのだ。  越えろ。悉(ことごと)くを躱(かわ)せ。そして意を交せ。いや、交わすことも許さず圧倒せよ。其方を無力とし此方を有力とせよ―――― 「ッ!!」  陽菜はパッとその場に膝をつき、片手を地面に当て、円形ドーム状にシドを張った。  手としては最悪。シドは、荒波に耐えられるほどの防波堤には成り得ない。しかし間違えるな。陽菜はしどろもどろになったわけではない。  地面に当てた手を持ち上げ、掌で荒波のその向こうを狙い定める。 「フア」  そして、貪欲に貪(むさぼ)り狂う獣を開け放った。  直進は守護域内から外へ。それはフアという獣が、身を守るために張ったシドを破壊することに他ならない。  しかし、そうならなかった。  |守護意義の対象(シド)は、|何者をも破壊する存在(フア)を受け入れ、またその反対もしかり。  そして。  ――――獣が荒波に勝る奇行が、現実となった。  時が加速する。彼我戦力の差は歴然であれど、しかし勝利がこちらへ傾く。陽菜の小細工が相手の予想を上回り、勝利我が物とするための勝率をかき集める。対する敵から勝率を毟り取る。 「くっ、シド!」  シドにより強化されたフアに一瞬の圧倒を許すが、しかし陽菜の対する女生徒の彼女はしっかりと更なる圧倒を許しはしない。  押し合いへし合い、押し負け消えるフアを見届け、噴出す汗を感じつつ、動揺する自分を安定へ導いた彼女。  彼女は見ていなかった。  彼女は見れていなかった。  彼女は、陽菜を理解できていなかった。  陽菜の一手が終わったと勘違いし、自分の番が来たと勘違いし、彼女は陽菜を探して攻撃手段を練り上げる。  そして、陽菜を見つけた視線が彼女の勘違いを指摘した。  視線の方向は、在り得ないにも関わらず上向き。  人では跳べない高さで点とある陽菜は、赤い線のようなものを接線としていて、  その赤い線は何かと目を下ろしていって、彼女はそれが陽菜のギガであると覚った。 「……シク」  陽菜の呟きの直後、長々としていた柄が陽菜の方へと戻っていく。  そうして何の支えもなくなった陽菜は、重力によって落ちていくけれど、陽菜はそんなことを意に介した風なく指先でクルリと剣先を真下へと向き直して、 「シウ」  陽菜はギガを自身の丈ほどにし、 「シウ」  陽菜はギガを人の背の二倍ほどにし、 「シウ」  陽菜はギガを三階建ての建物の背ほどとし、  ――――――手放した。  重力の向きに落ち行くギガ。陽菜の対峙する彼女からすれば、あまりにも途端なこととして見えただろう。  しかし、どちらにしても、覚れたことは同じ。  ――先ほどの強化フアは囮で、こっちが本命か!  彼女は躱せないと理解できた。しかし、それでも強引にギガの落下範囲外へ猛進し、ギガの落下をレイで遅め、彼女はギガの横を上へ飛び逃げ果たした。  ガガガという轟音を響かせて、彼女が逃避した後にギガが地面に埋まる。  斬撃がピリピリと空気を震わせ、砂埃の柱を立ち昇らせた。  彼女はその場景に目を奪われる。  奪われて、しまった。  彼女は気づかない、己にかかる影に。  彼女は気づかない、忍び寄る手を。  そして、 「――――――キカ」  静かに彼女の背後をとった陽菜の口蓋から漏れる一言とともに、 「――――ガ、ァ」  彼女から五感という五感が、生きているということの総てが、世界を感じるということの総てが、いとも簡単に、いとも容易く、いとも安易に取り払われ、  そうして、彼女は。そうして、彼女が。  ――――――――瓦解した。  流麗に、敗者が下へとおちる――  流麗に、勝者が上へとのぼる―― 2.  些かの躊躇も戸惑いもなく、まるでマーカーされた道筋を擦(なぞ)るように軽々と、  陽菜は、初めての飛翔を果たした。  それを祝福するように柔らかい風がふわりと吹き、ともに舞い上がる桜の花びらがちらほら陽菜の視界に入ってくる。  この鎧の、この翼の、元の持ち主の花びら。陽菜には、なぜかそう思えた。  ある程度上がってから、陽菜は一息を吐いて次の目標を考える――  ――――暇はなかった。  陽菜の視界で、点から人へと移り変わって彼我距離を瞬時に零と飛来してくるその存在。  ガキンッ!  剣と剣がぶつかり合う。刀身のつくる十字の間近で、ふたつの顔とよっつの瞳が向き合った。 「やあ、陽菜ちゃん。ご機嫌うるわしゅう?」 「……あなたと、こうも早く戦うことになるとは、予想外でしたよ」 「そうかな? 芽は早めに紡いでおくものだと、ボクは思っているけどね!」  瞬間、陽菜の剣が負けた。  バターの塊に押し入るナイフのように、其方の剣が陽菜への障害をあっという間に越えた。  それを目視し、ぎりぎりのところで其方の斬撃から逃れた陽菜は、宙で爆転を繰り出して距離を置く。 「この二つのギガ。見た目は色違いなだけなのに、こうも性能レベルが違うんだねぇ。 ごめんね。ボクが強すぎて、君に抗う術を与えられそうにないよ」  愛乃みなせが、妖しく微笑んだ。  陽菜は、あと少しで刀身を半分に減らされそうだった己のギガを見下ろす。 「ボクのギガ、草薙の剣っていうんだ。唯一無二で、どんなものよりも強靭な剣。 策は練っても無駄だよ? どうせ、ボクが勝つんだから」 「――そんなの」  そして、キッとみなせを一睨みし、 「やってみなくちゃ――わからない!!」  音速に身を任せ、みなせの死角へと一直線に飛んだ。  同時構えた剣の、柄。それにそっと触れてくる手に、陽菜はえっと目を丸くする。 「そんな剣じゃ、振っても折れちゃうよ」  みなせ。  ミシリと音の鳴りそうなほどに柄を握る陽菜の手に、みなせの指先がそっと触れていた。  それを目視した途端、ぐわんと視界が色の奔流になる。  身体が何かに打ち付けられたくらいしか知ることができなくて、その後に陽菜は自身が叩き落されたと理解した。 「これで終わりだね。陽菜ちゃん」  陽菜の翼と形状は同じな、黒い翼。みなせはそれを広げ、陽菜を見下ろす。  陽菜は歯を食い縛って翼を広げ、レイを放った。  物量による逆転の一手、であるはずのレイ。彼我は近く、みなせにレイを躱す猶予はない。 「――――|一斉砲撃(ジャッジメント)」  レイにはふたつしか含まれていない極太光線だけで構成された豪雨。  荒波は豪雨と衝突し、その衝突部分から円形に失せて、  荒波は壁としての役にも立たず、豪雨は勢いを止め処ないままに陽菜へと伸び行って、  ――――着弾した。  吹き荒れる爆風。みなせは、自らのツインテールが激しく身をくねらせているというのに、それを押さえる風もない。  風が止み、音が止み、そして砂埃の晴れた着弾地点で、 「……まだ、終わりませんよ」  シドとは違う色の結界を張る陽菜が呟いた。  みなせが不敵に微笑む。 「終わらせるよ。呆気なく、ね」 3.  翼のギガとともにあの女生徒が所持していた『防御壁発生装置』が、陽菜を首の皮一枚で繋ぐ。  まだ対抗できる、と陽菜は踏んだ。  シドやフアと同じく、この結界は出力源が使用者と異なる。故、半永久的に発生を持続できるはず。相手の隙を探りながら、策を練りながら。卑怯な戦略であろうとも、こちらとあちらの実力差を埋める何かはそれしかない。  陽菜は思う。  そして、みなせを見上げた。  最中、みなせが行動を起こす。  翼を脱ぎ捨て、折れぬ牙を吐き捨て、単なる人の身へとみなせは還った。  だが、同時、みなせは更なる変貌を遂げる。 「|特殊効果(ギガ)|起動(オープン)」  妖美。  そう、その一言でしか言い表せぬ、みなせの新たな力。  先ほどのが天使の様というなら、今のは魔女か――いや、魔女というほど生半可なものではない。  黒いドレスに包まれた身に黒く紫な炎を灯し、口蓋からの吐息すらもひのこと映るその様は、炎を司る女神。 「――――――断絶」  咄嗟に、陽菜は防御を厚く硬く強くした。  みなせが最強技が先ほどのジャッジメントだと推測していた陽菜は、そのさらに上があったことに不安を抱く。  ――防げるのだろうか。  その不安が思い浮かべた未来を現実が受信したかのように、  ゆらりと左から右へいったみなせの人差し指の動きに沿うように、陽菜の結界がザックリと切れた。  耐久し切れずに壊される等を予想していた陽菜は我が目を疑って、しかし自我をかき集めて集中を保ち、推測を重ねた。 「無駄だよ、陽菜ちゃん。ボクの絶(チェック)は一種類に定まる力じゃない。 さっきの断絶からどういう効果を予想したのかはしらないけど、残念だけどこれに定則なんて存在しない」  みなせは両腕を静かに広げ、目を瞑る。  瞬間、 「――――――絶命」 「ッ!?」  陽菜を中心に置いた血塗りの陣がパッと走り、陽菜の視界が黒に染まった。  本能的に閉じてしまった目を無理やりこじ開けた陽菜は、視界一面に青い空を見る。  陽菜は、空を飛んでいた。  いや、跳ばされたといっても過言ではない。  翼を広げ飛行しようとした矢先、吹き抜けた風と迫り来た存在を感じ首を回した。 「――――――凄絶」  見ると同時に、見る。  しかし陽菜は、見ることに割り振る意識を惜しんで本能を理性より超越させた。  それにより、理性ならば追いつけぬ防御が間に合う。  反射的な防衛意識がシドを生む引き金となり、シドにより確保された一瞬が更なる行動のための時間となり、陽菜は身を捻るようにして上方へと脱兎のごとく離脱した。  いや、離脱ではない。  身を捻って一瞬みなせへ向いたそのときに、陽菜はみなせにレイを放っていた。  故、上方に飛び上がったその行為は"溜め"  渾身で会心の一撃を生むための一瞬。  その後(のち)、みなせの死角に在る陽菜は力の滾り漲るその渾身を揮い込んだ。  斬撃は鋭い。今陽菜が出せる最大最高にして最美のものであるのはまちがいない。  ならば、なんだろうか。  なにが、この結末を生む要素だったのだろうか。  なにが、欠けてしまっていたのだろうか。 「――――君の剣は、ボクには効かない」  粉々と砕け散った刀身が、遅い。  みなせが挙動にて力を溜め込むのはあまりにも一瞬。 「凄絶」  掌底を突き出すモーションとともに、陽菜に闇が爆ぜた。  形成されるは、銀河系を横から見たのと同じ凸レンズ模様の闇の槍。人などという大きさはとうに超越し、全体図を見ようとすれば、先端で躯をくの字に折る陽菜は米粒程度にしか映らない。  陽菜の翼は、朽ちた。  陽菜の闘志は、今ここに叩き潰された。  敗者は落ち行く。  勝者であるみなせが、上空高くよりその堕落を見届ける最中。 「|特殊効果(ギガ)|起動(オン)」  下界より。陽菜の落ち行く先である校舎より。  ――――巨大すぎる双腕が伸びた。 4.  鋼鉄腕の掌が鼻先まで来てしまっていて、みなせはもう回避できないとあえて静止を継続する。 「拒絶」  そして、自分を抱きしめるように両腕を交差させたみなせは、不透明の闇に包まれた。  闇ごと潰すつもりなのか、みなせがオーブに包まれたことを意に介した風なく、巨大の五指はグッと握り込まれる。  数秒の後(のち)――巨大の拳が"内から破砕"された。 「断絶」  崩壊行く其処より伸ばされた手が、上から下へと宙をなぞる。  同時、巨大の有する四肢から片腕分が削がれた。 「でかい図体は、ボクに対しては不利だよ」  塵となって下界へと舞い落ち戻り行く断片共に彩られ、みなせという神は再び君臨する。  その視線の先、巨大と表していた|人ならざるそれ(・・・・・・・)が身をもたげ、その騎士を隷従させる女王がみなせという女神と顔を合わせた。 「ごきげんよう。愛乃ちゃん」 「ごきげんよう。エリィちゃん」  言葉を交わすとともに、両者が互いに向けて腕を伸ばす。 「フア」 「フア!」  同種にして色違いの、同威力の一閃。ドス黒い紅と薄ら麗しい黄緑が交じり合い、絡み合って、失せた。  発射の勢いで開いた彼我距離もあって、間髪入れずに向けられたみなせの腕は巨大な騎士に掴まれ、開放された闇はあられもない方向に飛んでいく。 「これで――脱落」  みなせに、騎士に付属する大砲の三つが向けられた。  孕まれる力は充分。惜しみなく放たれれば、みなせの消失は当然。  エリィの嬉しがる表情とはうらはらに、みなせが舌打ち混じりな表情で掴まれぬ方の片手を騎士の巨体に押し当てた。  するとどうしたことか、砲が今まさに放とうとした"光"がみるみるうちに萎み縮んで、宙に出る前に掻き消えてしまう。  エリィは驚愕した。その一瞬を、硬直が埋め尽くしてしまった。 「――――脱落するのは、君さ」  みなせが、人差し指をピンと立てた両手を上から下に振り下ろす。  それによって切断されたもう片腕と片足。残る片足では安定が保てず、巨体はぐらりと傾いて倒れ―― 「ううん、脱落するのは愛乃ちゃんだよ」  倒れず、ガタンと鳴って静止した。  みなせもピタリと固まって、動くことを忘れたように止まる。  騎士の静止理由は不明であっても、みなせの静止理由は視覚的には明確。  ガハッと血泥を吐き出したみなせ。その胸には、地に落ちたはずのあの片腕が、あの片腕に生えた刀身が。 「――――じゃあね」  重力に勝る浮遊力で、空での自在を在り得るものとするエリィのギガ。残っていたもう片足は、自発的に分離されている。  腕は、掌から刃を出す剣となり、  足は、百足のように這いずり回り、  それ以外の、エリィのギガとしては|本体(ゼル・ディガス)と称される上半身及び頭部は、四肢の接続部にミサイルポッドを代わりとして起動させている。  エリィが、指揮するように腕を振るった。  双(ふた)つの百足が螺旋を描いてみなせに牙を剥く―― 「……小癪な…………」  みなせは強引に力を暴発して、何者をも寄せ付けぬ火達磨を纏った。  のり状に溶ける百足と剣。エリィは、みなせが何らかのことをやらかそうとしていると踏んで、焦るようにミサイルのありったけを一斉放散した。  しかし、それらは若干遅く、半瞬満たない程度に間に合わず、 「――――――絶滅」  総てを消し去るように、  世界を死に絶えさせるように、  万物を葬る|星々(ほしぼし)が、この地の総ての減却を執り行った。 5.  幾千幾万幾億もの桜の花びらが、世界を満たす。 「…………邪魔」  目を細めるみなせは、パチンと指を鳴らした。  彼女を闇が包むと同時、その闇が膨張、破裂、総ての花びらに火を灯す。  花びらという小さな個体に、瞬く間に火は燃え広がって、  あっというまに、その紅蓮すらも失せた。  若干肩で息をするみなせは、疲労が溜まったかただ単にうんざりとしたのか、だるそうな表情をしている。  集中を少しばかり放散させていた彼女は、どこを見るわけでもなくぼぉっとして、しかしハッと何かを察して身体を捻った。  ギィィィィィィィン!  みなせが即座に手に取った草薙の剣が、迫り来る剣を押さえる。  しかし、音は剣と剣がぶつかったとは思えないほどのもので、定義的にも在り得ないことが現実となっていた。  草薙が、其の剣と同等に渡り合っている。  みなせは、少し前の自分の言葉を思い出す。 『唯一無二で、どんなものよりも強靭な剣』  その言葉の欠陥を、見事其方の者は突いて来たのだ。  抉るように、みなせのただひとつの欠点を。  だから、其方の者は、再来を許された。  白の翼。  白の鎧。  その様は、白の天使。  二度も見(まみ)えるとは思いもせず、そしてこんなにもじりじり押し合うことになろうとは予想もできず、  みなせは、見開いて目に其方の者を映していた。  ぽかんと開けた口を、端を歪めてのニタ笑いに変える。 「騎装兵器の次としては、少々滑稽だね」 「ええ。そうでしょうね」  陽菜。  彼女は、美しい笑顔を浮かべ返した。  その手には、雷電を纏う剣がある。  通常ならば先ほどどおり交じり合うことも叶わぬ、草薙に劣るあの剣。それに変わりはない。ただ、付加した高エネルギーに暴れうる竜(ながれ)が、其の剣の強靭を高めている。其の剣の草薙との同等を保たせている。  みなせは強引に力を込め、薙いだ。  陽菜は、みなせに押し切られることを察してか、呆気なく数歩分距離を置く。  みなせは陽菜を見ていた。  陽菜はみなせを見ていた。  お互い剣を下ろして、じっと、じっと。 「……陽菜ちゃん。君はどうして、もう一度立ち上がれたの?」  唐突に口を開いたみなせが、尋ねた。  陽菜は真っ直ぐとみなせを見つめ返して、おもむろに片手を伸ばす。  思い浮かべる何かを掴み取るように、五指はグッと渇望を示し、  瞳に浮かぶ暗い炎は、虚ろな双眸を鈍く怖ろしく輝かせる。 「――――――叶えたい願いがある。 そのためなら、歩みはやめない」  陽菜は、満身創痍の絶頂にあるといっていい。  それでも動く。想いは、衝動となってその者を動かせる程に大きい。 「そうか。なら――」  みなせはフッと笑い、表情をキリリと緊張させた後に剣を横一文字に構えた。  眼光は、その刃ほどに鋭い。 「……一撃で決める」  瞬間、二人から音が消えた。  無我の境地。必殺の間合いを見切っているかのように、サムライとサムライの決闘のように、ただただ押し黙り、己が一撃の会心以上を求めて無我の極地に沈む。  風が吹いた。柔らかで穏やかで、淡い微風。それが吹き終わり、そして同時に両方が動き出した。  先に切り込むのはみなせ。その太刀は、そこしかないという最高の筋を沿って往く。  斬撃は、たしかに往きすぎることもなく陽菜を斬った。  陽菜がわざと構えた、片腕という盾に。 「シド!」  陽菜の呟きで、剣の食い込む片腕と剣の柄を持つみなせの手とが宙のその一点で固定された。  守護の力は『張り巡らす』と『展開したものを動かす』との使い様があり、この場合は張り巡らすという座標固定がなされている。  つまり、みなせは剣を動かすことも退くこともできない。時間という要素があればシド程度の破壊は造作もないが、今を支配しているのは一瞬という数秒にも満たない頃合。  みなせの刻は終わった。そして、陽菜の刻が訪れる。  陽菜は身体を捻った。願うのは、荒々しく猛々しくも繊細優美かつ清麗な一閃。陽菜は大きく大きく翼を広げ、レイの主砲となる粒子極太光線発射砲台を自らの剣に向けた。  そして、発砲。みなせは、草薙と同等にまで引き上げた力の正体を見る。  剣が砲の"光"と肩を並べ、願いを共にする。  その様を表すその言葉を、陽菜は小さな声で紡いだ。 「――――エレクトリックスラッシュ」  同時、雷電を纏う剣が振るわれる。  歓喜によるオーロラが、空で瞬く。  それを彩る、一陣の舞い散る桜の花びら。  総ては、  唐突に、  一瞬で、  ――――――夢が覚めた。 6.  夢を見た。  納得できない、夢。 「……奏さんが鉄格子のほうを詮索していたというのは、予想してはいましたが」  間に合うと思っていた。  しかし、ぎりぎり間に合わなかった。  戦わずして勝利されてしまう。ずるいとおもうけど、それがあのバトルで勝利するためとして奏さんが選んだ方法で、とても優しいのもわかっている。 「……それにしても、妙にリアルな夢だったなぁ」  手探りで時計を掴む。起き上がるのはめんどいから、頭のさきっちょの向こうを手探りするんだけど、目を閉じているのか開けているのかわからなくなるこの真っ暗の中じゃどうせ起きても意味がないのだ。と、行儀の悪いこのだらけた行動を正当化して、時計を眼前近くにまで引き寄せる。  指でそれを撫で回し、あるボタンを押してやっと盤がライトアップされた。  今日が終わるまでの時間は、あと針二つ分。  それが、今日というホワイトデイの残り時間。  私は時計をその辺に置き捨てて、布団から出していたために冷えてきた両腕を戻した。  途端、眠気が意識をぼんやりさせてくる。  目を閉じた。開けていると思っていたときより目元が楽だから、目を閉じたであっていると思う。深い深い海に沈むような、高い高い空へ昇るような、不思議な感じが私を満たす。  目を閉じても、月光の青白い明りが消えることはなかった。 7.  世界が、黄昏の後(のち)に終焉していく。  窓越しに見える、静寂に朽ちる街。それを背景として、篠崎がのっそりと直立した。  疲労。身体が軋みの悲鳴をあげる。呼吸が荒れ狂う。喘ぎを抑止しようと、篠崎は喉元に片手を添えた。  そして、もう片手を掲げ上げる。その拳は、内から月光のような"光"を溢れさせていた。  そっと開いた手の中を覗いて、篠崎は感動深く身を振るわせる。 「……手に入れた」  視線を前へ。コクリと、その者が、その少女が、頷く。その者の碧眼はどこか暗く、瞳に宿る断固とした光はどこかおぞましい。  ……これで。 「残るは――」  聖堂か教会を思わせる|自治委員(ジャッジメンツ)専用塔【Babel】の一室であるそこにも月光の青白い明りは降り注ぎ、  それに照らし出される彼の存在はまさに  ――――深淵なる闇。  どこまでも暗く、  どこまでも黒く、  一切の光をその身としない、  彼は、渇望者。欲し、得るためには神をも凌駕し得る愚者。