CROSS!〜物語は交差する〜 水瀬愁  真実を視よ  虚飾しか見えない  現実に向き合え  だからこそ其処が存在する ******************************************** 【タイトル】  CROSS!〜物語は交差する〜 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【サブタイトル】  ♯08[夜闇に立ち尽くすそれを、私は拾った。](第108部分) 【ジャンル】  恋愛 【種別】  連載完結済[全127部分] 【本文文字数】  7919文字 【あらすじ】  舞台は現代風の孤島『風宮島』。主人公は季節を巡って愉快なヒロイン達との物語を築いていきます。一番の見所であるヒロインは、可愛さ溢れて10人以上!諸所に導入されているバトルロワイヤルも必見です。ほのぼので、ちょっぴりえっちなひと時を、味わってくださいね♪紡がれる、自分の心――届くことを、伝わることを願って――CROSS紡がれた、自分の心――届いた、伝わった、心――想い人との愛を育む力となることを願って――CROSS 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************ 0. 「零(ゼロ)零(レイ)|超魔徹甲弾(フルメタルティックメテオ)超・必・殺!!」  弾倉(マガジン)の装填を叩き込むような乱暴さでこなし、此方を見上げてくる奴に円錐螺旋状の巨大物質を無数も雨のように浴びせた。  その乱射によって、奴めの超巨体が糸も容易く満身創痍と化す。  地響き。いや、奴の咆哮。灼熱に燃え上がる双眸が、復讐相手である彼を睨む。  彼はトンと地へ足を付け、ニヤリと微笑んだ。  彼が立っているその場は、全面緑の草原という高低のない平地だ。はるか彼方にある山のてっぺんまでも見渡せる、青く澄んだ空。空も地も、どこまでも続いていて終わりが見えない。  空気が新鮮と言われても疑えはしないその土地に、彼の姿は不似合いだった。  大槍ほどに長く、大剣ほどに幅広い。それは|超魔崩大銃(ちょうまほうたいじゅう)と称されている。その銃を軽々しく担ぐ彼は、まるで闇世界から紛れ込んできたかのように荒々しくまがまがしい竜甲の|総装備(フルコーディネイト)だった。銀髪は逆立てられ、瞳は紫に発光している。その発光具合は、鎧・ガントレット・兜に走る血文字のような呪紋の紅(くれない)と同位。彼が身を動かす度、ゆらりと尾を引く様が幽霊騎士を思わせる。  だが、彼は砲撃手だった。公式には近距離戦闘に弱く、遠距離に強く、|物理威力(かりょく)は総ての職業中最高とされている砲撃手は、パーティがあってこそ生かされる。彼がしかし独りであるのには、彼の実力が凄まじいことを裏付ける。  彼が対峙する、この大草原には彼ほど似合わない影の大怪物・グランド・デス・ドラゴン。奴の吐息は黒く汚濁し、その爪はたとえレベルのカウントストップを果たした者でも致命傷は避けられない。必殺の意を籠められた口蓋からの砲撃は、何をも即死させる全体攻撃である。 「XUGOUUUU!!」  出し惜しみなく、この世界総ての空気を吸ってしまうのではないかというほど大きな呼吸で、死を招き呼び込む巨大魔一閃を吐き出す。  奴のその一撃に対し、彼は余裕の笑みで仁王立ちし続ける。  竦んでしまったわけでも、腰を抜かしてしまったわけでもない。彼にとってその一撃は避けるに値しないのだ。  それが証明されるのは、次の瞬間。 「……|超装填(アルティメットチャージ)」  その瞬間、空になった弾倉を投げ捨てた彼は、闇の波動に飲まれながらも無傷で。 「本日二発目、零零超魔徹甲弾超・必・殺!!」  超魔崩大銃を真っ直ぐ奴に向け、トリガーを引く。打ち出された一発の弾頭が銃口(マズル)から放出すると同時に破裂・展開した超時空間より巨大質量の物々が、先ほどと同じ通り無数の量と圧倒的さを誇って奴へと飛来して行った。  彼(か)の身が発砲の反動でじりじりと下がっていく最中、豪快に荒削られていく奴(か)の身―― 「GYAAAAAAAAAAAAA!!」  絶叫が轟いて、奴の身が反り返りばたんと草原へ朽ちた。  落下途中もしくは落下完了時で粉々な粒状になって、そうして奴の躯は粉雪のようにサァッと溶けていく。不浄の血、グロテスクに残る屍骸。そんなものは一切なく、絶叫は個人の内ですら残響しない。 「即死技無効の装飾品は中級プレイヤーでも取得できるっつうの。せめて最強威力技使ってから死んでってくれよ――って、うぉおおおお!!」  ぶつくさと愚痴を漏らす彼は一瞬でいなくなり、後に現れるのは、本来グランド・デス・ドラゴンの躯があるべき場所にキラキラとした視線を向ける嬉しげな彼。 「|幻獣召喚(スプク)弾丸グラデスタイプ! グランド・デス・ドラゴンのタイプって、ポーカーのロイヤルストレートフラッシュ以上に激レアだったはず! すっげぇ、オレって超ラッキーじゃん!!」  浮遊したまま、一定の速度で回転し続ける漆黒の弾丸。それに手をかざした彼の目は、らんらんとしながらもどこか無機質で暗い光をしている。  彼は、青く作られた空の下で今日も冒険の旅に出ていた。  このMMORPGゲームが、そういう仕様だからこそ。  バトルワールド【地上】【聖空界】【暗黒世界】総ての始発点となる街はここ、フプルリールのみだ。  幅広の大通りには、四角い石畳が隅々まで敷き詰められている。その両端に沿って、同じく真っ白の石で造られた商店が軒を連ねていた。  刀鍛冶や鎧屋に雑貨屋。冒険者達の必需品を扱う店は、入り口に目立つ看板を掲げている。  それ以外にも路上販売のプレイヤーは数知れず、見かけ上では物に困ることはない仕様だ。  彼はそこをそそくさと抜けていき、ログアウト可能場所へまっしぐらに去っていこうとする。  突然その前に、ニヒリ顔をする聖職者格好の者が立ちはだかった。 「レベル80以上の方ですよね! 今、聖空界攻略チームで砲台を募集してるんです」  砲台とは、彼のような職業を表す言葉だ。それほどの性能であると皆に認められている、ということになる。  ペラペラと言い募るその者に、冷めた目を向け続ける彼。  少しの時間が経ってから。唐突にガッとその者の顔に己の五指を食い込ませ、彼は青白い閃光でその者を吹き飛ばした。  その技は砲撃手が初期におぼえている掌砲撃というもので、しかしその威力はエフェクトから察するに相当の物。だが、この場は戦闘を許されていない街区域だ。威力計算は行われず、その者が吹っ飛んだという事実だけが作られる。 「失せろよ」  吐き捨て、彼は今度こそ去っていく。  それを見届ける者はいても、それを邪魔する者はいなかった。 「(くそう……鬱陶しい)」  ゲームを止めた彼は、ベッドに倒れこんで悪態つく。  胸にもやもやを抱いていると気づきつつも、彼は激情の黒い炎をどうにもできない。 「(現実なんてクソくらえだ。なんでゲームの世界で暮らせねぇんだよ。くそう、ムカつく、ムカつく、ムカつく――)」  締め切られたカーテンの外では、まんまるい月が綺麗に輝いていることだろうが、彼はそんなことを気にも止めずにいる。  部屋の中で、ただひとつ光を放つパソコン――机の上にあるそれをぼぉっと見上げ、彼は想った。  陽がまた昇ったときの世界を。  この世界で生きているときのことを。  あの、自由のなさを。  居心地が悪いなんてレベルのものではなく、自分が置かれている場所は輪から遠く離れた異端の場所であることを彼もうすうすは気づいていた。  現実での独りは、耐え切れない。  しかしゲームでの独りは、耐えられる。  どちらかといえば心地良いと、彼はニタリと口の端を吊り上げた。  絶望に打ちひしがれる者を瓦解する行為。その行為を咎める者をも壊す行為。反感の目を向ける者総てを蹴散らす行為。独裁者の優越。美酒。たまらなく最高だ。  さらに、あちらでは明確な目的がある。強くなるという目標。次々とアップデートされていく新ステージの攻略。レベルアップしたという自覚が素晴らしく快楽で、そう想えばそう想うほど彼は現実が質素なものに見えて仕方がなかった。  そうして彼は頭を両腕で抱え、強く願う。 「(こんな世界で……生きたくねぇ)」  ザァァァアアアア……  唐突にホワイトアウトした視界に、桜の花びらが埋め尽くされた。  ハッと我に返れば、彼は獄門の前に立っていた。  身体を見渡せば、ゲーム世界でのPCが見える。  いつの間にこっちへ来たのだろう。彼は頭を捻りつつも、ゆっくりとした歩みで獄門をくぐっていった。  さあ、今日は【暗黒世界】でのデーモン狩りだ。と思いながら。  CROSS! 3rd〜輝かんばかりの交錯を〜  第八話:夜闇に立ち尽くすそれを、私は拾った。 「なかなか良い所ですね」  陽菜の呟きに嘘はない。風宮島ただひとつの高山。その頂上に建てられた、どこかの金持ちが別荘にしてそうな建造物。そこから見える絶景も、そこの部屋ひとつひとつも、悪くはないといえる豪華さだったからだ。  広い部屋にしてはベッドにソファだけと、少し物寂しい。陽菜はソファに腰掛、ドア側の方にいる彼へと淡く微笑む。 「この部屋は、私だけ?」  彼が応える。 「ここはミレと兼用だ。仲良くしてくれよ」 「りょうかーい」  そしてうんと頷き、踵を返して廊下へと出た。  その前に立つ者が一人。その者は彼を見た途端、にっこりと微笑んだ。 「篠崎くぅん、シャワーってどっちぃ?」 「突き当たりを右、だ。エリィ」  サンキュ、と言って篠崎の脇を往こうとしたエリィは、即座の切り返しで篠崎に抱きつく。  両腕でぎゅうっとして、頬を篠崎の胸板へ擦りつけ、エリィは声を漏らす。 「幸せ……」 「離せ」 「篠崎くんもいっしょにシャワー浴びよう♪」  名案を思いついた、という風に目を輝かせたエリィに片腕をつかまれ、篠崎は引きずられるようにして連行される。  角を曲がった先、両側に壁のない廊下が真上の太陽の強い光にギラギラと照らされている。そこを早足で駆け抜けた二人は、床がタイルの部屋に入って、あっと声を上げた。 「あちゃー、愛乃ちゃんに先こされてたか」 「残念。エリィちゃん、シノを誘惑するのがボクが先だね」  風呂から上がったばかりなのか、あまり日焼けしていない愛乃の白い肌は、全体がほんのりと柔らかな桜色に染まっている。背中に下ろされている湿り髪は軽く波打って絡み合い、首筋やパジャマの肩、そして細い鎖骨の上にふわりと乗って、バスローブに包まれる彼女の背を優しく撫でている。  元々華奢でスレンダーな体型がより強調されて随分頼りなく、弱々しい印象すら受ける。だが、首筋から鎖骨にかけて剥き出しになった滑らかな曲線や、そのすぐ下の控え目だがふっくらした膨らみは、女の子らしい色香を充分に漂わせていた。 「胸に自信はないけど……おいしい果実だとは思わない?」  愛乃が妖しく微笑んで、胸元からサッとバスローブはずそうとする。それを篠崎が寸のところで押し止めた。 「合宿とは思えないハッチャケぷりだね」  お前が言える立場ではないであろうエリィが、絶句した風で傍観の感想を漏らす。  それに振り返ろうとした篠崎はダンッという何かが壁にぶつかる音を聞き、そちらへと首を回した。 「篠崎くんが……え、えっちなことしようとしてる……」  奏。わなわなと口を開閉させる彼女が、閉めたドアに背中からぶつかって、篠崎達に目を真ん丸くしていた。  女性二人を連れ込むという立場に勘違いされそうだということに思い至り、篠崎は額を手で押さえる。 「……誤解なんだ」  そして、届かないとは気づきつつも、そう呟いたのだ。 1.  先手必勝。  其(そ)の存在が時空間で確立するよりはやく動き出し、月面というこの場に不似合いな一輪のリコリスへと斬りかかった。  八つもの斬撃は、ひとつもリコリスを逃さなかったが、しかしリコリスを散らすには至らない。それを不可解にも不愉快にも思わず、ただ無機質に振りかぶる再度の攻撃は、  突然リコリスを飲み込んだ沼によって、防がれた。  沼は沼でない。沼に見えるのは仕様で、数瞬も過ぎてしまえばそれが巨大個体であることが明白になる。  船。舞台が月面を模していることからすれば、戦艦と表すべきか。  攻撃へ移るモーションをキャンセル、無気力となってふわりと宙遊して、其の存在の前進路線から逃れる勢いに乗る。見る間に身を捻り引き出す其(それ)の真下を陣取り、紅(あかわいん)の双眸が細められた。 「|DD(ディメンションドライブ)搭載巨型移動砲艦……"デストロイ"」  漏らされた声は、感情がない交ぜになるあまりまるで無感情のように聞こえてしまう。  同時、戦艦上部より人長ほどの小型移動砲台が無数伸びてきた。  彼女はそれを見定め、ダンッと宙を踏み込む。  一歩――それで奴らの中心へと移動を果たす。両手が左右へとピンと伸ばされ、移動の勢いを殺しきらぬままくるんと一回転した。  指先で迸る光の雷球が残像を引き、その様は彼女を包み込む円柱。  残像でつくられているはずのそれが、奔流の方向が一目でわかる様のままに押し広がり衝撃波として展開――彼女に牙を剥こうとした物は何もできずに散った。  "物語の幕が開ける――――――\\\" 2.  戦艦が大きく身を横たえ、その上部が彼女の正面へ来る。同時、彼女の視界に晒される大砲はおおよそ百数個。  爆発音がして、千を越えそうな程が戦艦の側面より射出。彼女へと向かう弾幕を形成した。  彼女へ向く砲先のそれぞれにも、光粒子はあっという間に集束していく。其が此方の一網打尽を目論んでいると覚り、彼女は再度宙を踏んだ。  一歩で弾幕の圏外に、念を押すようにもう一歩踏み出され、間髪入れずに三歩目も駆け出された。  途方もなく空いた彼我距離に、それがどうしたという風に放たれる一陣の光線。  それは彼女とは違う明後日の方向へと打ち出され――緩い曲線を描き始めた。  不条理。光には直線行動が許されていないというのに、あれは光でありながらもその秩序からはみ出している。それを批評することも愚痴ることもなく、彼女はひたすらに超高速での逃亡を続行していた。しかし、光速とはあまりにも速い。  見る間に距離は縮まり、彼女の左右上下が青の光線に囲まれてしまう。背後には見るまでもなくわかる軍勢が。ならば彼女には前進しか許されず、そしてそれに希望の可能性は無い。  故、導き出される結末(こたえ)は――彼女がやはり一網打尽にされてしまうという場景。  極光の瞬きが続く中、戦艦がゆっくりと身を戻す。  ドガァン――  完全に静寂が戻った途端、戦艦上部の砲山から八割の大砲が刈り斬られた。  鳴り響く轟音。腕を振り切った姿で硬直し、彼女が飄々と舞い落ちる。  トンッと、地に足をつけた。 3.  彼女が降り立ったのは、この地に無数と存在するクレーターのひとつ、その中心地。彼女は前かがみからのそのそと身を起き上がらせ、振り返る。  半壊した戦艦が、ゆっくりと高度を落としていた。  戦神たる彼女に敗北はない。対抗したる者には絶対に死を刻み込める。しかし、彼女に必殺はあれど、必中はない。つまり、彼女と対峙せず鬼ごっこをする者に対して"必ず"はひとつもない。  だから、来た。  この瞬間、彼女が少しでも力を浪費したこの瞬間を狙って、  ――――二輪目のリコリスが舞う。  落ち行く戦艦を押し退けるように、鉄(くろがね)の戦艦が猛烈の奔流となって直進する。  昇り続け落ち行(ゆ)くことのない月へと、まっしぐらに。  彼女はそれを追うように片脚へ力を籠め、しかし踏み出さなかった。 「……ァァァァ」  呻き。両腕を左右へと伸ばし、己(おの)が身で十字を模る。口蓋から漏れる呻きが、それに籠められる音ではない"力"が、空間をぶるぶると震わせ始める。  ――そうして、構築されていく。  彼女の体内に孕まれる始動回路が大型対象との接続に成功し、情報を超瞬間転移にて取得、圧縮の解凍を幾先々から施し連続完了を終えて、間もなく座標対象を自分と指定しての憑依展開を行う。  ――――彼女の本来あるべき姿。  具現、具現、具現、具現。部位が出現し終わればそれらが間接部で接合されていき、くっつきあった部位はさらに同族を求めて揺らめき、接合する。  そして、顕現する。  器だけでなく、満たす力すらも――総てを保有する、総ての内何も欠けてはいない完全たる、  それは苛烈なる紫光。  天使の姿を模した、神。  戦神が戦神と称される謂れたる、真実の絶対。  "眼"が開かれ、そうして総ては創造された。  否、事象が改竄されたのに過ぎない。  神の居場所が変更され、故に今神が此処に存在する。  ――否、それも違う。  此の場が変貌させられた。神が降臨するに相応しき場へと。  人は、そう、この場に名称を付けている。  ――――\\\"処刑場"  罪人を一方的に虐殺するための、処罰するための、そう、だからここは"処刑場"と比喩するに相応しい。  よって、行われるのは紛れもなく、 「アアアアアアアア嗚呼アアア!!」  小さき者達(ら)の、処刑。 4.  紫電のみの身体がドクンと鳴動する。  其が爪はどんな神剣よりも鋭利かつ必殺。規格外という絶対超越存在の彼女には、何にも無く、何にでも在り、何にも属さず、何にでも表せはしない。  その身は強き感情でできている。その武器は黒き感情でできている。弱き感情は、白き感情は、どこにも組み込まれてはいない。  彼女は双腕を胸板の方へと引き寄せ、両脚をダンッと引き伸ばすことにより超跳躍を施行(せこう)した。  光速を越える速度で、逃げ出す戦艦の方へと追いつく。造作もない。彼女はそんな次元に留まっている存在ではない。  寸のところでピタリと止まった彼女が、その身よりも遥かに小さき戦艦へと片腕を振り下ろした。  斬撃が戦艦を消し飛ばす。攻撃の大きさからして、すでに切断の概念ではないのかもしれない。  彼女は高く広く詳しく虚ろとなった視界を動かし、背後を顧みる。  一点。落下から持ち直しはじめているそれへと掌を向けた彼女に、波紋という術式が造作なく装備される。  三重のそれが周期回転を淀みなく行うことで、強大な力が予定通りに孕まれる。彼女は周期速度に干渉を施してから、目視で8kmの彼我距離があろう其の戦艦を狙い撃つ。  最強と言われる圧倒的そのモノが、伸び行き駆け去り、貪り喰らった。  右腕を翻し、彼女が月を見上げる。  揺らいでいた。月が、まるで小石を落とされた水面のように揺らいでいた。月だけではない。その周辺の空もまた、波立っていた。  彼女はそれの意味を知っている。向こうへと訪(と)うてしまった存在があるという証明。彼女は憤るように唸り声を上げた。  しかし、彼女は追跡者になれない。月へと向かおうとして、ハッと振り返った彼女の視界には万の軍勢が波をなしている。  あれらは総て罪人である――彼女は両腕をおおっぴろげた。 『(来Naよ――全員BUっ殺してAげル)』  ノイズが声にならない。言葉の代わりというように、連射性を飛躍させられた彼女の双掌砲が火を噴く。  "物語の幕が開ける――――――\\\" 5. 「真夜中に皆を起こして申し訳ない。しかし、事態が急変したための処置だ。わかってくれ」  キリリと引き締まった表情で、篠崎が早口に言う。  各々に与えられた部屋と同じほど質素な、しかしそれほど狭いわけではないこのリビング。ソファにガラステーブルにテレビ。キッチンが隣接している。  向かい合わせで設置されている二つのソファには、今五人の者が座っている。  陽菜、エリィ、奏、ミレ、愛乃。二人は冷醒であり、二人はわけがわからず、一人は無駄にあたふたとしている。 「ゴールデンウィークを利用して、この風宮島|風宮山(ふうぐうさん)の屋敷で合宿をしようということになっているのは、知ってくれているだろう。 しかし、ここへの滞在はあくまでも一時で、この合宿には別の目的がある」 「ここで休憩したあと、本来の目標地点へ行こうと計画してたのだけど、いろいろ予想外のことが起きててね。 それで、こんな夜遅くだけど出発することになったんだ」  愛乃が篠崎の言葉を奪い、立ち上がる。  皆を見回し、人差し指を唇に当てた。 「説明してる暇が勿体無いんだ。皆は、説明がなくともシノを信頼できるはず。ボクもその一人だ。シノの言葉を疑わない自信は持ち合わせてる。皆もそうだと、ボクは思ってる。 だから、これからのことだけを話すよ。部屋に帰って着替える時間がないから、今から外に出る。それで、シノを先頭に移動する。 いいね?」  四人のうち三人が顔を見合わせた。  ミレだけが、すぐさまコクリと頷く。  それにつられるようにして、残る三人も愛乃に賛同した。 「……強引だな」  篠崎が困った風に微笑む。  愛乃がニヤリと綺麗な笑顔を作った。