【タイトル】  CROSS!〜物語は交差する〜 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【サブタイトル】  CROSS! 4th〜繋いだ手と手、小さな小さな恋愛模様〜♯00[いつもらしい日](第110部分) 【ジャンル】  恋愛 【種別】  連載完結済[全127部分] 【本文文字数】  6038文字 【あらすじ】  舞台は現代風の孤島『風宮島』。主人公は季節を巡って愉快なヒロイン達との物語を築いていきます。一番の見所であるヒロインは、可愛さ溢れて10人以上!諸所に導入されているバトルロワイヤルも必見です。ほのぼので、ちょっぴりえっちなひと時を、味わってくださいね♪紡がれる、自分の心――届くことを、伝わることを願って――CROSS紡がれた、自分の心――届いた、伝わった、心――想い人との愛を育む力となることを願って――CROSS 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************  少女の手元で、コンビニ袋がガサッと鳴った。  少女の童顔に似合う、クリッとしたグレーの瞳。  肩に触れるかどうかというところまでに切り揃えられている、セミロングの黒髪。その二つが、少女が小首を傾げたことで少し揺れる。 「え? おつりに間違い、ですか」  仕草や声色が、どこか子供っぽさを帯びている。今日という夏の日に合わせてあるキャミソールに|フリフリ(・・・・)が多いことから察するに、少女自身が子供っぽいのだろう。 「そのために、わざわざ?」  おかしいという風に微笑む少女。クスクスという笑い声は、嬉しげなようにも聞こえる。 「また、行くかもしれません」  受け取った小銭をそっと胸に抱きかかえ、少女が呟いた。  そして、え? と尋ねるような目に気づき、少女はニッコリと笑った。  その笑みはてへっと舌を出す誤魔化し笑いなのだけど――悪戯っ子がいたずらがばれたときに浮かべる――ぎこちない上にほんのりと頬が赤くなっているので可愛らしくて仕方ない笑みにしか、なっていなかった。  自身も恥ずかしいのだろう。ならば、やらなければいいのに。  そう思われたのを察したか、少女がぷんぷんと頬を膨らませて怒った。それもまた、とても可愛らしい。  つられて響き始める笑い声。ひとしきり二つの笑い声が上げられた後、少女は尋ねられた。 「名前、ですか……水樹です。水樹|心愛(ここあ)。あなたのお名前は、なんですか?」  そして、尋ね返した。聞いた答えを、少女は何度かオウム返す。 「村井|一矢(かずや)。良い名前ですね、一矢さん」  少女が柔らかく微笑んで、またコンビニ袋がガサッと音をたてた。  CROSS! 4th〜繋いだ手と手、小さな小さな恋愛模様。べつに冷めなくていい恋の病〜  夜番のコンビニ店員ほど、微妙なものはない。  客がまったく来ないというわけではないから、気を完全には抜けないのだ。こう、生殺しにされてゆっくり甚振られているような、神経が磨り減っていくハードさがある。 「なあ」  今は全く人のいないこのコンビニ店内で、俺は突然隣の同僚に声を投げかけられた。「なんで五十円玉って百円玉に似てるんだろうな」 「どこかにありましたね、そんな曲」 「気にするな。シチュエーションが似てるんだから仕方ない」 「俺とあなたは、いちコンビニ店員同士なんですけどね」 「気にするな。お前にもいつか良い出会いが来るって♪」  呆れて、俺は手元のレジ打ちをちかちかと点滅させる。意味はない、ただ暇潰しなだけだ。  同じように暇を持て余してぽりぽりとじゃが理子(りこ)を齧っているこの女性は、|真野美弥子(まやみやこ)と言う。小さい頃には"美弥子"が難しくて書けなかったという苦い思い出らしきものがあるそうだ。また、俺の先輩店員にあたったりあたらなかったり。 「ん、なんだ?」 「いや、なんでもない」  覗いていたことが見つかってしまい、俺はぷいと顔を背けた。誤魔化すように店内を見渡せば、外で車の走り去る音が渇く響く無人の静寂が目に映る。  何が、だって。いや、もう、なんていうか。 「暇だなぁ……」 「これでもしてろ」  まるで俺が呟くのを待っていたかのように、ポイと美弥子さんが何かを投げてきた。反射的に手に収めて、おそるおそる見てみる。  『高校基礎英語学力が身につく! チャレンジ☆ノート』見るからに問題集だった。  どうしろと。俺が目を向けたときにはもう我関せずな様子の美弥子さん。  やれやれ、仕方ない。と思いつつ、少しは時間潰しになるかもしれないと期待を抱いてたりする俺。  俺は、ペラペラと冊子を開け、勉学に励んでみた。  もちろん、英語といえば声をあげて読むのがガチだ。ゆっくり、確かに読み上げる。 「I make you happy.[僕が君を幸せにする]」 「ッ」  ううむ。良い言葉だ。  willがつくような不安が無く、canのつくようなうぬぼれさもない。  ただの、ちょっとした一言に纏められた誓いの言葉。この言葉をほんとうの意味で活用させるためには、それ相応に頑張らなければならないのだろうな。  ほんとうに最高の言葉は、こうも修飾句が要らないのだろう。SとVがあれば、成り立ってしまうのだ。  ……で。 「さっきからじろじろと、何?」 「〜〜〜〜! う、うるさい!!」  指摘すると、真っ赤なリンゴになった美弥子さんが蹴ってきた。  なんだよー僕は何もしてないだろー、という|俺の一言(うりことば)が引き金となり、第一次口論合戦が勃発してしまった。  まあ、内容が内容――バカに対して馬鹿を返すような幼稚なものを指す――なので、お互い暇潰しと理解してはいるのだが。  と、それから少しして、自動ドアがうぃーんと開く音がした。ともに、外の騒音が半透明さ無しで耳に入ってくる。ドアが締まっていた頃にはわからなかった外の世界を、赤や白の光が駆け抜けていった。  ドアの方へと振り向いた俺は、言う。 「いらっしゃいませ」 「うん」  図ったように揺れる長い髪が綺麗なその女性は、|磯野宮ななみ(いそのみやななみ)。  今の時間帯に合わない、夏のような薄着のワンピース姿。そこから伸びる肌は、陶器のように白く美しい。小さな口。スッとした鼻。その上にあるクリッとした瞳が、頷きとともに柔らかく細められた。瞳の中に見える淡い赤色をした海が、狭まって尚キラキラと綺麗だ。 「おう! よく来たね♪」 「美弥子ちゃん。今日は」  まるでおもちゃからおもちゃへ興味の矛先を変えるように、美弥子さんがななみさんへと飛びかかった。  美弥子さんがななみさんを後ろから抱きすくめる。もうっとななみさんは唸るも、どこか嬉しそうだ。  触れ合って触れ合う触れ合いのいちゃいちゃ。てらうぜぇ……ふむふむ、テラは怪物って意味なのか。高校の英語凄ぇ。 「それにしても、こんな夜更けまで塾ですか。大変ですね」  そう俺が言うと、ななみさんが微妙に疲れた顔をつくった。 「あー、まあね。勉強に励げんだ|副作用(ストレス)はここで発散させていただいてまぁす」 「へっへっへぇ! おぬしもハマったものよのぉ」 「あはぁん! もうここ無しじゃ生きていけないのよぉ」  何そのエロス。  美弥子さんとななみさんは、いつもこんな"はっちゃけテンション"だ。とうてい俺では乗ることができない。  苦笑いを引きつらせつつ、俺は二人を眺めた。  にゃははと笑いあいながらつんつんと突き合っている美弥子さんとななみさん。ななみさんは高校生で、それらしい背丈をしている。いや、どちらかといえば背が低い方ではなかろうか。まあ、何年生かを聴いてはいないので、憶測というには妄想すぎるのだけど。  対して美弥子さんは、どうしたことだろうか、なんとななみさんと同じ背丈をしているではないか。がさつでらんぼうでたばこ好きですぐに言葉を吐き捨てるような不良だからか、背がすぐに伸び止んでしまったのだろう。  良い気味だと思えるほどじゃなく、凄いくらいに背が低くて初見のときは戸惑った。店長を疑った。じろじろ見ていたのが原因で殴られたのが、美弥子さんと初めて出会ったときの一番の印象だ。今思い出したせいで、頬がひりひりと痛み出したような気がする。 「ん、どうかしたの。虫歯でもできた?」  美弥子さんとじゃれ合っていたななみさんが、唐突として俺を心配そうに見上げてきた。  ななみさんのひんやりとした指が頬に触れてくる……って、近い近い! 「な、なんでもないですよっ」  俺は慌てて身を引き、カウンターから離れる。視覚的危険要素――カウンターに片手を乗せて俺に首を傾げるななみさんの図――があるものの、それはまだ許容できる範囲であり、俺はほっと胸を撫で下ろした。  とそのとき、またもうぃーんという音をたててドアが開いた。  入ってきたのは、浅黒い肌をした見るからに不良な男だった。  三つ編みのようにされた紫の長い髪が六つ、刺々しく下ろされている。男が歩くたびに揺れる様は、まるで獲物を狙っている蛇のようだ。  サングラスの奥の眼光も計り知れない邪気を秘めていそうで、とてつもなく怖い。  ……またか。  俺は溜息を吐いた。この男も、このコンビニのこの時間帯の常連なのだ。そして、俺がこの男に常日頃から言い続けていることがひとつある。今日もまた、言わなくてはならないようだ。  美弥子さんとななみさんも、男が来た途端しっと静まり返ってしまった。幾分か急いで、カウンターから出た俺は、  サッと歩み寄って、男の前に立ちはだかった。  男が立ち止まる。そして、俺を見下ろしてくる。  もちろん、すごく怖いさ。サングラスの奥にあるのは瞳じゃなく、魔物ではないかと気が気でならない。しかし、俺は生唾を飲み込んで覚悟を決めた。  そして、片手を前へ。  ぎゅうと五指を掌に握りこませたその拳を俺自身が見据え、声を張り上げた。 「――真っ赤な誓いぃぃぃいいいいい!」  ――さらに色濃い静寂が、積もってきた。  だが、次の瞬間、俺の拳に男の拳がコツンとぶつかる。  来る。俺は苦し紛れに、心の耳栓を付けた。 「――真っ赤な誓いぃぃぃいぃぃぃぃぃいぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいエエエエエエエエエアアアアアアアアアアアアアアアア!!」  ――耳が壊れそうな絶叫に、ごちそうさま。  腹式呼吸とやらだろう、さすがスィンガーソングライター希望のことだけはある声量だった。思わず手を引いていた俺へと、男が声を張り上げた後から姿勢を正して律儀にお辞儀する。  男の顔が、上げられた。 「今日もお疲れッス!」  はっきり言っておこう。  この男、|竜宮正利(りゅうぐうまさとし)は、清く正しく逞しく秀才している、見た目が瓦礫の街のヤクザみたいなのが少しアレな、超がつくほどの"アニメオタク"なのだ。  "アニメオタク"なのだ。  大事なことなので、二度言いました。  ……とても汚染されている、俺。何か危ない。 「よぉマサト! グッドタイミングだな!」  美弥子が正利に駆け寄った。正利はオッスと軽く会釈し、ご機嫌麗しゅうなどと言っている。  この二人は、馬が合うらしく仲が良い。不良系だという点では似たり寄ったりだろう。正利の方はゴキブリにいやんと言うような弟分なのだが……見た目がアレなだけであって。いやぁ、世の中やっぱ見た目だよなぁ。 「今日は。喉のほうに無理をさせていませんか?」  いつもどおり心底痛感していると、俺の隣に来たななみさんが正利に尋ねた。正利が花が咲いたような――怖いけど――笑みを浮かべて、嬉しげに答える。 「オッス。大丈夫ッス。心配してくださり、言葉もありませんッス」 「あらあら。そこまで言われるようなことでもありませんよ?」  クスクスと笑うななみさん。なぜか正利には敬語、なぜか俺にはタメ口。ほんとになぜ。 「それで、三人でいったいどんな話してたんスか?」  正利が問うてくる。俺は別に、と前置きしてから言う。 「こんな夜遅くに塾も大変――」 「階段を走るのは本当に楽しいのかについて!」  それどこの階段部。ってか、話題全然違うし。  俺が心の中でツッコミを入れると同時、キランと正利のサングラスが光った。どこぞのガリ勉のようにくいとめがね――サングラスだけど――の位置を直し、正利は薄ら笑いを浮かべる。 「そのことについては、とっくの昔に実証済みですよ。まだまだ甘いッスね」  誇らしげにいえることなのか。 「まあ! さすが正利ね!」  美弥子さんも、感心するんじゃありません。 「でも、女性の場合のデータは取っていないのでしょう? なら、わからないのでは?」  ななみさん、マジメな顔してそんな指摘をするのは授業中まで取っといてください。少なくとも、この場で使うのは勿体無いです。 「がぁー! しまった!!」 「ププ。やっぱ正利は正利ねぇ。何事も一歩足りないわ!」 「うがぁー!」  何だ何だこのテンションは。なんで深夜のノリなんだ。そういえば今って深夜か。なるほど。  ……って、納得していいはずがないだろう。  でもなぁ。いつも話題になるSO|D(・)団やら|漆(・)黒の騎士団ですらよくわかってないのに、いきなりそんな話をされても困るんだよなぁ。全くわからん。 「あの作品だと、誰が好き?」 「ガチで水戸野凛」  ガチで水戸野凛。  ……。  ……。  大事なことなので二度言いました。  ……。  ……。  ほんと、全くわからんですよ? 染まってなんか無いですからね? 「そろそろ上がろうぜ」  正利とななみさんが帰って、また暇な静寂が訪れた。  ぼぉっと頬杖を突いていると、いつの間にか私服に着替えた美弥子さんがそう言う。  ラフだけど、どこかカッコイイその姿。ぽ〜と見惚れそうになって、慌てて顔を背けた。 「う、うん」  ――増えたんだ、こういうことが。  思いも寄らないタイミングで、ドキッとさせられる。  確かに、初対面での印象は最悪だった。けれど、美弥子さんはもっといろいろな表情を作ることができる人で、彼女の仕草のひとつひとつが俺をころころと喜ばせてくれる。  美弥子さんは気づいているだろうか、俺が、君の些細な変化を敏感なくらいに気にしてしまっていることを。君が笑えば心動かされてしまう、君が怒れば心動かされてしまう、君が悲しめば心動かされしまう。君は気づいてくれているだろうか。一喜一憂してしまっている俺のことを。俺はもう、まるで君の道化師(ピエロ)なんだ。  気づいてくれてはいまい。  できればこのまま、ずっと気づかないで。  俺こと、|北村香月(きたむらかずき)は、高校を卒業して二年になる。  しかし、大学に通ってはいない。夢も無く目的も無い今のままでは、居場所にはできないと、俺が感じてしまったからだ。  親の反対はあった。だから今は、一人暮らしを余儀なくされてしまっている。  その選択は間違っていなかった、ような気がする。だって、こんな素晴らしい出会いがあったのだから。  世界の見方が変わって二年間になる。  苦しいこともあって、それと同じくらいに嬉しいことがあって、そんな些細な出来事が溢れる生活は、まさに蚊帳の外といった未知の新世界だった。  たとえば、毎日の食事はどうだろう。高校生活の間では、昼飯は急いで食いきることしか考えていなくて、有難味も楽しみも何もなかった。朝食しかり、夕食しかり。しかし今なら、おいしいものをおいしいと感じることができる。手間隙かけて作られたものの有難味が痛いほどにわかる。  世界の見方が変わって、もう二年か。  この二年は、ずっとずっと楽しかったよ。  だからかな。  ――ついに|それ(・・)はやってきてしまった。  でも今の俺と君は、まだ何も知ってはいない。  何も知らず、ただただ楽しかった。  ああ、それともうひとつ。  willもcanも付かないあの誓いの言葉を向ける相手なんて、皆目見当もついていなかったよ。  馬鹿らしいことしてることが楽しすぎて、確かに足場が堅いかだなんて疑問にも思わなかった。  思ってもどうにもならなかったことだというのは、わかっている。  ――想い≠ェ膨れ上がってしまうのは、いつかは訪れる必然だった。