【タイトル】  CROSS!〜物語は交差する〜 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【サブタイトル】  ♯07[十代目アイラブユー(5)](第117部分) 【ジャンル】  恋愛 【種別】  連載完結済[全127部分] 【本文文字数】  4842文字 【あらすじ】  舞台は現代風の孤島『風宮島』。主人公は季節を巡って愉快なヒロイン達との物語を築いていきます。一番の見所であるヒロインは、可愛さ溢れて10人以上!諸所に導入されているバトルロワイヤルも必見です。ほのぼので、ちょっぴりえっちなひと時を、味わってくださいね♪紡がれる、自分の心――届くことを、伝わることを願って――CROSS紡がれた、自分の心――届いた、伝わった、心――想い人との愛を育む力となることを願って――CROSS 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************ 「そういえば、ななみさんってあの子のこと……メアルって子のことを知ってるんですか?」 「会ったことはないけど、まあ、噂程度にはね」  尋ねて直ぐに表情を曇らせたななみさんだったが、無理やり誤魔化し笑いをつくる。その歯切れの悪さが彼女の心情を大体語ってくれていた。 「噂って、どんなものなんですか?」 「んと、それはね――」  ななみさんが答えを渋る。しかし躊躇った時間は一瞬にも満たず。  次の瞬間。彼女は言い述べた。  俺の表情を窺うように上目遣いで見上げながら、ゆっくりと。 「父親に……淫行されているらしいわ」  嘘か本当かはわからないけど――そんな、添え物にもならない言葉は耳に入らない。  一瞬にして不気味なほどに静まり返ってしまった店内へと視線を走らせ、  ドア越しに、ぽっと明るい看板の照明を見つめた。  CROSS! 4th〜繋いだ手と手、小さな小さな恋愛模様〜  ――嫌……駄目…………いや…………イヤ…………マサト……ッ!!  老爺が怖い。見えてはいないが、確かな存在感。メアルにとって、 その存在が近くにいるだけで、魂が限界だった。  この老爺は、内心、舌なめずりをしているのではなかろうか――そう考えるだけで、ゾクリと、生理的な嫌悪感に身がすくみ、パニックに陥りそうになっている。  なのに大男は、メアルが激しく怯える意味を知りはしないためか、優しくやさしく微笑んだ。 「言ってくれればよかったのに。あの怖そうな人たちが君のボディガードだったなんて。全部、勘違いだったんだね」  ――ああ、甘い夢の終わりが来てしまった……ッ……  メアルは、老爺が真実の一角だけをこの大男に教え、言いくるめてしまったのだろうと、安易に予想できた。  信じ込ませて、騙し続けていたかった。  一方、正利は、突然びくびくと震えて落ち着きを失ったメアルを見て、訝しげには思いながらも、言い聞かせるように囁く。 「君の責任は、何一つないよ。大丈夫。君のお父さんには、君を叱らないようにお願いしておくから……」  ――大丈夫なものかッ! ばかっ…………バカ!!  叫んでしまいたくなる。しかし、見えないけれど強い威圧が息苦しさと嘔吐感を催させてきて、言葉は喉に詰まった。威圧の主はもちろん、大男の向こうに立つ老爺から発せられ、この後に行われる事を待ち望んでいるかのような荒い息さえもメアルには幻聴できてしまっていた。心は粉々に砕かれ、今この瞬間にも涙がぽろぽろ漏れてしまいそうだが、まるで老爺にコントロールされてしまっているかのように、泣き出すことはできなかった。  赤子の手を捻るように、難なく、老爺の思惑通りに自制を働かせてしまっている、悔しさ。  失禁に値する恐怖と、過去に幾度も蹂躙された結果である、深い嫌悪。  あらゆる負の感情がない交ぜになって、メアルという少女の身体はピクリとも動かない。  正利の前で、黒塗りの高級車がブレーキを利かせて止まった。  老爺とその周りを取り囲む黒服の巨漢が、なにやら目を伏せ合う。その後、老爺がしわがれた声で言う。 「これで運ぶが故に乗せよ、下郎」  威力のある一声だと、正利が戦慄を感じる。しかし、最低限の一言をぽつりと漏らして、正利はメアルの肩を押した。  数歩、老爺と車の方へ近づく。今にも崩れ落ちてしまうのでないかというほど、弱弱しい足取りで。  血相を変えて唇を震わすメアルに、正利は眉をひそめた。  ……なんだ。この急変は。  それほどに彼女は繊細なのだと、正利は後悔の念と憐憫に近い恐怖心を抱きながら顔をしかめた。  自分の勘違いで始まったこの逃亡が、彼女の良心をどれほど痛めつけてしまったのだろうか。そう考えると、胸がキリキリ痛んで仕方ないのだ。  今すぐにでもも駆け寄り、彼女を許してやりたい。そう思うと同時に、正利は気付いてもいる。友達という距離の自分には到底できぬ使命であり、彼女に寄り添うべきは肉親の老爺(あのひと)であると――  だから彼は、足を動かさなかった。ただじっと立ち尽くして、彼女が車に乗り込むのを見送った。  メアルが乗車しても、ドアは誰の手によっても閉められない。そこへ老爺がサッと動き、メアルの横へと身をねじりこんだ。  大男には、見えていないだろう。メアルが、今この瞬間からも、不埒な行為に身を汚されてしまっているというのに。 「ぃ……あ…………」  呻きは、あまりにも小さすぎて大男にまで届かない。それどころか、老爺の欲望を昂ぶらせる燃料になってしまっていた。  メアルにしか顔が見えないのをいいことに、老爺は口元を歪めて下卑た表情を浮かべる。さらに老爺は、じゅるりと、淡いピンクに色を薄めた舌で渇いた唇を舐めた。  まるで、これからの甘美な時間に舌鼓を打つように。  そして、車のドアは閉められた。大男はそれを見届けることで、メアルという存在分の穴が胸にぽっかりあいてしまった気がした。  ――車は走り出した。  瞬く間に黒い点になって、見える内から外へ出て行った。 ◇  心を、後悔が噛みつぶした。 「……んっ……く……う……」  失敗した、間違った、と決定的に悟った瞬間。  車は走る。特別製の窓ガラスは外界の景色を映さず、まるで世界を隔絶しているかのよう。  祖父は、息のかかるほどそばにいる。 眉をしかめて、メアルはいっそ、今、意識を手放してしまえたらいいのにと思った。  必死に嗚咽をこらえて、がくがくと大きく震え、メアルはいっそ、今、死んでしまえたらいいのにと思った。  内側から体力を奪われ尽くすように辛く、気力という気力もまた同様……祖父の、押しころした鼻息が、うなじにかかって後れ毛をそそけ立たせていた。  助けて……マサト――大男の横顔を脳裏に浮かばせるが、現実から迫る不快感と嫌悪感ですぐに掻き消えてしまう。  車がトンネルに入って、不透明の窓をぼんやりとした照明が駆け抜けていくようになった。  一瞬のうちに、照らされては消え、照らされては消えていく――少女の、姿が。  焦点の合っていないままに見開いた瞳と、涙を呑んでいる様子が。  ひんむかれた、両の肩が。  はだけられた、胸元から腹が。  乳房もあばら骨もあからさまにされ、無造作に投げ出されている裾から太股の付け根まで、だぶだぶの上着がまくり上げられ。  股間を広げられたままに、座席の上に左右別々に膝で折れて。  ……投げ出されている、長く細い脚が。  少女は、壊れかけたおもちゃのように、着実に、朽ち果てんとしていた。  ――くらくらと、めまいがしてきた。  ――世界の中で、自分の体がどんどん縮んでいく。  ――周囲のものが膨張していく。  世界が途方もなく遠く、大きく、上へと向かって伸びていく。  手のひらよりも小さくなって、メアルは、やがて、どろどろとした、ねばねばとした黒い不潔な泥にとりかこまれた。  もっと小さくなって、屑箱に入れられる塵よりも小さくなって、 そのねとねととした泥をかぶり、沈んでしまう。  もっともっと小さくなる。  汚れた泥の、一滴になる。  わたしは世界にいないのだ、と、小さくなって消えそうな心で、ぽつりと思った。  ――汚い、汚い、汚いわたし。  ――もう、いなくなってしまいたい――  体が、ここにあることが、煩わしかった。  なければいいのに。  そう強烈に願う心情が、体を急激に縮ませていた。錯覚か、幻覚か、けれど、個人にとっては真実の現象。  吐き気がしていた。  少女は、首元に這う祖父の舌と吐息とを感じながら、着実に、朽ち果てんとしていた。 ◇  ウィィンと音をたてて、ドアが開いた。  振り返り、ハッと息を呑む。  コンビニの、明るすぎるくらいに証明が輝く店内。それと相対して、暗闇が深く立ち込める外界。  闇から身を捻り出して来たのは、正利だった。 「迷惑……かけました」  カウンター近くにいる俺たちのところまで入ってきて、正利がはにかむ。  俺は、反応を返せない。  ただただじっと――彼の隣を見つめた。  |誰も居ない(・・・・・)その場所を。  正利が一人で帰ってきたことが、物語る。最悪なシナリオが現実となった。しかし、正利は全然気づいていないのだろう。  店長が何か言っている。耳には入らない。言わなければと、緊張と、心臓の音だけが、俺の感じることのすべて。  それで……ひとつ、お願いしても良いですか? と、正利が前置きした。  はにかみをそのままに、彼が言う。 「今度――彼女を、この場所に」  雷電が落ちた。衝撃に、頭ん中がホワイトアウトしてしまう。 「今回は、状況が状況だったので、ちゃんと紹介もできてませんし。よければ、彼女の友達になってほしいんです」  ……サングラス越しだから、目は見えない。  けれど正利の目は、きっときらきらと輝いているのだろう。  幸せな未来を夢見て。  自分の見ているものが嘘かもしれないと、微塵も予想せずに。 「正利――」  独りで帰ってきたということは、正利はまだ真実を知らぬのだろう。  言えるはずがなかった。  言うべきだとわかっていても、理解はしていても、突きつけられはしなかった。  正利が悲しむから。言うための勇気が足りないから――理由はそんなものではなく。  あの少女が正利に伝えていないのなら、俺たちに出る幕は無い気がしたのだ。 「彼女にも、必要だと思うんです。傍に居て、いっしょに笑って、いっしょにはしゃいで、たまにはやんちゃして、たまには喧嘩して……そんな、|愛してくれる存在(トモダチ)が」  正利の言葉だからか、その一文は強く胸に響いて止まない。  なんたって、正利は―― 「ここに通うようになる前までは、あまり人と接することが無かったんですものね。わかります、私も、そうでしたし」  ななみさんが柔らかく微笑んだ。正利が頷く。 「他人とはいつも距離を置いていて、独りでいるのが当たり前になっていた。でも、独りなことに苛立ちが募らないはずがなくて、いつ暴力にはしってしまうかわからなかった」  人間は、独りだと、駄目になる――俺と目が合うと、正利は恥ずかしげに顔を背けた。 「俺、彼女の笑顔を見たんです。すっごく、綺麗だった。俺みたいなちっぽけな存在じゃ、彼女の笑顔は、一瞬なんです。咲き誇っても、すぐに儚く散ってしまう。彼女に必要なのは、彼女を囲んであげられるくらい、たくさんの"絆"。 無いと、彼女は駄目になる」  だけど、すぐに正利が向き直ってくる。真っ直ぐと見つめ、彼は言う。 「愛してあげて、ほしいんです――お願いしても、いいですか?」 「……もちろん」  でも、友人としてだけどな、と釘を刺す。それ相応の理由はあった。  ――恋という形で彼女を愛してあげられるのは、多分、お前だけなんだよ。 「がんばれよ、十代目」 「……それで呼ぶのは勘弁してください」  マジになって顔をしかめる正利を、ニヤリと笑ってやる。  俺にはわかってあげられないことが、ある。正利ならわかってあげられることが、ある。  正利は、俗にヤクザと言われるものの跡取り息子らしい。  その件ではいろいろと迷惑をかけられた。正利が無事コンビニに通える前のことになるが、今でも鮮明に思い出せる。  ……特に真剣を首元に押し当てられたときの感触とか、真剣を首元に押し当てられたときの感触とか、真剣を首元に押し当てられたときの感触とか。 「トラウマだからな、十代目」 「ほんともう、やめてくださいッス。このとぉおり。ね、ね?」  土下座の勢いで正利が謝ってきた。仕方なく許してやることにし、ひらひらと片手を振る。  十代目|を私は愛した(アイラブユー)。だから、十代目|は貴女を愛するがいい(アイラブユー)。  垣根(へだて)を越えてしまうがいい。俺が手本を見せたんだ。必ずきっと、できる。    ――もう片手を、誰にも見えないところでそっと、痛むほどに強く握りこんで。  言えるはずがなかった。  言うべきだとわかっていても、理解はしていても、突きつけられはしなかった。  正利が悲しむから。言うための勇気が足りないから――理由は、その程度のことにすぎなかった。  大義名分でも、慈善的なわけでもなく、友人が傷ついてしまう選択はできない。  無理なことは、無理だ。どれだけの後悔が訪れようとも、絶対に。