【タイトル】  CROSS!〜物語は交差する〜 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【サブタイトル】  ♯08[季節はずれのロマンティック(1)](第118部分) 【ジャンル】  恋愛 【種別】  連載完結済[全127部分] 【本文文字数】  4804文字 【あらすじ】  舞台は現代風の孤島『風宮島』。主人公は季節を巡って愉快なヒロイン達との物語を築いていきます。一番の見所であるヒロインは、可愛さ溢れて10人以上!諸所に導入されているバトルロワイヤルも必見です。ほのぼので、ちょっぴりえっちなひと時を、味わってくださいね♪紡がれる、自分の心――届くことを、伝わることを願って――CROSS紡がれた、自分の心――届いた、伝わった、心――想い人との愛を育む力となることを願って――CROSS 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************ 「今しか出来ないとしても、非生産的なことに打ち込んでいたというのは事実よね。他の人から見ると全く意味不明で、でもそれは、あなたがそう見せていたのよ。あなたはチェスが好きだわ。ただ好きなだけじゃなく、チェスは思考行為の根本を形作る"自身(ルール)""哲学(ルール)"に直結していると言い切れるほど。私、そんなあなたに惹かれたの。自分が極めていく道を無意味であると笑い捨てられるあなたに強さを感じて、恋に落ちたの」  失われたときの痛みとぬくもり、心のゆらぎを、あなたなら解ってくれるとおもったから。同時に思ったのよ。あなたは、自分を嘲笑いすぎているって。少なくとも私にとって、あなたはそんなに小さな存在で無いわ――  きっと彼女は、ふわりと微笑んでそう囁いているのだろう。  その表情はこちらに向かない。憎かった。安心した。ひどく、憎らしかった。  真実が真実でなくて。そうでもあるし、そうでもない。どう考えても二人目になるあの男についての彼女が虚偽であったのは、真実が真実でない場合の嬉しいことにあたる。  一人目であり三人目でもある俺についての彼女が虚偽であったのは、真実が真実でない場合の悪いことにあたる。  悲しくもあり、安らかでもある。安らかさは悲しさに塗りつぶされて、もうどこにも見えはしない。  三人目でもあり一人目でもあるあの青年を呪い殺してしまいたくなって、俺は立ち止まってすすり泣いた。男気無く、泣いた。  せめてもの抗いとして、音を押し殺して。  雑踏の中、目を合わせずに抜けていく俺と彼女の冷たいくらいの無表情。世界に満ちる夜闇のようにそっと俺の身体を覆い込んで、戻りたいと思わせた。  戻りたい、戻りたい。どこまでも戻ってしまいたい――  身と心の軋む音、声にならない叫び、翻訳をすればそうなる。さらにもうひとつの翻訳の仕方。それならばいまの無音の悲鳴はどんなに望んでもどうにもならないという絶望を聞き取らせるのだ。  独りぼっちの音楽会。俺は苛まれる。  CROSS! 4th〜繋いだ手と手、小さな小さな恋愛模様〜  五月の日にちの二桁目が近づいてきている。俺はこの日までの時間を、夏休みがあっという間に過ぎてしまうのと同じ感覚で過ごした。  気分は濁ったミルクか、または立ち込める煙草の芳香。どんより、どっしりと、行動を溜息に直結させる要素(マテリアル)だ。  身体がだるい。友達に真実を打ち明けてあげられなかったことの、戒めだろうか。神もうましかなことだ。そんなことをするならば、正答をくれればいいのに。嘘を発するわたくしめにそんな手は差し伸べない、ということならば思わず納得してしまいそうだけれど。 「気が気でないの?」 「まあ、そんなところ」  頬杖を突く姿勢では、下方がよく見える。なので顎に力を入れ、だるいながらも顔をあげて視界を調整した。  |磯野宮ななみ(いそのみやななみ)が、鼻がぶつかり合いそうなほどの距離で微笑んでいらっしゃるようだ。意識してしまって、少々息が吸いづらい。 「……つまんない」 「や、アホなノリに付き合うのは悪(あ)しかなと思いまして」 「古文は嫌いなの。翻訳して」 「悪乗りしたくない。以上」  途端、彼女の頬がぷくぅっと膨らんだ。リスが口内に食べ物を詰め込んだときみたいで、ちょっと笑える。 「話をもどすよ。俺が気が気でないとわかって、それで君はどうするの?」 「あ、そうそう。んとね、こうしますよ」  路線を切り替える。彼女にとってもそちらが本題だったようで、がさごそして俺の前にそれが差し出された。  大きさから推測するに…… 「チケットか何か、ですか」 「うん。これに名前を書いてね、常備しておくの。そうすれば、引っかからなくて済むから」  何に、とは聞くまでも無かった。そのチケットにはでかでかと【第42回学園祭 非生徒者入園許可証】が印刷されていたからだ。  脇で両手をあげている小動物が愛らしい。とかそんなことはともかく。 「で?」 「簡単なことよ。つまり――」  ぴょんぴょんと離れて振り返ってくる。そして彼女は、シャッキーンと敬礼した。  閉じられた片目。敬礼の手の位置がずれているが、それもチャーミングポイントとして計算され尽くしているのだろう。閉じられていない片目は、余計明るさを帯びた気がするようなしないような。 「――いっしょに行くの、ってこと」 「……さいですか」  うん、そういうこと。っと頷く彼女。  決定事項めいた言い方からするに、俺がどう抗おうにも無駄なんだろう。ならば、潔く自らの運命を受け入れる努力に徹する方がいいかもしれない。  五月の日にちの二桁目が近づいてきている。  俺は夏休みがあっという間に過ぎてしまうのと同じ感覚で過ごしていた……ほんとに、この日までは。  見よ、人が波のようだ。  赤レンガの校門に佇んで、思わず高笑いをあげたくなった。自重して、足元を見下ろしながら行儀良く立ち尽くし続ける。  光陰ははっきりしていた。全身に照りつける陽の光は、夏なみにじりじり焼いてくる。五月の中旬でこれでは、夏には熱線と化しているのではなかろうか……グラビモスの攻撃は強すぎて困ります。 「あ」  やっと訪れてきてくれたようだ。感嘆の一言が漏れ出す。  校門に飲み込まれる人波に抗って、校門より吐き出される個体。それは一直線にこちらへと向かって走る。  にこやかな笑みを浮かべるとともに、ぶんぶんと手を振っている……そんなあたり、彼女が浮き足立ってるとよくわかる。 「今日は」 「うん」  衣替えがあったのか、ななみさんはカッターシャツにネクタイを付けているだけで制服(ブレザー)は無い。 「どう?」  じろじろ見ているのがバレたのか、ななみさんが妖しく微笑む。俺は人波の進行方向を一目して、言った。 「良い学校みたいだね。清掃具合も、悪いわけではない」 「……つまんない」  ななみさんは口を尖らせる。昨日にもやった|やり取り(キャッチボール)なので、おかしいと思って笑った。 「それじゃ、行こうか。案内してくれるんだろ?」 「うん。私、クラスでは小道具係だったからね。丸一日はしゃいでていいんだよ」  普段と同じようなのに、会う場所が違うからか、いつも以上に子供っぽく見えた。塾帰りにコンビニへやって来る彼女は、もう少し大人びて見えるのに。  彼女にはこんな顔もあるのだなと、そんな新しい発見はこっそり胸に仕舞いこむ。  さあ、一軒目だ。たこ焼き屋である。 「たこって不味いよね」  じゃあ来ようとするなよ。  さあ、二軒目だ。いか焼き屋である。 「いかは御寿司が一番よ」  だから……もう、いい。  さあ、三けん 「趣味悪い。やめよっ」  はスルーのようです。何のために店前まで歩かされたんだろう。 「早くー。遅いよぉ」 「はい、はい」  右手にたこ焼き(ななみさんの食べ残し)を抱え、左手にいか焼き(ななみさんの食べ残し)を抱え、呆れ果てつつななみさんに追い付く。 「はい、次はどこに行くんでしょうかねぇ。もうどこへだって付いてってやりますよコンチクショー」  自暴自棄気味である。ムカつきを通り越してくださった感情サマは、だが本質は変わりはしないのだ。 「どこへだって? ほんとに?」  ニヤリと微笑むななみさんを見て、やってしまったと瞬間性超冷却してくださってけれど、何もかも遅いとはもう明白。間が悪いところで能力をフル活動させてしまうのは、人間らしい生き様だとせめて断言させてほしい。 「じゃあ、どこへだって連れ出しちゃうよ〜♪」  "何処"はもう決まってるんでしょう――  ななみさんにツッコむ気力すら無くしたので、俺はされるがまま振り回されることにした。 「五番テーブルにお願いします」(←罪の無い従業員A 「あえて断る」(←罪の有る従業員俺 「(ニッコリ」(←あえて何も言わない脅威ウーマンななみさん 「……五番だよな」(←弱者俺 「はい、おねがいします」(←瞳に宿る成分の八十パーセントが俺への憐れみになっている従業員A  部外者なのになぜか働かされている俺。  場所は、喫茶店。アキバ系に近い臭いがするのは、気のせいではあるまい。ななみさんのクラスによって切り盛りされているらしく、またひとつななみさんへの憎悪ポイントが溜まったと言わざるを得まい。っていうか、小道具って劇の小物じゃなくてコップとか皿とかかよ。っていうか俺って、ぶっちゃけなんで働かされてんの? 「働きなしゃいな。売り上げ数トップを狙え!」 「商品だな。何か超豪華賞品があるんだな。俺はそのためにタダ働きさせられてるんだな!?」  叫ぶ。文句をぐちぐち思いながらも、きっちり捌く。捌いて捌いて捌き続ける。  捌いて捌いて捌いて捌き続ける。  捌いて捌いて捌いて捌いて捌いて捌いて捌き続ける。  捌いて捌いて捌いて捌いて捌いて捌いて捌いて捌いて捌いて捌いて捌いて捌いて捌いて捌いて捌いて捌いて捌いて捌いて―― 「やっぱやらねぇ。断固ストライキする!!」 「ツッコミが遅いよ。ほらほら、次行こ」  もっと冴えてよぉと不満をぶつけてくるななみさん。俺は開いた口が塞がらなかった。  ……ボケだったのかよ。  一生懸命働いた時間は、いったい。疲労が重さを増す。  がっくり、項垂れた。  つまるところ、ななみさんの満面の笑みを長期的に直視できるほど俺は強者で無いわけなのだ。       ○  ○  ○  紅空の夜――  林立する黒さ――  月が下にあり、それを夜空が映している。膝を抱え込んでビクビク震える彼女は、くしゃくしゃになるほどシーツを握り締めている。  金髪が、下からだだ漏れる月光に彩られる。微風が、まるで微笑みを誘うがごとく金髪を揺らす。  恐怖の夜闇が世界を覆う。  世界と比べれば小動物にすぎぬ彼女は、世界程の図体を持つ夜闇に戦慄く。  足音がする。コツン、コツン。こちらに迫ってきている。白くて大きなこのベッドへと、夜闇が向かってきているのだ。その前では、どっしり構える頑固な扉も、非力な布にすぎない。  ……また、やってくる。  心を埋め尽くす不快感。快感を生む行為へ、快感に打ちひしがれる自分がいることへ。  足音が響く度、膨れ上がる。それは恐怖と絶望に変換されていく。  身を巡る血が動きを止め、ぜぇぜぇと息があがり、忙しなく目が泳ぐ。逃避経路を探しているのだろうが、彼女にはどこにも道が無い。  コツン、コツン。足音はもうすぐ止まるだろう。彼女は耳を塞いで、ぎゅっと目を閉じた。  ……やめて  ……やめて  ……やめて  ……やめて  否定は、通らない。彼女はわかっていた、だがいつも涙はとまらない。  彼女は泣いた。えぐえぐと泣き腫らしていた。 「――泣かないで」  だからその者は、彼女の目元に指をあてる。  あてた指をゆっくり動かして、漏れる涙の粒を丁寧に拭い取ったのだ。  誰だろう。夜闇が来たわけではない。ならば誰だ。彼女は顔をあげた。  あ、と彼女の口蓋から声が漏れる。  知っている――望んでいた人でもある。  彼女の瞳から絶望が晴れた。夜闇のことなど、そのときの彼女には一切残されていないだろう。 「行こう」  どこへとも聞かず。彼女は絶対の信頼を持って、差し出しされたその者の手を躊躇無く取る。  暖かい。  その暖かみが流れ込んできて、岩のように動こうとしなかった彼女の身はフッと浮き上がった。  彼女はどこまでも飛んで行ける気がしていた。どこにも見受けられなかった道を見つけて、彼女はどこまでもどこまでも飛んで行った。  夜闇のいる邸より高く、夜闇の見渡す宙(そら)より高く。  そして辿り着く――蒼穹(そら)を愛する広大な蒼原(うみ)。  満天の星に淡く輝く空。それに昇る月を、下が映している。  彼女はくるりくるりと、地と天の間ではしゃぎ笑った。  彼女の前には、正しい世界が広がっていた。  彼女の前には――大切な人の待望が、あった。 「行こう」  再度、その者が口を開く。  夜闇への恐怖を夜空の輝きに失せて、彼女は柔らかく微笑みながら頷く。 「ええ、マサト」  その時、蒼穹と蒼原の狭間に極光が差した。