【タイトル】  CROSS!〜物語は交差する〜 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【サブタイトル】  ♯11[愛してるぜベイベー(2)](第121部分) 【ジャンル】  恋愛 【種別】  連載完結済[全127部分] 【本文文字数】  3779文字 【あらすじ】  舞台は現代風の孤島『風宮島』。主人公は季節を巡って愉快なヒロイン達との物語を築いていきます。一番の見所であるヒロインは、可愛さ溢れて10人以上!諸所に導入されているバトルロワイヤルも必見です。ほのぼので、ちょっぴりえっちなひと時を、味わってくださいね♪紡がれる、自分の心――届くことを、伝わることを願って――CROSS紡がれた、自分の心――届いた、伝わった、心――想い人との愛を育む力となることを願って――CROSS 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************ +×+ 「やほ」 「はい」  ぶっきらぼうに言葉を交わし、隣に座る。がたごとと揺れるバス内を見回す。  乗客は、俺たちだけのようだ。珍しいこともあるものだな。 「綾乃ちゃんは、将来の夢とか決まってるのかい?」 「なりたい職業、ですか。なぜ聞くんです?」 「いや、参考程度に」  綾乃ちゃんは優秀そうだし、どんな職でもきっと上の方にのし上がってくれるだろう。なら、その眷属について、恩恵を貪ってしまえるなら、いろいろと安定である。  うんうん、われながら素晴らしい未来図だ。 「……三の倍数のときだけ馬鹿になるって芸人がいますけど、あなたの場合、全ての実数で馬鹿になっちゃいそうですね」 「ずっと俺のタ」  凄絶な視線に射竦められて、しぶしぶ黙る。  というのは冗談で、黙る様子(フェイント)を見せつつ俺は綾乃ちゃんの手を取った。 「汚職して捕まろう。大丈夫、牢屋でもいっしょなら寂しくないゾ」 「つくづく、予想を裏切ってくれますね」  青筋を浮かせていそうないらいら具合の模様。総員退避、たいひたいひー! 「……でも」  唇に指を添えて、表情を一変させた綾乃ちゃんが俺の様子を窺う。  ほんのり赤い頬。潤んでいるようにみえる瞳での、上目遣い。 「あなたとなら……捕まってしまっても…………文句は、ない……かも。だなんて、ちょっとは、その」  反則な顔で、反則な言葉を、反則な感じで、反則反則――  ガンッと前席の背もたれに額をぶつける。  ちょっとだけ痛い、今日の自分への罰だろうから。  少ししてから、落ち着きを取り繕うことに全力を傾けながらも、綾乃ちゃんに語りかけた。 「目指すは一番上だ」 「はい」 「そしたら、俺を付けてくれよ」 「はい」 「で、俺が脱税だ。悪行の限り尽くしちまうけど、まぁ、がんばってくれや」 「はい」 「いっしょに無期懲役で捕まっちまおう」 「はい」 「やったな。臭い飯を隣り合って食うことになるぞ。これは喜ばしいことだから、全身全霊で狂喜してくれていい」 「……」  一呼吸分の時間が過ぎてから、ぽそりと呟かれる。 「はい」  妙に心がこそばゆくて仕方がない。しかし、目標の場所が近づいてきているのに気づいて、俺はこそばゆさに浸ることを断念して立ち上がる。 「じゃあ、俺はここで」 「……? もうひとつ先では、ありませんでしたか?」  綾乃ちゃんは俺が常降りるバス亭より、二つ後である。なのでおぼえてくれたのだろう。  しかし、今回は間違えたわけでもボケたわけでもない。 「今日はひとつ前で降りて、用事を済ませようと思ってね」  軽く笑ってみせる。そして俺は、バスの前方へと向かっていった。  運転手の隣に設置された箱へと小銭を数枚投げ込み、そのジャラジャラという音が途絶えるより速く外へ飛び出す。  三歩、四歩。振り返って見たところ、バスはすぐに遠くに行ったようだった。  目をつむった。開けた。  ママゴトの時間は終わりだ。  CROSS! 4th〜繋いだ手と手、小さな小さな恋愛模様〜  あのバスが次に行き着くバス亭までの地形を思い浮かべる。バスは大通りに行くから、人の通れる細道を選んで|駆けていけば(ショートカットすれば)楽に先回りできる。  そうすれば、後は見つけるだけだ。そう難しいことじゃない。  だが、確信がある。数々の多難の予感。デジャ・ヴと胸のざわめきが、理解できぬ警笛を轟かす。だから俺は行くのだ。たとえ、理由が説明できなくとも。 「あ――」  美弥子さんが花束を携えて、とぼとぼと歩いている。遠目からでもその寂しげな様子がわかって、胸が痛んだ。  ともに訪れる既視感。何かをしなければいけない使命感。俺はそれに支配されて、突き動かされる。  全力で、駆け出した。  俺に気づかず過ぎ去っていく美弥子さんに追いつくため、強く強く地面を蹴る。  体力が無いわけでないため、美弥子さんとの距離を縮める程度には持久走できる。そう遠くないところまで美弥子さんに近づいて、ラストスパートをかけようとしたとき、俺は立ち止まらざるをえなくなった。  なぜか。単純明白。  おれが信号が青から移るよりはやく、横断歩道に飛び出せなかったからだ。  遠くなっていく美弥子さんの後姿は、やがて消える。車は間隙無く、来ては去る。  完全に見失ったと確信できる程になってもまだなので、俺は苛立ちながら視線を上げた。 「なぜ変わらん」  信号機は、歩行禁止の赤を爛々と輝かせていた。 +×+  全力になるタイミングを早めに。美弥子さんが渡りきった頃合に、俺が横断歩道に足をつけた。  信号は赤。脇に構える車の群は、しかし青の余韻で未だ動かない。チャンスだと、俺は一気に駆ける。  タイミングを早めにしたのは思いつきでしかない。ならば、俺の直感が刃物のごとく鋭くなっているということだろう。または運が良かったか。ともかく俺は、信号に引っかからなくて良かったと思いつつ美弥子さんを目指していった。  障害の無い彼我距離は、残り数メートル。イケる―― 「わ、っと!!」  とそのとき、突然、右手側の道から車が飛び出してきた。引っ越しのときに御入用な、巨大なやつだ。  思わず恐れて、その車の進行線上から後ろに飛び退く。俺という障害物で一端急ブレーキをかけただろう車が、速度をゆるゆると跳ね上げて過ぎ去っていく。不満げな威圧を発せられたような気がして、俺はその巨体が視界に映らなくなるまでじっと見送った。  そして前に向き直れば、車の図体と同じように失せた人物像がひとつである。残像すらも無くなっていて、俺は呆然としつつぽりぽり頬を掻く。  どうやら、俺は集中を霧散させられることに弱いらしい。今日の教訓である。 +×+ 「よっ」  車が来るんじゃないかと前もって気にしていたので、突然横からクラクションが鳴り響いても戸惑いはしなかった。すんませーんと片手を振りつつ、その大型車の前を走り去る。  もうすぐだ。もう後何歩かの距離。俺は声をかけるため、美弥子さんの肩に向かって片手を伸ばす。  寂しげな表情をする彼女を、どう笑わせてあげようか。瞳を伏せる彼女を、どう輝かせようか――そんなことを考えていたからだろうか。 「え……?」  目眩が渦巻く。足がもたつき、走りが止まる。  詰まった距離が遠のく。美弥子さんに伸ばす手が、空を切る。待って。声を絞り出したつもりなのに、掠れた悲鳴にすらならなかった。  追いつかなくては。つらい身体を鞭打ち、踏み出す。 「――あ」  その足から、俺は真っ黒い海に落ちていってしまった。 +×+ 「美弥子――さんっ!!」  車を避けて通る。全力で駆けながら、前を行く背中に声を張り上げた。聴こえないはずはないのに、その小さな背中はリズムを崩さず小さくなっていってしまう。  くそう。もう時間が無いというのに。解らないし、確証はないけど、多分このまま追いつこうとしても駄目な結果が導き出されてしまうのだ。ほんとうによくわからないけど、たぶんそうなる。そうなってしまう。  手は、美弥子さんに届かないのだ。  考えろ。思考しろ。声が届かないし、彼我距離を縮み切ることも不可能。ならどうする。どうすればいい。考えてみせろ|北村香月(きたむらかずき)。やるときはやってみせるのが俺だろうが。土壇場にならないと働かないのだから、こういうときにきっちり清算しやがれ――  目眩が襲ってきた。もうだめだ、俺は消えてしまう。  手を、届かないとわかっていても伸ばす。その手は目眩のノイズに飲まれてしまって、やっぱり届かないのだと悔しさに歯を食い縛った。  どさっと、足元から地面に崩れた。立ち上がる気力などない。もしかしたら立ち上がるための足すらも無いかもしれなかった。  視界の九割九分がノイズで埋め尽くされて、ああ死ぬのかと妙に冷静になる。重い物を背負わされて、次の瞬間にふわっと飛び上がるような、そんな感覚が訪れる予感がした。きっとその予感も、ここまで訪れるのに役立ってくれたデジャ・ヴや既視感の類なのだろう。  ああ、美弥子さんに振り返って欲しかったな。呆然とそんなことを考える。悲しみなんて気持ちが全然籠もらない、間延びした心の声だった。  ――コツン、コツンと、美弥子さんの足音が聞こえる気がする。  それが遠く、小さくなって、消えてしまった後、  近く、大きくなって、目の前で止まる足音を聞かされた。  焦点が定まらないけれど、顔を動かす力もないけれど、眼球を精いっぱい動かして見上げる。  知っている人だ。心配気に、されど無機質な瞳で見つめられ、なぜか俺はあのバス内で会うときのような笑顔を浮かべられそうな気がした。 「綾乃、ちゃ、ん」 「……なぜ、彼女にそこまでこだわるんですか」  冷めた表情で尋ねられた。 「悲しい現実から目を背けるような弱い人なんですよ。強がりで、大人なフリして、それなのに脆くて、弱くて、挫けやすくて、我侭で自分勝手な醜い人。 あんな女の、どこがあなたを引き寄せるんですか。 私だけを見て欲しいんです。お願い。私だけを見てよ――」  ヒステリックな悲鳴。ああ綾乃ちゃんはこんな声で鳴くこともあるのか。 「……は、ハハ」  目眩で何も見えなくなってしまっているから、思い描く通りに微笑めたかはわからない。ハッと息を呑む声だけが聞こえた。  そして俺は、深くて遠い彼方に落ちていった。 +×+  帰りのバスでも、ときたまだが会うことがある。  そして、今日は偶然にも同じバスで居合わせた。 「やっほ。綾乃ちゃん」  俺は、いそいそと綾乃ちゃんの隣席に腰を下ろす。