【タイトル】  CROSS!〜物語は交差する〜 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【サブタイトル】  ♯12[愛してるぜベイベー(3)](第122部分) 【ジャンル】  恋愛 【種別】  連載完結済[全127部分] 【本文文字数】  4722文字 【あらすじ】  舞台は現代風の孤島『風宮島』。主人公は季節を巡って愉快なヒロイン達との物語を築いていきます。一番の見所であるヒロインは、可愛さ溢れて10人以上!諸所に導入されているバトルロワイヤルも必見です。ほのぼので、ちょっぴりえっちなひと時を、味わってくださいね♪紡がれる、自分の心――届くことを、伝わることを願って――CROSS紡がれた、自分の心――届いた、伝わった、心――想い人との愛を育む力となることを願って――CROSS 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************  神懸かったタイミングを、己の力で引き寄せてみせようじゃないか。  しかしガード力が高い綾乃ちゃんは、バスの揺れにのって攻撃を仕掛ける俺をさりげなく受け流してくる。  ううむ……部長や課長のセクハラへの対処になれた、女社員みたいだ。  そんな感想を得たので、攻撃の手を止めつつ賞賛の言葉を投げかける。 「落とし甲斐のある女よのぉ。フォッホッホッ!」 「何をおっしゃりたいのかよくわからないのですが、腹立たしい気分にはなりました。いっそそれが目的だったと解釈して、反撃を加えてもよろしいでしょうか?」  容赦無かった。永遠に続けたい言葉のキャッチボール。俺は笑みをつくる。 「それは困るな。鞭(パンチ)以外に飴(パ○ツ)もくれるというなら考えてもいいが」 「正直、あなたとしゃべってると飽きませんよ」 「飽きさせないからな。尤も、俺は飽きない成分で百パーセントが構成されているから、どんなことであっても飽きさせるつもりはないぞ。ああもちろん、男女の営みに関してもだ。今度出会い茶屋で試してみるか?」 「でも、そろそろそのノリに食虫気味です。敗北を感じます」 「君の美しさには誰も敵わない」 「褒めていただいているのは嬉しいですけど、脈絡がなさ過ぎて効果半減ですよ」 「心配するな。改造で規格外の威力にしてあるから半減など意味がない。君は俺にイチコロダ☆」 「ある意味イチコロです。とにかく、一度黙って欲しいかもしれません」 「それは、無理だな」  チラッと窓の外を盗み見た。見慣れた街並。少しすれば、自宅に近いバス亭へ着くようだ。 「しゃべっていないと死ぬ病気なんだ。特効薬も何も無いから、不治の病チックと思ってくれていい。だから半永久的におしゃべりに付き合ってもらわねばならない……尤も、俺が死んでしまっても構わないというなら話は別だが」 「今までありがとうございます」 「容赦|無(ね)ぇなあやのん」 「楽しかった毎日は忘れないよ」 「過去の人にするな。アニメ一話分くらいは迷え。監督の悩みの種になるぞ」 「ここで新しい主人公が登場すれば、すぐにでも忘れ去られそうですね」 「乗り越えられちまうんだな、わかるよ。故に非常に腹立たしい」  もう一度窓の外を見た。そろそろか。一度っきりの重要なことだし、速めに構えたほうがいいような気がした。  そんな俺を見て、おそるおそる綾乃ちゃんが尋ねる。 「何か、気になることがおありなんですか?」 「んー」  答えようとして、見えてきた。  優先順位を即座に決めて、俺は窓に手をかける。一秒も無駄は許されない。もたつかず、冷静に、豪快に窓をスライドさせた。  ごうと、風が吹く。俺には、此方と其方を遮る壁に思えた。俺は手を 伸ばす。壁を突き破るための力は、思う存分注ぎ込んで。  伸ばした手で、触れた。同時、視界(キャンバス)に黒の絵の具が一滴落とされた。このタイプの目眩は初めてだと、あまり目眩に襲われたことがないのに思う。 「――やっと掴みましたよ、美弥子さん」  何かが解き放たれた心で、閉じ込められていた何かのなくなった心で、  俺自身を全部取り戻して、俺は彼女に呼びかけた。  答えが帰ってくる。俺は、振り向く彼女の顔を拝むことなく、  手の中の感触が、抜け落ちていくのがわかった。  CROSS! 4th〜繋いだ手と手、小さな小さな恋愛模様〜  ここに来るのは、二度目か。 「まさか……香月が、しつこい男だったとはね」  ガラスの階段。二段先で、腰の後ろに両手を結んだ美弥子さんが、あきれた風に微笑む。  なんだろう。ずいぶん久しぶりな気がする。真正面から彼女を眺めれて、俺は涙が溢れそうなくらいに感動してしまった。 「そう、俺はしつこいですよ。なんたって――初恋、ですから」 「なるほど――童貞ぼうやなんじゃ、仕方ないっか」 「気に食わない性質(ところ)が強化されてるじゃないですか。コンチクショーって気分ですよこんちくしょう」  頬が引き攣る。拳を強く握りこんで、俺は満面の笑みで怒りを表現した。  ふんと笑った美弥子さんは、とっとと上がって行ってしまう。  "上"へ。暗黒が下を意味すると仮定したならば、その反対の意義が在ってくれる。  そんなこの場の概念。見上げて、俺は目が眩むほどの光に打たれた。  この先に、現がある。確信をくれるほどの陽の光に、なぜかほっとさせられた。張り詰めていた何かが緩んだ気がする。やっと、安らぎが訪れた。  たぶんそれは、居て欲しい人に居てもらえているから。  俺は口を閉じて、美弥子さんの後を上り始めた。  足音は響かない。それが、まるで俺たちの存在が希薄だと言うかのようで、落ち着かない。美弥子さんの背中を見て、さらに胸がざわめいた。  だが――チラリズムが、ばっきゅーんと胸を射抜いていった。  凄かった。威力を喩えるなら、万の軍勢を駆け抜けて万死させた弓矢ひとつ。ホラー映画で、静寂の張り詰める中、主人公の背後から浮かんでくるゾンビの顔を見つけてしまったとき。胸がばっくん、ばっくん! である。 「ぐぅ」  思わず、鼻を片手で押さえる。ぐうの音が漏れる。完敗です少尉。乾杯だ俺。 「?」  俺の呻きが聴こえたのか、美弥子さんが振り向く。俺の視線の位置がヤヴァいままだったため、更なる追撃を受けてしまうが、リアクションを全力で押し殺してぴしっと気をつけの姿勢を形成する。よぉし、ぎりぎりセーフと言ったところか。 「な、なんでもないですよ。隣、いいですか」 「へ?」  悶える要素から逃れるため、提案する。返答は、思ったよりすっとんきょんな声だった。  訝しげに見上げると、わざとらしく目線を逸らす美弥子さんが。 「べ、べつに、訊かなくても、いい、だろ……」  なんだか可愛らしかった。赤く染められた頬。泳ぎながらも、期待げな目。動揺し切っている様子。なんだか、笑えた。  ニヤついてしまっていたのだろう、ふと美弥子さんは口をへの字にして悔しさを表現する。美弥子さんの横に浮かぶ鬱憤ゲージ――俺にしか見えない――が、そろそろ許容量の一線を越えるみたいだ。笑わないほうが、いい。  しかし、俺は豪快に声をたてて笑い続ける。笑えば笑うほど、こんな未知の世界よりも確かなものが解ってくる気がしたから、俺は腹を抱えて大袈裟に爆笑した。  触発されたのが、少ししょんぼり気味だった美弥子さんが普段の様子で拳を突き出してくる。俺は目元に滲む涙を拭いつつ、もう片手で美弥子さんの暴力を受け流していった。  もちろん、笑いは止めない。  だがある時、無意識に大きく息を吸い込む間隙を空けてしまって、世界のずっしりと重い雰囲気が潜り込んできてしまった。肺に入り込んでいったのも同じ物で、詰まるような苦しさを受ける。  もう、笑えない。俺は頬がぴくりとさえ微笑しないのに、苛立ちをおぼえた。前を向けば、美弥子さんが優しく微笑んでいる。  仕方ないよ。何も悪くないよ――努力も、苦しさも、焦りも、全てを解られている気がして、美弥子さんは強いと、俺は弱いと、おそるおそる自分の胸の辺りに五指を食い込ませながら、感じる。 「香月。君は知っているか、さっきまで居た世界を」  突然、美弥子さんがそう切り出した。本から読み取った知識のごとく現実味の無いその"理解"を零す。 「現実逃避、ですよね」  人間とは脆い。  つらいことがあれば、悲しむ。押し込んでも押し込んでも、心のどこかでは必ず悲しむ。それは、拭えない痛みに耐え切れないという、悲鳴の表現。悲しんだあとに涙を流さなくて済むのは、その人の強さでもあり弱さでもある。  つらいことがあって、必ず想ってしまうことがある。誰しも、少なからず、たとえ一パーセントに満たないとしても――想う。  "悲しまなくていい世界" 「あの世界は、それはそれは都合が良かった。違いますか?」 「正解だよ、香月」  ぽんぽんと髪を叩かれる。じんわりと、嬉しさがこみ上げてきた。 「ならば、この階段を上がることにはどんな意味があるかな?」 「夢から抜け出すことだと思いますし――現実に向き合う、こと?」 「正解」  今度はご褒美はなかった。二段上に行った美弥子さんが、俺を振り返ってさらに一段昇る。後ろ向き歩きは危ないですよと思った。思うだけだった。 「現実に向き合うということは、決して集団で行えることではない。個人が、自らでその道を切り開かなくてはならないのだ。 なのに、この場には二人という集団が存在している。ありえないことだと思わないか?」 「そう……なんですかねぇ?」  童貞ぼうやには難しかったかと、大人びた風に美弥子さんが笑う。どうぼう言うなと、俺は内心で毒づいた。  つまり、と美弥子さんが前置きする。その身が、上からの光で白く照らされた気がした。  それはおかしいのである。光で照らされたものの色は、影が色濃くなって、黒に引き立つはずだった。 「つまり、この階段は君が一人で登って行くべきなんだ」  彼女を横顔を見た。  彼女の横顔は、最後に俺に微笑みかけた。  彼女の横顔が揺らいだ。  その表現では語弊がある。単に彼女は、俺の焦点から横へとずれただけなのだから。  白い彼女が、白い彼女の白い髪が、俺の見上げる先で華を描く。  綺麗。美麗。どんな言葉でも表しきれないほど麗しく、  ひどく、残酷だった。 「――美弥子さん!?」  反応が遅くなってしまう。見惚れてしまっていた絶景の余韻を視界の中で感じつつ、俺は現実を直視して駆け出した。  先ほどまで彼女の居た段。今はもう、居ない。  ガラスを覗き込んで、下を見た。紺色、すみれ色、赤紫色、暗赤色。濃淡がある宙の色が、今は不気味にせせら笑っているようにみえる。 「一体、何が――」  何が起こった――彼女が消えていってしまった。  蹴躓いたのか、いや違う、彼女は自分から床を蹴って、わざと踏み外したのだ。なぜ――理由はわからない。なぜなんだ――解らないと言っているだろうが。落ち着きやがれ。  膝を下ろす。宙の色の向こうを見定めようと、ガラスに額を擦り付けるまで努める。願う。しかしあの姿が脳裏に浮かぶだけで、何も叶わない。  なぜだ――解らないのに、考えようとすんなよ。  疑問に埋もれる自分。全てを諦める自分。その二つともが、嫌で嫌でたまらなかった。  なりたい自分がいる。笑って、笑いあって、隣にはそう、大切な大切なあの人が居てくれて。  そして、思い至った。自分と同じなのではなかろうか。今の自分のような気持ちに、美弥子さんは打ちひしがれてしまったのではなかろうか。  俺の気持ちということは、つまり。 「……挫けた、のか」  この場の概念からも、容易く想像できる。上に行くことが"向き合う"なら、下に行くことは何を意味するか。考えて、胸がきゅうと締め付けられた。苦しかった。美弥子さんはもっと苦しいのではないかと考えた。  救ってあげたい。たとえ、この身が朽ちようとも。  俺は覚悟した。再びこのガラスの階段に立って、されど向きは前と対象。  好きなのだ。  意地悪なところも、時々見せてくれる優しいところも、恥ずかしげにはにかむところも、素っ気無いように思わせて実は誰よりも優しいんだって、心惹かれた。  だから、あんな彼女は嫌いだ。大嫌いと言っても、強調すぎはしない。  誰よりも近い場所に寄り添っていたいいのに、他人行儀な態度をとって、切なくさせる。  甘くて苦い恋だ。まだ片想いだから、苦いほうが割合を多く占めている。  行こう。行けばきっと、苦いを押し退けて、甘いが増えてくれるはずさ。  俺は、視る暗黒が体内に侵食していくのを感じながら、手を伸ばした。  ――美弥子さん。  解ってあげるから。つらさも、悲しさも。胸にわだかまりがあるなら、俺が全力で取り除いてあげる。  ――――――――行くよ。