【タイトル】  CROSS!〜物語は交差する〜 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【サブタイトル】  ♯01[ぼやけた過去、思い出探し](第2部分) 【ジャンル】  恋愛 【種別】  連載完結済[全127部分] 【本文文字数】  8738文字 【あらすじ】  舞台は現代風の孤島『風宮島』。主人公は季節を巡って愉快なヒロイン達との物語を築いていきます。一番の見所であるヒロインは、可愛さ溢れて10人以上!諸所に導入されているバトルロワイヤルも必見です。ほのぼので、ちょっぴりえっちなひと時を、味わってくださいね♪紡がれる、自分の心――届くことを、伝わることを願って――CROSS紡がれた、自分の心――届いた、伝わった、心――想い人との愛を育む力となることを願って――CROSS 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************ 怖くないから、早く登ってきなよ』 ――ここはどこだ?  俺の記憶に問いかける。  古びた校門。  それに上る少年。  それを見上げる少女。  おぼえている。おぼえていない――曖昧なピース。  俺は虚空に、その鮮明を見出そうとする。 『だめだよ、怪我しちゃうよ』  俺の思考を打ち破る少女の、慌てた声。  少年は校門を股の間にして、少女に手を伸ばしていた。  俺は目を凝らすが、少女の顔も、少年の顔もぼやけてみえない。  いや、すべてがぼやけているのだ。  水面(みなも)を覗いたときのような、曇ったガラス越しに見たような、不鮮明にして、屈折光によって歪曲された風景。  そんなものに酷似していた。 『怪我なんてしないって、いいからこいよ』  少年は少女が怪我をしないように、両手で抱えようとしているようだ。  少女は何度か手の伸び引きをして、少年の手にようやく触れる。  少年はにやりと笑うと、少女を一気に引き上げた。 『きゃぁっ!?』  少女は一瞬おどろいたのか、びくんと少年から離れるようにもがく。  少年はそれを押さえ込み、校門の上に座らせた。  少年は少女を安心させるような、無邪気でいて暖かい笑みを浮かべる。 『せ〜〜のでおりるぞ?』  少女は頷く。  視線は下に伸びている。  小学生ほどの者にとって、高いのだろう。  少年はしょうがないなぁと呟くと、校門を降りた。  見事な着地――砂煙の舞う量、少年の屈み具合、それらから失敗していないことはわかる。  少年はゆっくりと姿勢をもどし、少女を見上げた。  隣にいた、支えていてくれた存在の消滅で、少女は校門にしがみついて首をぶんぶんと横に振る。 『俺を信じて、絶対受け止めてやるから!!』  少年は腕を広げ少女に言い聞かせる。  少女は目に涙を溜め、潤ませながらも、勇気を振り絞って少年にむかって飛び降りた。  着地を考えない飛び降り――少年がいなければ捻挫ものだろう。 『な? なんともないだろ?』  少年は腕のなかにいる少女に、満面の笑みを浮かべた。  少女は真っ赤になってぷるぷると震えていた。 『もう! 怪我しちゃったらどうするの! お姉ちゃん許しませならね!』  先ほどまで汐らしくしていた少女が、びしっと少年に怒る。  少年は苦笑いを浮かべ、少女を静めた。  何時間俺はこの夢をさまよったのだろう。  一時間? それとも三十分? それとも一分にも満たないのだろうか?  朦朧とした意識で、夢を体感し続けることは難しい。  感じたものはじょじょに消えうせていく。  今俺の見ているもの、それが【今】であった―― 『だれもいない学校って、ちょっと怖いな』 『――く、来る前にお姉ちゃんが言ったじゃない』  だれもいない。  静まり返った校舎で、異質となる二人の幼き者たち。  少年に密着して、少女が声を震わせた。  少年は歩きづらそうにしながらも、少女を引き離そうとはしない。  行く先に、目標などというものはなかった。  少年も、少女も、ここに来るのは初めてなのだから。  これが俺の夢だからなのか、そんなことはわかる。  いや――それとも――これは――俺が一度体験した―― 『この上にいってみようぜ』 『う、うん――でも、危なくなったらすぐ帰るからね……』  少年にさらに密着して、少女は威厳なくつぶやいた。  今にも泣き出しそうな声だが、少年は少女の手を握り返してゆっくりと階段を上がり始めた。  コツン、コツンと、足音だけが響く。  やがて、少年と少女の足は階段の折り返し地点を踏む。  そこには、少年と少女にとってのぞきこみやすい小さな窓が端と端に設置されてある。  少年はうれしそうな声をあげて、窓から外を覗き込んだ。  すぐさま、少年は少女を手招きする。  少女はきょとんとしながらも、少年のとなりに顔を寄せる。  その顔は感嘆から驚喜にかわり、彼らが見たものは―― CROSS!〜物語は交差する〜♯01 [ぼやけた過去 思い出探し]  朝だ。  目を閉じていてもわかる照度(ルクス)が、俺の暗い視界を侵食し、赤として強調される。 「……眠れねぇ」  夢見のせいだろうか、一度起きた後眠ることはできない。  何時かを確かめるため円形の時計を覗き込むと―― 「……まだ3時」  3時というのは15時ではない。  つまり、いまは普段寝ている時間。我が妹君すら起きていない時間であるということか。  だが、眠くならない。 「……ていうか意識が覚醒してきたぞ……」  俺は仕方なく、起床を決意する。  一歩ベッドから踏み出した足越しに、生ぬるいような温かさが返ってくる。 「起こすような物音大きなことはできねぇしな……」  俺は深緑のパジャマのまま、玄関にでる。  外にでるわけではない。ただ新聞を取ろうと思っただけだ。 「お、あったな」  今日も新聞配りのかたは欠席していないようで、ちゃんと受けにはいっている。  −−一日くらいサボってくれても構わないんだがな。  俺の家で新聞を読むやつはいない。  いや――いたというべきか。  父親が新聞をとめていかなかったからだろう。 「まったく迷惑な話だ……っと、なんだ?」  新聞を取り除いたうけの中に、一枚の紙切れが残った。  チラシ――などではなく、切手を貼って情報を伝達する―― 「はがきか?」  俺は新聞片手に、はがきをとりだす。  見た目ではただのはがきのようだ…… 「親がやっと、ついに、連絡をくれたのか?」  俺は淡い期待を持ちながら、住所などが書かれた面をスルーし、裏返した。  我らは永遠の友 我らは別れを告げ、今再びの出会いを果たそう  未来と過去の交差せし、約束の、想い深き場所にて 「暗号文、か……?」  というか、詩のようなものか。  俺はこれを書いた人物が思い浮かべられない。  俺は思考を巡らせながら、宛名を探し―― 「鷺澤美姫……」  俺は膠着する。  俺は昨日の夢見を、予知ではないかと思った。 「だが……想い深き場所ってのは」  俺のぼやけた記憶に、そんなものは存在しない。  だからといって、これを書いたあいつにはわかっているのだろう。  探すにしても、学校もあるし…… 「だが……それでいいのか……?」  人は変化を嫌う。変わってしまうのが怖い。今より悪くなる可能性が大いにあるのだから。  だが――俺はそんなもの認めない。  俺は大きな変化を望もう。 「……よし」  俺は、人知れずそのはがきを握り締めていた。 「ふわぁ……」  だれもいない静まり返ったキッチン。  一人の少女が可愛らしい欠伸をする。  だが、制服はきっちりとつけられている。 「今日の朝ごはんは……」  少女はそんなことを考えながら、隠された日課をこなす。  少女が進む先は、祐夜の部屋――  少女、祐夜の妹である優衣には、祐夜の寝顔を眺める癖がある。 「あれ……?」  優衣はきょとんとする。  祐夜の部屋に、人はいなかった。  ぐしゃぐしゃとした布団が、一応畳まれている。  優衣は布団に触れる。  冷たい。 「さきに学校にいったんでしょうか……」  優衣は慌てることなく、首を傾げる。  そして、祐夜の部屋をでて、きっちんへと小走りをした…… 「とは言っても、手がかりはなしか……」  公園。  人っ子一人居ない中、キーキーという鎖の錆びた音だけが響く。  ブランコの揺れに身を任せるわけもなく、俺はため息を漏らした。  朝日は昇りつつあり、公園には明暗ができつつある。  俺の姿は制服などではなく、私服だ。  それにしても―― 「……腹減ったなぁ」  ぐううぅぅ――  俺の言葉に賛同するように、腹の虫が鳴き声をあげる。  俺はブランコに勢いをつけ、跳ぶようにして立ち上がり―― 『どうだ? すごいだろ?』  −−気づいた。  埋まらないピースのひとつが衝動的に蘇る。  少年と少女。得意げに鼻を鳴らす少年に小さく拍手をする少女―― 「これは――いつだ」  俺は頭を押さえる。  薄れる記憶。だが、この先のものは既視感として残る。  唐突な、表現のしようがない違和感――それは《今》だから感じられるものだろう。  明日には忘却しているだろう体の記憶、デジャヴ、勘――俺はそれの道筋を進むことにした。  目指すは――別れの場。 「今日はサボりか……」 「珍しいね……」  御劉、輝弥が考えるようにして空席を見つめる。  真紀恵が、優衣に身を乗り出した。 「祐夜さん、今日はどうしたの? 風邪とか? でも昨日は普通だったよね?」  優衣は首を傾げ、人差し指を唇に当てた。  一同が静寂する中、優衣は首の傾げをもう一度した。 「「……はぁ」」  一同はあきらめを感じ、それぞれの会話にもどっていく。  そのなか、御劉と輝弥だけが真剣な顔つきだった。 「天然な、素質だ……」 「萌えだねぇ……行動のすべてが萌えだねぇ……」  考えていることは素晴らしいほどバカらしかった。 『本当にお別れなの? もう帰ってこないの?』 『うん――ごめんね』  泣き出しそうな少女が居た。  ぼくには信じられないようなことを告げられて、ふいに目の前に居る少女がぼくの目の前から居なくなる幻想を見て、でもそれは夢じゃなくて―― 『いこう!!』 『え?』  ぼくは《あそこ》に駆けていた。  最後に一度だけ《あそこ》に二人でたちたかったから、ぼくは追いかけてくる時間に逆らうように、最後の幕降ろしをしようとしたんだ。  そう、ぼくは最後に等しいことをしたいと願って、この子と最高の記憶をつくりたくて、今まで助けてくれた恩返しがしたくて――  ぼくはちょっぴり、大人になったんだ――  俺はさまよう。  途方もない、桜木の森を。  心の|円環の自問自答(ウロボロス)を。  桜の木々は、緑色の葉をどっさりと積もらせている。 「ここだ……たしかにここで俺は……」  彼女に――美姫に告げられた場所。  別れを、約束を。  そこは、ふいに木々が途切れた、背もたれのような枯れ木が一本だけある場所。  その木はざらざらとし、かさかさの幹をもつ。  俺は記憶にある木との照合をするように触れ、実感をもつようになで、懐かしむように笑みを浮かべる。 「お前は俺とあいつの――あのときを見ててくれたんだよな」  俺は木に、すこしだけもたれかかる。  俺の記憶はまだここに浸っている。 「教えてくれよ……俺はどこへいけばいい? どこへいけばあいつに会える?」  俺はただぶつくさと、そんなことを呟いた。    港に、いっせきの船がはいる。  太陽が昇りきり、学生の姿が消え、風景の明暗がはっきりとした時刻、ひとりの少女がこの島に足を踏み入れた。 「なつかしい……だいぶ変わったみたい」  少女は深呼吸する。  少女のポニーテールが揺れ、その上につけられた白く細長いリボンが風に乗って宙を踊る。  少女は手元にある大きめのスーツケースを押しながら、あたりにきょろきょろと目を泳がせる。  その目は、興奮したような、嬉しそうな、光が宿っている。  だが、外見的には落ち着いて、いきなり走り出したりはしなかった。 「まず……商店街に行こうかな、まだ《夜》まで時間はあるし……」  少女はひとつひとつの場面を、宝石のように大切そうに思い出し、いまの視界と見比べる。  そうして、少女はこの島に帰ってきたことを確実にしていく。  あの頃の少年に会う――その刻まで―― 『はぁ……はぁ……はぁ……』  夜が近づく。  少年は、少女の手を離さないというように、強く握りこんだ。  少女は戸惑いながらも、少年についていく。  あるとき、少年の目には《あれ》が映った。  漢字が彫られた石がある、少年よりもおおきな壁。  そして、二つの壁の間には等間隔に隙間の開いた、少年よりも高い鉄の柵―― 『風宮高校――』 『え? なんでこんなとこに来るの、弟君?』  少女は少年の呟きに反応し、疑問をあらわにする。  だが、少年は少女に不適な笑い声を漏らすだけだった。  キーン、コーン、カーン、コーン…… 「結局あやつは来なかった……ミステリーの香りがするぞ……」 「あなたの全部がミステリーだよ……」  御劉と真紀恵が会話をするも、真紀恵は少し心配そうに落ち込んでいる。  そこへ、決心したような、早口の呼びかけがかかった。 「あ、あの……古泉さん……」  呼び声はしおれていき、後半は独り言にも聞こえる。  よばれた本人、真紀恵は驚いたように慌てながらも、返事を返した。 「どうしたの、小倉さん?」  真紀恵の返事にびくっという反応をしながらも、いきなり駆け出し逃げるようなことはしない。 「小倉嬢、少し変わった様に見えないか?」 「真剣な悩みみたいだから、ちゃんと聞いて上げなよ、真紀恵!」  真紀恵は野次馬二人を瞬きで無視し、おろおろとしている瑞樹に話しかけた。 「どうしたの? 私に何かご相談?」 「え……あの……その……悩みとか、そういうのではなくて……」  瑞樹は決心したように真紀恵をしっかりと見た。  真紀恵はこのような瑞樹を知らない。 「あの……今日は三井さん……ご病気なんですか……?」 「え? 三井?」  真紀恵は優衣を見る。  すでに帰り支度を終え、いまにも教室をでそうだ。 「三井とは、兄のことか?」  一時的放心状態の真紀恵に代わって、御劉が話を進める。  瑞樹はさきほどの決心で勢いづいたのか、心配そうに三井 祐夜の席を見て頷いた。 「ふむ……そういうことか……」 「恋って素晴らしいな……うんうん素晴らしい……」  輝弥はすでに現状の先読みを終え、一人頷いている。  御劉は安心させるように微笑みかけた。 「たぶんサボりだろう……明日にはけろっとしているに違いない、小倉嬢」 「そうですか……」  瑞樹はほっとするように、息を少しだけ吐いた。  真紀恵は呆れたように、今はこの場に無き祐夜を遠い目で見つめる。 「じゃあ、私は先に帰ります」  優衣が教室をでる。  真紀恵は首を傾げた。 「部活はどうするんだろ?」 「……ふぅ、真紀恵嬢。君は何も理解してはいない」  御劉は拳を突き上げる。  真紀恵はさらに首を傾げた。 「朝から居なかった兄を心配する妹を理解しないとね〜〜」  輝弥が満面笑みで答える。  真紀恵は数秒置いて頷くように両手をポンッと合わせた。 「優衣も、案外心配性なんだね……」 「いや、それよりも考えうる可能性は……」 「………………禁断………………」  輝弥と御劉はお互いにしか聞こえない小言を呟いた。 『すごい……』 『すげぇな……』  少女と少年は窓から外を覗き込む。  いつもは感じられない、いつもは見られない、広大な光景を目にしている。  歩いてきた道が小さく見え、黒く染まり始めた空が見える。  少年は少女の横顔を見た。 『美姫、約束だ』 『え?』  少年は少女から手を離す。  少女は少年の行動を読みきれない。 『おまえが外国にいくなら、おまえが帰ってくるまで俺はこの島で待っててやる』 『あ……』  少年は少女に拳を突き出す。 『次に会うときまで――俺はお前と手をつながない。お前が帰ってくるまで――俺は泣かない』  お前が心配しないように――その言葉を少年は飲み込む。  少女は頷く。泣きそうな目で。でも泣かないで。 『ここで再会だ。それまで俺は……ぜったいに……泣かないからな……』  少年は笑みを浮かべる。  少年のできる、最大の祝福。  別れたくないという気持ちを押し込んで、少年はただ別れを理解した。彼にできることのすべて。 『……また会おうな』 『……うんっ!! ぜったいに、またここで……』  泣かない。  子供の彼らができる、大人らしいこと。  そして、少年は――俺は――泣かなかった。  約束を、守るために――  彼女も――きっと―― 「今日は何にしましょうか……?」  優衣は悩んでいた。  スーパーの一角、優衣はなにを買うかを悩んでいた。 「お魚もいいですし……お肉も祐夜君の大好物ですし……」  優衣はスーパーから、外をみる。  人がまばらに流れていく中、あきらかによそ者の女性が優雅に歩んでいく。  白いリボン――紅い透き通った髪―― 「美姫……ちゃん?」  優衣が瞬きすると、その女性は人ごみに消える。  優衣は数秒きょとんとすると、満面の笑みを浮かべて買い物を再開した。 「今日は盛大にしないとですね♪」 「ん………………?」  俺は目を開ける。  視界がいつもより低い。 「座ってるからか……」  俺は木にもたれるように、座り込んでいた。  五感は空気の冷たさを伝えてくる。 「もう夜か……」  俺は立ち上がり、土を払った。  夕暮れが空を照らし、徐々に黒く染まりつつまり―― 「あれ……?」  デジャヴ。俺の求める記憶がこの風景と一致する。  それとともに、空白も急速に色付けられ、記憶に鮮明さが取り戻される。 「そうだ……おれはここで……」  記憶のなかの幼い俺は、俺の記憶の中で走っていく。  俺はそのあとを追うように、この場ではないあにかを見て走る。  高ぶる感情と期待は、俺を走らせる。  俺は向かう。  あのころの自分と、今の自分。別れと再開の交差せしあの場所へ―― 「ふぅ、これくらいでいっか」  美乃宮は紙束を整え、生徒会室をでた。  部屋のそとには、肩掛けカバンがぽつんと置かれている。 「それでは〜〜さようなら〜〜」  美乃宮はそう言うと駆け出して――止まった。  視線は窓から見える校門へ。 「祐夜くん?」  校門を一跳びで越え、校内に入り込む祐夜。  その姿はすぐに二年校内へと消える。 「忘れ物かなぁ?」  美乃宮は胸を揺らして首を傾げた。  ぽよんと髪が跳ねる。  だが、すぐにそれを考えから除外し、帰っていった。 「ここだ……俺はここで……」  記憶の終点。  ここで《始まる》 「再会が……」  俺はあのころ覗き込んだ窓に触れる。  光が闇にすり替わる狭間の瞬刻。  俺の期待は最高潮を迎える。  ……コツン……コツン……コツン……  俺は視線を下に向ける。  俺の通ってきた記憶の軌跡を、進むもうひとりの者―― 「あれ? 先に来ててくれたんだ?」  懐かしい、少し大人になった彼女の声。  俺はしみじみと感じ取る。 「ああ、待ち遠しくてな」  俺は彼女をしっかりと視界に納める。  そして、言うべき最高の言葉を――言った。  俺の手は彼女に―― 「おかえり――美姫」  彼女は俺に満面の笑みを浮かべて――こういった。  彼女は俺に手を伸ばし返す―― 「ただいま――弟くん」  俺たちの手は――触れ合う。  そうして、再会を果たしたのだと――実感することができた。  鷺澤(さぎさわ) 美姫(みき)  小学生時代、俺の隣に住んでいた同い年だ。  誕生日の関係で少し美姫のほうが年上だが……  そのせいで、お姉さんぶることが多く、俺を弟君といって世話を焼く。  俺の隣に、いま家はない。  けっこう怖がりなところがあるのと、猫舌なところがある。そのときはお姉さんぶるのをやめる。 「でさ、優衣……」 「どうしたんですか? 祐夜君?」  俺は家に帰ってきた。  その間高校のことや、島のことを話しまくっていたが、そこは割愛していいだろう。  それよりも着目すべきことは―― 「わぁ、このシチューとってもおいしいよ!」 「そうですか! お口にあってよかったです」 「……なぜここまでの豪華料理を」  フライドチキン、シチュー、ピッザ……普段も豪華だが、それを上回る豪華料理がならんでいる。  優衣は、美姫が帰ってきたことを知っていたようだ。 「だって、美姫ちゃんが帰ってきたんですから」  優衣はニコニコ満面顔で、美姫を眺めた。  美姫は優衣と視線が合うと、にこっと笑った。 「ありがと、優衣ちゃん」 「いえいえ。まだまだありますから、もってきますね」 「まだあるのかよ!!」  優衣はひょこひょことキッチンに消えていった。  結局、ほとんどは俺が食べることになるんだが―― 「弟君は愛されてるね」 「そうか?」 「そうだよ、いつもこんなにしてもらってるんでしょ?」  美姫の視線は料理にのびる。 「まあ、こんなにではないが世話にはなってるな」 「もう……ちょっとは手伝ったりしないと、女の子に嫌われちゃうぞ。 お姉ちゃんは、そんなの許しませんからね」  美姫はスプーンを天井に向け、びしっと言ってくる。  俺は懐かしさを感じ、笑みを浮かべた。 「ん? 何で笑ってるの、弟君?」  美姫が眉をひそめる。  俺はにやけたままで言う。 「おまえのお姉ちゃんっぷりも久しぶりだと思ってさ。 それに今までは隣で昼以外に言われたことは――」  俺は固まる。  大事なことを忘れていたと、俺はいまさらながらに気づいた。  こいつの家は廃棄されている。  ということは――こいつは―― 「おまえ……どこに住むんだ?」 「どこって……ここだよ?」  美姫はにこっと言ってのける。  だが、俺としては唐突すぎる。 「でも……部屋は?」 「それは……」  美姫はほおを赤めらせる。 「弟君の部屋……」 「なにぃ!?」  俺はおもわず、といった風に叫んでしまう。  美姫は一転してしてやったりという笑みを浮かべると、ネタ晴らしをした。 「弟君のお母様に連絡したら、お母様の部屋をつかっていいらしくて……ね」 「そ、そうか……」  俺はとりあえず落ち着く。  美姫はニコニコと笑って、続けてこう言った。 「弟君と同じ学年だから、もしかしたら同じクラスになれるかも」 「それはありえんだろ……7クラスだぞ……」  ありえるはずがない、そんな奇跡。 「もう、弟君にはロマンがないなー」  美姫はそういって、料理に手を付け始めた。  俺は思う。  美姫と離れていた数年間、その溝はないようだと。  そして、そっと微笑んだ。 「じゃんじゃん食べてくださいね。まだまだありますから」  優衣がもってきた料理がまたうまそうで――俺としては蒼白だった。 「は、腹が重い……」  俺はゆっくりと、重い足取りでベッドに落ちる。  美姫と優衣は四分の一も食べないうちにトークをはじめた。  そのせいで、結局俺がほとんど全部食べることになってしまった。  朝、昼を食べていないのは確かだが、さすがにつらい。 「明日は……いつもどおり、ふつうでいいよな」  俺は目覚ましをいじくり、なんとかもどした。  一息ついたとき、もう動く気にはなれない。  美姫に会いに行きたいのもやまやまだが、明日の朝に会いに行けばいいだろう。 「さて、おやすみ……」  俺はまぶたを閉じ、ゆっくりと深い眠りに落ちていった。  これは始まりにすぎない……  いや、これからが始まりであろう……  まだ、俺はなにも終わっていないことを理解している……  これからだ。これからが難しい……  俺はどうするか。俺はどうすればいいのか……  それは誰にもわからない……  今の俺にも……