【タイトル】  CROSS!〜物語は交差する〜 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【サブタイトル】  ♯02[生徒会長+副会長+美姫+祐夜VS二竜の男たち](第3部分) 【ジャンル】  恋愛 【種別】  連載完結済[全127部分] 【本文文字数】  14096文字 【あらすじ】  舞台は現代風の孤島『風宮島』。主人公は季節を巡って愉快なヒロイン達との物語を築いていきます。一番の見所であるヒロインは、可愛さ溢れて10人以上!諸所に導入されているバトルロワイヤルも必見です。ほのぼので、ちょっぴりえっちなひと時を、味わってくださいね♪紡がれる、自分の心――届くことを、伝わることを願って――CROSS紡がれた、自分の心――届いた、伝わった、心――想い人との愛を育む力となることを願って――CROSS 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************ 人間は変化を嫌う。  平凡、安定、平等………………  それを壊すものを、人間は嫌う。  異質ーーであろう。  毎日というプログラムに組み込まれていないもの。  人はそれに戸惑いを覚える。  そして、拒絶する。  それは変える事のできない、人の在り方だろう。  拒絶をさせないためにできること……  それは、俺としては簡単なことだった。  CROSS!〜物語は交差する〜♯02[生徒会VS二竜の男たち]  朝だ。  夜ではないことは確かだ。  では、なぜ俺はおきている。  自分からおきるなど、普段はありえない。  しかも、二日連続とはーー 「もしかしてまじめ君覚醒をーー」  ありえない。  俺はそう結論づけ、速く起きたおかげで生まれた時間を無駄にしないよう、俺は部屋をでた。  すると、香ばしい匂いが漂う。  俺は化粧室を無視してキッチンにはいる。 「あ、祐夜くん。今日も速いですね」  いつも通り優衣はいる。  そしてーー 「おはよっ、弟君」  こいつもいる。  ふたりはエプロンを身に纏っている。  優衣は白い、ところどころにひらひらがついたやつ。 「おいーーお前のはなんだ」 「え? おかしい?」  美姫は自分の体をみる。  黄色い生地でできたエプロンに、熊のプリントがされている。  子供っぽいーー 「見ているほうが恥ずかしい」  俺はテーブルに向かう。  二人はキッチンにいるが、美姫はん〜と唸っている。 「そんなに……恥ずかしいかな?」 「そんなことないと思うけど……」  やはり俺の意見は通らないようだ。  優衣の同意で安心した美姫は、料理にもどった。  カチッと言う音とともに、ジュ〜という音が響き始める。  テーブルの前に置かれる一皿ぎりぎりの食パン。  こんがりと焼けている。 「今日は洋食か」 「はい。あとはスクランブルエッグです」  優衣が牛乳がたっぷりと注がれた透明コップを、コトンとならしてテーブルに置く。  俺はゆっくりと皮をかじった。 「俺のだけ。だけどな」  俺は優衣に口元だけの笑みをみせる。  なぜか、俺の分を用意するのが優先らしい。  こういう場合は美姫の分を先に用意しておくほうがいいのではないかと思うのだがーー 「優衣ちゃん。パン焼けたみたいだから運んでくれる?」 「あ、はい」  優衣はパタパタとキッチンに消える。  キッチンはいつの間にか物静かになっていた。  俺はコップに口をつける。 「やっとできたね〜」 「はい。でも一人のときより速くできました」  優衣と美姫がそろってキッチンから出てくる。  美姫はおぼんに皿を三つ乗せ、優衣はふたつのお皿を両手に持っている。 「はい。弟君」 「おう」  とろとろ、というよりは弱固体になった黄色と白のあつあつ。  優衣は俺の隣に、美姫は俺の正面に座ると、それぞれのパンに想い想いのものを塗り始めるーー 「ちゃんと眠れたか?」  俺は美姫に声をかけた。  美姫は手を止める。 「うん。ぐっすり眠れたよ」 「そうか」  親のあまりのもので整えた、母親のベッド。  まったく掃除していなかったが、優衣が整えておいてくれたのだろうか?  俺はそんなことをぼーっとしながら考え、パンにかじりついた。 「今日は朝から快調だな」  俺は歩きながら伸びをする。  両脇には、美姫と優衣がにこにことして俺をみつめていた。  美姫の髪型だが、今日はロングを伸ばしているようだ。  両側の髪をすこしだけ、白いリボンで結んでいる。  ある意味、セミツインテールだろうか。 「俺って天才」 「ん? どうしたの、弟君?」 「いや、気にするな」  俺は思わず賞賛の言葉を口にしてしまう。  ちなみに、こういうのも含めてロングというのだろう。 「なぁ美姫。教科書とかは今日もらうのか?」 「うん」  美姫はこくりと頷く。 「学校に着いたら職員室にいって、先生方にご挨拶して、教室で挨拶してーー放課後くらいにはもらえると 思うよ」 「放課後か」  俺は用事がなかったか思い浮かべる。  すると、優衣がひょこっと会話にはいってきた。 「なら、いっしょに帰ろう? 美姫ちゃん」 「え? でも、時間かかるよ?」 「教科書ならすぐ済むし、きっと量多いから」 「俺もいくんだ」  優衣が俺に目を向けたとき、俺が言葉のあとをつなげる。  美姫は目を丸くし、呆れたように笑った。 「なら、お言葉に甘えちゃうね」  俺と優衣はお互いに目を合わせ、にやりと笑う。 「あ、もう着いたね」  美姫は開け放された校門をみる。  俺はそこで、ふと思い出した。 「そういえば、帰ってきてまだ島見てないんじゃないか? それに職員室も場所知らないだろ?」 「ん、そんなことないよ?」  美姫は俺に目を向ける。  そして、首をかしげた。 「昨日とりあえず全部見てきたし。職員室も、美術室もオッケーだよ?」  俺は唖然とする。  こいつはやはり天才だった。  ご両親は金持ちだと聞いたこともある。  運動神経も良すぎ、頭脳も明晰だ。  そして、性格もいい。  少し話は逸れたが、こいつは行動がはやい。 「そ、そうか……」 「うん。ごめんね、弟君」  美姫はしょぼんとする。  こいつの悪いところ一つ目。  人の好意を拒否るのは、俺限定で嫌いだ。  俺は美姫の髪を軽く撫でてやる。 「気にすんな」  美姫は恥ずかしそうにしながらも、コクンと頷く。  優衣はというとーー 「おまえ、どうした?」 「え、えっちなのはだめなんです!」  優衣は真っ赤になってブンブンと怒ってくる。  美姫も俺も苦笑する。  優衣はそっち系の話に弱い。 「それじゃ、私はいってくるね。弟君」 「おう、美姫」  美姫は俺たちから離れて、少し経ってから振り返って手を振ってくる。  俺は軽く手を振り返した。  そして、美姫の姿が校舎内に消える。 「ほら、いくぞ優衣」 「え? は、はい!」  俺はこつんと優衣の頭を突き、校舎に向かう。  優衣は軽く小走りで俺を追ってくる。  そして、予鈴が鳴り響いたーー 「よく考えたら、奇跡だな……」  俺はむぅっと唸る。  考えるのは先生の話す内容ではなく、朝のことだ。  だれもいなかったのが幸い、みつかっていたら今頃ーー  そこにひとつの、小さな紙飛行機が舞い降りた。  俺が、紙飛行機が飛んできたほうをみる。  にっこりと笑う御劉と輝弥。  俺は訝しげに二人を見ながら紙飛行機を開いた。  そこにはこう書かれている。 『朝から妹キャラと姉キャラを連れて両手に花だね』  俺は二人に驚愕の目をむけた。  二人はすべてを理解しているようで、ニヤニヤと笑っている。  さすが、風宮の悪魔……二竜と呼ばれるやつらだ。  俺の行動が把握されている。 「……っと、ここでひとつお知らせがある」  適当なHRをしていた二ノ宮先生が、いきなり普段よりまじめになる。  生徒は当然、食い入るように集中し、静寂する。 「突然だが……このクラスに新しい仲間がはいる」  俺は一気に思考回路がうごきだしたのを感じた。  というか、考え付かないほうがおかしい。  昨日の夜、今日の朝の会話。それからは、嫌な予感がしてならない。 「この時期ってことは……」  生徒のひとりがつぶやく。 「帰国子女とか、じゃないか……?」  生徒が、そんなことを口走った御劉に目をむける。  御劉は、にやにやとわずかに黒い笑みを返した。  こいつの笑いは、これで平常だ。 「はぁ……御劉のいうとおりだよ……」  二ノ宮はあきれたように言った。  男子生徒諸君は感激の叫びをあげはじめる。  女子生徒諸君はそれを白い目でみていた。 「祐夜さん、どうしたの? 顔が青ざめてきてるよ?」 「……真紀恵。俺の予想事態は急速に必然へと変わりつつあるぞ」  俺の中の確立メーターが急速にあがりはじめる。  真紀恵は、首を傾げた。 「それでは……はいっていいぞ」 「はい」  二ノ宮先生の許可に、朝方に何度も聞いた女声がドアの向こうから返される。  そして、ドアから姿をあらわしたのはーー人として生まれた天使。  俺としては、そう表現しても感嘆は生まれない。  なぜなら、その天使は身近な存在だからだ。  俺の姉となる存在であり、ここ最近帰国した俺と同じ学年の少女ーー 「鷺澤美姫さんだ。これから同じクラスになるから、よろしく頼むぞ」 「………………」  生徒大多数が、言葉をなくす。  ぺこりとお辞儀をした美姫。 「鷺澤美姫です。これからよろしくおねがいします」  生徒は返答しない。  ただ固まったまま見惚れている。  俺はただただ、しどろもどろに焦る。  そのとき、ひとつの拍手が響いた。  それは、御劉の甲高い手のぶつかり音。  遅れて、輝弥が拍手を重ねる。  お前ら、ナイスだーー俺はそう心の中で思いながら、拍手を三重にかえた。  それに共鳴するように、真紀恵が拍手をする。  ひとり、ひとりと増えていき、いつしか盛大な大拍手へと変わっていた。  それに加えて、男子からの口笛なども聞こえてくる。  とりあえず、出だしとしては良かったほうだろう。  俺はほっと胸をなでおろした。 「ここはI have finished eating lunch という文章で、私はお昼ご飯を食べ終えたところです、という現 在完了形になります」 「せ、正解だ。座っていいぞ……」  英語科目担当、はげ隠しの老者だ。  ヅラがある。  本人は隠しているが、この学園で知らないものはいない。  なぜならーーすぐ落ちる。  本人は落としたことに気づかないまま一日を過ごし、次の日には学園中に知れ渡っている。  さらに言えば、その日は茶髪だった。  普段黒髪なのだから、尚更おかしい。  とりあえず、その先生が呆気にとられた。  完璧な発音、的確な説明ーー美姫はすらすらと、不安なき口調で先生の質問に答えた。  帰国子女なのだから当たり前だ、と思うのは簡単すぎる解釈。  こいつは、さらなる上にいる。  天才ーーその一言であらわすしかないところに。  美姫はゆっくりと座った。  男子生徒諸君は授業中でありながらも堂々と見惚れている。  俺としては、美姫がいきなり話しかけてくるという結果にならなくて良かったと思う。  そんなことがあった場合、今日という日を呪わなくてはいけなくなる。  まあいい。俺はぐっすりと眠らせてもらおう。  そして、俺は机に寝そべり、ゆっくりとマブタを閉じた。 「祐夜君、祐夜君……」 「ん……」  俺は、誰かに揺すられる。  抑え目だが、しっかりとした感触が俺の背に触れている。  俺は、ゆっくりとマブタを開けた。  まず入ってくるのは、優衣の姿。 「祐夜君、お昼ですよ……」 「ん? もうそんな時間か」  俺は目をこすりながら、身を起こした。  周りには、いくつかのグループができはじめている。  −−が。 「なぜだろう……視線を感じる」 「どうしたの、弟君?」  美姫が俺をのぞきこんでくる。  そして、はたと気づいた。 「ーー美姫、まさかああなってこうなったか?」 「ん……私のせいじゃないんだけど、優衣ちゃんがいろいろと口を滑らせちゃってね……」 「ごめんなさいです……」  俺のあまりにも不可解な質問に、美姫は的確な答えを返した。  そして、優衣がしょぼんと肩をすくめる。  俺は優衣を励ますように髪を軽くなでた。  俺の体に突き刺さる視線が強まるが、飛び掛ってくる者の気配が感じられない。 「あぁ、優衣。教室でなんかあったか?」 「え? えっと……」  俺は、優衣に小声で話しかけた。  優衣はう〜んと唸り、ゆっくりと口を開いた。 「祐夜君が起きる少し前に、御劉君と輝弥君がクラスの方達になにか話しかけてましたけど……」 「それだな……」  きっと、あいつらは情報操作をしてくれたのだろう。  だから、視線しか俺に突き刺さらない。  本当なら今頃、蜂の巣になっていた可能性も……あながち否定できない。 「で、どうしたんだ?」 「えっとね……いっしょにご飯食べようかと思って」 「いっしょに学食いきませんか?」  俺はふむ、ととりあえずは考える。  だが、結局は予定はないわけでーー 「よし、いくか」 「はい♪」 「うん♪」  そして、俺たちは教室をでた。  すこしして、美姫が口を開く。 「私、学食のメニューしらないから、オススメをよろしくね。弟君♪」 「おう。あとで泣くなよ?」  俺は爆弾メニューを思い浮かべる。  食えない量のカレー、辛すぎるキツネうどん、大量わさびのそば…… 「ふ、ふつうのでいいよぉ……」  美姫はわずかに涙目で俺を必死にとめる。  俺の考えが読めたのだろう。 「できるだけ善処する」 「善処じゃなくて〜」  その後、美姫をいじりながらも食堂についた。  ちなみに、美姫が食べたのはふつうのランチだった…… 「やあ、『miryu』どうぞ」 『ああ、通信不具合なし。どうぞ』  風宮は光と影がある。  祐夜、美姫のいる場所が光なら、彼らのいる場所は影だろう。 「ターゲット『罪深き 禁断の ハーレム』通称『ハーレム君』は現在学食より停止。どうぞ」 『ふむ。『ハーレムの虜』は何人だ? どうぞ』 「二人ーーだね。優衣ちゃんと美姫ちゃん」  通信機を片手に、彼の目にうつるのは楽しげに食事をする三人の姿。  彼の側を通過する生徒は独りもいない。  そして、必然的に彼はだれにも感知されていないということになる。 「まわりの人が微妙に注目してるね。美姫ちゃんにだと思う。やっぱり情報操作じゃ抑えきれないかも。 それにーーこのままじゃ、完全に馴染めないだろうね。それに、過去にあったような『一日五回告白伝説』 が起こる可能性もある。どうぞ」 『ほう。興味深い。伝説をつかうのもいいがーー『ハーレム君』周辺の人間なら、態度を変えなくてはな』 「そうだね。だって僕らの『友達』だもん」  彼の通信機に、笑い声が響く。  少しして、笑い声が収まってくると、彼はこうきりだした。 「それで、動くかい?」 『当たり前だ。行動時刻は放課後。生徒会の方々にすこし遊んでいただこう』 「りょうかい。通信終わり」  彼はそういって、通信機をおろした。  そして、彼の姿を一瞥して、闇に消えた…… 「ふぅ、食った食った……」  俺は満腹になった腹に満足して、机に倒れこむ。  昼休みはまだまだ。教室にいる人も少ない。  そのなか、見知った女の子の姿をみつけた。  一人でサンドイッチをもぐもぐ食べている姿は、見ていてつらい。 「小倉さん」 「え? あ、はい」  小倉はサンドイッチをもったまま、わけもわからずに立ち上がる。  そして、俺をみて首をかしげた。 「たたなくてもいいんだけどな……」 「あ、はい。すみません」  小倉は謝りながら、ゆっくりと座る。  俺は小倉に近づいた。 「いつも一人で食ってるのか?」 「えっと、だいたいはそうです……」  記憶に残りそうにない、本当に小さな声。  俺はテンションを上げて小倉に話しかけた。 「一人で食うのはよくないぞ? 消化吸収が悪くなる」 「……はい……」 「だれかいっしょに食うやついないのか?」 「……」  小倉はうつむく。  とりあえず、俺は浮かんだことをそのまま口にした。 「じゃあ、今度俺と食うか?」 「ッ!?」  小倉は顔をあげ、目を丸くする。  俺は思わず両手を振りながらこういった。 「あ、でも、嫌だったらべつにどっちでもいいぞ? それに、俺は男だし、男と食うのは嫌だよなーー」  俺は弁解しながら、おれ自身も納得する。  やっぱり、思ったことをそのまま口にだすんじゃなかったーー 「……ます……」 「え?」  小倉は普段より小さな声で呟く。  うつむいているせいで、さらに聞き取れない。 「……い、いっしょに……食べてください………………」  小倉は顔をあげ、不安そうな目で俺に言ってくる。  はっきり言って、可愛すぎる。 「あ、ああ。それなら、今度学食でも行こうか」 「……はい……」  わずかに、嬉しそうな笑みを浮かべる小倉。  小倉にとって、これは勇気を振り絞ったほうなのだろう。  やはり、控えめというか人見知りのところがあるようだ。 「あと……その……大丈夫ですか?」 「ん?」  大丈夫ですか、といわれるような状況下ではない。  俺は首をひねった。 「昨日……休んでいたようですし……」 「ああ、あれか」  俺は納得する。  そういえば、なにも言わずに記憶探しをしていた。 「大丈夫。ただちょっとサボってただけだから」 「……そうですか、あまりサボらないようにしてくださいね……」  小倉はにっこりと微笑んだ。  だが、すぐに怯えたような表情に戻る。 「すみません……余計なお世話でした……」 「そんなことないって」  俺はそう言ったが、小倉は作った笑みで恐怖をヒタ隠している。  そのとき、チャイムが鳴り響いた。  昼休みが終わる前の、予鈴だ。 「あ、すまん。邪魔したな」 「いえ……」  俺は自分の席へと向かう。  小倉はまた俯くようにして、サンドイッチを食し始める。  クスクス……  俺が席にもどるとき、ふと耳に笑い声が聞こえた。  俺は声の主を横目に見た。  女子。目立たない女子。可愛いかどうかは不問にしておく。  その女子が、小倉をみてわらっていた。  俺はどす黒いものが渦巻くのを感じながら、それを押さえ込み、席にもどった。  そして、美姫と優衣がもどり、チャイムが今一度ひとつの区切りを告げるように鳴り響いた。  キーンコーンカーンコーン…… 「と、これでHRは終了だ。おつかれー」  二ノ宮先生のその一言で、大多数の生徒が立ち上がったり、おしゃべりをはじめたりする。  俺は欠伸をし、美姫を探した。 「あまくみるなよ」  俺の背後、わずかに右。  そんな位置から声が響く。  俺は固まって、振り向くことができない。 「俺たちはつねに、凡人の三歩先を進んでいる」 「なにを……」  俺はそれだけを、搾り出した。  そして、俺をしぼっていた圧力が消える。  俺は脱力するように倒れかけ、後ろを振り返った。  そこには、だれもいない。  行き交う生徒の波。  俺はにじむ汗を、軽く拭う。 「あ、弟君!」  俺に向かってかけてくる美姫。  その姿に、恥というものはないようだ。 「美姫ーーもうすこし周りを気にしような?」 「祐夜く〜〜〜ん!!」  美姫を超える恥知らずは、胸を揺らしながら駆け寄ってくる。  しかも、手を振って。さらに、目をきらきらと輝かせて。 「……もういい」  俺の周りにはなぜこうも鈍感が多いのだ。  俺はため息を吐く。 「……そういう自分が、一番鈍感だと思うがな」  二ノ宮先生が遠くで呟いた。  俺はそれを聞き逃す。  そして、俺たちは職員室へと向かったのだった。 「これは序曲にすぎない」  御劉はつぶやく。  そして、その眼下には職員室に集まっていく生徒会員。  すべてが、御劉と輝弥の思うとおりに進んでいる。 「俺は三歩先をみている……すでにな」  そして、御劉は消えた。 「で、教科書は何冊くらいあるんだ?」 「ん〜、全部だよ」  俺は、全ての教科を思い浮かべる。 「結構多いな……というか、今日の授業はどうやって受けてたんだ?」  俺のなかには、流暢に答えてた美姫が浮かぶ。 「あれくらいなら教科書はいらないよ?」 「さいですか……」  学校に来なくていいのではないか?  そう俺が思ったとき、優衣がすっとんきょんな声をあげた。 「どうした?」 「生徒会の方々です」  優衣の視線を辿った俺は、俺たちとは反対方向から迫ってくる生徒会の方々を見つけた。  そのなかには、普段とは違って凛々しい顔つきの美乃宮もいる。  彼女たちは職員室前で立ち止まると、美乃宮が指示をだしてあたりに目を配っていた。 「なに……してるんだろうな?」 「そうですね?」 「だれかが、なにかを、盗もうとしてるんじゃないの?」  美姫の言葉で浮かぶのは俺の悪友。  ふむ、ありえるかもしれない。  俺たちは歩みを止めていなかったので、すぐに生徒会員の索敵範囲に突入する。  すると、何人かの生徒会員が俺たちに飛び掛ってきた。 「下がってろ!」  俺は二人を庇うように前にでる。  飛び掛ってくるのはーー二人。 「これで、十分か」  俺は片手を一人の役員に向ける。  俺は殺気を惜しみなく撒き散らす。  少しだけこわばった役員の腕を鷲づかみ、そのまま地面に叩き落す。  ドンっという音が響く。  そして、役員を掴む手をすぐさま離し、身をひねった。  俺の真横を、もうひとりの役員が通り過ぎる。  だが、すぐに上半身を地面に叩きつけることになる。  足をひっかけた。ただそれだけだ。  俺は二人から離れる。  すると、俺に向かって三人の役員が飛び出した。 「そんな少数じゃ、俺には勝てない」  俺は両手をつかう。  俺はひとり。  やつらを薙ぎ倒すには、俺はやつらよりも速く動かなくてはならない。  そう、瞬間的な動きでーー 「余力をのこしながらーー」  俺の手刀で、ひとりが力なく倒れ落ちる。  そいつにかまうことなく、俺のもうひとつの手刀は獲物を叩く。  残り一人ーー俺は役員に背を向けた。  逃げるのではない。ただ回転力を得るための前置き。  俺の脚は遠心力を得て、強力な脚撃を生んだ。  それは、残る一人の役員に深く突き刺さり、吹き飛ばす。  俺はコツン、と足音を響かせて、息を吐いた。 「くそ……あいつはなんなんだ……」  退いていく生徒会役員。  その中の一人が呟く。 「俺はーー三井祐夜だ。それがどうした?」 「祐夜ーーまさか『あの』祐夜か!!」 「トリプルSといわれて恐れられた、二竜を己の腕とするーー」 「まて、なんでそれ!? 俺はそんなの聞いたことねぇぞ!?」  俺は生徒会員を追う。  生徒会員たちは別の意味で追いかけてきたと思ったらしく、全力で逃げていく。  俺は三歩駆けて、やめた。  そして、美姫たちに振り返る。 「私、美乃宮春花。よろしくね」 「美姫です。よろしく!」  美乃宮と美姫はのんびりと、握手をしている。  優衣はその横でのほほんとしていた。  俺との間にテンションの壁があるようだ…… 「……マイペースガールズ」 「ん? なにか言った?」 「いや、なんでもない」  俺に振り返ってきた美姫に、俺は首を振る。  その美姫ごしに、美乃宮が顔をだした。 「やあやあ祐夜君! またはでにしちゃってくれたね」 「向こうが勝手に逃げただけだ、自己防衛は仕方ない、それが世の中だぞ」  俺は美乃宮を軽くあしらう。  実際問題、美乃宮はあまり心配していないだろう。  それを証明するように、美乃宮は更なる追及をしない。 「それで、なんで生徒会がここに集まってるんだ? 御劉か? 輝弥か?」  俺はあてずっぽに選択肢を掲げる。  美乃宮はんーっと唸ると、こういった。 「両方だよ?」 「……まあ、そうだろうな」  俺はふむ、と唸り、普段まったく作動していない思考回路を動かした。 「なんで職員室なんだ?」 「えっとね、怪文がきたの?」 「怪文?」  俺のオウム返しに、美乃宮は頷いた。 「怪文というより、予告状かな。『放課後、麗しき少女たちの痕跡を頂きに参上します 御劉より』って書 いてあったんだ」 「そうか……」  麗しき少女を一年女子。痕跡を情報。と予測すれば、ここに行き着くだろう。  だがーーぬるい。 「やつらがそんなぬるいことはしない。なにかあるなーー」 「資料はいただいた 拍子抜けだねぇ」 「この声は……」 「スピーカーから……」  俺と美乃宮は周囲に目を走らせる。  美乃宮はそばにあるボックスを開けると、棒だけの予備ほうきを取り出した。  それを、横に向けて構える。 「で、ぼくさ〜間違えて美姫さんの教科書まで持ってきちゃったんだよね〜」 「えっ!?」  美姫が驚きの声をあげる。  俺は、スピーカーから聞こえる声を一人の人間と照合する。  そしてーーその名を叫ぶ。 「今度はなにをやらかすつもりだ、輝弥!!」 「ありゃ、やっぱり祐夜にはわかっちゃったか」  校内に響き渡るその声は、おどけた要素を持っている。  そこに、副会長・二ノ宮さんが、数名の役員を連れてやってきた。 「春花!!」  二ノ宮さんは一直線に美乃宮に近づく。  美乃宮は構えを解き、息を吐いた。 「生徒会室のほうは、やつらの潜伏先を見つけたわ。 しかもーー大多数で」 「それはつまりーー」  ダミー。  御劉が用意しておいたのだろう。  見事な連携だ。 「ーーえっと、聞いてもいいですか?」  美姫は小さく手を挙げた。  すぐに、美乃宮が紹介する。 「ーーで、その転校生さんがどうしたの?」 「校内放送は放送室でしかできないんじゃないんですか?」  放送室。  確か、屋上の下ーー3階にあったような気がする。  普段まったく使わないせいで、その場所もうろ覚えだ。 「あいつらがそんな簡単なことをするはずがないわ。 なにか芸を持っているはずよ」 「じゃあーー屋上にいきましょう」  美姫は断言した。  二ノ宮はまゆをしかめる。 「アンターー何言ってんの? 屋上で追い詰められたら逃げられないし、普通は潜伏しないでしょ」 「彼らはーー何枚か上手(うわて)です。 こちら側も、驚愕の一手を指さないといけません」  二ノ宮のすこしドスの効いた声にひるまず、美姫は言い切った。  美乃宮は、すかさず二人の間に割ってはいる。 「ま、ま、ま。いってみようよ。ね?」  美乃宮は二ノ宮ににっこりと笑った。  すこしの見つめあい後、二ノ宮はあきらめたように目をそらし、役員に指示を与えた。 「役員にはその周辺を索敵させるわ。ここにいる全員でいくわよ!」 「俺には関係なーー」 「役員怪我させたよね〜?」 「………………はい、行きます」  俺は思わず挫折しようとするが、強請られた。  俺の両肩を掴んで、ゆっくりと揺らす美乃宮。  美姫と優衣はこくりと頷いている。  そして、二ノ宮を先頭に走り出した俺たち。  俺としては、だれかの策略内にいるような気がしてならないのだが……  輝弥は手の中にあるものを、地面に置いた。  それは、何十にもコードを繋げた、小型マイク。  屋上の外から、放送室の中に向かって伸びている。 「さて、あとは時間の問題、か」  輝弥はつまらなそうに欠伸をする。  そのとき、開け放したままのドアから反響して、いくつかの足音が聞こえてきた。 「結構速かったね、僕としては嬉しい限りだ」  輝弥は立ち上がった。  そして、今から演じなければいけない役を思い出す。  すこしして、屋上は劇場へと幕を開けた。 「まさかーー本当にいるとはね」 「愚問だね、ここに僕はいるという事実だ。それを知る術はいくつもあったはずだ」  二ノ宮の言葉に、輝弥は軽く手を振る。  その手にはーー紙束ではなく、ひとつのメモリーカード。 「あなたの持つのは、1年の身体検査結果ね」 「ああ、これ? うん、そうだよ」  輝弥は場に不似合いな素直さでうなずいた。  二ノ宮のまえに出た美乃宮は、手を差し出した。 「返していただけますか?」 「ん〜」  輝弥はうなる。  だが、それは所詮そうみせただけ。  考えているようには見えない。 「だめ、ごめんね」  輝弥はにこっと笑う。  そして、その身を反らした。  そこを、拳撃が音をたてて通り過ぎる。  輝弥の笑みは崩れない。 「もともと返す気はなかったんでしょーが」 「あ、わかった?」  輝弥の隣を無残に通り過ぎていくのは、二ノ宮。  そこに、ほうきを振り上げた美乃宮が輝弥に迫った。 「ん〜、あれ、なんだっけ。器物破損? プライバシーの侵害? ま、そんなの。それなのに武器なんか振 り上げていいの?」  輝弥はそういいながら、美乃宮の斬撃を避けた。  美乃宮はすかさずほうきを逆手に持ち替え、体をねじり、薙いだ。  輝弥は感嘆の声を漏らしながら、簡単に避けきる。 「当てることを目標にしたんじゃないですよ」  美乃宮はにっこりと笑う。  そして、伸ばされた片手は輝弥の片腕を掴む。  輝弥はわずかに目を見開きながら、その場を退いた。 「………………やられた」  輝弥は手を開閉する。  その手に、メモリーカードはない。  美乃宮は片手に持ったメモリーカードを、張り裂けそうな胸ポケットにいれる。 「……反則だ。そんなとこに入れられたら取れないじゃないか」 「ならここで死に晒しなさい!!」  輝弥に向かって、猪のごとく駆ける二ノ宮。  輝弥はそれを軽くかわしーー 「チェック・メイト」  輝弥の片足を掴んだ二ノ宮の手。  二ノ宮はそのまま力の限り輝弥をなげた。  輝弥は宙を飛び、見事に着地する。 「サルじゃない、か。サルなら楽だったのに……」  輝弥は目を走らせる。  そして、駆けた。  美乃宮のほうへとーー  俺はその進路を妨げようと、二人の間に割ってはいる。  輝弥はにやりと笑うと、進路を直角に曲げた。  そのさきにはーー扉と、優衣と美姫。 「あ、バカ!!」  俺は輝弥を罵倒ならぬ、同情を放つ。 『美姫に勝てるものはいない』その言葉を言いたいが、どうでもよくなってきた。 「優衣ちゃん、動かないでね」 「はい」  優衣はわかっているので、体を硬直させる。  そして、『ソレ』は一瞬であった。  美姫は振り向きざまに、予備動作なく輝弥を吹き飛ばした。  蹴撃は、音もなく残像もださず、輝弥を屋上の端まで吹き飛ばす。 「あ、あれれ?」  輝弥はことがわからず、ただ目を丸くする。  殺気すら感じる暇なく、渾身の一撃を放った。  やはり、『俺に体術を教えた美姫』はこれほどまでの実力をもっていた。  美乃宮はおどろきながらも、輝弥の捕獲をしようとしてーー 「そこまでだぁ!!」  いきなり響き渡った声を聞いた。  それは間違いなくーー御劉。  そして、屋上を煙幕が覆った。  共に聞こえてくる、へりのような音。  煙が消えたとき、そこにはなにもなかった。 「……逃げたな」 「……逃げられちゃったね」 「……逃げられたか」 「……逃げられちゃいました」 「……私の教科書は?」  美姫の言葉で、教科書を思い出した一同。  だが、どこにもおちてはいない。 「ま、まあ。予備もあるだろうし」  美乃宮が美姫に微笑む。  美姫は、美乃宮に微笑み返した。  終わったーーでいいのだろうか。 「なんかーー疲れた」  俺は堂々と脱力する。  美姫、優衣、美乃宮は楽しそうに笑った。  二ノ宮はふぅとため息を吐く。 「……あの、美乃宮さん。お願いがあるんですけど」  美姫は真剣な顔つきで美乃宮に話しかけた。  美乃宮は美姫の考えを読めず、ただ首を傾げる。 「えっと……生徒会の役員にいれてほしいんです……」 「ちょっとまったぁぁぁぁ!!」  俺は思わずマッタをかける。  そして俺の中に生まれる過程。  美姫が生徒会に入る。      ↓  殺人鬼(?)がはいることによって、悪者の大多数がいなくなるであろうことは確実。      ↓  だが、死者が出る可能性もある。      ↓  それよりも、生徒会役員をシゴイたりしたら殺人鬼トークンが生まれること間違いなし。 「だめだ、絶対にだめだ、死者がでる!!」 「大丈夫だよ、弟君」  美姫はにっこりと笑う。  清琴の表情のまま、こう言った。 「手加減はするから。植物状態までに抑えるね♪」 「そっちのほうが生き地獄じゃぁぁぁぁぁ!!」  叫んでばかりの俺だが、叫ばずにはいられない。  美姫も、俺が叫びやすいような答えをだしてくる。  つまりは、一種の漫才だ。  だが、俺は本気で止めている……でもきっと…… 「採用♪」  美乃宮は一言そう告げた。  美乃宮は生徒会長、時期的にはずれていても有力人材なら生徒会に入れることも可能だろう。  ……俺の努力は無駄に終わった…… 「ありがとうございます!」  美姫は美乃宮に頭を下げた。  そして、俺にガッツポーズをする。  その笑みは、本当に嬉しそうだった。  ……仕方ない、か。  ……できるだけ止められるなら止めよう。  俺はそう思いながら、ため息を吐いた。 「腹減ったな……」  俺の言葉に賛同するように、腹の音が響く。  俺がいるのは教室。  無言と、静寂に包まれた世界。  唐突に、俺はこの世界に独りなんじゃないかと思う。  だれもいない、そんな世界でただ一人存在する。存在し続ける。  その無言という膜を突き破る音が、俺を呼び戻した。  その音は教室に出入りするために必要な、ドアの摩擦音。 「おう、またせたな」  御劉が、すました顔で姿をあらわした。  その手には、いくつかの本束。 「……教科書はいらなくなったぞ」 「俺のとこに置いておくには多いからな。 なあに、どこかに放置すれば優秀な掃除係が処理してくれる」  はぁ、と俺はため息を吐いた。  さて、なぜ俺がこいつと会っているのか、わかる人はいるか?  なぜかというとーー 「あのときもらった紙飛行機に書かれた時間から、だいぶ遅れてる」  俺は朝のHRに投げられた紙飛行機をひらひらと振る。  御劉はすばやくその紙を掴み取ると、投げ捨てた。  落下音は響かず、俺の視界から闇へ消える。 「ーーで、今回の事例はなんのために起こした?」 「なんのことだ?」 「とぼけるな、怪文で送った内容は囮だろ」  御劉は感心したように、笑みを浮かべた。  そして、御劉は人差し指を俺に掲げる。 「ひとつ目はーー」 「女子のデータをいただくこと。 お前のことだ。コピーはとっているだろう」 「それはどうかな」  御劉はうまく、俺の鎌かけを避けた。  そして、御劉は中指を挙げた。 「ふたつめーーもうひとつの目当ての物を手に入れさせてもらった」 「ーーやっぱりな」  俺はさっきの自分の発言を思い出す。  御劉は親指を挙げた。 「そして三つ目ーーニュータイプの力量を測らせてもらった」 「……生徒会にはいること、わかってたのかよ」 「愚問だ。俺を把握しているだろう」  俺はため息を吐く。  俺はこれを聞きに来た、これを聞きたかった。この答えを幾分かは予想していた。 「それじゃ、帰るよ」 「そうか」  俺は御劉の開け放したドアに手を当て、教室をでていった。  コツ……コツ、と足音が響く。  その足音を消すように、今日という日の最後になる鐘が鳴り響いた……  俺の足音が響く。  祐夜に『本当のみっつ』を教えることはできなかった。  コピーは取っていない。取る必要はなかった。  興味がない資料だからだ。 『こちらteruya。ハーレム君の校門通過を確認』 「りょうかい。潜伏解除」  俺のその一言で、どこからともなく輝弥が姿をあらわす。  輝弥は幼い笑みを浮かべていた。  それは外見とともに、本当で無邪気にみえる。 「祐夜に伝えなかったね。『ふたつ』」 「まあいい。伝えなくても構わないことだ。 彼は、知らなくてもいい権利がある」  俺は言い放った。  これは所詮『蛇足』なのだ。  我々が干渉しなかったとしても、場は安定へと整えられる。  未来を考えた『蛇足』は、少なからず無駄となる可能性が高い。 「美姫さんは転校生。この場になじむには時間がかかる。拒絶されるかもしれなかった。それを、一瞬にしたのは僕たち」 「彼女の性格上。なじむのにそう時間はかからなかったはずだ」 「でも、その『少し』で、何かが変わっていた可能性もある」 「不幸な場合はできるだけなくさなければならない。たとえ、幸いが一人にしか微笑まないとしても、不幸 の程度に干渉することは可能だ」 「そして二つ目がーー彼の願」  俺は彼を思い浮かべる。  彼は、俺たちに話しかけた。  俺たちの友となってくれた。  俺たちは望んでいなかったというのに。  だが、なくならなくてよかった。  今だからそう思える。  だから、これは恩返しでもある。  友情と、俺たちの意思をくれた彼に、ありがとうというーー 「彼は願った、はらはらどきどきの日常を」 「そして、僕たちは彼とCROSSした。そして得たものの代償を、彼へと還す」 「俺たちは俺たちをかけることを惜しいとは思わない」 「なぜならーー十分、幸いを得たから、得ているから」  アドリブの、おもしろみのない会話の交差、できそこないのドラマのイチシーン。  俺は不敵に笑うことでそれを終えた。 「では、また明日」 「うん、また明日」  そして、俺たちはほとんど同時に、その実力を惜しみなくだして、帰路を急いだ。 「ふぅ……食った食った」  俺はベッドに倒れこんだ。  美姫特製『みッそッスぅープ』が、俺の腹で揺れている。  何倍飲んだかはーー考えたくもない。 「今日もいろいろあってつかれたな……」  思い浮かべる、今日一日の出来事。  疲れたが、なにか充実したものがある。 「つまらないのもいいけど、楽しいのはもっといい」  満腹により、その次に大切な睡眠欲求が俺を飲み込む。  明日は休みだ。タイマーはいらない。 「おやすみ……」  そして、俺は眠りの湖へと、深く深く落ちていった……