【タイトル】  CROSS!〜物語は交差する〜 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【サブタイトル】  ♯FINAL[終わりの夜に、はじまる何か](第34部分) 【ジャンル】  恋愛 【種別】  連載完結済[全127部分] 【本文文字数】  14513文字 【あらすじ】  舞台は現代風の孤島『風宮島』。主人公は季節を巡って愉快なヒロイン達との物語を築いていきます。一番の見所であるヒロインは、可愛さ溢れて10人以上!諸所に導入されているバトルロワイヤルも必見です。ほのぼので、ちょっぴりえっちなひと時を、味わってくださいね♪紡がれる、自分の心――届くことを、伝わることを願って――CROSS紡がれた、自分の心――届いた、伝わった、心――想い人との愛を育む力となることを願って――CROSS 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************ 『本当にお別れなの? もう帰ってこないの?』 『うん――ごめんね』  泣き出しそうな少女が居た。  ぼくには信じられないようなことを告げられて、ふいに目の前に居る少女がぼくの目の前から居なくなる幻想を見て、でもそれは夢じゃなくて―― 『いこう!!』 『え?』  ぼくは《あそこ》に駆けていた。  最後に一度だけ《あそこ》に二人でたちたかったから、ぼくは追いかけてくる時間に逆らうように、最後の幕降ろしをしようとしたんだ。  そう、ぼくは最後に等しいことをしたいと願って、この子と最高の記憶をつくりたくて、今まで助けてくれた恩返しがしたくて――  ぼくはちょっぴり、大人になったんだ―― 『はぁ……はぁ……はぁ……』  夜が近づく。  少年は、少女の手を離さないというように、強く握りこんだ。  少女は戸惑いながらも、少年についていく。  あるとき、少年の目には《あれ》が映った。  漢字が彫られた石がある、少年よりもおおきな壁。  そして、二つの壁の間には等間隔に隙間の開いた、少年よりも高い鉄の柵―― 『風宮高校――』 『え? なんでこんなとこに来るの、弟君?』  少女は少年の呟きに反応し、疑問をあらわにする。  だが、少年は少女に不適な笑い声を漏らすだけだった。 怖くないから、早く登ってきなよ』 ――ここはどこだ?  俺の記憶に問いかける。  古びた校門。  それに上る少年。  それを見上げる少女。  おぼえている。おぼえていない――曖昧なピース。  俺は虚空に、その鮮明を見出そうとする。 『だめだよ、怪我しちゃうよ』  俺の思考を打ち破る少女の、慌てた声。  少年は校門を股の間にして、少女に手を伸ばしていた。  俺は目を凝らすが、少女の顔も、少年の顔もぼやけてみえない。  いや、すべてがぼやけているのだ。  水面(みなも)を覗いたときのような、曇ったガラス越しに見たような、不鮮明にして、屈折光によって歪曲された風景。  そんなものに酷似していた。 『怪我なんてしないって、いいからこいよ』  少年は少女が怪我をしないように、両手で抱えようとしているようだ。  少女は何度か手の伸び引きをして、少年の手にようやく触れる。  少年はにやりと笑うと、少女を一気に引き上げた。 『きゃぁっ!?』  少女は一瞬おどろいたのか、びくんと少年から離れるようにもがく。  少年はそれを押さえ込み、校門の上に座らせた。  少年は少女を安心させるような、無邪気でいて暖かい笑みを浮かべる。 『せ〜〜のでおりるぞ?』  少女は頷く。  視線は下に伸びている。  小学生ほどの者にとって、高いのだろう。  少年はしょうがないなぁと呟くと、校門を降りた。  見事な着地――砂煙の舞う量、少年の屈み具合、それらから失敗していないことはわかる。  少年はゆっくりと姿勢をもどし、少女を見上げた。  隣にいた、支えていてくれた存在の消滅で、少女は校門にしがみついて首をぶんぶんと横に振る。 『俺を信じて、絶対受け止めてやるから!!』  少年は腕を広げ少女に言い聞かせる。  少女は目に涙を溜め、潤ませながらも、勇気を振り絞って少年にむかって飛び降りた。  着地を考えない飛び降り――少年がいなければ捻挫ものだろう。 『な? なんともないだろ?』  少年は腕のなかにいる少女に、満面の笑みを浮かべた。  少女は真っ赤になってぷるぷると震えていた。 『もう! 怪我しちゃったらどうするの! お姉ちゃん許しませならね!』  先ほどまで汐らしくしていた少女が、びしっと少年に怒る。  少年は苦笑いを浮かべ、少女を静めた。 『すごい……』 『すげぇな……』  少女と少年は窓から外を覗き込む。  いつもは感じられない、いつもは見られない、広大な光景を目にしている。  歩いてきた道が小さく見え、黒く染まり始めた空が見える。  少年は少女の横顔を見た。 『美姫、約束だ』 『え?』  少年は少女から手を離す。  少女は少年の行動を読みきれない。 『おまえが外国にいくなら、おまえが帰ってくるまで俺はこの島で待っててやる』 『あ……』  少年は少女に拳を突き出す。 『次に会うときまで――俺はお前と手をつながない。お前が帰ってくるまで――俺は泣かない』  お前が心配しないように――その言葉を少年は飲み込む。  少女は頷く。泣きそうな目で。でも泣かないで。 『ここで再会だ。それまで俺は……ぜったいに……泣かないからな……』  少年は笑みを浮かべる。  少年のできる、最大の祝福。  別れたくないという気持ちを押し込んで、少年はただ別れを理解した。彼にできることのすべて。 『……また会おうな』 『……うんっ!! ぜったいに、またここで……』  泣かない。  子供の彼らができる、大人らしいこと。  そして、少年は――俺は――泣かなかった。  約束を、守るために――  彼女も――きっと――  なぜですか、なぜ私は間違えたのですか。  なぜ私は誤ったのですか。好きなのに、断固として好きなのに。  その断固が証明できないのは――なぜですか?  そしてすべてが不協和音。  何者も理解し合えることはなく、紡がれるは。 「ガァァァ……アアアアアア!!」  止まらなくなる。  防衛本能ではなく、勝利を欲するのみに力を振るう。  型も何もない、神速の一撃が薙がれた。  それに対峙する、優しさの神。  一撃に対する報復は二撃などではない、連撃に連撃を重ねた圧倒的な殺戮。  俺の身体は事切れたように止まった。  神の名は、優衣。  息を荒くしながら、酸素を少しでも多く取り込む。  優衣は、呼吸を乱すことなく俺を見下ろしていた。  壁の色と同色のドアが開き、二人の男が入ってくる。  顔を上げることもままならない俺は、視界の端に映った人影を見つめた。 「三井妹よ、発狂間隔は?」 「およそ二時間。最初の頃よりかは精神力が復活してきたのか、長くなってきています。 あの頃より――制御も、できているようですし」 「優衣ちゃん一人で押さえられるくらいに、ってことか。さすが祐夜だね」  男二人が屈んだ。  俺の顔が持ち上げられ、男二人の顔を見ることができるようになる。  輝弥、御劉―― 「あ、優衣ちゃん。この薬を飲ませてあげて」 「はい」  俺の顔を持ち上げていた人が、御劉から優衣に変わる。  視界の外で優衣の片腕が何かを掴んだようで、それを口に含んだ。  そして、ゆっくりと、優衣の顔が、俺に近づいて。  零となる。  唇に押し当てられた、生暖かい感触。  口内へ侵入した硬体を、しっかりと飲み下す。 「見た目でいえば、ディープすぎるキスなんだがな……」  全身に駆け巡った電撃。  神経がほぐれ、ひとつひとつが明確に。  研ぎ澄まされていくのとは反対に、沈み込むように力が失われていく。  意識と肉体の分離とでもいえばいいのか、はっきりとしている意識であっても目眩に似た浮遊感や思考回路の麻痺が酷い。  先ほどの呟きをした御劉に今ある全力の拳を叩き込んだ。  眉ひとつ変えない御劉をみて、悪態を漏らす。 「今お前が飲んだものは、前に『暴走』したときと同じものだ。 二ノ宮先生の作成薬。お前の中で耐性ができてることも考えて、今俺たちにできる限りのことをした。 ――半日だ」 「それだけありゃ、いいだろう」  精神安定剤だろうか。  よくはわからないが、ヤバイものなのだろう。  そんなもので立ち上がっている俺は――やっぱり、酷い状況なのか。  古ぼけた実験室。本はきっちりと並べられてはいるものの、それでも混雑している気が晴れない。  一歩ごとにギィッとなる木の床を踏みしめて、俺は一度大きく息を吸い込んだ。 「今日は――夏祭りだったな」  皮肉にも、夜味が深い空には雲ひとつ浮いてはいなかった。  この風宮島と、そこに住む人々と、俺と、俺の運命と、それに関わる者すべてに――幸(さち)あれ。  CROSS!〜物語は交差する〜♯FINAL[終わりの夜に、はじまる何か]  私が駄目なんだ。  私が全部悪いんだ。  私が裏切ったくせに、もっと弟君のことを好きになって、だから――こんなにも胸が痛む。  弟君は私へと手を伸ばしてくれたのに。  私はそれを振り払って、決別をして。  それでも、弟君を大切に想う気持ちは静まらなくて。  それ以上に――胸を締め付けるもやもやが、鎮まらない。  弟君はやっぱり強いんだ。  昔みたいに、私に頼ってくれない。  否――昔の、あの頃も、弟君は強かった。  私が守ってると思ってたのに、私が弟君を背負ってると思ってたのに、私が弟君を手引きしてると思ってたのに。  私が外国に行ってしまった、あの頃――聞かされたとき、私なんかは何日経っても悲しんでいるだけだったというのに。  弟君は、私の口から聞いて、すぐに微笑むことができた。  無情じゃない。むしろ、暖かい。  その暖かさに、結局私は救われて。  私は助けてるつもりで――ずっと、ずっと、助けられてる。  大切なところで、いっつも助けられてる。  そんなことに気づくのも、今更なのかもしれない。 「今日も……独り、か」  朝。  だるいままの身体、浅い眠り。それでも、起き上がる。  弟君が、女の人と抱きついているのを見た次の日が、今。  リビングに下りて呟いた先には、何もないテーブルの上。  伊里嶋君と出かけたあの日から、一週間くらいだろうか。  夏休み中の私とは、明暗が分かれすぎている。  そう――あの時の私と、今の私。降りたことを深く痛感する。  お姉ちゃんなんてもう言えない。それどころか、ここにいることさえも――  この島に、安らぎを求めてしまった愚者の結末が、これか。 「もう……この島に、私のいるところは、ないか……」  呟いて、悲しくなった。  空腹感もない。今日は休み、外に出ることもない。  外に出る理由もない。  弟君がすべてだった私に――何をしろと、言うのか。  私は身を翻して部屋へともどった。  ドアを閉めて、それだけでやることがなくなってしまい、私は崩れ落ちる。  走ってなくては、何かをしていなければ、すぐに折れてしまう不安定な心。  ふと、頭に何かが閃いた。  弾かれるように顔をあげようとして、重い頭がゆっくりと持ち上がらないのに焦燥感をおぼえつつも、カレンダーを見れるところまで顔が上がるのを待つ。  上へ上へと変わっていく視界に、今日の日付が映った。  そこには、夏休み前の幸せな私が付けた――花丸が。 「夏祭り、か……」  弟君が起きるまでに優衣ちゃんと浴衣を着て、弟君を起こしにいって。  きっと弟君は恥ずかしそうにいろいろ言ってて、優衣ちゃんはしどろもどろになってて、私がそんな二人を見て喜んでて。  結局お祭りには出遅れちゃって、ぶつくさ言う私に弟君が反論して、それでも結局私が勝って、弟君が苦笑いして。  弟君の反応ひとつひとつに、私は喜んだり悲しんだり、不満になったり恥ずかしくなったり。  でも、結局は――とっても楽しい気持ちになるはずで。  弟君は優しいから、絶対そうなるはずで。  きっと私なんかじゃ受け止め切れないだろうな、どうせならみんなに分けてもいいし、でも、あんまり他の娘ばかり見てると嫌になるけど、そんな弟君だから好きなんだけど―― 「何やってんだろ、私……」  頬を涙が伝った。  重みなんかないはずなのに、耐え切れなくなって私は身を折る。  ――息が、吸えない。  吸ってるはずなのに、酸素が取り込まれているはずなのに、それでもつらい。  声がだせなくなる、意識が遠くなる。  意識をかき集めて、集中を作る。  手の感覚がない、強く拳を作ってるのに痛みがない。  でも――胸をきりきりとする痛みだけが明確。  私はもう諦めていて。  すべてを両手から零していて。  あとは自分を手放すだけで。  弟君の微笑みを思い出して、小さく謝罪の言葉を呟こうとして、そんな力もなく意識が霧散しそうになって――  誰かに、抱きかかえられた。  足が宙をぶらついて、思わず目眩のような吐き気に襲われる。  でも、私を抱きかかえる何かはとっても暖かくて。  私は弾かれるように、顔をあげた。  そして、目を見開いてしまう。 「……美姫姉。なんか、久しぶりな気がする」  待ち焦がれていた、弟君の笑顔。  やっぱりそれは穏やかで、優しくて。  でも、前にみたような貼り付けた笑みじゃない。本物の笑顔。  私はこの笑顔を、裏切った。  私自身が、私を裏切ったんだ。 「美姫姉。友達は、この距離まで来た」  弟君が近づく。  弟君の瞳の中に、私がいた。  私には遠のくことができない。抱きかかえられてるから。とりあえず、そういうことにしておく。  ――離れたくないから。 「美姫姉。もっと近くに、いてくれないか?」 「…………」  固まる。  弟君の言葉が続く。 「美姫姉。俺は、美姫姉をもっと近くに置きたい。 友達の距離よりも、もっと近くに」  私の顔を上から覗き込んでいた弟君が、私を更に持ち上げる。  私の顔と弟君の顔が同じ高さになって。 「美姫姉――好きだ」  待ち望んでいた言葉。  私が欲していた、距離。  離れてしまったから、その曖昧な想いはくっきりと明確なものとなっている。  答えは決まっていた。 「私も好きだよ……弟君っ!」  両腕を弟君へ回す。  あっというまに私の視界は弟君で埋め尽くされて。  距離は、本当の零を迎えて。  私の想いと、弟君の想いが――やっと、交差したのを感じた。  すぐ後に、優衣ちゃんがもどってきて。  私が優衣ちゃんに目をあわせられないでいると、優衣ちゃんが唐突に告げた。 「はやく着替えないと、時間足りなくなっちゃいますよ?」  にっこりと微笑まれて、私の中のもやもやも消える。  優衣ちゃんにちゃんとした笑顔を向けたのは、多分久しぶり。  そんなに時間は経っていないだろうけど、それでも、微笑むことに懐かしみが湧く。  元の鞘にもどれたわけで。  私は、今までと同じように自分でいられるわけで。  ――違うか。  もっと、近づいた。  お姉ちゃんじゃなくて、もっと大切な位置に動いた。 「恋人さんかぁ……てへへ」 「美姫ちゃん、嬉しそうですね」  目を細めた優衣ちゃんも嬉しそうで。  本当に弟君――お兄ちゃん想いなんだと、今更ながら実感する。  子供の頃はそんなんじゃなかったけど――いまや、いろんな意味で弟君に誠心誠意全身全霊でお仕えしてる優衣ちゃん。  ちょっとえっちかな…… 「でもでもぉ、優衣ちゃんみたいなおっきいお胸さんがほしかったなぁ〜」 「動いたらずれ――も、もう!」  浴衣を着るのを手伝ってくれてる優衣ちゃんが、私が振り返ろうとしたのをがしっと掴んで止めてきた。  背中に当たる感触がしっかりしていてなんかショック…… 「……美姫ちゃん」  耳元で呟かれた。  こそばゆい。それよりも、優衣ちゃんの意図がわからない。  ――百合色の未来が待っていたり、しちゃう!?  わわ、恋人さんができたと思ったら、波乱万丈な人生…… 「祐夜さん、いろんなこと一人で背負っちゃいますから。美姫ちゃんといっしょですね。 祐夜さんの悲しいこと――美姫ちゃんも、背負ってあげてくれますか?」 「……優衣ちゃん。ちょっと違うよ」  優衣ちゃんが強張ったのを感じる。 「悲しいことも分け合うけどね、楽しいことも分け合うから、背負うだけじゃないんだよ。 ――楽しいことは、二倍かな? でも、弟君とだったら三倍にも四倍にもなりそう♪」 「……」  私の背にもたれかかってきたらしい優衣ちゃん。  私は振り返らずに、優衣ちゃんを支える。 「………………おねがい、します……」  消えてしまいそうな、搾り出された声には。  氷山の一角ほどでも、私にとっては深いといえる想いが込められていて。 「おねがいされちゃうね♪」  私は、私らしい答えを返せたのだと、思う。 「……」  ええと、どちらから紹介しようか。  思わず身体の衰退度も忘れて悶絶しそうになったが、なんとか耐えた。  時間的にはまだ昼間。だが、空は真っ暗だ。  夏の終わりごろ、この風宮島のほとんどが【恒久の夜】に包まれる。  理由がどうとかはあんまり気にしてない。ただ、これが終わった後が秋となっているため。【終わりの夜】とも言う。  夏を大いに締めくくるという意図と、花火が美しいということで、夏祭りが行われるというわけだ。  それで、我が家の住人――女子のみ――は、和を極めたらしい。 「どうしたの、弟君?」 「変でしょうか……き、着替えてきましょうか!?」 「優衣、マッタ。マッテクダサイ」  やっぱり血が濃いほうからいっていかないとな。うん。  ということで優衣の服装は……  黄色い浴衣をを押さえる桜色の帯がきついのか、胸を苦しそうに押さえた優衣は、髪を……形容できない。ええと……上のほうでぎっちりと、ひとまとめにしている。  元々性格や行動が幼いが故、そっちの意味では浴衣が似合っている。  容姿やバストとのギャップが――大いにそそる。  デジカメもってきたらよかった……というか買っといたらよかった…… 「もう! 優衣ちゃんばっかり見てず〜る〜い〜。それとも、もう不倫!? お姉ちゃんは弟君をそんな恋人さんに育てたおぼえはないよぉ〜」  ぶうっと頬を膨らませた美姫は、爽やかな青の浴衣を着ている。  髪は、左右の二箇所を白く細めのリボンで止めて、垂れ流しにしている。  ウェーブのある髪だからか、リボン止めは飾りのようなものになっていた。 「美姫〜可愛いぞ〜〜」 「そ、そんな子供扱いしても! ………………嬉しくてお姉ちゃんたまらないのぉ〜」  美姫が溶けた。  俺はさらさらと流れる美姫の髪に指を這わせつつ、抱き寄せる。  小さく声をあげるが、頬を赤くしながらも俺へとしなだれかかってきた。  そうされると――俺も、恥ずかしくなってくる。  俺と美姫がどぎまぎとしているのを、更に隣で見ている優衣は目を細め。  ――嬉しそうに微笑んでいた。 「こちら【ドナテルロエース】状況把握要請」 「了解。気象情報により今夜は快晴と予測。計画は予定通り。 【ボインちゃん】の扇動行動開始時間まで数分。どうぞ」 「確認した」  無線機をしまう。  足元に転がっているのはちょっとヤヴァメな火薬たち。将来的にはボカンといく。  まあ、悪いことではない。悪いことなのだが、悪い方面ではない。  俺の手にあるのはマッチの箱。一本二本三本四本――とにかく、たくさん、マッチが入っている。  何をするのかといえば。 「わが親友のためにでっかい花火をあげてやるのだよ……ふふふふふ」  正しくは、親友のためだけではない。  親友の親友、のためでもある。  言ってはいないが、力み具合でわかる。  あいつにも想い寄せる人ができたか――恋に現を抜かすと、俺でもヤバイな。  だが、我が麗しき彼女様は浴衣姿も本当に可愛く美しいだろうから、仕方がない。  夜と同じほどの暗さになってきた空を見上げながら、ざわめきに包まれた露店からの光から目を逸らす。 「祐夜さ〜ん♪」  俺を呼ぶ声を聞き、夜空から目を離した。  視線を下すと、片手に金魚の入った袋を、もう片手にリンゴ飴を持った優衣がこちらに微笑んでいる。 「……いくらなんでも、はしゃぎすぎだろ」 「楽しまなきゃ損だよ、弟君♪」  優衣の後ろからパッとでてきた美姫は、優衣よりもグレードが高かった。  頭にお面、右手にヨーヨーと金魚、左手に射的の景品とスーパーボールとわたあめ――満面の笑みに向かって盛大にため息を吐いてやる。 「弟君、もうそろそろしたら花火だよ♪ どんな花火があがるんだろうね〜、楽しみ♪」 「……お前達らしいなぁ」  もう開き直って褒めてやる。  優衣も美姫もはっちゃけまくってるが、浴衣が崩れていない。  そこに気を使うほど、余裕ということだろう。  優衣と、美姫の微笑みに――嘘はなかった。  俺とは違って。 「え、ええと、花火のことなんですけど……風見学園の、屋上とかはどうですか?」  優衣が引っ込み思案になりながらそう言う。  ん〜と唸りつつ、考えた。  確かに、人はいないだろう。その代わりお化け屋敷のようなところを通ることになるが。  だからといって、むし暑いこの人だかりで花火を見るのもどうだろうか。 「しゃあない、行くか」  俺はそう言って先陣を切った。  目指すは、風宮学園―― 「【ドナテルロエース】へ。目標【ハーレム君】は風見学園へと移動開始。 カウントダウン開始」 「了解。通信終わり」  再度無線機をしまう。  頭の中で千秒弱のカウントダウンを開始しつつ、考えた。  ――輝弥は敵ではなかった。  波乱を生んでいたのもこの日のためであり、祐夜から【あいつ】を取り除くための情報会得期間ともいうべきもの。  大丈夫、祐夜なら――自分で自分の尻拭いができる。  なぜなら、俺の親友だからだ。  思うことはもうひとつ。 「上手く告白しろよ……我が親友二【ドナテルロエックス】」  俺は、残りカウントを二桁にしつつそう思った。  暗い廊下を抜け、通常の屋上へと辿り着いた。  灰色に近い白の床は、どこも同じだろう。 「柵が邪魔にならないかな?」 「んー……まあ、大丈夫じゃないか?」  虫除けスプレーは必要なさそうだ、などと思いつつ美姫に答えた。  青の、耐久力があまり高くない柵を五指で掴む。  網目状のその柵は掴んだだけで揺れるものの、柔軟性があるのか、壊れる様子はない。 「美姫姉と花火見たのって、いつが最後だったっけな?」 「ん〜、あの頃は夏祭りに行かせてもらえなかったもんね。あ、でも、線香花火はしたっけ」 「消えちゃ駄目〜とか叫んでたよな」 「も、もう! 子供の頃なんだからいいの!」  美姫の反応を見て、思わず笑い出しそうになった。  笑ってやると、不満そうに頬を膨らませる。 「優衣は、花火の先が落ちてきてやけどしそうになったな。今は大丈夫か?」 「……うぅ」  反論もできないらしい優衣。  完全勝利。俺は心の中でガッツポーズした。  さらに弄ってやろうと意地悪な笑みを浮かべた俺の視界に、光が瞬く。  美姫と優衣の視線が、光が発せられた方向へと釘付けになっていた。  俺はそちらへと目を向け、わかった。    ゆらゆら舞い上がる。  そして夜空に弾け、輝き、消える。  その光景は、淡く、儚く、美しく……。  赤や緑や黄。そんな華が夜空に咲き誇る。眩しいくらいに美しい、色とりどりの華達が――  鮮やかな空の妖精達に、美しいものがあると俺は断言できるけど。  ちらりと、地に舞い降りた女神を盗み見た。  華の発する光に彩られた美姫の横顔は、とても幸せそうで。 「……美姫姉」  はっと振り返ろうとした美姫の肩に片手を乗せ、引き寄せた。  ぼんやりとした温かみが、とても強いものに感じられる。  俺の首元に、柔らかい髪が押し当てられた。 「弟君。我が儘してもいい?」 「……何?」  美姫が俺の顔をまっすぐと見てきた。  抱き寄せる腕を緩め、美姫と向かい合うようにする。 「――キスが、ほしいの」  動揺はしない。  胸の軋みが、非情にも今強みを増した。  薬が切れた――薬の莫大な効果がひしひしと感じられる。  身体が鉛のように重くなり、全身を駆け巡っていた力がなくなり、精神と肉体が切り離される。  立つことすらもできなくなっている自分――力が零れ落ちていく幻覚を感じた。 「……弟君?」  貼り付けた笑みすらも浮かべることができない。  束縛。肉体という器から解き放たれる、自由という束縛。  俺は五感が麻痺していくのを感じ取りながら、美姫の両肩を掴む。  何かを呟こうとしたけど、無理だった。  守るということの不安に耐え切れない、曖昧で弱い俺。  今も、怖かった。  守る力が俺にはある。でも、それ以上の奪う力が現れたら。  どんなに強くなっても、上には上がある。そして、俺は絶望と不安と恐怖に溺れる。  そんな弱い俺が【あいつ】  少し背伸びをして、強がっているのが【俺】  抗うことのできない運命に直面したらと思うと、足が竦みあがるのを止められない。  弱音を吐きそうになる。多分、それが引き金になって壊れてしまう。今まで築いたものすべてを、自らの手で壊すことになるだろう。  みんなが俺に失望する、守れない俺に失望して離れていく。  そんなことを考える屑が――弱くて弱くて仕方がない、本当の俺なんだ。  吐き出したかった。実は、俺は弱いんだ。ただ強がってるだけなんだ。みんなが見ている俺は脆くて壊れやすいんだ。みんなを守れないって不安にも耐え切れない馬鹿野郎なんだ―― 「……弟君」  視界が戻ってきた。  思考の海に溺れかけていた俺は、誰かに抱きしめられる。  暖かい――美姫だった。美姫が、俺を抱きしめていた。 「……大好きだよ。弟君がどんな人になっても、もし守れる人じゃなくなったとしても、私は弟君が大好きだよ。 私が好きなのは誰かを守れる弟君でも、誰かを守れない弟君でもないから。変わらないよ。 弟君は強いから。強い人はね、とっても弱いんだよ。 守ってくれるから、私は――私たちは、弟君の傍にいるんじゃない。 強い弟君が、少しでも強いままでいられたらなっと思って、強い弟君を守りたいなって思って。 私も、みんなも、弟君の傍にいるの」  抱きしめる力が緩んだ。  俺は身を離して、美姫の目を見た。  なぜかって言われても、ただ見たくなったから、見ただけ。  俺と視線が合った時、美姫はにっこりと微笑んでくれた。  ――ああ、そうか。  衝動が駆け巡った。  恐怖や不安が消えるわけじゃない。でも、そんなものを乗り越えたくなる大きな力が俺にひとつのことを思わせた。  俺は守るという言葉に溺れて、その語意を忘れかけていた。  今一度、心に強く刻まれる。  多分これからも、何度も何度も刻まれることになるだろう。  とっても大切だから。  大切で大切で、仕方がないから。  美姫の微笑みが暖かくて、強くて、俺の弱さをも包んでくれて、美しいから。  俺は強いままでいられる。  俺は、守る側の者でいられる。 「……美姫姉」  声は震えなかった。  足はしっかりと地面を踏みしめていて、しっかりと美姫を見ることができて。  その両肩に手を乗せ、口を開く。 「――」  空に舞い上がる華の音が耳に響いてきたけど。  それよりも、美しすぎる女神に――俺は見惚れていた。  空の精霊が、重なり合った二つの影を照らしたのだった。  まるで、祝福するかのように。  華は、綺麗に空で爆ぜた。  大好きの意味を知った俺は、多分まだ浅はかで。  線と線の交錯に結果という意味が生まれ、それでもそれは終わりではない。  終わりであって、始まりであるその矛盾は、次なる矛盾までにどんな交錯をするのか。  多分、わからない。  でも、その交錯で生まれた結果が納まる心のアルバムには、きっと彼女がいてくれるだろう。  いつまでかはわからない。いつまでもずっと、と願う。  俺の気持ちじゃ、多分運命なんて大きなものを変えることはできないんだろけど。  想い続ければ、運命だって引き離せない絶対的な何かになれるんだと思う。  俺だけじゃなくて、俺を想い続ける人もいてくれれば。  大切だと思う気持ちが溢れんばかりになって、守りたいと想うようになって。  それでいいんだろう。  人に永遠と恒久はない。だから、何度も何度も心に刻み付けて永遠の代名詞にする。  そうすれば、きっと線は交じり続けて。  ――手を繋ぎ続けることができるだろうから。  だから、俺は想い続けよう。  何度も、守り続けることを誓おう。  守りたいものはひとつだけど、たくさんあって。  一人だけど、その人のいろんなものが守りたくて。  ――願わくば、嬉しいときも、怒ってるときも、悲しいときも、寂しいときも、彼女とともにいて。心のアルバムを、彼女との思い出で埋め尽くせることを。  そのためにならきっと、俺は強く在り続けることができるだろう。  守りたいって想えるから、その気持ちさえ見失わなければきっと。  ――もうひとつ、欲張りな願いを。  彼女と過ごす日々が、楽しさに包まれた幸(さち)ある日々なことを。  それは神頼みなんかじゃなくて、自分に対する誓い。  彼女という線と、俺という線は、お互いがお互いを求め、いつまでも――交差し続ける。  彼女の物語(ライフ)と俺の物語(ライフ)には、同じ顔があって。  彼女の心のアルバムと、俺の心のアルバムには、同じことが刻まれて。  それが、いついかなるときも共にい続けるということの――意味なのだろう。  露店を一通り眺めてみる。  結構な店数。それ以上に多すぎる人数。もしかしたら風宮島人工すべてがここに集結しているのかもしれない。  さっきなんて紫色に近い色の髪をした美少女が、幼げで童顔な男の子を連れまわしていた。  少女のほうが男の子をシュウと呼んで、男の子が少女をユウと呼んでいた。と思う。  女の子でユウという名前は、少ない気がする。  多分僕よりも年は下だろう男の子も、彼女持ちなのかと思うとちょっと切ない。  シュウ君、高校に上がってきたら大いに歓迎してやろうとも。 「花火が近いな〜って思ったんだけど、つまりはこういうことでしたか」  声がして、彼女は僕のすぐ傍に近寄ってきた。 「射的とか、やらないの?」 「……僕はそんな子供じゃないです」  訳もなく満面の笑みを浮かべた彼女。  僕は、なんとなくそれを直視できなかった。 「それよりも、いいんですか? 祐夜がほかの女の子に……」 「ん? いいのいいの。私のタイプは違う子だから」 「……どんな人ですか?」  身を乗り出したいのを押さえているのがばればれだと、自分でも思う。  クスクスと笑われると、柄にもなく頬が赤くなりそうで怖い。 「ん〜とね。私のタイプは……悪者ぶってるけど実は自分勝手で、子供っぽいところもあったりするけど結構知的で、親友思いで不思議な子、かな」 「……」  なんといったらいいだろうか。  そんな子はまずいないだろうと思う。でも、現実を突きつけるのはどうだろうか。 「そっちは?」 「……僕ですか」  少し考えて、口を開く。 「子供っぽかったり大人っぽかったりよくわからないけど、意地悪な感じが強くて、ふざけてることが多い寛大な人だけど自分を見ていないだけだったりして、好きな子を好きって認めずに損をする年上の女性、ですか」 「わ、結構範囲狭いよ? 夢は見るのはいいけどねぇ」  ハハハ、あんまり言われたくないですね。  僕は心の中でそんなことを呟きつつ、苦笑いを浮かべた。  そろそろ、ざわめきで体力が消費されてきた。僕はこういう人が多いところは好きじゃない。 「輝弥(・・)」  ぎゅっと片手が握られた。  僕は、動揺を見せずに手を握り返す。 「近くにいて、いいかな?」 「……頼みますよ。春花(・・)」  やっと。  やっと僕は、視線を彼女――春花へと下した。  綺麗だった。  男が、女に勝手な幻想を抱く理由がちょっとわかった。  桜色の浴衣を着た春花がにこにこと微笑んでいて、目が眩むほど美しい。  でも、ぼ〜と見つめるほど僕は純情じゃない。  すぐに目を離して、さっきまで視界に映っていたものを永久保存したけど。 「それじゃ、いこっか」  春花が走り出した。  浴衣のくせに、身軽だ。  僕の身体がそれに引かれて前かがみになる。  視界が、はち切れんばかりの胸を捉える。  永久保存完了、姿勢を整えた。  春花の走る先は風見学園の屋上。 「祐夜くんたち、多分あそこにいるだろうから♪」  何で知ってるのか――恐るべし生徒会長。  恋に現を抜かすのは難しい。  でもまあ、たまには――がんばってみようか。  小さく微笑む僕は、きっと幸せなのだろう。  心は落ち着いた。  脱力感どころか目眩すらない。快調。  そして思考回路も大分快調。  五感も快調。  だからだろうか――いろいろと、わかったことがある。  まずこの場にいるはずの優衣がいなかった。  辺りを見回すのは一度で良かった。  この屋上は体育祭のときとは違う、高校側のもの。  小さいが、三つあるうちで高さが一番の屋上だから、優衣もここにしたのだろう。 「……で、だ。黒幕は何人だ? 諸君」  俺は美姫から離れ、すぐに壊れそうな薄くてもろいドアを一発蹴り上げた。  色とりどりの悲鳴があがったのを確認して数秒、ゆっくりとドアを引く。 「いち、にい、さん、よん……四匹の迷える羊、か」  俺は頭を抱えたくなった。  優衣と美夏がごまかし笑いを浮かべ、天宮が開き直って仁王立ちし、瑞樹が弁解しようとする。  とりあえず瑞樹を片手で制し、天宮をみた。 「………………御劉の話に乗って、こういう結果に持ち込んだか」 「飛び上がる花火だけじゃ、物足りないでしょ?」  ニヤリと笑った天宮の両手には、花火が敷き詰められた袋が。  俺が何か言うよりも早く、美姫が目をきらきらと輝かせて飛んだ。  天宮の手にあったはずの花火袋が、美姫の両手にぶんぶんと振られている。 「花火花火〜うふふふふ♪」  ちょっと怖かった。  おそるおそる近づいた俺に、ニッと笑った美姫が袋から出したのは――鼠花火。 「優衣、火をあいつに渡すな!」 「美姫お姉さまから逃げられるなんて、言語道断♪」  優衣の両手によって大事にされているマッチ箱を指す俺。  その脇を抜けた美姫が優衣に向かう。  優衣の目が怯えていたのは、気のせいではないだろう。 「み、美姫さん? 少し落ち着いて、ね? ね?」 「美夏、説得は無駄だ!」  子供の美姫は誰にも止められない。  優衣の前にでた美夏ににっこりと微笑んだ美姫は、フェイントをかけて美夏を抜く。  そのままの勢いで、優衣へと絡みついた美姫。 「ねぇ、優衣ちゃん? お姉ちゃんに手の中の物、渡してくれるかなぁ?」 「………………ええと、その、ごめんなさい!」  美姫の手から花火一式が失われた。  それも一瞬で。  俺へととことこ歩み寄ってきた優衣の手から危なそうなものだけ除外する。 「……天宮、危ないものは持ってくるなよ」 「だって売買してあるやつをそのまま入れてきたから、鼠花火とか打ち上げ花火とかもあるに決まってるでしょ?」  唇を尖らせた天宮。 「……よよよよよ〜。折角、弟君とあ〜んなことやこ〜んなことができると思ったのに〜」 「何するつもりだったか非常に気になるが……他の花火で我慢しろ」  嘘泣きで崩れ落ちた美姫にきっぱりと言い放つ。  多分美姫のことだから、きゃーきゃーいいながら皆が慌てているのを見たかったのだろう。  ダーク美姫。恐るべし。  思い返せば良い思い出。翻弄されるのは懲り懲りだ。 「なぁらぁばぁ! こういうモノはいかがかな!?」  どこからか黒マントを脱ぎ捨て格好良く決めた、らしい、御劉が現れた。  その手にあるのは、超巨大な打ち上げ花火っぽいロケットの砲先。  その射線上には、俺が。 「ぶっ放せ〜」 「彼氏が死んでもいいと!?」  美姫があまりにも無情にはっちゃけてるので、俺は泣きそうです。 「それではぁ、観客にお答えして――」 「ちょ、ちょっと待て。考え直せ!」  御劉が爽やかに笑った。  その笑みの理由が、俺にはわかる。  背筋が冷たくなった。  御劉の指が動き―― 「……誓兎。それくらいにしたら?」  御劉の肩をポンッと叩いたのは――真紀恵。  俺には引っかかったキーワードがひとつ、あった。 「ふむ。真紀恵はでっかい花火は嫌いか?」 「う〜ん。でっかいのもいいけど、線香花火も綺麗だよね。あ、優衣ちゃん。こっちも花火買ってきたよ」 「……ならこれはやめとくか」  御劉が大人しく引き下がった。  その不自然さのすべてに道理がいく答えが導き出され、思わずニヤリと微笑んでしまう。  恋に現(うつつ)を抜かすと、超人も女の尻に敷かれるのか…… 「真紀恵、火傷には気をつけろよ」 「大丈夫だって……はい、誓兎」  二人の世界に入ったっぽい御劉と真紀恵。  まあ、暖かく見守っておこう。  視線を御劉ワールドからはずすと、更なる客人が上ってきたようだ。 「お〜い、祐夜〜! 花火余ってる〜?」  俺に片手を振るのは、輝弥。  その隣には淡い桜色の浴衣を押し破りそうなバスト持ちの――春花。 「輝弥……あとでいろいろ聞かせろ」 「言うことなんてないよ〜」  ヒラリとかわされてしまった。  心の中で舌打ちしていると、美姫が火のつかない花火の束を春花へと手渡す。 「……鼠さんとかは?」 「……弟君が全部没収」 「……ちぇっ」  小さな呟きが耳に入ってくるがスルー。  というか、美姫の子供モードを開花させたのはきっと春花だろう。  同じような光を瞳の中で輝かせている二人……生徒会に置いてていいのか、考えるべきだろうか。 「……ちょっと、祐夜の苦労がわかった気がするよ」  疲れたように苦笑いを浮かべる輝弥。  どうやら、同士が増えたようだ。  両手に火花をシャワーのように散らせる花火を持った美姫と春花が舞を舞っていた。  俺と輝弥が慌てて阻止に入る。  美姫が俺から逃げながら、嬉しそうに呟きを口にする。  その言葉を逃しはしない。  楽しいね、弟君――そのとおり。  楽しくて仕方がない。全員がハメを外して、笑顔を浮かべている。  たまには……こういう苦労をかけさせられるのも、いいか。  やっぱり俺も、恋に現を抜かしているようだ。  でも、嫌じゃない。  俺は美姫を追いかけるスピードをあげて、手を伸ばした。  幸せは、終わらない――