【タイトル】  CROSS!〜物語は交差する〜 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【サブタイトル】  CROSS! 2nd〜そして、物語は交差する〜♯00[始り前の出来事](第35部分) 【ジャンル】  恋愛 【種別】  連載完結済[全127部分] 【本文文字数】  13106文字 【あらすじ】  舞台は現代風の孤島『風宮島』。主人公は季節を巡って愉快なヒロイン達との物語を築いていきます。一番の見所であるヒロインは、可愛さ溢れて10人以上!諸所に導入されているバトルロワイヤルも必見です。ほのぼので、ちょっぴりえっちなひと時を、味わってくださいね♪紡がれる、自分の心――届くことを、伝わることを願って――CROSS紡がれた、自分の心――届いた、伝わった、心――想い人との愛を育む力となることを願って――CROSS 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************  風宮島。  ほとんど丸いその島は、ふうぐうと読む。  満月のような島の中心に巨大湖があり、全体的に自然が多い。  工場はほとんどなく、商店街と呼べるものは一つ、公園が多く分布している。  上方には少し高めの山があり、登山コースには二種類あったりする。  そしてもうひとつ、超がつくほどの大規模で、幼小中高一貫という凄まじいまでのエスカレーター学園が存在すること。  風宮学園。すべての施設は隣接してはいるが、それでもバスが必要なんじゃないかと思えるほど距離がある。  故に、高校生と中学生、幼児と小学生は登校経路ほとんど違う。  高校には高校の、中学には中学の、小学校には小学校の、幼稚園には幼稚園の、入り口を作ってある。  だから、学園と言っても施設が違う人間に会うことはないのが現状だ。  学園には施設が違う者同士が交流するためのイベントが多く存在する。  一説では、学園長がお祭り好きという話だが。  代表的なものが体育祭。  〔開催! 清輝の爆烈アルティメットバトル☆血みどろの体育祭☆〕とも呼ばれるそれは種目が多く、全員が全力を出し切って競いあう戦争だ。  勝利したとしても豪華商品がくることもないというのに、なぜ張り切るか。  【水遊び】が原因といわれている。  学園で、アイドルといわれるほどの存在ばかりを『王女』にして、それに惜しみなく抱きつける。  男子の中ではこれだけのために戦士となるやつも多い。  そのほかにもイベントはたくさんある。  学校に関係ないものでも夏祭りにクリスマスイベント。ほとんど島ぐるみでの活動だ。  クリスマスイベントは、クリパといわれる学園イベントも同時に行われる。  そして、今もイベントの真っ最中。  題して――卒業パーティ。通称卒パ。  CROSS! 2nd〜そして、物語は交差する〜♯00[始り前の出来事]  人の波に飲まれそうになるのを必死で食い止め、校門前で立ちつくしていた。  ここにまで露店が並んでいる。  そのほとんどが食い物屋だったり、射的だったり、金魚マスコットすくいだったり。  ……風見学園、高校。  中学生の僕には未開の地。  中学校も大きかったけど、高校はさらに一回りほど大きい。  運動場は共用なので、常日頃から知ってはいるが、高校を直に見るのは初めてに近い。  辺りは賑わいに満ちているというのに、なぜか緊張してくる。 「やあ、待ったかい?」  救いの手が伸びてきた。  僕は過激に手を振り返す。  微笑を浮かべた優男。ショートヘアには寝癖ひとつない。  容姿端麗なあいつは、正樹ていう僕の友達だ。 「待った。大分待った、なんか奢れよ!」 「はいはい、わかったよ」  同い年だというのに、大人っぽくて寛大だ。  キザな容姿と声をしているというのに、本人に自覚とかはないらしい。  冷静であることが多く、呆れた風にしながらも楽しそうなので良しとしている。 「ってか、正樹(まさき)てキレたことあったっけ?」 「いきなりどうしたんだい?」  思わず疑問をそのまま口にしてしまった。  僕の悪い癖だ。  近くに寄って目を丸くした正樹は、僕の様子を見て、先に口を開く。 「あんまりキレたことはないな。でも、殴ったりはしたことあるよ。 でも、キレるってことは冷静じゃなくなるってことだろう? 多分、僕には無理なことだよ。 ――これでいい?」 「おお、サンキュ」  突然訊いたことを不問にしてくれた。さっすが正樹〜♪  こうやって普通に話してるだけで、ちらちらと正樹へと視線が送られている。  こそこそ話が黄色い声なのは、普段の馴れでスルーだ。  きっと、正樹はモテてる。  ただ一人の親友だからこそわかってしまう。ちょっとションボリ。 「……それより、女の子に誘われたりはしなかったの?」 「ん――誘われたよ。いくつだったかな」  携帯を手に持って何やら調べ始める正樹。  僕は全力でそれを制した。  多分、聞いてしまったら、僕は燃え尽きるだろうから。 「でもさでもさ、なんで男同士で色気も何もない方を選んだわけ?」  僕だったら、女の子に誘われたらそっちを選ぶだろうし。  やっぱ友情よりも恋沙汰だよな……さすが僕。モテないからお気楽に言える。実はあんまり思ってない。  正直、誰といくかなんて考えてないからなぁ。  ああ、でも、女の子がいたほうがいいか。最近のブームとか聞けるし。  正樹は携帯を懐へしまうと、にっこりと微笑む。 「親友と居たら楽しいからね、いけないかい?」 「ほほう、親友か。なら許してやろうぞ」  うんうん、親友親友。  いいよね、親友って。なんか響きが最高。  正樹のこういうところが付き合いやすい。  良い王子とかは正樹みたいな人を言うんだろうね。 「そ〜れ〜に〜」 「ビクッ!?」  正樹の背後から、悪魔さんがでてきました。  思わず音声付でビクビク感を表してしまう。  僕ってアニメッチック〜♪ 「私がいるっていうのに、色気がないなんていわないの♪」  自称『水も滴る妖精さん』  通称『|太陽乃如(たいようのごとし)向日葵(ひまわり)』  長くウェーブのかかった髪。  シャンプーの香に、不覚にも体温を高められてしまう。  パッチリとした瞳も、自分が映っているのがくっきりとわかってしまうほど綺麗だったり。 「祐………………やっぱりいるんだね」 「当たり前でしょ? なんたって『トライアングル』の一員だからね♪」  祐はクルッと一回り。  赤いスカートに濃い肌色のパーカー。僕はそんなものに見とれる奴じゃないし、ふとももの際どいところまで短くしているのがなぜか恥ずかしい。 「片瀬祐。参上♪」  敬礼するように片手を髪に当て、もう片手で腰を持つ。  さらにはウインクという、なんともわからないモーションだった。 「それよりもさ……はしたないから、もっと身だしなみを整えてよ」  まるで自分を見ているようだった。  祐とは双子。瓜二つ。  まるで、僕が女装したかのようなその姿に、今でも馴れることがない。 「……高校でも、女装(・・)のまま?」 「うんうん、当たり前〜♪」 「………………はぁ」  はっきり言っておこう。  ――祐は男だ。  色眼鏡なしでも、女の子の可愛いといわれる標準より高いといわざるをえない容姿。  実は同姓からも結構モテているし、異性からも評判が良い。  つまりは、本物の女神よりも高嶺じゃない。  話し合った結果で兄となった僕としては、ちょっと曖昧な気分だ。  知人が見世物になるとかは気に入らない。  独占欲………………じゃ、ない。とは思いたいんだけど。 「今日も似合ってるね。でも、お兄さんをあんまり困らせちゃダメだよ」  幼い感じでも、年寄りくさい感じでもない、理想の声の主『神に愛されし王子様』といわれる正樹が、祐をたしなめる。  祐は元気に返事を返すと、僕へと身を預けてきた。 「ねぇねぇ兄さん。今日の服装もいけるでしょ? 萌え? 萌えてくれた?」 「僕はそーゆー評価できないんだけれども……」  何も知らない罪なき人々は僕と祐を誤解していることでしょう。神よ、なんとかしてください。  とりあえず、救いの手はあった。  その手が祐をガシッと掴み、力む様子もなく持ち上げ続けている。 「集まったんだし、はやく入ろうか」  手の主である正樹がそうケリをつけた。  祐は不満そうに唇をとがらせ、ぶらんぶらんと右へ左へ揺れている。  難なく持ち上げ続ける正樹も正樹で、すごいなぁ。 「ねぇねぇあれみてよ……」 「すっごい可愛い娘じゃん……って、その隣の彼氏も素敵すぎ!」  外野からの呟き。  じゃれあっている祐と正樹は、やっぱり誤解されていた。 「ついてってる子もあの彼氏さんの彼女?」 「ってことは……二股?」  ……。  ……。  ……。  まあ、こういう誤解も、たまにはあるわけだ。  校内はまさに戦場だった。  客を取るためなら客寄せ以上のことをする。どうやら、隣同士の焼きソバ屋とたこやき屋は敵同士のようだ。  早速僕もマシンガントークにやられてるわけで。  多分引きずられても抵抗できない気がする。  僕の前で僕の両手を掴んで離さなかった女の人が、隣から突然叩かれた。  猛獣のような目をして女の人が振り返る。 「君、ごめんね。僕たちはまだ見回りはじめたばかりで、まだ食事の気分じゃないんだよ」  女の人が振り返った先には、すまなそうに肩をすくめた。  女の人は僕をちらちらと見つつ、名残惜しそうに手を離す。  だが、最後にもう一押しされた。 「絶対おいしいたこ焼きだから、食べにきてね! 午後になるとコスプレメイドさんも入るし、もっとおいしくなるから♪」  たこ焼きに、メイド。  どんな組み合わせなんだ。  女の人は僕から離れ、ほっと息を吐くことができた。 「ついてきてないと思って、振り返ってよかったよ」  正樹が仕方がないなぁというように微笑んでくる。  いつものことながら、僕は人に翻弄されがちなようだ。  正樹はやっぱり頼りになる。 「ありがと♪」  だから、精一杯微笑んでみせた。  正樹は穏やかに微笑を返す。  正樹の片手につながれた祐は、きらきらとした目で辺りを見回している。  黄色い声をあげてたりすると、どうみても女の子なんだけど……  ちなみに髪はカツラじゃないし、肌も脱毛処理、毎日パックやらいろいろやっているので、女の子と同じくらい綺麗。 「水風船まである〜♪ し・あ・わ・せ♪」  祐はもうそろそろ弾けそうだ。  僕は正樹を見る。  それだけで意思疎通が完了し、正樹は祐に何事かを告げた。  祐の目がぱ〜っと輝き、正樹を引っ張ってどこかに消えてしまう。  ――僅か五秒の出来事でしたとさ。  正樹が祐の相手をしてくれるようだし、僕はまた絡まれないようにして回ることにしよう。  来年というより、今年。僕はこの高校に入学する。  正樹も、祐もそうだ。  これからよろしくさせてもらう校舎、祐ほど子供っぽくにはいかないけど、興味津々なのにはかわりない。  正樹みたいに大人っぽくもなれないけど。 「まったく……」  僕って子供なのか大人なのかわからないな。  曖昧なお年頃。ってことで行き当たりばったりで歩いてみようか。  ………………。  …………。  ……。 「迷子体験中!!」  中学校と高校は、やっぱり違うようです。  作りとか、規模とか、いろいろと。  進んでも進んでも同じような風景しか広がってません。 「こんなことなら正樹といっしょに回るべきだった……」  突き当たりに出ればいいと思ってたのに、階段すらみつからない。  いつのまにか薄暗いところに来ていた。  なんか、こう――ホラーな感じ。 「愁ちゃん大ピーンチ!?」  今更だけど、片瀬祐の兄である僕は、片瀬愁っていう。  ああ、現実逃避もできなくなった。  僕、ホラー系は嫌いじゃないんだけど、心がざわめくのはなんとなく嫌いだ。  そのとき、僕の耳がひとつの物音を捉える。  タンタンタンタン……  ――物音じゃなくて足音のようだ。  こういう場所だと、自然と敵視してしまうのは仕方がないってことで。  思わず身構えて背後に振り返ると――背後に何かがぶつかった。  ええと、つまり。  前方にいたというのに音の反射で背後から聞こえたように感じ、後ろに振り返っちゃった。  ――僕ってさ、いつもこうなんだ。  テストとかでもそう。合ってる問題を書き直してミスったり、そんなことがよくよく合っちゃうんだよ。  でもまあなんとか顔面から堅い堅い廊下の床へ激突することは避けれたみたい。  両腕くん、ありがとう。 「うう……すみません……」  声からすると、乗っているのは女の人みたいだ。  それでも倒れずに耐えるなんて、小柄な僕には不可能。  あれだ、スポーツしてて力はあるけど、それは瞬発力とか速度とかのほうで、抱きとめたりする力はなかったり。  倒れちゃったのは仕方がないことで――などと、言えもしない言い訳を心の中で呟いてみた。  こういう言い訳を自分にして、やっと現実をしっかりと見ることができる僕。  うつ伏せだからか、女の人を見上げることはできないが、とにかく声をかけてみた。 「ええと……どいて、もらえますか?」  敬語にするかしないか、見ず知らずの人ってことで前者にしておく。  女の人がもぞもぞと動き出した。  慌てているようで、それが仇となっていたりもする。 「ご、ごめんなさい! すぐにどきますから――きゃっ!?」  身体が軽くなる。  両手を地面について起き上がり、辺りを見回した。 「うう……痛い……」  尻餅をついて額を撫でている女の人が僕に乗っていたのだろう。  黄色と白の制服、青のスカート、赤のリボン――確か、風見学園高校二年生のリボンと思う。  あと数週間後には、僕と同い年の女の子は黄色いリボンをつけることになる。  そういうことは、祐がマシンガンのように話し続けているので勝手に暗記していた。 「だ、大丈夫ですか?」  僕はその女の人へ手を差し出す。  女の人は手を下げて見上げてきた。  はじめて、女の人の顔が見える。  ――綺麗な人だ。  おどおどとして見上げてくる女の人。  透き通った瞳が、とても綺麗。 「あ、はい。大丈夫です♪」  小さくはにかむと、僕の手を取って立ち上がる。  ポンポンとスカートを叩き、ごまかすように微笑んだ。 「……すみません。こんなところに人がいるなんて思わなくて」 「ああ。僕もこんなところに来るつもりなかったんですけど――ちょっとした迷子さんなんですよ」  女の人は二回ほど瞬くと、穏やかに目を細める。  第一印象では引込思案で、もっと頼りなさそうだったんだけど――いや、こんなこと思っちゃダメか。忘れろ忘れろ。 「私のクラス、たこ焼き屋さんやってるんです。入り口に近いので、そこまで案内しますね」 「あ、はい――すみません」 「いえいえ♪」  女の人はにっこりと微笑んだ。  無垢っていうのはこういうのを言うのだろう。祐と違ってお淑やかな感じが滲み出てる。  僕は女の人に軽くお辞儀した。 「片瀬 愁です。あなたのお名前は?」  僕の一言で理解したらしい、女の人。  彼女は、僕と同じようにペコリとお辞儀する。 「小倉 瑞樹です。よろしくおねがいしますね♪」  小倉さんの笑みにつられて、僕も微笑んでしまう。  小倉さんに催促され、僕と小倉さんは薄暗い廊下を後にした。  久しぶりに浴びたって感じのお日様。  助け出してくれた小倉さんに感謝感激だよ〜。 「この校舎は結構広いですから、これからは気をつけてくださいね?」  深く深く頷く。  小倉さんはにこにこと微笑んだ。  少しして、客寄せに引っかかったあのたこ焼き屋が目に入る。  僕は立ち止まった。 「ここまででいいです。小倉さんは……あの店の店員さんですか?」 「はい。そうですよ♪ でも……ちょっと恥ずかしい格好ですけど」  小倉さんの頬がほんのりと赤くなる。  目が合わせてもらえない。  なにやら追求してほしくないようなので、僕は話を止めた。 「それにしても、店が多すぎてどれがいいのか……」 「あ、それなら」  話を変えるため言ったことに本気で頭を悩ませ始めようとしたとき、小倉さんがスカートにあるポケットから小さく薄い紙を取り出した。  とりあえず受け取り、開いてみると『卒パ総力演劇祭〜途中入退室可能〜』と書いてあった。  ……チラシ? 「今からでも、まだやってると思うので。ぶらぶらするよりかは印象に残ると思いますよ?」 「ふぅむ……」  在校生の方々もいるだろうし、入学前にお知り合いができてたほうが居心地もいいだろう。  口を開こうとして――視界に小倉さんがいなかった。  自分の身体が、なんらかの力に吹き飛ばされたと知る。  即座に片手が伸びて、床についた。  一瞬、両足がピンと伸び、体勢が直る。  顔を上げた。 「おっとすまん……というつもりが、とんだ超人に出会ったようだな」  正樹よりも少し黒めの、青みがかかったように見えるショートヘアをした男の人。  小倉さんがキッと唸った。 「御劉君! 学生さんでもない人に迷惑かけててどうするの!?」 「人の記憶に強く刻まれる俺! おお、なんと理想的なことなのだろう!」 「むぅ――真紀恵ちゃんに言いつけるよ?」 「卒業生に大いなる歓迎を叩き込むほうが先に決まっている!」  御劉というらしい男の人は強引に小倉さんとの会話を終えると、颯爽とどこかに消えた。  ええと、こういうのなんていうんだっけ――神出鬼没? 「と、とにかく……行ってみますね。教えてくれてありがとうございます、小倉さん」 「あ、はい……帰りには寄ってってくださいね♪」  たこ焼き屋を勧められたの今日で二回目――何も言わずに微笑んでおいた。  で、その演劇が行われているらしい体育館に来た。  中の音は聞こえない。さすがは完全に閉じられた密室。  外で立っていた女の人に声をかける。 「あの……今からでも入れますか?」 「え? 今から?」  女の人はポニーテールを揺らして振り向いてきた。  話しかけたときに見えなかった容姿がしっかりくっきりと見れるようになる。  綺麗な人だった。小倉さんに続いて、この高校には美女さんが多いみたいだ。  ひとつだけ疑問に思うことがある。 「碧い……」  目が青かった。  碧眼って呼ばれるやつだと思う。  女の人が僕の呟きに答えを返してくれる。 「私、ハーフなんだ。去年帰国したから、今回が卒パ初体験なんだけど」 「ああ……なるほど」  そんなことを普通に答えてくれるこの女の人は、小倉さんみたいに暖かい笑みを浮かべていた。  小倉さんよりもパッと輝いてる気がする。 「でも、なんでここに立ってるんですか? 劇を見る――んじゃないみたいですし」 「帰国してすぐの私は、生徒会員だったりします♪」 「……へぇ」  思わず感心してしまう。  この女の人は馴染めないだろうクラスに居続けるだけでなく、みんなを指揮したりする側に回った。  度胸とか勇気とかも必要不可欠だったろうけど、忍耐とか要領の良さとかも必要だろうし。  それ以前に、頼られるような寛容さがなくちゃいけない。  なんとなく……それはわかった。  話してて、分け隔てなく微笑んでるって感じがわかる。  その意味を変えると、誰にでも怒ったりできるってことだ。  その反対もできるってことだし、つまりは信頼とか寄せられやすくて。 「多分まだやってると思うから、楽しい思い出残るといいね♪ えっと……」 「あ、片瀬愁って言います」  僕の瞳を覗き込んで首を捻った女の人。  僕はペコリとお辞儀した。 「片瀬くんね。私は鷺澤美姫、よろしくね♪」 「は、はい」  曖昧に微笑む僕に、鷺澤さんの笑みが集中照射している。  結構眩しかった、精神的錯覚で。  僕は目を逸らすと同時に、中に入ることを思い出す。 「それじゃ、ありがとうございました!」  鷺澤さんの返答も聞かずにドアを引き、隙間から中へと身を押し入れた。  すぐに熱気が押し寄せ、物理的にも精神的にも窮屈になる。  物理的には、観客の数が予想外に多い。  背が高い人ばかりで困ったけど、僕の背の低さが幸いして、目の前にあった人だかりの隙間から見ることができた。  綺麗な女の人がいた。  照明がぼんやりとした中で淡く輝いているその人は、まるで天使のよう。  ――いけないいけない、話を追わないと。  鳥かごみたいな青白いやつの中で一人の王女様みたいな人が悲しそうに嘆き、そこに登場した王子様っぽい人が鳥かごを開けて王女様みたいな人を御姫様抱っこしてキスかな〜と思ってところで照明が落ちて幕が……って、もしかして。 「あちゃ〜〜もう終わっちゃったか。ごめんねぇ」  僕の横にピッタリと顔をくっつけ、同じ覗き穴から劇を見ていたらしい鷺澤さんが、弁解の言葉を述べる。  表情はわからないけど、多分すまなそうにしてるんだろう。 「いえいえ……寄るつもりだったたこ焼き屋に期待しときます」  ん? と首を傾げられた気がする。  それを消してしまうほどの爆発音が、いきなり響き渡った。  何が起こったのかわからない。隣の気配が立ち上がる。 「生徒会です。道を開けてください!」  一瞬、人一人分の横幅をもった道が伸びていく。  そして、爆発音に続く【おかしさ】が見つかった。 『楽しんでるか〜い? 皆の衆!』  小倉さんといたときにぶつかってきた人だ。  その男の人が、体育館の中央に立っている。  宙にたっているけど――それを解き明かしている暇はないみたいだ。  王子役の人が舞台脇から飛び出してくると、何事かをその人に叫んでいる。  よくわからない――鷺澤さんがそちらへと走り始めた。  速い、生徒会役員というだけあって身体能力が高めなのだろう。  部活動をやってる人より速いんじゃないだろうか。  どちらにしても一人で行かせるわけにはいかない、ヤヴァそうな雰囲気だし。  僕は鷺澤さんを追った。  目に見えるくらいの速さで距離が縮まっていく。  こうみえても、速さだけは自身がある。  小柄なこともあるんだろう。ここ最近、全然背が伸びてないし。  ……凹むことを考えるのはよそう。  僕が追いつくより先に鷺澤さんがあの男の人と対峙した。  男の人が何かを取り出すのを見て――僕は速度を速める。  極限まで、すべてに追いつくために。  それでも、足りなかった。 『年貢の納め時とは――このことだっ!』  片手が引き出された。  だが、その片手がなんらかのアクションを起こすことはなかった。  男の人の手にあったであろうものは――天空を駆ける王子の元に。 「納め時はお前だよ、バカ御劉」  着地。  鷺澤さんと男の人の間に割り込み、振り返ることなく蹴撃を放った。  着地の力みがはいっているというのに、早撃ちすぎる。  だというのに、男の人はそれを間一髪で防ぐことに成功した。  でも、それで勝敗が変わるわけではないらしい。  防いでも、防ぎきれていない。  防御っていうのは相手の勢いを殺す意味もある。男の人は早撃ちに追いつくことはできたけど――そこに秘められた勢いを殺すことはできなかったようだ。  足をすべらせたかのように観客と同じ高さまで落ちる。  つまり、王子さんと同じ高さまで落ちたってこと。  王子さんは、男の人が起き上がるよりもはやくその頭をガシッと掴み取った。 「今日は諦めろ、うん。真紀恵に頼まれてるんで容赦しない」 「ク……負けても良い気がしてきたぞこの野郎」 「恋に現抜かしてんなら工作系やめとけよ、あいつが拗ねるぞ? いいのか? 拗ねたら口聞いてもらえなくなるぞ?」 「うおぉぉぉ……」  どうやら精神的ダメージを受けたらしい男の人。  第一印象の『変すぎて変すぎて思わず敬いたくなっちゃう超人さん』からちょっと柔らかく、穏やかに、なった――気がする。  ドカン、という音がして、閉じられていた体育館のドアが大きく開かれた。  大勢の風見学園高校生徒さんがこちらへと向かってくる足音がする。 「……今回は引き下がるか。仕方あるまい!」  男の人は、忍者のようにパッと跳びあがった。  理解できないことに、黒い影さんになって消えてしまう。 「美姫、怪我はない?」 「うん、大丈夫だよ♪」  男の人が消えた虚空からパッと目を離した。  鷺澤さんへと穏やかに微笑む王子さん。  王子さんは僕へと歩み寄ってくると、同じように微笑んでくる。 「君、怪我はない? あいつの馬鹿騒ぎにつき合わせてごめんな」 「あ、その――い、いえ、大丈夫です。男の子ですから」  王子さんは目を細めて僕をじ〜と見る。  何を考えてるかはわからないけど、直視されるって居心地悪くて仕方がない。  王子さんは僕へと片手を出した。 「俺は三井 祐夜。君は?」 「あ、ええと……片瀬 愁です」  三井さんはにっこりと微笑むと、僕から目を外す。 「さぁて、後の片付けは俺たちがなんとかする。君は、あとちょっとしかない卒パを楽しんでこい」  返答する暇なく、大勢の生徒さんに何事か声を張り上げている鷺澤さんへと歩み寄った。  同時に、僕から離れるってことで。  ってことは、声をかけれなくなるってことで。  とにかく、会話は終了したらしい。 「………………はぁ」  疲れよりも。  感動の割合が大きい。  だってさ、三井さんってさ――僕のなりたい『かっこいい人』に当てはまる、凄い人なんだ。  誰かを守れて、いつも気を配れて、誰にも心配かけなくて、支えることができる――凄い人。  三井さんの後姿は。  三井さんの、背中は。  ――とっても強そうだった。  なんとか体育館から抜け出した僕。  裏口っぽいところから出たので、人がほとんど来ない湿り気と日陰が多い裏っぽいところにでた。  チンピラとかがでてきそうだけど、静かだし涼しいし、こういうところは好きだ。  悪い人がでないのならここで読書とかも――っと思ったとき。  前方約何メートル先のところで、それを実践している人がいた。  いや、読書ではなく、日向ぼっこ――日陰ぼっこをしているみたいだけど。  制服じゃないみたいだ。  そこを横切らないといけないので、歩みを止めたりはしない。  すると、思ったより早くその人と目が合った。  更に近づく――そして、理解した。  女の人だ。間違いなく。  祐のような場合じゃないようだ。  脚がとっても長い女の人だった。  よくよく考えてみるとこれくらいの長さの人はたくさんいた。  でも、長く感じた。  なぜか――とっても綺麗だから。  細すぎず太すぎず、ガラス細工みたいにすごい。  お人形のようにとっても可愛い、女の人。 「……」  じ〜っと見つめられた。  仕方ないのでじ〜っと見つめ返す。  女の子と目を合わせるのは慣れてるけど――初対面で、しかもこんなに可愛い女の人だと、困る。 「あ、目逸らした」 「ご、ごめん」  無意識に目を逸らしていて、それを指摘されてしまう。  今度こそは――と意気込むけど、やっぱり無理。  すると、クスクスと女の人が笑い出した。 「君っておもしろ〜い♪」 「え? あ、ど、どうも」  女の人は笑いを堪えると、ふうっと息を吐く。  そして、片手を差し出してきた。 「『僕』も卒パにきたの? お母さんとかお父さんは?」 「うう……そ、そこまで子供じゃないですよ」  といいつつも、迷子になったので強く反論できなかったり。  もうひとつ反論しとくべきことがあることに気づいた。 「それに、『僕』はやめてください。これでも中三なんですから」 「……へぇ、私と同い年なんだ〜」  女の人は心底驚いた風に僕を上から下まで見てくる。  そして、にっこりと微笑んだ。 「名前は?」 「……片瀬 愁です」 「そっかそっか。片瀬くんね。愁くんのほうがいい? それとも愁たん?」 「最後の奴以外ならどれでも」 「……むむぅ、意外と鋭い」  女の人は僕の片手を掴んだ。  両手で包み込むように、ぎゅっと。 「私は天城(あまぎ)。天城(あまぎ)小夜歌(さやか)。よろしくね♪」  なんとなく。  なんとなく、だけど。  ――ドクンと、した。  天城さんは僕の頭を撫で始める。 「やっぱり、片瀬くんは可愛い子だなぁ♪ これから予定ある? いっしょに回ろうよ♪」 「え、ええと、その……」  そりゃさ。  双子の弟が女の子になれちゃうくらいなんだから、僕もそれなりに可愛いのかもしれないけど。  っていうか馴れてる。馴れてるはずなんだけど、動揺しちゃう。  天城さんは僕の横へと並ぶ。 「それじゃ、エスコートしてね♪」  ……。  ……あー。  どうやら、一緒に回ることは決定したようです。  僕はそこを掘り返すのはやめておいた。  嬉しがってる自分がいたから。  ――自分がわからないです。  本当に、どうしちゃったんだろう。 「へぃ、たこ焼き一丁♪」  なんて言葉を小倉さんが言ってると、大雑把とか暑苦しさなしで可愛らしいとしか思えない。  ちょっと恥ずかしそうに、ただの客よりも親しみのある笑顔でペコリと小さくお辞儀する。 「ゆっくりしてってね♪」  それにしても可愛いな……|メイド(・・・)の小倉さん。  たこ焼きを作ってる女の人も僕たちの方を見ている。  とりあえず、にっこりと笑みを返しておいた。  その人が、僕を最初に勧誘した人だったのは――もう気づいてるけど。 「わぁ、おいしぃ♪」  僕の正面側でわふわふとたこ焼きを食べている天城さん。  それが子供っぽくて、笑いたくなった。  笑っておく。  僕の笑みに気づいた天城さんが、唇を尖らせた。  とっても可愛い。 「それじゃ僕も食べようかな……」  マヨネーズとソースを網目状に乗せたたこ焼き。  綺麗な丸だった。  口に含むと――暴力的な味が広がる。  ううむ、すごい。  パクパクと食べていく天城さんも天城さんだけど。 「……天城さん、口元ついてますよ」  本格的にペーパーまで置いていってくれた小倉さんに感謝して、天城さんの口元を拭う。  天城さんは、てへへと恥ずかしそうに頬を赤めていた。  僕は小さく微笑む。  唐突に天城さんは僕へビシッとたこ焼き付串を突きつけてきた。 「天城さん却下! 小夜歌様か小夜歌さんか小夜歌ちゃんか小夜歌ぽんにしなさい♪」 「ぽんだけはやめます――小夜歌さん」 「よろしい♪」  天城――小夜歌さんは、嬉しそうに笑う。  ……。  ……。  ……。 「……なんで向けたままなんです?」  目の前で静止する串の先を見て言った。  小夜歌さんはん〜っと唸ると、首を小さく傾け。 「食べて♪」  ――言ってる意味をわかってるのか。  多分わかってるんだろうな。目の色が小悪魔だ。名づけて、小夜歌さん(小悪魔モード)  子供がいたずらか何かしようとしてわくわく、みたいな光が灯っている。  抗いは無駄なようだし。  仕方ないので、パクリと口に入れる。 「うんうん、素直な子は好きだぞ♪」  小夜歌さんは上機嫌に自分の食事を再開した。  僕は口の中にあるたこ焼きを噛み締める。  その味は暴力的だけど――とてもおいしかった。  小夜歌さんとたこ焼き屋を出る。  う〜んと伸びをすると、僕へと振り返った。 「今日はお付き合いありがとうございました、片瀬くん♪」 「いえいえ――って、もう帰るんですか?」 「うん。遅くなると困るし。っというか、いっしょに回ってた娘がどこかに行っちゃってね……」  僕と少しだけ状況が似ている。僕の方は、意図的に離れたけど。  そういえば、正樹と祐はどこだろうか?  そろそろ合流しないと――小夜歌さんを止める理由はないみたいだ。  僕は小夜歌さんに片手を出した。  小夜歌さんはキョトンと僕の手を見つめる。 「握手。これからよろしくってことで」 「……これから?」 「同い年なんですし――来年からはここ通うんですよね? ならまた会えますよ」 「………………きっと?」 「絶対。って、根拠はないんですけどね」  ごまかすように笑った僕を、よくわからない表情で見つめる小夜歌さん。  唐突に、満面の笑みを浮かべて僕の片手を握ってきた。  それだけでなく、上下にぶんぶんと振る。  すぐに僕の顔すれすれに近づいてくると、笑みを更に強めた。 「よろしくね、片瀬くん♪」  ――ドクン。  小夜歌さんの笑顔を見ると、なぜか顔が熱くなりそうになって。  天使のようだと思い、少し過去を振り返って、小悪魔だと苦笑いを浮かべたくなった。  ああ、そうか。と気づく。  顔が熱くなるのは、小夜歌さんを可愛いと思ってるからなんだ。  それは特別な意味で――見惚れるとか、心を埋め尽くすとか、そういうロマンチックなもの。 「……はい、よろしくおねがいします」  ゲームとかでいうと、守りたい人ってところだ。  もうひとつゲームから引用すると。  ――守りたい人を守るためなら、どんなにも強くなれる。  ご都合主義だと思ってた。でも、小夜歌さんを見てたらわかってしまう。  小夜歌さんを見てると、自然に抱きしめたくなる。  言葉に表すと――やっぱり、守りたいってとこだろう。  勝手な押し付けだから、言えたもんじゃないけど。  多分、自分の心に刻み付けるだけでいいんだろう。  それに、そんなことを言っても多分茶化されるだけだから。  真剣なのなら――その意気を削がれぬために、深くしまいこむ。  だから、僕は口を開かなかった。  小夜歌さんは片手をあげる。 「それじゃ、退散しま〜す♪」  そのまま身を翻すと、まだ消えぬ人混みへと消えた。  見えない後姿を、僕は見続ける。  何が引き金になったかはわからないけど、唐突に視線を外した。  そして、小夜歌さんとは反対方向へと歩き出す。  心は、清々しいようなもやもやとした、形容し難い気持ちに包まれていて。  祐と正樹に合流できたときには、そんなものに気をやることもなくなっていた。  風宮島。  いろんな人の、いろんな物語が残る地。  僕もそのひとつになるのか――わからない。  でも、ここで僕が身を委ねる物語は、苦しくも、暖かくも、冷たくも、甘くも、輝かしくもあるものなんだと、思う。  それを歩み終えたときの僕は、いったいどんな背中をしているのだろうか。  何かを守れる背中。自然と、信じることのできる背中。  三井さんのような王子に――僕はなりたいと願う。  なぜ願うかは、まだ深くはわからない。  深い根拠はない、子供の身勝手な夢だ。  僕はチビで弱い。だから、ちょっと背伸びして、大きな夢をみてもいいんだと思うんだ。  そのためなら、子供でもいいと思ってる。  大人だから他人を傷つけることを平気に思う――そんなこと、僕はわかりたくもない。  高校生は、まだ何かを諦める時期じゃない。  がんばって、がんばって、何かを掴む時期なんだ。  だから僕は――大きく背伸びをする。  後ろも気にせず、前も気にせず。  ちょっとでも高いところから、世界をみたくて。  僕は――背伸びをするんだ。 2.