【タイトル】  CROSS!〜物語は交差する〜 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【サブタイトル】  ♯04[自然での苦悶と爽快 その1](第39部分) 【ジャンル】  恋愛 【種別】  連載完結済[全127部分] 【本文文字数】  11420文字 【あらすじ】  舞台は現代風の孤島『風宮島』。主人公は季節を巡って愉快なヒロイン達との物語を築いていきます。一番の見所であるヒロインは、可愛さ溢れて10人以上!諸所に導入されているバトルロワイヤルも必見です。ほのぼので、ちょっぴりえっちなひと時を、味わってくださいね♪紡がれる、自分の心――届くことを、伝わることを願って――CROSS紡がれた、自分の心――届いた、伝わった、心――想い人との愛を育む力となることを願って――CROSS 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************  林間学校。  三泊四日、風宮島四分の一を占める自然区域――山ともいう――のキャンプゾーンで過ごす。  それぞれの日に、それぞれのイベントが用意されているのも当たり前だ。  一日目、キャンプゾーンまでの往路でオリエンテーションが行われる。  一つ目のキーワードを取り、道なみに走り、二つ目のキーワードを取り、またまた走り、三つ目のキーワードを探すヒント看板を見て、三つ目を探し出し、キャンプゾーンに辿り着く。  登山オリエンテーションとも言われることがある。  キャンプゾーンに着くと、男女別三人一組のテントを張る。  そして、それぞれに配られる弁当で昼食を済ます。  その後、映画にでも出てきそうな轟音を響かせる滝の見学に行く。  くだらないかもしれないけど、一日目はそれだけだ。  自由時間がたっくさんとられるので、とても喜ばしいことだけど。  といっても、余裕はない。  夕食作りをするからだ。  それは後記したので、そちらを参照していただきたい。  ともかく、自由時間の確保は料理ができるかできないかで決まるわけだ。  その夜、教師方の用意したカラクリの肝試しを行う。  二人一組、松明なんていう凝った物を一人ひとつずつ持って二日目の見学地域である密林に入る。  まとめて二日目にやればいいのにと僕は思うが、夜と昼とでは見た感じが違うとのことらしい。  それが終わり次第人数確認が行われ、就寝するというわけだ。  『黒会』なんていう夜這い組もいるらしいが、生徒会が総力あげて仕留めているらしいので成功率はゼロに等しいらしい。  まあ、そんなわけで、一日目が終わるわけだ。  一日目の夕食は、自分たちで用意した食材での班毎テーマ料理。  班ひとつひとつのテーマ料理に必要な材料をまとめ買いする係になった僕は、どの班がどの料理を作るかは知っている。  それでも、美味くなるか不味くなるかはわからない。料理の腕なんで見た目に関係ないだろうから。  美味しいところは美味しい……らしい。  CROSS! 2nd〜そして、物語は交差する〜♯04[自然での苦悶と爽快 その1]  ということで一日目の予定を話している校長さんに、心の言葉を付け加えてみた。  ちゃんと聞いてる人なんて少ないんだし、良いだろう。  というか、こんなときでも僕たち制服なんだよなぁ。  配布された登山用の杖で、カツッカツッと地面を削ってみる。  ……うぅん、ファンタジー味溢れてていい。  隣でぼけ〜っとしている正樹が、片手で杖を盾か何かにするかのように回しまくってるのがちょっと驚き。  同じく、隣でぼけ〜っとしている祐は登山には合わないスカートをしきりに気にしている。  仕方ない、登山中は僕が後ろを歩こう。  気の紛らわしもこれで終わってしまい、暇さとだるさが倍増してしまった。  僕も杖を回したりしたいけど、そこまで手先が器用じゃないからやめておく。  空を見上げた。  それにしても――秋だなぁ。  暑くもなく寒くもなく、微妙。  ちなみに、落ち葉はまだ少ない。 「……ということで、そろそろ時間も近づいてきたことですし、話はこれまでということにさせていただきます。 それではみなさん、この林間学校で存分に自然と触れ合ってください……」  話はやっと終わったようだ。  この林間学校ではある部だけが同行している。  その部というのは、僕が入っている部でもある――文芸部だ。  なんで同行しているかはわからないけど、御劉先輩か伊里嶋先輩が何かしたんだろう。  その二人は不敵な笑みと潔白な笑みを浮かべていたりする。  その隣にかったるそうに欠伸をしそうな三井先輩がいて、更にその隣ではきちんと立っている生徒会長と副会長が。  ……学校の方は大丈夫なのだろうか。  きっと、部員であることを逆手に取られたんだろうなぁ。  僕は目を離した。  別の人物が目に入る。  それは、僕がここ最近悩みの対象にし続け、思考の対象にもし続け、恋と呼べるものの対象で在り続けている人。  通称『音の女神』通称その2『高嶺すぎる花』通称その3『撃墜砲手』という名を持っていたりする――小夜歌さん。  クラスが違うのもあってか、結構遠い。  人の隙間から、もう運命的なまでにしっかり見えるって感じ。  そんなことを考えていると、いきなり小夜歌さんが振り返ってきた。  僕とぴったり目が合ってしまう。  ……。  ……。  ……。 「♪」  満面の笑みを携えてヒラヒラと片手を振ってきてくれた。  まあ、こっそりとなんだけど。  僕もばれない程度に振り返す。  小夜歌さんが前へと向き直ってくれると同時に、心の中だけで幸せを噛み締める。 「愁はいいな…………いいなぁ…………」 「……」  僕には、鬼とも幽霊ともいえないものに化したトモダチが憑いているみたいだ。  本気で肩が重い感じがする。さすが思念。いや、怨念――それだけみんなの妬みを買ってるってことだ。  っていうか、普通にトモダチの手が僕の肩に乗ってるんだけど。  唐突にその手は退かされた。  トモダチの悶絶声が聞こえてくる気も、しなくもない。  ……千明希ちゃんか。  ほどほどにと願い、グッジョブと心の中だけで親指を上げる。  こうして、長いように感じた校長の話が終わったのだった。  登山オリエンテーション。  毎度御馴染のチームで、僕はしおりの地図ページを睨む。 「道なみってことは、そのまま行ったらいいんじゃないの?」  祐の助言。  同じ制服を着た生徒たちと、同じ方向に行ったらいいわけか。  その通りなんだけど、それだったらちょっとおもしろくない。 「ふむ、やはり片瀬愁には見所があるな。その思考、資質ではなくすでに逸材といえるぞ」  振り返る。  なぜか背後に御劉先輩がいた。  容姿端麗。澄ました顔をしていると正樹にひけを取らない。  性格はもう悪魔か魔王か悪役か。怖いというか、ある意味ネタな性格をしてる。  黒髪に似合う黒い瞳。それをアクセントする白い肌。  まあ、男らしいから、祐みたいなのとは全然別方向なんだけどね。  この人が女装しても似合いはしないと思う。 「御劉先輩も登山オリエンテーションですか?」  妥当な辺りを尋ねてみた。  御劉先輩はふっと不敵な笑みを返す。 「我々非公式……ではなく、文芸部が、そのような妥当なことをすると思うか?」 「ですよね。となると――」  考えを巡らせる。  待たせる時間もなく、口を開いた。 「第三キーワードのヒント看板に細工を施す……ってところでしょうか。 あと、道の途中に妨害工作を仕掛けてみたり」 「惜しい。非常に惜しい。我々はその一歩先を行っているのだよ」  とても残念そうに嘆く御劉先輩。  だがその表情はすぐに一変し、演説をするかのように語り始めた。 「我々は第三キーワード自体に接触し、なんらかの細工を施させてもらう!」 「うわぁ」  御劉先輩は一味違うなぁ。  まあそうだろうと思ってたけど、僕じゃそれを通す方の策が浮かばないからなぁ。 「はっはっは。恐れ入ったか」 「……あのぉ、御劉先輩。先輩の後ろに生徒副会長さんがいたりするんですけど」 「何!?」  御劉先輩が慌てて振り返る。 「あ〜あ、言っちゃった。いつまで隠密状態でいれるか確かめておきたかったのに」  ぶ〜っと頬を膨らませた美乃宮先輩が、非難する目で僕を見た。 「誓兎。悪いことしようとしてる?」  更に美乃宮さんの後ろにいたのは――あれ、誰だっけ。  女の人なんだけど、会ったことがない。  ロングヘアになりかけの髪をしていて、結構美人だ。 「大丈夫。ちょっとエキサイティング度を上げるだけだ。ぬかりはない」  御劉先輩があやすようにその女の人にしゃべりかける。  聞いたことがないくらいに穏やかで、優しさとかの感情に溢れている声――ちょっと驚いた。 「それより真紀恵。誰かと同行する予定はあるか? あった場合、それを削除するために数人の生命が断たれることになるが……」 「怖いこと言うなぁ……誓兎。私が一年生といっしょに行くと思う? 文芸部でも誓兎君の息がかかったエキスパートしか来てないんだから、知り合いなんていないんだよ」 「そうかそうか。ならいっしょにゴールインと行こうじゃないか」  御劉先輩が真紀恵さんに手を差し伸べる。  そのまましっかり手を繋いで駆け出そうとする者二名が、突然現れた誰かにがしっと掴まえられた。  御劉先輩は振り返る。 「三井よ、なぜ邪魔立てする!?」 「お前、ルールわかってるか? 三人一組くらいは守れ」  三井先輩。  昔は『ハーレム』と呼ばれるほどの人物で、今は一人の女性に落ち着いたらしい。  『覇王』と呼ばれるほどの身体能力と人を引き寄せる資質があって、それで『覇者』と呼ばれる風宮の二竜――御劉先輩と伊里嶋先輩を両腕両足としている。というのが噂だ。  一見でいうと、どうみても三井先輩は巻き込まれてるだけな気がするけど。  それでもカンが鋭くて、結構コミュニケーションに壁を作らなくて、真剣なときは真剣で。  凄い人なんだなぁとか、説明はできない衝動みたいなもので実感する時がある。  その後ろには、幸せそうに微笑んでいる鷺澤先輩が。 「そういうそっちも、三人一組に不満がありそうだけどね」  更にその後ろから登場してきた伊里嶋先輩。  御劉先輩、三井先輩と比べると幼い容姿だけど、雰囲気は一番大人っぽいというか、不思議と人を魅了する闇とか混沌とかの類だ。  ニコッと笑ってるから、気のせいとも感じてしまうんだけど。  何の臆面もなく、キザなこととか恥ずかしい台詞とかが言えちゃう人でもあるんだよな。  まあ身近にもう一人ほどいるけど。  そのもう一人さんを横目で盗み見てみた。 「………………」 「………………」  満面の笑みを貼り付けたまま、伊里嶋先輩をまっすぐと見ている。  ちょっとだけ、違和感みたいなものを感じた。 「それじゃ、この人数で適当に分けるか?」  そう切り出した三井先輩に、僕は頷く。  見回した。  御劉先輩、伊里嶋先輩、三井先輩、真紀恵さん、美乃宮先輩、鷺澤先輩。  そして、僕と正樹と祐。  九人だから、ちょうど三つに分けられるのか。  二人までは決まってそうだし、僕たちがばらけたらいいのだろう。  僕は祐を見た。  同じことを考えていたらしく、目が合う。  肩をすくめるというか、首を傾げる感じを返される――誰とでもいいということか。 「……伊里嶋さんたちといっしょに行っていいかな?」  問いかけるよりもはやく、正樹が口を開いた。  正樹の笑みから感じ取れる違和感の正体は、未だわからず。  伊里嶋先輩に目を向けると、にっこりとした微笑を見ることとなった。  そして、コクリと頷かれる。 「そ、それじゃ正樹は伊里嶋先輩たちのほうに……」  組ませてはいけない気もするんだけど、場の流れに逆らえるほどの理由もないわけだし。  僕が言い終えると同時に、祐が元気良く挙手した。 「私〜御劉先輩のとこがいいな〜♪」  ……ふむ。  真紀恵さんがどんな人かは知らないけど、良い人っぽいし。  祐だったら仲良くできるだろう。 「それじゃ、祐は御劉先輩たちのほうで――ということは必然的に、僕は三井先輩たちのほうってことで」  僕たちはそれぞれの側へと近づいた。  三井先輩が片手をあげてくれる。  僕は少しだけお辞儀した。 「それでは、分かれたところで――」  御劉先輩が、高らかに叫ぶ。 「各員、散れ!!」  そして消えた。  祐と御劉先輩と真紀恵さん。正樹と伊里嶋先輩と美乃宮先輩が。  すごいなぁ、まるで忍者みたいだ。  というか祐と正樹、なんで対応できてるんだろう。 「……御劉と輝弥。かわんねぇな」  毎日会っているだろうに、三井先輩が絶句したように呟く。  いや、この場合、願いか何かが裏切られたってことでの絶句だろうか。  静かになってほしいって気持ちは、全員が抱いてるだろうけど。 「僕は今のままでいいと思いますけどね」  なんて考えてる僕がいる限り、この世に百パーセントはありえないのだ。  三井先輩が僕の言葉に食いついてくる。 「お前は知らないんだって。たまに会うくらいならいいかもしれないけどさ。毎日、朝から見ることになるんだぞ? あのテンションのやつらを」  想像してみる。  ……うわ、胸焼けしそう。  三井先輩にちょっと共感。 「もう、弟君ったら……早く行かないと遅れちゃうよ? 片瀬くんも乗らないの」  鷺澤先輩がビシッと叱ってくる。  確かに、生徒会長が最下位近くだったら駄目だもんな。  僕と三井先輩は肩をすくめ合った。  駆ける。  足音と気配を殺し、できるかぎりの最速にて疾走する。  形容は鳥のごとく。  だが、鳥は弾丸には勝てない。  ふたつの弾丸が、余裕をもって僕の少し前を爆走していた。  通常ルートは行けない。先に御劉先輩たちを行かせたのが悪かった。  すでに頂上までのトラップが仕掛け終えられているらしく、頂上付近で花火が上がったのもそのせいだろう。  故に、今駆けている。  通常ルートとはかけ離れた未開の地に不安を抱く暇なく、時間との勝負にでていた。  足踏みしたりしたら、勢いがなくなる。  勢いがなくなれば、この凄まじすぎる傾斜に耐えられずに頭から転がり落ちるだろう。  後ろを振り返る余裕もない。緑の木々が生い茂る中を無我夢中に走り続けた。  少し大きめな茂みの中、地面と木との間に足を挟ませて静止している三井先輩と鷺澤先輩に追いつき、すぐに足場を固定する。  若干危なげだが、足元のほうへ力めばなんとか。  枝になるほど耐久力は弱くなる。あまり力を加えすぎてはならない。  肩で息をしながら、そう考えた。 「スリーキーワードヒントまでのこの道。もうちょいまっすぐだ。 少し通常ルートにでるから、危険度が増す。気をつけろよ」  今も結構危険だが、人工的に上げられた危険に比べたら対処しやすい。  ようは、自分が爆走してればいいのだから。  御劉先輩が張っている罠をかいくぐるのとはハードルの高さが違いすぎる。  三井先輩はわざと枝に重みをかけ、駆けやすくする。  一瞬後、跳ぶように駆け出した三井先輩はすでに弾丸といえる速さに跳ね上がっていた。  すぐに見えなくなるのに焦り、若干ためきれずに駆け出そうとする。  だが、鷺澤さんの片手に押さえられた。 「こけて怪我したらだめだから、最初の一歩は慎重にね」 「は、はい……」  止めてもらえてよかったと思ったり。  焦る気持ちを抑え、きっちりとタイミングを計って駆け出す。  壁を走る、に少しだけに似ている気がするな。崖よりも傾斜がない坂上り。  一応山登りなんだけどね。  一歩一歩をできるだけ速く、方向が少しでも下へと向かせないように。  足場と跳躍射線が鋭角になるよう全力の疾走をし続ける。  やっぱり、自分は鳥にしかなれなかった。  ヒント看板があるかも? という目印が地図に記入されている辺りに来た。  見渡すが、それらしいものはない。  どうするか――三井先輩も顎に手を当てて考えている。 「ねぇ、看板ってこれかな?」  振り返った。  声をあげた主である鷺澤先輩が、僕たちに首を傾げている。  草木の中に座り込んで。  三井先輩が近寄り、鷺澤先輩の手元を覗き込んだ。  すぐに僕へと振り返る。  来い、と、目で合図された。  僕も近づく。  草木に覆われた緑の大地、それを取り払っても黄色の大地が広がっているはず。  だというのに、そこは白だった。  ツルツルしてそうだった。  ばりばりのホワイトボードだった。 「白………………」 「な、な、な、なな、なんで知ってるの!?」  鷺澤先輩が赤面して振り返る。  いや、叫ばれる理由がないんですけど。 「美姫、ホワイトボードは白いだろうが。だからホワイトボードっていうんだし」  僕の心情を覚ったかのような三井先輩の発言。  三井先輩は呆れた風に微笑んでいた。  僕はしゃがみこみ、ホワイトボードをよくよく見る。 「≪出口と入口である、始りと終りの集合場所≫」  そう書いてあるだけ。  どう読んでも、登山前に校長先生が演説してた場所しか思いつかないんだけどな。 「三井先輩、どう思います……?」  僕と同じようにしゃがみこんでいる三井先輩に目を向ける。  そしてホワイトボード表面に触れ、その周りを掘り出した。 「片瀬。ここにホワイトボードがあるのは既成事実だ。そして、仮定では看板だったはず。 こんなもの、看板じゃないだろ」 「……ということは、これも御劉先輩が?」 「ああ。隠したんだろうな。でも――あいつなら更に一歩行っているはずだ」  ホワイトボードの縁一辺の横を掘っていくと、三井先輩は掘った穴の底に手をかけた。  地面に埋まっているホワイトボードが持ち上げられる。 「つまりは……こういうことだ」  ホワイトボードの薄さから、あまり掘らなくてよかったんだろう。  だけど、その下に広がっているのはやはり土じゃなかった。  木の板。ぼくじゅで書かれた文字がある木の板がさらに埋まっていた。  ホワイトボードの下にこんなものがあるなんて、思いもしない。  しかも大きさがピッタシなんて……なんて意図的だろう。  すでにトリックといえる域だ。 「これが本当の看板だろうな……ホワイトボードで人を納得させるってことだ。 普通は、埋め込まれているものを取るなんていうめんどくさいことはしないからな」 「さすが三井先輩ですね……」 「褒め言葉じゃないな、それだけ御劉たちと付き合いが長いってことになる」  三井先輩は顔を歪め、そう言った。  僕としては、それだけピーキューかアイキューが高いのは羨ましいことなんだけど。  僕は看板に書かれている文字を読み上げた。 「≪風宮学園中学校が授業として取りえている主要五教科の内、BTB液の詳細を授業内容としている科目略一字のひらがな読み≫」  ……高校じゃないのか。  物理とか生物とかばけ学とかに分かれてるからだろう。  主要五教科をひとつずつ述べてみる。 「国語、英語、理科、社会、数学……でしたよね?」 「ああ。特別選択が一週間二回。回復授業が一週間一回。副教科が一週間二回、実技だけが一週間三回……だったよな」  なんでそんなことまでおぼえてるんだろう。  一年ごとに時間割は変わるけど、一週間に何回あるか〜は変わらない。  高校でやっと、全般的に変わるわけ。  小学校はどうだったかなぁ。  幼稚園は毎日いっしょだろうと思う。 「BTB液ってことは……理科、でしょうか?」 「略しといえば……成績表だと、理って略されてたな」  なんとなく、三つのキーワードの言葉は繋がる。  バードウオッチング系の言葉だ。  ツーキーワードは少し前に手に入れてるし、ワンキーワードは最初に教えてもらってるから、これで揃ったわけだ。  多分、御劉先輩はみんなを麓にまでもどらせている間に、罠を張り直すつもりだったのだろう  祐も、きっと悪ノリしてるんだろうな。 「美姫、揃ったんだから行く、ぞ……」  三井先輩は背後に振り返って、そう呼びかける。  だけど、すぐにため息を吐いた。  僕も振り返る。 「し、しししししし、白なんて、そ、そ、そそそそそ、そそんなことはなななな……」  スカートを押さえ、真赤なリンゴとなって呟いている鷺澤先輩がいた。  白って、ホワイトボードの件だったような……  僕は首を傾げるしかなかった。  キャンプゾーン。  荒野でしかないそこには、テント作りに使うであろう物が山積みにされていた。  ちょっと呆然としてしまうほどの量。 「やっと一人目だな。今回は難しかったか?」  校長と、数人の教師が歩み寄ってくる。  良い意味でその人たちを表すとしたら……個性が豊かでよろしいですね♪ くらい。 「それで、キーワード三つは?」  校長に急かされ、僕が答える。 「キーワードは……≪ことり≫です」  理をことわりと読んでもいいのだが、ことことわりなんてないし、略しとまで言ったんだから、そのまま読みでいいだろうという考え。  校長たちは頷くと、離れていった。  予定通りだと、今から全員が集まるまでは自由時間だったはずだ。  暇になる……どうしようか……  三井先輩はどうするか聞いてみることにした。 「三井先輩はどうす――」  振り返る。  でも、言葉を止めざるを得なかった。  そこが別世界だったからだ。 「…………」  二人で寄り添いあい、微笑みあいながら言葉を交わしてる三井先輩と鷺澤先輩は……どこからどうみても恋人で、二人だけの世界に飛び立っているわけで。  三井先輩も鷺澤先輩も、とても幸せそうな笑みだったから。  壊したくないな、なんて自然に思っちゃうわけだ。  僕は邪魔にならないよう、こっそりとその場から去った。  それにしても……ニヤニヤが止らないや。ニヤニヤ。 「ニヤニヤ」 「何がニヤニヤなの?」  祐に顔を覗き込まれていた。  跳び上がる。辺りを見回す。  いつの間にかテントの中にいた。  いつの間にか正座だった。  ……あれ、僕って何してたんだっけ。 「さっきからず〜っとぼ〜っとしたままだと思ったら、いきなりニヤニヤとか言うし……ほんと、大丈夫?」  計算され尽くされた首の傾げは、色気たっぷりでした。  いや、祐にムラムラすることもニヤニヤすることもデレデレすることもないんだけどさ。  僕は座りなおした。  部屋とは違う床の感触。土の上に座るのとも違う感触。  ふと、疑問が閃いた。 「テント作るの。僕って手伝ってないんじゃ……」 「ああ、私も手伝ってないからいいの♪ 正樹が一人でせっせと終わらせちゃいました……それはお兄ちゃんを捜してる間のことでしたとさ」 「なんか面目ないなぁ」  僕のせいで正樹に無理させたのではないかとか考えてしまう。  祐はニッコリと微笑んだだけだった。  噂をすればなんとやら、テントのドアらしき布をあげて室内に入ってくる――正樹。  少し土に汚れた頬で、穏やかに微笑んだ。 「そろそろ滝見学らしいから、呼びに来たんだ、け、ど……」  うむうむ、ハンカチを持っていてよかった。  内の綺麗な面で、正樹の頬を拭ってやる。  ……うん、綺麗になった。  よ、色男〜  なんて心の中だけで呟いてみる。  正樹には伝わっているだろう。  だって、言葉が返ってきたから。  ありがとう、でも――愁のほうがかっこいいぞ。  ……。  ……。  ……。  ……嫌味?  轟音を永久的に連続させ、一定の放物線を描き落ちる水の大群。  端的に言うと、滝なのですよ。  周りを見渡せばやっぱり緑しかなくて、巨大すぎる岩崖からの水流がド迫力に落ちていた。  その行先にある水面は激しく波紋を散らせているが、僕の足元の水面は至って静かだ。  遠いんだろうなぁ。結構でかい滝なんだけど。  僕と正樹と祐といういつものメンバーで寄り添いつつ滝を見上げているが、別に楽しいものでもなんでもないと思い始める頃だった。  つまりは、すぐに飽きるってわけ。  談笑に花を咲かせている人が多い。  走り回っている人までいる。  異様に滝見学時間が長いのも考えものだ。  というか、小夜歌さんをちらちらと捜してはいるんだがどこにも見当たらない。  そんな中、祐は目の前にある小規模湖へと足を踏み入れた。  スカートを少しばかり持ち上げ、濡らさぬようにしつつってところが女の子らしい。  ……男だけど。 「う〜、冷たい」  祐は恨めしそうに呟いた。  だけど、楽しそうだ。  ただそれだけのことで注目がだんだんと集まってきていたりする。  その目と鼻の先にいる僕は、ちょっとだけ居心地が悪い。  正樹は見られ慣れてるからか、普段どおりだ。  気にしてるのは僕だけか。  キャッキャッと水と戯(たわむ)れる祐を見ながら思う。  水も滴る良い女。いや、良い女男。  ほっとため息を吐いてしまう。  ……たまにはこういうのもいい、かな。  青春とは結構かけ離れてるけど、僕は随分と裕福な方なんだろう。  友情とかの高校生活を否定するつもりはない。  それでも、だ。  ……刺激はたくさんのほうが良いよなぁ。  しみじみと思ってしまうわけだ。  満足って何なんだろう。  有意義に毎日を過ごし、後悔なく詰めきったスケジュールをこなす。  気まぐれな心に従って時間を潰す。  両極端だな、と思う。  でも、曖昧なのは自分の心に納得がいかないだろう。  まあ、前述のふたつよりかはマシに過ごせるだろうけどさ。  恋をしたらいいのだろうか。  上手くいったら幸せだろうけど、上手く行かなかったら沈みこむだけだ。  恋愛にハッピーエンドもバッドエンドもない。だって永遠だもの。  映画のような切り取ったところではハッピーエンドと呼べるのかもしれないけど、人生はもっともっと続く。  ちょっとしたことから大喧嘩になって、思ってもいないことを口にして、一生手を繋げなくなることもあるかもしれない。  例えば、初恋が実る瞬間。  その瞬間だけはハッピーエンドは揺るがないと思えるだろう。  でもだんだんとその、心を埋め尽くしていた刺激が擦れ切れていくとする。  まあ、普通はそうだよね。  友達って距離と恋人って距離では、見るものが変わってしまうから。  初恋相手の嫌な面も見ることになって、ハッピーエンドは揺るぎ始める。  誰だってほしいのは刺激なんだ。  だから、ほのぼのとしたストーリードラマよりも、嫉妬とか陰謀が絡み合う恋愛ドラマのほうが受けが良い。  満足っていうのは永遠じゃなくて、刺激ってものも永遠じゃなくて。  どんなに強く思っていても、その感情自体がだんだんと曇ってしまうんだ。  人間って実は、そんなに綺麗なものじゃないんだろうなぁ。  とにかく、だ。  満足っていうのも幅があって、前述の高い視点よりももっと低い、低すぎる視点での満足を後述しようと思う。  それは…… 「肉はもらったぁぁぁぁぁぁぁ!!」  弱肉強食の意を極限にまで体現している、食欲の満ちた戦場での満足。  貪欲なる者が弱者か強者かは、この戦で決まる。  負けられないのは確かだ。  トモダチの叫びを軽くあしらい、オタマの射線妨害に徹する。  木でできたテーブルと、レンガでできたキャンプキッチンの間が直線的な戦場だ。  キャンプキッチンは凹(おう)の形をしていて、谷間の部分にはまだぢりぢりと火花の散る音が聞こえてくる、気もする。  テーブルの下には背もたれなしのイスが収納されているが、トモダチの障害になるほど通路側へ出てはいなかった。  トモダチのちっという舌打ちが聞こえる。僕の視界に、トモダチの死角から距離を詰める助太刀が参上した。  ――祐だ。  片手を神速に任せて振り上げた祐のもう片手には、炊きたての白ご飯が盛られたお皿がしっかりと抱えられていた。  トモダチの装備していたオタマが奪い去られ、宙を舞う。  辺りは緑。足元もただの土、屋根はあるが、風は普通に吹き抜け。そんな中に落ちれば、大自然の黴菌がついてしまうことだろう。  あまりにも現実的な蛇口がキッチンの傍にあるにしろ、おたまを確保し続けることはどちらとも困難となる。 「よっと」  軽く腕を伸ばした正樹が、それを掴み取った。  反対の手には、白ご飯の盛られたお皿が。 「よこせぇぇぇぇぇ!!」  駆け出したトモダチ。  その役は闘牛といったところで、闘牛士役の正樹に軽くスルーされる。  僕の仁王立ちする区域にまで足を踏み入れ、確保したカレールー入り鍋へとオタマを入れた。  そして、適量のルーを注ぎ込んだ。  白いご飯が茶色のルーと色とりどりの野菜に染まる。  グリンピース、ニンジン、じゃがいも、たまねぎ、そして――肉。 「ほい」  正樹はそう言って僕が片手に持っているお皿へとルーを注いだ。  同様にして、祐にもカレールーが行き渡る。  トモダチは嘆きの絶叫をあげた。  だが、誰も共感したりはしない。というか、ちょっと冷たい目をして距離を置いている。  まあ、仕方ないよな。 「みんなの分も考えずに、肉全部とろうとしたもんな……」  暗黙の了解により、トモダチのカレールー配給順番は一番最後となったようで。  こうしてトモダチは――肉どころか、具材がひとつもないカレーを食うことになったのでした。  六人班だっていうのになぁ。  まあ、あれだ……犠牲なくして幸せにはなれないってこと。  大いなる生け贄に合掌。おいしい料理のために合唱いただきます。  ちなみにカレーは、ただの辛口カレーだった。 「ふぅ……」  最後にまたまた校長からの話があってそれぞれのテントに戻った。  寝袋なんかで寝たことはなかったけど、馴れないところに来ると勝手に疲れるものらしい、今にも寝てしまいそうだ。  徹夜で談笑するってのもオツなんだけどなぁ。  まあ一日目なんだし、睡眠欲求に身を任せることにするか。 「っと、その前にその前に……」  寝袋のチャックを下す前に、持ってきたデジタル時計を引き寄せる。  やっぱり、目覚ましアラームをセットしていなかった。  明日は何時に起きようか…… 「まあ早めってことで」  ピッピッという音が響いて、アラームという欄に文字が刻まれる。  それを確認し、今度こそ僕は寝袋のチャックを閉めた。  空を見上げる。  テントの天井は、暗闇にムラがあった。  目蓋が重くなっていく気がして、目を閉じるとだらんと落ち着くことができて、息を吐くだけで心地よくなれて。  ……。  ……。  ……ぐぅぐぅ。