【タイトル】  CROSS!〜物語は交差する〜 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【サブタイトル】  ♯03[三井祐夜の休日](第4部分) 【ジャンル】  恋愛 【種別】  連載完結済[全127部分] 【本文文字数】  9069文字 【あらすじ】  舞台は現代風の孤島『風宮島』。主人公は季節を巡って愉快なヒロイン達との物語を築いていきます。一番の見所であるヒロインは、可愛さ溢れて10人以上!諸所に導入されているバトルロワイヤルも必見です。ほのぼので、ちょっぴりえっちなひと時を、味わってくださいね♪紡がれる、自分の心――届くことを、伝わることを願って――CROSS紡がれた、自分の心――届いた、伝わった、心――想い人との愛を育む力となることを願って――CROSS 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************ 「………………」  これは夢だろうか。  ただただ白い、何も描かれていない世界。  俺は朦朧とした、夢見心地な意識のまま、描かれる夢を待つ。  それは、無音。  音の無い夢は現実感もうすれる。  寄せては引き、寄せては引き……それを繰り返す波打ち際。  遠近感覚のぼやけた、蜃気楼をはるか先にみせる浜辺。  【俺】に駆け寄ってくるーー水の乙女。  彼女は、はしゃぐように顔を笑みで埋め尽くし、その笑みを【俺】に向けた。  彼女の動きと共に舞い上がる水しぶきすら、彼女の美しさを修飾するものと化す。  彼女は幼い子供のように手を【俺】に振る。  ゆっくりと口が、その桜色の唇が、開かれていきーー CROSS!〜物語は交差する〜♯03[三井祐夜の休日]  ピピピピピッ!! ピピピピピッ!!  俺は目覚ましを叩いた。  だが、それと同時に俺の起動も中止され、もう一度夢のなかへと身を落とす。  ビビビビー!! ビビビビー!!  俺はもう一度手を伸ばしーー飛び起きた。  ベッドの近くにある目覚ましはーー停止した目覚まし。 「ならこの音はーー」  俺は思考回路を回転させ、音源を索敵する。  そして、俺はベッドの下を睨み見た。  音が、そこを通して聞こえてくる。  俺はそれを、ベッドに耳をつけることで実感し、俺はベッドの下に頭をおろした。  重力にそって髪が下へ流れ、目眩に似たものを感じるが、それを瞬間的に押さえ込むと、ベッドの下に目を走らせた。 「いつのまにこんなものが……」  俺は見つけたそれを鷲づかみにする。  それは、星型の目覚まし時計。  俺はそれのアラームを止め、睨んでおいた。  いつもの時計の隣に置き、二度寝を決行しようとしてーー 「ーーしまった。頭が完全に覚めてしまった……」  エンジンが稼動し始めた脳。  意識は完全覚醒している。  寝るには時間がかかるだろう。 「……はぁ」  俺はあきらめて起きることにする。  俺に寝坊の二文字が浮かぶ日はないのか…… 「あ、弟君。おはよ」  昨日と同じく、熊さんのプリントされたエプロンをつけた美姫。  ひとつ違うのは、その下に着ているのが私服だということだ。  その私服というのも、胸までの黒い上着に真っ白なポロシャツのようなものーーああ、上着のやつなんて言うんだろうな。俺には不理解な世界だよ。 それはそうとして…… 「美姫だよな? 目覚ましをベッドのしたに置いたのは」 「うん♪」  −−その元気な返しはなんだ。  まあ、しおらしくされても、それはそれで困るのだが。 「だって、弟君二度寝する気でしょ?」  美姫は口を尖らせる。  −−当たっているからこそ何もいえない。  俺は仕方なく席に着いた。 「今日は和食か……」  目の前には生卵、のり、なっとう、ごはんーーどうみても和食の定番ばかりだ。  そこに、おぼんに味噌汁をのせた優衣がキッチンから出てくる。 「美姫ちゃんは外国帰りですし、和食が恋しかったと思いまして」  優衣はそういって味噌汁を置いた。  美姫はうるうると目を潤ませて、優衣に抱きつく。 「優衣ちゃ〜ん、うれしいよ〜〜」 「そんなに喜んでくれて嬉しいです……」  俺は美少女の絡み合いを横目に、食事をはじめた。  俺が音をたてて味噌汁の半分を味わったとき、席にもどった美姫に声をかけられる。 「弟君、今日は何か予定あるの?」  俺は味噌汁を置いてとりあえず唸る。  だが、何もないわけなので、とりあえず部屋に残るミッションを浮かべておく。 「クリアしてないゲームを攻略しようと思う」 「もう。休みなんだから外にお出かけしないとだめだよ!!」  そう言われたら、いつゲームをしたらいいのかわからんな。  俺はそんなことを思いながら、とりあえず買い物に出かける予定と所持金情報を脳内に挿入した。  −−まあ、いいだろう。 「まあ出かけるとして……いっしょに来るか? 何かほしいものがあったら買ってやるぞ。俺の脳内設定価格までならな」  俺はそういって生卵とごはんを混ぜ、醤油をかけ、口に啜り込む。  美姫はお箸の先を唇に当て、首を傾げて唸った。  そして、残念そうに繭をゆるめ、言った。 「ごめんねぇ……今日はいろいろと手続きにいかないと……ほら、学校の選択教科とか」 「そうか……」  俺はなんとなく気落ちする。  すると、美姫はさらにすまなさそうにした。  俺は首を振って笑みを浮かべておく。  そして、海苔をバリバリと食った後、優衣に顔を向けた。  優衣は俺の視線に気づいたのか、同じくすまなさそうにする。 「お料理部の活動がありまして……」  優衣が家事全般得意なのには、部活動での努力があってこそなのだ。  なら、無理にサボれともいえない。  俺は仕方なく一人でのショッピングを楽しもうと、空になった皿達の横に箸を置いた。 「そうはいってもな……」  俺はぽりぽりと頭を掻く。  俺はいま商店街にきている。  そして、ただただ入り口で突っ立っている。  視界に広がるのは、それはもう大量の買い物客たち。  しかも、カップルが多い。  いや、おばさんもそれなりに多い。  そんなことはどうでもいいとしてーー 「デパートは結構たまってそうだし……やっぱ落ち着けるところがいいよな」  俺はそう決め、突っ立っているわけにもいかず、しぶしぶ歩みはじめた。  適当に視線を泳がせるが、やはり視界に映るのはカップルやおばさんや子供。  とりあえず、定番とも言うべきゲーム店にはいることにした……  宇宙。  そんな一言であらわされるこの未知数な、二進数存在ではない漆黒の海。  俺は広大な黒の戦場に傷をつけるがごとく、極太の光線を放った。  その光線は、例えれば貪欲な獣。  俺に敵為すものを喰らいつくさんとするように、その軌道上に浮く地球外のものーー宇宙船を飲み込んでいった。  そのさきには、宇宙規模においてその全身を顕現させることを可能にした超巨大要塞型宇宙怪物。  光線の一撃はその巨体を豪快に抉っていく。  だが、俺の搭乗する白銀の新型宇宙戦闘機は、今まさに最強の名に等しき実力をもっているのだ。  その戦闘機の大きさからは想像できないほどの極太光線が再度放たれる。  戦闘機は光線発射の反動を知るよしも無く、矛先を怪物に向けたまま横へと直角に曲がった。  そこに並べられるのは、極太光線の嵐。  戦闘機は貪欲なる獣の重奏を始めたのだ。  その御前に、罪深き愚かな怪物、侵略者は塵と化す。  侵略者は壮大な爆発を二度三度と起こし続ける。  それは勝利のファンファーレ。平穏の訪れを表す輝き。闇の、魔の、完全消滅。  そして、戦闘劇は刻一刻とその幕をおろしていったのだった…… 「ふぅ……」  俺は集中を解くように、息を大げさに吐き出した。  俺の両手には、何度連打したかわからない三色ボタンとまだ掴んだままのコントローラーがある。  俺はそのコントローラーの赤色球体から手を離した。  汗ばんだ手を二・三度振って乾かし、すこしぼろくなった液晶画面をみる。  Win!!  Time:40.53  HP:5/5  Point:5000+15000+59470 「合計で……80,000弱か」  画面が自動的に切り替わり、ランクトップにきらめく我が成績が刻まれる。  そしてふと思った。 「結局ゲームじゃねぇか……」  俺は落胆する。  まあ、こんなことしかすることがないのも事実なのだ。  もうこのゲーム全クリに1時間ほどかけたのかと思うと、ただ無性に無駄を感じる。  だがすぎたことは仕方ない。  俺はSTART画面になった液晶から離れることにする。  そのとき、まるで冬眠中の熊が無理やり起こされて怒ったかのようないらいら声が響き渡った。  俺は思わずジロリと音源を睨み、後悔する。 「くっ!! なんだこの娯楽機器は! 壊れてるんじゃないだろうな!?」  知り合いでした。  昨日から会っていなかった少女。  そのポニーテールが、少女の動きとともに揺れる。  俺としては民衆の注目を集めている知り合いに声をかけたくはないが、制止すべきだろう。  ということで、俺はその少女に近寄った。 「やあやあこんなところでどうしたんだ? 美夏」  俺はできるだけ明るめに声をかけた。  少女ーー美夏はギロリと俺を睨み殺そうとするがのごとく振り返り、俺に怒りの矛先を無言で向けた。  だがそれも一瞬、美夏は呆れたように俺を見た。 「なんで貴様がいるのだ……」 「こっちが聞きたいな」  俺はそう返す。  美夏はクレーンゲームへと目をもどし、すぐそばで塔をつくるコインの一番下をだるまおとしのごとくさばき、コインを取り出した。  そして、カランという音とともに投下される。  ボタンに光が灯り、美夏は動くユーフォキャッチャー見入った。  というより、凝視した。殺気等々のこもった強い眼圧付きで。  俺はそれに圧倒されて押し黙る。  そして、美夏の視線を追ってキャッチャーをみた。  それはゆっくりと移動し、一定の距離を進むと停止した。  その下にあるものが美夏の目当てだろうと、下に視線をうつすとーー 「はぁ?」  キャッチャーの真下に、ものはなにもなかった。  そりゃもうきれいさっぱりに。  そうなると、予想するまでもなく予想通りにキャッチャーの掴み部分は空をきる。  その動きに、クマぬいぐるみの飛び出したお手手が当たって、ぬいぐるみの山の中にもどされた程度。  そして、美夏はくやしそうにうぅっと唸った。 「………………おい」 「つ、次だ。次こそは取る!!」 「おい!!」  俺はさらにコイン投下しようとする美夏を制止した。  美夏はそうして俺の存在を思い出したように、声をもらし、呆れたように笑った。 「まだいたのか。貴様も暇人だな」 「お前………………何取ろうとしてるんだ?」 「見てわからんのか」  やれやれ、と美夏は肩をすくめた。  いまのキャッチャーから察することができるのなら、そいつはきっと超能力者だろうさ。  100人中99人はわからないと答えるだろう。  俺もすこしムシャクシャとするが、それは大人となって抑えておこう。  美夏はゆっくりと指で、そのほしいものを指した。  ……言いたいことがまずひとつ沸いた。 「さっきのユーフォキャッチャーの位置と大分違うみたいだが?」 「う……うるさい、ばか者!!」  美夏は図星を突かれてか、ごまかすように怒った。  そして、その矛先はキャッチャーへと移る。 「だいたいこいつが、私のおもうところに行かないのが悪いのだ!!」  罪なきキャッチャーくんがかわいそうだぞ。  俺はそう思いながらも、一定まで潮が引くのを待つ。  美夏は叫んでもまだいらいらはとれないようで、コインをひったくるとまたクレーンゲームをはじめた。  ーーって、すでに狙いのぶつをとれる確率が刻一刻とすぎていってるぞ。  俺は仕方なく美夏のそばにより、手助けをすることにした。  俺の感覚で、スイッチを押す。  すこし柔らかい感触がした。そう、人のような。  だが、今は無視しておく。  俺はもうひとつのスイッチを押し、キャッチャーを下へ下へと降ろしていく。  そして、その掴み部分は美夏の欲した例のぶつを引っ掛けた。  掴み二つにしっかりと掴まれたそれは、キーホルダーをそのまま大きくしたような黒猫の顔。  その下にはチェーンが揺れている。  黒猫のミミを掴んだキャッチャーは、そのまま来た道を引き返していく。  黒猫は激しく揺れながらも、なんとかホール前に到達して停止する。  そして掴みはゆっくりと離れ、黒猫はホールに落とされた。 「よしっ!!」  俺は自然と笑みを浮かべ、はっとあることを思い出した。  俺に密着するように、というか手は触れ合っており、俺はそれを認識するとともに離れようとして、そしてふと密着していた者の顔をみてーー 「……」  −−今にも爆発しそうな火山ですね。  美夏は何言かを呟きながら顔を真っ赤に染めあげ、そして唐突に時限爆弾が爆発することをしったかのように俺へと拳を振りかぶりーー 「この不埒者がーーーーー!!」  俺は一瞬気を失った。 「返してよ……やめてよ……」 「や〜だよっ!!」  遠近感覚の不明な、色あせた過去の動画(ムービー)。  一人の背の低い少年が、数人の背が高い少年に囲まれていた。  背が高い少年はいじわるな笑みを浮かべ、低い少年は不安げにしながらも勇気を振り絞って声をだしていた。  背の高い少年の一人は、ランドセルを背の低い少年の前で振ると、別の少年にパスする。  背の低い少年はそれを追ってもう一人の少年の前にたどり着く。  もう一人の少年も何がおもしろいのか、にやにやと笑みを絶やさない。  背の低い少年はランドセルに向かって飛び掛り、背の高い少年の闘牛場のごとき演劇の牛を演じることとなる。  少年はわざとらしく軽やかに背の低い少年を避けた。  背の低い少年は地面に這うこととなる。  その場にいる、背の低い少年以外が隠すことなく下品な笑い声を響かせた。 「……薄汚いクズどもが」  そんな、この場にてイレギュラーな、高く気高い少女の声が響き渡った。  それと同時に少年らが弾けるようにして盛大にこけた。  ただ、それだけだ。  背の低い少年はぼうぜんとする。  その少年に、一人の幼き天使が手を差し伸べた。  いや、戦乙女かもしれない。  なぜなら、この少女が少年らをこけさせたのだ。  その片手には少女の身長には合わない大きさの竹刀(しない)が握られている。  少年らは怯えた風に何言かを言い放ちながら、我先にと逃げていった。 「大丈夫か」  少女は心配する、という風にもなく、でも優しさを感じさせ、安心感をおぼえさせる声をかけた。  少女は背の低い少年にランドセルを持たせた。  背の低い少年はそこにあってようやく気が緩んだように、泣き声をあげ始める。 「弱虫、しかも泣き虫か」  少女はあきれたように言う。  だが、少年の側から離れることも、少年を無理矢理泣き止ませることもしない。  ただ、一言こういったのだ。  −−泣け。それは許す。だが、泣いた分強くなって見せろーー  俺の意識が完全なる遠近をなくし、ぼやけさせ、浮上するーー  その視界には光が埋め尽くされていくーー  夢からーー覚めるーー  俺はからんっと氷の摩擦音を響かせるカップをぼ〜っと見つめた。  そこに、気まずそうな声がかけられた。 「本当にすまなかった……それにこれをとってくれたんだしお前は殴られる理由も無くて……」  俺は無視するつもりも無いので、その音源に顔を向けた。  コーラのなくなったコップに溜まる氷を、ストローでかき混ぜながらぶつぶつと呟いている少女が一人映る。  少女の肩掛けカバンには、さっき取ったでかでかキーホルダーが付けられている。 「そういえば、何でその手のひら大のマスコット……もといキーホルダーがほしかったんだ?」  微妙に怖いキーホルダーだ。夜に見るとホラー系になるだろう。  少女ーー美夏はキーホルダーといわれ、そのマスコットをとった。 「アズラエルのことか?」  アズラエル……なんの登場キャラだ。  というか、マスコットーー猫ーーからなぜアズラエルなどという大天使(アークエンジェル)っぽいものがでてくるんだ。  そんなツッコミをいれていては埒があかないので、俺は頷いておく。  美夏は一瞬迷いをみせるが、微妙に目をそらして言い始めた。 「その……な……実は……あんまりこういうものはしないので……目に止まったらつい……」 「しない? ゲームが、か?」  女子というものはゲームセンターに来ないものなのだろうか。  まあ、優衣や美姫が来るという状況は想像もできないが。  いや、ボーリングとかは集まってすることはあると聞いたことがあるな……  俺は視界を泳がせ、遠くでやっている店の【夏の先取り! 素敵な水着で楽しいバカンスを過ごそう!!】という広告をみた。  とりあえずスルー。 「あんまりしたことなくて、上手くできなかった。と……」 「う……」  美夏は図星を突かれたようで、ショボンとする。  俺はふむっと考えるように唸り、あたりに目を走らせる。  −−よし。いっちょ楽しませてやるか。 「美夏、出陣だ!!」  俺は美夏の手を取って走り出した。  美夏はわけがわからずともこけずに、俺のスピードにのってくる。  俺は突発的に企画した【お楽しみ会】に胸を膨らませるのだった…… 「ふむ………………やはり【零式】は【魔源】を根本にした業だったか……」 「ミラくるちゃんはついに【キューティーマインド】を手に入れることができたねぇ」  街の一角。  二人の青年がラフな格好で壁に背を預けていた。  一人の青年は、コスプレした少女の二次元イラストの文庫本を読み、もう一人の少年はすべてが黒い、だが文字が血のように赤いーーというか湿っ気があるーーカバーの書物を読んでいる。  その二人は同時に文面から目を離し、同じ方角に目を向け、同じ人物を見た。 「祐夜か……」 「祐夜だねぇ……しかも女の子と手つないでる」  建物には必ずといっていいほどある、ガラス窓。  ゲームセンターの一角にもそれはありーー実際は裏出口だから窓壁なのだがーーそこには二人の知人が、女子を無理矢理引っ張っているように見えた。  そうまるで誘拐のようにーー 「……青春だねぇ御劉君?」 「そうだなぁ輝弥殿……君(くん)は止さないか?」 「そっちも殿はやめようよ」  二人がそういうコントらしきものをしている間に、知人の姿は消えたのだった…… 「よし! よぉし!!」  俺は驚愕で唖然とする。  それに反比例して美夏は拳を振り上げて輝かしい笑みを浮かべている。  俺たちはいまエアホッケーをしている。  そして、今俺のもとに通算10回目の円盤が握られた。  俺はそれを戦場に落とし、左手に渾身をこめてはじき出す。  美夏はそれを横に叩くと同時に横面で円盤を固定させる。  そして、瞬間的に弾いた。  左右に行く円盤は視覚認識を超え、一本の線に見えてしまう。  そして、俺の手を越して円盤は今一度俺のもとにもどってきた。  美夏の笑みは輝きを増す。 「……」  さすがにこれは予想外だった。  だが、それは俺の思考が劣っていただけだった。  考えれば容易に理解できたことのはずだ。  美夏はただゲームを知らなかった。  こいつは元々順応能力は高い。  頭のキレも良いし、身体能力も俺と同じほど鍛えているせいかものすごく高い。  だから、こうなった。  俺の超連敗。  ルールを教えて二戦目でそれは始まったのだ。 「ゲームとは楽しいな……もう一戦するぞ!!」  美夏はそういって生き生きと目を輝かせた。  俺はこれ以上負けたくはないので、さらに本気の本気でいく。  その後……5敗したのは、まあ忘れよう。  いったいいくつゲームをしただろう。  カーレーシング、シューティング、ゾンビ討ち……  そして、既に日が暮れた頃……  俺は美夏と人の少なくなったオレンジ色の街道を二人で歩いていた。  美夏は満足そうに顔を綻ばせていた。  スキップしそうな上機嫌で、俺に顔を向けながら後ろ歩きをする。 「今日は楽しかったぞ………………娯楽機器の使用方法を教えてくれて礼を言う」  美夏は普段には見せない優しい笑みを浮かべて言った。 「気にすんな。というかそんなに喜ぶなんて予想外だ」  俺の言葉に反応してか、少し笑みに影が差す。 「私も……高校生だからな」  そして、俺に背を向けた。  表情がまだ笑っているのか、それとも泣きそうなのか、冗談なのか、本気なのかーー俺には知りえない。 「私にも……楽しいと思える感情はある」  そんな哀しい声が、美夏の背を見ながら聞いてしまう。  そうなると、広がるのは不安。  ただどうしようもない衝動。  俺にも理解できないーーただなにかを止めたいようなーー衝動。  俺は美夏に声を張り上げようとしてーー 「バァカ。本気にするな」  そんな声と共に額をコツンと叩かれる。  美夏は俺の想像とは違って、してやったりという勝利の笑みを浮かべている。  そして、俺は理解した。  いや、察した。  今のはーーつまりーー 「嘘つきはどろぼうのはじまりだぜこのやろぉぉぉぉぉぉぉ!!」  美夏は満面の笑みを浮かべて走っていく。  俺はそれに追いかけるように走った。  本気で駆ける。冗談だからこそ本気で駆けてハメをはずさなくては楽しくない。  そして、暗くなり始めた街道に、俺たちの声が響き渡ったのだった…… 「ふぅ……」  やはり自宅は妙に落ち着く。  俺はイスに座りながら、疲れを吐き出すようにため息をだした。  そこに、腰に両手を当て胸を張った美姫がうんうんと満足そうに頷く。 「ゲームしにいったかな〜と思ってたけど、ちゃんと遊んできたんだね。お姉ちゃんうれしいぞっ!」  残念だがそれを素直に喜ぶことはできません。  ゲームしにいったもんな…… 「そういえば、そろそろ期末テストですよ?」  優衣が夕食メインらしきハンバーグをもってあらわれる。  美姫は首を傾げた。 「テスト? もうそろそろなんだ。いつ?」 「えっと……あと三週間はあります。まだ先生さんも言わない時期ですね」  まあ、俺にはまだ当分さきのことだ。  美姫は俺を見てくる。 「当分先だ〜とか考えてたでしょ? お姉ちゃんにはお見通しなんですからね」  うっ、なぜわかった。  俺はわざとらしくうめきをあげてみる。  美姫はあきれた風にため息を吐くと、なぜか嬉しそうに顔を綻ばせた。 「テストのあとは、プールとかあって、それで夏休みだよ? 今年はいっしょに楽しめるね」  美姫にとって久しぶりの日本での長期休暇だ。そりゃうれしいだろう。  どこかに連れて行ってやってもばちはあたらないかもしれない。  よし、どんと家族ぐるみで遊園地にでもいくか。  俺のなかでビューティフルでナイスでサプライズなイベントが企画されていく。  そして、俺はこれ以上ないほどに美味な愛情たっぷりのハンバーグにかぶりついたのだった。 「例の企画。実施する価値はあるな」 「祐夜の遊園地デートかい? あのミラくるちゃんが好きな人と親友と好きな人の親友とで、ダブルデートしたあげく好きな人の親友との距離が狭まってしまったあの遊園地イベントかい? そういえば、あそこで好きな人の親友がミラくるちゃんのことが好きになった伏線があったんだよね」 「そこまではしらんぞ」  呆れたような、苦笑まじりの声が響く。  だが、その声はすぐに真剣さを取り戻した。 「だが、【家族ぐるみ】ではまだ足りんな。俺はその先を行く。 もっとーー大きなサプライズにしようではないか? 同志輝弥よ」 「そうだねぇ。それもおもしろいかも。 でも、それまでに定期イベントがひとつあるねぇ。 女子のお披露目イベントはかかせないよ」 「輝弥よ。貴様はなんの話をしている。それはゲームか、ギャルゲーか。 まあ、お披露目イベントはあるにはあるな」 「ってことで、テストでは動くのかい? 同志御劉よ」 「いや、今回は動かない。 テストで不利益な事を起こしては意味が無い。 まあ、祐夜も相当リスクを背負っているからな。 これ以上騒動を与えては赤点だぞ」 「それはこまるねぇ。夏休みつぶれちゃうじゃないか」 「まあ、蛇足になるかも知れんが情報操作の準備はしておこう。 念のためだ」 「了解」  ……そして、声は黒幕に消えた……