【タイトル】  CROSS!〜物語は交差する〜 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【サブタイトル】  ♯15[ノクターン。ソナタなソナチネ。その先に](第58部分) 【ジャンル】  恋愛 【種別】  連載完結済[全127部分] 【本文文字数】  10466文字 【あらすじ】  舞台は現代風の孤島『風宮島』。主人公は季節を巡って愉快なヒロイン達との物語を築いていきます。一番の見所であるヒロインは、可愛さ溢れて10人以上!諸所に導入されているバトルロワイヤルも必見です。ほのぼので、ちょっぴりえっちなひと時を、味わってくださいね♪紡がれる、自分の心――届くことを、伝わることを願って――CROSS紡がれた、自分の心――届いた、伝わった、心――想い人との愛を育む力となることを願って――CROSS 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************  無意識という指図によって動いた太刀が、生命を殺ぎ取る一撃を防いだ。  近すぎる相手の顔。青春も何もない。  ――剛鉄に何らかの感情をおもうとすれば、それは恐怖でしかないからだ。  即座に弾かれ合う二つの刀。人の超えられぬ速度を遥かに超越した二撃目が跳ぶ。  あまりにも正確すぎる。だからこその『機械(マシン)』か。  対処に必要なのは英知でも強力でもない。必要なものは全力という名の選択。  刀の構え方。向き。腰の低さ。状況判断力。すべてが正確な彼の者と臨機応変という柔軟を持つ自分と、どちらが勝ちを得るのか。  二撃への対処をした。  吉とでるか凶とでるかは、すぐに訪れた未来によって理解する。  だが、理解する余裕は別へと回した。  身体を掠めなかった機械の太刀が地面を抉る。地面の拒絶が太刀を重くすることを見越す。  反撃の刹那――フェイントは保険ではなく、ミス選択でしかない。反応の極みを持つ相手には、覆らぬ時間差をもって対処しなくてはならない。  握る力を込めなおす必要は無い。すでに全力だ。  振る力に予備はいらない。すでに瞬発の極みをみている。  集中という無意識は、凡人をも愚かな達者へと変貌させる。  己の太刀が――斬鉄を切り込んだ。  目を模るスコープが吹っ飛ぶ。  皮膚を模る弱き装甲がひび割れる。  小さな電子音を残して、最強を読み込んだ機械は刃を握る術をなくした。  そして痛感する。  ――|K(キング)は殺れる。  だが自分はあまりにも凡人。最強一人を殺る可能性を秘めていても、数による勝りには屈する。  この圧倒をどう覆すか――策が必要だ。それ以上に度胸が必要だ。  時間は有限。これはミッションではなく、グランギニュールだ。殺るか殺られるか。超えなくては栄光を掴めない。  そう、僕は生き続けるんだ。  CROSS! 2nd〜そして、物語は交差する〜♯15[ノクターン。ソナタなソナチネ。その先に]  走る。走る。走る。  息が作る靄。足に響く鈍い冷たさ。そのすべてを耐え抜いて。  走る。走る。走る。  無人の交差点を。その先に続く一本道を。曲がり角を超えようとして。 「愁」  止めた。  厚着をしているわけでも、薄着をしているわけでもない、正樹が僕に声をかける。 「お、なんて偶然♪」  小夜歌さんとの約束もあるけど、ちょっとくらい立ち話しても間に合うかな。  正樹へと駆け寄―― 「おっと、ここから先は工事中かもね」  いつの間にか僕と正樹の間に割り込んでいる伊里嶋先輩。  横顔はいつもの笑みをもっているけど、雰囲気がおかしい。 「そうそう、これ以上この正樹少年に近づかないほうがいい」  突然現れた御劉先輩も、いつもどおりな感じがするけど何かおかしい。  肩をトンッと叩かれて、振り返る。 「何か急いでたんだろ? はやく行ったらどうだ」  優しい微笑みを浮かべた三井先輩。  そして僕は覚った。  何かを――隠されているんだと。  正樹は関係しているんだろうか。  正樹が悪いのだろうか。  正樹が――ぶんぶんと頭(かぶり)を振って、思考を無理やり止めさせた。  そして、声を絞り上げる。 「――」  気づく。  言いたいことがあるはずなのに、言葉が浮かばないことに。  なんという矛盾。なんという焦燥感。  パクパクと口を開閉させて、正樹に目だけで訴えかけた。  伝わったのか、伝わらなかったのか。  とにかく、正樹の表情は変わらなかった。  伊里嶋先輩に微笑みだけで急かされる。  正樹の隣を横切った。  足並みを変えることなく、通り過ぎる。  横目に見た正樹の瞳は――混沌に満ちていた、気がした。       ○  ○  ○  指を鳴らす。  同時に蠢き現れる闇。闇という魔。魔という強靭。  阻害者三名の処刑に不相応な数。 「|銃火器特化型(ガンフォーム)人形(マリオネット)機械(マシン)『|σ』に、|近接超特化型(ブレィドフォーム)人形(マリオネット)機械(マシン)『θ』 さらに|対零距離戦柔軟対応型(パーフェクトフォーム)人形(マリオネット)機械(マシン)『K(キング)』とは……一度君自身を追い詰めたこいつらを、なんで君が使うのかな?」 「皇帝(カイザー)。僕はわかったんだよ。力は、振るう者の手によって悪にも正義にもなる。 だから、この力に罪はないんだ……そうとなれば、優秀な部下に早変わりだよ」  三機しかいないKが正樹の左右前へと仁王立ちする。  θが輝弥、御劉、祐夜へと迫った。  迅速をとうの昔に超越した音速――超えられぬ距離によって、ぎりぎり埋められる。  それぞれが構える刀は、θの持つ太刀と同等にしてそれ以上。  だが、武器の力量で左右される戦局とはゲーム。  これは――グランギニュールなのだ。  それぞれがそれぞれの思惑に乗っ取って跳躍。それを追うαの銃弾は掠めもしない。  予測射撃は、静止体を撃てぬという意味でもある。だからこそ採用されるべき能力ではなかった。  正樹も太刀を抜刀する。θに仕込んだ発信機の出所をそれぞれ確認し、どこに向かっているのかを予測―― 「……風宮学園」  呟いたその声は、あまりにも低かった。       ○  ○  ○  並木道を、できるだけ身を低くして進む。  θをかく乱することはできない。闇黒でのαの精密射撃が衰えをみせないことが、暗視スコープ搭載を証明している。  祐夜は思考する。即座に一本の木へ身を隠した。  θは木へと一直線に近づき、横への斬撃を放つ。  それは機械らしい、限りなく消耗を減らすことを優先した選択。  だからこそ読みやすい。  二歩木から距離を置いていた祐夜は斬撃の射程外におり、掠めることもなく振り切られる太刀を前にして全力の一撃を刀へと込め終えている。  機械であっても、己の腕力を超えた腕力で、振り切りつつある太刀を強引に動かすことはできない。  鋼の打突が、θをぶち抜いた。  小さな電子音。それを忘れさせる銃弾の、地面との摩擦。  祐夜は即座に踵を返して走り始めた。  確認したθの残数は五。αは七。 「分が悪すぎるんだよ……」  増援がほしかった。該当する人物を思い浮かべ、打ち払う。  祐夜は走り続けた。向かう先は――浜辺。       ○  ○  ○  θの許容範囲外から、エアーガン特別製の連射をかます。  木すらも削れるその威力。θを後退させながら破壊した。  前衛が消える。曝け出された後衛α。  銃弾の一発が五体のどれかを潰せば終り。脳なら即死。  御劉は低く太刀を構え、目の瞬きを捨てた。  即座に――太刀を投射する。  αは正確にそれを打ち抜く。その判断は正しくも間違い。御劉を視界から消したというミス。  θの太刀を拾い上げた御劉は、左下から右上への斬撃を渾身を込めて放つ。  僅かに――甘い。  αの装甲はθを超える。甘かった分αは生きる時間を得る。  銃が御劉へ向く。人差し指が動き始める。引き金を引くという結果を作り始める。 「ジ・エンドだな」  エアーガンが唸る。  方向はα。弾は連続。削る力はノコギリの比ではなく。  今度こそ、αは生き絶えた。  残るαの数を即座に確認。踵を返して走る。走り続ける。  向かう先は――バスでも行くことができない巨大なゴミ収集場。       ○  ○  ○  息を殺す。心臓を掴みとる。鼓動音認識を痛みで除去する。  小さな足音。それが止まったのを確認し、身を闇黒から引きずり出した。  足音が響く廊下。今は関係ない。必要な事柄は、相手が己に背中を向けている事実。  相手が振り向くよりもはやく。太刀が相手の首を薙いだ。  そうして得たものは、現実的な重みを持った銃。  小さな電子音を残すαを盾に、前衛を歩いていたθの攻撃をいなす。  弾数を重みで計る。四か五。θの数と比べる――おつりがくる。  輝弥は刀を交わすθへ銃口(マズル)を押し当て、発砲した。  停止を確認する暇なくその場から跳ね、さらなる敵からの一撃を回避する。  数的な優勢を誇る、θの数体。地形利用の厄介さがない分対処がしやすい相手ではあるが、実力は人を瞬殺できるほどなことはかわりない。  輝弥は踵を返して、階段を駆け上がった。  ある程度の距離を稼いでの奇襲――一本道に誘いこめば、θ抹殺は即座だ。  鎮まり返る学園の内を、輝弥は駆け続けた。       ○  ○  ○  パシャパシャと音をたてて水辺を走る。  手に握りこんだ小石。武器ではない、だが、必要なものだ。  全力を緩めず、走り続ける。発砲音が水を叩く。走り続ける。  θとαのすべてが水へと足を踏み込んだのを確認して――小石をあらぬ方向へと投げた。  数回の音。確かに響く。  機械らしくあれよ――祐夜の願いは叶い、θとαはその音を得て判断を鈍らせた。  唐突な静止。どんなに処理速度が上がった機械であっても異質な物音を判断するには最低でも、人と同じ時間を要する。  保険としてもうひとつ投げ込み、同時に走り出した。  θの一体へ刀を打突する。片手でθのもう一体を海へ投げ込む。  その物音が祐夜のアクション音を上回る。機械の敵意が律儀にもそちらへと向く。祐夜は極限の猶予でありながらも優勢を勝ち取っていた。  刀を引き寄せる。θの意識がもどりつつある。それよりはやく一撃がθの数を減らす。海へと倒れ落ちる。残る人形すべての意識が、その盛大な音へと向く。祐夜は刀を引き寄せる。その半無限ループ。  それによってθとαはすべて海の塵屑と化した。  祐夜は刀を地面へと突き刺し、息を吐く。  損傷を感覚で確認。掠った箇所は多いが致命傷はない。全力を長時間保つことによってできた負担が、祐夜の身体を蝕む。  未だ残る警戒心。未だ残る集中感。  迫る刃に反応したのは、本能だった。  刀と刀のぶつかり。脳の認識が追いつかない。目で得たものを受け止める。  あまりにも人に酷似(こくじ)している肌の血色。細い腕からの予想もできない強力が、ぶつかりの平衡を一瞬でくつがえした。  押し切られる。足元がおぼつく。体勢が崩れる。  全力な覇王は誰にも負けない。全力でない覇王は凡人にすらも負ける。  即座に片足以外への力を遮断し、前へと押し切り返す判断を下した。  横へ弾いた刀。その先に、太刀の持ち主の顔が投影されて。  漠然とした。  驚く暇もなく遠心力を伴う軌跡を描いて再来する太刀。  思考を白紙にする。感覚だけを思考とする。視覚に頼りつつもそれに集中せず、本能という直感だけで動く。  続く剣戟。足腰に響く。刃こぼれする。集中が削がれる。  できればはやくに倒したい。消耗も少なく。  虻蜂取らずはいけないのかもしれないと切り替えた。  |超最強神力(きいろい)|酷似発砲可能型(かわでつつまれた)|超重量巨大兵器(くだものっぽいもの)『刃那茄』の破壊はとうの昔に終えている。それまでの過程において最強という名をもつ八方対応の――K(キング)  なぜここに、という疑問はいらない。対応という環境適応のみが必要。驚愕を押し殺す。  即座に動く己(おの)が太刀。わずかに遅れる。集中の幾分かを裂いた故の仇。  痛みが走る。衝撃が走る。水しぶきから温度が消えたように感じる。平衡感覚の完全な狂いが無抵抗をつくる。  だが、距離が開いた故に余裕が生まれた。  なんとか手放さずにすんだ刀を使って身を起こそうと――  刀を振り上げた。尻餅をつくことも厭わずに、片手だけの渾身を放つ。  視界の隅を掠めていた斬撃が弾かれ、水を切った。  …………冗談にも程がある。突き飛ばされて直後に反撃を受けるなんて。  そんな状況、如何な教本にも書かれてはない。  祐夜は小石を投げ払いつつ、一気に後退した。  Kは熱探査でもできるのか、ターゲットの波長を捉えているのか、視線で祐夜を追い続ける。  動きはしない。なぜか――Kだからだ。  Kはチェスでも極力動かないもの。弱者を利用して、己の攻撃範囲へと誘っての攻撃こそKが生きる。  だが、このKはチェスの駒を模していてもそれ以上。長距離からの銃撃は、どんな数であっても弾かれる。  だが――策は安易に生まれた。       ○  ○  ○  やはりな――御劉は頷く。  やはり来たか。  Kという名を持つ最強。エアーガンでは到底、対策にはならない。  あるいは銃と剣での連携が効くかもしれないが――二体同時に相手するには不都合がありすぎる。  αの残骸。θの残骸。それらが異質とならないほどのゴミ山の数々。  目を走らせる。策を探り当てるために、慎重に。  地形、高さの差、幅の狭い道や足場が心もとない道。すべてを脳裏に浮かべ算段する。  踵を返し、走り出した。  追ってくる音。ゴミを潰す音や蹴る音から容易にわかる。やりやすい。  それ以上にKはある程度の速さを越すことなく御劉を追っている。御劉は疲れない程度の速さで走ることができた。  御劉はエアーガンを捨てる。  即座に己が刀を手頃な粗大ゴミに突き刺し、Kへと投射した。  即座に別の粗大ゴミを掴み、投げる。  その二撃はKの完璧対応によって真っ二つに切り裂かれた。  御劉の狙い通り。  回り込んだゴミ山を叩く。安定が覆される。雪崩れ落ちた。  予兆として落ちるゴミをKは切り続ける。目の前の物事にしか対処していない、機械らしい短所。  ゴミ山がKを影で包み込む。Kは上を見ようともしない。  そして――壮大な轟音を響かせ、ゴミ山はKを丸呑みにした。  余韻の残る中、御劉は息をひそめる。  ゴミの揺れる音、己が鼓動、異質で不可解な音を察知するためにできるだけ除外する。  それが無駄になるほどの雑音を兼ねて、Kは立ち上がった。  二体とも。不死身の名に等しき状態をもってゴミを踏みしめる。  刀が再度握りこまれる音がした。 「無傷とはな…………もうすこしネタを織りこむか」  御劉は身を低く、太刀を構える。  Kはのそのそと動き出し、一気に御劉との距離を詰めることはない。  柔軟応用対応ができる分、状況を大きく変化させる移動行為が不可能なのだ。  段差がある場合、それを踏まえての対応情報を読み込む必要がある。一歩ごとに変化する周辺状況を熟知する特性をもっての柔軟応用対応。ジュールが貯まるのも容易。だからこそ、遅い歩みでしか移動ができないのだ。 「つまり…………」  自らの熱でオーバーヒートする可能性を秘めているということだ。  不安定な足場であるゴミ収集場。滑り落ちるという移動を行えばどうなるのか。  御劉は強く、刀を握り締めた。  己が太刀を己が腕とし、己が集中は己が意識を超越した無意識とする。  つまり――勘だ。  人の最強を、同じ最強を語る機械へと魅せる。  一体へと先手をとって切りかかった。  即座に刀を押し当てられ、押し合いがはじまる。  停滞はこちらの敗北を近くする。御劉は二体との立ち回り方を考えて足を運ぶ。できるだけ一方に二体を固める。  刀を打突。フェイントを思っての横薙ぎ。ステップで後ろへ。  ゴミの投射も、Kに隙を生ませるための余興。  上手く立ち回れ――自らに言い聞かせ、御劉は戦いの覇者となった。       ○  ○  ○  夜風が頬を撫でる。屋上。紫にも青にも見えるコンクリの地場。満月に照らされている。逃げ道はない――距離を置いての戦いができない分、お互いが全力でいられるわけか。  輝弥はそう判断して、刀を構えなおした。  もう片手にある銃の残弾数は零。鈍器としてしか使用できない。  雑音。雑音。雑音。雑音。あるはずもない雑音が脳を掠めては、いらだちを募らせる。  なぜ、なぜ、なぜ、なぜ―― 「なぜ君が…………君だけは、僕を理解してくれると思っていたのに…………」 「皇帝。たしかに光とは温かく、心地の良いものでした。でも――あまりにも茶番すぎる」  対峙する敵。刀を両手持ちし、研ぎ澄まされた敵意と殺意のみで生きる殺人鬼と化した正樹。実力は輝弥を圧倒するほど。単なる蓄積された疲労の差であってそれ以上。 「でも…………君は、彼といて、幸せだったじゃないか……」 「はい。でも、幸せになればなるほど――自分が醜くて仕方がないんです」  冷淡な声。絶対零度を誇って輝弥に牙を剥く。  唐突に両者が跳ねた。  ほとんど同時、交差する刃。衝撃が二人を圧倒し、対消滅。押し合いをやめるのはどちらでもない。だからこそ続く。 「僕は彼の反対側の存在。闇なんです…………彼の光に当たれば当たるほど、狂いそうになる。 それに、彼は僕の本当を知らない。彼の親友である僕は僕じゃない。その事実を見せ付けて――」 「見せ付けて…………君は何がしたい!?」  太刀で刃を流す。輝弥が正樹の懐へ飛び込む。刃がもどされる。押し合いの再開。 「感慨に耽るのがそんなに楽しいかい? 自分をヒーローと例えて罵り、浸るかのような君を見ていると……吐き気がするよ」 「…………僕は真剣です」 「なら――自分の想いを端的に述べてみなよ。それに納得できなきゃ、真剣とはいえないさ。 さあ、言ってみなよ。『彼が羨ましいから彼を二度と笑えなくしてやります』ってさ」 「ッ!?」  正樹の目が見開かれた。  そして――憤怒が宿る。 「…………違う」 「違わないさ。君はずっと、ずっと、ずっと、ずっと――彼のような光になりたかっただけなんだよ」 「…………違う、違う!!」  押し切る。  輝弥は半歩下がり、倒れるという事象を避けようとした。  僅かに捻った身の端を、太刀が掠める。  コンクリへと剣先が埋まり、正樹は姿勢をそのままに視線だけで輝弥を見た。 「なら言ってみなよ。本当はどうしたい? 向けたいのは剣なのかい?」 「…………」  正樹は静かに、呟いた。 「…………できるなら、今までどおりのまま、ずっと――」  輝弥は笑みを変えない。  そのままで、呟く。 「今日のこの時間は、あまりにも無駄すぎること――若気の至りってやつかな、余計なことを考えすぎなんだよ。君も」  |君も(・・)という言葉に反応する者はいない。正樹は太刀を手放す。瞳は乞う、己では示せなかった道の方向を。 「だから――これで頭を冷やしといて」  太刀の平が正樹にめり込む。予想外の一撃は何の抵抗も受けずに、対象へと衝撃を叩き込んだ。  正樹は空を見上げる。体中がきしみをあげる。心は正体不明の爽快に満ちている。  冷醒なのは変わらず、されど決断はして――刃を手放した。 「…………気分はどうだい?」  空をさえぎるように、輝弥が見下ろす。  正樹は小さく、ぼそぼそと。 「きっと、彼でも――」 「おっと、それ以上は言わないほうがいい――僕から言えることはただひとつだ」  輝弥は人差し指を立て、言う。 「彼、片瀬愁君に受け止めて欲しくないなら――自分で背負い続けることをオススメするよ」 「………………」  正樹は思う。  きっと、空に昇る月には魔力があるのだと。 「………………ハハ」  だから、それを浴びている自分は。 「………………ハハハハ」  |今までどおり(・・・・・・)に|変われる(・・・・)魔法が、使えるんだと。  正樹の見上げる空は真っ暗で。  正樹の見上げる月は淡く頼り無さ気で。  正樹にとって――とても美しいと思えるものだった。       ○  ○  ○  関節の軋み。そろそろが限界かと判断。祐夜は舌打ちを漏らした。  要領は掴んだ。タイミングがあえば、上手く行く。  もってくれた刃に感謝を込め、最後の一太刀をKへと振るう。  それに対応するのは何十回とも同じ。ひとつの衝突音が響く。  受けた衝撃を殺すのではなく、利用し、足首までの深さがある浅瀬へと突きこんだ。  そのまま柄へと全体重を預け――跳ぶ。  角度、高さ、踏ん切り。すべて予想通りの良好。  片手で柄を握りこみ、捻り、両足に全身全霊を込めて、全身を捻りこみ。  跳躍の勢い、捻ったことにより増した速度、位置エネルギーの斜め受け流しによる利用。落ちるよりもはやく――  渾身の飛び蹴りが、Kを叩き飛ばした。  水没する騒音。深さは腰程度であっても倒れたのだから身のすべてを沈めることになる。人型に施せるほど防水装甲は発達していない。ショートという言葉が浮かぶ。  成功の喜びを噛み締めることなく太刀を地面から引き抜き、気泡の群へと倒れこむようにして突き刺した。  しっかりと耳をつく――ノイズのような電子音。  揺らめく波の中に見えたKの残骸は、顔面で刀を受け止め、力なく沈んでいた。       ○  ○  ○  ゴミ山の配置を記憶する。足りるか足りないか。とりあえずKの一体を倒せればまだよしとできる。  速度を大幅に上げ、Kを引き離し、タイミングを見計らってゴミ山に太刀を打ち付けた。  崩れる山。再度起こる雪崩。飲まれるK。同じ方法ではあるが、同じ間違いは起こさない。  御劉は駆け、ゴミに埋もれるKが立ち上がるのを待った。  気配が動く。  同時、全ての感覚を反転させる。中腰のまま停止。視線は固定。まばたきはなく。呼吸も止める。リズムを刻むものはダメだと判断。あらゆる刹那のタイミングにおいて、その波は致命的な誤差を生む。心臓以外のあらゆる動きを停止。脳はその働きを放棄し、全ては脊髄に帰結する。  相手が身を起こす音。身を捻る。抜刀。  Kが立ち上がる。いや、それより早く己が太刀でKの上半分を削り取る―― 「くそッ!」  僅かに甘い。胴体の装甲は想ったよりも厚い。そして、起動停止に至らなかった事実だけが残る。  御劉は即座に距離を開けようとして、感じるよりはやく身を捻った。  迫る刃、回避。すぐさま第二撃。いなす。第三撃。はやすぎる故に、人限の力しか持たぬ御劉は傷を負う。  漏れる舌打ち。近すぎる距離で立ち上がったもう一体のKによる不意打ちで、ぎりぎり保たれていた互角が覆された。  御劉の損傷。片足の負荷。走れないこともないが、戦闘でのお荷物度が高い。全力の二割が発揮できなくなった。覇者は凡人へともどりつつある。御劉は大げさに舌打ちするしかなかった。  弱者を見下ろす強者。強者はK。Kは二人。同じ金属の顔をもった機械にして、最強。  二振りの太刀が振り下ろされる。御劉は目を閉じない。最期は恐怖でなく世界を感じていたいから。想うことは何か。大切な何か―― 「ぎりぎりセーフ?」  盛大なバイク音。横滑りしてゴミの中を駆け、Kを巻き込みひとつのゴミ山へ衝突し、爆ぜたバイクの色が何色だったか。わからない。それほどの一瞬。  苦戦していたKの、あっさりとした死。もくもくと立ち昇る黒い煙。その下の明るいオレンジの煌き。それを見てから、御劉は声の主へと振り向いた。 「生きてる? 死んでるならいろいろとめんどくさい処理をしなくちゃならないからちゃんと生きててね」 「現実的だな」 「当たり前。だって現実だもん」  輝弥はヘルメットを抱え、にっこりと微笑む。  煙に気づいた大人がいるのか、警報が鳴り響き始めた。  御劉は不敵な笑みを取り戻し、輝弥の隣を横切る。 「帰るか。同士輝弥よ」 「そうだね。同士御劉」  ひっそりと、二人はその場を後にした。  水面下にて、すべては元通りに変わったのだった。       ○  ○  ○  走る。走る。走る。  すぐに、走る必要がなくなった。  ゆっくりと減速。水の止まった噴水の前。ベンチと街灯。ベンチに腰掛、街灯に照らされている女性がいた。  綺麗だ――思わず見惚れてしまう。  僕の視線に気づいた女性が、ふんわり柔らかい笑みを浮かべて手を振ってくれた。  慌てて振り替えし、近づく。  目の前まできて、隣に座るよう合図されて、どぎまぎしながらも座る。 「こんな時間に呼び出して、ごめんね」  ごめん、という謝罪語を使っていても、悪びれた様子はない。  まあ小夜歌さんらしいというかなんというか――僕が好きな小夜歌さんだなと、実感する。 「それで、どうしたんですか?」 「んん……えっと、ね。愁くん、クリパのとき手ぇ繋いでくれなかったでしょ?」  むむぅ、そういえばそうだったな。  謝るべきか……でも恥ずかしいのは事実だし……いや、恥ずかしいのは愛の深さが足りない証拠なのかもしれない。小夜歌さんは僕を愛してくれているのにそれを拒絶してしまったとなれば話は別。すぐさま謝る必要性が―― 「だから、今いちゃいちゃしようと思って♪」 「………………へ?」  グッと、くっつかれる。  小夜歌さんの顔が目の前に迫って、下がった。 「えへへ〜♪」 「………………」  もたれかかってくる小夜歌さんは、心底嬉しそうだ。  手がぎゅっと握られた。  とっても温かくて――ほっとする。  少しだけ強く、握り返した。 「ねぇ、愁くん」 「なんですか?」  月夜の下、誰も居ない公園で寄り添いあう。そんな幸せに悶えながらも平常心を保って、小夜歌さんを見た。  目を細めた小夜歌さんは、てへへと舌を出す。 「言ってみただけ♪」 「………………」  なんとなく嬉しさが増して、小夜歌さんをぎゅっと抱きしめてしまった。  小夜歌さんも何もいわずに、自分からさらに近づいてくれる。  なんとなく、名前を呼んでみたくなった。 「……小夜歌さん」 「なぁに?」  小夜歌さんは僕の首に頬擦りしながら、小さく首を傾げて見上げる。  僕はできるだけ意地悪く微笑んで、言った。 「なんでもないです」 「………………そっかぁ」  小夜歌さんは笑みを漏らす。  少しの静寂。それはいやなものじゃなくて、より幸せになるための時間。 「………………あのね、愁くん」  小夜歌さんは少し身を離し、僕の顔と同じ高さでじっと見てきた。  真剣な眼差し。揺れているのは、不安。 「少しでも長く――私のこと、好きでいてね」  ああ、そうか。  僕は小夜歌さんの髪を撫でた。 「大丈夫ですよ」  想いをしっかり伝えなくちゃ、いけないんだ。  両者わかりあっていても、伝えるってことが必要なんだ。  自分のためにも、相手のためにも。 「僕は――ずっと小夜歌さんのことだけを、愛してます」  いつからか、それともずっと前からか、雪は止んでいたけど。  ロマンチックでも、なんでもないかもしれないけど。  二人が幸せになれる。愛を感じられる。  そんなキスも、いいんじゃないかな。  END ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  【出演】 片瀬愁 片瀬祐 天城小夜歌 正樹夢彦 三井祐夜 美乃宮春花 二ノ宮美奈 鷺澤美姫 三井優衣 伊里嶋輝弥 御劉誓兎 美月梓 北河睦 中久保千明希 エキストラ 風宮学園演劇部一同 スタッフ 脚本……美乃宮春花 撮影・編集……風宮学園映像部のみなさま 音声……風見学園放送部のみなさま 助監督……風宮学園演劇部部長 製作……鷺澤美姫 協力……風宮学園生徒会     風宮島各名所      スペシャルサンクス 風宮島市役所 プロデューサー 水嶋愛姫 企画・製作 風宮学園演劇部 監督 美乃宮春花 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  こうして………………学年劇ならぬ【一大企画全校演劇作品『冬の音楽』】の上映会が、たくさんの拍手と好感のもと、終わりを告げたのだった。