【タイトル】  CROSS!〜物語は交差する〜 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【サブタイトル】  ♯05[女神の願い](第6部分) 【ジャンル】  恋愛 【種別】  連載完結済[全127部分] 【本文文字数】  11921文字 【あらすじ】  舞台は現代風の孤島『風宮島』。主人公は季節を巡って愉快なヒロイン達との物語を築いていきます。一番の見所であるヒロインは、可愛さ溢れて10人以上!諸所に導入されているバトルロワイヤルも必見です。ほのぼので、ちょっぴりえっちなひと時を、味わってくださいね♪紡がれる、自分の心――届くことを、伝わることを願って――CROSS紡がれた、自分の心――届いた、伝わった、心――想い人との愛を育む力となることを願って――CROSS 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************ 私は何がしたいのだろうか。  私は何をすればいいのだろうか。  なにもわからない。わかりはしない。  無い物ねだりはやめたはずだった。そんな悪い娘はやめたはずだった。  でも、Why?は止まらない。  私はなぜ答えをもてないのか、私はなぜ答えをもらえないのかーー  お願いします、私に答えをください。  −−でも私はその答えに満足することはないだろう。  お願いします、私にすべてを教えてください。  −−でも私はすべてを知った上で迷うだろう。  私は何をしたいのだろうか。  私は何をすればいいのだろうか。  |円環の自問自答(ウロボロス)は止まらない。止まることを知らない|永久不終了(エンドレス)。  そんな中で、私はまた今日を迎える。  答えを得ずに、今日を迎える。  当たり前だろう。  −−世界はすべての住人に平等。平等であるからこそ無慈悲。  私にーー微笑はしない。  私のために、明日をつくらないわけにはいかないのだから。  さあ、今日を迎えよう。  何もわからぬまま、ただ演じればいい。  汚れなき女神をーー  CROSS!〜物語は交差する〜♯05[女神の迷い] 「お〜っはよ、祐夜君♪」  朝。  清々しいの言葉に似合う、まさに清々しい一日のはじめとなる朝。  日の光が俺の肌に圧力を与えるのが、僅かな熱で感じられる。  ちらほらと俺と同じ制服を着た生徒が、俺と同じ方向に進むなか、一人逆走してくる女子がいた。  制服が破れるのではないかと思える、今にもはちきれんばかりの豊かな胸が走る動きに乗って右左と揺れる。  それを目で追わない男子はいないだろう。  赤のリボンが二つの豊かな山の間にすっぽりと収められ、山の中間陰に隠れる。  彼女は柔らかそうなロングの髪を、そこだけ時間送りを遅くしたようにはためかせ、俺の目の前に君臨した。  彼女は光を放つほどの眩(まばゆ)い、最高の笑みを隠すことなく見せてくる。  その方向で、真っ先にその笑みの光を得るのは俺になるのだろう。  とりあえず、俺はできるだけ自然に、慎重に挨拶をかえした。 「お、おはようございますーー美乃宮先輩」  そういうと、彼女はむぅっと唸った。  俺に上半身を預けるぎりぎりで、彼女は止まった。  必然的に俺の眼前に彼女の顔が現れ、視界のほとんどが彼女に埋め尽くされる。 「『先輩』と『敬語』はやめてほしいなぁ」  彼女は不満そうに俺を可愛らしく睨む。  それすらにもクラッときてしまう。  俺は自分を保ち、こっそりと手を握りこんで言葉を紡いだ。 「わかりましたから……近いですって」 「わかってなーい」  彼女は不満の色を強め、その身を揺らした。  胸部についた双球がそれはもう艶かしく揺れる。  俺はそれをできるかぎり視界にいれないようにしつつ、ゆっくりと後ろに退いていった。 「民衆の目というのもありますし……生徒会長様に対してタメ口はいささか問題かと……ね?」  俺は同意を求めるように、彼女の目に視線を合わせた。  彼女は目を細めて不満そうに唸ると、表情を一転させる。 「……祐夜君は私を捨てるんだね」 「ちょっと待ってください!!」  人差し指を唇に当て、寂しそうに目を閉じた彼女に、俺は半端反射的に叫んでしまう。  演技だ、とわかっていても反射とは悲しいもので、勝手に反応してくれてしまう。  彼女は潤んだ目で俺を魅了しにかかる。  俺は彼女の瞳に目を奪われる。  その奥にある何かを覗き込もうとするかのように俺の視界が彼女の瞳で埋め尽くされ、それ以外を視覚で感じることを許されなくなり、五感のほとんどを忘れてしまう。  集中ではない。これは思考能力の霧散。  ただ感じる何かを感じるだけの、例えれば障害のない道路のようなただの通過点になった感覚。  その瞳の奥に、僅かでも近づこうとするかのようにわが身を彼女に近づける。  だがーー彼女は女神の座に居坐りし者。  俺という存在は異質にして排除対象。  よってーー 「引っかかったな〜」 「ぐはっ!!」  彼女はスイッチを押したかのような切り替わりっぷりをみせ、俺の額をコツンと人差し指で弾いた。  そして、意地悪そうに微笑む。  俺は額の痛みよりも、脱力のせいで怒る気になれない。  俺はため息を漏らして彼女の脇を抜けるように登校を再開した。 「ちょっと〜祐夜君!? 無視するなんてひどいよ〜春花先輩凹(へこ)んじゃうよ〜」 「大丈夫。あなたのこと信じてるから」 「そんな信頼、微妙だよ〜」  俺はさわやかな笑顔で言う。  美乃宮は色気ムンムンで俺にしな垂れかかりながらも、俺の歩みを止めるほどの力を込めている。  ーーむむぅ。さすが、一枚も二枚も上だ。  だが、このペースに飲まれてはいけない。  それに、速く行かなければ朝食を早めて登校している意味がない。 「俺、プリントもらいに行くので、急ぎたいのですけど!」  語尾の最後を強めて言う。  すると、彼女は歓心したように俺をみた。 「祐夜君ちゃんと勉強してるんだ〜」 「……まあ、やるかはともかくテストに出るって聞いたんで」  情報源は優衣だ。  やはり、そんな嬉しいプリントがあるのならもらっておかなくてはいけない。  解くことはなさそうだが持っていて損はないだろう。  彼女はうんうんと頷いていた。 「祐夜君がそんな優等生君みたいなこと言うなんて思わなかったけど、やっぱり祐夜君は祐夜君だねぇ」 「……褒めてますか?」 「んん、微妙なところ」  彼女はかわいらしく首を傾げてくる。  会話していてすこしペースは落ちたが、少し先に見覚えのある校門が姿を現し始める。  彼女は何かを考えるように一瞬笑みを消し、その後すぐに甘えるように俺に近寄ってきた。 「祐夜君〜どうせなら私と一緒に行こ〜?」 「……春花ーーではなく先輩は、何か用事があるんですか」  彼女はむっとしたように頬を膨らませようとするが、すぐにまた笑みを取り戻すとすぐに甘えるネコのようににじり寄ってきた。  香水ではない、彼女の柔らかい香りが俺をクラッとさせる。  ーーいかんいかん、これに飲まれてはいけない。 「書類の提出とか。何時でもいいんだけど、祐夜君と行ったほうが楽しいでしょ?」  でしょ? といわれても俺にはわからない。  彼女といると世間ーー男子とか男子とか男子とかーーの目がきついし、なにより朝から弄(いじ)られると帰りまで持たない気がする。  だが、断れるとは思えない。 「ね〜いいでしょ〜〜? 祐夜くぅ〜ん」  彼女が甘えた声を出して俺をゆすってくる。  やはり彼女自身それがかわいいのを理解しているのか、完璧の言葉が輝く甘え方だ。  だが、それを知っている俺はぐっとこらえる。 「もう…………ひどいな」  彼女は小さく寂しそうに呟いた。  笑みがその輝きを曇らせ、暗雲が立ち込める。  これだ。これに弱いのだ。  ちなみに先ほどまでの輝笑がつくったものだとしたら、この僅かな寂しい微笑みは天然的に生まれた素。  これが優衣と同じく『天然っ娘』と呼ばれる理由なのだが、本人は気づいていない。  ちなみに、これで多大な男子生徒諸君がおちた。 「……はぁ」  俺はとりあえず覚悟を決める為も含め、盛大にため息を吐いた。  そして、すこし彼女の前を歩く。 「いくぞ、春花」  無反応な背後、俺は少し先の未来に来るであろう諸々を耐え切るために心構えをもっておく。  すると、まるで爆発したかのように突然な美声と、柔らかいクッションを押し付けられたかのような弾力が襲い掛かってくる。  それは彼女の嬉しがる声と、その拍子に抱きついてきた圧力なのだ。  とりあえず無愛想な顔を装って、彼女を引きずるように校門をくぐったのだった。  チャイムはーー未だ鳴らない。 「そろそろ離れろよ……」 「や〜だ♪」  廊下。  生徒も多いその道で、春花は恥じることなく大胆に密着してくる。  今のこの行為はわざとだ。目が意地悪そうに輝いている。  たまに素で抱きついてきたりすることもあり、そちらのほうは結構心に響いてくる何かがある。  まあ、それを一度見たことがあるから、今がわざとだと覚れるのかもしれない。  俺が渋々本能が爆発しないよう祈りながら、職員室のドアに手をかけーー  ガラガラーー  勝手に開いた。  いつの間に職員室のドアは自動になったのかーーとボケる暇もなく、俺たちの向こう側からドアを開けた本人が俺たちの前で立ち止まる。 「あんた達……丁度いいわ」  その人というのも、副会長さんであったりする。  その目は朝っぱらから鋭く真剣になっている。  その視線は俺と春花をきつく圧していた。  俺は少しビクついて後ろに足を退いてしまうが、春花は気にした風もなく首を傾げた。 「なんか仕事残ってたっけ? それとも急用でもはいってきた?」 「それって……もしかして御劉たちですか?」  春花が適当にあげた選択肢に、俺は呆れたように反応してしまう。  だが、二ノ宮さんーー副会長ーーはただ首を横に振った。  その顔は、まるで今までためていた不満を爆発させる寸前のような、冷たい表情。  春花も僅かに本当の表情を仮面の隙間から見え隠れさせた。 「ここでは話しにくいから……生徒会室に同行してもらえる? まあ、会長だけでもいいんだけど」  二ノ宮さんはそう言って俺をじっと見てくる。  俺は判断を仰ぐ意味も込めて、春花に目を移した。  春花は何かを考え込むように、俯いたままだ。  −−俺が同行しないなどということは、あるはずがない。  俺はなぜかそんなことを考え、ゆっくりと頷いた。  二ノ宮さんは俺から視線をはずし、ただ俺たちの前を歩き始めた。  その背中を数秒みつめ、俺は軽く春花を現実にもどさせて歩き始める。  なぜかーー俺の胸には不安が渦巻き、締め付けられるように感じられた。 「で、話しってなんなの? 生徒会のこと? それともーー」 「両方、ね。生徒会にも関わるかもしれないし、下手すると学校全体に関わることかも」  二ノ宮さんはそういって、施錠する。  俺たちは、並んで折りたたみのイスに座らされていた。  二ノ宮さんは俺たちに対面するように座る。  先生とこうするのも苦手な俺には、今回の内容が判らないのもあって緊迫してくる。 「……春花はわかってるのかしら?」 「わからないから何も言えないんじゃない」  いつもの媚はどこへやら、春花の声はその面影をまったくみせない。  二ノ宮は俺を冷たい目で一瞥する。  −−なんなんだ、いったい。  だが、春花は予想がついているようで、悲しい目で俺をみてくる。 「多分春花はわかったと思うけど……とりあえず言うわよ」  二ノ宮はうんざりと言う様に大雑把に言い放った。  その目はまっすぐ俺をみている。 「はっきり言って、生徒会の役員でもないあなたに生徒会長と馴れ合われると困るのよ」 「それって……」  俺はお邪魔虫だというのか。  ひどすぎる。  二ノ宮さんはわざとうんざりするようにしてさらに言い募る。 「あなたは御劉たちに繋がってる。これ以上生徒会に関わってもらっては困るのよ、情報を流してるってこともあるかもしれないしね」  ひどい言い草だ。  だが、春花が否定しないということは、やはり客観的はそう見えるのだろうか。 「というよりも、やっぱり生徒会の役員以外に関わりを持たれると、正直治安が乱れるのよ。生徒会長がそんなんだとね」 「……」  俺はただ無言で、言葉を反すことができない。  だが、それが理解したということにはならない。  ただ言葉がないだけ。  二ノ宮さんはそれがわかりながらも、知らない振りをする。 「わかってくれるわよね?」  その言葉は疑問系でありながらも、俺に選択させる気はないようで、ただ同意を求めているだけのように思える。  俺はーー頷きも、横に振りもしない。  二ノ宮さんはため息を吐きながらもそれ以上言葉を繋げなかった。  俺は常に二ノ宮さんに視線を固定しておく。  春花の顔はーー見れない。  今は、自分が考えなくてはいけない。  生徒会長である人間は動くことはできないだろう。  動けるのはーー俺だ。  俺が、二ノ宮さんや、その他の生徒会役員の目に適う印象を持たなければいけない。  友達をこんな形で失うのはーー嫌だ。 「……わかりました。とは言えません。いきなりのことで、多少混乱してますから。 ですが、俺にはそんな意図があって春花とーー美乃宮先輩と友達やってるわけではないですし、実際俺は御劉たちとは別格の常識人ですよ」 「信憑性がない、といったところね。言葉ならどんなことも顕せる。 それに、あなたはあいつらと同格の事件を数件起こしているのよ、ゼンブあいつらに巻き込まれただけだったとしても、猛獣を重りにするハンデはないほうがいいわ」  ーー俺は猛獣扱いですか。  だが、言葉以外の方法がみつからない。  考えるしかないだろう。この頭で、現在ある情報のすべてから最低でもひとつの手段を組み上げる。  ボランティア活動ーーまだ手がぬるい。  俺はなにかを見落としている。  なにか大きなもので、生徒会にとって最重要な者。いや、者たちーー 「大変です!!」  生徒会のドアを突き破ろうとするかのように激し開け放される。  そして、数人の男子生徒が乗り込んできた。  その男子生徒は全員生徒会役員のようで、息を切らせて慌てている。 「どうしたの?」  二ノ宮さんが静かに聞いた。  役員らはそれで冷静をとりもどしたようで、それでも早口で言葉を放っていった。 「御劉、伊里嶋率いる新聞部の奇襲にあいまして、各個対応していますが資料を奪取された模様です」  二ノ宮さんは苦い顔をする。  春花は席から立ち上がると、役員とともに歩きはじめた。 「奪取された資料がなにかを調べてください。それと、他の資料を盗られないように厳重に守りを固めて。 その上で御劉たちの足取を追います。私と二ノ宮さん。あなたたちも」 「は、はい!」  春花は二ノ宮さんに目を向ける。  二ノ宮さんはすでに立ち上がっており、春花の横に歩み寄ると一度だけ頷いた。  そして、足音をいくつも響かせて生徒会室からでていく。  俺は、一人となっていた。 「……」  孤独も、静寂も、気にならない。  ただ、状況を把握し終える。  そして裏側へと回った俺という役には、やることがまだ残っている、やれることがまだ残っていることがわかった。  これは賭けだ。  俺ができるかわからない。  できたとしても、それが俺の思惑通りの結果を運んできてくれるとは限らない。 「だが、今はそれしか……」  ちょうどいい。  あまりにも絶妙なタイミングで、御劉たちが起こした。  俺にはやつらの悪友としての、尻拭いの仕事もある。  すべてはーーちょうどいいバランスで発生した。  俺は立ち上がる。  そして、音もなく駆けた。  戦場ーー傍観ではなく、物語に記されていない者を演じるために。 「数名捕獲。どれもダミーのようです!」 「御劉と伊里嶋を探しなさい、それ以外は除外よ!」  職員室から中庭、そして長すぎる廊下を戦場として、御劉と輝弥の率いる情報部。もとい非公式新聞部は乱闘を繰り広げていた。  たまに聞こえる声は、二ノ宮さんだろう。  今回は生徒会に味方しているわけにはいかない。  単独で、やつらからその『奪取物』とやらを奪い返す。  俺は廊下の端に背を当てるように、死角を移動していく。 「も〜朝っぱらから何よ〜」  そのとき、思いっきりイライラとした声が響く。  だが、その声も乱闘のBGMのひとつでしかない。あまり気になりはしない。  まあ、知り合いではないが聴いたことのある声だったのは無視したい事実だ。  そして、その音源は俺の右前方で人並みに揉まれている。  すこししたら俺と鉢合わせするだろう。  そんなことを冷静に判断しながら、鉢合わせを避けることができないのが自然摂理というものだろうか。  仕方ない。安全なところまで送ってやるか。  そう思って俺は彼女の制服を掴んだ。 「ちょっと何すんのよっ!」  彼女が暴れるのも無視して、無理矢理俺のそばに引き寄せた。  ショートカットの髪、感情を抑えるという心をしらない子供っぽい性格に等しい背の低さ。  ちなみに俺は腕を掴んだつもりが、この娘の頭を掴んでいたようだ。 「痛い痛い痛い痛い痛い、いった〜〜〜い!!」 「あ、悪い」  目の端に涙を溜めた彼女は、頭を両手で押さえて俺をギッと睨んできた。  その目は、怒りをせき止めることなくそのまま流れさせたように真っ直ぐだ。 「もう! ハゲたらどうしてくれるのよ!!  今日は速く来れたのにこんなことになってるし、全部全部アンタのせいなんだから!」  そういってうぅ〜と威嚇してくる。  元々相手をするつもりはないが、さらに相手ができなくなったようだ。 「じゃあな。とりあえず階段の上にのぼってろよ、天宮希美さん」 「え? わかった……って、なんでアンタが私のフルネームしってるのよ!」  そんな声を背後に聞きつつ、俺は駆けた。  第二波らしき役員部隊がはるか先に見え、それの先頭に二ノ宮さんと春花。そしてそのさきに御劉と輝弥がいることがわかった。  俺はその中にはいっては、すべてがだめになる。 「俺が行くのは……」  俺の中に浮かぶ校内の地図、そのなかに現在の状況を上書きし、そのさきを予想。  俺が行く道はーー 「こっちだ!!」  俺は窓に手をつけ、外へと跳び出した。 「まちなさい!」 「待てといわれて誰が待つかっ!」  二ノ宮と御劉の罵声が響き、さらに足音が絶え間なく発される。  いつの間にか追いかけっこは四人となっていた。 「ボクが押さえとくよ」 「頼む」  大食堂。無人の戦場で輝弥はスピードを緩める。  御劉は姿勢を低くして速度をあげた。  すぐに御劉の姿は大食堂のもうひとつの入り口のなかへと消える。  御劉をキッと睨む二ノ宮の前で輝弥が仁王立ちした。  二ノ宮が止まると同時に、その隣で春花も足を止める。 「どきなさい!」 「い〜やっ!」  あまりにも無邪気な表情で、輝弥は二人の前に立ちはだかる。  二ノ宮は拳をつくると、輝弥に駆けた。  二ノ宮は一瞬にして輝弥の眼前にたどり着く。  そして、輝弥の交差させた腕が二ノ宮の拳を押さえて止まる。  そのまま、僅かな静寂。  そして、輝弥が身を退いたことでそのバランスは崩れた。  二ノ宮の手首が輝弥に掴まれ、そのまま円を描くようにして投げられる。  二ノ宮は空を舞うようにして地面に着地した。  両手を地面に当てたまま、二ノ宮は輝弥を睨んだ。 「悪いけど……」  輝弥はそういって二ノ宮を投げ終えた姿勢から、背筋を伸ばしたものへともどる。  輝弥の目はいつになく真剣でーー黒く渦巻いていた。 「今回は実力視察じゃないから、手加減できないよ……」  輝弥はそういって、一歩踏み出した。  春花が二ノ宮の前で構えると、輝弥は無邪気ながらもそれが仮面だと思わせる、ドス黒い殺気をまとった笑みを浮かべた。 「それじゃちょっとの間だけど、物語に記されない、自由の狂喜劇を楽しもうか!!」  輝弥は心底嬉しそうに笑い声をもらす。  春花は背筋に冷たいものを感じずにはいられない。  そのとき、何の変哲もないチャイムが鳴り響いた…… 「……」  御劉は走る。  息を切らせることもなく、同じスピードで廊下を駆け抜ける。  生徒会の大部分を構成する今年度三年生のほとんどはすでに職員室前に出向いたのだろう、人の気配がない。  御劉は階段の一段目に片足を乗せると、ふむっと唸った。  片手には、束ねられた紙が。 「計画通りだ。すべては俺の思惑の道しるべに沿って進んでいる。 だがーー少々物足りんな」  そう言いながら、不満そうに階段をトボトボと歩き始めようとしてーー 「よぉ、見つけたぜーー首謀者さん」 「あぁ、見つけられてしまったかーー正義者さん」  御劉の開かれた五指が、カーテンの白幕で覆い隠された人影の握り拳に食い込む。  御劉は不敵な笑み浮かべ、拳の出る付け根からカーテンの一番盛り上がる場所に目を移す。 「来るとは思っていたが、貴様はいつも俺の予想を反する登場をする」  そういって御劉は、人影の背後ーー開け放された窓ーーをみた。  カーテンはぎりぎりのところで踏ん張り、まだ幕としての仕事をこなそうとしている。 「褒め言葉としてーー受け取っておくよ」 「そうしてくれ。一応褒めている。 ある意味、感嘆している。 まあ目的は予想できるが、その過程が俺にとっていつも驚愕ものだ」  そういって御劉は耳を澄ました。  近づいてくる足音がないのを確認すると、また不敵な笑みを浮かべる。 「もう少し貴様と遊べるようだ。いつも悪友として組んでいたが、知り合いが敵というのもなかなか興味深い戦闘」 「俺にとっては遊びでもなんでもないけどな」 「つれないぞ」 「それはどうもありがとう!」  人影は語尾の最後とともに、御劉を圧し始める。  御劉は後ろへと跳んだ。  だが、その手に紙束はない。  御劉は苦い顔をして、人影のほうをみた。  その人影は片手で紙束をひらひらと振るっている。 「……腕をあげたな、動きが見えなかったぞ」 「そうか? お前が気を抜きすぎたんだよ」  カーテンが窓のそばへともどるように、人影という固体に沿って流れていく。  人影はカーテンから浮き出るようにして、その姿をさらす。 「まあいい。今回は負けを認めてやろう」 「……何か進行している策でもあるのか?」 「いや、そんなことはない。だが、貴様が自ら舞台に上がったことが微笑ましい」 「……気色悪い」 「そうだな」  御劉は今一度耳を澄ます。  無人の廊下に、小さいがはっきりとした足音が響いた。 「さぁて。そろそろお前は舞台を降りたいんじゃないか?」 「ああ、ぎりぎりだな」  そういって『彼』は窓へと体を向けた。  御劉が廊下に目を向ける。  そして、小さく言葉を紡いだ。 「ここが一階でよかったなーー三井兄よ」 「ああ、まったくだ」  呆れたような、笑い声とともに言葉が返ってくる。  そして、カーテンが舞い上がった。  御劉が視線をもどすと、そこには前からいなかったかのように、そこにいた存在が消えていた。  音もなく、突然に。 「歪曲して考えれば、ミステリーだな」  御劉はそう叫び喜んだ。  だが、すぐにその姿はその場から、存在を微塵も残さずに消え去った。 「……」  世界が暁から紅へと色を染め替え、闇へと転じる。  冷たくなった風が俺の肌を刺激する。  俺は地面を意識せずに見ていた視線を動かした。  辺りにはだれもいなかった。  ただ、夜の治める世界は時期に関係なく寒い。  精神的にも、肉体的にも、完全に冷え切っていた。  そのとき、静寂を破る小さな足音が響く。  俺はそちらに目を向けた。  蒼く照らされた地面、その向こう側からひとつの動きある影が見える。  その影はゆっくりとその姿を大きくしていった。  俺は背を預けていたコンクリートの壁から一歩離れ、背筋を伸ばす。  固まった筋肉が震え、わずかな違和感をおぼえた。  そして、ポケットの中で暖められた手を冷たい虚空にさらし、迫る影に己の位置を知らせるように軽く振るった。  影はその歩みをはやめ、徐々にその細部を俺の視界に映し始める。  『彼女』は俺のまえに来ると、呆れと驚きを混ぜ合わせたような顔をする。 「いつから待ってくれてたの? 言ってくれればもっと早く着たのに」 「仕事ほっぽりだされると、それこそ朝みたいな話をされるだろうが」  『彼女』は俺の頬に手を当てた。  外気にさらされていたせいか俺の頬は冷たく、『彼女』の手はとても暖かい。 「冷えてるよ」 「動けば暖(あった)まる」 「もうっーーでも、待っててくれてありがとう」  『彼女』の微笑みが、俺の心を暖かくする。  俺は『彼女』に微笑み返すと、『彼女』とともに歩き始めた。  夜は孤独だ。  空は黒く染まり、月がその淡い光で世界に光を与えている。  昔からそうだった、夜は恐い。  すべてが押しつぶされそうになり、不安が駆け巡る。  今もそれは変わらないのだろうか。  たぶんーー変わらないだろう。 「……」  両者無言。  だが、それは寂しさをおぼえる無言ではない。  彼女は嬉しそうに顔を緩めていた。  ただ、幸せな無言。  唐突に、彼女が俺に体を預けてくる。 「おい」 「だって、寒いもん」  彼女の吐息が、彼女の香りが、そして彼女自身が、俺のすぐそばに迫る。  −−ああ、ヤバイ。 「離れろって、てか襲うぞ」 「あ、祐夜君が猛獣になった」 「男は全員猛獣だ」  彼女はクスクスと笑う。  彼女の鼓動が聞こえるような錯覚にあい、彼女の温かみを強く欲してしまう。  いつの間にか、俺は彼女の手を握り締めていた。  肩と肩が触れ合い、俺の首元に彼女の顔がある。  −−これは、まるで恋人同士のようではないだろうか? 「ーー嬉しいな」 「なにが?」 「祐夜君がね、あんな風に私のこと考えてくれてたから」  ーー朝のことか。  とりあえず『奪還したもの』は俺が、悔しそうな顔でかえってきた二ノ宮さんに渡しておいた。  二ノ宮さんは驚いたように目を見開き、春花ーー俺のそばにいる彼女ーーは抱擁でその喜びを表してきた。  そして、生徒会にとって俺は脅威ではないと確認させ、春花の権限で『臨時生徒会役員』などという前代未聞のものにされた。  まあ、何も変わらないのだからよしとしよう。 「ドキドキしちゃうなー」 「で……でも、まあ友達だからな」 「え?」  春花が豆鉄砲に撃たれたように、すっとんきょんな声をだして俺をみた。  −−なにか、話が噛み合ってないような気がする。 「やっぱあんな風に縁切られるのは後味悪いし、な?」 「あ、うん、そうだねーー」  春花はそういってなにかためらうように口を閉じる。  そして、優しいつくり笑顔で口を開いた。 「ーーそれだけ?」 「え? どういうことだ?」  やはり話がかみ合っていないようだ。  何か他に俺はしただろうか。 「はぁ……さすが鈍感君」  春花は残念そうに呟いた。  だが、すぐに行動をおこす。 「ぬわっ!?」  春花が俺の首に両腕を絡めて、胸を押し付けてくる。  小悪魔的表情を浮かべて、艶かしく動いている辺りが天然的行動ではないことがわかる。  −−いや、どっちにしてもわかると思うけど。 「……まあこれはこれで」  俺が煩悩と闘っていると、春花が小さく呟いた。  とりあえず聞いたはずなのだが、なにを呟いたのかがわからない。 「でも、そんな理由であんなにがんばったーーなんてことはないでしょ?」  春花はそういって目を覗き込んでくる。  考えが微妙に纏まらない、だがこのままだときっと|闇の軍団(ぼんのう)に負ける。 「俺はさ、ただしたいことをしただけ」 「へぇ?」 「……変か?」  春花は首をかしげた。  そのまま考えを述べたように、ただ言葉を紡いでいく。 「友達じゃないから助けないとかじゃなくて友達だから助ける? 好きだから助けるんじゃなくて友達だから助けた?」 「好きって……」 「そんなところで反応するなんて、祐夜君かわいい〜」  春花の目が今一度意地悪に笑っている。  俺は平常心を失う=人として最悪の行為をする。を浮かべ、冷や汗を流しながら耐えた。  春花は唐突に俺から離れた。  暖かさが抜け、空気の冷たさがもどってくる。 「間違ってないと思うよ」 「春花?」  春花はいつもの調子で、そう呟く。  だが、雰囲気というかーー何かが変わった。  俺にとってそれは不安を生む何物でもなくて、ただ春花を心配するしかない。 「そこが祐夜君のいいところ。大事にしてね」 「あ、ああ……」  春花は俺に顔を向け、にっこりと微笑んだ。  俺は曖昧に頷くことしかできない。  そして、春花は俺に背中を向け、空を仰ぎ見た。 「寒いね」 「……そうだな」  春花の表情がわからない。  それがとてつもなく怖く感じる。  −−俺はまだまだ弱いな。  どこかで聞いたことがある。  実は、女が一番強いのだと。  昔の話だけれど、今ではなんとなくわかる気がする。  −−春花は、この背中にいろんなものを背負っているのだと。  俺は重荷になっているのではないだろうか。 「祐夜君、どうかした?」 「ーーいや、なんでもない」  俺はそういって、春花の隣に歩を進めた。  春花の表情は元に取繕われている。  月明かりが一層強まってくる。 「……ここでさよならだね」 「っていっても、島は狭いしな。そんなに距離ないだろう」  二股に分かれた道。  俺は左を、春花は右を選ぶ。 「もう、祐夜君はそういうところがだめなんだよ、女の子に嫌われちゃうよ!?」 「……善処させていただきます」  春花はあははと輝く笑みを浮かべた。  俺にはこれが『嘘』なのか、どれが『嘘』なのか、大事なときになるとわからなくなる。  だから、まだ何もできないーー弱いのだ。 「じゃあ、また明日」 「ああーーまた明日」  彼女は俺に背を向け歩き始める。  ゆっくりと、ゆっくりと、彼女の姿が闇に覆い隠されていく。  ーーなぜだろうか、此処で別れてはいけない気がする。  別れたら、二度と会えないかのようなーー 「春花!!」  俺は遠くで影と化した彼女に、片手を大きく振った。  影が俺の声を聞いて止まった。  そして、両腕が大きく振り返される。  俺は苦笑を浮かべながらも、僅かに薄らいだ不安で正常な判断を取り戻す。  −−いなくなるわけがない。  俺はそうきめ、今度こそ振り返らずに歩き始めた。  人のいない、一人だけの道をーー  ーー空には大きな満月が、闇に押しつぶされることなく輝いていたーー  私は何がしたいのだろうか。  私は何をすればいいのだろうか。  なにもわからない。わかりはしない。  無い物ねだりはやめたはずだった。そんな悪い娘はやめたはずだった。  でも、Why?は止まらない。  私はなぜ答えをもてないのか、私はなぜ答えをもらえないのかーー  お願いします、私に答えをください。  −−でも私はその答えに満足することはないだろう。  お願いします、私にすべてを教えてください。  −−でも私はすべてを知った上で迷うだろう。  私は何をしたいのだろうか。  私は何をすればいいのだろうか。  |円環の自問自答(ウロボロス)は止まらない。止まることを知らない|永久不終了(エンドレス)。  でもーー死にたいとは思わない。  やめたいとは思わない。  答えが得られなくても、答えを見つけられなくても、舞台から降りようとは思わない。  傍に居たい人がいるから、傍にいてほしい人が居るから。  彼がどんな成長をするのか、見届けたいからーー  今の私には、それだけでいいと思います。  だから、私はこれからも朝を迎えますーー何度も何度もーー