CROSS!〜物語は交差する〜 水瀬愁 やっと次話が投稿できましたww 25000文字ほどの長文です。途中いろいろとあるので心して読んでくださいね♪ ******************************************** 【タイトル】  CROSS!〜物語は交差する〜 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【サブタイトル】  ♯07[テスト前夜の両手に花な勉強会♪](第8部分) 【ジャンル】  恋愛 【種別】  連載完結済[全127部分] 【本文文字数】  23332文字 【あらすじ】  舞台は現代風の孤島『風宮島』。主人公は季節を巡って愉快なヒロイン達との物語を築いていきます。一番の見所であるヒロインは、可愛さ溢れて10人以上!諸所に導入されているバトルロワイヤルも必見です。ほのぼので、ちょっぴりえっちなひと時を、味わってくださいね♪紡がれる、自分の心――届くことを、伝わることを願って――CROSS紡がれた、自分の心――届いた、伝わった、心――想い人との愛を育む力となることを願って――CROSS 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************  両手に花だ。。  右方――神の食しし熟した果実をたずさえた美少女。  左方――神の魅入いし人として最高の美を得た美少女  俺は手取り足取りされながらその誘惑に耐えなければならない。  そう――これは今までで最難のミッションだ。  CROSS!〜物語は交差する〜♯07[テスト前夜の両手に花な勉強会♪]  すべての元凶は真紀恵だと思う。  あのとき触れ合ってから、なぜか女性に対して敏感になってしまった。  そして今のこの状況――はっきり言って生き地獄だ。 「……ここにこの解を代入すると、この式の答えが導き出せるんです」  とりあえず今の状況を説明しよう。  現在、テスト当日まで残り数時間となったヤヴァイ状況だ。  そして、徹夜勉強をしている。 「……ここでミスることが多いから、気をつけてね。弟君」  ――これが最重要な気もするが、俺は今誘惑されているのではないかと思う。  左。触れるか触れないかの位置に自称完全無欠お姉ちゃんがいる。  手首のところでしぼまれたバジャマで、色は全体的に水色。  露出度が少ないのはいいことだが、いつもと違う服装なのもあって戸惑いがある。  ちなみに簡単なポニーテールで髪を纏めている。 「多分、祐夜君なら大丈夫だと思いますけど」  右。細い肉体に反比例して自己主張してくる二つの山――ではなく、我が妹君がいる。  その山は極度に俺へと押し付けられ、その頂を歪めていた。  バジャマは黄色。すこし大きめなのか、指先までが裾で隠れている。  その彼女は俺に期待で輝く微笑みを向けていた。 「……まあ、今は応用より全般的理解を深めないとな」 「弟君。本当にやってないなんてね」  完全無欠のお姉様がそういって驚く。  俺はこんなことに怒りをおぼえる性質ではない。だがひとつ叫びたいのは――  ――可愛すぎるぞ、二人とも。  二人は常に子供っぽさがあったが、こういう服装だとさらに幼く見える。  童顔のクリっとした瞳が俺を揺らしている。 「でさ。数学はそろそろいいから――公民とかのほうにいかないか?」 「あ、うん。そうだね」 「これ。公民の教科書です」 「ありがとう、奈々織ちゃん♪」  見事な連携。美姫が俺に頷くと同時に奈々織が資料を美姫へ手渡し、美姫が机の上を整理してもらった資料を広げる。  あっというまに俺の机は公民で埋め尽くされていた。 「で、どこまでおぼえてる?」  美姫が俺をのぞきこんでくる。  俺より少し背が低いのは前々から承知だったが、こういうお姉さんに似合わぬ行動をするのが美姫だった。  俺は頭のメモリーを漁ってみる。 「確かな……福祉国家がなんとかかんとか」 「そこまでおぼえてるんだ。偉いよ弟君♪」  美姫はそういって俺の頭をなでなでしてくる。  俺としては触覚と視覚から伝えられる甘美な刺激をどうにかしてほしいんだが……  美姫はにっこりと微笑んで詳しい内容を教えてくれる。  元々授業などは頭に入らない俺だが――美少女が話す言葉は一文字たりとも逃しはしない、男の悲しい性なんだ。  とりあえず美姫の唇を食い入るように見てしまうのも、仕方がないことなのだ。 「財産分与とかは出ないと思います」  右から身をのりだして、資料のひとつを覗き込んでいた。  熱心にしてくれるのはいいが――突き出された双山の上側が見えているぞ、奈々織。  覗き見ているわけではないと弁解しておく。 「奈々織ちゃん――お胸、見えてるよ?」 「え――す、すみません!?」  美姫は人差し指をびしっと奈々織に向け、指摘した。  奈々織は乗り出した身をもどし、頬を赤くして俺にペコリと謝ってくる。  ――ああ、美姫姉。一難は去ったけど、この奈々織もまた可愛くて仕方ないよ。  俺が煩悩の命ずるままに感動をおぼえていると、美姫がおそるおそるといった感じで口を開いた。 「やっぱり弟君も……その……奈々織ちゃんみたいなのが好きなのかな?」 「――は?」  俺は呆然とそう言い返し、美姫の潤んだような上目遣いから真剣な問いだと気づくと、脳内会議を行った。  今より音声のみということで会話文の前に天使(理性)や悪魔(本能)とつくが、ご了承願いたい。というか俺は誰に願ってるんだろうか。  ――まあいい、それでは会議を神速で行う……。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 悪魔「やっぱ女は山の突き出し方だ。そうなると奈々織のほうがそそるぜ」 天使「意義あり! 美姫の側にも成長の兆しがあると思う! 奈々織ではすでに出来上がっているが美姫だと成長過程を見守る……いや、成長を手伝う楽しみがあるのではないか!!」 悪魔「ちょっ、天使!? その言い方はひどくないか!?」 天使「それに奈々織は実の妹……禁断もいいかもしれんがやはり美姫のラインもそそる!」 悪魔「天使のくせになんか腹黒い……」 天使「悪魔よ……男とは計算高くいかなくてはならないのだ」 悪魔「そんなことしらねぇさ――決着をつけるときが来たようだな」 天使「下等で狭い範囲でしか物事を考えられない貴様に、ハーレムの名は渡さん!!」 悪魔「お前はただ貪欲で独占欲高なだけじゃねぇか!?」 天使「う………………うるさい! ここで消し去ってくれるわ!」 悪魔「クッ、この力は――まさか伝説の!?」 天使「ふはははは、このまま白き神精龍の餌食となるがいいわ!」 悪魔「残念だが――俺は貴様より強いぜ」 天使「この力は!? まさか運命破壊の暗黒零式なのか!?」 悪魔「お前にただひとつ対抗できる力だ――消し飛びやがれっ!」 天使「ク……だが私も負けられないのだ!!」  ドーン……  そして誰もいなくなった。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 「オイッ!?」  せめてどちらかにしてくれ!? というかなぜ会議でそんな神業っぽいものを炸裂させる!? というか最後辺りは悪魔のほうが良い奴に感じれたぞ!?  俺がそんなことで頭を悩ませていると、美姫はさらに寄り添ってくる。 「やっぱり奈々織ちゃんのほうが好き……?」  ――これは一歩間違えれば【実の妹が好きなシスコン】という肩書きを得てしまうのではないか?  俺は汗を少なからず噴出した。 「……い、いやぁ、そんなことはな――」  そこで気づいた。  視線は――ひとつではない。  右。正式には右斜め後ろ約六十度――その視線は存在した。  潤んだ、不安にではなく期待というかまあそんなものを込めて潤んだ瞳。  それが俺をしっとりと射抜いていた。  ――ドキュンときた。いや、グサッときた。とりあえず心に響いた。  俺は口をパクパクとさせ、言葉を出せなくなる。 「……え、えぇと」  俺はなんとか茶を濁すと、目を泳がせる。  ――これは【問い詰める美少女二人と逃げる男子】ではなく【誘惑する美少女二人と悶える男子】だと思うのだが!?  思考回路がフル回転され、ふと資料の上端を押さえている、ギリシャ文字大のオメガに似た形の時計が目にはいった。  その指す時間は――すでに一日の終わり一時間前を示している。 「ヤヴェ――徹夜覚悟はしてたけど、さすがにヤヴェ」 「え? ――あ」  美姫は首を傾げ、俺の視線を追って絶句した。  右も同じく。  美姫は仕切りなおすようにコホンと咳き込むと、にっこりと微笑んだ。 「それじゃ、そろそろ再開ということで」  そうして俺はテストという最終決戦に備えるため、一握りの藁も逃がさぬつもりで筆を躍らせ始めた……  やっぱりこういうものは焼け付き刃ではダメなのだと思う。  思うのだが――実に理解しがたいことに結果は予想以上のものとなって帰ってきたのだ。  まあ――そんなことを知るよしも無い俺はその日を二人の美少女とともに終えたのだった。 「ついに……ここまで来たか」  俺はゴクリと唾を飲む。  案外、すべての問題を解答することができた。今までは。  残るは一教科だ。  その一教科の、テスト問題を解く鍵となるであろうことを混ぜ込んだ教科書を、俺は強く握り締める。  静まり返った教室、各自が各自でノートを開き、己の未練を解消している。  ――まあ、何もせずに談笑している天才バカが二人ほどいるのだが。 「弟君。大丈夫?」  美姫は自らの席から立ち上がり、心配そうにたずねてくる。  俺は軽く微笑んでおく。  そのままゆっくりと視線を動かし、奈々織を見た。  奈々織も、席から立ち上がりはしていないが心配そうに見ていた。  俺はそれに微笑み返しておく。 「……三井兄よ。テスト前に精神的疲労を得たくないなら、そこでやめておくのが得策だぞ」 「結構な殺気だよ――テストまであと二分だっていうのにね」  御劉と輝弥が不敵な笑みを浮かべて、その他多数を横目でみた。  輝弥の、絶望を誘う言葉に反応し、それぞれがそれぞれの足掻きを再開する。 「ってことで、がんばりなよ。祐夜!」  輝弥は黒い本性を完全に隠した、無邪気な微笑みを浮かべる。  輝弥は【幼さ】で人気があり、御劉は【議長さ】で人気があるのだ。  まあそれは本性を知らない、生徒会に関わらない一部の者だけだと思う。  思うのだが。実は結構な支持を得ているのだ。こいつらも……  美少女の二柱といえば春花と奈々織、まあその他も結構支持があるが大まかにいえばこの二人で勢力が分かれている。  で、それに同じく男子の二柱もあるのだ。  それが御劉と輝弥。  まあ男子、女子の二柱ともに乱戦しないタイプなのが幸いだろう、生徒会に抑えられる派力になっている。  ――まあ、御劉と輝弥自身が、生徒会の許容範囲外かもしれないが。それに女子のほうは生徒会関係だしな。  一部の人間は、女子の二柱を【双山】、男子の二柱を【悪役の双璧】とよんでいるらしい。 「あのさ〜祐夜〜? そんなこと考えてる暇、祐夜にもないんじゃないかと思うんだけど」 「……ハッ!?」  輝弥の絶句しながらの報告に、俺は今考えていたもの全てを取り除いた。  とりあえず輝弥のマインドスキャンはスルーだ。  そして、すぐさま藁にもすがる思いで、握り締めたままだった教科書に目を走らせる。  一事項でも多く、一文字でも多く、俺の頭に叩き込まれた知識の綻びを正すために全身全霊を込めた。  キーンコーンカーンコーン……  俺の手が頁をめくろうとした時、そんな絶望の鐘が鳴り響く。  間髪いれずに、ドアを開く音が響いた。 「はーい、最後の悪あがきは終わったか? 残念だが先生も仕事でな、存分に絶望を味わってくれると嬉しいぞ」  数十枚の紙束を抱えた二ノ宮先生が黒板の前に立った。  その顔は、あきらかに生徒の苦痛を楽しんでいる。  そんなことに構ってはいられないほど、男子生徒の数人が血走った目をしていた。  それ以外でも、にこやかに笑っている者はいない。  ――御劉と輝弥、という異物を対象外にしてのことだが。 「それじゃ、そろそろ配るかね。 プリントは裏返し、どんなにドス黒い悪魔なっても表返しは厳禁」  ――プリントを表に返して、何かかわることがあるだろうか。  問題をみたとして、それがわからないものだったとしても勉強し直すことはできない。  ただ絶望を速く得るか、遅く得るかどうかなのだ。  そんなこんなで、無駄なことを考えているうちに俺の列目まで問題プリントが回された。  俺にプリントを手渡した生徒の顔が引きつっていたのは――まあ気にしないでおこう。 「さて……」  テストが目の前に迫ると、なぜかこの裏面のように頭が真っ白になるという。  だが、この白紙を凝視するしか待機方法がないのも事実。  この待機時間が無駄で、地獄だ……  無駄にシャーペンをノックしていると、二ノ宮先生が時計に目を移した。 「それでは――存分に暴れてこい!!」  暴れてこいとは、二ノ宮先生らしい――俺は紙を表反した。  テストという問題は、主に知識、理解、資料に分けられている。  暗記したもののほとんどは知識側にはいる。  理解は最後にまわし、今は一つでも多く知識問題を解くべきだろう。  俺は問題を見渡し、目標を定めた。  Q1:この作品「CROSS!〜物語は交差する〜」の始まりは第何話?  Q2:現在登場キャラで、名前付の男性は主人公も含めて何人?  ――何かおかしいような気がする。  俺は頭を捻った。  シャーペンの先を僅かに泳がせ、そんな時間がないことに気づくと、すぐに次の問題へ目を下した。  Q3:風宮学園の生徒会長は今現在何年生が担当しているか?  Q4:御劉、輝弥、どちらのほうが実力が上か?  Q5:美乃宮春花の呼び名【やさしさの春花】【風宮の○○】○にはいるのは? 「……何かの策略か?」  全般的に間違った問題の気がする。  俺は困惑なまま、次の問題へ目を下ろした。  Q6:Z○ンダムのプラスVerは全部で何種類?  Q7:シ○ド種運命より。ストライク○リーダムは元々なんという名にする予定だった?  Q8:○ャア専用機と○クの差は三倍。○スティニーとF○ンパルスの差は1.5倍。○リーダムと○トライクの差は何倍?  Q9: サイコガンダム+サイコガンダムMK-U+ビグザム÷3=□ □に入る機体名は? 「雑学だよな……しかも○ンダム系か」  SO●●に許可はもらったのだろうか?  っていうか俺は○イアしか使わないんだ。  それに、なぜ○ャスティスネタはないのだろうか。  Q10:最後にいうと……これってドッキリだよ? by御劉  俺は思わずその問題を塗りつぶした。  そして、実はこれ以外の問題がないことに気がついた。 「……結局何点にしてもらえるんだろうな……」  ――っていうか、何教科のテストだったか。  俺はとりあえz安堵で不安を消し去り、頬杖をついて時が流れるのを待ったのだった。 「ちなみにこれの答えはやらん。興味のある方は各自調べるように」 「何をいってるんだい、御劉?」 「なぁに、ちょっとした戯言だ」  何人かの生徒が嘆きの叫びをあげ、何人かの生徒がはちゃめちゃに盛り上がり、何人かの生徒が屍と化した頃、俺は平然としている御劉と輝弥に近づいた。  御劉は俺が近づいたことに気づくと、不敵な笑みを浮かべる。 「……御劉、仕込んだな」 「何のことだ? 三井兄の受けるテストを俺作成特別テストに変えてなどいないぞ?」  ――聞く内容は得た。  俺はため息を吐く。  御劉は心外そうに、肩をすくめた。 「何を言っているのだ三井兄。テスト結果を九割正解にしておいたのだ、嬉しく思うが良い」 「……マジ?」  九割、つまり100点満点で90点。  ――高得点だ。 「ハッハッハ! 三井兄よ、この作品への関心度しかと調べさせていただいた!!」 「……この作品って、何のことだ?」 「気にするな!」  御劉ははっきりと断言する。  俺は、御劉の高らかな笑い声にため息を漏らした。 「まあ、このテストが良かったとしても他のがだめだったら同じことだしな……」 「ふむ、まあ期待しておくといい、今回は吉とでている」  ――どうしてわかるのか、そんなことは聞かないでおこう。  御劉はニヤニヤと笑いながら、俺の背中を抜け、さらに後ろをみていた。  俺は訝しげに眉を顰め、身を翻した。 「――俺たちよりも優先して声をかけるべき姦しい者達、とでも言おうか」 「……まあ、厚意だし。姦しいっていうのはおかしいぞ」  俺に、不安という文字で潤んだ、心配そうな目を向ける美少女が二人ほど――奈々織と美姫が――いた。  その傍に、絶句して苦笑いを浮かべる真紀恵が、奈々織と美姫を宥めている。 「そう思うなら行ってやれ」 「……へいへい」  もともとそうするつもりだったので、俺は軽く頷くと歩き始めた。  横目に感じ取っていた不安の視線を真正面に受け、思わず怯みそうになる。  俺と視線があった奈々織と美姫が、瞬間的に目を逸らす。  ――ちらちらとこちらを見ているのがばればれなのだが。  話しかけるには少しばかり気まずい雰囲気を振り払うように咳払いすると、俺は口を開いた。 「え〜……奈々織、美姫」 「ひゃ、ひゃい!?」 「どうしたのかな〜、弟君……」  奈々織は舌足らずに声をあげ、美姫は少なからず面を引き攣らせた笑みをみせた。  俺は視線を左右に動かし、茶を濁すように唸ってみせる。 「えっと……その、な。昨日はありが――」 「き〜の〜う〜?」  予想外だ。  奈々織と美姫に意識をやっていてあまり考えていなかったが、この場にこっそりといる真紀恵はあの徹夜で行われた勉強会のことなど何も知らない。  真紀恵は繭を顰め、身を乗り出してくる。 「近いっ! 離れろ!!」 「昨日っていうとテスト前日だよね、確か前に図書館で最終手段がなんとかかんとか言ってたのってこういうことなのかな?」  ――最終手段の件は脳裏で呟いただけのはずだ!?  俺は、御劉や輝弥と同じ|能力(マインドスキャン)を持ちつつある真紀恵にそうツッコミたかった。  一瞬の空欄を、真紀恵は肯定ととったようで、背後にある怒りの黒いオーラをさらに濃くした。 「まさか。奈々織ちゃんや美姫ちゃんを汚しちゃうような獣のごとき行動を起こしてたり――しないよね?」 「なぜそうなる!?」 「祐夜さんが今を生きる男の子だから!」  真紀恵の中に信じるという言葉はないようで、10割俺のことを疑ってきている。  奈々織の頬がほのかに赤く染まる。 「そう怒鳴らなくても良かろう、古泉」  感情の高ぶりを感じさせない、御劉の仮面のような優しい笑みが割り込んでくる。  真紀恵は闘牛のように唸り、その刃のような視線を御劉に向けた。 「怒鳴ってなんかないわよ……君には関係ないことでしょ?」 「関係ない、ということではない。俺の大親友三井兄のすることにケチをつける気なのなら、多いに関係があるというものだ」 「ケチなんてつけてない!」 「ほう、なら何も文句がないということだな?」 「う………………」  ――マシンガントークの口論、ついていけない。  真紀恵が躊躇うように口をパクパクとした瞬間、御劉の目が勝利までの道を捉えた……ような気がする。 「何も文句がないのなら、怒る必要はないはずなのだが。怒るということは文句があるということ。これは矛盾だな、古泉?」 「……そ、そう! 奈々織ちゃんが汚らわしい手で触られたりしていないかを心配してるだけで! 別に何でもないんなら文句も何もないよ!?」 「ほう。なら――三井兄よ」  御劉の視線がまっすぐ俺を捉えた。  注目が俺へと集まる。  いつの間にか、教室にいる生徒全員が俺を、静かに見つめていた。 「な、なんだよ」  俺はいきなり話の中心に置かれ、どぎまぎしながらそう答える。  助けを求めるように視線を泳がせるが、奈々織、美姫、その他大勢が同じような傍観の目を向けている。 「貴様は、真紀恵のいうようなことをしたか?」 「――は?」  俺は、実に真剣な表情で聞いてくる御劉に、すっとんきょんな声をあげてしまう。 「そ――そんなことがあるはずがないだろうが!?」  そのとき、奈々織と目があい、俺は状況を把握すると同時に全身全霊で違うことを伝えた。  すると、なぜか全員が同時にため息を吐く。 「はぁ……」 「三井……鈍感も棘棘しいとだめだぞ……」 「サイテイ……」 「――な、なんだよ!? みんなしてため息吐いて!? ため息吐くといいことが減るっていうぞ!?」  小さく呟かれ続ける名も無き生徒諸君のブーイングをかき消すように、大きく叫んだ。  御劉はその反応を聞いていないかのように受け流し、視線を今一度真紀恵にもどした。 「とのことだ。なら真紀恵に文句をつけられる理由は微塵も(・・・)ないはずだ、そうだな?」  御劉は勝ち誇ったようにそう言った。  俺としては、御劉にしては優しいくらいだな……と思っている。  御劉ならあることないこと……ないことないこと話を広げて、完膚なきまでに叩き潰すはずだ。  良い子になったんだなぁ……と、すこし嬉しく思ってしまう。 「文句いうってことはさ〜つまり〜真紀恵には気に入らないことがあるってことだよね〜?」 「なっ!?」  突然、輝弥が会話に割り込む。  真紀恵は目を見開き、真っ赤になっていく。  怒りは遥か彼方に捨て去ったようで、輝弥に抗議しようとしながら名案が浮かばずただ口をパクパクさせる真紀恵。  ――御劉が良い子になったんだからお前もやめろよ。  俺は真紀恵を庇うように立とうとして、何気なく御劉の目を見てしまった。  不敵に光る、傍観者の目――俺は悟った。  こいつは、良い子になどなっていないのだ。  輝弥にバトンタッチをした、それだけのことなのだ。  なんという連携、恐ろしく思わずにはいられない。 「ほう、つまり真紀恵には【祐夜が】【誰かと】【何かを】【している】のが気に食わないのだな」 「え……ええ? えええ!?」  真紀恵がおろおろとしながら首を大きく横へ振った。  だが、御劉と輝弥は真紀恵の様子を軽く無視し、二人の話を広げていった。 「へぇ〜、ってことは、真紀恵はヤキモチ焼いてるってことになるね」 「ふむ、そうだな。三井がヤキモチ焼かれる理由とはなんだろうか?」 「そんなの決まってるじゃないか、真紀恵が〜三井のことを〜」  そこで輝弥の言葉が止まった。  いや、止められた。  決死の表情の上、目の端に涙を溜める真紀恵の両手が輝弥の口を塞いでいた。 「(2x−y+1)dx+(2y−x−5)dy=0も解けないような甘チャンが大口叩くな〜!!」  ――ついに出てしまった。  真紀恵キレモード。通称ダークマキエ。そう心の中で呼んでいる真紀恵の今の状態は、戦闘能力的に俺を超える。  というか、いきなり何難題を口走っているのだろうか。  鬼気な雰囲気や殺気もろもろに押されて、輝弥は僅かに硬直していたが、常人を超越した速さで真紀恵から弾き離れた。 「……モーションっていうか、予兆がないから身構えられないんだよね。結構つらいなぁ。 それと、答えはx2乗ーxy+y2乗+x−5y=Cね。大学系問題出さないでよ」  ――そういいながらもばっちり答えている人がここにいる。  わずかに乱れた息をする輝弥を、猛獣のように睨む真紀恵。 「そんな風にしてるとーどこかの誰かがお前に失望するのではないかなー」  御劉は表情一つ変えずに間延びした声を出した。  「かなー」などといつもと違う口調なのが気色悪い。  それにビクッと反応したのは――真紀恵。  その目は戸惑いで揺れている。 「まあまあ。テスト終わったばかりでこんなことしなくてもいいでしょ? みんなもさっさと帰りたいだろうし」  このミニ騒動を起こした張本人であろう輝弥が、そう締めくくる。  いつの間にか注目の的になっていたようで、輝弥の言葉を肯定するものはそれぞれの輪にもどっていった。  途端にざわめきをとりもどす日常の教室。  その流れによって、高ぶった真紀恵の心が落ち着きを取り戻す。 「……ってことで、真紀恵も落ち着いたことだし」  輝弥は屈託(くったく)のない、純粋というオブラートに包まれた笑みを浮かべた。  ――結局何がしたかったんだ?  真紀恵は頬を赤く染め、自らの席へスタスタともどっていく。  追求を避けられたのはよかったが、そんなことが目的なのだろうか? 「で、祐夜〜?」  ――やはり、目的は別にあったか。  輝弥の笑みが悪魔に見えるのは気のせいだろうか。  まるで心の内を探られているかのような冷たさ――俺は振り払った。 「さてと、そろそろ二ノ宮先生来るだろうから戻るわ。またあとでな、奈々織、美姫」  俺は身を翻してこの場から立ち去った。  小さな舌打ちがしたのは――気のせいではないだろう。 「テストも今日で終了だ。みんなご苦労」  二ノ宮先生が、形だけの話を始める。  その言葉にやる気が見えず、終始かったるいと思っているのがまるわかりだ。  まあそのあたりが親しみやすいというか……お堅い先生とは違う感じで、良い先生だと思う。  二ノ宮先生はちらりと己の腕に目を落とし、舌打ちをした。  多分、時間が余ったのだろう。  ロングHRと言えど、所詮はかったるさが増すだけだ。  だが、時間まで自由にしてよし……といえるほどの時間もない。  さてどうするか……と考えているのが顔にでている。  二ノ宮先生は思い出したようにふむ、と声をもらすと、先ほどまでと変わった真剣な表情をした。  それを見て取った生徒諸君は、口を閉ざすだけではなく、注目を二ノ宮先生へと向けていた。  全員の心がある意味ひとつになる瞬間だ。普段かったるくしている分、真剣なときは生徒も勝手に集中してしまう。  二ノ宮先生は僅かに間を置いて――口を開いた。 「君たちは、知識を何だと思っているだろうか」  その言葉に、俺は即答することはできない。  唐突なこともあるが、真剣に考えたこともない。  俺は静かに思案した。  対象は、授業で得る知識でいいのだろうか。それ以外の知識と言われれば答えに困るが、対象に間違いはないはず。  最初に思い浮かべるのは、社会を生き抜くための武器。  知識があればあるほど、社会での立場が有利になることもある。  だが、社会で一番に大切なのは機動力、順応力、性格ではないだろうか。  知識はその次ともいえる。  なら知識とは―― 「……選択肢、か」  小さく呟かれた、その言葉を聞き逃したものはいないだろう。  意外なのは、その言葉を紡いだのが御劉ということだ。 「そのとおりだ。知識とは選択肢。言葉ひとつひとつも知識が構成するものであり、どの知識を選択するかで相手への印象を変えたり、事柄の結果を変えることになる」  二ノ宮先生はそこで一度止めた。  御劉の目が二ノ宮先生を鋭く射抜いている。 「会話において、知識の多さ――言葉の多さが武器となり、防具となり、棘となることがある。 無言、という選択も「何も言わない」ことを知っているからできる行動、いわば選択肢だ。 どれだけの知識をもつか、どれだけの言葉を紡げるかで変わる未来もある。 例えば――誰かを止めるとき。 その誰かに、「止めろ」という意思が伝わらなければ何も止まらない。 もし、相手を止めることのできる言葉があれば。もし、相手の意思の間違いを指摘できる知識があれば。と思うときも、来るかもしれない。 いや、実際にくるだろう。時は流れる水のごとく。その流れに翻弄され、何かを後悔するようなことに――なってほしくない」  それに返すように、二ノ宮先生の視線はまっすぐ御劉を射抜き、その言葉が御劉を曝け出していた。  御劉の目に戸惑いなどの感情はなく、ただ思考回路を回転させているだろう無言があるだけ。 「人生を歩んでいれば、必ず別れがやってくる。 この学園を卒業すれば、私が君たちに会うことも、君たちがそれぞれに会うことも偶然の産物になることだろう。 道は――いくつにも分かれているからだ。 だから、別れることを後悔しないように。伝えたいことを伝えられるように――そうしていただきたいと思う。 そのための知識を、授業や学園生活を通して学んだり、自らで生み出したりしているのだと、理解していただきたい。 引きずる必要はない。【伝えたいのなら知識を得よ。完璧に、自らの想いを乗せる言葉を紡げ】 それが私の教えようとすることの――すべてだ」  二ノ宮先生はそう言いきった。  意味がわからない。  だが、例えわからなくても、刻み込んでおく必要がある――そう思えた。  チャイムが鳴り響く。  いつもと同じ音が、同じ間隔で無機質に鳴り響く。 「さて、ちょうど時間が終わったようだ。 君たちにはまだはやい二ノ宮の言葉だったかもしれない。だが――知っていて損はないぞ」  二ノ宮先生はそういった。  その顔は真剣の色を完全に取り除いた、いつもの表情。  穏やかな笑い、それが彼女を大人の女性なのだと実感させていた。  自分たちよりも長い時を流れた二ノ宮先生。先生も、時の流れに翻弄されたことがあったのだろうか。  だが、そんなことは自分たちの立ち入る範囲を超えている。知ってはいけない禁句だ。 「私たちは数年だが、かけがえのない運命共同体だ。 何を、とはいわない。 だが――がんばろう。悔いののこらぬよう、一度しか味わえないどんなものにも似ない結束の日々を!」  これも知識だ。  指摘されるまで気づかなかった。運命共同体――ここにいる全員が偶然によって集まった者であり、同じものは絶対ないだろう。  ただひとつしかない、運命共同体なのだ。  奈々織、真紀恵、美姫、御劉、輝弥――俺のまわりにいるやつらも、友に何年かを過ごす運命共同体。  二度と、同じ運命共同体ができることはない。  一度しか過ごせない、こいつらとの日―――悔いがあってたまるか。  俺は無意識に掌を握りこんでいた。 「久しぶりに……すごいこと言ったな」  帰路。  夕焼け、光と闇の反転が行われ、吸い込まれるように欠ける光と滲むように満ちる闇の幻想をバックに、ゆっくりと俺は歩んでいた。  その横にいるのはいつもと同じ二人の美少女だ。 「二ノ宮先生。結構人気あるんですよ」  道の端にある防波堤の向こうで、光と闇の幻想を反射させる海が見える。  それを目を細めてみていた奈々織が、にっこりと微笑んでそう言った。  自分の足元に目を落としている美姫は、何かを考えているようだ。  ――夕焼けというのは、人を感傷的にさせる。  胸にもやもやとしたものを持たせ、不安を生み出させる。  光から闇に変わる、冷たい美しさがそうさせているのだろう。 「二ノ宮先生。いつもはぼ〜っとしてるんだぜ。たまにHRさぼりたいとかいうこともある」  俺は美姫の目を覗き込んだ。  美姫はキョトンとしたように目を瞬き、満足感か何かでさらに増した輝きの笑みを浮かべた。 「でも、二ノ宮先生はいい先生だと思うよ」 「……まあ、それくらいはわかるさ。でも起伏が激しいんだよなぁ」  いつも、かったるいなどと言わずに真剣だったら、こんなところで先生をしているひとではなかっただろうに。  美姫はクスクスと笑った。 「弟君も起伏が激しいほうだと思うなぁ、もっと常から勉強してたら良かったと思うなぁ、どうなんだろうなぁ?」 「……善処します」  上目遣いに問いかけてくる美姫に、俺は肩をすくめてみせた。  美姫は少し前に屈み、奈々織をみる。 「奈々織ちゃん。こういうのってどうかな? 弟君に〜徹夜で教えてあげたんだから〜その感謝の印として〜カフェで奢ってもらっちゃったり♪」 「まてぇい!?」  俺はすかさず叫んだ。  美姫の目に小悪魔がいることを確かめ、奈々織へと目を移す。  奈々織はにっこりと無垢な笑みを返してきた。 「ごちそうになります、祐夜くん♪」 「……ジーザス」  退路はないようだ。俺は思わぬ出費に頭を押さえた。  美姫は歩を早め、くるりとスカートを躍らせながら俺のほうへ向いた。 「まあまあ。こんな可愛い女の子に奢るんだから、本望でしょ♪」  美姫は自分の顔を指差し、にっこりとした。  ――徹夜勉強を手伝わせて、迷惑をかけたことは事実だ。  美姫や奈々織のテストにも差支えただろう疲労に、ありがとうの一言もいっていないのも事実だ。  少々サイフが軽くなるが、美少女たちへの納品なら後悔などなくなる。 「帰ったらおいしいご飯をいっぱいごちそうしますね♪」  奈々織はそういっておっとりとした笑みを向けた。  ――そういうことなら、奢ってもいいか。 「よし、ならさっさといくぞ。時間は待ってくれないからな」 「うん、それでこそ弟君♪」 「ま、まってくださいよ〜」  走り出す俺。それを明るい笑みで追いかける美姫。すこし遅れてこけそうになりながら走り始める奈々織。  そんな俺たちは、光が闇に押しつぶされる幻想に反比例するように明るく――幸せだった。  足音が響くこともなく、俺もそれを気にすることがないほどに昂っていた。  幸せだ。  そう実感できる。  だから笑うことができる、笑うことができるから幸せなのだ。  こんなにも充実した感情に胸躍らせることができる――なのに、時間は驚くほど速く過ぎ去っていってしまう。  だから、走ろう。  少しの時も無駄にしないように。  俺は幸せに胸躍らせ――本心からの笑みを浮かべた。  闇が世界を覆う。  静寂の横たわる、常の明るさから遠くかけ離れた、寂しさに満たされた世界。  コツ、コツ――音が響く。  自分の足音だと気づいたのは少し後だった。  コツ、コツ――異質(イリーガル)な音が響く。  一度手にした情報を手放すことはない。しかも先ほど得た情報――照合するまでもなく、自分の足音ではなかった。 「なぜあの時――知識と答えたの?」  足音がこんなにも大きく響くものだと、つい先ほどまでは知らなかった。  多分、あいつは知らないだろう。  光の、しかも一番善良な場所にいるあいつは、足音など聞いたこともない。  皮肉でも、憎いのでもない――これは単なる充実感だ。 「無視するなんて酷いな――誓兎」 「その名で呼ぶな」  光の侵犯者としての顔と、刃をちらつかせる。  だが、手ごたえのなさを感じすぐにそのすべてを収めた。 「あのとき、「やっぱり」って思ったよ。 やっぱり、答えるのは君なんだと。 やっぱり、答えをもつのは君なんだと」 「戯言をいうな――俺とお前は両腕だろう。 お前も、答えを知っていた」 「でも、でもね。それは、【知っている】だけ。【理解してはいない】 答えることはできないんだ。 君は【理解している上で】答えることができる。 やっぱり君は――」  大きな破砕音がした。  ふと思えば、その音源は俺の手だった。  壁を凹ませるほどの拳撃を、無意識に放っていたのだろう。  都合がいい――俺はそう思い、歩みを速めた。 「いつまでも隠せるものじゃないさ。自分の想いだろう?」  除外、除外、除外――  いらない助言(アドバイス)。俺の存在定義を覆されることは避ける。  自分の心に気づいてはならない。すでに圧したはずだ。今一度息を吹き返されれば――俺は、傍観者でいられなくなる。 「君はボクとは違う。光の住人。 まだ、想いが残っている。 ボクは嬉しいんだ。君が、未練ったらしく完全なまでに自らを除外していることを。 その上で――ボクは悲しくて堪らない」  月明かりが漆黒の世界を照らす。  今日は満月のようだ。  満月は奇怪を起こす。  現実的にいえば、月の発する重力が一番強くなり、それが何らかの作用を起こしているのだが。  ミステリー、俺のもっとも好きなものだ。  自分の知らないものの探求。それがあれば俺は俺でいられる。 「君が、ボクと同じく【彼】を傍観していることはわかっている。 その上で、同じ立場であるボクは君をも【傍観していた】 ボクにとって、君も物語の主人公なんだよ」 「俺はそんなおままごとに構う気はない」  言い捨てる。  きっぱりと、残りかすひとつ留まらせずに。  意識から異質(イリーガル)のすべてを除外し、心を束縛せし鎖の鍵となるものすべてを霧散する。 「――まあいいよ」  月明かりに、ゆっくりとやつの姿が浮き出てくる。  その微笑が、嘘であることは前々から承知しているが、それでも惑わされそうになる。 「こんな想い、なくてもいい。いや、なくなったほうがいいのだ。 俺たちは【幸せなんだ】。これ以上を求めれば、今あること全てがなくなるかもしれない。 すべてが――崩れ去るかもしれない」 「へぇ、そういう選択をするんだね。【今の君は】」  幼い、屈託のなさそうな笑みをする。  俺はその奥に丁重に隠された狂気を知っている。  昔のコイツは、こんなやつではなかった。  血が似合う男だったといっておこう。  はじめから孤独だった俺たちは、同じ闇の住人として交流をしたことがあった。  共感できる部分もあった。だから嫌いではなかった。  中学のとき、コイツといっしょなことに戸惑いをおぼえることはなかった。  いや、俺はコイツの隣に。コイツは俺の隣に――それは暗黙の了解だったのかもしれない。  そんなときだった。  俺たちの間に、あまりにも大切な【彼】が来たのは――     ◆◆  暑い日ざし。散り始めたころの、地面に散りばめられた大量の花びら。そのすべてにイラつきを覚える。 「お〜お〜、初々しいやつらだねぇ。地獄に落としたくなるよ」  同感だ――心には思うが、言う気にもなれない。  ギシギシと、錆の擦れる音が響く。  俺は足元の砂から目を離すことはなかった。  視界の隅で、何度も揺れ動くコイツも次第にどうでもよくなってくる。 「ああ、だるい。学校なんかいかなくてもいいのに。あんなやつらといたら電波っ娘にされちゃうよ」 「まったくだ。だが娘ではない」  コイツは、笑っただろうか。  唐突に、BGMと化していた錆の擦れる音が止む。  何事かと思い、それでも興味がないことに変わりはないのでゆっくりと、顔を上げる。  まずはじめに輝弥が映った。  コイツの乗る、両端を鎖で繋いだ空中イスは輝弥の足で固定されている。  その少し後ろ。鎖を押さえる、何本かの柱で構成されたアーチの後側にもたれかかっていた俺に、【彼】が映った。  人だった。  珍しい客人だった。招いた覚えはないが。 「こんなところで何してるんだ?」  こんなところ、というのはこの古びれた今時の小学生が絶対に遊ばないだろう公園のことだろうか?  輝弥が暇そうに遊んでいたブランコ以外には、あまりにもちゃちな滑り台しかない。  こんな場所潰して、マンションでも建てたほうがマシだと言える。 「俺と同じ制服だし、入学生だろ?」  しわのない、ピシッとした俺の制服を指差した。  必然的に、俺を指差すことになる。 「人を指差すのはやめたほうがいい」  俺は風にもなく、優男を演じる。  こういうバカなやろうは完膚なきまでに潰したほうが楽しいのだ。  そういう場合、こいつの純情にのってやるとガードが甘くなる。 「おっと、わりぃ」  【彼】はそういって、のんきに笑ってみせた。  とことん甘いやつだ――思わず舌なめずりをしそうになる。 「それで、俺たちに何か用か?」  闘う意思のないことを表すように、完璧に創った穏やかな笑みをしてみせる。  輝弥は興味がないようで、邪魔にならないよう微笑を浮かべて置物と化していた。 「いや、用ってわけじゃねぇんだけど――やっぱ初日って暇だろ?」  【彼】の言いたいことがわからない。  俺はふむ、と唸ってみせた。 「あれだ。初日というと学園長のかったるい話とかがあったりして、おもしろくもなんともないというか――」  ……そういうことか。  つまり、サボらないか? ということなのだろう。  ある程度、【彼】に興味が湧いてきた――かもしれない。 「そうか、ならどこかへいくか?」 「おおっ、話のわかるやつだな!」  【彼】はそう楽しそうに笑った。  ――俺たちと正反対で、虫唾が走る。  俺は今更ながら後悔し始めた。  輝弥は、我関せずのようだ。 「……それはそうと、お前らのことなんて呼べばいい?」  【彼】はそう問いかけてくる。  どうでもいい、できるだけ偽名で――俺は考えてみた。 「ドナテルロエースとドナテルロマックス、かな」 「……どんなネタだ、それは」  【彼】は苦笑する。  だが、俺は穏やかな笑みをしたまま訂正せずを突き通した。  【彼】の表情が次第にマジ? と問いかけるものに変わっていく。 「さて、そちらのことはなんと呼べばいい?」  話を一気に切り替える。  長話は骨が折れるからだ。さっさと裏の顔を出したい。 「ん〜、そうだな」  【彼】は考える風にあごに手を当てる。  数秒して【彼】はいたずらっ子の笑みを浮かべ、こう言った。 「俺はドナテルロセイバー、だ」  ――こいつは、結構骨が折れるタイプかもしれない。  そんなことに気づいたのは、翻弄された後だった。  いつの間にか俺の手元にはいくつかのボタンがあり、その目にはゲーム画面が映り、その耳には騒音としかいいようのない物音が響いていた。 「あ〜あ、いまのところはよけねぇと。いいか? コイツのタイプだと防御より速さに任せて動いたほうが……」  いつの間に、こんなところへ来たのだろう。  ゲームセンターだということはわかる。その経路が思い出せない。  ミイラ取りがミイラになった気分だ。 「おい、そっちも操作間違ってるぞ! そのタイプは防御しながらの突進ができるから特攻しかけてったほうがいいんだよ!」  鋭い指示の矛先は、俺と同じ考えに浸っているであろう輝弥に向けられる。  輝弥は疲れた表情をして、俺にジト目を向けていた。  ――俺のせいなのだろうか。 「よし、もう一回やるぞ。チーム戦なんだからしっかりやれよ」  そういってコイン投入の音が響く。  ゲーム画面に今一度光が戻り、自分の操る軽装備の男がさまざまなドットで構成される。  ――まだやるのか。  【彼】に翻弄されて数時間。【彼】はひとつのゲームを熟知させようとしている。  初歩的なアクションゲーム。都会に出れば3Dで味わえるというのに。  開始されたゲームを、やらないわけにはいかない――俺は指に意識を移した。  【彼】に教えられた手で、俺が使えると判断したのはふたつ。  男の持つ剣から瞬間的に放たれる魔法と、斬撃を舞わせながら突進だ。  上への移動もある程度許されているが、奥は右への移動だという定義はどんなゲームでも変わらない。  すこしして、自機では移動できない下側から別の男が上がってくる。  金髪碧眼の、双剣を持つローブ男だった。  確か、これは【彼】の操る者だったと想う。  特定以上進むと大量にでてくる敵増援が、ローブ男のモーションに消されていった。  廃人(ヘビープレイヤー)と思ったのは、この数時間で何度目だろう。 「ドナテルロエックスは、上にきたら待機」  【彼】の指示は的確で、要約されている。  直線的なのは操るキャラや指示だけでなく、【彼】自身なのかもしれない。  俺は、敵位置及び敵数とこちらの射程及び攻撃回数を即座に考え、それよりも先にボタンを叩いた。  自機の体が青色のオーラに包まれ、進行方向にいたザコを一掃する。  一度も使わなかった必殺技的ものなのだが――指が痛くなる。 「そろそろ中心ほどなんだがなぁ……」  【彼】のどこに、そう呟く暇があるのか教えて欲しいものだ。  指がボタンを連打している。し続けている。  画面上のキャラはドットが集まった2Dだとは思えないほどの速さで動き回っている。よく解像度が追いつくものだ。  その前にフリーズしないのが奇蹟に思える。  現実での戦闘は、思案しなくてもできるほどになっている。  だが、アクションゲームとなると話は別だ。  いちいちボタン操作を思い浮かべなくてはならないし、第一闘ってる理由が曖昧すぎる。  ――何のために闘っているか、か。 「おい、ドナテルロセイバー」 「……ん? なんだ?」  【彼】は半瞬遅れて声を返してくる。  その手は時たまボタンを叩く。  俺はある程度の現状維持をし続けながら、口を開いた。 「こんなもののどこが楽しい?」 「――わりぃ、つまんねぇか。こういうの?」  【彼】はバツが悪そうに顔をしかめた。  はっきりいえばつまらなかった。  だが――【彼】をみていて飽きない。  自分にないもの、だからだろうか。  この程度のゲームで、輝く笑みをみせるこいつが、理解できない。 「つまらんな」  はっきり言っておく。  正直、これ以上【彼】といるのはうんざりだった。  疲れた。【彼】に地獄を見せてやろうという気にもなれない。 「そうか……」  俺は画面に目を落とす。  右端に、全身を鎧で包んだ騎士が現れる。  ボス、というわけでもなく、輝弥の操るキャラのようだ。  無造作に置かれた、正方形でつくられた棒道に自機を飛び乗らせ、騎士の横で止まる。  少し遅れて、爆炎を撒き散らせる【彼】のキャラが俺たちのキャラを飛び越えた。 「じゃあ、すこしまってろ。ちょっくら終わらせて、別のゲーム教えるから」  ――他にやるつもりなのか。  俺は自分の席から離れ、【彼】の画面を覗いた。  先ほどまでとは予想外の超スピードで前進しているのが傍目でもわかる。  ボタンの連打が止まることはない。  ――技ひとつひとつのモーションで移動しているのか。  さすが、廃人(ヘビープレイヤー)のやることは違う。  少しして突き当たりに来ると、画面が暗転し、文字が映し出された。  俺は自らの画面へと目をもどす。  同じ文字が点滅を繰り返していた。  ――クリア、か。  勝利の感覚などあるはずがない――つまらなさが増す。 「さてと、何がしたい? シューティング? それともカーレーシングか?」  【彼】は嬉々とした顔でそう問いかけてきた。  ――何がそんなに楽しいのだろうか。  ゲームは娯楽機器。娯楽とは自己満足のためにやるものだ。  それこそ、【彼】のような最強が俺たちに合わせて何が楽しいのだろうか。  実は、俺たちのような初心者に、実力の差を刻み込むのが快楽なのか。  ――そんな風にはみえない、か。  自然とそう思ってしまう。  信じる、というのはこういうことなのだろうか。 「……お前は、何でそんなに楽しそうなんだ?」  輝弥がそう聞いた。  ちょうどいい――俺はわずかに嬉しく思うと、傍観のために精神を殻へ閉じこませる。 「ん、おかしいか?」  【彼】は微笑みを絶やさずに、そう聞き返した。  輝弥は微笑みと正反対に、冷たく返した。 「初心者に教えて、イラつくだけだろ?」  輝弥の鋭い言葉を臆することなく、【彼】は首を横に振った。  俺は聴覚を研ぎ澄ませる。  今から言われるであろう、俺の知らないモノを、一言ももらさないようにするかのように―― 「俺は勝敗とか気にしねぇし、やっぱみんなとやるのが好きなんだよな。 ゲームの世界観で楽しむのはソロのときでいいし、多人数でやるのも楽しいんだよ。 ゲーム外の楽しさっていうかさ……わかるか?」 「……説明はうまくならないとな」 「まったくだ」  輝弥はわずかに笑みを浮かべた。  いつもはみせない、まるで【彼】に感染したかのような光側の笑み。 「じゃあ、例えを言うか。 例えば、RPGゲームがあったとする。 そのゲーム自体は、勇者が魔王を倒しにいくって言うやつだ」  あまりにもシンプルすぎる初期ゲームのフォー・イグザンプルだが、わかりやすい。  脳裏に思い浮かべてみる。 「ゲーム自体だと、魔王に倒すのが楽しみってことになってるけど。 パーティをつくることができたとして、友達とモンスターと戦いにいくってのも楽しみのひとつだろ? そんな風に、一人でやるのも好きだけど友達とかとやるのも楽しいってことだ。うん、そういうこと」  【彼】が、考えながら話しているのが丸わかりで、そのようすが真剣そのものなのがおもしろい。  途中でめんどくさくなったのか、以下省略が組み込まれていそうな気がする。  ――だが、そんなことはどうでもいい。 「……ちょっと待て、ドナテルロセイバー」 「なんだい、ドナテルロエース君?」  ――熱血少年的ノリだったのはスルーだ。疲れる。  こいつなりに、さっさと本名話せという意図だろう。 「友達、といったよな。それはだれのことだ?」 「は……決まってるじゃねぇか。それともここはギャグ返答でいったほうがいいのか?」 「真剣路線で頼む」  俺は、【彼】の対象が俺たちではないことを願う。  その上で、きっとその願いは絶たれるだろうと理解する。 「誰……て言われると、登校途中の公園でサボろうとしていた匿名希望の風宮学園中学部新一年生約二名、としかいいようがないな」  ――こいつは、すべての人間を友達だとか思ってる馬鹿なのだろうか。  頭が痛くなってくる。  元から調子が狂わされていた。【彼】は一番苦手なタイプだといえる。 「でもよ、こうやってゲームしたりするのって友達だろ?」  【彼】の目が俺を覗き込んでくる。  その目は、心外だと訴えてくる。  ――まて、まてまて、これはどういうことだ。  【彼】に指摘されるまでわからなかった。  俺は、俺たちはいつまでこいつとこんなお遊びを続けているつもりなんだ。  いつもと同じはずだった。  自らの渇望に従い、獰猛な闇の獣を顕現し、光の者へ絶望を刻みこむ――  いつもの、暇つぶしのはずだったのだ。  輝弥が、あの殺人鬼が――そしてそれと並ぶ俺が、一体ここで、こんなやつと、何をするというのだ。  ――自分が変えられているのだろうか。  闇でいた俺が、静寂のなかで時の流れを悶々と過ごしていたはずなのに。  なぜ、こいつが……変えられる。  良い変化なのか、悪い変化なのか、わからない。  だが、できるのは目標ではない。  安定が崩されるだけの現象は――拒みたい事項だ。 「……さあな」 「ったく、ノリがわりぃな」  【彼】はおどけた風にそう言った。  俺は傍観席から立ち上がる。本心からの言葉を放ち、【彼】に俺の闇を曝け出すため。 「――悪いが、【俺より弱い奴】を友達にする気はない。お前はどうだ?」 「へぇ、そういうことか」  【彼】は俺の変化に気づいたのか、わずかに真剣な表情をみせてくる。  だが、俺の闇はまだ表情に表れていない、気づいてはいないだろう。  俺は殺気を全身に漲らせる。  血流の一本一本に、悪が行き渡るのを感じる。  ――これだ。これが俺だ。  ゲームじゃない、本当の戦闘。殺戮劇(グランギニュール)。  俺は、一撃の下で【彼】を粉砕し、悪としての俺を顕現させる。  そして【彼】に絶望が刻まれる――いままでと同じことだった。  暇つぶし。だが、狂い始めた歯車を完璧なまでに立て直すため、そしてこの不快感を取り除くため、悪に身を沈めなければならない。  悪と一体になる――俺は拳をつくった。  体が思いのほか軽い、抜け身の刃のようだと思う。  思い浮かぶ手段、機械的に状況を分析し、体はそれにそって動き始めた。  【彼】は構えていない。構える猶予は与えた、構える気がないということだろう。  俺は思考をやめ、機械と化した。  【彼】の懐にはいりこみ、フェイントもなく拳を振り上げる。  恐ろしい速さによる、モーションなしでの一撃――誰も追いつけるはずがなかった。  追いつける奴は、輝弥しかいないだろうと思えた。  今まで一度も放ったことのない、全力を超えた全力。  ――だが、機械的に行われる工程は最終段階を迎えることなく阻止された。 「……わりぃ、こういう場合負けとか勝ちとかじゃなくて、無理矢理終わらせるべきなんだろうけどさ」  【彼】の開かれた五指に、俺の拳が収まっていた。  治まることのない闇の獅子が、更なる攻撃を求む。  俺は驚愕するよりもはやく、追撃を放った。  旋回するようにして放たれる、遠心力を得た蹴撃。  拳撃を押さえられたとしても、連続といっていいこの第二波を防ぎきる力があるとは思えない。  だが――予想外の反応を、【彼】は起こした。  理解できない――己の意思ではない、物理的な何かによって視界が暗転する。  いや、速すぎる視界の移動に頭がついていっていないのだ。  色の線がノイズのように視界を埋め――気づくと俺は寝そべっていた。  照明から溢れる光を見つめていたと気づき、全身の感覚が追いついてくる。  痛み――後頭部、床に触れる部分のほとんどが痛みを発する。  俺は起き上がることなく、視線を動かした。  闇は霧散していた、俺の闘う意思はなく、ただ無意識に【彼】を探していた。  【彼】はすぐに見つかった。  静止する【彼】の背を、何も考えずに見つめる。  ――負けた。  そう理解する。  だが、それは結果にすぎない。  その過程が理解できない。  俺の工程を阻止するだけでなく、完膚なきまでに崩された。  そのことは、いまの状況から――俺が倒れていることからわかる。  蹴撃はどうやって防がれたのだろうか。  俺は起き上がろうと両手に力を込める。  その途端、片手に激痛が走った。  上半身だけを起こした状態で、その手を診る。  見た目に異常はない、捻ったかのような痛み――いや、この手は【彼】に掴まれた手だ。  完全に活動し始めた思考回路が、過程を思い出させる。  【彼】は蹴撃を受けていない。  俺の勢いを利用し、投げ飛ばすというよりも弾き飛ばすようにして、【彼】は終罵を紡いだのだ。  【彼】は一歩も動かずに、片腕だけでそれをやってのけた。 「負けねぇよ――絶対に」  【彼】は唐突に、そう言いきった。  その言葉が、少し前に言っていたことの続きだということに気づく。  ――負けた。  今一度理解する。  だが、自然と悔しさは生まれなかった。  ――興味。  なぜ【彼】はこんなにも強いのか。憧れと興味が、【彼】を凝視させる。 「……と、大丈夫か?」  【彼】は思い出したかのようにそうたずねてくる。  心配そうに屈み寄ってくる【彼】を手を突き出すことで制し、俺はゆっくりと立ち上がった。  ――この衝動は何だろうか。  喜び、ではない。恐怖、には似ても似つかない。  言葉では表せない、最高の感覚だった。  良い気分だ、先ほどまでは騒音だと思っていたものを軽く流せる。  いまのうちに決断しておこうか。  勝負はついた。きっちりというのは尺だから、遠まわしに一言いってやる 「――御劉誓兎だ」 「ん?」  【彼】は一瞬眉をよせるが、すぐに満足気な表情に変わった。  そのとき、横から【彼】に手が差し伸べられる。  俺は視線を動かし、手の正体を視界に収めた。 「ボクは伊里嶋輝弥。よろしく〜」  先ほどまでの表情とうってかわって、満面の笑みでそう言いきった。  豆鉄砲になんとやらだ。俺はこんな輝弥をみたことがなかったために驚愕を隠せない。  【彼】は元々輝弥を知らないため、ちょっと驚いた風で輝弥の手を握った。 「よろしく――で、そっちとは闘わなくていいのか?」 「御劉が負けた相手だからね。ボクなんかじゃ到底敵わないよ〜」  強い、とわかっていたら輝弥と【彼】は互角だろう。  第一、輝弥は俺以上の実力をもっていると、俺は思っている。  ――ただたんにかったるいだけではなかろうか。  輝弥は俺を使って【彼】の実力をみたのだ。  これではどちらが傍観していたのかわからない。 「――それで、ドナテルロセイバーはどんな名前なんだい?」  俺はさわやかに問いかけた。  【彼】はうげっという声を漏らすが、咳き込むようにしてごまかした。  ――自分もしただろうが。さわやか少年風尋問を。 「俺は三井だ。三井祐夜。よろしくな、御劉に輝弥」  【彼】は、自分を指差してニコッと笑った。     ◆◆ 「――御劉」  輝弥のその一言で現実へと引き戻される。  あのころからだ。輝弥が微笑むようになったのは。  残虐などではない、暖かい笑みをしたのをみたのは、あのときがはじめてだった。  彼に会って変わったやつは多い。  それは、彼の【存在意義】に惹かれ、憧れ、変わろうと願ったからだろう。  そして、俺もその一人―― 「俺は今で十分だ。今以上を望まない」  断固とした決意をみせる。  彼によって与えられたこの数年間は、今まで歩んできたものを全て捨ててもいいと思える最高の日々であり、彼の傍にいることによって与えられた幸福は、それまでの自分を捨てても良いと思える暖かい集団であった。  そのなかで、彼を想い胸を焦がす者をみた。  それは、彼という存在を黒く染める波を起こすのではないかと俺を心配させた。  人は、望まなくても黒くなることがある。  ときめきという極光を胸に秘めれば、それに相対する漆黒がにじみ出てくる。  だから――傍観の身となった。  今のままではいられない。そのことはわかりきっている。  できるだけ軽く、できるだけ薄く――そう願って。  必ず、この集団のままでいられるということはないだろう。 「わがままをいうわけには――いかない」  彼を守るときめたのだ。  こちら側にいると言う事実だけで満足だ。そのはずだ。  それに俺は――彼に胸を焦がす彼女が好きなのだ。  彼に救われ、彼の横を歩き、そして出会った彼女の輝きは、彼にしか引き出せない。  その輝きが、その視線が例え俺ではなく彼を向いていようとも―― 「アイツの――祐夜の存在意義がかわるような事実、起こさせないために……」  本人の前では呟いたこともない、アイツの名前。  いろんなことがあった、そしてこれからもいろんなことがあるだろう。  その舞踏会に、例え出ることができなくても――それを傍観することができるなら、彼女のひときわ輝くところをみれるなら、俺は彼の隣を歩く。 「……まあ、今はそれでいいか」  輝弥はそう呟いた。  納得してはいないようだが、あきらめたようだ。  輝弥は俺の顔を覗き込んでくる。 「でも、忘れないほうがいいよ。君の手に、招待券があることをさ。 ボクは――本当の傍観者だから。そう助言するよ」 「お前が、舞台にあがることはないのか?」 「それはないさ」  輝弥は言い切った。  にっこりと笑った表情が、剥ぎ取られたかのように消え去る。  その瞬間――死神の顔をみた。 「ボクはね、興味がないんだよ。 観ることに興味がある。ボクは君とは違う。 君が光なら――ボクは闇なんだよ」  理解できない。  輝弥が救われていないのだというのなら、なぜ彼の隣を歩いているのか。  輝弥はその問いを察したかのように、ぴったしの答えを紡いだ。 「ボクはね、彼の存在意義を知っている。君も知っているよね? 彼は【守るために強くなる】。そしてボクは――【楽しいから強くなる】。」  殺戮者の顔だった。心底楽しいというような顔。  俺は輝弥を知っていた、皇帝(カイザー)である輝弥を。  皇帝(カイザー)。ゲーム界で頂点を極める者。輝弥は【現実での殺戮】をも楽しむ狂者だ。  すべての物事をゲームだといい、死への恐怖すら興奮剤にする。  そんな顔をもつ輝弥は、俺と正反対だといい祐夜とも正反対だというのだ。  ならなんで―― 「なんで傍にいるんだ……」 「わからない? 楽しいからだよ、彼が自らの存在意義のために強くなっていくのがね。 ゲームより楽しいんだよ」  輝弥は幼く、残虐な笑みを浮かべた。  俺には理解できないこと、俺には感じられないことに、輝弥は狂っているのだ。 「ゲームだと、主人公がちょっとムリをすればどんな敵も打ち負かせてしまう。 対戦であっても、実力は平等だ。 でもね――これは違うんだよ。 祐夜という主人公はイレギュラーな力を秘めている。 ボクでは到底敵わないかもしれない最強だ。 それが楽しすぎる――闘ったら、ボクが本当に死ぬかもしれないから。 彼が熟すまで、ボクたちが導くのだとしても――ボクは最後の最後で出演者になる」  これは劇なのだ。  輝弥という傍観者が楽しむため、すべてが手中で踊らされる劇。  俺はその真実を知り、その上で尚傍観席にいるのだ。 「でもね。これだけはわかっててよ」  輝弥はさらに近づいてくる。  俺の耳元で小さく呟かれたそれが――本当に真実なのかわからない。  輝弥は幼く純粋な笑みを浮かべると、月明りのない闇へと足音を響かせ――去っていった。  俺はゆっくりと、硬直した体をほぐすようにして、空を仰ぎ見た。 「今日は――満月か」  奇怪なことが起きた。  明日には、すべてが元にもどっているだろうか。  ――いや、それはないだろう。  表向きには、常と同じ。  だが、知ってしまった真実の上ではすべてが空想に思える。 「……それでも」  俺は演じよう、彼の友人である自分を。  役の与えられぬ、傍観者を。  それが――彼の隣を歩くときめた俺の存在意義。  ――雲ひとつない漆黒の空では、満月が淡い輝きを放っていた。