【タイトル】  S4【病みかけ】 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【ジャンル】  恋愛 【種別】  短編小説 【本文文字数】  1345文字 【あらすじ】  釣りのほうのお口直しにどうぞ――風邪という病は、ときにツンを溶かすのです。 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************  見慣れた校舎。見慣れた玄関口。見慣れたその場所で、二人―― 「コホン……ケホケホ」 「おいおい、大丈夫かよ?」  風邪の病みかけといったところな状態の私に、彼は心配そうな顔をしてそう尋ねてきた。  大丈夫、と微笑もうとして、また咳を漏らしてしまう。  ……うう、こりゃ完璧、風邪だなぁ。  はやく家に帰って休まりたいが、今はそうできない理由があった。 「止まないね、雨」 「ああ、そうだな」  続かない言葉。合間を繋ぐように鳴り響く、雨音。  私は、傘を持ってこなかったことをまたも悔やむ。  じょじょに重くのしかかってきて、私を苦しめはじめるしんどさ。ちょっとだけ足元もふわふわしはじめていて、正直ヤバイ。  堪えきれなくなって、片手の甲を額に押し付ける。  ……手が冷たくて気持ち良いんだけど、熱いのに気をとられて倒れてしまいそう。  というか、すでにちょっとした風邪程度のものじゃなかった。今の私は病みかけなんて次元に居はしない。直感から、寝込むべきほどのもの。  空を見上げる。  私を裏切る、どしゃぶりの大雨。私は自然と、溜息を漏らしてしまった。 「……っと、あったあった」  嬉しそうな声に、私はカレへ目を向ける。  カレは、カバンに片手を突っ込んだまま、もう片手を私に突き出していた。  その片手に掴まれているのは、黒い布でできている何か。 「折り畳み傘。これ使って、先帰れよ」 「……でも……お前の……だし」  すぐに返したつもりの反応。しかし現状は、息も絶え絶えに紡ぐ断続的な呟き。  ふふんと笑ったカレは、有無を言わさぬ態度でさらにグッと傘を突き出してきた。  しぶしぶ受け取り、開く。 「……お前は……どうする……んだ?」 「つらそうにしゃべるなよ。俺のことなんて気にせず、さっさとぱっぱとかーえれー」  シッシッと私を追い払うようにするカレに、私は確信した。  ……一人で待つんだね、雨が止むのを。  わかる。手に取るようにと表現してもいいほど、安易に。  だからつらくなった。優しくされてて嬉しいけど、痛かった。ぽつんと一人ここに立つカレを想像すると、私は歩くことなんてできなかった。 「それじゃ俺は、校内歩いて時間潰すわ」  片手をひらひらと振り、私へ背を向けるカレ。  私は咄嗟に手を伸ばし。 「あっ」 「……っと」  その小さな勢いでグラッと歪む視界に、吐気がこみ上げてきて力が抜けて、私はグッとカレの背中に抱きついてしまった。  ハッと気づいたときにはもう遅い――どうしたの? と尋ねてくるカレの背中に、私はこんがらがって駄目な頭ん中を捻って、でも言えそうなことが何ひとつ浮かばなくて、どうしようもなくなってしまう。 「ったく、仕方ないな」  そんなとき。 「ふらふらで歩けないなら、そう言えって」  こんな言葉を、そんな顔で言うなんて。 「家まで送ってやるよ……仕方ないから、一緒に帰ってやる」  ずるい――ほんとに、ずるい。  恋に落ちるしか、ないじゃないか。  さっきよりもぼぉっとしてきた頭で、思う。  ――息が詰まりそう。  ――だけど、嫌じゃない。とても心地良い。  ――どうしよう。  カレの背中に、身を寄せて。  言葉もなしに、想いが届くと祈って。 「……仕方ないから、相合傘してあげる」  ぶっきらぼうに、私はそう言ったのだった。  ほんと、今の私は病みかけなんて次元に居はしない。  ――寄り添いあって去る者が、いたんだとさ。