【タイトル】  『はい』 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【ジャンル】  恋愛 【種別】  短編小説 【本文文字数】  943文字 【あらすじ】  キミの声がどこにもない。キミの形が、此処に残る。 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************  つらかった。  つらかったんだ、ほんとうに。  見るに耐えない。もうあんな光景は、見たくなかった。  見たかった光景――居たい世界。  僕だけの望みじゃ創り上げられないなら、諦めるしかない。叶わぬとは、そういうことだ。  がんばって理解しようとした。でもできなくて、結局、こうなってしまった。  ――たとえ誰が望まないのだとしても。  抑えられないほどの熱量をもって、無理強いする。  我を忘れて、愛をぶつける。  誰かが傷ついてしまうだけだとはわかっている。それでも、幸せになりたい――そのためなら誰が傷ついたって構わない。 「キミが一番嫌う人間に、なってしまったよ」  残酷が板についてしまった。今じゃ、キミは絶対に振り向いてくれないだろうな。  でも、キミは手元にいる。手の届く場所から遠くならない。キミは、もう壊れてしまった人形みたい。  安心感。それを上回るほどの虚脱感。世界が、自分自身すらも淡白。望んだのは確かだけれど、こんな形ではなかった。  もう何もかも、戻せないところまで着てしまった。 「なぜ、こうなってしまったのだろう」  キミが僕を選んでくれなかったからか――否。安でもある。  キミが僕以外に特別な笑みを浮かべるからか――否。安でもある。  総てが安で、でもどれかひとつでは否。全部が、どれか一つが欠けることなく募ったから、だからこうなってしまった。  キミは、あまりしゃべらなくなったね。でも、僕にはわかっている。いつだって、今だってキミはころころと微笑んでいるよね。  以心伝心。でも、たまにはキミの声が聞きたくなる。  ――それが本当の願いだったのに。  いったい、どこで間違えてしまったのだろう。 「はいと言ってはいけないゲームをしよう。心理テストみたいなものだからね」  キミの頬にかかる髪を避けてあげながら、一問目を訊く。あのさ―― 「僕のこと……好き?」 『はい』    ――落ち着いたキミの声が、微笑とともにそう言葉を紡ぐ。摂理を破ってまで、キミはいいえと言わない。  目の前のキミは、答えを返さないし、表情ひとつ変えなかった。頬の髪を掻き揚げてあげた拍子に、安定が崩れて横にぐらつく。彼女の背があった位置で固まる赤い血の臭いも、今では気にならない。  ゴトッと、躯(キミ)が無機質で重量のある音をたてた。  いつだって僕はキミに、押し付けてしまっている。