【タイトル】  『子供だったらばこうなる 自転車篇』 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【ジャンル】  その他 【種別】  短編小説 【本文文字数】  862文字 【あらすじ】  自転車を買い与えられたので、早速はしゃぐ。ただそれだけ。全速力を試した頃って、ありますよねー 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************  自転車を力強く漕いだ。  風が頬を叩く。使い込まれたシャツが、ぱたぱたと音をたてる。ゆるゆると目が閉じそうになるのを、必死に堪える。  道が真っ直ぐ続いていた。太陽が真上にあるのは前に確認している。道がどこまでも真っ直ぐ続いていた。加速はまだまだ続けられそうだ。  どこまで速くなれるか――知りたい。感じてみたい。全部を振り絞ったときの、豪速とやらを。  息が苦しいけれど、ぎりぎりまで苦しくなればきっと今以上に素晴らしいはずだ。  ペダルを力強く踏み込む。左右への力の移動が、とんとん拍子で乱暴に荒行に無我の境地になっていく。  チェーンが千切れそうな悲鳴をあげている。メトロノームならすでに連続した音といったところ。心拍も、脚の律動も、息の上がりも、チェーンの悲鳴も、総てが高音で超絶速度なものに近づいていく。  やけに進行方向がブレる。しかしそれも片脚片脚に籠もる勢いで、結果的に前に行っている。構うことはない。意識は散らすな。かき集めろ。一途になれ。  意識も、チェーンの悲鳴も、脚の律動も、総てが一に纏まる瞬間――  いつの間にか、空を飛んでいた。  ああ、そうか。こうなるのか。  つらさが全部無くなった。それどころか、心さえも何処かに置き忘れてきた気がする。  無我夢中になってるときの自分に似てる。ひとつのことに集中してるから、なにも考えられてないんだ。  今は、何が"ひとつ"だろう。よくわからない。まあ、何がなんだかわからないというのも無我夢中の症状なんだろうけど。  そんな、どうでもいいことに考えを巡らせるうちに――  道からはずれてしまって、転げ落ちたのだろう。  全身が砂塗れで煙ったく、じんわりとだが痛みを感じる。  ああ、飛んでないんだな。背後を見上げれば、どこまでも続いている道がやはりどこまでも続いていた。  目を前にもどす。ちょっと先に、同じく砂を被って横たわる自転車が一台。さんざんぶつけたのだろう、ちょっと前よりも古臭くなっている気がした。  起こさないとな。  さっきまで激動だったと示す余韻のように、後輪がカラカラと音をたてて回っていた。