【タイトル】  S4【街の中に聳える木の下で】 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【ジャンル】  恋愛 【種別】  短編小説 【本文文字数】  1581文字 【あらすじ】  ひとつ木の此方と其方なだけなのに、こうも物語はあるのだね。 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************  大きな木の下で、  耐え切れなくなったようにはぁっと溜息を漏らす女性が、いた。  ちらっと腕時計で時間を確認しては、またちらちらっと腕時計で時間を確認する。  その繰り返しは秒針が予定の時間から遠のく度(たび)を知らせ、彼女の中で燻り募る焦燥感のひとさじとなっていった。  ――もうっ、なんで来ないのよ。  約束の時間から、短い針がもう二回も動いてしまっている。長い針が過ぎていったときには少し意気消沈しながらもどきどきと夢膨らませながら待っていたが、デート日和な空が暗くなりはじめている今、怒り以外の感情が芽生えないのも仕方ないのかもしれない。  ――気合入れて来たのに。  可愛いという部類の、値段がお高い服。買っておいて着ようと思えなかったのを今日引っ張り出してきて、それに合う小物もいちいちそろえたというのに、唯一見せたい相手がいつまで経っても来ない。遅れたことを詫びながら来るであろう彼をどう怒りどう許そうか考えていた彼女も、もうぼんやりとするしかなかった。  それでも探す彼の姿。ふと、彼女の頭を影が横切った。  ――本当だったら映画でも見て、そろそろ夕飯をいっしょにぃって頃合なのに。  メール、返事なし。  電話、応答なし。  今彼は、いったい何をやっているのだろう?  もしかしたら、他の女の子と会っているのかも。  根拠もなくそう思い、彼女は大きく溜息を吐いた。  ふと耳に入ってくる溜息。彼女は、それが自分のものではないことに気づく。  振り返った。大きな大きな木の幹の向こうに、気配があるようなないような。しかし、彼女は小さく頬を緩める。  ――私だけじゃない。他にも待たされてる人がいるんだ。  それだけのことで、なぜか帰ってしまおうかという心が薄れた彼女は、ぶんぶんと首を横に振ってよしと心を引き締めた。  まだまだ彼女の棒立ちは続きそうだ。  大きな木の下で、  耐え切れなくなったようにはぁっと溜息を漏らす男性が、いた。  ちらっと腕時計で時間を確認しては、帽子の位置を小刻みに直す。  その繰り返しは秒針が予定の時間から遠のく度(たび)を知らせ、彼女の中で燻り募る焦燥感のひとさじとなっていった。  ――おっかしいなぁ。場所間違えたかなぁ。  約束の時間から、短い針がもう二回も動いてしまっている。長い針が過ぎていったときには少し意気消沈しながらもどきどきと夢膨らませながら待っていたが、デート日和な空が暗くなりはじめている今、自信なさげにそう思ってしまうのも無理はないかもしれない。  ――急な予定でも入ったのだろうか。  赤いドクロの入ったシャツに、黒いワイルドな上着。雑誌で|今時(・・)を知り、それのとおりにしてみた彼は怯え気な感を捨てれば違和感なくかっこいいと見えるだろう。彼も少しはこのイメチェンに自信を持っていたし、彼女の反応を思って期待を膨らませてもいたが、唯一見せたい相手がいつまで経っても来ない。デート内容を考えていた彼も、もうぼんやりとするしかなかった。  それでも探す彼女の姿。ふと、彼の頭を影が横切った。  ――もしかしたら、途中で事故にあったのではないだろうか。  携帯を忘れてきたのが悔まれる。  今彼女は、いったい何をやっているのだろう?  遅れすぎて恥ずかしいだけなら、何も気にせず出ておいで。  優しくぎゅっと抱きしめるだけだから。  彼は大きく溜息を吐いた。  ふと耳に入ってくる溜息。彼は、それが自分のものではないことに気づく。  振り返った。大きな大きな木の幹の向こうに、気配があるようなないような。しかし、彼は小さく頬を緩める。  ――俺だけじゃない。他にも待たされてる人がいるんだ。  それだけのことで、膨れ上がっていた不安が薄れた彼は、鼻の下を掻いて腹から息を吐き出し、気合を入れる。  まだまだ彼の棒立ちは続きそうだ。  大きな木は、二人の人を相合させる傘のようなのに。  せっかくのこそばゆさを感じられない――それもまた青春なのでしょうね。