【タイトル】  ショートショートすと〜り〜ず【  握  】 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【ジャンル】  恋愛 【種別】  短編小説 【本文文字数】  2675文字 【あらすじ】  高校生の僕ら。ちょっとした先の未来すらも見ずに馬鹿げてははしゃいでいる。親や大人がなんと言おうと、それにもちゃんとした意味がある。一回しかない高校生活。そのときその瞬間にしか味わえない気持ちをちょっとでもたくさん知りたいって意味が。確かに将来のことを考えるのも大切だ。でも、今を楽しく生きることも精一杯な意味だと、僕は思うんだ――そんな風に先を見ることを拒んで、毎日と同じ通学路を毎日と同じ幼馴染の女の子とともに歩き、帰宅しようとしていたときの、ちょっとした不安。 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************  ――幸せは、こんなにも壊れやすい。  普通の、飲食店が連なる街並。昨日と似たような景色をぼんやりと眺め、歩いていた。  車の通行量が多い。エンジン音が騒がしい。自分の足音が聞こえないほどに。 「宗二(そうじ)くんは歩くのはやいなぁ。羨ましいのですよ〜」  おっとりとした女の子の声。その主へと振り返った。  少し長くなってきた髪を鬱陶しそうにするわけもなく、手提げカバンを両手で慎重に運んでいるその女の子が、ぶつぶつと不満を訴えるように褒め言葉を述べたのだ。 「みゆきこそ急げよ」 「ん〜……うささんが取れそうだから」  うささんというのは、カバンの取っ手の付け根に縫い付けられたうさぎのマスコットのことだろうか。  たしかに、立ち止まった僕へとゆっくり歩み寄ってくるみゆきの動きに乗って凄いくらいに揺れている。  さっさと取っておけばいいのに…………みゆきの考えはときに理解できないほどに馬鹿らしいから何も言わないでおく。  きっと『乱暴に取ったらうささんが痛そう』とか思ってるんだろうさ。  でもまあそんなところも可愛いというかなんというか。  早足にならない程度でみゆきが追いつくよりも早く、再び歩き出す。  車がぶんぶん飛ばして――といっても高速道路とかに比べると遅いほうなんだろうけど――過ぎていく中、その向こう側にある街並を眺めてみた。  薬屋や散髪屋。張り紙が窓に敷き詰められた――不動産屋。  よくはしらないけど、図面とかが書いてある紙をみて決められるんだよな。  今はまだまだ先のこと……って感じるけど、いつかはお世話になるのかな。  一人暮らしのアパートか、それとも、好きな人といっしょに住む一戸建か。  好きな人ってのはやっぱり大好きな人で、いっしょにいたいって思える人のことだよな。  ――そんな当たり前のことをなんで自分は確認しようとしてるのか。  交差点の前で、信号を見ることなく、反射的に止まる。  そして、みゆきへと振り返ろうとして――予想よりもはやくみゆきが視界に入り、出て行った。  振り返ろうとした僕は視界が移動していて、みゆきが予想よりもがんばって早く歩いて横ほどにいたのだろうか。  突発的に顔をもどすと、みゆきの姿があった。  信号は赤なのに、それに気づいていないようで、じっとうさぎのマスコットを見ている。  このままだとずっと歩いていそうだ。  いつものことだ、と思って、道路にはみ出るってことに何の危機感も焦りもおぼえずにゆっくりと片手を伸ばし、叱るつもりもあって半端強引に引っ張り戻した。 「あっ」  そのときの拍子でうさぎのマスコットがカバンから離れて、道路へと舞い弾かれてしまう。  ほつれた糸とかが、ウサギから泳ぐように伸びているのを見ながら。  やっぱりヤヴァイくらいに取れそうだったんじゃないかとか、少し痛そうに思えても取っちゃったほうがよかったんだとか、道路に落ちたほうが痛そうじゃないかとかしか、思っていなかった。  みゆきの思考でいえば『飛降り』くらいの危機に逢うんだろうな、可哀想なウサギだ。とか、ぼんやりと考えるくらいに緩んでいたんだ。  そのときだった。  髪が舞うほどの轟とともに、凄い速さで巨大な貨物自動車が過ぎていったのは。  一瞬だった。  一瞬で、さっきまで惚気ているようにも見えたウサギのマスコットが、消えた。  どこに行ったのかわからない。少し視線を動かすけど、どこにもあの姿はなかった。  ――あっけない。  言っちゃ悪いけど、夢か幻かと思うほどに一瞬で、実感がわかなかった。  あのウサギがどこにもないことに再度頷いて、恐怖する。  あとすこし気づくのに遅れて、手が届かなかったらと。  意味もなく、強い力で引き戻していなかったらと。  そして――あんなにもあっけなく、みゆきが動けなくなってしまったらと。  なぜかはわからないけど、曖昧でいて鮮明に浮かぶその構図。  血の水溜りの中に身を沈め、静かに、恐ろしいくらいな静けさをもって、眠るみゆき―― 「……あ〜あ、うささん。いなくなっちゃった」  あっけらかんとしたみゆきの声。  大切にしてただろうに、なんだよ、そのぽけぽけとした声は――なぜか霧消に腹が立って、みゆきを睨もうとして。 「…………大切に、してたのにな。宗二くんの初めて買ってくれたうささん」  震えた声で呟かれたその一言に、僕は押し黙るしかなかった。  ――走馬灯ってのは脳裏を駆け巡るもんなんだな。  小さい頃。っていってもそんな昔じゃない、買い物の仕方を理解できるくらいの年だ。  そんな小さい頃。僕は誕生日でもなんでもない普通の日にみゆきへプレゼントを贈ったんだ。  ほんといきなり。両親が仲が良い幼馴染ってやつだから、いっしょに出かけることもあって……デパートで母親が買物してるときくらいにパッと買ってパッと渡した。色気も雰囲気も何もない。  でも、好きって気持ちは誰にも負けないくらいに持っていて、それに真正面から向かい合っていたあの頃の自分は、素晴らしいくらいに清々しい。  思えば、あの頃の自分のほうが大分素直だったんだな。今は…………どうだろう。  寂しそう目を細めて、道路の虚空を見るみゆき。  カバンを握り締めるみゆきの両手を、そっと片手で包み込んだ。 「うささん二世買って帰るか。可愛いのいっしょに探そう」 「……うささんは世界で一番可愛いマスコットだもん」  素晴らしいくらいの偏見だ。この世には、あのウサギ以上に可愛いマスコットなんていくらでもいる。  でも……あのウサギ以上に可愛がられてるマスコットはいない気がした。  僕も偏見組の仲間入りか。 「なら、うささんの名を継ぐに相応しいマスコットを探しにいこう」 「そのあとはラーメンおごってね♪」  みゆきはカバンを片手に持ち替え、残る片手でしっかりと僕と繋がってくれる。 「了解。こってりかあっさりか、どっちにする?」 「こっさり」 「……何それ」 「こってりとあっさりが超融合して生まれたとぉってもおいしそうなお味」 「おいしそうなってことは食ったことないんだろうが」 「いやぁ、なんというか……一人で食べる勇気がないみゆきでしたとさ」 「よし、じゃあ僕はこってりラーメンを食べながらみゆきの勇姿を見届けることにするよ」 「宗二くんはひどいなぁ。血も涙もないなぁ」  いつもどおりの街並で。  いつもどおり、会話に花を咲かせ。  いつもどおりじゃない僕だけは。  いつもどおりの毎日にある、遥かなる恒久のような幸せを――噛み締めていた。  少しだけ……今は、みゆきと繋がった手を、離したくなかった。  心配になって、手元へと目線を下す。  握り合った手は、しっかりとそこにあった  ――不幸は、圧倒的な恐怖をもって、幸せのなんたるかを人に想わせる。