【タイトル】  再生神話-//指輪物語 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【ジャンル】  ファンタジー 【種別】  短編小説 【本文文字数】  4626文字 【あらすじ】  崩れない心。讐に自らを十字に科して、己は一体どちらに進むか。リングが指し示すままに、己はきっとどこまでも前にひたすら堕ちていく 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************  今日はクリスマス。  今は、夜。雪も降って、シチュは最高だ。    白い息を吐きながら見上げた空。  息ではない白が、はらりはらりと舞い落ちていく。  曖昧で、しかし見惚れてしまうほどに美しい――雪がはらりはらりと舞い落ちていく。  ひとつの粒を追って、足元を見る。小さな、瞬いた後には見失ってしまうほどに儚いそれが、黒いコンクリートの地面に吸い込まれて消えていったのを見て、視線を前へもどした。  静寂に包まれた住宅街は、とても侘しい。  しかし、先ほど通った商店街は俄かに騒がしい様子だった気がする。  商店街で喧騒をつくる人々は、淡い暖かさを胸に秘めているだろう。静けさの横たわる住宅街も、各々(おのおの)の家で笑みを灯しているに違いない。  雪粒が、俺の頬を叩いて消えた。  冷たかった。当たり前すぎて、思ったことがバカらしく感じる。  一年が――過ぎる。  次の年がやってくる。  季節は巡って、春へと還る。  ……気が早いか。  もう今年は終わり、と思える時期すら来ていない。そうやすやすと来年のことばかり考えていては、いけない。  今で精一杯。悪い意味じゃなく、良い意味で――思わず笑みが漏れてしまうほどの、良い意味。  その時、粉雪混じりの風が、頬を撫でる。  寒い――肩が震えてしまった。  身を縮め、マフラーに唇までを埋めて寒さを凌ぐ。  白が降り落ちていく様は、どこか美しい。雪で見渡しづらい前方の先に、 「あ……」  胸が張り裂けそうなほどに待ち望んだ相手の、待つ其の場所が見えた。  トクン、トクン――心臓が鼓動を打つ度、脚が一歩分踏み出して、彼方の人が近くなる。  まだかまだかと思う気持ちのままに走り出してしまいそうな足を、必死に押さえ込んで歩く。  そして、その人の目の前で止まった。  胸の高鳴りを抑えて俺は――見た。  三度のキスを交わした、愛しくてたまらないその女の人を。  堪えきれなくなって、呼ぶ。 「小夜歌!」  女の人――小夜歌は、にっこりとした微笑みを、返してくれた。    白が、舞い落ちていく。  季節の巡りの、終末を語る儚き白の精霊たち。  次の季節では、始りを語る淡き桜の精霊たちが、俺たちを祝福で包み込むことだろう。  終わりの季節は、少しだけ嫌いだ。  一人になると物(もの)悲(がな)しくなってきてしまうから。  理由なく、胸の奥のほうがプルプルと寂しさに震え始めて。  目元に何かが滲んできてしまいそうで。  でも、総ては、冬という白の季節が見せる幻――  大切だと思うものが、ずっと傍にいてくれる。傍にいてくれることが当たり前になって、安心して。  だから――彼女を傷つけるかもしれないってことが、たまらなく不安になる。  もし傷つけていたらば、変わってしまうだろうから。  ずっと、ずっと今のままだったらいいのに。  そうすれば、季節が何度巡っても最高に幸せなままでいられるから。  けどそれも、少しだけつらい。  だから、なくならないよう努めよう。  手の中にある暖かさが本物であるうちに。 「ねぇ」  小夜歌は、俺の腕に強く両腕を絡めながら呟いた。 「私達、ちゃんと恋人に見えてるかな?」 「……そうなんじゃないでしょうか」 「むぅ、間が空いたよー。そんなんじゃ、無事に結婚できるか不安だなぁ」  そう言って指に填められてある指輪をかざす小夜歌に、俺は面目ないと肩を竦めた。  大切なものを掴み取った一年が、終わる。  この一年は、かけがえのないものだった。  大切な人に、出会えたから。  でも、でも。  これから先は。これからずっとは。  この一年と同じほどに大事な記憶(メモリアル)。  そっと、そっと。  全部を、心のアルバムに刻んでいって。  大切な人に出会えた喜びを、倍にしていきたい。 「……小夜歌」  立ち止まり、彼女に向き合って、その両手をぎゅうと握る。  小夜歌はぽっと頬を赤くするけど、力を込めて答えてくれる。  お互いはにかみ合う。二年もの付き合いだけれど、まだまだ俺達は恋に関して子供だ。  来年になれば、一歩進める。18歳。結婚できる年。そのときにはまた改めて言うつもりだけど、物はすでに小夜歌へ渡っている。  来年には小夜歌は俺の妻。これ以上ないくらいの幸せが、目の前に迫っていた。  今の俺は、一人じゃない。  今の俺は、微笑む意味を知っている。  時を歩むということに、こんなにもワクワクを募らせる日が来るなんて――思いもしなかった。  主人公になるつもりは、なかった。  でも、今は――なりたい、かもしれない。  傍にいてくれる愛しい人を、笑顔にさせ続けたいから。  雪景色の暗闇。それは、総てを飲み込む。  しかし、小夜歌は違う。俺の視界で、小夜歌は暗黒に負けずきらきら輝いている。  輪郭も、あいまいとは程遠い。俺はそんな小夜歌に惚れた。  にっこり笑ってくれる彼女を見ていると、なぜか、霧消に。  ――強く抱きしめたくなってくる。  小夜歌も同じだった。  すりすりと体を寄せて、何かを訴えるように俺の顔を覗き込む彼女。  なんだか、子猫が冬の寒さに縮み込んでいるみたいだ。俺は笑いながら小夜歌に両腕を回した。  王子にならざるを得ない。  姫が待ち望んでいらっしゃるのだから、仕方がない。  いつの間にか、俺は衝動に駆られるようにして走り出していた。  彼女に向かって、いつだって疾走していた。  彼女は俺が来たとき、どんな顔をするだろうか。  ただそれだけを、考えていたような気がする。  シンデレラは、結局は魔法がなくても王子と心を通わせられた。  俺も、そうなれる。  魔法が解けて俺の前から消えるなら、全力で見つけ出して。  魔法が解ければ俺の前から消えねばならないと思う彼女を、全霊で変えてみせる。  結局、どっちがシンデレラなのかはまだわからないのだけれど。  俺も、あの御伽噺のように。  恋ってものは、そんなもんなんだろう。  少なくとも――俺の恋は、そうなのだ。  闇黒の空から降り落ちる雪が、サッと引いた。  降り行く輝きが減る。されど、多すぎるよりかは神秘的で美しい。興味惹かれたか、それに手を差し伸べた様のまま、きゃっきゃっと小夜歌は俺に振り返った。  言葉を失ってしまいたくなる。  しまいには、頬が緩みっぱなし。  恋だなぁ……叶った恋は、よけい甘い。心の中だけで頬をパンパン叩き、気を引き締める。 「えいっ」 「へ?」  そうこうしている間に、小夜歌にしてやられてしまった。  てへへという微笑みは、頬が触れ合ってしまうほど間近に―― 「暖(あった)かいね、マフラー」  ひとつの真っ赤なマフラーに二人でくるまっているせいで、自然と小夜歌は俺の腕に抱きついていて。  その心地よさに、頑(かたく)なな気持ちが揺らいでしまって。  ――うはぁ、てら幸せス。キター。  崩壊寸前の俺。結婚すれば毎日いつでもこんな風なんだろうなと、ちょっと自分の精神が心配になった。  がんばれみらいの俺。生きろみらいの俺。  赤い糸が、俺らを繋ぐ。  赤い糸で編まれたマフラーが、俺らを近づける。  相手の吐息を、鼻先で感じる。  ドキドキが――止まらない。  雪が、冷たい風が、火照った頬を冷やしてくれて良かった。  少しでも長く、この瞬間を楽しむことができるから。  しかし――次の瞬間、  未来も、現世も、夢も希望も、  全部、打ち壊された。  雪を打ち破って―― 「え……」  ――空が落ちてくる。  あんなに綺麗だった景色が、一瞬で全部失われた。  辺りは白い霧が立ち込めているだけ。街の輪郭も、何もない。  独りっきり――違う。俺の両腕には小夜歌がいる。 「絶対助けてやるから、だから……目を、閉じないでくれ」  一瞬で失われたもののひとつ。彼女も、俺の見る景色の一部だったのだから。  血の沼は着実に規模を増す。俺の両手が、暗い赤に濡れる。 「あ……ぃ……」  呻く小夜歌。何かを訴えかける目。さっきより、必死に見えた。 「愛……して、る…………よ……」 「ッ!?」  こんなときに、搾り出される言葉――安らかな笑顔だから、余計恐くなる。  眠れば、永遠なのではないか。  何も言葉を返してやれぬうちに、小夜歌は眼を閉ざしてしまった。  叫びもあげられない。涙もこぼれない。ただ悔しくて、ぎゅうと拳を握り締める。  その時になって、片手に硬物の感触があると知る。眼前に持ってきて手を開いた。  ――指輪。  小夜歌に送った指輪。クリアピンクの石が埋め込まれている物。石の中で、走馬灯のように小夜歌のいろんな表情が駆け巡った。  死んでしまった彼女の、遺した物―― "――彼女を失うのか?” 「―――――」  ドクンッ、と“有り得ない誰かの心臓”が波を打つ。  衝動が頭蓋を駆けずり回り、次いで激情が身体を支配する。  心臓を生んだ胸中に存在する思いはただ一つ。 「――――けんなっ……!」  理解しろ。あの存在を、理解しろ。 「ふざけんなっ……!!」  理解にはほど遠い。そんな知識持ち得ようはずもない。ならば本能で悟れ。  零と壱の狭間に介入し、無と有に属さぬ胎児を検出。  並びにその在り方を把握し、展開手段を構築する。  容易だ。今ならば、今だからこそ。自らの全存在を棒に振れる覚悟で、今以上のものは望めない。できる。変えられる。否定できる。肯定できる。  あらゆる法則を無視し、自己の沈殿。その上で、自己を露にする――  サッと、指輪を付けて立ち上がった。  白い霧にまぎれて、いくつもの黒い影が林立している。すぐに立ち消えてしまいそうな蜃気楼。だが、このままでは消えない。  このままを変えるのは誰か――己。己なのだ。己しか在り得ない。そういう思考。  何もかも、上手い具合に進んでいる。今ならば少し遠くを目指してもいいだろう。  そして、指輪をつけた片手を持ち上げた。 「再生神話――」  指輪という零壱間隙から引き摺りだす、赤光の鳴動体。  双刃にして全周型刃、槍にして針塊。  だがそれは"ついで"だ。神話に値しない、俗物。ただの気まぐれ。手に持っているとしっくりくるというだけ。  これからだ。 「Sanctuaries」  五つの点が穿たれ、転回した後展開した。  呟きに応じるように、零壱間隙が|そのまま引っ張り出さ(・・・・・・・・・・)|れる(・・)――  概念が俺で、神が俺で、空気が俺の、俺が有する世界。  入界の条件はたったひとつ。 「……掻き消えろ」  囁く。同時、白い霧が弾けた。  八方に散ると、後に残るものに蜃気楼は含まれない。  掻き消えたのだから。  世界の主による制約は絶対。どんな人間でも揺るがすことはできず、人間程度の生物にもまた然り。  つまり、ここに残った者は人でない。  ――目の前に居る奴も、人でない。  白いタキシード。左胸に白薔薇。白い眼に、白いロングの髪。肌だけ、日本で肌色と言われている絵の具と同色。  彼は人でない。人でない彼は、俺に微笑みかけていた。 「――」  俺が見つめ返す中、唐突に彼の姿が無くなる。追うことは不可能。感覚で、なんとなく、もうこの辺り一帯から居なくなってしまったことが解っている。今、高速移動の手段は持っていない。まだそこまで、胎児を理解してはいない。  ただ、理解できたことが一つあった。  あの男が、己の殺すべき相手ではないだろうか。  俺の世界では、物の色が変わってしまう。  降りゆく雪は、真っ赤だった。  見上げて、ゆるりと振り返る。  真っ赤に埋もれる、小夜歌。  嘘ではない色をしている。  だがあれは、亡き骸だ。心は何処か。此処に、ちゃんとある。クリアピンクの光は、彼女の想いの体現なのだ。  ――しゃべらない。  ――笑わない。  彼女らしさなんて、一つもない。けれど、これが小夜歌。  笑ってくれよ。何か話しかけてくれよ。俺は、指輪を填めた片手を胸板に食い込ませてうずくまる。  もう一度会いたい――