【タイトル】  稲刈り 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【ジャンル】  コメディー 【種別】  短編小説 【本文文字数】  2074文字 【あらすじ】  その名のとおり――季節イベント行事ショート・ショートの消化。ほのぼのでのほほんで計画に優しい掌編が書きたかったから書き上げた。後悔はしてない。原稿用紙一枚ものに挑戦中☆日常の人は常にいろいろ考えてる、と伝えたいかもしれない。 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************ 稲刈り  青い空。金色の海。風がサァッと吹いて、海が歌を歌い始めた。 「これで、俺とお前とのは全部?」 「うん。他は、たっくさんあるけど、ぜんぶ売りに出すやつだから手を出すなって」  海を湖に縮小できた気は、全くしない。俺達がえっちらほっちらどろんこ田植えした分は、海にとっては一滴の水ていどでしかならない。 「なんか、ショックだよな」 「そう?」 「お前は、そう思わないわけか」 「うん。だって、君と頑張った結果だもん。とっても大切、だよ?」  最後に疑問詞が付くのは、俺に同意を求めているということ。  俺はどうだろう。どう思っているだろう。建前抜きの本心は、俺よりも、彼女のほうが分かっている。ずっとそうだったのだから、今さら否定もできない。  なら、今までこういう場合、どうだったか―― 「そうだな。うん、お前の言う通りかもしれない」  リヤカーに手をかけて、俺は一歩一歩前に進み始めた。 「お父さーん。ここに置いとくよぉ」  声を張り上げている彼女を他所に、身体疲労状況が著しい俺はさっさと家に上がりこませてもらった。  クーラーはないし扇風機も一つ。危険域から脱するため、台所で麦茶の摂取を図る。 「はい、お疲れ様」 「おお……サンキュー」  コップになみなみと注がれた麦茶(氷入り)を一気飲み、パチパチと拍手をくれるのは彼女の妹君だ。  ツインテールの小学生チビっ娘。パンツはしまぱん。彼女と違ってこの妹君は成績優秀・柔軟性抜群・昼ドラ大好き。しかも小悪魔。頭もよく冴える。全く正反対で、天然の色も薄い。  だがさすが田舎娘といったところか、一度サプライズで妹君が上京してきたときは姉も真っ青な天然ボケぶりだった。エレベーターを知らないとは恐れ入ったおぼえがある。  まあ、俺とすぐに鉢合わせしてサプライズもなにもなくなったのだが、もし会っていなかったらと思うと血が凍る。彼女の二の舞は目に見えているのだ。  心ごと体を汚されて、笑えなくなる――つらい。とても、嫌だ。  自分もそうしてしまうところだったのだから、居づらい。 「お姉ちゃん、ほんとあなたにお熱だよね。見てるこっちも火照ってきちゃうくらい」 「おいおい。彼女と俺は両想いだぞ。俺も結構、ラブラブ光線撃ってると思うんだが」 「あなたが一発撃つうちに、百発は軽く弾幕ってる」 「……マジ?」  不釣合いだ、あまりにも。 「あなたが、まだ遠慮してるから」 「――――」 「そんなことない、とは言えないんだ」  この妹君は、狙ったように図星ばかり突いてくる。いつの間につけたのか、扇風機に顔を寄せながらこっちへ流し目を向けていた。 「俺は、彼女を汚そうとしたんだぞ」 「だから戸惑わないはずがない。というのは、前に聞いたよ。二度目になると、面白みに欠けてくるなぁ。なんか別の事言って」 「……冗談言ってるつもりは――」 「でも、本心じゃない。所詮、建前だよ」  ゆるゆると、俺の首に両腕を回す。鼻と鼻がぶつかるくらいに、距離が近い。 「ねぇ、私のこと犯したい? めちゃくちゃにしたい? お姉ちゃんに痴漢しようと思った時みたいに、欲情してる?」  犯したい。  まだ成長途中で清純な子だからこそ、より一層めちゃくちゃにしてしまいたくなる。  そんな雄の感情は、あの時と同じ――いや、その時以外もずっと付き纏ってきている。  どうしようもできない。 「うん。だからね、罪でもなんでもないんだよ。結果的にお姉ちゃんを救えたんだから、良いじゃない」  そう、かもしれない。  論理的ではある。筋も通っている。  でも――言い逃れだ。  屁理屈だ。身勝手だ。正当化だ。  そんな弱くはなりたくなくて、 「彼女は綺麗だ。今も綺麗なまま、笑っている。 ちょっとでも曇ってほしくない――それくらい、俺は彼女を愛してしまっている」  綺麗な彼女は、思ったよりも強くて、思ったよりも脆いから。  ダイヤモンドみたいな彼女。挫けてほしくはなくて、笑顔を失ってほしくなくて、だからいつだって自己嫌悪している。  俺の立ち位置は、貪欲に突き動かされてダイヤモンドを掌中に収めようとしている悪の富豪ってところ。どう足掻いても、主人公になれはしない。 「お姉ちゃんさ、あなたの前でしか最高の笑顔を浮かべないよ――ちゃんと、見てあげて」  つらいかもしれないけど、と。お節介焼きでお姉ちゃんを常に心配している妹君は歩き去っていった。  確かにつらい。つらいはずがない。切り替えは、あまり得意じゃない。  どうする――どうしてきた。  分かりきってる。どうせ、彼女に執着してしまうんだ。  嬉しい立ち位置に放り込んでもらえたと味をしめて、今に俺は彼女を傷つけてしまう。  どうすればいい――よくわからないこの気持ち。恋だなんて愉快なものではないけれど、きっとそうでしかない。  残りの麦茶を飲み下して、俺はふぅっと息を吐いた。  よくわからないこの気持ちを、形にできない俺。形にできる彼女。  よくわからないこの気持ちを、俺としか育めないと断言する彼女。  彼女とだけ育みたいと、密かに思う俺。  もう一度、金色の海を観に行きたいと思った。  彼女と二人で、もう一度あの歌を耳にききたい。  ――――――――彼女(キミ)の声をききたい。