【タイトル】  ライトファンタジー〜勇者と魔王〜 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【サブタイトル】  FILE1:始まりは唐突に(第1部分) 【ジャンル】  ファンタジー 【種別】  連載完結済[全82部分] 【本文文字数】  9006文字 【あらすじ】  語られるは旋律、輪になって踊る道化師達の伝説。ある道化師は勇者の名を語り、またある道化師は魔王の名を名乗り。王道から成る、世界の真実をぶち壊す、ファンタジーストーリー 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************  ある時、勇者と魔王が世界に存在しました。  魔王は世界を滅ぼそうとし、勇者は世界を救おうとしました。  そして、一つの戦いが起こりました。  結果、勇者は一人の存在を失い、魔王を封印しました。  魔王にとって、その戦いの結末は【引き分け】でした。  封印とは必ず解けるもの、解けたときが【延長戦】の始まりだと。  人々にとってその結末は【勝利】でした。  人々にとって、自らの寿命内が安全になればよかった。封印が解けたころには自分たちは生きていない。そう感じていました。  勇者にとっての結末――――それは、【敗北】でした。 「待ってくれよ――俺の傍に、居てくれるんじゃなかったのか……?」  勇者が手をのばす。  そのさきには、勇者の武器となる【生け贄】であった少女。  彼女が魔王の封印となる存在だった。  勇者はこの少女を愛していた。その上で、勇者は別の女性をも愛していた。  少女は勇者を愛していた。勇者が別に愛する女性のことも親友だと思っていた。 『あなたは私と彼女、どちらかを選ぶことはできない――とわかっていました。 だから、私は私の使命を果たします……あなたの生きるこの世界のために』  少女は消える。少女という命は消える。封印という命が生まれる。  勇者を困らせたくない、その思いが決めた決断だった。 「リリスちゃん・・・・・」  勇者の横にたつ女性が悲しみの声を出す。  女性は聖女と呼ばれる選ばれし者。  少女は柔らかく微笑み、魔王の肉体に覆いかぶさった。  少女は魔王を包む棺に変わり、魔王とともに大空へと舞い上がった。  少女が、棺という封印に変わったこと――すでにそれは、少女の死を表していた。  「リリスゥゥゥゥゥゥ!!」  勇者の叫びが少女に届くことは――なかった。  その後、勇者は牙を捨てた。  聖女は勇者の子を二人生むと、戦いの舞台へと舞い戻った。  だが聖女は魔神との戦いで引き分け、撃退する代わりにその命を失った。  そして、この物語はその数十年後の未来。勇者の子である少年と少女の話である。  ある一人の少年は名も知られぬ小さな村に住んでいた。  今その少年は二人の仲間とともに、村の隣に位置する【鳥が 集いし 森】に来ていた。  少年の前であたりを見回している、仲間の一人は息を整えている。 「本当にいるのかよ、伝説の棺型魔物とやらは――どうなんだよ、マイル!」  息を整えたマイルは、わざとらしく目を泳がせる。 「噂だからな。いるかもしれないしいないかも――」 「――なにか言い残すことはあるか?」 「まあまあ。落ち着きなよ、リュークス!」  リュークスという名らしい少年は、マイルに拳を降りあげたところを、もう一人の仲間に押さえられる。  仲間の名はカイル。カイルが銀髪、マイルが金髪、リュークスが黒髪で、カイルとマイルが男の癖に美形な顔を持っている。  リュークスはため息をつくと、手ごろな場所に座った。  すると、マイルが何かを発見したのか、急に走り出した。 「どうしたんだよ、おい!」  リュークスは叫びながら立ち上がり、カイルとともにマイルの後を追う。  木によってできた迷路を何度も曲がり、長い下り坂を進むと、入り口が小さな洞窟を見つけた。  マイルは入り口に上半身を入れ、奥に進もうともがいている。 「こんなどうくつにあるにきまってるさ! おまえたちも後に続け!」  マイルはそういうと、蛇のようにするすると洞窟の中へ入っていった。 「しかたないな、マイルは一度言い出したら聞かないからな」  カイルはそういうと、マイルのとおった入り口に潜り込み、暗い闇の中に消えた。 「……仕方ない。俺も行くか」  リュークスはわざとらしくため息をもらす。  一度だけ後ろを振り返ると、洞窟へと入っていった。 「中は以外と広いな、ふつうに立てる」  マイルは淡く輝く水晶のような岩をみてつぶやく。  カイルは手に持つ短剣で岩を削ろうとしたときに折れた短剣を悲しそうにみていた。  水晶のある洞窟は、魔物の邪悪が大きい。  自ら輝く水晶なんかがあるのは、すでに神格になった魔物が居るという証拠になる。  二人は小さく唾を飲んだ。 「……おい、あっちに何かあるぞ」  リュークスが指さす先、暗闇の中にぽつんと光る朱がある。  カイルとマイル、リュークスは光の方に駆け出すと、赤い光を放つ棺があった。 「これがあの……すげぇ」  棺は、札がつけられた白い縄にぐるぐる巻きにされている。  その光景をみて、リュークスがつぶやいた。  カイルとマイルはふらふらと棺に歩み寄ると、その棺に触れる。 「ちょっとだけ……中身みてもいいよな……?」  マイルは縄をはずしにかかる。  カイルは手を戻そうとするが、S極とN極のように引き寄せられ、マイルと同じように縄をはずしにかかる。  リュークスは知った。  ――二人は何かに操られているのだと。 「リュークス! おまえだけでも、逃げろ……!」  カイルは自らの手を足で踏みつけるが、手の縄を解く動きは止まらない。 「カイル、マイル! 俺だけ……逃げ出せるかよ!!」  リュークスはカイルとマイルの手をつかみ、強引に引きはがそうとするが、棺がゆっくりと開かれた。  棺が開くと同時に、縄はちぎれ飛ぶ。  マイルとカイルは衝撃に吹き飛ばされ、リュークスは地面の上を何度も転がる。  痛む体を無理矢理立ち上がらせ、リュークスはカイルとマイルが吹き飛ばされた方をみた。 「小僧どもなら村まで強制転送させたぞ、興味がないからな」  リュークスの首もとに冷たい何かが当てられる。  それは紫色に淡く染まった、片手剣。  その剣の先がリュークスに押しつけられている。  その剣を持つのは、棺に足を乗せる漆黒剣士。  サングラスをつけている剣士だが、ものすごい眼圧がリュークスをおそった。 「失せろ、貴様にも用はない。見逃してやる」  剣士が中指と親指で音を鳴らすと、リュークスの意識が吹き飛ばされた。  リュークスは目を閉じ、闇の中に沈んだ。 「ん……ここ、は?」  リュークスは柔らかい草の上で目を覚ます。  そこは巨木がいくつも立ち並び、空が見えず、太陽の光が来ない。 「ここは、【木々が 沈黙する 古代森】か!? 俺には難易度が高すぎる、さっさと出ないと――」  そのとき、リュークスの前に魔物が現れる。  リュークスは冷たい汗を噴出した。  金色の堅い皮膚を持ち、四つの腕を自在に振るうという【ドル・オーガ】  手に持つ斧と剣がゆれ、リュークスの恐怖を煽っている。 「初心者の冒険者が苦戦する、中級オーガか……倒すのは無理でも、逃げるくらいならなんとか……」  手持ちの道具を漁ったリュークスは、【ドル・オーガ】に向き直る。  リュークスは腕を交差させ、腰を低くして構えた。 「村にいたらしいけど……友達と森に遊びに行ったらしいよ」 「そっか……帰ってくるまで待とうかな、お姉ちゃん疲れちゃった」  村門前、二人の少女が立っていた。  そのうちのひとりは頭に巨大なリボンをつけ、茶色の髪を持つ、髪のてっぺんでは寝癖なのか、一本の髪の毛がアンテナのように立っている。  その少女は肩に手をおくと、疲れていることを示した。 「私もかったるいですから、宿屋で休みますか」  もう一人の少女、先ほどの少女と同じ茶髪で、スカイブルの瞳を持つ。  二つのポンポンを髪にくくって、先ほどの少女より背が低く、少し幼い。  二人は清く正された、普段着とはいえないローブを身に纏っていた。 「きゃっ!?」  背が高い方の少女に、一人の少年がぶつかった。  ぶつかった金髪の少年は尻餅をつき、それにかけよる銀髪の少年には切り傷が見える。 「大丈夫ですか? お二方の女性さん」  銀髪少年はそういいながら、金髪少年を立ち上がらせる。  金髪少年にも、銀髪少年と同じほどの切り傷がまばらにつけられていた。 「大丈夫……だよ。それよりもどうしてそんなに急いでるの?」 「そ、そうだ! リュークスのことを村長に話さないと――」  一人の少女が首をかしげて尋ねる。  金髪少年は慌てて走り出し、銀髪少年は二人の少女に説明を始めた。 「村に伝わる噂を確かめよう、とあの金髪のマイルがいったんです。 棺型の魔物らしくって、中に財宝を隠してるとか何とか…… それらしいものは見つけたんですけど、気づいたら森の前にいて……そしたら、俺たちと一緒にいたリュークスという少年とはぐれたんです」 「おい、カイル! さっさと来いよ!」  マイルが叫び、カイルが応える。  カイルは少女たちにさよならを交わすと、マイルとともに少女たちの視界から消えた。 「ふぅ、かったるいですけどそういう事情なら仕方ないですか」 「そうだね。勇者様も大変なことに巻き込まれて―― あ、年下みたいだから弟君でいいかも」 「仮にも勇者様なんですから……リュークスでしたっけ」 「噂とかはわからないけど、とりあえず助けに行こっか。 我らの希望、リュークス君に会・い・に・♪」 「はしゃぎすぎですよ……」  背が高い方の少女は、すでに村と反対方向に歩きだした。  いや、ほとんど駆けている。 「かったるいですけど、仕方ないですね」  背が低い方の少女が誰にいうのでもなくつぶやき、空に上る太陽をみた。  同じく、太陽をみている少年がいた。  少年の名はリュークス。ドル・オーガとの戦闘中に、いつの間にか岩山のような場所にきていた。  その場は闘技場のように平坦で、左右と後ろを険しい崖があり、正面の道をドル・オーガが塞いでいる。  リュークスは手にある残り三本となった投剣に目を移す。  ドル・オーガは斧を上から降りおろしてくるが、リュークスは後ろに下がることで避ける。  それと同時に放たれた二本の投剣がドル・オーガの剣を持つ腕を突き刺した。 「グオオ……」  ドル・オーガの手から離れた剣が、地面に落ちる前にリュークスの手に収まる。  軽く振ったりした後、リュークスはその剣を両手でつかみ、構えた。 「バスタードソード、上級クラスである剣士が使う初期武器。 下級クラスである戦士には上級武器に値する。だったかな!」  リュークスの渾身の一撃が、ドル・オガの片腕を斬り裂く。  リュークスはすぐに、剣を構え直すが、ドル・オガはリュークスに斧を降りおろそうとしている。  守りは間に合わない――  一か八か、リュークスはドル・オーガを横まっぷたつにするように、剣を横になぐ。  だが、ドル・オガの斧の方がさきにリュークスをまっぷたつにした  ――かに見えた。  ドル・オーガの斧の動きがすさまじく遅くなり、リュークスの剣がドル・オガの体を簡単に切り捨てた。 「グガッ!?」  ドル・オーガが呻きをあげてよろよろと後退すると、地面へと倒れた。  呼吸はない、活動はない――リュークスは小さく息を吐く。 「今の感覚――魔物の動きが遅くなったのか? でも、俺の攻撃力が増した理由にはならな……」  そのとき、リュークスのからだを疲労がおそう。  その疲労は軽くめまいがする程度だ。 「帰るか……でもどうやって帰ろう……」  そういったとき、三方の崖から何十体もの【リトル・オーガ】が押し寄せてくる。 「リトル・オーガ。両手に持つ剣から【双剣士】にもみえるが、知能がない。 弱い敵だから、この剣があれば大丈夫だけど……この数は無理!」  リュークスは正面に走ると、その場になだれ込んだリトル・オーガが同士討ちを始め、残り五体となる。 「こんなやつらに構ってられない……それに、カンが当たってれば、確かこの森に巣くう魔物は上級魔物。 はやく逃げないと――」  リュークスは腰につけた袋にある、手のひらほどの赤い玉を出す。 「煙玉!」  あたりを煙が覆ううちに、リュークスは走り出す。  少ししてからあたりを見回すと、リュークスに向かって巨大蜘蛛や赤い鬼が迫っていた。  うしろからは大きな雄叫びが聞こえる。 「これがココの通常、か……!」  リュークスは剣を両腕で抱え、できるだけ屈んで走った。  リュークスの上を黒い触手が過ぎ去っていく。  空からは八本の腕を開いて蜘蛛が重力にそって落ちてくる。  リュークスが押しつぶされる――その瞬間、蜘蛛の動きがだんだんゆっくりになり、あたりに舞っている砂煙のようなものが宙で漂う。  そのなか、リュークスの動きだけがすばやく、魔物の群の隙間を縫うように進んでいた。 「これはさっきとおなじ――時が遅くなっているのか」  リュークスが群の最後で停止している鬼の横を通るとき、舞っていた砂が地面に落ちた。  鬼が素早い動きでリュークスに振り返ると、金棒を振り下ろす。  リュークスの背で爆発が起こり、リュークスが前へ吹き飛ばされた。 「いきなり動き出すなん、て――」  立ち上がろうとするリュークスだが、力なく倒れる。  歯を食いしばるが、身体は力尽きて震えるだけ。 「さっきの疲労よりきつい――立てねぇ」  リュークスは体を動かそうとするが、寝返り程度しかできない。  そんなリュークスを、いくつもの魔物が見下し、笑い声を漏らす。 「もしかして――大ピンチ?」  鬼の持つ金棒が振り下ろされ、蜘蛛の腕が槍のように伸ばされる。  そのとき、空から降り注ぐいくつもの光の線が、すべての魔物の肉体の中心を射抜く。  魔物の肉体は黒く風化すると、風に流れて消えた。 「私の弟君は無事かな〜?」 「弟君決定ですか……」  リュークスの顔をのぞき込む、双子のように似た、整った顔が二つ。 スカイブルの目が四つ、リュークスの目と合う。  ――よくよくみれば、右側二つの方が濃いスカイブルーだ。いや、濃い時点でスカイブルーではないのではないのだろうか。ブルーとスカイブルー、でいいか。  リュークスは呆然とそんなことを考える。 「――君たちは誰?」 「私はね〜、君の未来のお姉ちゃん!」 「名前を聞かれてると思いますけど……」  リュークスは動かない体を二人の少女に抱き寄せられる。  すると、リュークスにまとわりついていた疲労がきれいさっぱりなくなる。  白く輝く脈動がリュークスへと流れ込んでいた。 「えっと、離してもらえないかな……?」 「だめだよ! 君はまだ制御不能なのに長時間力を使ったんだからね、ゆっくり休まないと!」 「――私はかったるいので離します」 「あ、ならリュークス君は私だけのものでいいの? 妹に遠慮させて悪いな〜」 「そ、そんなのだめですよ! セレ姉さんも少しは遠慮してください!」 「あ、本当はフレイアちゃんも弟君がほしいの〜? 独占する気ないから、言ってくれれば半分あげるのに〜」 「さっきまで独占する気まんまんだったような……そ、それに! 私がほしいのはお兄ちゃんだし――」 「なら言ってみなよ、『私のお兄ちゃんになってください』って言わないと私の弟君になっちゃうよ〜?」 「そ、それはだめだけど! いきなりそんなハードル高いこと言えない――」 「……そろそろどいて……」  だんだんと窒息し始めるリュークス。  セレとフレイアはいがみ合いをやめ、申し訳なさそうに微笑を浮かべる。 「そ、それで君たちは、セレとフレイア?」 「あ、うん。完全無欠のセレお姉ちゃんだよ?セレスティア・エル・サーザンド、長いからセレって呼んでね♪」 「私はフレイアです、フレイア・エル・サーザンド。お姉ちゃんの妹で、【生け贄天使】です、これが証拠」  フレイアはリュークスに背を向けると、可愛らしい天使の羽を動かしてみせた。  リュークスは目を丸くする。 「いいな〜お姉ちゃんも【生け贄天使】に生まれたかったな〜」 「私は【最高・光天魔道士】の仕事なんてかったるいからいやです」 「ちょ、ちょっと待って……【最高・光天魔道士】とか【生け贄天使】って……」  リュークスは村にある小規模学校から配布される手帳をペラペラとめくる。  あるページで止まると、二人に掲げた。  四つの瞳が覗き込み、フレイアが眉を顰める。 「簡単にしすぎだと思いますが……だいたいは合ってますね。 勇者の武器やお供さんは【最高・光天魔道士】と私である【生け贄天使】、勇者の牙となる【希望ヲ生ム光】と全精霊【オル・エレメント】になりますけど、王国にある図書館にしか記されませんから」 「そんなことはこれからじっくりわかるようになればいいよ、勇者様♪」 「ああ、うん――で、勇者って誰?」 「君だよ、リュークス君♪」  リュークスはセレに抱き寄せられて夢見ごこち――の半面、驚愕していた。 「………………は?」 「リュークス君♪」 「お姉ちゃんばっかりずるいっ!」  リュークスの問いに答えるものはなく、ただリュークスはセラとフレイアの間で呆然としていた。  そして、セレの助けで森を抜け出したとき、村長に連れられた何人かの男がリュークスたちと出くわした。  彼らはリュークスの前で立ち止まると、村長が口を開く。 「おお、無事だったか、リュークス! 何かあったのではないかと――そこにいる方々は?」  セレは優雅にお辞儀すると、フレイアに羽をださせた。  村長を含む、その場にいる者が驚愕の声を漏らす。  カイルとマイルは村長の隣で呆然としている。 「実はリュークス君のことでご相談が――」 「てことでセレお姉ちゃんよろしく、私はリュークス……に、兄さんと一緒にぶらぶらしてますから」  セレがフレイアをにらむが、フレイアはわざとらしく目をそらす。  セレはため息を吐くと、村長とその周りにいる男に説明を始めた。 「おい、何でこんな有名人がこんな村にいるんだよ――」  カイルとマイルがこっそりとリュークスに近づき、話しかけてくる。  目線はちらちらと隣にいるフレイアに移っていた。 「詳しく話すから――俺の家に行こう」  セレと村長たちは、すでにどちらかへとぞろぞろと歩き始めている。  あっちは集会場だったか、とリュークスは考えた。 「おまえがまさか、勇者だなんて――」 「信じられないだろ? 俺もそうだよ」  リュークスは木でできたイスに腰掛けた。  フレイアは家のあちこちを物珍しそうに見ている。  マイルは訝しげにいうが、カイルはなにもいわずにリュークスを見ている。 「おまえは、それを聞いてどうするんだ?」 「――わからない。ただ、行けるところまで行ってみようと思う」  リュークスの目に光が宿る。  三人は過去を思い出して目を伏せていた。  生きる目的のない、必要とされていない命  それを呪い続けた、忌まわしき過去。 「――必要とされているなら」  そうリュークスが言い切ったとき、フレイアが戻ってくる足音がする。  カイルとマイルは顔を見合わせると、フッと笑った。 「おまえがそう決めたのなら俺たちはなにも言わないさ」 「ただ言えるのは――いつまでも友達だってことだ」 「――おう」  フレイアが戻ってきたとき、リュークスたちは笑みを取り戻していた。 「すると、リュークス君とカイル少年、マイル少年は親がいないと?」 「カイルとマイルは数年前にこの村に来た二組の旅人に捨てられたのです。 何分、旅人は子供を連れにくいので……」  村長とセレの二人だけの話、セレはリュークスの情報を求めていた。  村長は両手をこねながら、商売の笑みを浮かべる。 「リュークスは、村の前に捨てられていたのです」 「捨てられていた?」  ――村長の話はこうだ。  数年前、凶暴化したゴブリンが村にくると言うときがあった。  ゴブリンは集団で、村の人口を超える数で行動する習性がある。  武装村人とゴブリンが衝突しあったとき、いきなり村門から泣き声があがったという。  いつから置いてあったかもわからないが、気づくと村門の端に赤ん坊が置かれていたらしい。  そこにゴブリンが歩み寄ろうとし、村の者は赤ん坊を守ろうとしたが、赤ん坊にゴブリンの棍棒が振りおろされてしまった。 「冒険者にとっては上級ゴブリンであっても雑魚の中の雑魚。といえども、村の者にとっては荷が勝ちすぎる相手ですね。 それで、その赤ん坊は?」 「奇跡によって守られたのです……」  ゴブリンの棍棒は、赤ん坊を包むように現れた結界に負け、ゴブリンは退散した。  村にその赤ん坊を置いてから、魔物が現れなくなったという。 「そしてその赤ん坊がリュークス……」 「たとえあなた様の願いであっても聞き入れることはできません。 リュークスは村を守る力があるのです、そうでなければ捨て子など村で預かるはずがありません! それにカイルとマイルも、リュークスの友達であるから村に置いています、そうでなければ誰があんな薄汚い子供を――」 「村全体に強力な結界を張らさせていただきます。 それと、私の顔に免じてカイルとマイルをこの村に置いていただけませんか?」 「――そういうことなら、わかりました」  セレはその答えにうなずくと、部屋をでた。 「どちらが薄汚いのか――ま、これが私たちの守る人間ですか」  セレは冷たく言うと、リュークスの家に向かった。  セレという存在、勇者の仲間となる汚れ無き存在であるはずの者、当てはまりはしなかった。 「ということで、俺は【灼熱の 煮たる 洞窟】に行かなくちゃいけないのか?」 「そこで、精霊と契約してもらうんです」  フレイアとリュークスは今後のことを話していた。  ちなみに今のときは、村を出発→魔王倒しにレッツゴ! になる。  村長や村の住人に見送りされ、三人旅を始めたところだ。  セレが先頭を歩き、地図とにらめっこをしている。 「その洞窟に行くためには、この先にある【海を 支配する 港町】で船を借りないと」  セレは地図から目をはなし、会話に加わってくる。  リュークスは相づちを打つが、はっとすると、セレに目を向けた。 「船って……」 「船はもちろん、勇者様ご一行なので貸し切り。腕がいい人ばかりの、豪華船になります♪」 「……なんか旅に出た気がしないな、気のせいか」 「洞窟に着けばそんなことも言ってられなくなりますよ、リュークス……に、兄さん」 「……やっぱり兄さんっていうのはやめにしないか? それと、弟君っていうのも」  リュークスはすさまじい速さでフレイアの方に顔を向けた。  フレイアは顔を赤くしてぷいっと顔を背ける。 「フフフッ♪ フレイアちゃんもやる気になったんだし、やっぱりリュークス君は私たちのオムコさん候補決定〜♪」 「勝手に決めないでくださいよぉぉぉぉ!!」  フレイアの叫びが響き渡った。  物事には、幸福があれば、必ず不幸が存在し、光があれば、闇が存在する。  光と闇、二つは今、一つの物語の上で同時進行する――  王宮【希望が 溢れし 国】にいる一人の王、その王の目はうつろで、ただ目の 前にいる男にすべてを捧げていた。  男はサングラスごしに王を満足そうに見ている。 「今の時代、すべての人間が狂気や欲望をもっている。 扱いやすいな、この国は俺のものも同然――」  男は笑みを浮かべ、笑い声を漏らした。  そして、広がる平和そのものの街を見おろした。  その街が、絶望に染まる姿を浮かべて――