【タイトル】  ライトファンタジー〜勇者と魔王〜 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【サブタイトル】  FILE13:蒼(第13部分) 【ジャンル】  ファンタジー 【種別】  連載完結済[全82部分] 【本文文字数】  13026文字 【あらすじ】  語られるは旋律、輪になって踊る道化師達の伝説。ある道化師は勇者の名を語り、またある道化師は魔王の名を名乗り。王道から成る、世界の真実をぶち壊す、ファンタジーストーリー 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************ FILE13:蒼 ――宣言しよう、すべてを絶望に落とすとな―― 「闇が強い――並みの冒険者じゃここにくることもできないわね」 「闇の中心まで、まだ遠い。急ぐぞ」  深い闇の瘴気が漂う中、不規則な段差の階段を二人の冒険者が駆け上がっていく。 その中の一人、斧槍を持った大男が、不意に立ち止まった。 「蒼の魔術士様に、このような時間に何用ですかな?」  階段の頂上に、一人の青年が立つ。 青年は、サングラス越しに二人を見下ろして言った。  大男は軽く舌打ちすると、消えた。 「いきなり攻撃とは……知的ではないですね」 「黙れ、国王をたぶらかす魔王が!!」  いつの間にか、魔王の片手には大男の振るった斧槍が抑えられていた。 大男の全力の一撃は、土地を変形させるほどの力を持つ。  「国王か……いまごろは蝿の餌になっているだろうさ」  魔王は手を振るう。  大男がいとも簡単に弾き飛ばされ、受身を取ることもかなわずに、地に落ちる。  それでも、すぐさま立ち上がった大男は、魔王をにらみつけた。 「ゴンザレス、あなたはもう一人をよろしくお願いします」  もう一人の冒険者、赤く長い髪を持つ美女は、ゴンザレスの前に立つ。  その眼光は、ニヤニヤと笑う魔王を常に射抜く。 「……承知!」  ゴンザレスはそれと同時に跳ぶ。  目指すは魔王の後ろで人形のように立っている、エルフの美女。  魔王は邪魔をしない。  なにごともなく、ゴンザレスは魔王の横を通り過ぎた。  それと同時に、戦場を分けるように地面が割れる。  大男――ゴンザレスの手によって。 「それで、この私めに何用ですかな?」 「――わかっていると思いますけど?」  蒼の魔術士、シスタと呼ばれ、一時期は怪盗もやっていた美女は、杖の両端を両手でつかんだ。 「魔力限定解除――開眼」  蒼の魔術師を包むように、不可視の魔力が生まれる。  それは、一気に四つの魔法陣に変わった。  サイコ・レイ・ジャッジメント  魔方陣から無数の光弾が、魔王に向かって放たれる。 「短気ですな、もう少しお話をしようと思っていたのですが」 「私は、そんなあなたのお考えを読んだのですよ」  蒼の魔術士の持つ、杖の中心に蝶の形をした魔法陣が顕現していく。  色は――蒼。  サイコ・ジェネシス・オバデストロイ  蒼い、炎の流が蒼の魔術師を中心に大きく膨張する。  無論、魔王も流に飲み込まれている。 「連携!!」  サイコ・ジェネシス・エンディング  炎が倍増し、外から中に向かって集まる。  直撃している蒼の魔術士は無傷だ。 「最終!!」  蒼の魔術士は杖を片手に持ち替え、炎の流の頂に向けた。  サイコ・ディメンション・アウト  頂に上る炎が球体になっていく。  それは巨大で、膨大な破壊力を秘めた砲弾。 「――――臨!!」  蒼の魔術士の一言で、砲弾は支えを失ったかのように、ものすごい勢いで落下する。  それは蒼の魔術士と、いるであろう魔王に。  地面を甲高い破壊音とともに砕き、クレタを残して消えた。  蒼の魔術士は、まだ気を抜かずにあたりに目を配っている。 「私の姿をお探しかな?」  闇の気が爆発する。  蒼の魔術士は魔力の壁で闇の進行を防ぐ。  その視線は、闇の爆発を起こした魔王をにらんでいた。 「少し――開放してやろう」  魔王の片手に黒い刀身のナイフが顕現される。  蒼の魔術士は杖を地面に突き立てる。 「瞬ッ!!」 「滅ッ!!」  魔王が翔けると同時に、ナイフを振るう。  だが、ナイフは杖しかない場に無造作に突き刺さった。 「蒼く、気高き炎の神々よ……我は蒼の申し子……盟約に従いて、我が敵を討ち滅ぼせ……」  魔王に触れるか触れないかの位置で、蒼の魔術士が拳を振り上げた。 蒼炎双襲拳  蒼の魔術士の拳が蒼く、まぶしい炎に包まれる。  拳のひとつが魔王の背に、豪快にぶち当たった。  炎の爆発が起こるよりも速く、もうひとつの拳が魔王の顔面を殴る。  魔王が二つの勢いに押され、回転しながら飛んでいった。  だが、その姿も一瞬で闇に変わる。 「闇よ――絶望の刻みを」 「その詠唱、破棄させていただきますね」  魔王が蒼の魔術士の上空で詠唱するが、蒼い波動が彼女を中心に、あたりに広がる。  その途端、詠唱によって顕現しようとしていたなにかが霧散した。 「ッ!!」 「蒼の加神よ……この世界を脅かすものの除去を……」  蒼の魔術士は振り返ると同時に、両手の平が重なるように組んで、頭上に掲げた。  蒼の雷光が四方向から蒼の魔術士の手に集まり、球体上になる。 ト−ル・ハンマ・シャイニング 「せ〜〜のっ!!」  蒼の魔術士は、掛け声とともに手を振り落とした。  球体は周囲に稲妻を走らせながら、旋回し、蒼の魔術士の背後から魔王に迫った。  魔王は身をひねるが、球体に飲み込まれた。  球体の中で、黒い影になっていた魔王は粉々の破片となり、球体とともに地面に落ちた。 「風のように……舞い踊れ!!」  蒼の魔術士は両手を左右に伸ばす。  蒼い空気が蒼の魔術士のまわりを動き回り、あたりの空気をも巻き込んだ不可視の竜巻が生まれる。 「空気は風となり、風は渦となり、渦は――我が牙となる!!」 ルクライシス  蒼の魔術士の周りを旋回していた竜巻は唐突に動きを変え、轟音を響かせながら、雷の球体が作ったクレタに進んでいく。  何者に狭まれることなく竜巻はクレタの上を通過し、消える。  あとには、竜巻の進路痕といくつかのクレタと。 「蒼炎は、いくつかの呪を施したことにより生まれた産物か。 詠唱中止もそのひとつ――だが、呪の炎をや雷をその身に纏わせて、貴様はなぜ立っていられる? 呪は相手を選ばぬ。なら、貴様もその影響を受けるはずだ」 魔王。彼は無傷で、自分の考えを述べた。  蒼の魔術士は驚愕するかのように目を見開く、そして、地面に突き立てた杖を引き寄せた。 「そろそろ見世物の数もなくなってきたようだな――終わらせていただく」  魔王は片手に、小石ほどの闇を作る。  蒼の魔術士は不敵な笑みを浮かべて動かない。 「消ッ!!」  魔王は闇を蒼の魔術士に向ける。  蠢くように飛び出した闇が膨れ上がり、蒼の魔術士とそのまわりの地面を飲み込むように広がった。 ――いい物を見せてあげます、これがあなたの問いの答えです――  蒼の魔術士は闇に向かって飛び出した。  まったくの無防備で。 「ッ!?――――まさか」 「おそい!!」  蒼の魔術士は闇に触れた。  その、奇跡は一瞬――  闇が、蒼の魔術士の視界を埋め尽くす。  だが、体に触れることも、心に触れることも、なかった。  闇が蒼の魔術士を避けるように、その脇をとおりすぎていく。  蒼の魔術士は、なにものにも妨げられない、断固とした光をその身に宿す。  蒼の魔術士は、闇から抜け出すのを目前にして、呟く。 「私の――勝ちです」 だが、蒼の魔術士は闇から抜け出すと同時に驚愕した。  蒼の魔術士の言葉が真実ではないという結果―― ――蒼の魔術士の目には、倒れたゴンザレスを見下ろす、氷のようにつめたいエルフの女が映った。  刻は少し巻き戻り…… 「ぬおおおぉぉぉぉ!!!」  ゴンザレスは斧槍を渾身の力を込めて振るう。  地面を這う斬撃は、地面をえぐるなどという言葉に収まらず、地面に深い深い傷跡を残していく。  向かう先は青白い髪を持つエルフの美女。 「……ふんっ。これだから知能のない豚は嫌いなのだ」  美女は背にかけた弓を取る様子を見せずに、吐き捨てた。  斬撃が美女の横を抜ける。  このエルフの美女は、避けたのだ。避ける様子も見せずに。 「……」  ゴンザレスは驚いた様子も見せずに、斧槍を振り上げた。  それと同時に、エルフの美女はわずかに動く。  そして、ゴンザレスの斬撃はまた、美女の真横を抜けていく。 「……振り上げの瞬間で、攻撃範囲を正確に定めたのか」 「一度で気づけぬバカは嫌いだ、構える気にもなれん」 「……その耳は……ダクエルフか」  エルフの耳は人間の耳より小ぶり。ダクエルフの耳は縦に長細い。  美女の耳は縦に長細いのだ。  美女は目をきつくしてゴンザレスを射る。 「それがどうした? 私が誰であろうと関係ない、私のことを貴様が知ろうと、すべては無意味。 なぜなら――貴様はここで死に絶えるからだ」  美女はそう言うが、武器を構える様子を見せない。  ゴンザレスは、汚れたごみを見るように、美女を睨む。 「ダクエルフ……やはり我らを裏切るか……その上、我々の慈悲に対してこのような始末をするとは……やはり汚れた種族、はみ出し者どもだな」 ――だまれ――  美女の雰囲気が一転する。  ただ純粋な、むき出しな怒りと憎しみがゴンザレスをひるませる。 「私への罵倒は許そう。だが――同族の侮辱は、貴様の死をもってしても許すことのできぬ罪。 我らを大量虐殺した貴様らの罪は――決して流されぬ」 「――なんのことだ?」 「しらを切りとおすつもりか! やはり、貴様らにとって我らの死は何の重みにもなっていないということか」  美女はその身に、半透明の氷の鎧を纏う。  そして、この戦闘において初めて背にある長弓を手に取った。 「同族の痛みを――裏切られたときの痛みを――知れ!!」  弓を引き絞る。  アイシクルチャジ  矢をついでいなかったはずが、美女の手には水色の矢が収まっている。 「まて、貴様らの死とは何のことだ? 我らが裏切ったこと、大量殺戮のこと――そのすべてが、我らが引き起こしたと言うのか?」 「きさまら人族と――我らと同じ名を持ち、我らを闇とあらわすものたちだ」 「人族と――エルフ族が――いや、そんなことがあったという記録は何も!!」 「記録などここにある、あの『魔種族抹消』の中でただ一人の生き残り、最後のダクエルフ、復讐鬼にして氷帝魔――エレンディアの中にな!!」  アイシクルチャジ・ダブル 「少し威力を弱めてやる、殺すなといわれたからな。 だから――生き残って見せろ」 「ッ!!」  ゴンザレスはエレンディアの放とうとしているものの威力を察し、斧槍を地面に突き立てた。  守護技・護封剣  斧槍から光があふれ、立ち昇り、壁となる。  それは、ぎりぎりゴンザレスを覆い隠すほど。 「――我が心のように、すべてを凍てつくせ!!」  インプレス・デスサイズ  巨大すぎる、人ほどの大きさを持つ氷の矢が放たれる。  それは、ゴンザレスの防御を軽がると打ち破った。  矢は、勢いを殺さずにゴンザレスを押しつぶす。 「うおおぉぉぉてんうおおおおおおおぉぉぉぉ!!??」  ゴンザレスは必死になって逃れようとするが、為す術もなく下敷きになった。  巨大な地響きとともに地面が揺れ、矢が動きを停止する。  巨大な岩、そんな表現が似合う矢を放ったセレンディアは、すました顔で矢に近づく。 「ほう、生き残ったか――さすが、体力だけには自信のある劣悪種だ」 「……」  矢の下敷きになりながら、急所のある上半身だけを抜き出したまま気絶している。  セレンディアは手に生み出した氷の刃物をゴンザレスの首に切りつけようとするが、寸でのところで止まる。 「魔王に植えつけられた人格――まだ機能しているか、まあいい」  セレンディアは鼻で笑うと、ゴンザレスを片手で引きずり出した。  そのまま地面に揺らせながら、セレンディアは魔王の元へ向かう。  戦況は魔王の勝利へと傾いた…… 「私の勝ち、そう思わないか? 蒼の魔術士――いや、国最強の軍師」  蒼の魔術士は顔を伏せる。  魔王は満足そうに笑みを浮かべるが、すぐに驚愕で目を見開いた。  蒼の魔術士が弾けるように消え、青い火の粉を撒き散らす。 「戦況とは簡単に覆されるもの――それは、オセロやゲムのように、ね」  蒼の魔術士は魔王の脇を駆け抜ける。  魔王の背にまわると同時に片手でもうひとつの手の手首を持ち、手のひらを魔王に向けた。  その瞳に映るのは――決意。  蒼炎突竜気  竜の幻影が、魔王を貫く。  だが、何も起こらずに、蒼の魔術士はうめき声をもらした。  セレンディアは無表情で、蒼の魔術士を己の手で締め上げる。 「すこしおあそびがすぎたようだな」 「……その油断が、戦況を覆させてしまうんですよ、魔王さん」 「――なに?」  魔王、セレンディア、蒼の魔術士、その三人の周りで、蒼い魔方陣が五つ、ゆっくりと廻り始める。  蒼の魔術士はこっそりとゴンザレスに手を向ける。 「魔力限定解除――開花」  蒼の魔術士の姿が揺らめく。  姿の固定よりも早く、それは開始した。  我が想いに答えよ……  汝は我と契約せし神々……  我が想いは時空を超えて汝らを呼び覚ます……  我は蒼の創始者なり…… 「開花……『蒼の創始者』」  蒼の創始者はまだ青い光に隠されたまま、両手を高らかに挙げた。  それに答えるように、五つの魔方陣は輝きを強める。 「この魔方陣は……ひとつになって別回線につながろうと……まさか!?」 「そうです、これが私の秘策――戦局を覆す一手です!!」  魔方陣が金色の線によって結合される。  それらを塗りつぶす、巨大な魔方陣が現れる。  真っ白な、その魔方陣はひとつでできたものではなく、多数の魔方陣が組み合わさって歯車のようになったものだった。  それは唐突に、ガタンという音とともに、動き始める。 「ちぃぃっ!!」  魔王は蒼の創始者を消し去ろうとするが、闇の集束が遅い。 「さっきの攻撃は――『魔力低速』の呪詛付だったのか!?」 「すべては――私のよみどおり!!」  闇が魔王の手の中で形作るよりも速く、歯車は音速以上の回転力と膨大な魔力を得て、ひとつの現象を起こした。  青の創始者たちの真下が、不可視の無に変わる。  歯車は消えうせ、あったという形跡すらない。  消滅したのではなく、瞬きよりも速くその役目を終えたのだ。  ……ぐおおおぉぉぉぉん…… 「形勢逆転の一手――大聖神召喚の界扉――!?」  魔王は悔しそうに蒼の創始者をにらみつける。  やっと集まった闇を、魔王は蒼の創始者に放った。  ……グオオオオオオォォォン……  無から叫び声が響き渡る。  そこから突き出したなにかに、闇は防がれる。 突き出したものは、深い蒼のごつごつとした、岩のようなもの。  それと同じようなものが、魔王たちの無の足場から取って代わるように現れる。 周りから孤立して、上昇は止まるどころか加速している。 「まさか……この足にあるものは……大聖神の肉体か!?」  グオオオオオオオオォォン!!  魔王の叫びに答えるように、無から雄たけびが響く。  いや、その雄たけびは無の中から現実へと、その場を変えていった。  それに比例して、足場は完全にその姿を現す。  −−現れたものは、巨大すぎる竜だった−− 「くっ!!」  セレンディアは、不規則に振動する竜の上で必死に安定を保とうとする。  その手に捕まる蒼の創始者は、セレンディアを振りほどいた。 彼女は宙に飛ばされる勢いに身を任せ、地面すれすれで蒼い炎翼を広げ、舞い上がった。  その手には、蒼い双剣が、いつの間にか握られている。 「双剣舞――」 蒼の創始者は両腕を交差する。  蒼い魔力の幻影が彼女を包み込んでいる。 「くるか――みせてみろ、貴様の全力を!!」  竜の中腹部分に、余裕で立っている魔王が、彼女に言い放った。  彼女は魔王を見据え、双剣を渾身の力で振るう。 「これが私の――全力!!」  蒼創・鳳凰蒼四刃残光剣  双剣から飛び出した斬撃はクロスして、魔王に迫る。  唐突に、斬撃は蒼く燃え上がり、尾を引く。  魔王は両手で受け止めようとしているのか、前かがみで斬撃が来るのを待っている。  傍観することしか許されない竜は雄たけびを上げた。  そのとき、斬撃は魔王にぶち当たる。 「……ちぃっ!!」  魔王は舌打ちをする。  魔王の手の中で炎の斬撃は火花を散らせ、魔王を圧している。  魔王は手を無理やり閉じようとして、手の中にある斬撃の閃光を強めていた。 「私は――負けない!!」  蒼の創始者が叫ぶ。  だが、現実とは恐ろしく残酷だった。  魔王の手が一定以上閉じられ、斬撃が歪められ、砕け散ったのだ。  魔王は勝利の笑みを浮かべ、蒼の創始者は驚愕で目を見開く。 「なかなかい強固で、まっすぐな意思だ――気に入った、取り込んでやる」 「なにをいっ――」  彼女の声は続かない。  魔王は、彼女を黙らせてしまうほど大きな魔力を放出し始めたのだ。  魔力は黒く、その力は空間を振るわせ、魔王の絶対勝利を紡ぐ言葉を現実に具現させる。 「開眼――」  その一言で、世界が黒く染まった。  闇の爆発。  無音に包まれた現状を破る爆音は、蒼の創始者の感覚を取り戻させた。   同時に、蒼の創始者はうめき声をもらしてひざをつく。 「驚かされたよ――まさか、開眼することになるとは、貴様を過小評価していたようだ」  魔王は彼女を見下ろす。  その体には、魔と呼ばれる闇の中の闇が渦巻いている。  蒼の創始者は屍と化した、腐敗する竜を横目に、魔力を弱めた。  負け――蒼の創始者の結果。  勝利――魔王の結果。  だが、何も終わってはいなかった。 「さて――貴様とのお遊びも飽きたところだ、私がすこし力を出せば一瞬で終わってしまうのだから」 「なら――なぜあなたは勇者を消さないのです?」  蒼の創始者は思わず口を出す。  魔王は数秒ほど考えるように口を閉ざし、おもむろに話し始める。 「ゲムは楽しむためにあるからだ」 「――この聖戦をゲムにたとえるなんて」 「いや、これはゲムなのだ――このせかいをつくり、保ち、リピトさせ続ける、やつの描くゲム」 「――いったいないを……」  魔王は悲しむような目つきで、虚空をみつめる。  蒼の創始者は口を紡ぎ、力を抜いた。 「何のつもりだ……?」 「……あなたに奪われる決意をしたんですよ、あなたにはすることがあるんでしょ?」  蒼の創始者は、自分でも驚くほどやさしい笑みを浮かべる。  魔王は一瞬躊躇し、手を彼女にかざした。 「すまない――俺には、守らなくてはいけないものがあるんだ」 「魔王が、今から支配するものにそんな謝罪をするなんて、驚きですよ」  魔王は、困ったように微笑む。  蒼の創始者は目を閉じる。  闇は蒼の創始者を食らった。  いや、その存在に絶対服従の刻印を焼き付ける。  蒼の創始者が歪み、圧縮され、別空間へと消える。 「そうだ――私は魔王だ――だからここにいる、だからやつに抗える、だから――私は彼女に、生贄の天使に恋した、だから俺は歩き続けている、彼女の意思を受け継ぐために――」  魔王は漆黒のマントを翻した。  いつもの闇と絶望と残虐さを取り戻す。 「手は有り余るほどにそろえてやろう。私はきさまの全力の試練となろう。後は貴様次第だ――勇者よ!!」  闇が渦巻いた。 「あの龍は――巣に向かったのか」 「わからない、でもちがうとも言い切れない」  クレタ、もとは聖堂だった場所で、セレとフレイアがリュークスとサクラの治癒をしていた。  死龍の姿は完全にそらから消えさっていた。 「急がないとな――」 「なにいってるんですか!! 絶対安静に決まってます!!」  起き上がろうとするリュークスを、フレイアは無理やり押さえ込んだ。  セレは、小声でサクラに話しかける。 「あの人は弟君じゃなくて――」 「うん。あれはボクの父さんの人格(ベルソナ)、前の勇者のほうがいいよね」 「やっぱりそうでしたか」  セレはゴチるようにつぶやく。  フレイアは気づいていないようで、リュークスを押し倒すようにして押さえ込んでいる。 「さて、ボクはいいよ。それよりも、セレちゃんは二人がじゃれあうのを止めたいんじゃないの?」  サクラはセレに、意地悪そうに微笑んだ。  セレは輝く笑みを浮かべる。 「私はそれよりもこうします」  それと同時に動き出した。 フレイアとリュークスの上にのしかかるように。 「うおっ!? ストップ! やめろ! やめてください!」  いつの間にかリュークスの人格(ベルソナ)にもどっているようで、セレはリュークスとフレイアに抱きついた。  同時に、フレイアの体はリュークスに密着し、リュークスは離れようともがく。  だが、もがく動きに反発するようにセレとフレイアはさらに密着する。 サクラは呆れるとともに、ため息を吐いた。 「よぉ、案外元気じゃねぇか」  四人を押しつぶそうとする重力場が生まれる。  サクラは顔を青ざめて、敵の姿を探した。 「ここだぜ」  そんな声がすると同時に、サクラの視界が回転する。  サクラはあらわれた何かに弾き飛ばされたのだった。 「サクラ!!」  リュークスは跳ね起き、圧力に歯を噛み締めて耐え凌ぐと、前かがみで走り出した。  セレとフレイアの姿は、すでにリュークスの先にある。 「同時に――」 「行くよ!!」  セレは杖から魔力弾を、フレイアは双剣から斬撃を放った。  だが、それは黒い魔力をまとう何かの波動にかき消される。 「はっ!」  リュークスは片手を突き出す。  すると、その手に白銀の長剣が握られる。  リュークスはそれを感触だけで確かめると、黒い魔力をまとう何かに振り落ろした。  剣が奴の腕に防がれると、奴の赤い目が楽しそうに細められる。 「つい最近まで肉体共有してたって言うのに、いきなり失礼な奴だな」  奴は体ごと、腕を豪快に振るう。  リュークスは押し負け、地面に叩きつけられた。 「てめぇは……最近静かになったと思ったら、俺の体から抜け出してやがったのか」 「おう、今の俺は自由に破壊ができて、自由に絶望を振りまけて、自由にお前をぶっ殺すことができる!!」  奴の黒い肉体はリュークスに酷似し、その人格(ベルソナ)はリュークスに巣くっていたはずの人格(ベルソナ)と同一。  リュークスはただ奴をにらむことしかできなかった。  奴は片腕を振り上げる。 「いい気分だ。この肉体だと全力で戦える!!」 「ッ!!」  リュークスの目の前に奴の顔が現れる。  リュークスが驚愕で目を見開くよりも速く、その腕に弾き飛ばされた。 「開花――大光使セレスティア!!」  袴を揺らせながら、セレがやつに拳を振るう。  だが、やつはその拳を片手で掴み押さえた。 「エロイ姿だな、そそるぜ」  やつがセレに体を寄せる。  セレはやつの手を振りほどくと、両手で自分の体を抱きしめた。 「あんなよわっちぃやつより、俺といたほうが強くなれるぜ」 「――謹んでお断りさせていただきます」 「そういうなって――どうせ俺の命令には逆らえないんだ」  セレの体が、セレの心を裏切ってやつのほうへと歩み寄っていく。  セレは驚愕で目を見開き、やつはおもしろそうに笑い声を上げる。 「主従関係において、リュークスの裏人格(ベルソナ)だった俺はお前の主人なんだぜ?」 「ッ!?」  セレは強固な精神力で、体を止めた。  やつは舌打ちをする。 「まあいい――あとで命令優先順位を絶対に変えればいい」  やつは舌なめずりをして、自分からセレに歩み寄った。  それを阻止するかのように、二人の間に極太の光線が通る。 「いちゃいちゃタイムを邪魔すんなよ」 「【生贄十字使 フレイア】――お姉ちゃんには近づかせない!!」  やつの腕とフレイアの十字架がぶつかり合う。  フレイアはその衝撃に弾き飛ばされるが、翼を広げて宙に止まった。  やつは飛び上がろうとするが、八方にダイヤの形をした光の結晶が現れる。  【光剣(こうけん)八方(はっぽう)突刺(とっし)】 「俺の意思が削がれて命令信号が消えたか……めんどくさい」  やつは片腕を振るって、結晶を霧散させる。  セレは全方位に結界を張っていた。 「命令が届かないようにしたか……だが、あれじゃ戦闘に参加できんだろ。ま、参加してたら俺の手駒に落ちただけだが」  やつのすがたが三つの極太線に消される。  だが、やつは上空に何食わぬ顔で跳んでいた。  ゆっくりと降り立ち、極太線を放ったフレイアをにらみつける。 「代わりにお前が俺の女になる、それもいいかもな」  やつは残虐な笑みを浮かべ、一歩でフレイアの後ろに跳んだ。  やつの片手はフレイアの首を締め上げている。 「勇者の服従契約が――俺にもできるのだとしたら、どうなるかな?」  やつの手が黒く光る。  その光はゆっくりとフレイアに移り、その内部へと侵食した。 「いやぁぁぁあああ!!」  フレイアの絶叫とともに、やつの顔がうれしそうに歪む。  だが、その顔が驚愕に変わり、苦渋に満ちた顔で落ち着いた。  フレイアに、三本の蛇でできた腕輪のような刺青が定着する。  それと同時に、やつの力が一回りも二回りも小さくなる。 「結局俺は偽者――自分の存在を刷りへらさねぇといけねぇのか――くだらねぇ」  やつはフレイアを放り投げた。  宙で、リュークスがフレイアを抱きとめる。 「その譲ちゃんを操るのは無理だ。だが、戦闘不能にはできた。 セレとかいう女は、貴様が操作できるようにしたからか、俺にも操れる。そして、戦闘不参加になった」  リュークスはフレイアを抱えたまま、セレのそばに降り立った。  そのままセレと言葉を交わせると、気絶したフレイアをセレの結界内に投げ入れる。  リュークスは数秒顔を伏せ、その後、ぎらぎらと輝いた目でやつをにらみつけた。 「俺と戦えるのはお前と、チビ」 「ちびじゃないや〜〜い!!」  サクラがリュークスに駆け寄りながらやつに言い放つ。  やつはにやりと笑う。 「てめぇらは負傷。俺も少し弱くなっちまったが、てめぇらが束になってきても負けないだろう」 「なにが――言いたい?」  リュークスは剣を構える。  サクラは炎の弓を片手に持った。  やつは目を極限まで開く。  ――言いたいことはない、ただ絶望に飲まれるてめぇらが見たいだけさ――  やつの全身で渦巻く負のエネルギが高まる。  全身の漆黒がさらに濃くなり、やつの足元の地面が割れ、やつの周りを漂いながら粉々になっていく。 「俺はお前が好きだったぜ、心地良い闇だった。お前を導いてたころは幸せだったぜ」 「俺は――わからない」 「嫌いっ言(つ)ってろ。お前を殺そうとしているやつに対してはその気持ちだけをぶつけろ」  やつはにやりと笑う。  やつは前かがみになる。 「――いくぜ!!」  やつは駆けた。  それと同時に消える。  リュークスとサクラは身構える。  リュークスの頬に風が触れ、少し斜めに顔を上げたリュークスに、狂喜して笑うやつが映る。  ゆっくりと、まるで時間が遅くなったかのようにゆっくりと、やつの拳がリュークスに迫る。  だが、それを阻止するものが現れた。 「助けたのではない、ただ貴様を信じてみようと思ったのだ――私を超える勇者の力を」  茶髪に、赤い隻眼の忍者。  彼女の曲刀はやつの片腕を押さえ、やつのもうひとつの腕は忍者の腹が押さえている。  忍者からは大量の血があふれ、地面に滴り落ちている。 「あなたは……」 「卵月……私の名だ。貴様のもうひとつの人格(ベルソナ)に倒された者だ」  やつが手をひねる。  卵月の腹を貫通する腕に伝った血が流れ落ちる。  リュークスは数秒顔を伏せ、その後、ぎらぎらと輝いた目でやつをにらみつけた。 「俺と戦えるのはお前と、チビ」 「ちびじゃないや〜〜い!!」  サクラがリュークスに駆け寄りながらやつに言い放つ。  やつはにやりと笑う。 「てめぇらは負傷。俺も少し弱くなっちまったが、てめぇらが束になってきても負けないだろう」 「なにが――言いたい?」  リュークスは剣を構える。  サクラは炎の弓を片手に持った。  やつは目を極限まで開く。  ――言いたいことはない、ただ絶望に飲まれるてめぇらが見たいだけさ――  やつの全身で渦巻く負のエネルギが高まる。  全身の漆黒がさらに濃くなり、やつの足元の地面が割れ、やつの周りを漂いながら粉々になっていく。 「俺はお前が好きだったぜ、心地良い闇だった。お前を導いてたころは幸せだったぜ」 「俺は――わからない」 「嫌いっ言(つ)ってろ。お前を殺そうとしているやつに対してはその気持ちだけをぶつけろ」  やつはにやりと笑う。  やつは前かがみになる。 「――いくぜ!!」  やつは駆けた。  それと同時に消える。  リュークスとサクラは身構える。  リュークスの頬に風が触れ、少し斜めに顔を上げたリュークスに、狂喜して笑うやつが映る。  ゆっくりと、まるで時間が遅くなったかのようにゆっくりと、やつの拳がリュークスに迫る。  だが、それを阻止するものが現れた。 「助けたのではない、ただ貴様を信じてみようと思ったのだ――私を超える勇者の力を」  茶髪に、赤い隻眼の忍者。  彼女の曲刀はやつの片腕を押さえ、やつのもうひとつの腕は忍者の腹が押さえている。  忍者からは大量の血があふれ、地面に滴り落ちている。 「あなたは……」 「卵月……私の名だ。貴様のもうひとつの人格(ベルソナ)に倒された者だ」  やつが手をひねる。  卵月の腹を貫通する腕に伝った血が流れ落ちる。  だが、卵月の力は緩まない。 「離しはしない――ともにおちていただこう」  壱式瞬間解除  卵月とやつを包むように、蒼い球体が形を現す。 「コントロルせずに力を使うことによって起こる、無作為転移――貴様は死ぬつもりか!?」 「さあな、だが――勇者の命を存在させることができるのなら、私は朽ち果ててもかまわない!!」  やつが空に飲み込まれる。  卵月はリュークスに――リュークスの中にある人格(ベルソナ)に話しかけた。 「私は宣言しよう。必ず零式を使いこなしてみせる、そして貴様を――」  卵月は球体に飲み込まれる。  分解されるように粉々になり、空へと流れていった。 「……卵月さんねぇ……いったいどういう関係なんだ?」 『いや、ただ戦っただけだが……』  リュークスの心の呟きに、悩むように唸る声が返ってくる。  結界をといたセレが、フレイアに暖かい光をあびせていた。 「……ん……」  フレイアがセレの腕の中で身をよじった。同時に目を開ける。  サクラは安堵のため息を吐くと、声を張り上げた。 「リュークス君! セレちゃん! フレイアちゃん! 魔王からの襲撃を受けた今、一国の猶予もない」  リュークスはサクラをみる。その瞳を覗き込み、考えを読もうとするかのように。  サクラはリュークスの視線を受け止め、口をゆっくりと動き始める。 「死龍のいる竜の巣に行くには、長時間始動可能で強力なタボがいるんだ。 ま、全快して飛んでも良いけど、そのあとにあるであろう戦闘のために余力をだいぶ残しておきたい。 そこで!! 今からの目的地は――『雷の 安らぐ 暗雲城』だ!!」  『雷の 安らぐ 暗雲城』  それは、魔力のツボといってもいい、世界の中で一番魔力の集まる場所だ。  魔力がつねに流を作り、そのぶつかり合いで生まれる雷が外に漏れるの抑えるために作られた、制御装置みたいな城だ。  そのなかには、生まれる雷を消費するための装置やトラップが大量にあり、雷を保存するインディグネイション・コアが城の深奥に設置されている。 「あそこにある器機に、確か長空飛行専用の『バド・シェイル』があるはずだ」 「それをつかって飛ぶ――ってことか」  サクラはうなずく。  リュークスも、少し考えてから同意し、セレに目を移した。  セレはゆっくりと、しっかり頷いた。 「……」  フレイアはコクリと頷く。  サクラは意見が通ったことで、肩の力を抜いた。 「国のこともあるからなるべくいそいだほうがいいな」 「ボクが、みんなとボク自身を近くに転移させる、そこで野宿かなんかでもして回復する。それから、城に入って探索する。でいいかな」  三人は同時に頷いた。  サクラは顔を引き締め、残り少ない魔力を引き出した。 「それじゃいくよ――」  サクラは何事か呟き始める。  リュークスはフレイアの近くに寄った。 「だいじょうぶか?」 「!?」  フレイアはビクッと震え、真っ赤になってリュークスに向いた。 「い、いきなり話しかけないでよ!!」 「す、すまん――」  リュークスは勢いに押されて反射的に謝ってしまう。  フレイアははっとしたように顔をそむけ、自分の右手首を隠すように左手で覆った。 「……ふ〜ん、そういうことか〜〜」  セレは一人だけ納得し、うれしそうに目を細める。  その目はフレイアの右手首にあるであろうなにかをみつめ、その手は自分の首もとにある鎖でできた首輪の刺青に触れていた。 「座標指定……現在座標との接合……範囲約……展開時間……副作用の軽減及び消去……」  サクラが汗を流しながら、詠唱する。  唐突に、三人の姿が点滅しはじめる。  一拍ほど置いて、サクラの体も同様にぶれ始める。 「移動……開始!!」  サクラのその一言で、四人の姿は音もなく消え去った。  闇の場で……  魔王がワイングラスを傾ける。  中にある赤い液体がゆらゆらと揺らめいた。 「……さて、進軍の指揮についてだが、貴様には任せたい役がある。『黒く染め上げられし蒼』コレル」  魔王の近くに立つ、漆黒のドレスを纏った美女が、魔王に微笑んだ。 「仰せのままに――我が主よ」  美女の髪は紅い。  足元まで伸びそうなほどの長さの髪を、軽くかきあげて、美女は魔王に妖しい笑みを見せた。  その美女は『蒼の魔術士』や『蒼の創始者』と呼ばれ、魔王に逆らっていた者。 「鍵の少女――その命を紡ぎとるのはこの私だ」  魔王は、その目に決意の光を宿していた。  狂ったようで、暗い光を――