【タイトル】  ライトファンタジー〜勇者と魔王〜 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【サブタイトル】  FILE15:目標物捕獲完了(第15部分) 【ジャンル】  ファンタジー 【種別】  連載完結済[全82部分] 【本文文字数】  7888文字 【あらすじ】  語られるは旋律、輪になって踊る道化師達の伝説。ある道化師は勇者の名を語り、またある道化師は魔王の名を名乗り。王道から成る、世界の真実をぶち壊す、ファンタジーストーリー 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************ FILE15:目標物捕獲完了 「あなたは――なぜそんなに悲しいの?」 ――わからない。 「あなたは――なぜそんなに強くなったの?」 ――わからない。 「あなたは――なぜ彼女が好きなの?」 ――好きだからだ。 「あなたは――彼女を好きになって――何を知ったの?」 ――わからない。 ――ただひとつ言えるのは。 ――私は彼女が死す今も彼女を愛しいと死んでいるということだ。 ――それ以外はわからない。 ――わからなくても、いい。  白狼側 「これが完成すると思う?」  私はふと我に返る。  私は自分を見ていた。  不鮮明な、ほとんどが空白に彩られた、記憶の再生だった。  彼女の声は、不自然なほどに鮮明で、彼女の姿は、あのころとまったく変わっていなかった。  あたりまえだろう。これは夢。記録された、本当ではない本当なのだから。 「君の技術は私と同等。 論理的には可能だろうな」 「もう……何を聞いてるのかわかってるくせに、焦らすのが白狼の悪い癖だな〜〜」  私は、彼女の怒る姿を見るのが好きだ。  もちろん本気で怒っている姿ではなく、頬を膨らませるかわいらしい怒り方のほうだ。  それは、私のささやかな幸せ。  私は自然に笑みを浮かべそうになるが、真剣な顔つきを装う。  彼女の言うこれとは、目の前に聳え立つ巨大な骨組み。  それは素人には仕組みすら理解できない、不理解な構造のもと、静寂を保ている。  彼女は一ミクロのミスも犯さず、完璧でいて、美しさをも合わせ持つ、最高の作品を仕上げようとしていた。  私の考えでは――不可能だろう。 「驚美はなくなるだろうな――それとともに、この創造物の心も」  彼女は、自分の作るもの一つ一つに心を宿す、魂を込める、私と正反対の人間だった。  私の作品は美を持ち、機能も最高だ。  だが――内からくる何か、そんなものが私の作品にはない。  私は天才。彼女も天才。だが、質の違う天才。  彼女のほうが上だと思えた、だが彼女は私のほうが上だといった。 『私は心を込めないと君と肩を並べることなんてできないもん』――そう言った彼女。  私はそのときこう言っていたはずだ――『私は技術がないと君と肩を並べて歩くことなんてできないのだ』と。 「それは、君の望まない創造物だろう」 「やっぱりそうか――うすうす気づいてたんだけどね」  彼女は悲しそうに笑ってくる。  私は、彼女が悲しむのは嫌いだ。  彼女は、悲しいときでも無理に笑う。  それはとても痛々しくて――でも私にはどうしようもできないことで――  私は無言で彼女を抱きしめる。  心理上の衝動を言葉で表せば、それは廃れる。  だから、私はただ彼女を抱きしめる。  彼女も抱きしめ返してくる。  彼女の白い髪が私の視界を埋め尽くし、彼女という存在が私の心を埋め尽くし――私はどうしようもなくバカになる。 「懐かしき記憶だ――いまから死ぬものへ渡すにふさわしい、幸せだ」  私は私に呟く。  彼女の、命を代償に作り上げた創造物が、その使命を終えて輝きを、その威厳を、あっけなく散らす。 「君が命をかけて創りあげたものだというのに――ゴミのようだ」  私は自分の言葉に悲しみを覚える。  私は、無機質に私を見る『やつ』をみる。  私の、無情にも正確で高性能な脳は、私の敗北を予測する。  だが、私に勝ち負けは関係ない。  私は許せない。  彼女のつくりあげたものを、その輝きを、あっけなく散らせたやつを。 「私は――彼女(イブ)の私(アダム)として、その生き道を感じなければいけなかった」 「なら――我輩は貴様(アダム)の最初の女(イシャ)として、貴様を堕としてやりたかった」  やつは私に振り返る。  私はその顔つきから女だと気づく。そして――機械(マシン)の人工生命体であることも。  神はアダムを眠らせ、あばら骨の一部をとって女をつくった。  アダムは女を見て喜び、男(イシュ)からなったものという意味で女(イシャ)――そんな神話。 「私は貴様を生み出した覚えはない」  私は、創造物に心を込めたことはない。  彼女は怒りに顔を歪ませた。 「そうだろう。我輩の姿は我輩が決め、魔王(サタン)に作らせたのだ。 だが、本質は変わらない――貴様の作った物である我輩は変わらないのだ」  私は彼女の言葉から推測し――驚く。  私の作った創造物のどれかが彼女であると――ありえるはずがない。 「心は持たされるものではない――すべての、神の恩恵を受けし物は心を持つのだ。 彼女(イブ)はそんなこともわからない、天才の中のバカ――」  やつの声が途切れる。  いや、私の聴覚に入らなくなる。  私の手によって轟音が鳴り響いたからだ。  轟音を起こしし双振りの剣は、白い刀身に押さえつけられる。 「咄嗟の反応にしては的確――それほどまでに彼女(イブ)の侮辱を嫌うか」 「当然だ!!」  月下鳳凰天駆・襲波  私の双振りの剣が、内に宿すテラ単位の魔力を瞬間的に全活動させる。  それにより生じた電撃が剣を焦燥の牙と化す。  私が剣を振り上げる。  空気の焦げる匂いが私の鼻を刺激し、剣の軌跡で起こるプラズマの炎が私の皮膚にわずかな焼ける痛みを与える。  双振りの剣は――炎の翼と化した。 「彼女の侮辱は私の侮辱。 そして私の侮辱は――死の成敗をもってして浄化される」  私の瞬が訪れる。  一瞬――私の巨大すぎる神の火(ウリエル)の聖罰は、半瞬経つことなく罪人に接触する。  二瞬――私の成敗は終わらない。駆けた私は罪人に生の地獄を見せるべく残酷となる。  三瞬――炎の軌跡が同時に三十、罪人を交点に宙に生まれる。  四瞬――私の時間が終わる。  やつの肉体が燃え盛り、私の視覚に赤の花がゆらゆらと舞い、私の聴覚に細胞の燃焼音が届く。 「この程度の攻撃――そんな善偽はいらぬ」  私の言葉とともに、炎がふっと消える。  燃やされたやつの擬似人形の肉体には小さな絆創膏程度の傷が――あったが消えた。 「瞬間再生――ではなさそうだな、あの芸術は魔神や堕天使にしか描けぬ」  魔神の瞬間再生は特殊。  肉体がミクロ単位ですらなくなって消滅しても、空間を食いちぎるようにして復活する。  あれは――平行世界の無数の自分を、ひとつの自分で定着させているということなのだろうか。  この世界で消えてなくなったとして、「別の時間」の自分に乗り移り、元の世界にもどる――  「別の時間」の魔神は消えることになる。つまり「いたはずの魔神がその時間から消える」  それは矛盾となり、やつの未来を根絶やしにするということになる。  まだまだ未知だ。 「きさま――イシャはさきほどコアのエクサ単位の魔力を取り込んだはず。 機械(マシン)を利用してコンマ単位で回復魔法をかけ続けているということか。 まるで不死だ」  エクサ単位の魔力――ゲム的に表せば九十九万九千九百九十九以上の魔力だ。  回復魔法は何千回以上かけることができるだろう。  エクサとは――B(バイト)においてK(キロ)M(メガ)G(ギガ)T(テラ)P(ペタ)よりうえの、膨大なもの。  はっきりいって未知数、無限ともいえる。 「我輩はあなたを愛しいと思うがゆえに――貴様が憎らしい」 Σ(シグマ)というサバ、最上級Ω(オメガ)、低級Δ(デルタ)の間になる、力の域。  弾丸の威力もこの三つで表される。  ただ単になんの変哲のない弾丸が域外だとしたら、魔力弾がΔ(デルタ)。範囲散弾が Σ(シグマ)と顕す。極太極光弾がΩ(オメガ)とされる。  Ω(オメガ)の弾は数少ない最強の弾。砲台から放たないと反動で死ぬこともあり、Ω(オメガ)の弾を撃った銃や砲はその命を絶つ。  だが、そんな常識は彼女に粉々に破壊されることになる。  彼女の右腕に高純度の魔力が凝縮され、固形となる。 「Ω級の弾丸を…………精製したのか」 「あなたを壊すことに、我輩は全力になろう」  やつの手中が私に向く。  オメガサイト・グレネード  魔力が形成した球体が炸裂する。  私は闇雲に飛び出した。  私の真横と思えるほど近い、極光の閃きが私の視界を埋め尽くし、爆ぜた。  爆風が私に牙をむき、爆音が私に時間の刻みを忘れさせ、爆撃が私の平行を崩す。  気づいたとき、私は地に伏せていた。  気づいたとき、この劇はまだ終わりを告げてはいなかった、空しく宙を焼く極光が私の視界を焼く。  劇の終了は、それから数秒してからのことだった。  リュークス側 「ここだ……」  サクラが呟く。  俺の目の前には、いくつもの奇晶が等間隔で並べられていた。  台のような物、板のような物、中が刳りぬかれた大剣の骨組みのような物――  そのなかで、俺は目当てのものを見つけた。  赤のペイントが施された、バイクに双翼を付けたような物。  それは青、黄、緑、黒、白、全部で六機置かれていた。  サクラはきょろきょろと視線を動かし、それに触れる。  すると、部屋が赤い光に照らされ、甲高い音が鳴り響いた。 「やっぱりトラップがあったか」 「わかっててふれたのかよ!!」  俺は白銀の長剣を抜刀(ばっとう)する。 ……シンニュウシャカクニン……ハイジョシマス……  頭上に、黒金の装甲を持つ機械人形があらわれる。  瞳はひとつ。その輝きは無機質に俺を射抜く。  片手に握られた漆黒の砲が俺に向けられる。  俺は飛びずさった。  俺のさきほどまでいたところに、雷撃が落ち、地面を黒く炭化させる。  だが、その地面は一瞬にしてもとにもどった。 「リュークス君、伏せて!!」  俺は瞬時に屈む。  頭上を駆けた炎の球弾が俺の髪を数本焼く。 「量産型インデグ――その愚かさを呪おう!!」  炎の球弾はインデグと呼ばれた機械人形にぶち当たる。  だが、その装甲は敗れない。  俺はインデグの注意がサクラに向かっているのを機に、インデグの背後に回りこんだ。 「はっ!!」  俺はインデグの脇を抜けるとともに斬撃を放つ。  インデグの巨体がわずかに揺れる。 「もういっぱつ!!」  俺は突き刺すように長剣を伸ばす。  インデグは屈んで、それを避けた。  俺は剣を引き寄せずに、体を捻るようにして腕ごと振るった。  インデグの頭部に剣がぶち当たり、鈍い音を響かせる。  インデグの水晶でできた瞳が光をなくす。  俺は片手を突き出し、極限まで開いた。 「空間よ――処理を!!」  俺は握りこむ。  動かないインデグの間近に、空間の口が開く。  それは口を開き、口を突き出し、空気を震わせるほどの吸引力でインデグを引き寄せる。  インデグが、紅のオロラが漂う空間におち、口は閉じた。  空間はもとにもどったのだろう。 「時空操技がうまくなってきたね」  サクラが俺に微笑みかけてくる。  だが、すぐにサクラの視線はバド・シェイルにうつった。 「どうやって運ぼうか……」  俺はサクラの言葉に絶句する。  よく考えればわかることだった。これを運ぶ手段がまったくない。  二人乗りをして最低でも二つは運び出さなければならない。  搭乗して外まで爆走しても良いが、燃料がなくなることもありえる。  そのとき、俺は赤いバド・シェイルのうえにスツケスがあることに気づく。  サクラは俺の視線を追って、スツケスに触れた。  黒い、何の変哲もないカバン。重さはないので中身はないようだ。  サクラがカバンをノックする。  軽い音がした。 「ただのカバン――ではなさそう。 革じゃないし、超科学の道具かも」  サクラはそういって、カバンをいじくり始める。  ふいに、カバンの留め金がはずれ時計回りに動き、振り子のように宙をぶらついた。  カバンが開け放され、なかの空虚な空間がバド・シェイルを飲み込む。  すると、時計回りに留め金が動き、錠をする。 「へぇ……これがこの道具の用途か、ここにおいてあったはずだ」  サクラは満足したように笑みを浮かべ、カバンを抱きかかえるようにした。  もちろん、おれにはどういうことかわからない。 「バド・シェイルは手に入ったから、はやくでよっか」  サクラは俺の心配をよそに、スキップをするように飛び跳ねながら部屋を出ようとして――  ……シンニュウシャカクニン……ハイジョシマス……  −−でれなかった。  黒金の人形 HM−13 量産型インデグが五体、その目を妖しく光らせて立ちふさがる。  サクラは乾いた笑い声をもらすと、一歩下がった。 「いま――両手ふさがってるんだよね……」  サクラの動きとともに、インデグ五体が同時に銃口をサクラに向けた。  俺は片手でサクラを抱き寄せ、長剣を構える。  剣先をインデグに向けて、だ。  五つの雷撃が青白い閃光を放ち、空を裂き進む。  俺の直感が死を感じると同時に、俺はそれをなぎ払うように剣を振るう。  淡い光の斬跡が、雷撃と同じ光で疼き、雷撃とぶつかり合い、宙で停止する。  俺は雷撃の集束球を、全力で打った。  斬撃で弾き飛ばされた球は、インデグをすべて突き破り、大破した。 「ははは……大胆だねぇ……」  俺の腕の中でサクラが頬をほんのり赤く染める。  俺がサクラを離しても、サクラは気まずそうに目を背けたままだ。  俺が声をかけようとしたとき、遠くからはっきりとした爆撃音が響く。  それはこの部屋の入り口に波動を広がらせるほど大きな魔力の痕跡。 「――ボクはいちどもどるよ」  サクラはそういって、部屋の外にある右の通路に視線を送る。  俺は軽く頷くと、サクラに振りかえらず左の通路に足を向けた。  そのころセレたちは……  フレイアが戦況を覆さんと、魔力の極太線を三つ同時に放つ。  空間を突き抜ける魔力を、魔神は片手で払う。  三つがそれぞれ上、左下、右上に落ち、爆発音を響かせた。  そのなか、音もなく魔神の背後に回りこんだセレが、拳の連打を放つ。  背後の結晶は三つに分かれ、壮大でグロテスクな音を響かせて魔神に突き刺さる。  だが、魔神は気にした風もなく結晶に触れる。  結晶が黒く染まり、粉になって宙に消えた。 『運命はつらいな……人が神を超える奇はありはしない。それでも抗い続ける者は素晴らしく――無残に絶望を知ることとなる』  魔神は、フレイアの極太線に酷似した魔光を放つ。  それは魔に堕ちた神にしか扱えぬ、闇のなかの光。ヴェノムを超えるもうひとつの絶望魔。  破皇獄絶集掌魔 「なんて闇……魔物の比じゃない!!」  フレイアは十字架をひしと抱きしめた。  フレイアを守るように、十字架は『自らの意思で』光の防の陣を張る。  絶対防御・覇光陣  天の名を顕現した魔力は、真の神の一部を君臨させる。  紫と水色に彩られたその神の君臨は、魔の神の予想の域。  神の部位は――防の片腕。  ひとを、創造物を、世界を、そして自分を守るべく、その言葉自体を顕現させた《絶防腕》は摂理を歪ませた絶対を起こす。  だが――その絶対を破る絶対も、ここに存在した。  それは、残酷冷徹な殺戮の死神笑いを浮かべ、絶対に等しき絶対を起こす。  魔神の起こしし絶対は――《絶防腕》に対を為す、仁義無き無二の片腕。  裏切り者(イリガル)を、害となる創造物の成れの果てを、狂いし世界を、浄化せし正しき破壊の腕。  絶対破壊を顕現させたその命(みこと)、魔神という裏切り者(イリガル)が使うとは皮肉な運命である。  ふたつの、同じ神から顕現されたふたつの部位が激突する。  同じ刻の顕現が許され、対を為す絶対の防と攻が衝突する結果、それは……  −−静寂  結果だ。  これが結果。  魔神にも、フレイアにも傾かない、完全停止。  そして、限られた刻が終わり、神はその領域へと還される。  神を呼び出す禁句は、その契約者の力量を対価とされる。  その対価を重く背負ったのは――フレイアだった。 「ぐっ!?−−――がっ」  フレイアは、痛み軋む自らを抑える。  それは、戦闘中だということを忘れさせる、絶叫物の痛感。  魔神はフレイアに冷たく言い放った。 『笑止――神の部位の具現。その対価――貴様に耐えられるものでは、禁断とは呼ばれぬ。 全知(ゼ)全能(ウ)の神(ス)は軽はずみに呼べるものではないのだ――それが、たとえ虚偽であったとしても』  魔神は終止符を打つ。  痛みにもがき苦しむものに、解放の死を与える一手。  それは極限まで引き上げられ、保たれ、その存在をより現実になじませた、神の一手。  セレは瞬で魔神を弾き飛ばそうと拳を放つが、自分が弾き返されたと二瞬で気づく。  セレの体が地面を抉り、砂煙の柱が立つ中、魔神の最終にして最凶の闇が解き放たれようとして―― 「笑止――君が舞台に上がるなんて、今度は狂言でも披露してくれるのかい?」  ――爆ぜた。  魔光の巨域が一瞬にして崩壊した。  それは真なる光。季節を統べし四大天使(ラファエル・ウリエル・ミカエル・ガブリエル)をも超える、始原(イデア)に相当する異分子(イレギュラ)な精霊桜。 「どうしたんだい、ボクの顔を忘れたなんていわないよね、恐怖の天使(イロウエル)の魔力と同波長の――君が、ねぇ?」  −−さらに爆ぜた。  それは魔神の死を予告する、魔神の肉体を完膚なきまでに砕け散らした、桜色の爆ぜ。  魔神は生き地獄を見ながら、感じさせられながら、自らの特異によって現実の世へと生還する。 「これは警告だ――」  五つ以上の爆ぜが同時に起こる。  魔神は今一度、肉片に化す。  そして、また生還する。  魔神は目の前の、自分を超える恐怖に恐れ戦(おのの)く。 「我が前から失せよ――腑抜けの神」  黒き魔法衣を纏う、魔法使い――黄色いツインテルのサクラ。  彼女は三対六翼をひろげ、天使となる。  すべてが桜色にペイントされた――『オル・エレメント』に宿りし精霊王。  その名は―― 『鳳桜――貴様と踊りたかったのだ。私はこれを望んでいたのだ!!』  魔神は先ほどまでの尻込みさを微塵も感じさせず、狂喜する。  その狂喜に比例して、漆黒の闇が唸るようにあふれ出る。  それは空間を犯し、拡大する。  闇の増幅に半比例して、サクラは氷のごとく冷え切った目で闇の侵犯を阻止、どころではなく、完膚なきまでに消し飛ばした。  魔神が今一度黄泉へと渡り、奇怪で這いずり戻ってくる。  フレイアは幾分か和らいだ痛みから一割の意識を途絶え、二人の無言の交戦をその瞳に映す。  だが、思考の余裕はない。 「サクラ……さんっ!!」  地面から弾かれるようにして跳びだし、その勢いを利用せんと拳を振り上げたセレ。  それは、傷ついてなお、高速の域を超える音速。  だが――魔神にとって、それは所詮負傷者の鈍き行動。 『私は貴様との人形劇を望んではいない――』  バベルの発するは神人境界 それは知らしめとして傷跡を残す  愚かなる人間は神力を欲す 我は神として境界を知らしめるであろう――                                  人華呪散  神の、人間とは桁外れな力が、神に牙を向けし愚か者を飲み込まんとその口を開ける。  それは唐突に現れた、人外の異形。  黒き異形に逃れる術はなく、セレの脳裏に死が浮かぶ。 「ボクの仲間を傷付ける――それがそんなに楽しいかい? それともボクと対峙できないほど弱虫な神なのか、君は?」  闇が吹き消える。  桜の花びらが突如に舞い、戦闘不可のセレを陽気に包み込む。  セレに訪れるのは膨大な安心感と――回復を欲する肉体の睡眠欲。  セレは抗うこともできず、深い深い眠りへとその心を沈めた。  途端に、セレの体が重力にしたがって舞い落ちる。  はらりと、数瞬遅れて浮き上がり、うねる様にして落ちる髪は、地面にも、セレにも触れない。 「お疲れ様……」  セレの体を抱き上げるサクラは、小さく呟く。  どれだけの騒音にも、絶対に起きないような呪をその身に受けたセレ。  この戦闘を知ることはないだろう。 『さあ、ともに演じようか――』  魔神は自らの仮面を剥ぎ取る。  その中で渦巻く赤銅の傷跡は、今も酷な紅い光を滲み出している。  薄暗い、腐敗した紅の片翼がその巨体をもちあげる。  まとう魔力は目に見えるほど密集し、有色に――深青になる。  魔力は深い青の花びらを舞わせた。  二人の間で舞う、ふたつの花びら―― 『二色の桜舞う、最高の最終劇(クライマックス)を!!』  黒く瞬く光と、白く瞬く光が、お互いを塗りつぶそうと爆ぜ、その光の創造主はぶつかりあった。