【タイトル】  ライトファンタジー〜勇者と魔王〜 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【サブタイトル】  FILE16:魔神の絶望最終曲(第16部分) 【ジャンル】  ファンタジー 【種別】  連載完結済[全82部分] 【本文文字数】  6220文字 【あらすじ】  語られるは旋律、輪になって踊る道化師達の伝説。ある道化師は勇者の名を語り、またある道化師は魔王の名を名乗り。王道から成る、世界の真実をぶち壊す、ファンタジーストーリー 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************ FILE16:魔神の絶望最終曲 「まだ……私は生きているようだな」  視界がある。  それはつまり私はまだ現世にいるということだ。  私の視界には、無傷の魔剣が私を急かす。  私はそれに答えるべく立ち上がろうとして――驚愕した。 「私の体は――限界なのか」  腕は無傷。  足は反応をみせない。  足がなければ機動力が極端に落ちる。 「衝撃波で――この威力」  当たっていたら、私はいまこの場にいることさえ叶わなかっただろう。  私には、腕での移動方法が保存(インストル)されている。  戦闘は可能だ。疲労はひどくなるが。  いまのダメジを考えれば長期は不可能。  だが、私は壊さなければいけない。  それが――彼女の、私に与えてくれた最後の言葉。私が彼女にした最後の約束だからだ。 『私は――この創造物を不完全なまま作動させることなんてできない』  そう言った彼女を、私は止めることはできなかった。  いや――止めることは叶わなかっただろう。  私は、彼女の信念を理解している。  そして、私は彼女を理解している。  だが……一言だけ弱音を吐くべきだった。  私の弱い心の思うことを彼女に伝えるべきだった。  『もしも』伝えていたら――彼女は私に振り返ってくれただろうか。 「答えは――NOだ」  彼女は私にこう言うだろう。 『【私】をよろしくね』と――  そして、やさしい笑みを見せただろう。  私は腕を持ち上げる。  双振りの魔剣を、この世に顕現することを断念し、今一度我が内部へと収納する。 「血迷ったか――我輩は、そのように落ちぶれたあなたを見たくなかった」  私の眉間に、冷たく無機質ななにかが当てられる。  私は死の恐怖も、生への執着もおぼえない。 「私は落ちぶれたつもりはないがな」 「――恋に染まる前のあなたは、あんなにも輝いていたというのに」  私は、私に触れる無機質に魔力の集束を感じ取る。  私は動く。 「ならば――私の【今】を見てみるがいい!!」  私は片腕を地面に打ちつけ、浮く。  そのまま、もうひとつの腕をイシャにしならせる。  イシャは両腕を交差させ、私の打撃を防いだ。  同じ、最強の機械義腕のぶつかりは、膨大な力を生む。  魔力活動の時間を与えていないので、イシャの腕の耐久は私と同等だろう。  私は、私の腕が弾かれると同時に、地面につけた手をイシャに振るう。  その手には、魔剣【紅夜】が。  私が地面に落ちていくことによって剣先がイシャに深くのめり込む。  イシャの肉体のケブルの幾分かを切り裂いて、剣は進行を止められた。  私は咄嗟に、剣を通してプログラムをイシャの深層精神に流し込む。 「がっ!!」  私は地面に落とされる衝撃に、呻きを洩らす。  私の剣は放電にあい、腕はショトした。  自己防衛システム。自己回復システム。そのふたつが私の最後の攻撃手段を失わせる。  イシャは停止することなく、切り口を押さえている。  切り口からのぞくケブルが純度の高い魔力を稼動させ、切口をナノマシンで瞬間回復させたようだ。  イシャが手を離すと、切り口は跡なく完璧になくなっている。 「……醜いあなたは、見たくない」  イシャは悲しそうに呟く。  醜いといわれて――私はなぜ微笑むのだろう。  イシャ……私の創造物の心に嫌われれば嫌われるほど、私はべつの私になれるような気がする。  今度こそ――心を込めた創造物を―― 「……あなたが彼女(イブ)を見続けるなら、我輩は……」  イシャの腕に集束される魔力。  それは極太に凝縮された、鈍い光の光双剣となる。  イシャは飛び上がると、剣先が地面に触れるか触れないかの高さで剣を下から振り上げた。  私の視界に光の凝縮体が迫り――弾け飛んだ。  双振りの剣が左右に流され、イシャのもとにもどる。  私の前に立つ、剣を振り切ったままイシャをにらむ少年。  彼の持つ白銀の長剣が清らかな光を淡く宿している。  少年は剣を舞わせ、手元に戻した。  その動きには、光の残像が付き従う。  私は彼を知らない。だが、心当たりがある。  最強の剣技と四つの精霊、そして時の精霊の支役を受ける最強の魔剣士―― 「勇者、か……」  私は、とんだもの助けられたものだ。  だが――これで時間は稼げるだろう。  彼は歩みだした。  リュークスは剣を逆手に構える。  剣が百八十度ほどの円形残光を尾に引いて、揺らめくようにして収まる。  おぼろげな、光の白銀の長剣。それが彼の得物(えもの)。  リュークスは残像を揺らめかせ、飛び上がった。  リュークスの眼前にはイシャの後姿が映る。  白一色の、メイド服の装束。  イシャの無機質な艶消しブラックの双眼が、そのなかで瞳の変わりにリュークスを追う機械のカメラが、リュ−クスを掴むことはなかった。  だが、リュークスが剣を振るったとき、イシャはぎりぎりリュークスの射程外に回避していた。  リュークスは振ったあとの、イシャに剣先が向いたままで、イシャに突進する。  イシャは振り返っており、彼女の白側に傾いた灰色の髪が、彼女の人工とは思えない人間らしい肌が、リュークスの視界に映る。  剣がイシャの服の繊維の幾分かを切り落とし、突き抜ける。  リュークスはすぐさま手を逆手からもどすと、隣のいるイシャに振るった。  イシャの両腕に押さえられるが、両腕を覆う布が吹き飛び、鉄(くろがね)の皮膚があらわになった。  イシャはリュークスに距離をとるように魔力爆発をおこし、宙に浮かぶ。  リュークスは苦もなく地面に降り立った。 「その腕――貴様は機械化人間か……?」 「人工生命体――魔王様に付き従う『闇の娘』だ」  リュークスの目が鋭くなり、イシャの視界から消える。  イシャは魔力をフル活動させ鋭敏になった五感と気配読みの第六感。機械としての瞬時な索敵(さくてき)でリュークスの位置を割り出した。  そのとき、イシャの体が『く』の字になって地面に叩きつけられる。  痛みを感じないイシャは瞬時に自らの上を見上げる。  腕を伸ばしきり、剣を舞わせた、上半身をイシャに向けたリュークスが、イシャと目を合わせる。  リュークスは重力にのって、イシャに向かっておちていく。  イシャは両腕をリュークスに向けた。 「万象を司りしマナの神々よ……」  イシャの両腕に、イシャに保存されたエクサ単位の高純度魔力(マナ)が集中する。  両腕が雷撃を纏い、球体を生み出した。  ボルト・ラミエル・オメガヴォルト  紫電をなかで暴れさせた球体は、空間を焦げさせながらリュークスに向かう。  その球体は生身で受けるには荷の勝ちすぎる威力をもっている。人など簡単に吹き飛ばされるだろう。 「消え去れ――勇者よ!!」  リュークスは剣を振り切った体勢のまま動かない。  球体の周りにできた、薄い電磁波の場にリュークスがはいると、リュークスはそれを合図にしたかのように動いた。  一動作――それだけでリュークスはその場を凌いだ。 「ッ!!」  リュークスは目を見開き、両腕の動きを閃光にする。  斬撃が剣の元から離れ、球体を側面からたたく。  球体が強打で歪み、リュークスの脇を抜けた。  リュークスが、まだ地に伏せるイシャに仁王立ちする。  剣は両手で逆手持ちし、イシャに剣先が向けられる。  剣がイシャに迫り――刺さることはなかった。  巨大な、魔力同士のぶつかり合いで起こる、物体を通り抜ける波動が、リュークスの体勢を崩すどころか、吹き飛ばしたのだ。  リュークスが、転がる勢いを利用して片手で立ち上がったとき、イシャはすでに体勢をもどしていた。  リュークスは舌打ちすると、魔力波の根源の方向を盗み見た。 「さくらの『鳳桜』がひとつとして――もうひとつはなんだ? 『鳳桜』と似た力――大天使(アクエンジェル)ではないようだが……」  リュークスの姿が吹き消える。  雷撃がリュークスと、その進路上の地面を襲ったのだ。  だが、雷撃が消したのはリュークスの残像――本物はその横に移動していた。 「あっちはあっちだ――手は抜かない」  リュークスは長剣を握る手を強くし、言い放った。 『私は幸運だよ、貴様との演劇を楽しめるのだからな!』  魔神の両手の間に、深き青の魔力が集まる。  形成されるのは、同じく深き青の神槍。 「『魔蒼桜』−−その力、まだ不完全か」 「だが、貴様との戦いで演じ(ロルす)る役に、支障はない!!」 「そうかい――なら、完膚無きまでに叩き潰そう!!」  サクラが両手を空に挙げる。  その手に重みが生まれ、手でなにかを掴んだサクラはそれを思い切り引き抜いた。  手に現れるのは、桜色の刀身に紅い宝玉を埋め込んだ大剣。 「これは『鳳桜』の力ではなく――ボクの編みあげた力だ!!」  サクラは、消える。  魔神の肉体が一刀両断される。  サクラの持つ大剣が、地面を波立たせた。 「この剣に切られたものは――その細胞全てが炭と化すまで燃え盛る」  魔神の右半身と左半身が、二瞬で燃えきった。  燃える一瞬、燃え尽きる一瞬――そのどちらかよりもはやく『それ』は始まった。  時空超越再生呪の刺青――魔神の持つ偽似不死の能力。  魔神の勝利の女神となる、その力は瞬間を越えた速さで発動する。  サクラは大剣をすぐさま持ち直し、その場を跳び去った。  罪深き闇の永久(とこしえ) 闇の六砲殻  サクラの居た場の周囲から、漆黒の闇がものすごい勢いでサクラの居た場を飲み込んだ。  その闇は獲物を捕えられなかった怒りを顕す間もなく、小さな渦になり、粒になり、消滅した。 「なら――貴様の全力、曝け出してやろう!!」  無傷で黄泉より這い上がりし魔神は、深き青の桜を散らせた。  それは所詮、『魔蒼桜』の顕現の証。  その力がいま、解き放たれる。大天使(アクエンジェル)  破皇獄絶集双掌魔  魔神の両手に魔光が灯る。  それはふたつの巨域を創り出し、ひとつの魔光柱となった。 「これは――闇の聖域(ダク・サンクチュアリ)の顕現――!?」  サクラは大剣を突き出し、神の炎(ウリエル)を呼び寄せた。  呼び寄せたといっても、その存在をではない。  ウリエルの力を呼び寄せたのだ。 「甘いっ!!」  魔神は神槍を突き出す。  闇の渦が巻き起こり、神の炎(ウリエル)を打ち消した。 「恐怖の天使(イロウエル)の力と神の命令(サリエル)の槍と魔蒼桜の――同時融合発動!?」 「サリエルは貴様の鳳桜の眷属ではない――私が扱える力だ!!」  闇の聖域(ダク・サンクチュアリ)がその効力範囲を広げる。  サクラはその巨域に飲み込まれた。  静寂――魔神は勝利に酔わず、なにかを見ていた。 「………………まだ、この劇は終わらないようだな」  唐突に。  闇の聖域(ダク・サンクチュアリ)の一部が、桜の聖域(サンクチュアリ)に取って代わる。  その聖域で、片手を挙げる少女――サクラ。 「……遊びはここまでのようだね」  聖域を顕現させることを、遊びといえる実力者。 「私は魔蒼桜を完全開花できてはいない。 だが、それを補う力が私にはある」  魔神がサクラに向かって突進した。  サクラは、魔神を睨んで、拳を振りかぶっている。  サクラの背で桜色に輝く六枚翼は大天使(アクエンジェル)の証。魔神の深き青色に輝く片翼は迫害されし神の証。  ふたつの力は対峙し、ぶつかりあった。  二色の桜の花びらが――舞った。  サクラが血を吐き出した。  ドス黒い、液体状のそれは、地面に滴り落ちる。 「貴様……なにか、大きなものの創造をしたようだな。 例えば――神にしか持てぬものの創造」  サクラはふっと笑う。  サクラの視線は、前にいる彼を睨んだ。 「他人のことより、自分の心配をしたら? ――半身がなくなったんだから」  サクラの両手は、血に染まっていた。  サクラの両拳は、なにかを貫いていた。  そのなにかとは――人ならざぬ魔神。 「この状況……あのころを思い出さないか、鳳桜よ」 「ふん、思い出したくもないわ」  サクラの声が、口調を変えて魔神に返ってくる。  魔神は遠い目をした。 「あのとき――彼女はなぜ死んでしまったのだろうか?」 「……」  サクラ、鳳桜、口をつぐんでいるのはどちらであろう。  どちらであっても、ふたりが思い出しているのは同じことであった。              ◆◆ 「なぜ……私は生きている?」 「私が生かしているから、でいいかしら?」  魔神は伏せていた。  魔神の胸には、二つの再生しない穴が空けられていた。  白き聖魔術士に抱えられて。白き聖魔術士に見つめられて。  白き聖魔術士は女性であった。  ほのかな茶髪が魔神の目を魅了する。 「なぜ……貴様は……私を生かしている」 「気まぐれ……ではないんだけどね」  彼女は痛々しく微笑んだ。  魔神は、なぜかそれをみて、自分も痛々しい気持ちになったのだった。 「いまあなたを倒してもどっても……なにかいいことがあるのかなぁとかおもってね」 「……」  魔神にとって、それは驚愕の言葉。  人々を恐れさせ、魔王のかわりにこの世界を消そうとした者に、躊躇している。  それは、魔神にとってうれしい言葉ではなく、なぜか悲しい言葉であった。 「帰っても――兄さんは――私の勇者様は私に微笑んではくれない。 ほんとにあそこにもどれるのか? って、おもっちゃったりね」  彼女は、今となっては手の届かないものとなってしまった彼の心を思い描いた。  彼の心は、魔王との終戦(アポカリプス)以来生贄の少女に注がれていた。  すぐ側にいる恋人のことも忘れて―― 「もう――疲れっちゃったな。 あなたに殺されたいよ」 「……」  魔神は、自分の心のなかで渦巻く言葉を吐き出せないでいる。  それを言えば、この演劇の役付けが壊されてしまうから――  自棄の、彼女は魔神に話しかけていることを苦とせず、戦闘で荒地となったこの場を眺めた。 「――と、話が長くなっちゃったね」 「……」  魔神は真剣な目で彼女を見る。  彼女の真意を知ろうとするかのように。  彼女は桜色のオブを掲げ持った。  魔神の体を、一筋の光が照らす。  それとともに、雨のように桜の花びらが舞い落ちる。  魔神の体が埋め尽くされ、永久睡眠状態(ロック)に移行される。  魔神は最後まで彼女に微笑まれていた。              ◆◆ 「なぜ封印したのか、彼女になら私は消せた」 「……」 「だが、その理由も今ではわからない」 「……」 「彼女の心は――彼女にしかわからないのだから」  魔神が、サクラから吹き飛ばされる。  サクラの両手に顕現される魔力の弾丸が、魔神に多くの血を流させた。  魔神は宙で目を閉じ、起き上がり、サクラを睨み見た。 「私はまだ負けてはいないようだな。 彼女は私に傷をつけた。この者は私に傷は付けられない。 似ていたのはシュチュエションだけ。 サクラは――彼女ではない」  魔神は、両手を交差させる。  手の残像ふたつが交差したとき、闇が生まれた。  それは、サクラに迫る。  連続で、魔神は両手を極限まで開き、豪快に音を響かせながら合わせた。 「私は――こんどこそ全力だ!!」  サクラは、二撃目にくる技の威力を感じ取り、目の前の闇を無視して突進した。  突進したときの余波で闇は消え、闇に包まれ隠されていた神槍がサクラを妨害する。  サクラは一瞬、神槍の妨害除去に時間を使い、それが仇となって、魔神が二撃目を開始した。 「さあ、はじめよう――君と私の殺戮劇(グランギニュル)を!!」  そして、顕現されたのはひとつのブラックホル。  その数は見る間に増え、五つ以上で数えるのをやめる。  魔神はそれを両手で押し込み、サクラのいる地上へと放った。  その姿はひとつの雫にみえる。  だが、サクラは結界を十二重以上にも張り巡らせ、鳳桜の羽をその身に絡めた。  雫は滴り落ち――生まれたのは絶望の複重奏。  |絶望魔曲・世界終局告死魔球連爆滅(ブラックホル・ビッグバン)  幾重もの絶望が奏でられ、大地は闇に染まる――  絶望を撒き散らす、恐怖の魔神はその絶景を残虐な笑みを浮かべて眺めた――