【タイトル】  ライトファンタジー〜勇者と魔王〜 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【サブタイトル】  FILE19:蜘蛛糸のような希望(第19部分) 【ジャンル】  ファンタジー 【種別】  連載完結済[全82部分] 【本文文字数】  5838文字 【あらすじ】  語られるは旋律、輪になって踊る道化師達の伝説。ある道化師は勇者の名を語り、またある道化師は魔王の名を名乗り。王道から成る、世界の真実をぶち壊す、ファンタジーストーリー 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************ FILE19:蜘蛛糸のような希望  あのころは、過去でしかない―― 「よわっちぃ人間。俺たちの餌!」  廃墟と化した砦。  静寂が治めるその場で、はしゃいだ声が響き渡る。  魔物――  紅い長爪がきらめき、血肉を舞わせる。  その生贄は、数人の人間。  間引きされた、国民の一部。  魔物の餌とも呼べる。 「いや……だれか助けて!!」  少女が悲痛な叫びをあげる。  その声すらも、魔物を喜ばせる。  魔物の爪が、少女に振り下ろされる。  少女が死を間近に感じたとき――なにもおこらなかった。 「貴様――人間のくせにぃ!!」  そんな叫びが聞こえる。  魔物の爪を押さえたのは一人の青年。  青年のもつ、光り輝く剣が爪を押さえていた。 「手薄だな。まあ俺たちにとってはこの上なく嬉しいことだが」  青年は軽々と魔物を抑えたまま、砦を観察した。  魔物は力の限り爪を押し続ける。  その顔は、気持ち悪く歪んだ。  青年は魔物に視線をうつして、一言放った。 「もう死んでるんだけど――なにしてるんだ」  刹那――  魔物の全身が流血した。  魔物はゆっくりと後ろに倒れる。  青年は剣をもったまま、砦に近づいた。  すると、青年のまわりに闇の霧が立ちこみ、十数体の魔物があらわれる。  間引きされた国民は嘆き始めた。  少女は呆然と青年をみている。  青年はにやりと笑った。  魔物はそれを合図に、青年に襲い掛かる。  だが――五秒もなかった。  青年の剣がつくる残光が舞うなか、魔物は一体残らず消えうせる。  青年は一歩も動いていない。 「最下級魔物は、手こずる暇もないな」  青年は剣を鞘におさめる。  唐突に、光が消えうせた。  間引きされた人々が息を飲む。  青年はそんなことなどどうでもいいというように、ただまっすぐと砦を見ている。  俺はここまで来た――  青年のそんな呟きが、数人に届く。  青年はゆっくりと歩んで、砦を越えた。  そのさきに待つ闇と絶望を、恐れもせずに―― 「……来たか」  闇の間。  そこは、魔王が腰をおろす場所。  魔王は閉じていた目をゆっくりと開いた。 「一人か、聖女はどうした――いや、すでに聖女も領内にひそんでいる。 なら、勇者は力を使ったのか」  魔王の独り言を聞くものはいない。  魔王はさらに続けた。 「天使。桜天。ともに潜伏中。まだ見つからない。ここまで、私の闇は濃度を高めているというのに、だ。 そして、勇者がその力を使いこなしているとすれば――やつは、二人の居場所を把握できるはず」  魔王はそう言って、三つの闇光を掌握した。  そして、ゆっくりと手を開き、《世界》へと落とす。 「さあ。抗え――決戦に等しき序章を創って見せろ」  魔王の残虐な笑い声を聞く者はいない―― 「ここがあのときの――お前たちと来たときとは大違いだな」 『うん……すごく寂しくなってる』  青年――リュークスは眼前に広がるものを、観察するように見た。  壊されてはいない。だが、すたびれた感じを思わせる。  光が無いから――だろう。  リュークスが話しかけるのは、精神階層に納められた、ひとつの人格(ベルソナ)。  その人格は、男のものではない高い透き通った声を、リュークスただ一人に聞かせた。  リュークスは空を仰ぎ見る。  黒い。  雲がでているわけでもないのに、ただただ漆黒に染まっている。  『永遠(とわ)の絶望夜』とよぶものもいた。  国にはいるまで、短いようで長かった。  国の位置を知る、体力の回復――それに一日をかけた。  俺たちが行き着いたのは、ひとつの大きな家。  そこには、一人の紳士的な男性が住んでいた。  まあいい。そんなことは今思い出す必要はない。 「フレイアはいないようだな」 『うん――いないね』  前に一度、拠点としていたフレイアたちの住居。  両親はいないのは、前と同じ。  聞いてはいけない事情もある。  死んではいない、ようだが――  俺は、まったく掃除のされていない街をもう一度眺めた。  やはり、人の気配が無い。  それとともに、活気がない。 「さて、目星はほかにあるか?」 『ん………………ん〜』  俺の脳裏に、首をかしげるあいつの姿が浮かぶ。  あいつは――セレ。  セレには魔力の温存をしてもらっている。  俺はなんとか勇者の力のひとつを活用し、『被契約者』を収納することをできるようにした。  そして、俺はもうひとつのことをしった。 「フレイアの『鼓動』はまだ小さいな……」  【被契約者】との距離を知ることができるということ。  だが、完全な場所特定はできなかった。 「どこかの廃墟に隠れてる可能性も――」 『弟君、くるよ!!』  俺はセレの声を聞くと同時に剣を抜いた。  閃光が辺りに広がる。  剣の刀身が見えないほどのルクスを放ちながら、輝剣が光臨した。  光の領域と化した光界顕現戦闘区域(ルクス・バトルフィルド)に、半瞬遅れて魔の異形が召喚され る。  異形の姿は白い鋼のような鬣をもつ狼。  だが、二足歩行であることと、巨腕であることからゴレムとのキマイラであることがわかった。  それの纏っている煙のような闇が一瞬にして霧散する。  俺はゆっくりと、力のほとんどを失ったであろう異形に歩み寄り、一刀両断にした。  その姿も、この光界顕現戦闘区域(ルクス・バトルフィルド)によって霧散させられる。  俺は剣をしまった。  同時に、展開していた光界顕現戦闘区域(ルクス・バトルフィルド)が消える。 「これは小手調べっていうやつか?」  俺は後ろにいる闇に話しかけた。  俺は振り返る。  闇は徐々に人を形成し、具現化させた。 「小手調べではない――勇者の抹消だ」  闇がつくったのは、一人の美女。  その美女の肌は黒めだが、美しい。  そしてその耳は、人で無いものだということを知らしめるように長細い。 「ダクエルフ……か。始めて見るな」 「そうか――早速だが、死ね」  俺は後ろに退いた。  俺の軌跡に、黒く濃い蒼炎と白い雷撃が横切った。  俺の軌跡にそって、氷の矢が迫る。  矢は、身をひねった俺に掠って通り抜けていった。  矢の通過跡に、氷の道ができる。  俺の背後にあった建物が、波打った氷の壁に変わる。 「……三人できたか。魔王も手の内を明かしてきたな」  俺のまえにあらわれるのは、三人の美女。  ひとりは先ほどと同じ位置にいるダクエルフ。  もうひとりは、前にバド・シェイルを手に入れるときに戦闘したイシャとかいう女。  そして最後は―― 「あなたも『闇の娘』にされてましたか」 「ええ。お久しぶりね、かわいい勇者様?」  俺の瞬間的に構えた銀剣に蒼炎手刀を交えるのは、前に出会ったシスタ。  シスタ姿でも、怪盗姿でもない彼女は、黒いドレスを着ている。  俺は妖笑を浮かべる彼女を見て、霧消に怒りをおぼえる。 「魔王の強制力はわかっているつもりだったが……やはりつらいな」 「残念だが、そんな暇は与えないつもりだ」  彼女が後ろに退く。  イシャの、高魔力をまとった手刀が俺に迫る。  俺は輝剣ではない、銀の剣でそれを迎え撃つ。  手刀を受け流すようにして、俺はイシャに斬撃を放った。  イシャが弾かれるようにして飛ばされ、地面にひざをついて着地する。  そこに、氷の矢と蒼炎の渦が左右から迫った。  俺は懐から紅い宝石をとりだすと、それを掲げた。  宝石から、円状の半透明な盾が顕現され、蒼炎を防ぐ。  そのまま俺は銀剣を手放し、輝剣を引き抜いた。  展開した光結界が、氷の矢の威力を弱める。  俺はタイミングを計って剣を振り、氷の矢を弾き落とした。  結界はそのまま展開して、三人の美女も飲み込む。  だが、魔物にあらわれたような魔力の衰えはないようだ。 「さすが【闇の娘】――こちらも全力でいかないとな」  俺はそういって、先手を撃つために駆けた。  俺の背後を蒼炎と雷撃が走る。  俺はそれに構わず、ダクエルフの美女を斬撃範囲に収めた。  美女は手に持った弓を地面に叩きつける。  ショック・ブリザド  美女から八方に向けて氷の波が放たれる。  俺は波に押し返され、速度を弱めてしまう。  そこに、蒼炎と雷撃が俺を挟み撃ちにしようと迫った。 「ちっ!!」  俺は三本目の剣を空間から取り出す。  幻影剣を纏うその時空剣を、蒼炎に向けた。  衝突の閃光が瞬き、蒼炎が消える。  俺はそのまま雷撃に輝剣を叩きつけ、消滅させた。  俺の眼前には、今にも氷の矢を放とうとするダクエルフが。  俺の体が硬直する。 「終わりだ――」  ダ−クエルフはそう吐き捨てると、氷の矢を放った。  それは放たれた瞬間、体積が急激に増す。  インプレス・エンド  柱のような氷が、俺を吹き飛ばす。  意識が宙を舞う中、ひとつのアイテムを発動させた。  三人には見ることができないであろう。輝剣の光に隠されたその淡い光は俺を包み、危険から遠ざける。  そして、俺は消えた。 「あら。案外あっけないわね」 「勇者とてこの程度の力量……仲間がいなければ虫けらだ」  イシャと、蒼炎の美女が呟いた。  ダクエルフの美女は真剣な顔つきで、建物に生えるようにして突き刺さった氷の柱を消滅させる。  大穴がのこり、なかにはな(・)に(・)も(・)なかった。  そう。勇者の死体すらも―― 「――なかなかに手こずらせてくれる」  ダクエルフの美女はそう呟いた。  そして笑みを浮かべる。 「やつはまだこの域内にいる――探し出すぞ!!」  そういうと、三人は領内に散開した…… 「結構深い傷だな……」  俺は自らの体を検査する。  氷の矢で受けた、完全氷結した傷口は、周囲に氷結効果を広げている。  俺は懐からアイテムを取り出した。  肌色の宝石と、白い宝石を傷に掲げる。  【ストック・ケアル】 【ストック・ホリ】  二つの光が傷を癒す。  氷結が解除され、切れた神経が繋がれる。  そして、傷は数秒後に塞がれた。  俺はそこを何度かさすると、宝石をしまう。 「転送ストックは二回。回復は一回。属性防御盾はそれぞれ二回ずつ、援護ストックは……」  俺は手持ちの魔法保留装置(ストックアイテム)を数えなおす。  ひとつの宝石で、使用回数は三回程度。  自分で魔法が使えればよかったが、そんな習得時間は皆無に等しい。 「あいつら、散ってくれているといいがな……」 『どうだろうね……』  俺の脳裏で、う〜んとセレがうなり、首をかしげる。  そのとき、遠くにだがひとつの魔力を感じ取る。  俺は懐の魔法保留装置(ストックアイテム)のひとつをとりだした。  俺の索敵できる範囲が広がり、精密になる。  魔力は雷の属性に多く使用されているようだ。 「となると、イシャか……」  俺は建物の影にいても仕方が無いと思い、時空剣を握り締めて飛び出した。  そのとき、建物に巨大な雷球がおちる。  激しく音をたてて、建物は瓦礫の山と化した。 「やっとあたりか」  俺は声のしたほうへ顔をむける。  そこにいるのは予想通りイシャだった。  だが、そのまわりの光景に俺は驚愕する。 「通ったときにあるすべての建物を――破壊してきたのか」  イシャの背後には、一筋の煙をあげる瓦礫の山が点々とある。  イシャはにやりと笑った。 「大丈夫だ。次はない。 ここで――貴様を消す!!」  イシャの手刀に、雷の長刀身が纏われる。  そして、イシャの周囲にあらわれた雷球が次々に放たれた。  ギガヴォルト・ライトニング  俺は剣を振るうことで雷球を減らし、横へと跳んだ。  イシャの手刀が、予測していたかのように迫る。 「こっちはまだ策ありだ!!」  俺は懐から黄色い宝石を取り出し、発動させた。  俺の側面に黄色い半透明の壁が現れる。  手刀はその壁に沿って軌道を変えられた。  俺は即座に壁の展開を解除して、時空剣を振るう。  イシャの体が二重の斬撃に弾き飛ばされ、俺から遠距離の地面に叩きつけられた。  俺は逆手で輝剣を引き抜く。  あたりを眩い光が覆う。  俺は二・三歩目で大きく跳躍し、イシャの頭上に移る。  そのまま重力に沿って俺はイシャに迫り、イシャに向けられた剣先は光の波動を纏い始めた。  【ノヴァ・メテオストライク】  白光の弾丸に包まれた俺は、そのままイシャに落ちる。  あたりを巨大な砂煙と衝撃風が襲った。  俺はゆっくりと立ち上がる。  俺を中心に凹みができていた。  俺が一番深い場所にいる。 「逃げられたか……」  残留魔力は、転送跡を示すように多量のこっている。  俺は穴から跳び上がった。 『お、弟君!!』  セレは俺に呼びかけた。  瞬時に俺は周囲を警戒する。  すると、ひとつの瓦礫に埋もれた肉体があった。  その肉体は男性のようで、まだ稼動している。  俺は白い宝石を握り締めると、男性に駆け寄った。 「おいっ! 生きてるか!?」 「……まだ人がいたのか」  男性はううっと唸るとそう言った。  セレは俺の脳裏で首を振った。  手遅れ――俺は宝石をしまう。 「はやくレジスタンスに急げ……ここはすでに占領された区域だ……」 「レジスタンス。だと?」  俺は目を見開く。  そんなものがあるとは思ってもいなかった。  だから、こんなにも無人なのだろう。  男性は深緑の宝石を震える手で手渡してきた。 「傷つきし天使を保護している……勇者を待っているレジスタンスだ……これが指し示してくれる……」 「天使……!? それはフレイアのことか!?」  男性は反応をなくす。  しゃべる気力は残っておらず、今にも消えそうな線香花火の命だ。  俺は輝剣を構える。  瞬光があたりを覆う。  男性はそれに見惚れるように目を見開いた。 「あなたは……そうか………………た……の……ん………………だ」 「――任せろ」  俺はそういって、男性に剣を振るった。  肉体は闇の侵攻を妨げる光を持ち、点へと昇っていく粒子となる。  粒子が消え、俺は剣をしまった。 「レジスタンス………………手がかりだ、最後の手がかり」 『行こうよ、行かないよりかはましだよ………………?』  セレも、目の前にない希望に心を昂らせている。  俺は深緑の宝石を握り締めた。  俺は………………最後の最後まで足掻き続けてみせる………………  空では、【魔界】が絶望を放っていた…… 「そうか……彼女はまだ生きていてくれている……」  魔王は実感するように呟いた。  魔王が今座るのは【魔界】の玉座―― 「なら……私の計画は実行できる」  魔王は、その胸で輝く、希望の化身であるペンダントを握り締めた。  ペンダントは開くタイプのもので、中に何が収められているかはわからない。 「私は二度と飛べなくなったとしても――君が一番笑顔でいてくれるのなら、それでいい。 だから――もうすぐだよ、リ(・)リ(・)ス(・)」  魔王は愛しいように呟いた。  そして、ペンダントを大事そうに手から離す。  胸元で揺れるペンダントを数秒眺めて、叫ぶように言った。  ――私は悪役でもいい。だから、君をこの世界のただひとつの正義に、ただ一人の女神にしよう。  そして、すべての幸いを君に与えよう。  君を憎むものすべてを破壊しつくし、私も堕ちて見せよう――  ――私は、君を神から取り戻す、死から開放する魔王だ――