【タイトル】  ライトファンタジー〜勇者と魔王〜 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【サブタイトル】  FILE2:船旅と温泉と魔物と(第2部分) 【ジャンル】  ファンタジー 【種別】  連載完結済[全82部分] 【本文文字数】  10019文字 【あらすじ】  語られるは旋律、輪になって踊る道化師達の伝説。ある道化師は勇者の名を語り、またある道化師は魔王の名を名乗り。王道から成る、世界の真実をぶち壊す、ファンタジーストーリー 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************ FILE2:船旅と温泉と魔物と  ――あの頃は楽しかった――  友達がいて、親友がいて、ライバルがいて、愛しい人がいて――  でもそれは一時の夢、その夢は覚めた。でも――  もう一度あなたに会いたい、あなたに微笑んでほしい。  全部自分が悪いのに、あなたに嫉妬して――  もう微笑んでもらえない、そう考えるとやっぱり寂しい。  でも、もう一度会えたとしても、それはそれで寂しい。  あなたのそばには新しい〈魔道士〉や〈天使〉がいるから。  あなたが私のことを覚えているとはいえないから。  そして、私が私でいられるとはかぎらないから  ――あのころは楽しかった――  意識が心の闇に隠されていく。長くは持たないかもしれない。  これからの自分は狭い部屋の中でただもう一人の自分がすることをみているしかない。  あなたを傷つけるかもしれない自分、悪者になるかもしれない自分。  もう一度だけあなたに会えれば良かった、それだけで決意は固まった。  だから――わたしは―― 「気分はどうだ?」  目の前に立つ剣士、漆黒の目、漆黒の鎧、手の甲にある三つの蛇が絡み合ったような模様が服の中に伸びていた。  一昔前には倒すべき相手だった男、今は従うべき主人。 「最悪です、魔王」  魔王はその返答に満足したのか、笑みを浮かべる。  わたしはその笑みを汚らわしいと思い、殺気を込めた目で魔王をにらんだ。 「貴様も私の手札の一つ、働いてもらおうか」  私がすべきこと、魔王の命令が脳に直接入ってくる。暗示のように浸透する。逆らうことはできない。  命令の内容に戸惑いをおぼえるが、わたしから【魔王の僕である私】に主導権が移る。  【私】はクスリと笑うと、目を細める。 「魔王様の思うがままに、私は行動して見せますわ」 「頼んだぞ、夢霧」  夢霧という名の私は笑い続けた。  ――魔王と勇者の歪んだ聖戦が始まる、それは狂おしいほど歪んだ、不確定要素の手によって――  ――そして、それに気づくものはいない―― ライトファンタジ〜勇者と魔王〜 第二話 「始動」  視界に広がるのは無限にのびる海、カモの鳴き声。  勇者ご一行を連れた船はゆっくりと、確実にすすむ。  勇者は見えないはずの精霊を真剣な顔つきでにらみ、マストに位置どっていた――らいいのだが。 「これじゃあ雰囲気台無しですよ……」 「か、勝手なことを……うぇ」 「弟君、バケツから顔離しちゃだめだよ!」 「貸し切りだからって、汚さないでくださいよ、兄さん」  リュークスは青い円柱のバケツに顔を突っ込んだ。  同時に君の悪いうめき声がもれ、ふたつの団子をあたまにのせた少女が顔をしかめる。  巨大な、ピンクのリボンを頭につけた少女は心配そうに、リュークスの背をさすっている。 「勇者がこれだと、これから先が思いやられますね……」 「……ダ……マ……レ」 「お、弟君はかっこいいよ!」 「せ、セレ……」  リュークスはセレに微笑む。セレは照れたように赤くなる。  フレイアはおもしろくないのか、リュークスをジト目でにらむ。  リュークスは気づかないふりをして、バケツから離れると、体をほぐすように腕を回した。 「さて、『セレのおかげ』で気分もよくなったし、船旅でも満喫しようか」 「な・・・・!」 「うんうん、『私のおかげ』だもんね〜私も弟君といっしょに満喫しよっと〜」 「わ、私だって、心配したもん……」 「さあさあ、フレイアちゃんは弟君といたくないみたいだから、私と一緒にいこ?」  セレはかわいらしく、リュークスの腕に自分の腕を絡めてくる。  フレイアは呆気にとられたようで、呆然と眺めている。  リュークスがニヤリと笑うと、フレイアは我に返る。 「わ、わたしだって――!?」 ゴゴゴゴッゴゴゴゴッ……  船が大きく揺れ始めると、傾いた形で停止する。  リュークスは近くにあるドアから、外へ飛び出した。 「魔物の来襲、か!」  船の前部は氷のようなものに乗り上げ、海からは人魚のような魔物が船に乗り上がろうとしている。  ――あれはマーメイド、歌によって状態変化【睡眠】をおこす魔物、人を襲う場合は集団行動をしている、マーメイドを指揮しているのがプリンセスだ、プリンセスを倒せばマーメイドは逃げていく――  リュークスの脳裏で声が響く。  それは無機質な、棒読みの説明。  リュークスは戸惑いながらも、目をこらしてマメイドの群れをみてみる。  よくみれば、マーメイドの赤い髪と青いヒレの中にくっきりと金色の姿をしたマメイドが見える。 「あれはマーメイド!? 魔王に場所を知られたみたい……」 「いまはこいつらを追い返さないと、先に進めませんね」  リュークスの両側にはフレイアとセレが真剣な顔つきで思考している。 リュークスは包帯で作った即席の鞘から、黒光りする両手剣を引き抜く。 剣の重みで前かがみになったまま、剣をしっかり握りしめる。 「プリンセスを倒せば終わるみたいだ、セレは俺のサポート、フレイアは船に上がる魔物の除去を!」  そういったリュークスは海へと落ちていく。  ちょうど真下にいたマメイドを足場に、斜め下に向かって剣を横に振るった。  水しぶきがあがる中、すぐに手持ちのアイテムから魔法陣を取り出し、足場にする。  魔法陣は海の上でしっかりと浮かんでいる。  このアイテムは足場や盾、投武器になる万能物で、安く売っている物と高く売っている物がある。  安い物は耐久がなく、壊れやすい。  今まで足場にしていた場所には何体もの魔物の爪が迫っていた。  リュークスは剣をオールにして、群れの隙間を縫うように進む。  背後には四角柱の氷が重力にそって海に雪崩こんでくる。攻撃魔法だ。  その勢いを逆に利用した魔法陣は、あっという間に群れの中心へ流れ込んだ。  動きを止めた魔法陣、リュークスの視線とプリンセスの視線が合う。  プリンセスはクスリと笑みを浮かべると、両手をリュークスに向けた。 「スベテヲ凍テツカセヨ」  サファイアフリーズ  リュークスは反射的に飛び上がる。  周りの水がいきなり分厚い氷に変わり、魔法陣は氷の中に埋まっていた。  もし飛び上がらなかったら、足を通して全身が凍っていただろう。  プリンセスは氷に乗ると、冷気をまとった魔力の爪を振り上げる。  リュークスの剣とプリンセスの爪が交わり、おたがいを弾きあった。  リュークスは氷の上で膝をつき、プリンセスは海へと戻る。 「これもこいつらの戦法か」  リュークスがセレに目を移すと、セレは宙に浮いてマーメイドに魔法を放っていた。  魔法は途絶えることはなく、一つが消えると違うマーメイドに魔法がかかる。  連続魔法による圧倒的な戦局。  それでも余裕があるのか、リュークスに回復魔法がかかった。  リュークスは剣を構えなおし、あたりの気配を探り出した。 「この辺りにいるのは四体、五体ほどですか……」  セレお姉ちゃんがだいぶ倒したのだろう、フレイア(私)の前にいるマメイドは傷つき、今にも倒れそうだ。 「お兄ちゃんに頼まれたから、仕方なくやるだけで……」  私はぶつぶつと心を納得させる言い訳をいいながら、自分でも驚くほど集中して魔力を開放した。  ガラス細工のような、ピンク色の羽が一層輝きを放ち、マーメイドを吹き飛ばす。 「弱めの魔法でいいですよね」  私はそういいながら人差し指をマーメイドに向ける。 マーメイドは妖しく笑みをうかべて、私の人差し指を凝視している。  ――なにかがおかしい。  私は人差し指から、私の身長ほどの直径を持つ円を創り、極太の光線を放った。  それがマメイドを飲み込む瞬間、ひとつ黒い魔力が生まれ、光線を相殺する。  光の羽根を眼前に飛ばし、魔力を与え、巨大化させる。  その羽根を消しとばすように、黒い魔力の固まりから深緑の腕が伸びる。 「マメイドが、ゴル・グラドに!? 海にいるはずのない魔物……なんで!?」  八枚ある羽に魔力を流し、私の体から分離させる。  分離した羽は、羽先から細い光線の雨を降らす。  一つの羽根から16発はでているから、串刺しになるはず。たおせるはず。  でも、ゴル・グラドは闇の沼から上半身をだして、傷一つついていなかった。 「ウォォォォォォ!!」  ゴル・グラドの頭がパックリと割れ、中から紫色のブヨブヨとした皮膚を持つ、 三つ目の龍が顔を出す。  私は三枚の羽根を引き寄せ、デルタ形の結界を張る。  ジェノサイド・ダークブレス  龍が紫の魔力を吹き出す。  二枚の羽根が私の手に収まり、剣のように鋭い刃になる。  残り三枚は紫の魔力の力を軽減させようと、光線の雨を降らせている。  結界はミシミシと音を響かせながらも、消えることなく私を守り通している。 「聖なる羽の元に力は集う」  私は双剣を交差させ、交点に魔力が集まる。  ゴル・グラドは両手を振りあげ、私を両側から握りつぶそうとする。 「力は正義なきものに清浄なる死を与える」  二枚の羽が、ゴル・グラドの手のひらに連なった魔力光線を放った。  両手は私の数センチ横で、羽に押さえつけられている。  一枚の羽は龍の目玉を射抜くように魔力光線の雨を降らせる。 「生け贄天使の名の元に、迷いなき絶望に哀れみを!」  セイントクロス・スラッシュ  交点に集まった魔力が剣全身に移り、私はそれを振りあげ、衝撃波がクロスするように振りおろす。  衝撃波は鈍い光を放ち、残像を残しながら、ゴル・グラドと龍を襲う。  龍はドス黒い血を吹き出し、ゴル・グラドは泥の固まりに戻って沼に沈む。 「キュオォォォォォ!?」  龍はもがき苦しみながらも、ゴル・グラドとともに沼に引きずりこまれた。  龍の絶叫は消え失せ、沼は蒸発するように消滅した。  羽は私の背中に戻ると、ゆらゆらとはばたいている。 「あれはゴル・グラドではなく……合成獣キマイラだとして。 でも、戦いの途中で合成するなんて前例がない……」  私の思考回路、答えを導き出せない、情報が足りない。  そのとき、船の下で氷魔法を詠唱するマーメイドが目に映る。  私は眼力に魔力を込め、マーメイドの体内に光の魔力を流し込み、爆発させた。 「いまはこの戦闘を終わらせますか……お兄ちゃんは大丈夫かな」  本人のいる前ではとうてい発せないことをつぶやいた私は、八枚の光輝く羽を広げ、手のひらを迫りくる敵に向けた。  リュークス(俺)は剣を背負うようにして、前にかがむ。  俺の背後で水しぶきがすると、俺の上を金色に輝く肉体を持った人魚が通り過ぎた。  手の甲には金色の装飾がつけられ、水色の魔力結晶体でできた爪がのびている。  俺は前回りするように頭を膝まで落とし、剣の重みを前に移す。  自然に腕と剣が、人魚に振りおろされる。  剣先が人魚の尾をかすめ、氷の地面に剣が振りおろされる。  俺は剣を構え直し、気配をもう一度探りなおした。  この繰り返しが何度も続く、お互いに致命傷がつかない。  だが、俺は確実に疲労し、人魚はただ飛んでいるだけなので疲れてはいない。  長期戦、人魚のねらいだろう。  じっくりといたぶってから、最強技か何かがくる――そう予想するのが妥当だろう。 「俺のことをなめているうちに、殺るか」  やつは俺に眠る勇者の力を知らない。  勇者の力――いまわかっているのは、時の流れに干渉することができる。  だが、俺に扱うことはできるのか? 今まで自分の意志で使ったことはない、使ったといえばピンチの時。 「なら、こうすりゃいい!」  水しぶき、俺は屈むことなく、人魚に自らの心臓をねらいやすくする。  人魚はまっすぐ爪を伸ばすと、心臓を突き破ろうとする。  その瞬間、あたりが膨張したようにふくれた景色になり、爪がスロモションで俺の左胸に進む。 「よし、予想通り!」  俺は浮きながらゆっくりと進んでいる人魚の懐に屈むと、魚の尾の下半身と人の 皮膚がある上半身の裂け目に、剣を振りおろした。  流血はないが、徐々に下半身と上半身に間隔が空く。  俺は剣を横なぎに振るい、上半身をまっぷたつにする。  そのとき、景色が元に戻り、人魚の下半身から血が吹き出し、上半身とともに俺の足元に落ちた。  叫びも、動きもない。人魚の目に映るのは驚愕。  その驚愕も薄れ、黒い宝石のような瞳にはなにも映らなくなった。  だが、俺もそんなことを言ってはいられなかった。 「体が……重い……」  俺の体を疲労がのしかかり、立つことができなくなって、人魚の死骸の横に倒れてしまう。  そのとき、ピキッという効果音とともに、氷にヒビがはいる。  ――はやくはなれないと、海に落ちる。 「動き……やがれ……」  俺の乗る氷にもヒビが入りはじめ、まわりにはマメイドが押し寄せ始める。  海に落ちたとたん、死が待つだろう。  動かない体がいきなり氷から離れ、ぐんぐん空にあがる。  マーメイドは海から飛び上がってくるが、俺の横を通り過ぎる何十もの光のすじがすべてのマーメイドを焼き付くした。 「必要なきものよ、去れ」  俺の上から声がする。  そのとき、海の上に、魔力でできた炎が走る。  マーメイドの死骸が焼き尽くされ、生きていたマメイドの叫びが聞こえる。  残虐――冷や汗が流れはじめ、恐怖で体が震える。 「魔物は全部『敵』なんだから、一匹も残しちゃだめだよ、ね。」  間違っていない答え、拒みたい衝動が生まれる。  俺を抱きしめるように腕を脇に絡めているセレ。顔が俺の背中に押しつけられていた。  罵声を浴びせようと思っていた俺、消え失せた。  勇者の仲間となるための厳しい教育、つらかっただろう日々、理解はできない、俺には理解できない難しいことだった。  何も話さないセレ、心の闇を見せてもらえるほど親しくない。  ただ、そばにいることはできた。  おれは動き出す船を見ながら、俺の肩にあるセレの手に、自分の手を重ねた。  ――せめて、この旅が喜、多きことを祈って――  ――せめて、このたびで救われるものがあることを祈って――  ゆっくりと動く船、その上で俺は海を見つめる。  ふと視線を横に移す、俺の顔をにこにこと眺めているセレがいる。 「自分をつくらなくていい」  俺の言葉にセレが首を傾げる。  上手い言葉がみつからない。だから、一言告げる。 「俺は――おまえの弟だから」  もう少しカッコいいことが言えたらいいと思う。カイルの顔が浮かぶ。  セレの顔から笑みがなくなり、悲しみに染まった。 「楽しいなら笑う。楽しくないなら笑わなくていい。 おまえのままでいい、少しくらい力抜いていこうぜ」  伝わったと思った。俺はセレの髪をなでる。 驚きの顔から、くすぐったそうに目を閉じる。 ――少しは打ち解けたか――  そのとき、痛いくらいの視線を感じ、セレから目を離すと、真横でフレイアが俺をジッとにらんでいる。 「……変態……!」 「なっ!?」  ――いきなり変態ですか。てか、どこが変態なんだ!?  俺が口を開く前に、フレイアは船の中へ降りる階段にいき、足音を響かせながら降りていった。  俺は呆然としてセレを撫でる手を止め、セレは困ったように笑った。  笑うこと事態に変化はない。ただ、笑うための心境が良い方向へと変わったのだと思った。  ――なぜなら、セレの瞳には、嬉が宿っているのだから―― 「てことで着いたわけだが、そろそろ機嫌直せ」  炎の精霊が奉られているという洞窟を観光名所にした町【フルマウトス】  頭に包帯のようなものを巻いた人が多く、草木がすくない。  水は船で仕入れているというのも嘘ではなさそうだ。 「私は何も怒ってませんよ? 兄さんがセレお姉ちゃんと何してようが関係ないですし」  そういいながらもフレイアは軽蔑するように俺に距離をおいている。  ――おれがいったいなにをしたというんだ。 「弟くぅ〜ん、フレイアちゃんばっかりに構ってないで、私と一緒に観光しよ〜」  セレは甘えるように、俺の腕に自分の腕を絡めてくる。  俺はうろたえてしまい、なすがままにもみくちゃにされた。  フレイアも、セレの突然の行動に驚いたのか、目を丸くさせる。 「(私に任せて、ね?)」  セレの、すべての男を虜にする上目遣い。  俺はコクコクと頷くしかなかった。 「お、お姉ちゃん!?」 「なぁに?」  フレイアは混乱しているのか、おろおろと慌てふためいている。  セレは妖しい笑みを浮かべながら、俺に体を密着させている。 「弟君と私が何をしても、フレイアちゃんには関係ないんだよねぇ?」 「で、でも……だって……」  フレイアが涙目になって俺を見つめる。  任せるといったのだから、俺が何かをするわけにはいかない。  セレは見せつけるように、俺の頬に軽くキスをする。 「だ、だめ! 絶対だめなんだから!!」  フレイアは俺の腕を掴むと、セレと同じように密着してくる。  セレはしてやったりというように勝ち誇った笑みを浮かべ、俺の腕をさらに抱きしめた。  ――これは、仲直りできたということでいいのか? 「さ、さて。気を取り直して三人で観光にいくか」 「……そうですね」 「れっつご〜!」  フレイアに対してツンデレという言葉が浮かぶがすぐに消し、煩悩が生まれないよう脳裏で九九を数えながら歩きだしたのだった。 「で、これが温泉か」  俺の前には、円の絵の上に、三つの縦になった波線がかかれた風呂敷、この町にしかない場所に来ていた。 「洞窟でとれる、炎の結晶をつかってるんでしたね」  フレイアの言う炎の結晶とは、少量の魔力を与えると超高温になるという結晶だ。  結晶を敷き詰めた場所、そのうえに大量の水を特殊な物質を挟んで張っている。  その物質というのが不思議で、見た目は岩にしか見えず、炎の結晶の熱を遮断している。  そのくせに水は温かく、企業秘密の世界だ。  まぁそんなことはおいといて。 「ここのひとに洞窟まで案内してもらうことにして、明日出発にしよっか?」  ――俺もそういいたかったんだ。だが、俺のすることがなさすぎるのは気のせいか?  なにか悲しいような気持ちの俺を、姉妹は引っ張りながら風呂敷をくぐった。  そしていまは部屋にいる。  和室、そのひとことに尽きる。  俺は三つの、くっつけて並べられた布団を複雑な気持ちで眺めていた。  ――旅館のやつはどういうつもりなのか、非常に気になる。 「兄さん、私たちは先にはいってきますね」  桶とタオル、その他諸々を持ったフレイアとセレ。  少しだが、ハイになっているようにみえる。 「おう、いってこい。あとでいく」  そして数分後。  前にあるのは入り口は二つ、そのくせ岩でできた浴槽はひとつ。  混浴などではない、浴槽の真ん中にいたが挟まれているのだ。  魔術が施され、板を登ることはできない。  俺は赤の風呂敷と青の風呂敷を見つめていた。  手には桶とその他諸々、ゆっくりと青側をくぐった。   タオルを巻いた俺、お湯を頭からかぶる。  タオルをはずし、ゆっくりと湯の中へ足を踏み入れた。  ――あたたかい。  あたりまえのことなのだが、岩に乗る水が温かいのには驚いた。  今の世には魔法で火を起こせるが、ばちばちと音がするのでのんびりできない。  それに魔力もあまりないから、湯を取り替えるようなこともできない、量も少ない。  感動を覚えながら深呼吸し、空を見上げた。 「極楽極楽……」  他の客もいるので、できるだけ低くつぶやく。  足の下にあるだろう結晶が、必死に水を温めようと輝いている、そんな幻想。  ――ああ、俺ってボエマ。 「そろそろあがるか」  ほかの客はいつの間にかいなくなっていた。  俺はそこらへんで浮いている桶を引き寄せ、立ち上がろうとする。  そのとき、壁となっている板の向こう側からセレとフレイアの悲鳴が聞こえる。 「どうしたん――!?」  俺は瞬間的に前に現れた何かに桶を投げつける。  少しだが魔力をこめた桶は前にいる何かを吹き飛ばし、消滅させた。 『ゆるさん、我らを利用する人間どもを!』  そんなこえがすると、湯のある地面が赤く、淡い光を放つ。  俺はすぐさま離れると、湯が蒸発し、代わりに三体の魔物が姿を表した。  魔物は炎の固まりと言っていい、目となる部分が黒く、狼の形をとっている。 『われらも炎を統べし神とともに、神聖なるもののはず。  なぜわれらはこのような仕打ちを受けなければならぬのだ! 人間など劣悪種、 その人間のつかる湯の作成など……屈辱だ!』  炎の魔物の数が一気に増える。  ――こいつらの言うことが正しければ、炎の結晶に宿る精霊になるまえの少量の魔力。  それが負の力を得て、魔物になってしまったのだろう。 「……ってことはまさか」  ――こいつらの数は結晶の量と等しかった場合、この下にある結晶は数百、数千。  炎は今もおこされているので、結晶自体が消えるか割れるかしない限り無限増幅。  手持ちに剣はない、取りに戻る時間もない。  第一、結晶を割ったりしたら誘爆してこの旅館ごと消える。  ――万事休す。  一体の魔物が飛びかかってくる。  俺はタオルをとり、魔力を瞬時に込め、魔物に投げつけた。  ――怯ませることはできる・・・はず。  そんな俺の予想通り、魔物は群れの中にもどって――いかなかった。 「魔力込めたっ言っても、タオルだぞ、そんなのでこの魔物が消滅した……?」  タオルをかぶった魔物は泥状になると、地面に吸い込まれるように消えた。  ――こいつら、弱い?  そんなことを考えている間にも魔物は数を増している。  ――なにか手はないのか? 結晶を破壊するのではなく、停止させる方法。  そのとき、魔物の向こう側にある、地面に突き刺さる管が目に入る。  それはどこか遠くに伸びており、管を緑色の斑点が地面に向かって通っている。  ――確か、あれは結晶に魔力を送る装置。  あれを使って結晶が熱及び炎を生み出して……  魔力を止めれば炎は生まれなくなり、増幅が止まるのでは?  だがあそこまで行く方法が見つからない、一瞬でもやつらをけちらすことができれば……  俺の後ろに、桶でできた巨大なピラミッドがある。  俺はピラミッドの後ろに回ると、魔力を流し込んだ。  そして、両手で桶を魔物側に倒した。  桶はその場にいる魔物をすべて弾け去った。 「よっしゃぁ!」  俺は魔物のいない、地面の上を駆ける。  背後を振り返ると、生まれた魔物が一つに集まり、渦のような大蛇となって俺に迫っている。  管まで駆けた俺は、すぐにその場を跳び去った。  大蛇にある無数の目が俺の姿を追い、体が管へ突っ込む。  管が破裂し、管から飛び出した純粋な魔力が大蛇に宿る負の力を消去する。  大蛇はオーロラのように揺らめく淡い光になると、消えていった。 「よ、予想通り……疲れた……」  俺はすり傷だらけの体を引きずりながら、戦場となった浴場から去った。 「弟君!」 「兄さん!」  鏡文字となった男という文字をくぐると、数人の従業員と話をしていたセレとフレイアが駆け寄ってきた。 「こっちに魔物がでたの、そっちは大丈夫だった? 弟君?」 「大丈夫じゃなかった、大ピンチ」  セレとフレイアは魔法使い、武器がなくてもあの程度の魔物なら赤子をひねるように倒せる。  みたところ二人に怪我はない、とりあえず安心。 「装置壊しちまった、どうする?」 「こっちもです、ああするしかなかったですから」  つまり、当分この温泉は使えなくなるということだろう。  直すのに、負の力を完全に取り除かなければならない。管を直さなければならない、結晶のすべてを検査しなくてはならない……多すぎる数の作業が待ち構えている。 「……もどるぞ」  従業員からの殺気を感じた俺は、セレとフレイアを脇に抱えて部屋に駆けた。  従業員たちのささやきが聞こえる。 「……勇者なんかが居やがるから、被害を受けるんだ……」 「……さっさと出てってくれよな、こっちは平和なら魔王でも勇者でもどっちでもいいんだよ……」  世界の住人の本音、俺にはそう思えた。  汚らわしく、欲望にまっすぐな人間。  俺もその中の一人なんだよ――肯定した。  ――変わらない。そう、なにも変わらない。  ――今起こったことを懐かしく思い、加害者が自分なのだと思うと罪悪感が生まれる。  ――手の中で渦巻く負の力、逆回転に回して消滅させる。  ――あのサプライズイベントを起こしたのは私ではなく、夢霧だ。  もっとも、セレスティアとフレイアに見破られ、致命傷を負い、仮死状態にある。  強いどころではなかった。圧敗だった。  私も元はセレスティアと同じだった者、ここまで差があるとは腹立たしかった。  ――そして、もうひとつ――  勇者に会うことが叶わなかった。  やはり死した彼女は、今でも私を呪っているのだろうか。 「……ムカつくわね、天使も、魔導士も」  そして、良心が生まれる――  彼女たちも、私たちのようになるのかと思うと真実を伝えたくなる。  だけどそれは一瞬――  魔王に植え付けられた闇は今も侵食している。時期に私という存在は消える。  そのときあることが閃く。  今なら夢霧の邪魔も、魔王の邪魔もない。  だけど、これを仕込めば主導権を取り返すことが一度きりしかできなくなる。  もし勇者と会うことができても、五分も会話できない。 「……それで当たり前じゃない、本当なら私は」  ――死んでいる存在、二度と勇者と会うチャンスがないのだから――  チャンスがあるのなら使おうと思う、一言伝えたいだけだから。  それ以上は望まない。彼女のためにも望むわけにはいかない。  それが――三人で交わした約束――私だけが覚えているといっていい、幼き日の誓いだから。  だから私は、静かに世界を眺めた。  自分の意志でみれる、最後の光景を――