【タイトル】  ライトファンタジー〜勇者と魔王〜 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【サブタイトル】  FILE20:白銀の戦士レミス(第20部分) 【ジャンル】  ファンタジー 【種別】  連載完結済[全82部分] 【本文文字数】  5217文字 【あらすじ】  語られるは旋律、輪になって踊る道化師達の伝説。ある道化師は勇者の名を語り、またある道化師は魔王の名を名乗り。王道から成る、世界の真実をぶち壊す、ファンタジーストーリー 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************ FILE20:白銀の戦士 レミス 暗闇(くらやみ)に包まれた王国の一角。  そこに異物的な深緑の、半透明な糸が伸びていく。  いや、直線と呼ぶべきか。  その限りは遠近をぼやけさせた空と地の隔てに伸びて尚、終点を表に上げはしない。  始点ともいうべき発光物を手中にするのは――一人の少年。  その腰には二本の剣がつけられ、しっかりとした足取りで終点を目指す。  少年は懐に手を入れ、足を止めた。   そのとき、空から何千もの魔の異形が少年に牙を向く。  羽音が入り混じったなか、少年はただ呟いた。  ――光に魅入よ――  少年は剣を引き抜く。  それとともに開放を制止させられていた極光が、瞬く間に己の聖域を展開した。  その波動は魔の異形の闇を討ち滅ぼし、闇なき異形とさせる。  少年は極光によって凝視できなくなった輝剣を振るう。  斬撃の光が駆け抜け、数千もの命を光の下に還す。  それは一瞬にして索敵不可能な戦闘。  少年はすでに剣を鞘に収め、引き抜く以前と同じように歩き始めた。  すべてがなかったかのような、沈着冷静な少年の心は、人知れず希望への高まりをおぼえていた。 「このままじゃ埒があかねぇ……」  少年は呟いた。  その視線に射抜かれるのは巨大なクレタ。  それは以前に少年がつくった力の残痕。  つまり、もどってきたのだ。  少年はだるそうに唸った。 『この目標を指し示すストックアイテムは、上下は顕さないってことかなぁ?』  少年の脳裏に、少女の声が響いた。  ともに、少女の姿が脳裏に描かれる。  これは幻想などではない。  精神階層に収納された人格(ベルソナ)との通信機能。  少年は少女の呟きに押し黙った。  そして、クレタに下りる。 「地上なら魔王が目を光らせている。 上空は魔界が。 なら残りは――」  少年は強き白光石を握り締めた。  その拳をクレタの底、自らの足元へ。 「地下か!!」  石に封じられし魔を討つ力が解き放たれる。  石という枠を越え、白光は膨張するように球体と化した。  少年の体が僅かに浮く。  それと同時に、白光は地面へと放たれた。  クレタの底には人一人分の穴ができた。  少年はそこに降りる。  すると、ある程度整備された岩道が続く。 「……当たりか……」  少年はにやりと笑うと、その道を進んでいった。  望む。彼女が受けるすべての不幸を私に。  望む。私が受ける幸いのすべてを君に。  だがそれは――願いでしかない。 「……また、一人と同志をなくしたか」  教会。  そんな言葉が似合う、魔に抵抗せし者達の最後の要。  そのなか、ステンレスガラスに向かって嘆く一人の青年がいた。 「……力とは罪深きものよ。 すべてのものが力を手放し、手を取り合うことを望めば、こんなことにはならなかったというのに……」 「……」  青年の背後。  ただ静かに、まるで無機物のようにたたずむのは、全身白銀の装束を羽織った戦士。  整った顔立ちからは、心の波を感じさせない。  そう、まるで心がないかのように―― 「君には大いに感謝している。 君のがんばりが、我々の多くを救っているのだから――」 「………………はい」  戦士は青年に背後を向け、教会から出て行った。  青年は目を細め、それを見送った。  そして、呟く。 「……化け物が………………」  青年はそういってステンレスガラスへと目をもどした。 「地下にも魔物がいるなんてな」 『地下だから、潜伏させやすかったのかもね』  俺はそう言いながら、銀剣を横に振るう。  飛び上がった蜘蛛魔物が塵と化した。  地に這う蜘蛛の異形は、徐々にその円を狭め数を増す。  俺は舌打ちをした。  異形のなかにはキマイラ――蜘蛛とゾンビの混合物――もいるようで、自然回復しているものもいる。  輝剣を使ったとしても一瞬では無理だろう。  そうなると、輝剣を索敵される可能性もある。  それだけは避けなければならない。  俺の場所が知れる。 「ならこれしかないか……」  俺は転送効果をもつ宝石を握り締めた。  同時に、全方向から蜘蛛が飛び掛ってくる。  だが、それは空をきるだけだった。  俺はその光景を上から見ている。  そのまま、漆黒の宝石を投げた。  宝石は地面に当たると、闇の波紋を広げる。  そして、異形はすべて消え去った。 「黒石も数で来るこいつらには効くのか」  俺はそう安堵する。  この黒い宝石の爆発は使用回数は一度。  魔のものに効くかは賭けだった。  だが広範囲に及ぶ。  俺のまわりにはだれもいない―― 「……!?」  俺は反射的に剣を構えた。  気配はなかった。  近づいてきた足音もしなかった。  ならなぜ――ここに人がいる。  白銀の鎧を纏った、肌露出がまったくない戦士。  感情がよめない。殺意があるのかさえも。  だが、ここにいるとしたらレジスタンスとやらか――魔物に寄生された人間。  戦士の兜が俺に向く。  すると、予備動作なしで俺に駆けて来た。 「ッ!!」  俺は押し返すのではなく反射的に横へ逃げた。  俺のマントの端から、繊維の粉が舞う。  戦士の姿はすでに、さきほどの反対側へと移っていた。 「はやい……」  戦士は唐突に走り出す。  俺は剣を振るった。  戦士は斬撃を軽く避け、俺の懐にはいってくる。  そのとき、俺の体が発光して戦士を吹き飛ばした。  俺の片手に持たれていた宝石が光の波動を放ったのだ。  だが、戦士はすぐに着地する。  俺は銀剣の先を地に擦らせながら、戦士に振り上げた。  戦士の剣と交わり、押し合いを始める。  だが、俺はすぐに剣を引き、遠心力を利用するようにして戦士の剣に斬撃を打ちつけた。  戦士の背後に波動が逃げていく。 「……」  戦士は一言も話さない。  俺は輝剣という切り札を使うタイミングを今と考えた。  逆手で輝剣を引き抜く。  光の領域が展開し、戦況の均衡を一瞬の刻でくつがえした。  その刻が終われば、この戦士の実力ならこの域に、ものの数秒で適応してくる。  その予想通り、戦士の動きが鈍くなっていく。  俺はその一瞬をついて、渾身の一撃を叩き込んだ。  輝剣の斬撃と銀剣の斬撃がクロスして、戦士を吹き飛ばした。  俺は瞬間的に輝剣を鞘にもどす。  完全に展開しきっていない光領域が音もなく消し去られる。  それは一瞬の、蜃気楼のように遠近のぼやけた奇跡。  俺はふぅっと息を吐いた。  だが、その安堵もすぐにまやかしだと気づかされる。  戦士は立ちあがっていた。  白銀の双剣をくるぶしから伸ばし、身にまとう白光がその存在を闇のなかでくっきりと強調させる。  そのとき、闇が蠢いた。 「ガァァァ………………」  戦士の上にある天井に、いくつもの朱と漆黒の大蜘蛛がへばりついていた。  その数は十を越える。  それがすべて、戦士に牙をむいて落ちてくる。  白雨  戦士の剣が上に向いていた。  太刀がまったく見えなかった。  いくつもの蒼白い閃光が、剣を中心に広がった波紋内に生まれる。  それは生まれると同時に剣先の方向に放たれる。  閃光がすべての大蜘蛛を貫いた。  大蜘蛛の殺気が消えうせ、脱力したように足が曲がった。  死んだのか――俺がそう考え付くと、戦士はさらなる行動を起こした。  白風  二本の白剣が今一度振り上げられる。  二つの白い竜巻が大蜘蛛を千切り飛ばす。  竜巻は数秒でその牙をしまう。  そのとき、大蜘蛛は一匹残らず消えうせていた。 「な……」  あの数が一瞬で倒された――俺の中で驚愕の言葉が渦巻く。  俺では到底捌(さば)ききれない数。  戦士は、無感情な目を俺に向けた。  俺は銀剣を構える。  だが、戦士は剣を鎧内にもどした。  そして、兜をとった。  白髪が俺の前にさらされる。 「私は、あなたは勇者であると予測した。私があなたに危害を加える理由はない」  戦士の、光の灯らない白眼が俺をみた。  その視線に感情があるとは思えない。  無機質――そんな言葉が似合うだろうと思う。 「あんたは……誰だ?」  俺は搾り出すように言った。  警戒を解くことはしない。  戦士は臆することもなく、無表情で淡々と述べた。 「私はレジスタンスメンバの一人『白の正義』レミス。 最高特攻隊長であり魔物を撃退する者」  俺は目を見開いた。  レジスタンス――最後の希望といえるそのキワドは、向こうから俺に向かって来たのだから。 「私はあなたを支援し、無事に総指揮官に面会させなければならない。 同行の許可を要請する」 「……」  俺の思考回路が動き出す。  リスク。俺たちの利益。そのすべてを計算にいれ―― 『この人についてくしかないよ』  脳裏にセレの幻影が揺らめく。  俺は心の呟きでそれに同意した。  俺は銀剣を収める。 「ひとつ聞きたいことがある」  汗ばんだ手を握りこみ、あせるような高ぶりを押さえ込む。  戦士――レミスは怪訝な顔をすることなく機械的に述べた。 「禁則に触れない程度のことならば教えられる。 だが、作戦時間の延期及び残存体力の確保のために移動中の会話を要求する」  そういって俺に背を向けて歩き出した。  足音とともに鎧の無機質な摩擦音が響く。  俺に拒否権はないようだ。  なんにしても、ここにいて魔物どもの的にはなりたくない。 『弟君。はやくしないと追えなくなるよ? こうにも暗いと視界が狭いし』 「わかった。急ぐよ」  せかしてくるセレの姿を脳裏に、俺は軽く微笑んで応対しておく。  あの白銀は自分から発光しているのか目立つ。  あとすこしは離れても見つけられるとも思う。  だが、それでも注意をくれるのはセレのいいところだ。  これが、俺のリミッタになることも……きっとあると思う。 「迅速行動」  レミスは俺に振り返り、そういった。  急げということで――いいか。 「ああ。今行く」  俺はレミスに追いつくためすこし早足で歩み始めた。 「恐ろしい。恐ろしいくらいに世界は闇に満ちてくれた。 私という光が、やっと欲されるときがきた――」  ステンドガラス。  それだけを居座らせるために創られたといっていい空間。  ミラデコレションされた純白の壁に覆われた白の空間に、ステンドガラスの閃光が写る。 「やっとだ。やっときた。私が欲され、私で満たされ、私で安らぐ愚かなる子羊が――」  その空間に等しき、白のマントに白の衣服を着た青年が一人演説するかのように言い放っていた。  その姿は、戦装束とは程遠い。  青年は紫色の瞳を見開き、満足するように笑みをもらしていた。 「あとは計画通り。そうすれば私は――」  青年は欲望の塊となり、天へと手を伸ばした。  まるで、神の座を求めるように―― 「つまりレジスタンスは避難民を保護する、臨時に作られた組織なんだな?」  前を進むレミスは、俺に振り向くことなく言葉を続けた。 「総指揮官の祭司様が教会を拠点としておつくりになった組織。 安定した状況下にあります」  レミスは岩の隙間にはいりこむ。  俺はその向こう側を目を細めてみようとするが、暗黒以外のものをみることができない。  俺は岩の隙間に入り込み、黒に染まった視界のままレミスの声を聞く。 「そのほとんどが祭司様のお力ですが、もうひとつあるのは事実です。 そして、それが祭司様に並ぶほどに大きい」 「……」  俺の考える答えの可能性が高まる。  生贄天使は勇者の供としての信仰がある。  ならば、それなりに大きな存在になっているだろう。 「それは、突然に現れてくださいました。 祭司様だけがお治めになられている間、私は避難民の様子を日に日に確認していましたが、神経を尖らせているものが多く、好感がなかったのです。 ですが、それ――いえ、その女性が現れてからはある程度の交流が見られるようになりました」  避難という待遇のせいもあるだろう。  このような暗闇で過ごせば、勝手に不安は募っていく。  そうすれば、他人に気を配る余裕がなくなる。  ただそれだけのこと。  祭司とやらも、表向きの平穏しかつくれていないのかもしれない。 「そろそろ結末を言ってくれないか。予想はだいたいできた」 「……」  レミスは何も返さない。  俺はレミスの足音を頼りに方向を決め歩き続ける。  そのとき、ふと音が鳴り止んだ。 「その女性は生贄天使として崇められ、安心と真の平穏を与えてくださった――フレイア・エル・サザンドという者」  レミスの顔が輪郭をつくっていく。  つまり、輪郭を視覚に伝わらせる光があるということだ。  それなりの明度が――すぐ目の前でその度をあげていく。  いきなりだった。  俺の目の前の闇から光が溢れ、その向こうに予想だにしない世界が広がっていたのだから。  それは宮殿のようだった。  壁がある所を境にして、整備された白く美しいものにかわる。  レミスはそちら側へと踏み越えた。  そして、俺に振り返る。 「ここがレジスタンス――正義の宮だ」  そこはまるで光の聖地であるかのように、清らかな空気に満たされていた。  俺は一歩を踏み出した……  考えろ。  思考せよ。  そして答えを得よ。  先ほどの会話を思い出せ。  先ほどレミスは言ったはずだ。  フレイアはいる、と。  ならばもう一人は?  金髪を揺らす、幼いようで俺よりも大人なあの人は?  いない、と考えるべきか。  フレイアに会えばわかるかもしれない。  フレイアを見つければ、サクラさんもみつかる――浅はかな考えだった。  甘い。俺は甘すぎる。  策略という波に飲まれてはいけない。  光にも闇にも、狂ったものは必ずある。  それが共通する悪。  見極めなければならない。  悪かどうかを――