【タイトル】  ライトファンタジー〜勇者と魔王〜 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【サブタイトル】  FILE21:想いの狂い(第21部分) 【ジャンル】  ファンタジー 【種別】  連載完結済[全82部分] 【本文文字数】  11499文字 【あらすじ】  語られるは旋律、輪になって踊る道化師達の伝説。ある道化師は勇者の名を語り、またある道化師は魔王の名を名乗り。王道から成る、世界の真実をぶち壊す、ファンタジーストーリー 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************ FILE21:想いの狂い  白き聖堂。  僅かに青みのかかった白壁は、視界に必ずといっていいほどはいってくる。 「それじゃ、みんな。そろそろ時間だから帰らないとね」 「え〜」 「もっと遊びたいよ〜」  白一色のその聖堂で、数人の子供たちが不満そうに唸った。  その子供たちが注目するのは、一人の女性。  その女性は、茶色のかかった髪に丸いぽんぽんを二つ付け、蒼眼を困ったというように困惑させている。  子供たちは裾をわずかに余らせた、白いシンプルな服を着ている。 「アンタたち。そんな困らせてると、このお姉ちゃんは逃げちゃうそうだよ」 「え〜!?」  同じく子供たちに囲まれた、緑髪の女性が茶髪の女性のそばに近寄っていく。  茶髪の女性はありがとうというように、目に光を宿した。 「じゃあね〜」 「ばいば〜い」  子供たちは茶髪の女性から離れていく。  茶髪の女性は小さく手を振った。 「ちゃっちゃと帰るのサ〜」 「じゃあね〜」 「また遊んでね〜」  緑髪の女性の周りにいた子供たちも同様に、聖堂の門から外へ消えていく。  茶髪の女性は緑髪の女性に微笑んだ。 「ありがとう」 「いいってことサ、私たちの中にょろ? フレイアぽん♪」  茶髪の女性――フレイア――は頷くと、胸で輝く赤いペンダントに触れる。  フレイアの表情は悲しく、痛々しいものにかわった。  緑髪の女性はフレイアを覗き込んだ。  その目は小悪魔的に歪んでいる。 「フレイアぽん。また愛しの勇者様〜を考えてたな〜」 「そ、そんな、違うよ!?」 「そうやってごまかしてもだめなのサ〜」  緑髪の女性はしてやったりと言う様に勝ち誇る。  フレイアはごまかし笑いを浮かべながら、聖堂を遠目で眺めた。  柱が途方もなく立ち並び、その中心にはあまりにも大きすぎる、淡い光が込められた主柱が立てられていた。 「で、で、で。結局それは彼氏? 婚約者?」 「だから違うってば〜」  フレイアは真っ赤になってごまかした。  その笑みは嬉しそうに緩んでいる。 「やっぱソッチ関係の男か〜」 「……も、もう! はやく帰ろうよっ」 「その間は怪しいぞ〜」  フレイアは緑髪の女性を促して、主柱に近づくように歩いていく。  緑髪の女性は更なる追及を始めるが、フレイアはごまかし笑いを浮かべて黙秘を突き通した。  唐突に、主柱の光が不規則に点滅する。  フレイアは表情をたちどころに変化させ、立ち止まった。 「どうした? フレイアぽ――」 「伏せて」  緑髪の女性の頭上を何かが駆ける。  それは女性に近づいていた【何か】を叩き飛ばした。  【何か】が地面に、大きな音をたてて崩れ落ちる。 「一個じゃないところをみると、これは――」  フレイアは緑髪の頭上で止まった、桜色をした半透明の刀身をゆっくりと引き戻す。  その剣に、鍔はない。  刹那、フレイアが動き出した。  白き世界に身を隠していた【何か】が同時に移動する。  二つはぶつかり合い、火花を散らせた。  それはまるで弾丸のよう―― 「フレイアぽん!?」 「動かないでください――巻き込まれたくなかったら」  フレイアの剣に弾き飛ばされた【何か】は地面に着地する。  それはフレイアとは真逆に弾き跳んだ。  フレイアはそれを追うようにして跳ぶ。  同じ速度なのか、距離が縮まずにいると、【何か】は主柱に真横で着地した。  フレイアは剣を逆手に持ち変える。  フレイアの背に刀身と同一の羽がひらりと現れる。  そのひとつが吸い取られるように消えると、剣の刀身が長く長く伸びていった。  その剣はすでに長剣をも越す長さを持つ。  【何か】はフレイアが主柱にたどり着く前に、横へと跳んだ。  フレイアは主柱に足をつけると、剣を渾身を込めて八方に振るう。  円形の斬撃が【何か】を捉え、切り伏せた。  【何か】は力を失い、無残にも地面に激突する。  何度か跳ねたあとも、【何か】は動くことがなかった。  フレイアは主柱から地面にもどることなく、羽を広げて宙に舞い上がる。  フレイアのいた所を、新たに現れた【何か】が通り抜ける。  フレイアは剣を横に構えた。  刀身がみるみると元の長さにもどっていく。  すると、剣を持たないほうの手に、同一の剣があらわれた。  フレイアは双剣を交差させると、勢いをつけて【何か】に迫った。  フレイアの双剣が【何か】に押さえられる。  火花が一度散り、フレイアの剣が弾かれた。  フレイアは【何か】の横に舞い降り、しゃがみこむと、双剣を振り上げた。  【何か】が金属音を響かせて弾き飛ばされる。  数瞬の間、宙を舞った【何か】は、地面に叩きつけられると動きを生まなくなった。 「これで最後……かな」  フレイアはそう呟き、あたりに目を走らせた。  そして、ゆっくりと肩を落とし――吹き飛ばされる。  フレイアの体が何度かの回転をして、放物線を描いて地面に叩きつけられた。  フレイアは一瞬にして傷まみれになる。 「くっ……あ………………」  フレイアは搾り出すように喘いだ。  自らの体を両手で掴み、駆け回る痛みに耐える。  だが――敵に感情はなかった。  【フレイアに一撃を当てたそれ】は、フレイアを見下す。  その姿は、白い衣服に完全に包まれた巨体。  顔部分にひとつだけ開けられた穴から、白い光の【目】がフレイアを見ている。 「お……に……い………………ちゃん……」  フレイアは【敵】がそばにいることも察知せずに呟いた。  【敵】は大きすぎる樽のような片手を振り上げた。  フレイアを片手の影が覆う。  そしてフレイアに向かって死の鉄槌が―― 「よぉ、久しぶり」  連続して鳴り響く破砕音。  影が横に消える。  【敵】はその巨体を軽く浮かせ、地面を転がった。  そして動けなくなる。  フレイアを抱き起こすのは、一人の青年。  腰に二つの剣を挿し、漆黒の髪がなびく。  その首にあるのは、フレイアと同じ――赤い結晶のペンダント。 「フレイア、生きてるか?」 「……」  フレイアは目を見開いて驚愕していた。  そしてそれが現実だと認識しはじめるとともに、フレイアは【愛しの勇者様】に抱きついた。  せき止めていた思いが、我慢していた不安の数々が、喜の感情となって溢れかえる。  フレイアは【愛しの勇者様】の名前を、その存在を完全認識するために呟いた。 「リュークス……」 「ん、兄さんじゃないのか? 名前で呼ばれるとなんかむず痒いな」  【愛しの勇者様】――リュークス――はフレイアの背中をなでながら、そう言い返した。 「ほにゃにゃは〜。結構驚きなのサ」  フレイアが抱きついたまま停止して何十秒間、いつの間にかその女性は俺の傍に駆け寄っていた。  女性は腰まで伸ばされた緑髪に、白一色のワンピスらしきものを着ている。 「これがフレイアぽんの【愛しの勇者様〜】か。ふふん♪」 「……はっ!? い、いきなりひどいよ〜」 「ひどくなんかないサ〜というかそんあ見せ付けてるほうが私のハトがちょろんと傷ついたのサ」 「うう〜」 「……えっとどちら様?」  フレイアが緑髪の女性に唸り、緑髪の女性がフレイアに満面の笑みを浮かべていたとき、俺は気を取り直してそう聞いた。  フレイアは俺から離れ、地面に立つと、緑髪の女性に片手を向ける。 「ルラさん、私の友達」 「……それだけ?」 「や、説明かったるいので以下省略ということで」  フレイアはそういって締めくくるつもりでいる。  緑髪の女性――ルラ――は、満面の笑みを一層輝かせて頷いた。 「フレイアぽんらしくて結構! じゃ、詳しい話は後々するとして――あっちの人も来るのかい?」  ルラはそういって目で指した。  それは、俺が倒した【敵】のそばにいる白銀の戦士。 「ああ――あいつはいろいろあって、同行してる」 「もしかして、レミス?」  ルラはそう首をかしげた。  フレイアは話がわからないようで、ペンダントをいじくっている。 「そうだけど、それがどうかしたのか?」 「――ふぅん。ならちょうどいいか。【愛しの勇者様】もきたからジャストタイミングだね」  ルラは自己納得でうんうんと頷いた。  緑色のロングが揺れる。  レミスは俺の視線に気づいたのか、俺のそばに歩いてくる。 「総指揮官に面会しにいく」 「ああ――道草してすまない」 「気にするな」  レミスはそういって出口に向かって歩いていく。  ルラはレミスの前に駆け寄って仁王立ちした。 「ねぇねぇ、私たちもいっしょに同行していいのかい?」 「――ルラちゃん?」 「フレイアぽん、すこし口を挿まないでくれると嬉しいサ」  ルラは優しく、それでも鋭くフレイアをだまらせた。  レミスは歩みを止めて、ルラを見つめる。 「あなたたちの面会は予定されていない」 「でも、実は私たちには会う理由があるのサ。特にフレイアぽんにとっては結構大きなこと」 「わ、私?」  フレイアは困惑したように目を泳がせた。  ルラは笑みを浮かべることなく、【敵】に視線を移した。  そこで、俺はひとつのことに気がつく。 「……今の【レジスタンス】とやらで大きな力をもっているのはフレイアと――総指揮官とかいうやつか」 「勇者様はわかったみたいだね」  ルラはレシスに目をもどした。  レシスはゆっくりと首を横に振る。 「その可能性は否定できない。だが肯定できるともいえない」 「だから、確かめるために同行を要請したのサ」 「総指揮官を愚弄するために同行するのなら、私は拒否する」 「お堅いね」 「そちらこそ」  レシスは断固として譲らないらしい。  ふと、俺をじっと見ているフレイアの視線を感じた。  その視線の意味を感じ、俺は口を開いた。 「俺は、フレイアを見つけることが目的だった。 だからお前に同行するつもりはない」 「……」  レミスは俺に視線をぶつけてきた。 「とりあえずフレイアを保護していたお礼を言いに行ってやる。 なら、フレイアを同行させるのは当たり前だ。 そして、フレイアの友達を連れて行くくらいなんのリスクにもならないだろう」 「……」  レミスはフレイアとルラを観察するようにみる。  だが、その目に悪意はない。  ただみるだけのようにも思える。  フレイアはきょとんとするしかない。 「……同行者が増えることに、勇者が賛同するなら問題はない」  レミスはそういって、歩き始めた。  ルラもその後に続く。  俺も歩き出そうとして、フレイアに止められた。 「ねぇ、兄さん――お姉ちゃんは?」 「――ええと、まあ説明は難しいようで簡単なんだが」 「もしかして、どこか怪我したの!?」  フレイアはいつになく心配そうな顔で、俺を覗き込んでくる。  −−普段からこれならば、かわいいのだが。 『話しちゃったら? 私は弟君のなかにいますよって』 「……わかったよ」  俺は二人に向かってそういった。  フレイアは真剣なまなざしを向けている。  −−変な誤解をされなきゃいいのだが。 「つまり、お姉ちゃんは兄さんと言葉通りの【一心同体】なわけですか、ふん」 「……そんな拗ねるなって、な?」 「や、別に拗ねてませんよ。へぇ、そうなんだ、お姉ちゃんたちがねぇ、ふん……」 「……うぅ」  俺は完璧なまでに打ち負かされている。  今は、レミスを先頭にして歩いている。  ルラは関わろうとせずに、まるで俺たちとの間に壁があるかのように無視されている。  俺の視線に気づいたのか、ルラは俺に視線を返してくる。  そして、意地悪そうに微笑んだ。  −−フレイアの友達にしてはおてんぱすぎやしないか? 「そろそろ私語厳禁です」  レミスは振り返らずにそう言った。  フレイアはしぶしぶ口を閉じる。  視線がひしひしと当たってくるが、まあ一安心だ。レミスに賞賛の言葉を述べたい。  白一色の、迷路のような道々が開け、左右に淡い光を点滅させる柱がある。 「これは……」  柱の頂上がみえず、俺は目をこらした。  すると、上空から白い円盤がゆっくりと降りてくる。  それはあまりにも常識からはずれた、【不思議な重力】を纏った円盤。 『会えて嬉しいよ、世界の救世主、勇者よ』  円盤が俺たちにはっきりと見える高さで止まる。  点滅する両側の光で、なんとか円盤の上に人がいることを理解した。 「アンタは……だれだっ!!」 『私はこの『レジスタンス』総指揮官――レクイシス』  点滅する光は、レクイシスの姿を完全には照らさない。  この点滅があるからこそ、曖昧にぼやけて見ることができないのだ。 「レミス、ご苦労だった」 「問題ない」  レミスはそういって、柱に駆け寄った。  上空から光の筋が降り、レミスを包み込む。  レミスは次の瞬間には消えてなくなっていた。 『さて、少しイレギュラの客もいるようだな』 「イレギュラなんかじゃないぜ、こいつらは俺の仲間だ。レミスもな」 『……ほう』  レクイシスは感嘆するように呟き、そのあとに笑い声をもらした。  俺は眉をひそめる。 「何がおかしい?」 『いやぁ、すまない。あまりにも想像していなかったことを言うものでね。 少し落胆したよ』  レクイシスは青少年の爽やかな声を放つ。  そんなところがうそ臭く、信じられるやつだと実感させてくれる。 『さて本題だが……二人で話させてくれるかね?』  上空から、レミスを飲み込んだのと同じ光の筋が降りる。  多分、その対象は――俺。 「拒否権はないんだろうが!」  俺はそう悪態づくと、宙に跳んだ。  光の筋は極端に曲がり、俺を追尾する。  弾丸と化した俺の速さを上回る光速の追跡線は、俺の周りを螺旋状に包み込んだ。  その光が膨張すると、俺を飲み込むひとつの極太光線に変わる。  ――体が動かねぇ…… 「兄さん!?」  フレイアはそういって、俺の眼前まで飛ぶ。  光線の狙いは俺だけのようだ。フレイアは狙われない。  フレイアが俺を覆う光を切り裂こうと、双剣を振るった。  だが、双剣は物理的な何かに跳ね返されたかのように、フレイアのもとにもどる。 「大丈夫だ……心配するな」 「でも……」  フレイアは泣きそうな顔で俺をみた。  −−らしくないな。  俺は励ますように笑いかける。  光の明度が上がる。  俺の神経系が麻痺し、視界が白く塗りつぶされる。  転送――そんな言葉が浮かんだ。  体を締め付ける圧力を感じる。  そして、俺は意識は浮遊した――  白の世界。  これは、壁が白いのではない。  視界をどこに動かしても、白しかないのだ。 『ようこそ。平等なる世界、その礎となる我が家へ』 「……平等なる世界だと?」  俺は拳を握りこんだ。  感覚は――ない。 『素晴らしいだろう。いまや五感のほとんどを塗りつぶした。 感覚があるからこそ世界は争いを生むのだ。私は世界を塗りつぶす正義の白となる存在』 「――何が正義だ」 『わかってくれないようで、悲しいよ』  白の世界に、虹色の光が降り注がれる。  俺は上に視界を移した。  眩い光に、俺の目がくらむ。 『どうかね。美しいだろう』 「……」  宙に設置されたステンドガラス。  それは自然の摂理を完全否定して、白の世界に光を放っていた。 『罪深き人間は、この汚れなき美をその邪な手で汚そうとする。 なんて卑劣な生き物なのだろうか。 だから私は思ったのだ――世界から不幸を呼ぶものすべてを排除すると』 「……狂ってる」  俺はそう呟くことしかできなかった。  美が汚れるから、汚すもの全てを消す。  この世に永久機関がないのと同じく、永遠に美しいものもないのだ。  過去であっても色あせ、最後には消えてなくなる。  輝いている今を見せることが、美の存在意義ではないのか。  見るものもなく輝くのは、あまりにも空しすぎる。 『勇者よ、君も私と同じになる』 「ならない。断言できる」 『なる。そう私は断言しよう』  ステンドガラスが消える。  俺の五感が麻痺しはじめ、レクイシスの声だけが脳に直接はいってくる錯覚を得始める。 『君は知らないのだよ。人間の黒く禍々しい心をね。 人間が欲望に忠実になれば、それは魔物に匹敵する。 私の願いも、簡単にすればただの独占欲。 君もそれにおぼえがあるはずだ』 「なんのことを……俺はアンタとは違う」 『そうだ。人はそれぞれ違いがある、同じではない。だが、それは根本的部分での言葉だ』 「戯言だ」 『人間は集団で生きている。人間は環境の子どもだ。人はそれぞれが違うといっても、悪に染まったものは五十歩百歩悪であることに変わりはない。 それと同じように、貴様と私は魅入られし者――同類なのだ』 「――どういうことだ?」 『わからないか――恋だ。私はこの美に恋をした。だからこそ汚れることを恐れている。 君も同じだ。今は同じでなくとも――必ず君も己の溢れすぎる愛情に狂う』  俺は頭を押さえた。  神経系に干渉する触手を感じ取ったからだ。  いつからだ――この世界ではやつは千の干渉方法をもっている、今は対策だ。  五感がない、触覚がないのはつらいかもしれない。  痛みによる対抗ができなくなったからだ。  魔力を高まらせることも、高まることを感じ取れないので不可能に近い。  精神防壁はないにも等しく、干渉触手は俺の精神を侵犯していった。 『人間とは自己中心的なものだ。だから私はこう言おう――君を私の操り人形にすると』 「……く……そっ」  俺は声を絞り出した。  すでに麻痺させられている触覚と視覚と嗅覚と味覚はレクイシスに奪われた。  残るは聴覚と自我――何かを忘れている。  大きな存在、五感以外のもので精神深層に収納された――  −−お――弟く――  来る、来る、来る、来る。  この場を、この戦況を、大きく覆せる、俺にとって大きな存在。  その存在は――彼女は―― 「セ………………レ」  彼女の存在は――解き放たれた。  女神は、その怒りの矛先を愚かなる白の狂者に向け――鉄槌を下すために降臨する。 『ク……我が神聖なる光化(フォトム)を邪魔するとは、不愉快だ』  【白】は蠢く。  白一色の世界において、その白の動きは視覚できないものになっている。  だが、【女神】は【白】を直視していた。 「弟君……がんばったね……」  【女神】はそう呟いた。  その目は激しく移動する【白】を完璧に追い続ける。 『なぜだ。なぜだ。なぜだ――なぜだ!?』  【白】は唸った。  【女神】は巫女服を揺らして腕を振り上げ、その掌を【白】に向ける。  圧縮された光弾が【白】を直撃し、数本の波動が迸(ほとばし)る。  【白】が致命傷をうけたのか、それは【白】と【女神】にしかわからない。 『キサマキサマキサマキサマァァァ!!』  空間が歪む。  保護色によって隠れていた【白】の姿が濁りを生む。  それは平常心を失ったことによって生まれた――【白】のスキ。 「空間分離を解除します。現実(リアル)との接合に要する時間は――なし」  世界が崩れ去る。  白一色の宙が割れ、現れるのは――現実。  足場がなくなり、気絶したリュークスは宙へと放りだされた。  だが、すぐに【女神】がリュークスを抱きとめる。  割れた世界の破片が消滅していくなか、【白】と【女神】は現実へと降りていった。  【白】の纏う蒼と白の服がなびいた…… 「兄さんを――返せ!!」  フレイアは双剣を柱に投げた。  その一瞬後に、背の羽を分離して発射する。  だが、双剣の刺突と羽による一斉射撃をうけても傷つかない薄明の柱をみて、フレイアは悔しさに顔をしかめた。 「――レミス」 「……」  レミスは柱の間に近づいていく。  ルラはそんなレミスを数瞬見送り、耐え切れないようにして駆けようとした。  レミスはルラが数歩駆けたときに振り返った。  その手には白銀の剣が握られている。 「レクイシス様に逆らうものは――悪だ」  レミスはゆっくりとフレイアに視線を移す。  フレイアは手元にもどした双剣を交差させ、構えた。  分離したままの羽が高速でレミスを取り囲む。  レミスは剣を振るった。  斬撃が羽のいくつかを叩き落す。  残った羽がレミスに光弾の雨を浴びせる。 「……」  レミスは表情一つ変えずに剣を持たないほうの手を突き出した。  くるぶしあたりの鎧から白銀の刀身が解き放たれる。  レミスは双剣を優雅に踊らせると、光弾をすべて防ぎきった。 「レミス……アンタはなんでわからないのサ。 いつもいつも、アンタはあの偽善者を信じ続けてる! アイツのどこが信じられるってんだい!?」 「……レクイシス様は、私に正義を示すお方だ」  レミスは双剣を今一度振るう。  空気が摩擦され、火花を散らせる。  白光の斬撃が辺り全体を眩ませた。  ルラは思わず目を閉じる。  だが、ルラに痛みが走ることは無かった。 「……大丈夫? ルラちゃん」 「フレイア……ぽん……」  ルラは目を開け、震えた声でそういった。  フレイアは、優しくルラに微笑む。 「そんな顔するなんて、ルラちゃんらしく……ない……ょ………………」  フレイアは倒れた。  その顔が苦渋と痛みに歪む。  その背には深く刻まれた傷から、血がにじみ広がっていく。 「フレイアぽん!?」  ルラは必死な表情で、フレイアに駆け寄った。  そして、ぽろぽろと涙をこぼす。 「やだ……私………また何もできない………………」  ルラはいつになく取り乱すと、フレイアを抱きしめた。  レミスはただ無表情に、穏和さどころか穏和さも感じさせない機械のような無の視線を二人に向けていた。  唐突に、ガラスの破砕音が上空から膨れ上がる。  白い破片が舞い落ちるが、それがレミスたち地上に触れることはない。  だが――それは降臨した。  重力という枷から解き放たれ、自らの摂理という枷をはめた――女神。  その目はレミスを射抜いた。  普通の者なら、その目を向けられるだけで足踏みをしてしまうであろう。  だが、レミスは何事もなく双剣を構えなおした。 「弟君とフレイアちゃんを……ここまで追い詰めたあなたたち………………」  その巫女服がはためき、【女神】が動いたことを理解させる。  【女神】の片腕に抱きかかえられるのは、力尽き気絶する勇者がある。  【女神】はレミスに先制攻撃を与えることなく、地面にスキをみせることなく着地した。  その視線は敵を牽制しながらも、負傷した妹君へ送られる。  【女神】とともに降臨したのは、白と蒼の衣服を身に纏う青年。  彼はレミスのそばに降り立った。 『――今は退く。私の【白世界】が幾分か負傷した。治療にはいる。お前も来てくれるな?』 「……仰せのままに。レクイシス様」  青年――レクイシスはその返答に満足したように笑みを浮かべる。  薄明の光を宿した白柱の狭間に、発光する球体が現れた。  レクイシスは【女神】と視線を摩擦し合いながら、球体へと身を翻す。  【女神】はそれを待っていたかのように、その場から消えた。  その姿はレミスの横をすぎるときに一度、像を結ぶ。  だが、【女神】の進行を妨げる正義があった。  【女神】の、力の溜められた拳をレミスの剣が押さえ、その歩みを止めさせる。  球体に入り込んだレクイシスの姿は、影すら残さず消えうせた。  レミスと【女神】は数秒の停止をもって、レミスの先攻で時の動きが再度復活する。  白雨・多雨駆使百閃撃  レミスの持つ、【女神】に放たれていない剣の周りに、白色の針が無数に浮遊する。  レミスはその剣を【女神】に躊躇なく振るった。  【女神】は瞬間的に、レミスから人間二人分の距離をあける。  白針の流は地面お削り取ると、放物線を描いて【女神】を喰らいに突き進んだ。  【女神】が両手を突き出した。  それに同調するかのように、【女神】の背後に浮遊する光結晶の四角柱(ダイヤ)が女神の眼前へと移り、その身を盾にする。  削られる音と火花、そして結晶を突き破ろうとする突進の圧力が【女神】を襲う。  針は一度防がれると霧散していく。  【女神】は歯を食いしばり、白針の流から逃れきった。  【女神】はそのまま肩で息をすると、結晶を背にもどす。 「……」  レミスは双剣をしまった。  その背後には、レクイシスの消えた球体がある。  レミスは身を翻し、球体に歩み寄った。 「まって――まってよ、レミス!!」  ルラはフレイアから体を離さず、レミスに泣き叫んだ。  だが、レミスはそれが聞こえないかのように歩みを止めない。  レミスの体が、球体の光に照らされる。  白銀の鎧に光が宿り、その顔の無表情がただただ光を見つめる。 「……」  レミスは球体にその身を進みいれた。  球体は抵抗なく、レミスを受け入れる。 「レミ……ス……」  ルラの、搾り出したような声が響く。  球体は一際大きく輝くと、膨張するように広がり、光の粉となって霧散した。  それは美しいといっていい神秘的な現象なのだが、感動をおぼえるものはいない。  一人は安堵を。一人は痛みを。一人は何も知らず。そして一人は――  「レミス……やっぱりあなたはあなたで……私は私なんだね……」  −−絶望を。  −−【魔界】。  それは世界への再降臨に唸りをあげる。  その王座に座る【魔王】は、冷たく穏やかであった。 『すまないな……』 「何をいっている」  すべては独り言。  この場にいるのは【魔王】ただ一人なのだから。  【魔王】に居坐る、一人の男の人影が【魔王】の脳裏で揺らめく。 「これは【私の意志】だ。お前の都合はついでだ」 『お前のそういうところ。大っ嫌いだぜ』 「俺もお前が大っ嫌いだ」  魔王は世界を見下ろした。  平穏、静寂――この場合、絶望が正しいだろう。  絶望が腰をおろす世界は、あまりにも静かすぎた。 「力は、あと少しで揃う。もうすこしで――」 「もうすこしで、なんだ――魔王よ」  魔王は剣を引き抜いた。  その剣に交わるのは、紅い長爪。 「盗み聞きとは、やることが姑息だな――魔神よ」 「私が得た真実に値することだよ――愚かなる魔王」  魔神は、仮面に隠れた眼を獰猛に輝かせた。  それは怒りでも、憎しみでもない――残虐なる狂輝。 「まあいい。支障はないさ――魔神、あなたが消えることなど、私の計画に差し障りない」 「――やはり貴様。【魔王】としての役を果たすつもりがないのだな」  魔神は両手から闇を噴き出す。  【魔王】は闇の濁流に飲み込まれる。  魔神はその場から跳び、宙で停止すると、その両掌に闇を凝縮させた。 「私は貴様とは踊らない。私が奏でるのは――道を踏み外しし者への断罪!!」  幾重にも放たれたブラックホルはその力を知らしめる間もなく魔神の手中に集められる。  そして顕現されるのは――この世ならぬ漆黒の雫。  |絶望魔曲・世界終局告死魔球連爆滅(ブラックホル・ビッグバン)  闇に包まれた玉座に、更なる闇が落とされる。  一度破裂した闇の爆発を始点に、何度も何度も爆発の連鎖が行われる。 「絶望に焼かれ、今一度魔の王として再誕せよ――!!」  闇の連鎖が唐突に終わる。  煙を晴らすように、魔神は紅い長爪を振るった。  玉座までの煙が割れ、その場に誰もいないのを確認すると感心したように呟いた。 「さすが【魔界】といったところ。この【外層】の強度を破ることは不可能に近いか。 そして、世界ひとつ分の魔力と、その世界の住人の魔力を創造者は維持しなければならない。 やはりこれを飼いならす魔王は私とは違う力を持っているということか……」 「余所見か。ずいぶんと余裕なのだな――魔神よ」  世界から音がなくなった。  魔神が振り返ろうとする動きが、ずいぶんと遅く感じられる。  それよりもはやく、魔神は玉座へと叩き落された。 「ガァ……」  王座に跪くようにして脱力する魔神。  いつの間にか玉座にもどった【魔王】は、刀身の先を魔神に触れるか触れないのかの所まで近づける。 「魔神よ。悪いが俺を止めることはできない。 俺の想いは、貴様の知る完璧なる核心の真実には記されない。 だが、その想いが俺を突き動かすのだ」  【魔王】は腰に挿すもうひとつの剣を抜刀した。  その剣は紫色のオロラを刀身に纏い、僅かながら雷撃を迸っている。  生きている目玉の、巨大すぎる柄から伸びる深紫の魔剣と交差させ、【魔王】は魔神の前に構えた。 「そして、もうひとつの真実を――貴様に見せてやる」  開花  【魔王】の力が解き放たれる。  それとともに世界へと解き放たれるのは、双翼。  魔神はその双翼に驚愕の目を向けた。 「ウソだ……まさか……まさか!?」 「真実だよ、魔神。すべてが真実。 俺は魔王としての役割を捨てた。それをさせたのが想いだ。 だがそれが――俺のだけとはかぎらない」  【魔王】は魔剣と魔刀を振るった。  魔神の体を抵抗なく切り伏せる。  魔神の体が仰け反り、ゆっくりと地面へと落ちていった。  それとともに、魔神の体が黒い斑点に喰らわれ尽くされていく。  回復の兆しは微塵も感じられない。 「貴様は強い、魔神よ。だが――俺は神を超えるつもりだ。堕ちた神を瞬殺することなど造作もない」  魔神の体がなくなる。  残された黒い斑点は【魔王】のもとへと帰る。 「さあ……邪魔者は消えた……」 『彼女を世界へと引きずり戻す……この野望を止めることは神ですらできはしない……』  【魔王】の姿に、もうひとりの人影が混じる。  双翼は想いに共鳴するように羽音を響かせた。  禍々しき漆黒の翼と――美しき輝白の翼が【魔王】の開花象徴体として、この世界に君臨している。 「あとは俺たちの想いだ……」 『俺たちの想いが彼女に届けばすべてがうまくいく……』  狂ったかのような笑い声が響き渡る。  いや、実際狂っているのだろう。  【魔界】は衰弱する大地に君臨する【暗黒時代】の象徴。  その息遣いがゆっくりと瘴気として噴出した……