【タイトル】  ライトファンタジー〜勇者と魔王〜 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【サブタイトル】  FILE22:想いと力、ルラとレミス(第22部分) 【ジャンル】  ファンタジー 【種別】  連載完結済[全82部分] 【本文文字数】  11376文字 【あらすじ】  語られるは旋律、輪になって踊る道化師達の伝説。ある道化師は勇者の名を語り、またある道化師は魔王の名を名乗り。王道から成る、世界の真実をぶち壊す、ファンタジーストーリー 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************ FILE22:想いと力、ルラとレミス  何が狂う。  何に狂う。  俺にはわからない。  わかるときではないから。  ならば、なぜ狂うとわかるのか。  俺ではないから、なのか。  だが狂うのは俺だ。  なぜ、俺が狂う。  俺が狂う、その理由―― 『踏み出すからだ。選ぶからだ』  −−もう一人の俺。  闇色に染まった俺。  なぜ俺が存在するというのに、俺の前に俺が存在するのか。  それのどちらかが偽者であったとしても、どちらが俺なのか、どちらが俺でないのか、それはわからない。  あるいは――両方が俺なのか。  人間には三つの人格が存在するという。  本能、理性――そしてその二つをつなぎとめる調律者。  それが混ざり合い、俺をつくっている。  ――それは、分離したはずだ。  本能が消えた。  調律者も姿を現さない。  −−なら、俺は理性なのか。  俺という存在には、理性しかないのか。  戦いとは本能でするもの。  力とは、本能の手中なるもの。  なら、なぜ俺は本能を失って尚、力を手にしている? 『答えは簡単だ』  闇の俺が答える。  俺にはわからない解答。  俺にはわかる解答。  なぜ――俺にはわかるのか? 『お前は本能をなくした――本当に貴様は力をもっているのか』  −−気づいた。  それは砂時計の砂が、下へと落ちていくように−−  ゆっくりとなくなっていく、本能の数々―― 『タイムリミットは近いぜ。何も守れない苦しみを味わえ――』  闇の俺に奪われていく本能――  感情が、想いが、闘争力が、失われていく――  俺の意識が驚愕に埋もれ――浮上した。  視界が安定した。  だが、視界に映るものが変わることはない。  寝ているのだろう。ということはこれは天井か。  白――それだけだった。  俺は血が全身に回り始めたのを機に、ゆっくりと上半身を起こした。  俺はいきなりの運動に軽く眩暈をおぼえながらも、あたりを見回す。  俺は白に囲まれていた。  だが、それぞれに角があることからこれは壁なのだと気づく。  壁のひとつに、人一人が収まる筋の四角が刻まれていた。  俺は手を何度か握りこみ、ゆっくりと立ち上がる。  −−ここはどこだ。  俺は剣の在る無しを確認し、四角の筋域によった。  片手を突き出し、その壁に触れると、それをゆっくりと押した。  壁がゆっくりと、右側を軸に動き出す。  壁が唐突に抵抗圧力を途切れさせると、それ以降動かなくなった。  その壁は垂直に止まり、俺の視界に新たな白が現れる。 「ドア……なのか?」  俺はその重みを思い出し、疑問系にしてしまう。  坂のようになった床を下る。  足音が反響し、静寂の緊迫に飲み込まれそうになるが、それよりも速く次の扉が見つかった。  先ほどと同じく、壁に通った筋を見つける。  色の違いがないせいかわかりにくいが、わずかに色あせているように思える。  俺は慎重に片手をのばし――瞬発的にもどした。  バックステップで構えをとり、柄に手を置く。  扉が俺側にゆっくりと動き出したのだ。  つまり――向こう側に誰かが居る。  俺は視線をギラつかせる。  柄を握る手を強くする。  だが、扉が極限まで垂直に開かれると、すぐに俺は緊張を解いた。 「あ……起きたんだね。【愛しの勇者様】」 「その呼び方やめないか、ルラ?」 「ん〜、まあ考えとくサ」  ルラさんはそういって後ろ手に扉を閉める。  −−先へ行かせてくれる気はないらしい。 「ルラ――フレイアはどこなんだ?」 「そのことも含めて話すから――もどろっか?」  ルラはそう促(うなが)してくる。  俺は頷き、身を翻した。  ルラはすぐに俺の視界へにょきっとでてくると、満面の笑みを浮かべてくる。 「一番にフレイアぽんのことを聞くなんて、やっぱり心配かい?」 「いや……まあ、仲間だからな」 「それ以外は?」  ルラは意地悪そうな笑みを浮かべて、そう問い詰めてくる。  俺はそれを受け流すように、軽い笑みを浮かべておいた。 「とりあえず黙秘だな」 「あ〜そんなこといってると怪しいぞ〜」  そんなことをいっているうちに、開け放したままだった部屋にもどってきた。  距離はないようなものだったから、当然だろう。 「とりあえず……ここはどこなんだ?」 「――ここは私の家なのサ」  ルラは胸を張って言ってくる。  ――胸を張ることなのだろうか。  またもやルラが後ろ手にドアを閉めた。 「……で、さっきの質問――フレイアぽんのこと」 「――何かあったのか?」  ルラの表情が真剣みを帯びてきたことに気づき、俺はそう告げた。  ルラはゆっくりと頷いた。 「結構深いみたい。しかも――レミスの攻撃だから、より回復が遅い」 「――レミスのことを知っているのか?」  ルラは唸ってみせる。  それは辛い過去を思い出すときのような――痛々しい表情。 「――知ってるよ。とっても、とってもね。 でも、レミスは私を知らない」 「どういうことだ?」 「――気づいてるでしょ? レミスは――想いをなくしたんだよ」  ルラはそう話をはじめ――自らの過去を話し始めた。    ◆◆ 「まったく、レミスは強いのサ! でもそのために傷だらけになってどうする!」 「いっ!?――叩くな!!」  絶望ではない。まだ【暗黒時代】でなかったときのこと。  ルラはフレイアたちと同じような【貴族】だった。 「――ここの兵は強い。俺はその二倍強くならないと、お前の傍に居られないだろうが」 「そんなことを堂々といえるのは良いのか悪いのか……」  そして、レミスはルラを守る騎士の一人だった。  レミスは親をなくし、金を稼ぐために騎士となった。  ルラを守るというのは、レミスにとって仕事内容なのだ。  そして、兵の中で一番強くなることでレミスはさらに給料をもらえる。  それが――ルラの護衛だ。 「それより、ルラ――勉強とかやらなくていいのか?」 「ふはは。もう終わったのサ〜」 「あいかわらず頭だけはいいな」  そういってレミスは意地悪そうに蒼眼(・・)を細めた。 「ん〜そんなことをいうのはこの傷かな〜?」 「なにいって――がっ!!」  ルラはレミスの腕に巻かれた包帯を容赦なく叩いた。  レミスは痛そうに呻く。 「悪かった! 俺が悪うございました――これでいい?」 「OKサ〜」  ルラは笑みを絶やさなかった。 『幸せだったよ、あのころが一番幸せだった』 『だから、更なる幸せを求めてしまったのだろう』 『――私たちは、お互いを求めすぎて、早まったんだよ』 「レミス! いったいどうしたのサ!?」  ルラは走るようにしてレミスを追い続けた。  だが、レミスはルラを無視してさらに歩みを速める。 「最近変だよ!? 私に会いに来ないし、ずっと練習してるし――私の護衛になるくらいで、そんなにしなくても」 「違う。足りないんだよ――力が」  レミスはそう冷たく言い放ち、走り出した。  ルラはレミスに手を伸ばす。  だが、その手がレミスを掴むことは――なかった。 『力がなかったんだよ』 『私には力がなかった』 『あったのは――ただ純粋な想い』 『だから――彼が間違えるのを止められなかった』 「レミス!!」  ルラは喜びを隠すことなく、白銀の鎧を着込んだレミスに駆け寄った。  そして、レミスの顔を覗き込んで――驚愕する。  目を開ききって、現実を拒絶した。  レミスは、ゆっくりと口を開く。 「何なりとお申し付けください――ルラお嬢様」  レミスの白眼(・・)がルラを無機質に見つめる。  ルラの中の何かが、ぷつりと切れた。  それは狂うのではなく、スイッチのようなもの。  今まで耐えていた悲しみ、孤独感、不安、そのすべてが爆発した。  だが――レミスの表情がかわることはなかった。    ◆◆ 「まあ、こんな昔話だよ。でもそんなに昔のことでもないんだけどね」 「なんで――レミスは、お前の側についてないんだ?」  ルラは悲壮な顔つきのまま、痛々しく微笑む。  無理に笑っていることが目に見えている。  俺の心も、自然と締め付けられる。 「レミスをあんなのにしたのはレクイシスだからね。あいつの命令は絶対なんだよ――例え何があっても」  ルラは思いを抑えたようにそう呟いた。  つらいのだろう――思い出すことが。 「で、フレイアは助かるのか?」 「……とりあえずあの人が治療してる」  あの人?――俺は思考回路を活動させることであることに気がついた。  なぜ気づかなかったのか、自分が腹立たしい。  −−セレが俺のなかにいない。  俺のなかであの人というのはセレではないか、という仮定が浮かぶ。  だが、それを現実のものと確定するには――情報が少なすぎる。 「時間の問題かな、とりあえずは大丈夫だと思うけど」 「そうか――」  俺はある程度明るくなったルラの顔を凝視した。  ――オブラトに包んでも、結果はいっしょになるか。  言うことは言わなくてはいけない。そう思い俺は口を開こうとして――ルラの人差し指に押さえられた。 「リュークス君の悪いところ――自分以外のことにかまってる暇、あるのかい?」  ルラはそういった。  そのとおりだった。だから何もいえない。  俺は口を閉じた。  ルラは満足そうに頷く。  そして――それは訪れた。 「ルラ――どうやら戦闘開始のようだぞ」  俺は銀剣を引き抜いた。  それと同時に、部屋の天井から二体の【白刺客】が牙を剥いている。  刺客と思えるのは、その両手から三本ずつ白剣が突き出され、全身が真っ白だからだ。  俺は落ちてきた一体を剣で押さえる。  そのまますべらせるようにして地面におとし、剣を振り上げた。  上空にいる【白刺客】も斬撃を受ける。  二体ともが傷を負い、白い粉を噴出しながら消滅した。 「こいつら――レクイシスの手下かも」  ルラはそうつぶやいた。 「前にフレイアが襲われたみたいなのが何回かあって、多分その類だと思う」 「――数が結構いるな」  俺は部屋のそとを探り、そういう。  ひとつやふたつの次元ではなく、じゅうやにじゅうの次元だ。場所特定はできない。  そして、一際大きな気配が――ふたつ。 「とりあえず、フレイアとあの人のいる場所に連れて行ってくれるか?」 「了解サ――たどり着けたらだけどね」  俺はにやりと笑う。  溢れてくる気配――俺はドアに手をかけた。  そして、迷いなく押し開ける。  そのさきは戦場だ。 「さあ――【刺客】は放たれた」  白の世界。表現は同じだが、場所はルラの家だ。  そこに、白と蒼でコティングされた服を着た青年と、白銀の騎士が立っていた。  纏う魔力は白の世界でも強調される覇気となっている。 「目標は愚かなる勇者と罪深き天使――二手に分かれているようだが、いけるか」 「問題ありません」  白銀の騎士は心のこもらない眼を向けた。  青年は満足そうに頷くと、紫の目を見開いた。  その目の中で、淡い光が揺らめく。 「――それでは始めようか。【鬼ごっこ】を」  青年の楽しそうで、狂った笑い声が響き渡った。 「ここにいるほかの人間は?」 「私だけだよ。あとはフレイアぽんとあの人。 元々ここに閉じ込められてたみたいな感じだし、私しかいない牢屋って感じかな!」  それが比喩であってほしいものだ。  俺は視線を動かさずに左右へ銀剣を振るう。  捌くまでもない。こいつらは最弱の【白刺客】どもだ。  機械的な陣で進行してくるので斬撃一度で全員切り伏せられる。  だが、その白銀剣の爪は注意すべきだと気づいた。  あれだけが攻撃力高い、深手に遭わされたら一気に飲み込まれる。  守備力より攻撃力、下手な弾も数打ちゃ当たるということか。  俺はルラを背に歩みを緩める。  白の壁から【白刺客】が音もなく駆け出してくる。  抜け身の銀剣で、【白刺客】を薙いだ。  その一撃で【白刺客】がすべて弾かれ消える。  俺はルラを促して、駆けることを再開した。 「問題は……治療の中断がされていないかということだよ」 「中断されていたら……」 「言ってほしいなら言おうか?」  俺は首を横へ振った。  ルラは俺の前に移ると、ひとつの壁を指差した。  そこにはよく目を凝らさないと見えない筋でできた四角形がある。  ルラはそれを体全体で押した。  【白刺客】が地面や壁から出てくるが、俺が瞬間的に切り伏せる。  壁が動き出し、垂直になって停止すると、ルラは中に走っていく。  その場所は今までの造りと異なっているようで、俺のいる狭い通路から直角の傾斜越しに、広大な白床が見えた。  その中心には、蒼い光球内で浮遊する――フレイア。 「わかってると思うけど――ここ降りるよ?」  ルラはそういって結構な高さのある直角傾斜を降りた。  俺は一瞬躊躇し、ルラのあとを追う。  ――ダンッ!!――  俺は足に響く衝撃に顔を歪ませる。  隣では俺より小柄なルラが球体に駆け寄っていた。 「フレイアぽんは大丈夫ですか?」  俺から見て、球体の裏側の方に走っていくルラ。  そこに【あの人】とやらがいるようだ。  俺は淡い期待を持ちながら裏側へまわりこん―― 「弟君!!」  ――回りこむ前に飛び出してきた。  俺に抱きついてくる少女は、顔を俺にうずめているので誰かはわからない、はずなのだが、俺にはこの少女がだれかわかった。  訂正すべきことは――少女ではなく、俺より年上のお姉さんだったことか。 「弟君に会えなくて寂しかったよ〜♪」  頬ずりしながらそういってくる様は、どうみても年上に思えないんだが……  だが、声からわかる。  俺は彼女の背に手を当てた。 「久しぶり……セレ」  彼女――セレは顔をあげる。  そして、輝く笑みをみせた。  セレの顔を目で見るのは久しぶりだ。  ――目の保養になる。 「やっぱりセレだった。俺の中から消えてたから、まさかとは思ってたけど……」 「えっとね……そのぉ……弟君が戦闘中で気絶したときに……お姉ちゃんちょこっとキレちゃって〜……あはは〜」  セレはごまかし笑いをする。  その仕草も可愛らしい。  久しぶりにみることができたせいか、俺は怒ろうと思わなかった。  第一、気絶した俺を助けようとしてくれたのだろう、それを怒ろうとは思えない。 「……それで、セレさん? フレイアぽんは大丈夫なんですか?」  ルラがそう聞いた。  セレは俺から体を離し――それでも両手は俺に触れたままで――ルラに向いた。 「大体の治療は終わったよ。安静状態にはいったからあとは時間が必要なだけかな」  時間、稼げるのだろうか。  ここから運びだそうにもあたりはすでに【白刺客】が徘徊している。  セレはすでに【開花】している。球を動かしていても戦力になる。  だが、ほとんどは俺が行動しなければならない。  雑魚だけならともかく……多分【白刺客】の親玉がいるだろう。  それはきっと二人で、そのうちの一人が――レシスだ。 「……外に魔物がいるの?」  セレは壁の向こうを警戒しながら聞いてくる。 「ああ――魔物みたいなやつがうじゃうじゃいる。 多分大将は――前に会ったレクイシスとレシスのどちらかだろう」 「あの二人――会いたくはないね」  セレはそう言った。  俺も、ルラの顔色を伺いながら頷く。  その時、白の波紋が空間を震わせた。  その白の波紋は俺たちを通り過ぎ、この部屋の宙に吸い込まれる波紋――  波紋の中心に、波紋が集まるごとに輝きと大きさが増す白き球が生まれた。  それは、一際大きな輝きを放つと、閃光の爆発をおこした。  痛みも、衝撃もない。  俺はセレを背に庇い、目を細めて光の先を睨んだ。  極光の後に広がる、くっきりとした黒い影。  そのなかに、白銀を発光する一人の――騎士が降り立った。  二度、軽い靴音が響く。  俺はそいつの名を知っていた。  多分、ルラも気づいただろう。  そいつは――レミス。 「排除対象、及びそれを保護した周辺人物。君たちを――排除する」  レミスは冷ややかにそう言い離した。  その手には白銀の双剣が交差され、摩擦音を響かせる。 「セレ。ルラとフレイアを頼む」  俺はそういって駆けた。  姿勢を下げ、空気抵抗を減らし、一気にレミスへの距離を詰める。  俺は銀剣を振り下ろす。  その剣を側面から圧するのは、白銀の斬撃。  二つの斬撃は火花を散らし、お互いの手元へ戻った。  俺は銀剣がひとつ。そしてレミスは白銀剣はふたつ。  すでに、レミスの斬撃が俺に向かっていた。  俺はそれは紙一重で受け流すと、レミスの脇を通り過ぎた。  その一瞬で俺は、レミスの腹部を切り裂く。  俺はすぐに振り返り、レミスに今一度視線をあわせようとする。  だが、俺の眼前に剣先が向けられていた。  ――どうして、どうやって。理解できない速さだ。  剣先に集まる光。それは白銀剣の周りで浮遊する、いくつもの白光の弾丸と化した。  白雨  俺の五体に衝撃が走る。  体が俺の意思以外の力の干渉を受け、弾き飛ばされた。  背に強い衝撃を感じ、宙の飛行を終える。  全身が針に刺されたかのような痛み――俺は立ち上がることができない。  背にあるのは壁だろう、レミスとの距離は三瞬駆けても詰めることができないほど。  レミスの目は――セレに向いていた。 「く……そ……」  俺は弱くなった。  いや、元から弱かった。  みんなが――セレとフレイアがいたから強かった。  だから、脆かった。  悔しい、そう思う。  俺は誰一人守ることができない。  俺の手は――何も掴めない。  そのとき、俺の思考に光が挿した。  狂った光ではなく、見るもの全てを魅了する神の光―― 「……」  まだ手は残っていた。  今まで恐れて使わなかった、二つの最終手段。  俺の――俺に与えられた力。俺自身が掴み取った力。  俺は【それ】に触れた。  僅かなそれでも大きな流れ。  【それ】に干渉する。流れを塞き止める。  与えられたのは三瞬――終わったあとのことなどどうでもいい。  俺は牙とならなければならない。守るため、そのすべてを使い果たさなければならない。  レミスは気づいていない。誰も気づいていない。  俺の策は確実に、レミスを網の中へ引き入れる。  そして俺は――拳を握りこんだ。  すべてが色あせ、すべてが鼓動を止め、世界に記されることのない時が始まる。  そこは俺の世界。俺だけが鼓動する世界。  俺はゆっくりと――立ち上がった。  一瞬が訪れる。  俺はレミスの目の前へとやってきた。  レミスは完全無機質な物質へと化している。  時空干渉による時間停止――効果はしっかりと効いていた。  一瞬と二百分の一瞬が経過した――俺は柄に手をかけ、僅かにその刀身を引き出す。  世界に、真なる光が注がれる。  百分の一瞬がさらに経過した。残る時間はあくびがだせるほどにある。  俺が込めるのは殺気。  一撃で相手の死を紡ぐことができる――恐怖。  そのとき、俺の力が唐突に消えた。  なぜ――合計二瞬が進んだ。  無駄な考える暇はない。俺は剣を振るうことだけを考える。  剣を鞘から完全に抜き取る。  【最終手段】時干渉に並ぶ勇者特有武器、輝剣クラウ・ソラスがその輝きを完全とした。  クラウ・ソラス自身の世界が展開する。  レミスの鎧に、鈍い光が反射する。  残り五十分の一瞬――時間がなかった。  俺は今できるすべての力を込めて、剣をレミスに振るった。  激突音、殺傷音、斬撃音――そのすべての代わりに極光が八方に放たれた。  俺の視界が光に埋め尽くされる。  そして、三瞬が過ぎた。  色がもどりはじめ、塞き止められた時間が流行を始める。  それとともに、精神と肉体に重く圧し掛かる【疲れ】が訪れる。  その疲れは懐かしさを思い出させてくれる。  俺はシャットアウトしそうになった視界を何度か瞬きすることで復活させ、レミスを探す。 「……」  レミスは立っていた。  ただ立っていた。  まるで石像と化したかのように、腕をだらんと揺らして立っていた。  俺は立っていることに驚愕し、一動作を見逃さないようレミスを睨む。  レミスは僅かに体を曲げ、目を髪で隠していた。  口元は何事かを呟いている。  レミスは唐突に球体へと目を――いや、まっすぐルラへと目を向けた。 「ルラ……そうだ………ルラは俺の………想いのすべて」  レミスは顔をあげた。  その顔が穏やかに微笑んでいるのをみる。  そしてその瞳の色は――蒼。  ルラは弾かれたかのように跳び出した。  俺は疑問に思う。  レミスは想いを取り戻したのか。ならなぜ取り戻せたのか。  すべては――この輝剣の力なのか。  俺はふと気づく。  レミスの目が今一度――白く無機質なものへと変貌したことを。  そして、俺は走り出していた。  レミスの腕が動く。  その手に握られた剣の射程を測り、俺の速度とルラの速度、その射線を計算に入れ――俺は射線を修正した。  レミスがルラへ剣を振るう。  ルラは僅かに速度を緩め始めるが、停止したときにはレミスの目の前だろう。  俺はルラに体当たりをかますつもりで速度を上げる。  ルラの顔が間近に迫る――俺はそのままルラを押し動かし、レミスの攻撃範囲から外へ送った。  そのまま抜け身の輝剣をレミスへ構えた。  白銀の双斬撃が輝剣を左右から挟み、火花を散らせた。  レミスの双剣が輝剣を押さえる。  火花と連続の摩擦音が響く。  ――クラウ・ソラスの張る結界の中でこの力なのか。  やはり、レミスは強かった。  そんなに強いのに、なぜレミスは間違えたのか。 「お前は今――自分の愛する女を切り刻みかけたんだぞ!?」  俺は輝剣を両手で掴み、レミスを圧し始める。  レミスは剣を振りきり、輝剣を弾くと、俺から距離を置いた。  その目はやはり白へと染め替えられている。  もう一度クラウ・ソラスを当てれば――俺は輝剣の先をレミスへ構えた。  だが、ルラがその剣を押さえた。 「リュークス君……もういいよ」  俺はルラの背を見る。  顔はわからない。その心理を読むことができなかった。 「リュークス君。君は人のことに構ってる暇はないのサ。 この問題は――私自身で解決します」  ルラの口調が変わる。  それとともに、気迫が根本的部分から変わったように思える。  俺は輝剣を収めた。  結界が消滅する。  ルラは僅かに俺に振り返ると、目で感謝を述べてきた。  ――踏み込ませてはくれない、か。  俺は球体に目を向け、二人から離れた。  セレは俺に疑問の目を投げかけてくる。  俺は首を横へ振った。  そのまま、球体の中で静かに眠り続けるフレイアを見上げる。 「セレ……俺たちにはレミスは止められない」  俺はそう言ってセレの隣に並ぶ。  今回は傍観者だ。立ち入ることができない物語もある。  俺は見届けることにした。  ルラとレミスの物語、その結末を―― 「レミス……」 「……」  ルラは彼の名を呼んだ。  彼は騎士だった。  騎士には守るものがあった。  その守るものを守り通すために――彼は強くなった。  その強さの意味を掛け違え、狂った強さを得てしまったのも、守りたいもの――ルラ――があるがこそだ。 「ごめんね……強くさせて」  ルラは一歩、彼に近寄る。  レミスは無機質な目に彼女を映し、その行動を追っていた。 「私に想いしかないから……祈ることしかできなかったから……レミスを強くさせちゃったんだよね」  ルラには想いがあった。  それが、今でも尚レミスを慕わせていた。  レミスは狂った。彼女を守る力を得るために、されど彼女を壊す力を得てしまった。  それは力を欲するが故の、ルラとの間に生まれたヒビへの不安が混ざったからだ。  引き返すことができなかった。レミスは、ただ強くなるしかなかった。 「レミス……あなたは正義の名を得ながらも、狂ってしまった」 「……」 「よって、私はあなたを――正義へともどします」  レミスは双剣を構えた。  ルラは床を蹴り、レミスへと飛びつく。  レミスに抱きつくようにして、ルラは彼の瞳を覗き込んだ。 「私の想いを……そのすべてを得て……今一度正義の名に等しき騎士へ」  そうしてルラは……口付けを交わした。  レミスの目が見開かれ、色が澄み切った蒼へと変わる。  枷が……今解き放たれる……  流れるのは……騎士の涙だった……  ルラは重なり合った影を離す。  見上げたその目は、レミスの目を覗き込んでいた。 「やっぱり、そっちの色のほうが私は好きなのサ」  そういって、にっこりと微笑む。  目を見開いたままで涙を流すレミスは、何度か瞬きしてルラへと手を伸ばした。  ――残念だけど、想いが消えた私は存在できないのサ――  宣告。その一瞬後に、爆ぜた。  ルラの体が、人だったはずの体が、砂へと変わる。  崩れ落ちる。そんな言葉は似合わず、ただ吹き飛んだというのが正しい。  レミスは伸ばした手を震わせ、渾身の叫びをあげた。  それが――レミスに与えられた【想い】と、自由だった。  俺は考える。  この結果は予想できていた。  レミスの全身を蝕んでいた鎖には、鍵がかけられていた。  ルラは、己自身を鍵へと変え鎖から【正義】を解き放ったのだろうか。  それにすべてを使い果たし、ルラは存在を消された―― 「それじゃセレ――そろそろこの物語に終罵(フィナレ)を与えようか。 もう、十分傍観した。俺は干渉したい」 「弟君がそうしたいのならそれでいいと思う。 私も――そう思うから」  俺はセレに微笑みかけ、銀剣を抜いた。  そのままレミスへと駆ける。 「今のままでも悲しすぎる。登場人物すべてを殺す必要はないと思うぜ――レクイシスさんよ!」  レミスの上空で白い斑点が蠢く。  それは膨張収縮を繰り返し、中から別のものを引きずり出した。  |空間強制連結による原子化移動(ワプ)――俺は跳んだ。  姿を現したのは一人の青年。  その目は紫の光を揺らめかせ、怒りの炎を宿していた。  青年の白と蒼の服が動く。  俺が放った斬撃を、青年の手が防いだからだ。  青年と俺の真下にセレの姿が移る。  いつもあるはずの光結晶はセレの背後で浮遊していないが、それがセレの実力半減になるわけがない。  俺とは反対側にセレが跳びあがり、青年に拳撃と蹴撃を浴びせた。  それを片腕で防ぎきる青年に、鞘をつけたままの輝剣を叩きつけた。  青年の体勢が崩れ、セレ側へ押しやられる。  セレは青年に、上方から下へと落とす拳撃を叩きつけた。  青年が地面と落ちていく。  だが、落ちる瞬間にその体を白い魔力が包み込んだ。  地面に着地した青年は、俺とセレを睨み見た。 「そこまで……そこまで邪魔をするのか、貴様らは」 「悪いな――俺にはアンタとは別の正義がある」  俺は着地し、鞘付輝剣と銀剣を構えて言った。  セレはそのそばで、巫女服を揺らして地面すれすれを浮遊する。 「そうか……ならば答えはひとつだ」  青年――レクイシス――は両手を掲げた。  その全身を白い覇気が包み込む。  俺は自らを確かめた。  ――【疲れ】がハンデとなるかもしれない。だが剣は振るえる。  俺はセレを見た。  セレはその視線に、ゆっくりと頷いてくる。 「いくぜ――」  俺はそういって、駆けた。  レクイシスの覇気はそれを待ち構えるかのように蠢いてみせる。  レクイシスの目に宿るのは――純粋すぎる怒りと憎しみ。  俺はそれを睨み返し、剣を振るい上げた。 「俺はお前に勝つ――絶対に!!」  お互いの思念が衝突した。  結果を掴み取るのは、想いの大きさ。  俺は唸りをあげた。 「さあ――見つけたぞ。勇者よ」  【魔界】。  その王座に腰を下ろす【魔王】は嬉しそうな、狂った笑い声をもらした。 「そのすべてを――俺の計画のために差し出せ……クックックック……」  【魔王】はペンダントを握り込んだ。 「俺はすべてをかけて君を生き返してみせる。もうすこしだよ――『リリス』」  【魔王】は狂っていた。  【魔王】は独りだった。  それは【決定された運命】なのか、【異分子】なのか、それは知ることはできない。  だが、【魔王】にとってそんなことどうでもよかった。  知ったとしても、やることは変わらないのだから。  白の世界に――闇は進攻をはじめた。  それを、セレもレミスもレクイシスも――リュークスさえも知ることはなかった。  桜がひらり、ひらりと舞い落ちる。  その桜はひとつではなく、いくつもの桜が奏でる最高の美―― 「さて。何時までココに隠れているつもりかね?」 「さあ。でもこの運命にボクは、今はまだ必要じゃないよ」  ひとつの大樹がそびえ立つ。  そこに立つのは二人。  一人は金髪碧眼の少女。  彼女は見た目と違った大人な顔つきで、宙を見つめていた。  もう一人は少女と年の離れすぎた――白髪に顔を隠しかけた老賢者。 「ワシはすでに傍観の身だ。あまり働かせるな」 「努力はするよ。でも君の力が必要なんでね」  少女は振り返らずにそう言った。  老賢者はふむ……と唸り、杖をついて少女に歩み寄っていく。 「ワシには、魔王が間違っているのか、【彼】が間違っているのか、はたして両方なのかわからぬ。 だがもうひとつわからぬのは――貴様が正しいのかだ」 「さあね。でも正しいと想って――この世界を創造した」  少女は老賢者に微笑む。 「それだけで、十分だと思うよ?」 「ふむ――それならいい」  少女は桜の花びらを、無造作にひとつ掴み取る。  それは砕けることもなく、【ちゃんと存在していた】。  少女はそれに満足そうに微笑むと、空を見上げた。 「こっちも――そろそろだね」  桜が舞う世界。  大樹から舞散る桜が、鮮やかに舞っていた。