【タイトル】  ライトファンタジー〜勇者と魔王〜 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【サブタイトル】  FILE23:そして散りゆくは(第23部分) 【ジャンル】  ファンタジー 【種別】  連載完結済[全82部分] 【本文文字数】  12994文字 【あらすじ】  語られるは旋律、輪になって踊る道化師達の伝説。ある道化師は勇者の名を語り、またある道化師は魔王の名を名乗り。王道から成る、世界の真実をぶち壊す、ファンタジーストーリー 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************ FILE23:そして散りゆくは 「屑共が!!」  白銀の真空が轟音とともに薙がれる。  それを屈むことで回避し、宙に舞った髪切れに冷たいものを感じた。  真空の筋を辿り、行き着くのは一人の男。  紫に狂光する瞳は見開かれ、賛同するように男の背では八本の白銀真空手が揺らめいていた。  リュークスは得物を握りこみ、横薙ぎに振るう。  斬撃に沿って乗る光力が空間を振動させながら男をまっぷたつにする――かに見えた。  だが、白銀真空手のひとつが斬撃と衝突し、男の横を通り過ぎる。  男――レクイシスは、不敵な笑みを浮かべる。  それに対して、リュークスは嘲笑いを返す。  途端、レクイシスを包むように光結晶が落とされた。  衝撃波が舞う中、結晶を媒体にした紋が刻まれる。  その時、光の柱が君臨する。 「――ぐっ!?」  痛みで焼き尽くす浄化に、レクイシスは呻きを漏らす。  だが、それだけだった。  仰け反ったままのレクイシスに、風のように現れた一人の巫女は映らない。  なぜなら、現れると同時にレクイシスが吹き飛ばされたからだ。  光の波動が巻き起こる、拳撃の連打が炸裂しているのだろう。  レクイシスの体がくの字に曲げられ、壁に叩きつけられた。  白い衝撃波が壁に沿って広がり、巫女がレクイシスから離れる。  レクイシスの体が慣性の法則で壁にめり込んでいる瞬間、リュークスは巫女と変わるようにレクイシスに迫った。  慣性の法則が消え、弾かれるようにレクイシスの体が壁から離れる。  同時に、リュークスの手に握られた輝剣が攻の瞬を起こした。  極限までに高められた極光が、ある一筋の虚像を支役する。  その筋は、斬撃。  剣先が起こすただの幻覚の筋は力を帯びて敵を滅する刃となった。 「斬光刃………………」  名付けられた刃は、確定要素となって効果を世界に君臨させる。  レクイシスの、巫女の拳撃で破かれた前身ごろに直撃した斬撃は更なる発光を見せ、波紋状の衝撃波を壁に走らせる。  今度こそ壁はヒビだらけになった。  魔力を一時的にある部分だけ開放し、その力を利用してレクイシスから離れるリュークス。  着地のときも、リュークスの足元には半透明の気が纏われていた。  だが、気の光をぼやけさせる極上の光がひとつの世界を創り出している。  闇を退け、光を強める、聖戦の創始者――クラウ・ソラス。  何がために、彼の剣は彼の意思と彼の名を継いで戦うのか。 「……………………ククク」 「!?」  呼吸を整えようとしていたリュークスは、小さな笑い声に息を呑んだ。  同時に、その足は巫女の方へと一躍する。 「クックックック! 屑らしい攻撃だっ! それでも勇者の力か!?」  地面が裂けた。  そう知覚するには人を超える思考回路が必要だろう。  なぜなら、裂けた地面を白く埋め尽くす光が発せられていたからだ。  その光源は――レクイシス。 「瞬間回復……さすがに、超人の幅すら超えたんじゃないか?」 「その通りだよリュークス、光の勇者よ。 私は人を正しき道に導く選ばれし者として人を超えたのだ! 今の私は崇められる存在であり、光の象徴!!」  おぞましい、狂った光の象徴でもあるかのような白銀真空手がその身を空間単位で震わせた。  まるで、書き換えられるかのように。 「結界を、セレ!」 「――今張ったよ!」  リュークスの指示から数秒経つ間もなく、しっかりと具現化した六角形の連なり。  それは大まかにみると円形に広がっていて、リュークスと巫女――セレの八方を包み込んでいた。  リュークスはセレに振り返ることなく、輝剣を地面に突き刺す。  結界の構成に干渉し、極限まで硬度と耐久度を高めた。  結界の光が一際強まるのを確認すると、警戒の目をレクイシスに向ける。  レクイシスの瞬が訪れた。 「勇者。あなたは小さき光だ。闇に飲み込まれることはなくとも、大きな光に取り込まれる運命なのだよ」  白銀の魔力が束となり、魔力という不可思議で不自然な存在から変質する。  レクイシスの大振りした両腕を包むように装着される、ずっしりとした重みのある白銀の高エネルギ収束大型インパルス砲。  驚愕に目を見開くリュークスたちに、レクイシスは狂った叫びを上げた 「――消え失せろぉ、絶対的な光の前にぃっ!!」  我ガ敵ヲ為ス邪悪ナル存在ヲ葬リ去ル幾千ノ閃光  瞬間。  空間が音と時間を失い、嵐の前の静けさを寄越す。  咄嗟に行動したリュークスの体は、その想いを通しきってセレの前に被さった。  レクイシスの狂光が一筋となり、一束となり、世界そのものとなり。  ――殺戮は訪れた。  弾き出された極太線の閃光がふたつ、結界をもろともせずその射線に沿った直線運動を行い切る。  リュークスとセレが吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。  空間が歪むほどの力を持って、光はその威厳を顕現させた。  直線状にあった白壁に閃光は吸い込むように消え、その威力を見せ付けられたのはすでに砂となって消えた結界と、地面に倒れるリュークスとセレ。  閃光の消えた砲を抱えながら、レクイシスは狂ったように心躍らせていた。 「これが最強! これこそが最強!! 最強こそが光、最強こそが正義!!! 私は光だ、私は――絶対なる正義だ!! クックックック………………ハッハッハッハァ!!」  リュークスはゆっくりと身を起こし、その下に抱え込んだ少女を見下ろした。  縮こまって呆然とするセレは、リュークスに覗き込まれているのを知って意識を取り戻す。 「……正直、レクイシスは光なんかじゃないな」 「理論的にいえば、あれは超科学なんだよ、弟君」  無詠唱で回復の光を生んだセレは、リュークスの背に手を這わせた。  赤く爛れたような傷痕が、見る間に整えられ治癒する。  土に汚れ、着崩れした巫女服は、今にもするすると落ちそうなほど乱れている。 「――セレ、服直せ」 「え? これのこと?」  完全治癒したリュークスの背を微笑ましく眺めていたセレは、すっとんきょんな声をだして自らを指差す。  リュークスが小さく頷くと、セレは頬をほんのり赤く染めた。 「弟君、そんなとこ見てたんだ……えっち」 「違う! 違わない気もしなくはないけど……今は断じて違う!」 「必死に言うなんて弟君らしくないな〜――でもまあ、ちゃっちゃと直しちゃうね」  セレの体が光結晶に包まれる。  不透明の結晶の向こうは見えず、リュークスがその前で呆然と立ち尽くしていると…… 「はい、終了〜♪」 「はやっ!?」  結晶が音も無く分解され、セレの背に浮遊する雪結晶型にもどった。  セレの衣服から汚れは無くなり、きちんと整えられている。 「ほんのちょっと魔力使って、開花解除から開花までをもう一回したんだよ〜すごいでしょ〜♪」 「……それより、構えろよ」  輝剣を振り上げたリュークス。  その剣先は、ニヤニヤと笑うレクイシスに向けられていた。  レクイシスの背には光の魔力剣の八本が鍔で円を描いている――双砲がリュークスへと向けられた。 「まだ飲み込まれぬか? 愚かな光よ――正義は私だというのに。正義であるお前が正義に抗うか?」 「……てめぇが正義かどうか、判断するのは貴様じゃない」 「何?」  輝剣の刀身に光が満たされる。  眩い光がレクイシスを照らすが、瞬きひとつすることはなかった。 「言えることはひとつ。お前よりも――あいつのほうが正義らしい」  剣先がレクイシスから離れた。  砲撃の反動で今だ砂煙に包まれる場所――煙からはひとつの戦士が現れた。  ゆっくり、その歩みを乱すことなく。  レクイシスはその姿を垣間見て、その顔を怒りと憎しみ、恐怖にゆがめた。  その名を呟く。搾り出すようにして。 「レミス――」  白銀の影は片腕を振るった。  その斬撃、気迫に砂煙が晴れ、白い地面がひび割れる。  両腕に沿って白銀の刀身が伸び、地面に剣先を擦らせる。  双剣が交差させた影は、助走もなく、視覚で捉えられない速度でレクイシスの背に移動した。  レクイシスが振り返り始めるより早く、双剣のひとつがレクイシスに突き出される。  白雨  ガガガガガッ、という破砕音がレクイシスの背で絶えることなく発せられる。  レミスの放つ白き閃光の暴雨が、レクイシスの背を守る魔力剣を削り取っているのだ。  レクイシスは大きく舌打ちし、レミスから距離をとろうとした。  だが、その軌道や動きを見透かしたかのようにレミスはレクイシスを追尾し続ける。  そして――暴雨はレクイシスの背を直撃した。 「忌々しい!」  レクイシスは大振りに両腕を回し、銃身でレミスを叩こうとする。  だが、銃身の軌道にレミスの姿はなく、空を裂く音を響かせて空振りするだけだった。 「愚かな主人よ」  レミスの声が――レクイシスの背から響く。  レクイシスは砲先を背後に回すが、レミスはいない。  レクイシスの速度をはるかに上回っているレミスは、レクイシスの攻撃範囲でない背後に纏わりついているのだ。  レクイシスは汗で顔を歪める。 「なんのつもりだ、レミスよ。貴様を強くした恩を忘れたというのか? 貴様に力を与えたのはこの私だよ」 「そうだ。だから、その命に従って『歪な正義』を滅ぼす。救いの死を与える――愚かな主人よ、あなたに失望した。あなたは、そんな人ではなかったはずなのに」 「人は変わるのだよ。上位の者は英知と甘美な果実を求め、何かを失った者は取り戻すために奇人と化す。それが人、人間。理性と本能の狭間で生きる存在(モノ)の――宿命だ!!」  白風  レクイシスの両腕が切断される。  剛の力を受けし竜巻が、レクイシスの両腕を喰らい去ったのだ。  その反動で、レクイシスとレミスの間に距離ができる。  レクイシスが身を捻ると、双剣を構えて突進するレミスが視界に入った。 「消してみせよ! 我が怨念、我が思念。我の受け入れしものは、闇でも光でもない――世界の意思。揺るぎはしないのだ。この、この物語のバッドエンドは!!」  レクイシスの両胸を――双剣が貫いた。  ねじ込まれ、魔力を注ぎ込まれる。  内からの崩壊がはじまり、レクイシスは抜け殻のように脱力する。  無造作にレミスの双剣が抜け、レクイシスが地面へと落下し始めた。  ――レミス……すまな――  そんな言葉は、誰に届くわけでもなく、ただ望まれた一人に届いたのだった。  そしてレクイシスは……光となってその命を絶った。 「……フレイアはどうだ?」 「……まだ、安眠状態から抜け出せてない。そんなに大きな傷じゃなかったと思うんだけど」  無言の場を破るように、リュークスとセレが会話する。  だがそれも長く続かず、静寂が今一度その身を横たえた。  リュークス、セレの視線には、未だに眠り続けるフレイアの浮遊する球体があり、ちょくちょく視線を向ける先にはレミスがいた。  レミスは――唐突にリュークスたちに目を向け、歩み寄る。  どぎまぎと固まるセレの髪を軽く撫でたリュークスは、レミスをまっすぐ見つめた。 「……レクイシスは、悪いヤツじゃなかった。はずなんだ。 私は、レクイシスのことをよく知っている、言わば友達みたいなものだった。 小さい頃のあいつは……溺れるやつではなく、しっかりした思想家だった。幻想ではない、真実の平穏を築いてくれると思っていた。なのに……」 「お前に倒される前、あいつは何か不自然なことを言っていた。 揺るがないとかどうとか――多分、あいつはレクイシスじゃない」 「どういうこと?」  リュークスの顔を覗き込むセレ。  リュークスは小さく微笑むと、真剣な顔つきで口を開く。 「この世界――この物語は、何者かに指図されている。俺たちは、その道化師なんだ」 「……何?」  次に問いかけたのはレミスだった。 「俺という人格、そしてサクラそのものは、本来この世にいない。物語に関われないはずの無存在。 俺たちという歯車がはいったせいで、物語は大きくそのシナリオを変え始めている。 魔王も――戦い以外の方法で一度話さなくちゃならない。異質の考えや、異質の行動に対して、大きく叩きなおす何かをしてくる可能性を考えれば――ッ!?」  そのときだった。  リュークス、セレ、レミス、そしてフレイア。  そのすべてにひとつひとつ、青白く輝く輪に包まれたのは。 「強制転送!?」 「くそ――」  リュークスの舌打ちを最後に、それぞれが輪の生み出す光に包まれた。  輪の光がパッと晴れると、そこには何もなく、輪は意義を失ったように消えうせる。  ……その場からはすべてが消え去った。  リュークスは目を開ける。  先ほどまでの白は消えうせ、その白を喰らったかのような禍々しい黒に満ちた世界に直面した。  一瞬眉を顰め、手にある輝剣を握りこむ。 「そう敵視するな。まあ、敵であることに変わりは無いが」 「……知人でもないアンタに、気軽に話しかけられてもな。何度か凍死させられかけたけど」  輝剣を持つ手とは反対の手に、赤く輝く宝石が握られる。  リュークスの視線の先には、黒く澄んだ肌を持つ可憐な少女がいた。  その耳は長く、その瞳は凍えている。 「氷帝魔、エレンディア――参る」  少女――エレンディアの手に氷の弓が握られた。  同時に、リュークスが宝石を持つ手を突き出す。  弓には矢が添えられ、振り絞るのに数秒もかからない。  同じく、リュークスの宝石が赤く燃え上がるのに時間はかからない。  ――ほぼ同時に、発動した。  赤く燃え滾る灼熱の業火と、白く淡く煌く冷徹の氷花。  そのふたつは、衝突すると同時に左右へ大きく伸びた。  赤と白の戦線が築かれ、それは戦線でなくなるのも一瞬。  その頭上で、弓と剣をぶつかりあわせたリュークスとエレンディア。 「……凍てつくがいい、汝の罪とともに!」 「……正義の名の下に紡ごう、ハッピエンドを!」  エレンディアの片手に氷結の魔力が集まる。  輝剣と弓の激突が終わり、お互いがお互いの力でわずかに弾きあうと、リュークスは輝剣を振り上げ叩き落した。  同時に、エレンディアの掌が突き出される。  輝剣の衝撃で爆発したエレンディアの魔力は、八方に氷柱を広げた。  瞬間、氷柱は周りの温度によって融け消える。  その温度の中心は、めらめらと燃え盛る炎。 「相性最悪といったところか、どちらがどちらにとってかは――両方にとって最悪だとしかいえないな。 個人的に、貴様の誠意は好ましいのだが」 「褒められる理由は無い。どくかどかないか、障害になるかならないか。答えをくれ――時間が無いんだ」  リュークスは燃え盛る炎の中で、宝石を持つ手を掲げつつそう言った。  その眼光は鋭く、曇りの無い刃。 「ならば答えよう――私は貴様の敵であり、絶対に越えられない壁だ」  炎の流れが変わる。  宝石を持つ手に集まるように波紋を描き、渦となる。  エレンディアは片足を曲げ、弓を引き絞る。  矢がないはずだというのに、集まる冷気と魔力が細い矢となり、肥大化していった。  矢の先に、濃厚な水色の珠が構成される。  ゴスペルメテオ  宝石から弾き出された炎は、固体とは表現しにくい灼熱。  オロラのごとき神秘の存在は、まっすぐエレンディアへと手を伸ばした。 「腐れ、愚者どもよ」  エレンディアが矢を放った。  インプレス・カラミティ  生み出されるは、土地ひとつを無に還す巨大な氷柱。  灼熱とのぶつかりあいに、均衡などという言葉は存在しなかった。  お互いがお互いを消しあう、そんな戦闘の勝利方法はどれだけの運をもって掻い潜れるか。  リュークスに、そしてエレンディアに、運をもってして衝突を免れた炎と氷が牙を剥いた。  リュークスはそれを炎の盾を生成することで防ぎきる。  それに対してエレンディアは――  アイシクルチャジ  弓を引き絞り、氷の覇気と己の全身全霊を叩き込む。  それに合いの手をさせる存在はなかった。たとえ痛覚であっても。  そして、リュークスは自らの行動が失態だと気づく。  即座に宝石へ魔力を注ぎ込むが――遅かった。 「さあ、凍てつけ世界、凍てつけ愚者共! 世界は終わりを告げ、永久と恒久の終わりを――迎える!!」  インプレス・カタストロフィ  天空へと放たれた氷の矢。  込められた冷気は、込められた憎しみは、込められた魔力は――怒りとなって絶対零度の業火となった。  展開する。降り注ぐのは一本。されど、矢ですらない。  それは――剣。  氷でできた、拒絶という氷の剣。人が持つともいえない、巨人の武具であろう超大剣が落下してきた。  リュークスは自らの込めた力の大きさに――絶望する。  エレンディアが狂乱した。 「さあ、さあ、さあ! 消えろ、復讐者である私の飢えと渇きを満たせぬモノは――すべて!!」  そしてそのとき。  世界には――ひとつの蒼白い魔力の柱が天高く昇った。 「蒼の軍師さん、ですよね? 前に一度、小さな頃でしたがお顔を拝見させていただいたと思います」 「ふぅん、そうだっけ?」  |紅髪(ロング)の少女と、巫女服を着たセレが対峙する。  少女の手には、ナイフほどの双剣が握られている。 「できれば、どいてほしいのですが? 私にもいろいろと用がありまして」 「ん〜、ヤダ」  にこにことした表情のまま、そう言いきる少女。  セレは無表情を超え、見るものを竦みあがらせる殺気を持って少女を見下した。 「君、セレちゃんだっけ? お姉ちゃんの天才っぷりには一目置いてたけど……君はまだまだだよね、魔術士の素質ないよぉ?」 「……」 「開花時点でその程度の魔力。速さと物理攻撃力に特化して最強そうに見えるけど、実はあんまり技とかない素人。ただ見切れない馬鹿が多いだけだよね」 「……試してみますか?」 「そうそう、それでいいんだよぉ。私達のような道化師は、ただ観客を喜ばせるために可憐に誘惑的に踊り続ける――使命ですから」  口調の変化。  魔力の集中を感じ取ったセレは、一歩踏み出そうとする。  だがそれよりも早く、呼吸よりも早く――少女は呟いた。 「……【開花】」  世界が蒼く染め上げられる。  少女の姿が、更に研ぎ澄まされていく。 「『蒼の創始者』――顕現」  魔力が跳ね上がる。  セレの一歩が踏み出され、躊躇と戸惑いを背負ったままの一撃はもろく、叩き潰された。  セレと同じ巫女服。背にある蝶のような妖しい羽が、羽ばたくという意のもとに創られているのではないことにセレは気づいた。 「あなたの服装に合わせてみたんだけど、似合わないかしら?」  漆黒の巫女服。容姿を除けば、そのふたつの存在は明暗だと思われた。  セレは片手を掴まれたまま、追撃の脚撃を放った。  だが、それも無残に残る片手で押さえられる。 「魔力を極限まで高めれば速度は得られる。でも、こんな風に掴まれていたら、あなたは八割も実力を発揮できない」  ノヴァ・ドラグンレィザ  少女がセレから、弾けるようにして離れる。  その間をいくつもの光線が通り過ぎた。 「近距離特化してるのに中距離魔法なんて、威力ないようなものよ?」  光線の行く先を眺め、少女は呟いた。  そこに連撃が叩き込まれる。 「光だけでここまでやるのも大したものだけど……なぁに? 勇者とか聖者に気に入られたい下心? オルレンジで極めないと開花も屑みたいなものだねぇ」  セレの連撃ひとつひとつがきっちりと弾かれ、最後の一撃が掴まれた。  そのまま遠心力を加算した速度で投げ飛ばされる。  間一髪、地面に当たる直前で止まったセレ―― 「無防備だと、簡単に殺されちゃうよぉ♪」  セレの耳元で声が響く。  セレを背から抱きしめるようにして声を発する少女――セレは目を見開いて首を動かそうとする。  それよりも早く、セレの背に魔力が叩き込まれた。  地盤が割れ、セレを中心に四方へと土地の波が起こる。  不自然な段差ができた土地の、一番深いところで――セレはゆっくりと身を起こした。 「君も可哀想な人だな〜。才能は姉に取られ、奇跡は妹に取られ、君の存在意義はなんなんだろうね? 二人分の不幸を背負うために生まれたのかな?」 「……」  セレは顔を伏せ、歯を食いしばる。  小刻みに震えるセレを満足そうに見下ろす少女は――頭から叩き潰された。  いきなりの粉砕音に、セレは顔を上げる。  土煙が舞う中、必死の形相をした少女が空高く舞い上がった。  土煙の濃度が低くなり、ひとつの影が浮かぶ。 「勇者の共だろう? 選ばれし者でなくとも、存在意義が無くとも、あいつのために生きればいいのではないか?」  じゃり、という足音が響くと、土煙が晴れた。  現れるのは一人の忍者。  全身を黒く迷彩し、片目に眼帯をつけた隻眼の少女―― 「卵月……さん? でも、あの時に死んで!?」 「死んでいない。私は五つの命をストックしている。そのストックも再生した――あと四回は無駄死にできる」  卵月は、黒く禍々しい片腕をしならせた。  空で舞う少女は、卵月をキッと睨む。 「【奇の零式】【絶望混沌の零】――物語への干渉度が低いはずの存在者。異分子(イレギュラ)になったの?」 「勇者に関わる存在、そのすべてがすでに異分子だ。それに――その認識は改めることになる」  卵月の片腕が、人間のものにもどった。  その揺らめきが消えるより早く、卵月が呟きを始める。 『最高魔力継承者認識完了 壱式弐式参式……全式封印一斉解放開始 肉体亜人化 魔力許容量倍増により危険度零 魔力展開開始 肉体変化開始 空間創造破壊管理魔力全解放終了 神曲連奏 敵性者確認 光明生命守護正義魔力全開放全具現全発動 抑制魔力除去 音声認識開始』 「《守る。誓いは破られぬ約束》」 『音声認識完了 顕現開始』 【最強零式 星祝の零 神現】  卵月の体が、魔力が。大きく、そして人ではない超人のものへと変貌する。  白い羽根を舞い散らせ、羽ばたくは白き光の翼。  その手には、一本の細剣(レイピア)が握られていた。 「光の底力――その身に体感するか? 蒼の創始者よ」 「――クッ!」  少女は腕を交差させ、魔力を高める。  蒼炎が少女に群がり、広範囲に閃いた。  卵月は剣を持たない片手を掲げる。  星弱  光が瞬いた。  蒼炎が裂け、少女までの道に障害がなくなる。  少女は驚愕に目を見開くが――それ以上の驚愕に身を強張らせた。  閃星  少女と卵月は大きく離れていたはずだった。  だが、卵月の放った一筋の閃光は一瞬で少女を直撃した。  そして、少女は苦い顔をする。 「星祝の零、その能力は――瞬き、ね……やられたわ」 「それも一角だが、戦闘能力的にはそれだけかもしれないな。馴染むまではこれくらいしか使えない」  卵月はレイピアを構え、一歩を踏み出す。  距離を縮めるのではなく、攻撃体勢を創るための一歩。  そして、力強くレイピアを突き出した。  星雲牙  見ることはできない、見る間も無い一撃。  まるで真空に衝突されたかのような錯覚、少女は痛覚よりも先にその感覚へ陥った。 「……ふむ。なかなか気に入らない力だな。これは」  卵月は不満そうに呟く。  だが、すぐにその表情は嬉しそうな微笑みに変わった。 「どうやら、こんなこともできるようだ」  突き出された片手に、光魂が揺らめいた。  それは片手に滾る魔力から分離されると、自由自在に動き始める。 「支援用機動兵装ポッド、といったところか。魔力を間接で操作できるようだ。送ることもできると――さぁて、そろそろ本番といこうか」  実体のある翼が四枚翼となって羽ばたき始める。  その姿は、大天使(アクエンジェル)にも匹敵する天使だった。  淡い水色の衣服、金髪に染め上げられた髪(ロング)。  服と同じ色の瞳が、優しく微笑んだ。 「いいな、この容姿。この美貌。開花だとこんなことできないもんね♪」  ソプラノの声を発する卵月は、まるで別人だった。  少女は蒼炎球を作り出すと、卵月へと放つ。  卵月の光魂が蒼炎球へと弾かれるようにして飛び出し――蒼炎球を粉砕した。 「神格の存在は己の世界を持ち、天使格の存在は決して折れぬ武具を作り出す――光魂は私の武器、鉄球なんですよ♪」  完全に口調を変えた卵月が、にっこりと笑った。  速度を緩めずに突撃する光魂の射線から逃れるように、少女は左へ旋回した。  光魂の真横を通り過ぎ、卵月へと迫る。 「……《閃きと瞬きの元に》」  卵月が呟き、手を掲げる。  一筋の閃光が発せられ、少女に迫った。  少女の速度、閃光の速度。お互いが近づくことによって更に接触までの時間が短くなる。  少女が身を捻ったぎりぎりを閃光が掠め、服の繊維が数本焼け飛ぶ。  ほっと気を緩めた束の間―― 「鉄球だっていいましたよね?」  少女の顔に触れるか触れないかの距離、淡い水色の瞳がにっこりと微笑んでいた。  少女は目を見開く。 「鉄球は鉄。光魂といえども、光を反射したりできる……わかりますか?」  閃光の射線上に、光魂が割り込んできた。  閃光が、光魂に吸い込まれるように消える。  光魂の周りに雷が走ったかと思うと、八方に放散した。  そのひとつひとつが弧を描くように動き、その終点には――少女の背があった。 「アアアァァアアアア!?」  全身を強張らせ、脱力するように地面へ落ちていく少女。  卵月は、ん〜といいつつ人差し指を口に当て、首を傾げる。 「ちょっと……酷かったかな?」  その心配を裏切るように、卵月へと少女が舞い上がってきた。  嬉しそうに顔を綻ばせる卵月は、両掌を合わせる。 「《正しき義は正義となり、光は極光と化す》」  光魂は、慌てたように卵月の前へ飛行すると、幾多もの回転を加え捻じ曲がる。  数秒後、光魂は放たれたように少女へ牙を向いた。  その速度は視覚できるはずが無く、咄嗟に吹き出した魔力を防弾壁にして少女は再度地面に叩きつけられるだけで済んだ。  今にも崩れ落ちそうになりながらも立ち上がった少女は――蒼く燃え上がる。 「ちょっと気を抜きすぎてたけど……もう手加減はしないわよ」  しっかりと土を踏みしめる少女は、妖しい笑みを浮かべた。  キョトンと目を瞬かせた卵月は、少女に人差し指を向ける。 「もう終わっちゃうんだよね、ごめんね〜? こっちは『詠唱』終わっちゃったからさ」  その言葉が示す未来が実現するように、卵月の人差し指から光の魔法陣が広がった。   読むことのできない文字の羅列に、少女は驚いたようにわななく。 「召喚魔法……神器や神を呼び出す、超大型魔法を無詠唱で!?」 「無詠唱……というより、分割詠唱? 詠唱ストックしてちょっとずつ完成させたんだよ♪」  詠唱によって紡がれた言葉は数瞬も停滞することができない。  消去速度よりもはやく次の言葉を繋げることによって術式を完成させる、それが高威力難魔法の詠唱の意味。  開眼でも開花でもない、己の存在自体を書き換える零式は、世界の摂理を捻じ曲げた結果をもたらしていた。  それを理解しているからこそ、少女は戦慄き一歩退く。  魔法陣の文字が光り輝き始めると、ゆっくりと回転し始める。  その速さが大きくなり、文字が見えぬほどになり、文字がひとつの線に見えるようになり――  ホリジャッジ・シャイニングファイタリティ  そして。  魔法陣が弾かれるようにして瞬散し、それを媒体にして新たなる存在が創造される。  それは束縛。  それは断罪。  それは祝福。  それは牢獄。  それは――何千もの涙。  天から降り注ぐ白き光の尾を引く何かが、少女に迫りかかった。  少女はクッと歯軋りし、蒼炎を身に覆う。  幾重にも、幾重にも。それでも足らぬというように。  実際、その蒼炎もろとも、少女は糸も簡単に吹き飛ばされた。  追い討ちをかける星雨に、少女の姿は埋もれ消える。  星攻は、地面に衝突して吹き荒れる光の残痕を造っていった。  空の瞬きが終わると、光の業火に焼かれた地面が露になる。  それはクレタのようで、人の造り出せる情景ではなかった。 「さぁて、魔力も馴染んできてやっと全力が出せた……ってとこ♪」  光魂を適当に舞わせつつ地面に降り立った卵月は、爽快そうに呟く。  セレは小さく身を震わせ、地面にするすると崩れ落ちた。  目の前に広がる惨劇、強すぎる刺激に感覚が麻痺したのだ。 「え〜っと、勇者のお供……聖女さん? 今は倒れてる暇は無いんですけど?」 「……え?」  セレは首を動かして、可愛らしく首を傾げた卵月へ顔を向ける。  卵月は人差し指をピンと立て、ゆっくりと動かし――ある方向で止めた。  指先を目で追っていたセレは、その向こうに視線を向ける。  黒く禍々しい闇を吹き出し、纏わせる浮遊城――【魔界】。 「あの中、正しくは上に生贄天使はいます。あなたたちが強制転送されたのも時間稼ぎと同時に、彼女をあそこへ連れ込むためだったんだから。全部魔王の目論見通り」 「なんでそこまで……しかも強制転送のこととかさっきだし……あ、あなたは一体?」  思考回路が活動し始めたセレは、警戒の目で卵月に尋ねる。  卵月はにこにこと微笑むと、両の掌を開いて軽く振った。 「変な人じゃないですよ? というより、自己紹介すらしてないんですよね」  卵月は軽くお辞儀する。  すると、まるで外殻が弾け飛ぶように光の砂が舞い落ち、隻眼の忍者へともどった。  先ほどまでパチリと開いていた瞳も、片方が眼帯に包まれている。  コホンと言った声のトンは先ほどまでとは違った落ち着きと低さがあり、まとう雰囲気は格段に違いがあった。  セレの戸惑いをよそに、卵月は言葉を続ける。 「エレメントマスタの命により、特攻メンバとしてこの国に侵入した卵月です。 後ほど作業を終わらせたサクラ様が降臨することになりますが、それでは間に合わないと思いまして助言させていただきました」 「……ついに終局を迎えたか」  【魔界】の上で、ひとつ佇む玉座。  そこに腰を下ろす男性が、小さく呟いたのだった。  黒く染まった世界。この世界は必ず完全な黒に染まる。  無という黒に、対価という存在となって消え失せる未来。  そんなことを考える魔王は、腕の中にある存在をしかと抱きしめた。  少女、深き眠りについた姫。  魔王は王子でなく、それ以前にこの少女を起こすつもりがなかった。 「本当に……似ている。容姿ではなく、仕草のひとつひとつが。明確に似ている――忌々しい。繰り返されていることの証明か」  魔王は痛々しくその言葉を振り絞ると、少女から目を離す。  今後二度とみることがなくなるだろうこの世。魔王はしかとその目に焼き付けた。  唐突に立ち上がると、少女を抱きかかえて【魔界】の端に歩み寄る。  コツン、コツンという足音が虚しく響き渡った。 「世界は、一人の少女の生命の対価として消え去る。【魔界】とこの世。十分足りる」  風が吹く。  背にまで垂れる魔王の黒髪が舞い始めた。  漆黒の瞳が瞬きをする。 「――俺の勝ちだ」  確信。  魔王にあるのはその一言。  小刻みに震え、狂ったように無言の笑みを漏らす。 「少し余興を楽しまぬか?」  魔王は唐突に笑みを止め、振り返る。  【魔界】に独りのはずの魔王以外に、一人のご老体が立っていた。  鋭い眼差しが、魔王の瞳を捉える。  手に握られた杖の底が、【魔界】をコツリと叩いた。 「永年を行き渡った大賢者の話じゃ、聞くに損はないぞ? 若造」  魔王は無言のまま歩み、玉座へと少女を下ろす。  静かな寝息が乱れるが、眠りから覚めることはなかった。  対峙する二人。  魔王は静かに、絶望と恐怖の剣を引き抜いたのだった。  静かだった。  懐かしかった。  痛々しかった。  目の前にあるのは、自分。  目の前にあるのは、桜木。  願うのは、自分。  願うのは、淡くも強い欲望の一言。  力が欲しい――今の自分はどうだろうか。  何かを、守れているだろうか。  誰も、悲しんでいないのだろうか。  否。何も守れず、笑顔にすることさえできなかった。  笑顔にされてばかり――彼だけでも守ろうと誓って、粉々に砕け散った。  桜木がざわめく。狂ったように、花びらが舞い落ちる。  あのころの私は、これを美しいと思っていたのだろうか。  ――何も思えなかったのだろうと思う。 『私の大好きなお姉ちゃん』  淡い願い。叶ったのか叶わなかったのか、結果はわからない。  桜木にしがみつく少女は、涙ながらに訴える。 『お姉ちゃんを悲しませたくないから――』  桜木が反応する。  狂った旋律に乱れが生まれ、それは少女に対する桜木の信号だったのかもしれない。 『だから、お願い』  桜木のざわめきは騒音へと変貌し、私の耳を痛めつける。  塞ぎたくなる衝動に駆られながらも、ビジョンに意識を傾け続ける。 『何の取り柄もない私にどうか……』  桜木が桜木と認識できなくなり、ただ不可思議な旋律に飲み込まれる。  覚めない夢――今になってやっと、今の状態の異変に気がついた。  ビジョンのすべてが恐怖に見え、不安に押しつぶされそうになる。 「お兄ちゃん……お姉ちゃん……」  胸でぶらぶらと揺れるペンダントを握り締める。  強く、強く。そうすれば叶うというように。  でも、誰も助けに来てはくれなかった。 『お姉ちゃんや、みんなを助ける力を――』  世界が沈んだ。  すべてが漆黒となり、その余韻が波紋となって残る。  耳元に囁かれるのは、唐突にして待ち望んでいた言葉。  私はゆっくりと――ペンダントから手を離した。