【タイトル】  ライトファンタジー〜勇者と魔王〜 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【サブタイトル】  FILE24:揺るがないエンド(第24部分) 【ジャンル】  ファンタジー 【種別】  連載完結済[全82部分] 【本文文字数】  6379文字 【あらすじ】  語られるは旋律、輪になって踊る道化師達の伝説。ある道化師は勇者の名を語り、またある道化師は魔王の名を名乗り。王道から成る、世界の真実をぶち壊す、ファンタジーストーリー 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************ FILE24:揺るがないエンド  対峙する両者。  片方は大賢者のご老体。片方は魔王の若き青年。  繰り出される剣舞の数々は、瞬にして現滅する障壁に防がれていく。  だが、魔王は笑みを崩さない。 「ご老体。貴様は天才だ。認めよう、長けた存在であることを」  魔王が一旦距離を置いた。  その瞬間を狙ったかのように、ご老体が蒼輝する杖を掲げ持つ。 「炎の神々は憤怒する! その英知と威厳は、力となって万象を滅ぼす炎となろう!」  メテオ・ウルフ  四つの炎弾が降り注ぐ。  固体と化したそれは、【魔界】の一辺を焦がした。  赤い衝撃波に表情ひとつ変えない魔王の背後に、ご老体の存在が移る。  杖の先が地面を擦った。 「風の神々よ! その速さは幾千もの罪を予期し、運命を見通し、世界を改変させる清きなる罰となろう!」  ルクライシス・ディマイオス  杖全体を包み込み、形成されるるは風の刀身。  魔王がその勢いに飲まれ、【魔界】から弾きだされた。  ぼろぼろになったマントが脱ぎ捨てられ、にやりとした笑いとともにもう一本の剣が抜かれる。  装飾一つない、紫に淡い刀身をもつ刀。  魔王は空中浮遊をしながら、その双剣を交差させた。 「だが、私は神だ――人で長けた超人など、踏みにじるに問題はない」  開眼  闇が弾ける。  物理的法則を打ち破って、不思議な重力の干渉内にある魔王は、黒くまがまがしい闇を纏って宙に君臨した。 「さあ、神の権限に従え。従わぬものは切り伏せる」 「お主をそこまでさせるのは……いったいなんじゃ?」  ご老体は杖に収められし宝玉を輝かせる。  途端、ご老体が魔王と同じ高度まで上がった。 「貴様にはわからないだろう、【我ら】の願い。貴様は知能者であり、一番の屑だった。異分子となって尚、行動を起こさない屑――嫌いだったよ」  双翼が構成される。  恐怖と絶望の象徴たる翼は、その羽ばたきすらも恐怖の根源とする。  もう一方、それは勇気と希望の象徴であるはずの――光の翼。 「ほう……おもしろい力を使っておるの」 『わかるか、この渇望が? わかるか、この空虚が!』  魔王の声に、別の声が被る。  同時に、魔王の姿には別の存在が被っていた。 『目の前で彼女を失い、世界の真理を知り、もともと彼女は死ぬべき存在であって、世界は彼女の最後の願いすら切り捨てて魔王と勇者を何度も何度も再誕させる。 この憎悪が、貴様に理解できるのか――アトス!?』  飛行する。  その素早さは舞っているかのようで、直線でない曲線を描いている。  残像が残るほどの速度に、ご老体――アトスは反応した。 「水の神々よ! その祝福と聖命は我らの潤いであり、罪有りしモノの謝罪と改心となろう!」  イリーガルカレント・アトリス  水竜の咆哮。  寸分の狂いなく魔王に噛み付き、その生命を掠め取ろうとした。  だが、押し合いも一瞬。 「イリーガル。その名の通りならいいが、これですら制御された力だ」  紫電が纏わりつく刀を振るい、水竜がまっぷたつにされる。  その間を一直線に進む魔王に、アトスの片手が向けられた。 「光の神々よ! すべてを照らしあげる一閃は、罪を犯そうとする愚者を退けるであろう!」  ルインクラスト・束  ひとつの魔法陣が出現し、暴走したように光を膨張させる。  それは魔法陣という枠から放たれ、何千もの閃光の牙と化した。  暴発のそれは、周りから驚異的な力で強引に押しとどめられ、一方向に放たれる。  猛狂う猟犬は魔王という餌に伸びる。 「光ですら飲み込むのは――闇と光である我ら、虚無だ」  魔王の双剣が突き出される。  その周りに這い出た閃光は、一瞬にして術式を描いた。  発動に一瞬しか消費しない。  ケルベロス・カタストロフ  九尾の獄炎が、幻影の咆哮によって放たれた。  閃光と獄炎の衝突、両方が消滅し、その波動が二人の髪と服をはたはたと揺らした。 「同威力、か……」 「老いぼれ、ついに目すら悪くなったか?」  アトスの背後。  不敵に笑う魔王は、その片手に暗炎を灯す。 「燃え尽きていただこうか、招かれざる客」  ブラストヴァルカン・ダークネス  アトスの背に触れた暗炎は、八方に衝撃を放つ。  角度の問題なのか、アトスの体は【魔界】に何度も打ち付けられ、転がり跳ねた。  ニヤリと笑う魔王は、即座に舌打ちをする。  その意味はすぐに、空間へと影響した。 「【真実は燃え上がる闘志とともに】」  オレンジ色の炎が槍となって降り注ぐ。  一歩踏み出すことで回避した魔王は、双剣を構えた。  ラスト・ジャッジメント  だが、降り注ぐ一筋の光に魔王は閉じ込められる。  その上空に描かれた魔法陣から、白銀の天空剣がゆっくりと顕現した。  鍔、柄、柄の先――すべてが顕現すると、重力に沿って落下し始める。  剣先は真空を纏い、刀身は白く輝く。 「屑もそろえば、少しは邪魔になるな!」  魔王を縛る光が断ち切られ、降り落ちる巨大剣へと両翼が向く。  ディメンション・ディバイド  時文字の螺旋が、巨大剣を包み込む。  時の鐘が鳴り響くと、その剣は蒼く輝き――塵も残さずに消えた。 「魔王の時魔術、勇者の時魔術。そのふたつが合わさった力、というわけか……」 「瞬間移動への対価すらなくなった。時は我らの思うがままだよ」  魔王がアトスに向かって言った。  だが、すぐにその視線は別の場所に向く。  その先には――二人の少女が。 「零式の使い手。そして、開花の聖女か」  巫女服を着こなした、蒼い瞳の少女がひとり。  淡い水色の瞳で微笑み、瞳と同じ色の衣服を着こなした者がもう一人の少女。 「卵月……ついに、星祝の力を物にしたか」  つぶやいたアトスに、後者の少女――卵月はにっこりと微笑んだ。  前者の少女――セレは、【魔界】の玉座に腰を下ろすフレイアへ目を移す。 「フレイアちゃんを……どうするつもりなのです、魔王よ」 『貴様らにはわからないさ。世界の秩序からはずれた我らの意思、理解することはできない――邪魔するものは消す、それだけだ』  魔王の姿が消える。  同時に、卵月の傍に浮く鉄球――光魂が動き出した。 「遅い」  魔王はセレの背後で、双剣を振り下ろす。  ふたつの斬撃がセレを弾き、【魔界】へ叩きつけた。  卵月の詠唱が響く。 「【闘志は抗う炎と成りて、打ち滅ぼす光を支役せよ】」  ルミナス・フューム・ルークファイエル  炎の神槍が、炎神の命のもと顕現する。  その輝きは猛る龍。その威厳は神に等しく。  だが、魔王は恐れることなく光の翼を広く広く伸ばした。  ルクス・ファイナルエンド≪障壁≫  極光の防御壁が、神槍の前進を阻む。  押し合い――顕現時間の終了とともに、神槍は消えた。 「あちゃ〜、さすが勇者限定最終奥義のひとつ。超えられない、か」  闇の翼が広がる。  ネメシス・ファイナルカタストロフ≪滅刃≫  世界が闇に染め上げられる。  その亜空間は、空間自体を刃として内部の存在を切り刻んだ。  アトスと、卵月と。  亜空間が閉じたとき、僅かだが二人には切り傷が残った。 「回復量で補いきれない。万事休すじゃの……」  アトスは片手を上げた。  レクスカリバー  緑色の壊刃が展開し、霧散した。  幾千もの風となって、魔王へと駆ける。 「風の最上位といえど、カスだ」  魔王の噴出した魔力で、風は崩れ消える。  魔王は片方の剣を構えた。  刀に宿った紫電が膨れ上がり、極太線となって放たれる。  アトスの前に動いた卵月が、魔力壁を張った。  極太線と衝突し、同時に消え去る。  卵月の瞳は、魔王の先を見ていた。  魔王が眉を顰めたとき、その背後に迫っていた光魂が魔王の背にぶち当たる。 「はっ!」  魔王の身体が折れ曲がった隙に、跳びあがったセレが回し蹴りをかました。  白熱の衝撃が魔王を焦がし、【魔界】へと引き戻す。  【魔界】の上に足を下ろした魔王は、ニヤリと笑って視線を玉座へ向ける。 「生け贄はこの程度で十分か……」  その先にあるのは、深い眠りにつく少女――フレイア。  卵月は眉を顰めた。 「まさか……私たちは、手の内で転がされてる?」 「長けた者、それですらも我が意志を知る術はない――だが、今教えよう、今解き放とう。今、永遠循環型プロローグは終わりを告げる! 我らが手によって!!」  フレイアの片手に、闇の花が咲く。  その花が噴出する花粉は規則的な脈動を持って蠢き、その量を少数から多数、無数へと変えた。  フレイアが包み込まれるほどに。 「あなたの目論見は――」 『時機にわかる。この術式を拝めば、長けた者等には理解できてしまう。嫌でもな』  魔王に被さる幻影が血走った目であざ笑う。  不快に思う卵月の前で、花粉は弾けとんだ。  顕現されるは――神の御前。 「ぬぅ……」  顕現されるは――死と生命の天秤。 「これは……」  顕現されるは――世界そのものへの反抗機材。 「まさか……【死者復活の儀式】を行うなんてね」  そう呟いた卵月の頬を、冷たい汗が伝う。  紫の閃光の元に何十にも描かれた魔法陣の数々。  そのすべてが、ひとつの魔法陣――人の五体を描いていた。  貼り付けにされるように、その中心部にはフレイアが舞う。 「さあ、ここにあるすべて。足らなければ世界そのものを対価に、彼女を――我らが天使の復活を!」  十字架にも思われたその魔法陣が発動する。  刻み込まれるように、フレイアの全身に何度も何度も閃光が走った。 「フレイアちゃん!?」 「だまれ、小娘!」  フレイアに飛ぼうとしたセレは、割り込んできた魔王の斬撃に妨害される。 「我が名は、【魔王】ネメシス」 『我が名は、【勇者】ルクス』  ネメシスの叫び、それは勝利の雄たけびであり賛歌。  フレイアを貼り付けていた魔法陣が、膨張収縮を繰り返す生物のようになりながらフレイアに飲み込まれていく。  すべてがフレイアに消えたとき、その身体は不自然にも落下することはなかった。 「フレイアという現在の【生け贄天使】に移った過去の【生け贄天使】。 やはり、同調したか」 「まさか……ルクスとやらは【前勇者】の? ということは、復活したのは【前生け贄天使】リリス……【一番の操り人形】か」 「何を呟いている、ご老体? 戯言はこの清き場に相応しくないぞ」  魔王は目を細め、フレイアの身体――リリスへと近寄る。  アトスは目を見開いて叫んだ。 「【魔王】【勇者】【聖女】【生け贄天使】【精霊】――そのすべては、この物語に絶対必要な存在。そして、それは何度も何度も循環を続けている!」 「それがどうした!? 私は何度も眠りから目覚め、勇者は力として何度も受け継がれ――この腐ったエンドレスに、いまさら何の理を見出す!?」 「気づかぬのか! 循環には何らかの力が働いてる。つまり、この物語をエンドレスにするもののもとへ――すべては集まっている。その者こそが根源。そして、【死者復活の儀式】は生命の根本を引きずりもどす術式。この答えは――」  そのとき、アトスの言葉がとまった。  いや、止めざるを得なくなった。  すでに時遅し――魔王は、アトスの視線を追って己の前を見た。  そして、疑問を宿した目を見開いた。  膨れ上がる――だが、答えは見つからない。 「……な………………ぜ………………」  魔王の胴体を串刺しにする。十本の白柱。  それは、一人の少女――フレイアであり、リリスであるはずの少女から伸びる爪だった。  少女は年不相応の、妖しい笑みを浮かべる。  そして、爪を左右へと振り切った。  魔王の身体が、ゆっくり――ゆっくりと地面に平行になる。 「我を顕現させた罪、それは――娘の世界でチャラにしてやろう、ありがたく思え」  一瞬にして少女の手に集まった、闇。  それは助走も助力も、構えすらなく、最大級の破壊力を持って魔王を粉砕した。  死という概念よりも、破壊という概念に近い――消滅。  少女は、フレイアの姿で、己の笑みを浮かべる。 「これより、新世界を創造し直す」  そのとき、少女の左右に狭間の切れ目が開いた。  桜が舞う。  ボクの創造した世界、ボクの野望のために生まれた世界。  儚く散りながら、新しい芽を即座に付け、その循環の元に、この散り様は成り立っている。 「【鳳桜】を見せてくださらない?」  ボクが物思いにふけっていることもしらずに、ボクと戦っているつもりの彼女は余裕の笑みを浮かべて言った。  こちらは、断固とした余裕の笑みを見せ付ける。  なぜなら、余裕の背景にはちゃんとした重みのあるものが構えているのだから。  ボクの勝利は揺るがない。  彼女の姿を今一度眺める。  漆黒のドレス。長スカートからは生足が露出され、少しだけど色っぽい。  ――自分の背が情けないなぁ。 「君も、そろそろ【魔界】にもどらなくていいの? 魔王は死んだみたいだよ。いや、【正義と悪の異分子型思念体】かな?」 「何意味がわからないことを………………ッ!?」 「それに、はやくしないと――君自身が消えることになる。この世界は異分子を完全拒絶するよう創ったからね」  彼女の姿が、少しずつだけど桜の花びらになっていく。  ボクの計画の最終過程は、今始まる。 「君はいらない。【本当のあなた】に会わせて――いるんでしょう? あなたのことだから、居るはずだ」 「……」  彼女の姿が、完全に消滅する。  弾ける花びらがボクの視界で揺らめき落ちた。  ――サクラ―― 「……お久しぶり、かな? 【お母さん】」  ――ひどいな、サクラ。この【周期】で会ったのは初めてのはずよ。それとも、あなたがいってるのは【生まれた直前】のこと? ―― 「どっちもでもかまわない。あなたが狂っていることはわかってる。【お父さん】も狂っていることがわかってる。皮肉にも、ボクまで狂ってしまったよ。家系なのかな、血筋のほうがいい?」  ――それより、私も逝っていいかしら? あの人の元へ逝きたいのだけれど? ―― 「成仏したら、天国と地獄に分かれちゃうだろうね。君もこれだけ悪いことをしたんだ。もしかしたら、【お父さん】は天国に逝っちゃうかもしれないよ? そんな偶然に会いたくないでしょう? だから、ここが創造されたんだよ。霊体が保留ことができる世界、肉体がなくても五感を持つことができる世界。ここは【死んでも暮らせる世界】なんだ。 この意味、わかる?」  ――親孝行な娘を持って、私は幸せよ―― 「そう。なら、あなたにしかできないこと教えてあげるよ。ボクの野望のためなら、絶対君主制にしてもらうよ。 ボクは狂ってる。それだけで理由は十分だ」  ――無理に悪を気取ったりするとこ、父親似なのかなぁ―― 「母親からは、嫉妬の心をもらったかもね」  ボクは息を吐く。  彼の霊体を受け入れ対象とするのにいくらか魔力を消費した。例えれば、人一人分ほどの魔力。  あと一人――受け入れるための魔力。十分すぎるほどに蓄えてある。  遥か遠く、平行世界に割り込んだ亜空間であるこの世界からは淡くしか感じられない負の脅威。  この周波数、この波――考えられるのはひとつ。 「神の代行機関、空想具現化の波、負の概念――ノーブルの再来」  世界がどちらかに傾こうとしていた。  保持か消滅か――最大の選択、選ぶのは誰なのか。誰らなのか。 「さあ――飛んで、彼の想い人のもとへ。そして、ここへの再来を契って」  ひとつの光が、消えた。  今度こそ独りとなり、舞い落ちる桜の先を見通す。  桜の先は桜、その先も桜。  狂ったかのように見えるこの空間。残酷で、儚い桜の花びらに彩られていた。  美しいだろう。でも、狂ってる。  背筋にくる悪寒を止めることはできない。  それでも、これは意思だ。  だれもが正義で、だれもが悪で、そんな悪と正義を合わせもつ理性を人間が持つから、どんなことが起きようとも世界は抱えきれなくなる。  幸福なら、更なる幸福の追求を。  不幸なら、ひとさじの幸福。  神は、叶えられなくなったのだろう。抱えきれなくなったのだろう。  人の醜い、理性という本能の負を。 「衰退へのプロローグは終わった……今から行われるのは第一章? それとも、エピローグ?」  答えは、ない。  身近でないから。見届けられないから。  ボクはボクのために、フレイアちゃんの傍にいることをやめて此処にいる。  桜の狂おしさは、ボク自身を映しているのかもしれない。  ――ボクはクスリと笑った。