【タイトル】  ライトファンタジー〜勇者と魔王〜 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【サブタイトル】  FILE25:ハッピーエンドの行方(第25部分) 【ジャンル】  ファンタジー 【種別】  連載完結済[全82部分] 【本文文字数】  13438文字 【あらすじ】  語られるは旋律、輪になって踊る道化師達の伝説。ある道化師は勇者の名を語り、またある道化師は魔王の名を名乗り。王道から成る、世界の真実をぶち壊す、ファンタジーストーリー 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************ FILE25:ハッピーエンドの行方  白い世界だった。  何もかもが白い。人が争う姿、人の醜さ、感情の波――すべてを隠し通す正義だった。  それでも嫌悪する。それが人間なのだろう。 『だから、神はすべてを諦め、【勇者と魔王】というライトファンタジーを創ることにした。人々が統一して正義とは何か、悪とは何かを知るための礎として』  幼い少女の声が響く。  心を読まれた――背筋に冷たいものが流れる。  クスリと笑われた、気がした。 『あなたは、なぜ異分子なの? 神の断念をも捨て、何をしたいの?』  俺は――思わず口に出そうになる。  何が、でるというのだ。  何が、言えるというのだ。  俺には、答えも何もなかった。ただがむしゃらに翻弄されているだけで―― 「……それでも、笑顔でいてほしい人がいるから。身近なものも守れないやつは、救世主(メシア)でもなんでもない。 そう思って――いま俺は、ここにいる」  明確に、クスリと笑われた。 『いいよ……自律体にしては上出来』  そのとき、俺の前でクスリと誰かが笑った。  おもわず目を見開く。  赤い瞳が嬉しそうに細められていた。 『私がだれか。わかる? クイズだよ、リュークス』  俺の名前を知っている――心が読まれている時点で、奇想天外だ。  それは少女だった。  流れるような銀髪。首元までの長さしかなく、肌は雪のように白い。  いつのまにか、いくつかのおもちゃが転がっていた。  積木に、ミニカー。影はない。  少女は興味津々な顔でそれに駆け寄ると、口調をさらに幼くしてミニカーを転がしたりとはしゃいでいる。  俺は考えた。  身近な存在――除外。  神話の存在――多すぎる。  セレに教えてもらったもの、何十ずつ思い出し、除外していく。 『人は、何のために生きるの?』  見上げてくる少女は、そう問いかけてくる。  膨大すぎる魔力の一角――肌に、精神に、直感に感じた。刃をつきつけられたような気がする。気が狂いそうになる。 「幸せになるためだ。家族とか、知人とかと楽しく笑いあって他界したいとかいうやつも、いる」  過去の記憶――久しぶりに思い出した、マイルとカイル。いったい何をしているのか。  少女は興味津々といった顔で覗き込んでくる。 『幸せ? 人の幸せって? それって楽しいこと?』  心を見透かされている――無駄に狂喜しそうだった。精神が崩壊しそうだった。  少女は俺の表情を見てはっとすると、バツが悪そうに離れた。  同時に、先ほどまでの威圧感や異質感が消え去る。 『私たちにとって、此処しかないの。ほしいものももらえるし、おなかもすかないし、独りじゃない。でもね、何が楽しいことなのか、わからなくなる』  ――思い出した。  積木、ミニカー。これは、俺が見た光景。俺が触れた光景。  子供の頃を覘いて、創造したのか――積木を摘み取る。 『人はわからない。でも、わかることがあるの。 それは、幸せでありたい気持ち。醜いけど、純粋で、神様には叶えにくいもの。 あなたも、幸せでありたい? 不幸にはなりたくない? 幸せのままでいたい?』  尋ねられる――まるで子供のようだと思い、笑ってしまった。  笑われたことに気づいたのか、少女は唇を尖らせる。  俺は口を開いた。 「幸せでいたいな。不幸にはなりたくない。 誰かが笑顔になったら、ずっと笑顔でいてほしいと思う。誰かが泣いたら嫌だから。でも――」  一呼吸。  まとまらない考え。この少女が人の考えを読めるなら、できるだけ空っぽにしておきたい。  目を閉じ、その中の漆黒を見つめ、目を開く。 「自分じゃなくて、自分の周りにいてくれる人が幸せなら、自分も幸せ。そんなのも、いいと思う」 『――よくわからないよ、リュークスの言う事』  少女は両手で俺の片手を握った。  柔らかく表情を変える。 『でも、優しいのはわかる』  空間が震えた。  だが、破壊音や爆発はない。  なぜ――少女は答えた。 『あの娘が、行ったの』 「どこへ?」 『あなたの世界』  思考回路が欠如しそうになり、間一髪で自我を取り戻す。  少女の言葉の意味、この振動との関係性――  ここが亜空間だとしたら、この娘は神格の存在。  少女は前に私たちといった。この振動はその少女が起こしている可能性が高い。  他の空間にまで影響させるほどの、魔力。  術式すらも、その神の創造下にある世界破壊の力なのかもしれない。神の力は、体験したことがある。  少女は首をかしげた。 『彼女は、あなたの世界を改変させに行ったの。無理やり呼び出された、のほうが正しいのかもしれないけど。 勇者と魔王の循環構成は彼女の役割だったから、神界干渉系魔術は彼女を呼び出すことと同じ。あの娘、多分相当怒ってるよ』  クスクスと笑う。  俺の中でパズルが完成した。  つまりこの娘――この娘達は、裏で俺たちを操っていた存在。  世界を|既定分子(レギュラー)で動かし、ハッピーエンドとバッドエンドを司っていた存在。 『操っていたわけじゃないとはいえないけど、人のためではあるの。 人は刺激をほしがる、幸せは追求し続けたがる。幸せなのに不満を持つ、傲慢な種族。 醜いけど、世界はそれによって治められているのだから、神は彼らにとって最善の一手を打とうとした。打ち続けようとした。 そして、私たち代行機関を残して諦めてしまったけどね……』  諦めた、諦めざるを得なくなった。  どうとればいいのかはわからない、それは既に過ぎたことで、現在には関係ない気もする。 『アカシックレコードからこの世界を無いものとし、何度も何度も繰り返させた。 だから、アカシックレコードを覘けるものはいないし、時の力を得ている勇者や魔王にさえアカシャの残片すら知ることができない。だから、私たちを知ってる人は少ないよ。知ってるとすれば、ただひとつ抑制できなかった【鳳桜】くらい。 あれは、アカシックレコード直結の監視機関、接続機関だから、私たちでも干渉できなかった』 「……」  俺には答えが出せない、ということか。  少女はにっこりと微笑むと、胸の前で両手を組む。 『神に代わって、聞きましょう。叶えましょう。私の選んだあなたの、優しき願いを――』  そうして、問いかけるような瞳で見上げてくる。  ――神が。  この少女が、神。  こんな幼いのに、世界を知っている。  世界の、汚いところを。  俺は首を横へ振った。 「名前、なんて呼べばいい?」  替わりに問いかけた。  少女はキョトンとすると、困惑気味に答えた。 『……マーブル。上も下もない、マーブル。彼女は、ノーブルっていうの。双子なんだよ』 「そうか――なあ、マーブル。そんな風に世界の汚いところばかり見て、つらくないか? 世の中は汚いだけじゃなく、美しいものもある。 人間も、悪いところだけじゃなくて良いところもある。良い所、美しいもの、見たいと思わないか?」 『わかんない。それって楽しい?』  マーブルの答えに笑みを浮かべてしまう。  だが、時機が来たことを感じて少しだが焦り、口を動かした。 「見せてやる、今から。楽しいかどうかはわからない、あとで聞きにくる。ちゃんと、答え考えてくれよ」 『……なんの答え? リュークスの言う事って難しいよ』  弱音を吐いて俺を見上げてくる。  すまなそうで、俺を非難するような瞳。  押し寄せる何か、定期的な波、同調、同調。全てに同調、構成は空間直結経路――今にとっては、最後の言葉になるであろう。マーブルの銀髪を撫でる。 『楽しいかどうか、美しいかどうか――お前に絶対美しいって言わせる、楽しいっていわせる。俺が、お前のために綺麗な花火をあげてやる』  思考回路が欠如する。  優先事項が五感を上回り、第六感が働き始める。  波、ひとつの波紋、呼びかける声、呼ばれていると認識する。  落ち着いていた、理解しているからこその冷静。思考回路の欠如は無駄をなくすために必要な事項、呼びかけに答えるための礎。  ――助け――  声が聞こえる。しっかりと、もっとしっかりと。  集中、無意識の無自我。ただ答えるため、迷いも思考も必要ない。  ――助けて――  来た。来た。来た。来た。  手が伸ばされた。俺がつかみ、引かれるだけ。  俺が答える必要がある――俺は己を伸ばす。  もうすこし。二センチ、一センチ、五十ミリメートル、十ミリメートル。  指の先と先とが触れる。更に伸ばす。  ぴったしとくっついた掌と掌。がっしりと握りこむ。  握り返される温かみ――なぜか、ひどく懐かしく思えた。  引かれるだけ。もどるだけ。俺の場、俺の必要な場。  そうして俺は――光へと導かれた。  初めに見たのは絶望の収める世界だった。  紫に染まった空、旅の供と見た世界はこんなにも薄汚れていただろうか。  呆然と、考えてしまう。 『……貴様、何者だ。どこから此処へ来た』 「此処からどこへ。どこから此処へ――わからないさ、未来も過去もわからない。でも、今すべきことはわかる。誰を倒すか、誰が倒されるか。そんな答えじゃない」  懐かしい供。目覚めたことが嬉しい。だが、アイツじゃないのなら話は別だ。  同じ顔、同じ服装、同じ瞳――違う心。 『世界を創造し直す。人無き世界に。平等たる本能のみの世界に。弱肉強食のみの世界に。 人という異質、世界で生まれた本当のオリジナルは、なければよかった』 「戯言はよせ、ノーブル。綺麗な顔が歪んでるぞ?」  不思議と、アイツの姿が見えなくなる。  幻影――目を見開いていた。 「お前が何かは、知らない。お前が何かは、わからない。 だが、お前がしようとしていることは――悪だ。俺は勇者として、ハッピーエンドを紡がなくちゃならない」 『……そちらこそ戯言だ。勇者の力は私が管理している。少しいじれば無力化することなど簡単だ』  鼻で笑ってくる。  余裕の表情――自然と、こちらも余裕だった。  完璧な殺気。マーブルとはまた違う存在だということはわかった。  だが、似ていた。世界が汚いと思っている。 「――なら、世界の美しさを見せ付けてやろうか」  俺はクラウ・ソラスを引き抜いた。  光は、出ない。 『腑抜け。愚者。サル並の思考だな、さすが人間だ。そのような中等存在がいてはならない。神か、迷える羊か。それだけでいい。それが世界の真理。貴様らのような存在は不要なのだ。世界にとってな』  ノーブルが駆けた。  瞬、俺の身体が吹き飛ぶ。  流れに乗るよりも速く、追撃が放たれた。  光球の連鎖に、俺は剣ひとつで凌ぎきった。  運がいいことにノーブルから距離をとれている。  フレイアの容姿で腕を組むノーブルは、目で嘲笑っていた。  俺は今一度クラウ・ソラスを構える。 「……紡ごうか、ハッピーエンドを」  身を低く。  片手で握った剣を横へと伸ばし、半眼でノーブルに言う。  フレイアの容姿が醜く歪み、ノーブルが動き出した。  ――すでに、俺の真上へ。 「死の概念の収める世界で、その身を焦がせ!」  ノーブルの手にある、闇が渦巻く球。  それが振り下ろされると、人一人を包み込む空間となった。  ――それが、俺の真下。ノーブルの真下。  ノーブルの、驚愕で見開かれた瞳が俺の視線と合う。  俺はクラウ・ソラスを握りこみ、ノーブルへと押し当てた。  ――刀身の平で。  できる限りの魔力を流し込んだ一撃、思ったとおりのものはでない。  輝き、正義の輝き、希望――ノーブルという絶望は、憎しみに顔を酷く歪めた。 『屈辱だ、貴様は――全力で叩き潰してやる』  ノーブルの両手が向けられる。  その周りに歪が現れると、回転する紫電弾が出現した。 『貴様には、供に戦える戦士など一人もいない。 全員、【死者復活の儀式】の対価を掻っ攫う【奪い手】とがんばって応戦してるから。まあ、私を引っ張り出すための対価に【奪い手】は何千、何億と現れるだろうから、魔物に打って変わる存在になるかもね』  残酷な笑みを浮かべて、ノーブルは言う。  紫電弾が放たれ、僅かに移動した俺に掠る程度で抜けていく。  細かい傷跡を確認すると、血が滲み出ていた。  そのとき、俺とノーブルの間へ割り込むように空間の狭間が裂けた。  割り出てくるのは、鉄の存在。 『彼らは、衰退した世界で、世界ごと消え去った【世界破壊の罪】を背負う虜囚。 人ですらなくなった。人の影、物の影となった醜い存在。 わかる? これらは無数に存在する。つまり、それだけのバッドエンドが存在するということ。 それでも、人が治める世界が綺麗だと、美しいといえるの?』 「――証明してやるよ、人の創る美を。今此処で!」  剣を握りこむ。  そこに残された断片ではなく、おれ自身を燃やしてその希望を灯させる想像。  それはじょじょにだが、再現されようとしていた。 『――ありえない』  目を見開いたノーブル。  そういえば、フレイアのこんな表情は見たことが無い気がする。  現れた鉄の魔物が、今一度灯ったクラウ・ソラスの光によって浄化された。  霧散によって、二人の間から害が消える。  輝剣を片手に抱え、一歩踏み出した。  輝剣の刀身から、残光が尾を引く。  その輝きは途絶える様子がなく、また、飲み込まれることもなかった。 「在るだろう? それが答えだ。人は、クラウ・ソラス――人を惚れさせる光を、生み出すことができる」 『……貴様だけだ。意思は清いかもしれない。だが、意志は違う。 意志は汚く、欲望的だ。それは、いつか必ず神を殺す』 「――お前たち代行機関から諦めてたら、何も変わらない」 『ッ!?』  輝剣を振り下ろす。  それを片腕で防いだノーブルは、輝剣の光波動に対して歯を食いしばった。  暖かく柔らかそうな光だというのに、ノーブルは痛みに耐えるような表情をする。 「【死者復活の儀式】か何かは知らないが、その対象がもう一度消えれば――全部消えるんじゃないか?」 『私を消す? ――クックック、おもしろい。おもしろい【勇者】だ。 いいだろう、その問いに答えてやる。答えは――イエスだ』  ノーブルが駆ける。  宙の一点を足場にした、不可思議な進路。  いつのまにか、俺の肩に傷跡がついていた。  血の噴出――剣を持たない腕なので、無視する。  即座に放たれた闇球をクラウ・ソラスで防ぐ。  一撃にこめる――柄を強く握りこんだ。 『新世界のために、真のハッピーエンドのために――消えろ』  ノーブルの手に握りこまれた、死の概念の塊。  それは俺へと投げられると、一瞬にして膨張した。  カロン  死に飲み込まれる。  俺はクラウ・ソラスを、死の概念へと振るった。  光の残痕が、煌く。 「負の概念に飲み込まれない、光。それが――正、だ!」  二度目の振るい。  死の概念が割れ、ノーブルへの一直線ができあがる。  目を丸くするノーブルへと、駆けた。  一歩、二歩、三歩……  数は数えられるほど。ノーブルの使った大技は、間近でしか放てないのか、至近距離だったのだ。  剣先を修正する。  ノーブルは立ち直って、両手に死の概念球を構成した。  速い。だが、対応速度が僅かに遅い。  間髪いれずに、ノーブルへ――フレイアの身体へと剣を叩きつけた。  斬るのではなく、叩きつける。  同時に、剣の隅から隅に行き渡る魔力――概念が、フレイアの身体へと流れ込む。  イリス・エンディング≪終罵≫  カロン・ジェノサイド≪永誕≫  俺の概念がノーブルを粉砕する弱後、死の概念が俺を貫く。  生命が根こそぎとられた感覚――形容しがたい。 「俺の勝ちだ……」  思考回路の焼き切れ。  立ち上がろうとする力すらなく、ひざから崩れ落ちるのを止められない。  俺の呟きに反応するように、ノーブルが――フレイアの身体で、フレイアの笑みで、呟いた。 『お前の勝ちだ……【今の世界】を信じよう、勇者よ』  視界が――暗転した。  白い世界。  ここに訪れるのは二度目。それでも、違和感は拭いきれない。  だが、違和感から目を逸らす必要は無かった。  ここは、俺だ。そう実感できる。  俺の中にいた。前に、精神階層に入ったことがあった。セレも入っていた、こんな違和感を感じていたのだろうか。 『よう、俺』  黒い俺、懐かしい俺――血走った目で微笑んでくる。  その手に握られているのは、黒と紅の大剣。  使っているところ――見たことが無かった。 『この剣は、異質であるお前の相対。いわば極闇。これが、お前のところまで俺を導いた。お前のところにいくまで、俺を生きながらえさせてくれた』  吐き気がした。  黒い煙があがっては、白に消えていく。 『消えちまいそうだ、何とかしてくれよ。俺』  懇願の色をみせずに、尋ねてくる。  俺は首を横へ振った。  楽しそうな笑い声。それすらも狂っていて、それでも穏やかで。 『なぁ、知ってたか? 俺は、てめぇを弟かなんかだと思ってた。弟がほしかったのかな、それともてめぇと共通の願いか? とにかく、てめぇが可愛くて可愛くて仕方が無かったんだ。そんなのが、俺なんだよ。親ばかだ、こういうのは何コンっていうんだろうな?』  すべてに諦めた声――  俺に口を動かさせる猶予も与えず、言葉が続く。 『はじめててめぇが俺を拒絶したとき、俺はわかってなかったんだよ。子供は親から離れる。たとえ俺がお前であっても、それぞれにそれぞれの自律があるかぎり、別なんだ。 今気づいた、てめぇが成し遂げて気づいた。まったく、遅すぎるよな。ククククク……』  黒い俺が消える。  舌打ちが聞こえると、目つきが変化した。 『終わったな、全部。てめぇの勝利で終わった。ハッピーエンドだ。俺とお前の引き合い、てめぇが逃げ切った。 戦いの本能、全部返してやるよ。俺は消える。リュークスの本能を操る人格は消え、すべてがひとつにもどる』 「……素直だな、なんか仕組んだな?」 『愚問だな。俺はお前だ、お前が推理することすべてが、事実だ』  ニヤリという笑い、敗退しても尚勝利を得たという表情、ひっかかる。  答えはでなかった。だが、完全に勝利したというわけではなかった。 『世界は生まれ変わる、お前の手で。新世界は生まれる、衰退の最高潮を迎えて尚、植物状態で生き続ける足掻き。くだらねぇな。このくだらねぇことが、俺からの贈り物だ。この剣も、またこの世界を壊す力。だが、世界に渡すのはもったいねぇ。俺が持っていってやる。感謝しろよ。オレ?』  闇が消える。  砂となり、塵となり、無となる。  勝利を得たという憎たらしい笑み、狂喜する瞳。  そのすべてが、無となって消えた。  同時に、戻ってくる何か。 「戦う本能、か」  自らの胸を押さえ、わずかだが感覚を得る。  この夢から覚める――どこにいるのだろうか、皆はいるのだろうか。  もしいなかったとしたら、俺は彼らと同じになるだろう。  魔王ネメシス、白の総司令官レクイシス、勇者ルクス。  彼らは失った。だから、取り戻そうとしただけ。  俺ですら、失えばああなるということが――肯定できてしまう。  正義だからかもしれない。善者だからかもしれない。共が大切だと知っているから、人の温かみをしっているから。余計にそう思える。  浮上する感覚。覚めるとわかった。  俺はゆっくりと目を閉じ、その流れに身を任せた。  目を開ける。  同じ白い世界。雰囲気というか、この世界の根本部分が先ほどとは違っていた。 『まったく。人間を侮りすぎたな、神の代行機関といえど、学習能力のない無機物になりかけていたか……』 『いつもそうだよねぇ、ノーブルちゃん。 リュークスは偉い偉いなんだから、舐めたりしたら、私が怒るよ?』  二人の少女。同じ顔を持った少女。  一人の少女がもう一人の少女をぐ〜っと睨み、睨まれている少女はすまなそうにごまかし笑いを浮かべている。 「マーブル……」  振り返ったのは二人ともだった。  駆け出してきたのは一人だった。 『リュークス。身体は大丈夫? この空間の定義に完全回復を付け足しておいたんだけど……』 「大丈夫、生きてる感覚がないのは前からというか……息を吸ってる感じすらしない」 『当たり前。精神体に変換されてるんだから。これだから人間は馬鹿――ごめん、謝るから睨まないで。マーブル』 『もう、怒るよっ!』  威嚇するように可愛らしく睨んだマーブルに、もう一人の少女は両手を上げてぎこちない笑みを浮かべる。  ふと思いついた名前。マーブルの双子という点で、確信に変わった。 「ノーブル、なのか……?」 『ああ、先ほどは世話になったな。あの少女にも悪いことをした』  あまり悪いと思っていないような、平坦な平謝り。  だが、瞳に宿る光は僅かに震え、自分の失敗を受け入れていないだけなのだとわかった。 『もう、ノーブルちゃんったら。頑固者……』  マーブルが拗ねたように呟く。  俺は口を挟んだ。 「その少女っていうのは、お前の乗り移ってたやつのことか?」 『それ以外になにがある。いや、まあ、それ以外にも怪我を負わせてしまった女もいるが……』  そう呟いてからバツが悪そうに顔を逸らす。  マーブルがクスクスと笑うと、ノーブルの顔がじょじょに赤く染まった。  ――案外人らしいところもあるみたいだ。 『人間らしいってなんだ、貴様!?』  ノーブルがキッと睨みつけてくる。  竦みあがりそうになって思わず背筋を伸ばすと、マーブルが腹を抱えて大声で笑い始めた。  ノーブルがコホンと咳払いすると、落ち着いた様子で口を開く。 『私たち神の代行機関は、循環物語の崩壊をもってして世界への直接干渉をすることに、二人の意思で議決された』 『といっても、実はノーブルちゃんのほうが悪い娘なんだよぉ〜?』 『う、うるさい! それも今から話す! ――ええと、実は、私があの世界に行ったときの【死者復活の儀式】対価が予想以上に大きかったのか……いやまああれは完璧なはずなんだけど……対価を奪うための【奪い手】召喚のタガがはずれたようで、私がもどっても増殖し続けているんだ……わ、私のせいじゃなく、あの儀式を書き間違えたか何かしたあいつらが悪かったんだからな!』 『でも、世界一つ分も必要なノーブルちゃんも悪いよねぇ、いたずらっ娘だよねぇ、ひどいなぁ』 『う、うぅ……』  ショボンと肩を落とすノーブル。  マーブルが励まそうともしないので、俺が銀髪を撫でてやる。 「ま、まあ、失敗したことは仕方ないんだし、それよりも【奪い手】とやらが増殖し続けるのはどれだけ悪いことなんだ?」 『え、ええと、多分ノーブルちゃんが言ってたと思うんだけど……世界で言う【魔物】に替わるくらいの量になる。それ以上だから、多分今のままみたいな生活は送れなくなる。あれは構成因子から破壊しないと、表面が硬すぎるから』  人指し指を唇に当て、う〜と唸るマーブル。  その言葉が検索でヒットし、ふむと声をもらしてしまった。  ノーブルは妙に真剣な表情で口を開く。 『あなたがこの世界を選んだのなら、この世界の根本を変えずに新世界――【新たなる脅威】から生き抜く世界を創り上げていかなければならない、それがあなたの義務。 でも、あなたにばかり任せるつもりはない。私はどうでもいいんだけど、マーブルがどうしてもっていうから……私たちの世界直接干渉方法は、あなたに一任することに決まりました』 「……俺?」 『どうしてもなんか、言ってないよ〜!?』  マーブルを軽く抑え、ノーブルの瞳が俺をしっかりと見つめた。 『あなたが迷うなら、世界は衰退から滅亡に変わる。そうなれば、あなたの思想は消え、あなたの共は失せることになる。 嫌ですか? ハッピーエンドを、紡ぎたいですか? たとえ燃え尽きそうになろうとも、燃え尽きたとしても、あなたは【勇者】であらなければならない』 「【勇者】……」  ノーブルが胸の前で両手を組む。  目を閉じる、祈る表情――デジャ・ヴを感じた。 『――神に代わって、聞きましょう。叶えましょう。私の選んだあなたの、優しき願いを』  不思議と呼吸は落ち着いて。  不思議と考えはまとまって。  不思議と――俺の目指すもの、掴みたいものが視ることができて。 『あなたの牙は、すでに【新世界】では通用しない。あなたの意思、あなたの正義、突き通すための牙を欲しますか?』  心を読んだかのような問いかけ。  ノーブルの瞳は俺をまっすぐと見ていて。  マーブルは俺とノーブルの間で肩身が狭そうにきょろきょろとしていて。  陰湿な雰囲気を吹き飛ばすように、穏やかに微笑んで見せた。 「いろいろと、わがまま言うだろうけど、頼むな」 『――まあ、聞いてあげるわよ』 『リュークスは優しいからなぁ、ノーブルもきっと気に入るよ?』 『気に入らないっ!』  同じ顔でも、こんなにも個々の態度で会話を交わすマーブルとノーブル。  個々が個々であり、それぞれがそれぞれであり、違うからこその個という存在。  俺は俺で、勇者という格そのものではなくて、それでも俺という個の持つ正義がある。 『――リュークスの考えること、難しい』  難しそうに首をかしげるマーブルは、頭の上にハテナマークが付きそうだった。  ノーブルはふぅんとうなずいている。 「動く。でも、まずは戻してくれないか?」 『いいけど――まだ現実世界にはもどれそうにないわよ。まだ呼ばれてるから、あなた』  誰に――問う必要はなかった。  桜の花びらがひとつ、舞い落ちる。  何も無いはずなのに、唐突に現れたこの存在はとても異質で。 「……今は一度、お別れだ」  さっきから移動が多い。  悪態つきたくなるのを堪え、まとわりついてくる霧から思考回路を無理やり働かせ、言った。  二人は同時にうなずき、ニッコリと笑う。  俺はそれに微笑みかえすと――意識を手放した。 「やっと終点、か?」  桜色の花びらの羅列。   地平線の先にはなにがあるのだろうと歩き続け、何も無いことを知った。  左右を取り囲む桜木が、俺をせせら笑っているようにも思える。  ――この空間の創始者はだれか。  一人しか浮かばなかった。だが、いない。  この無限螺旋はいつまで続くのか。それとも、打開しろというのか。  だが、答えはすぐに見つかった。  視界を埋めつくす、どんなに遠くを見ても桃色だった桜並木。  その向こうから、どっしりとした白銀の鎧を着こなす騎士が歩いてきた。  思わず剣に手を置き――既に燃え尽きたぼろ剣だと思い出す。  ギシャ、ギシャ、という足音と鎧の摩擦音が、じょじょに大きく近くなる。  俺は戸惑うことなく、それへと歩み寄った。  輪郭がわかるようになり、細部がわかるようになり、表情がわかるようになった距離――  唐突に、向こうが立ち止まる。  俺は歩みを止めず、口を動かした。 「久しぶりだな……レミス」 「一日も経ってないが、懐かしいな」  柔らかい笑みを浮かべるレミス。  暑苦しそうな鎧をきっちりと着こなし、ピンと張った背筋で立ち止まっていた。 「レミス、お前は――」 「あのとき。全員が強制移動され、ばらばらになったとき、俺はここに導かれた。 エレメントマスターの話だと、俺は道案内らしい」  小さな苦笑い、表情が豊かになった。彼女の――成果だった。  俺はその隣に立って口を開く。 「じゃあ、連れて行ってもらえるか? ――こっちからも話があってな、あいつに」  レミスはうなずくと、並木道からはずれるように歩き始めた。  その先に続く桜森、俺に舞い散る桜の花びらをうざったく振り払うと、その後に向かって歩き始めた。  大木がそそり立っていた。  王のような威圧感と、優しさに溢れたその大木からは、桜が咲き乱れている。 「何のために、何がために――答えはもらえるか?」  四季を捨て、秩序を捨て、定理を捨てたこの空間。  その創造は狂っていて、咲き誇る桜も狂っていて――ここを創った存在の精神に嫌気が差す。  大木に寄り添うように、光を宿さない瞳を虚ろに動かしたのは、一人の少女。  力なくとも、綺麗で鮮やかな金髪のテールが、さらさらと動く。  その周りで揺らめくのは、二つの蒼い光。 「……ボクはね、やっと手に入れたんだよ」  衝動に駆られて呟いた少女の声は、感動に震えていた。  嬉しさに満ちた瞳、狂ったように笑みを浮かべていた。 「全部、全部、終わった。ボク、もう疲れたよ。完結させたかったんだ。お父さんと、お母さんに、ずっと一緒で幸せになってほしかったんだ。 ――最高でしょ、ずっとずっと一緒だ。何もないから、何も起こらない。ずっと四人でいっしょ。フフ、フフフフフ……」  四人。  俺、サクラ――元勇者、元聖女。  俺たちは異質であり、血がつながっているともいえる家族でもある。 「イシャーとお母さんは私のところに来たよ。でも、瞬殺しちゃった。 だって弱いんだよ、もうすこしでお母さんも消しそうになっちゃったよ……フフ、醜いよね。超科学の結晶でも、鳳桜を一回しか防げなかった。弱いよね、彼女。全部なくしちゃったからかな、創造主すらも、ね。」 「死んだ人間の悪口をいえるほど、お前は偉かったかな?」 「偉くなるんだよ、たとえなんであっても、力でねじ伏せる」  兇器の瞳が俺をまっすぐと見つめる。  俺はそれを見つめ返した。 「さあ、リュークス君。いや、お兄ちゃん。お兄ちゃんに選択肢を掲げてあげるよ。 でも、ここは民主主義じゃなくて絶対王政だから、ただお兄ちゃんからの同意がほしいだけ」 「気に入らないな。俺は、もう賛同できない意思があるんだが?」 「――消すよ? ボクに逆らえる力が、お兄ちゃんにあるの?」  桜の花が舞い散る。  唐突に構成された、サクラの背で夢幻に輝く桜の翼。  鳳桜――サクラの頭で固定された頭部は、悲しみに染まっていた。 「鳳桜は、絶対に消されない力なんだ。 始原(イデア)から生まれた二つ、時と元。それ以外の存在であって、神の前並行世界監視機関。 それが、鳳桜の正体。おんなじ存在が別世界にはいくつもいくつも存在する。でも、ひとつの世界にはひとつしかないけどね。無二っていうやつだよ」 「……それで俺を消す? くそったれが」  俺は、自分の首から垂れているオレンジ色のペンダントを見下ろした。  フレイアにもらったペンダント――決意は剣のように、まっすぐとなる。  俺はサクラに向けて両腕を広げ、心臓を突き出した。  褪めた蒼眼が冷たく突き刺さってくる。  躊躇せずに、口を動かした。 「消して見せろ、ここに魔力叩き込めば消える。どうだ? さあ、お前には消せるんだろ? てめぇは既に何人も何人も殺してる、トチ狂ってる。その責任はだれか。わからない、お前にも責任はない。でも、それとこれとは別だ。俺はてめぇの言うとおりにはしない。俺には俺の正義が在る。 誰が正義かにこだわってるのが屑だ。何が正義か。世界単位じゃない、個人単位で。 世界を上から見たんじゃなくて、ちゃんと地面を踏みしめて、直視する。 それで得られるものが、正義だ。 だが、てめぇの持ってる正義は――個人過ぎる。 駄目なんだよ、自分だけが幸せ。それでいいのか? セレは、フレイアは、みんなはどうなってもいいのか?」 「――どうでもいいよ、彼女たちは手駒だ。この結末を創るための手駒。 お兄ちゃんも手駒だったんだよ? お兄ちゃん、愛してるよ。ボクはお兄ちゃんが大好きだ。 だから、一緒にいようよ? なんで、ボクと――ボクたちと一緒にいてくれないの? ただ、家族でいっしょにいたいだけなのに……?」 「……死んだ人間を生きさせる。魔王がやろうとしていたことと、どこが違う?」  死者復活の儀式――意味はわかった。  悔やみがあった、心残りがあった、神を憎んだ。その想いで生まれた、負だろう。  クラウ・ソラスが生んだ、人による正。あれと相対するのが、これなんだろう。  その意義はわかった。重かった。 「……俺の親友が死んだ。ノーブルに聞いた。 俺が旅立った後、村に新たな旅人が来たらしい。 そいつとカイルが仲良くなった。マイルも傍にいた。 だが、旅人は『鍵の少女』だった。 魔界を呼ぶための魔力を持つ特異天――皮肉だよな、国に連れて行かれ、カイルは強くなろうとした。 マイルも、カイルと並ぶほどに強くなった。 一年も満たない期間だ。あいつらのほうが正義だった。ただ、俺が勇者で、あいつらが勇者じゃなかっただけだ。全員救世主だ。 だが――生き返してやろうなんて、思ってねぇよ。 死ぬのは、もう諦めたからだ。足を動かせなくなったからだ。 もう一度生き返して、動かせない足を動かさせる――こんなに残酷なことはねぇよ」 「……もう何もかも遅いんだ。もう、ここに全部揃ってるんだよ……」  蒼い光が瞬く。  現れるのは、二つのシルエット。  輪郭が明細されていき、じょじょに人らしい存在へと変わっていく。  思わず手を動かし――首を横へ振った。 「ここにはいられない。俺には――帰る場所がある」 「……ボク、とっても悲しいよ」  懇願する瞳、必死だった。  それでも、俺は首を横に振る。  目を伏せたサクラから、鳳桜の花びらが消えた。  ゆっくりと顔を上げたサクラの表情は、痛々しくも暖かい微笑み。  潤んだ瞳からは、一筋の涙が零れ落ちる。 「ボク、お兄ちゃんのこと――本当は、大好きだったんだ」 「……ごめん」  サクラが人差し指を向けてくる。  その先に光がともり、大きく、大きく広がっていった。  視界が光に埋め尽くされ、最後の言葉が響く。 「でも、ボクは何度でもお兄ちゃんを誘うからね……」  その言葉に託された、溢れ出そうなほどの思い。  しっかりと俺の心に刻み込まれた。  こうして、世界は終結を迎えた。  勇者、魔王という善悪は消え、循環を繰り返していた旧世界は終わりを告げる。  勇者は、自らの力とともにそれらに関係するすべての力をひとつのモノとし、五つに分ける。  それが、新世界において重大なものとなることを予知し、人々を守る象徴とした。  空想具現化の双子、正のマーブルと負のノーブルは、勇者の失われた力を補うほどの新しい力となって、勇者を支えたらしい。  その共はそれぞれの道を進み、あるときは再会を、あるときは別れを、偶然に任せてそれらを繰り返したそうな。  セレスティア、フレイア、リュークス。  彼らを繋ぐ契約は消え去ったが、その思いを宿すペンダントは、今も彼らを繋いでいるだろう。  だが、それはまた別のお話……