ライトファンタジー〜勇者と魔王〜 水瀬愁 FILE17の次くらいに来るつもりな外伝 ******************************************** 【タイトル】  ライトファンタジー〜勇者と魔王〜 【作者】  水瀬愁 【管理】  小説家になろう[ウメ研究所] 【サブタイトル】  決意を胸に、闇を繰る(第26部分) 【ジャンル】  ファンタジー 【種別】  連載完結済[全82部分] 【本文文字数】  7420文字 【あらすじ】  語られるは旋律、輪になって踊る道化師達の伝説。ある道化師は勇者の名を語り、またある道化師は魔王の名を名乗り。王道から成る、世界の真実をぶち壊す、ファンタジーストーリー 注意 小説には著作権があります。この小説を無断で再配布・転載する事は著作権法で禁じられています。 (C)水瀬愁 ************************************************ 決意を胸に 闇を繰る  空が割れる。  闇に背く光の空はなく、今完全に闇の支配化にある王国。 「やはり、魔王はパラサイトを施していたか」 【いまでは、我ら【聖神】は四人しかいない。 どうする?」  銀髪の、青少年。  彼の両手には抜け身の小型ナイフが握られる。  そのナイフはオリハルコンとダク・ソフィアから創られた、深緑の膜のように薄い刀身をもつ。  鍔はないに等しい。  彼が問いかけるのは、側にいる茶髪の少年。  彼の両目は茶と、蒼に分かれている。 「彼女を守る。守れるのなら守りたい。 それに――あれの行動も気になる」 「――【運命創造主】か」 「――ゼウスは関係ない。 俺の考えているのは【ルシファ】だ」  茶髪の少年は空の闇をみる。  そして、自らの後ろをみる。  五つの砦からなる守護方陣。  闇はすぐ側まで迫っている。  その闇は、神と同等の力をもつといわれている【サタン】の闇。  茶髪の少年が考えているのは、神と同等の知識を持つといわれている【ルシファ】 「まあいい。俺のできることは少ない。 だからこそ、俺が動かなければ、変わるものも変われない」  茶髪の少年は拳を握りこんだ。  銀髪の少年はふっと笑みをもらす。 「まあいい。今のお前の変わり様。リュークスがみたらきっと仰天するぜ。マイル(・・・)」 「――そうだな。僕は大分変わった。カイル(・・・)」 「「僕」は我が唯一の姫君(ヴイ・ラ・プリンシア)のまえだけにしときな。威厳がないぜ。 まったく。前までは俺しか言わないおてんぱだったって言うのに。」  マイルは双剣を舞わせた。  空間から顕れようとした闇の存在が切り刻まれる。 「俺はこの【砦】を死守する。お前は――行け」 「………………すまない」 「似合わないこと言うな、アッシュ(・・・)」  アッシュであり、マイルである茶髪の少年は、砦をぬけてひとつの場所を目指した。  カイルはふっと、それを見送る。 「キシャァァァ」  顕れることに成功した闇の存在が、深緑の腐敗した両腕をマイルに叩き落した。  だが、それは空をきり、地に落とされる。  それも――肉の断片として。 「遅すぎ」  闇の存在が一刀両断され、消え失せる。  カイルは同じ立ち位置でため息を吐いた。 「……ここはあなたが守護しているのか」  カイルは視線を、声のしたほうへとむけた。  そこには、黒い肌をもつ、人ならざるエルフの異端者。  ほのかに蒼い、白髪がなびく。 「ええ。ここは俺【深緑の双剣舞】が死守する壁――あなたは【氷帝魔】ですね?」  カイルは剣を構えることなく、エレンディアに微笑みかけた。  エレンディアは弓を構える手をおろし、マイルをみた。 「無駄だと思うが――ここを通していただけないか。 あなたのような知的な存在を、私は殺生したくはない」 「――ふむ、答えはこうです」  カイルは剣を構えた。  エレンディアはあきらめのため息を漏らし、弓を構えた。 「俺には、守らなくてはいけない友との約束がある。 俺も、結構馬鹿だぜ?」 「――後悔するとわかっていて、そうする。 私も、あなたのようになりたかった」 「一パセントだ」  カイルは双剣を舞わせる。  残光が瞬き、カイルの舞を飾る。 「一パセント。その可能性があればいい。 俺が、その布石を整えるだけだ――彼の勇者のように」 「――ならば、私も全力で九十九パセントを押し通すだけだ」  カイルの連続の斬撃と、氷の覇気が激突する。  衝撃によって舞い上がった氷が、柱のように空へと昇っていった。 「ふっふっふっ。私はもともとあなたが気に食わなかった。【蒼の魔術士】さま」 「そう、知らなかったわ【施術の策謀家】さん」  黒いシルクハットを被り、眼鏡をかけた老人が、黒いドレスをきた女性と対峙する。  人の身長みっつ分置いて、だ。 「この機会があってうれしいですよ。私の力量を見せ付けるチャンスです」 「ふふ――そんなこと考えるよりも、いまを考えたほうが良いのではないかしら?」  二人の距離の間で、ただ主の命じるままに殺戮をおこなう、紙人形と魔物の大群。  紙人形は奇怪な動きで魔物を圧し、魔物はその強力な力で紙人形を圧する。  ほぼ互角だった。  その大群は、波のように戦線を歪ませる。 「私は策略。あなた程度には負けませんよ」  老人は手に持つ杖で地面をたたいた。  乾いた音が、戦いの最中でありながらも響き渡った。 「みせてあげますよ――本当の軍師のみせる、本当の策略戦を」 「七聖神、か――興味ないかも」 「なら、貴様らはなにを求めてここに来た、【闇の娘】」  黒髪の少女が、上空から舞い降りる。  少女が対峙するのは、大槍を構えた赤髪の男性。 「私は求めてなどいないわ。 ただ、待つために。ここにきた」  少女が両手を交差させる。  男性の八方に闇の剣があらわれ、その体を貫こうとする。  爪龍斬  槍の薙ぎとともに、五つの斬撃が宙を舞う。  それは、闇剣の包囲網を薙ぎ払った。 「私は守護するものとして、貴様の思いを突き破ろう」 「――できるのなら、どうぞ」  闇剣より巨大な球がいくつも、少女のまわりを漂う。  少女が男性に両手をむけた。  闇は進路を急激にかえ、男性にむかう。  男性は大槍を構えた。 「鍵の少女は我等の保護を受けなければならない!!」 「だまれ! 貴様らはなぜ気づかない!!」  アッシュは、鍵の少女がその身を預ける【天魅塔】その入り口でアッシュは斬撃を放った。  斬撃は何度も旋回して、押し寄せる兵士を倒していく。  消えること無きその斬撃は、兵士の武具だけを的確に破壊していった。 「リースは――渡さない!!」  アッシュは高速で兵士の狭間を通り過ぎ、気絶させていく。  アッシュが止まったとき、その目は宙の一点を睨んでいた。 「僕はリースを守る。そのために誰も死なせない。絶対に」  アッシュは真速で懐からナイフを投げ、宙を貫いた。  その空間の裏側にいた闇玉が霧散する。 「ガ……ガガ……」  兵士がうめき声を漏らす。  アッシュが目を向けると、兵士から蝶のようなものがその身を引き出した。 「これがパラサイトした魔物………………か!!」  それは塔にそって弾丸のように飛翔する。  アッシュは紫の大剣を背から引き抜く勢いで振るった。  巨大な斬撃が魔物を撃墜していくが、一匹が射程外まで飛翔する。 「ちっ!!」  アッシュは階段に目をむけ、駆け出した。  アッシュの体が塔にはいると、扉が自動的に閉められる。  そして、その扉を守護するように張られる円形の白結界。  戦いははじまりつつあった。 「鍵の少女――その中にある【スイッチ】は彼女の死によって発動する」  魔王。  その眼下には、戦場と化した七つの塔。 「蒼の魔術士は我が配下。ゴンザレスは行方不明――なら、あとひとりはだれだ」  氷の爆発が二度三度起こるひとつの塔。  三つの塔が、抵抗なく侵攻できている。 「残りの一人。私の記憶にすらない。前記憶継承をしているというのに」  魔王は不可解な既視感をおぼえる。  存在しないはずがない。  だが、確かに存在しない。 「存在しないのなら、脅威にはならない――か」  魔王はそう言って、剣を抜刀した。  黒いムラが刀身を渦巻く。  生々しい目玉の鍔が、そのなかの暗い眼球が、白目の中を激しく狂ったように動き回った。 「準備を整えておくか……」  魔王は消えた。  空間の裏側へと向かったのだ。  施されるものは、陰に隠され、誰もが知りうることはできない―― 「破紋昇竜閃!!」  赤髪の男性が、槍を突き出す。  槍の全身を、絡まる気竜。  それは、弾き出されるようにして少女に向かう。  だが、左右から闇の球が竜を叩き潰した。  闇の球はそのまま混ざり合う。 「そろそろ飽きてきたわね………………もっといい技ないのかしら?」 「――だまれ!!」  赤髪の男性は大槍を突き出す。  顕れる五つの斬撃。  だが、それは闇球に防がれた。  そして、空から男性に三つの闇球が降り注ぐ。  男性はすぐさまその場を飛びのいた。  闇球が地面に穴を開け、爆発を起こす。  男性は爆風に耐えるように力み――血を流した。 「な………………」  男性は地に伏せる。  心臓とは反対の胸に、闇の残留が渦巻いた。 「あら、失敗」 「なぜ……いつ……」  少女は男性の質問に答える気はないというように、両手をかざした。  闇球が五つの刀身になり、その二つが少女の手に収まる。  三つの刀身が男性に飛来する。  男性は大槍を投げ捨てるようにして振るい、その場を退いた。  二つの刀身が大槍を破壊し、押しとどめられるが、一つが男性のすぐ近くで爆発を起こす。  男性は退いた勢いにのったまま――それを抑える衝撃にあう。  それとともに訪れる、異物感と激痛。 「……な……ぜ……」  男性は血を吐き出した。  その目は少女の『いた』場所を睨み、少女の『いる』場所を感じ取る。 「この程度の技量がないんなら、あなたって【七聖神】で最弱でしょ?」  少女は男性の背に黒剣を二本突き刺して、妖しい微笑を浮かべている。  少女は剣をさらに突きこんだ。 「私の名前、教えてあげよっか。 クイン。私はその位置に在りし【闇の娘】であり――元聖女」  少女は剣を手放した。  男性は弾かれように少女に振り返り――爆発した。  黒い、無音の爆発に、男性は跡形もなく消え失せる。 「……もう終わっちゃった。はずれくじだなぁ」  少女がつぶやく。  そのとき、遠くから破砕音が聞こえ、氷の柱が伸びた。 「――あっちはあっちではずれくじかもね」  少女は、戦場に似合わない陽気な笑みを浮かべ、その場から消えた―― 「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」 「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」  弾幕のように放たれた連続の斬撃と、ひとつの氷の矢がぶつかる。  そこから上空に向かって氷の柱が立ち、粉々の粒子になった。 「さすが――賞賛の言葉しか浮かばない」 「それはうれしいよ」  マイルは横に駆ける。  片方の剣を振るい、斬撃を放った。  エレンディアは弓を剣のように振るい、斬撃を氷結させる。  マイルはその瞬間、エレンディアの背後にはいり、剣を振るった。 「氷よっ!!」 「ちっ」  マイルの剣が、エレンディアが纏った氷の鎧に防がれる。  エレンディアは振り返ると同時に弓を構え、細長い氷矢の束を放った。  マイルはいくつかの矢にかする。  傷口は氷結し、血が流れることはない。 「狂うところをみたいわけではないのでな」 「変なところで律儀だなぁ――」  マイルは双剣を上下から合わせた。  そのまま刀身を顔前へ―― 「悪いが、俺はそんなことはできないから――」  マイルは剣を振るわない。  風が辺りを舞い、エレンディアの髪がなびく。  風に死を紡がれよ――  エレンディアは血を流す。  全身に、切り傷程度のものが幾重にもあらわれる。 「できるだけ最短で死んでもらうぜ」  エレンディアは顔を歪ませ、氷を全身に展開する。  だが、切り傷は異常な速さで増えていった。 「どういうことだ……」 「わかるか? わからないだろうさ、なんたって俺も使い方しか知らない技だからな」  マイルは構えをとかない。  エレンディアは傷だらけになった腕を持ち上げる。  弓はその規模を拡大して、地面に腰を下ろした。  氷の重弓――エレンディアは弓を引く。  普段よりも大きな冷気の矢が放たれようとする。  アイシクル・レインブリザド  矢の軌道跡に、水蒸気が氷結した霧ができる。  マイルはぎりぎりでその場を飛びのいた。  屈折した光で、波紋のように歪んで見えるそれは、砦の壁に生えるようにして止まった。  エレンディアの殺傷はそれとともに止まる。 「しまっ――」 「私の――」  エレンディアは氷のアチから弓を引き抜き、マイルに向けた。  アイシクル・インプレス  エレンディアから放たれた六角形の面をもつ氷柱。  それは、舌打ちをしようとしたエレンディアをくの字に曲げ、吹き飛ばした。 「勝ちだ――」  為す術もなく宙を舞ったマイルは、どさっと地面に叩きつけられた。  そのまま、氷の棺に包まれる。 「冷氷とともに――眠りへ落ちろ」  エレンディアはそういって、砦を通過した。 「そろそろいきましょうかね」  老人は懐から何枚かの紙をとりだし、撒いた。  それは紙人形と魔物の間を縫うように進む。  そして、女性の側に落ちる。 「戦況を変える一手は――常に用意するものですよ」  符雨絶爆封  紙から四方向への衝撃波がでる。  それは戦況を覆す。  紙人形が魔物を打ち倒し、女性へと牙を剥く。  女性は慌てることなく、跳躍を繰り返した。 「さて――終わらせましょう」  老人は紙人形の数を増やした。  騎士の姿のものと、魔法使いのもの、さらには重剣士までもが召喚される。  その数――百。 「戦況は――簡単に覆るものですよ、おばかな軍師さん」  女性は妖しい笑みを浮かべる。  そのとき、紙人形部隊の地面が赤く灯った。  正しくは、紙人形に倒された魔物の肉片―― 「ぼぉん」 「ッ!?」  紙人形部隊が、黒炎の柱に飲み込まれる。  柱が昇ったのは一瞬、それは爆発のごとき短さの現象。  紙人形は消えうせた。 「全てが消えた――でも、0からの始まりに公平も平等もないわね」  紙人形と魔物が、テンポをもって召喚される。  だが、紙人形が一体召喚されると、魔物は三体召喚される。  分ごとにその差は歴然としたものとなる。 「退き際は……今ですかね」  老人は苦虫を噛むような表情をし、紙人形を前進させる。  そして、老人は浮遊して後退していき――間違いを犯した。  女性は笑みをこぼす。 「撤退する場所は――ないですのよ?」  老人の地上、そこに紅い血塗りの魔法陣が唸りをあげた。  老人に逃げる時間は――ない。 「撤退を計算に入れて――トラップの設置を……?」 「あなたは、分が悪くなると立て直そうとするから。 それに――この数の差で逃げない軍師はいないわ」  女性は、最後の一体の紙人形を視線で指した。  そのとき、魔物の金剛で紙人形は押しつぶされる。  魔物イチにたいして紙人形ゼロ。完全なる敗北。  老人は顔を憎しみに歪め――黒炎の昇りに飲み込まれた。 「うおおおおぉぉぉ……」  老人は断末魔をあげ、灰すら残らず焼却された。  女性は魔物を、砦の向こうに通過させていく。 「さて……私の仕事は終わり」  女性は妖しい、魅惑の笑みを浮かべた。 「あとひとり、か……」  空間の裏側――闇の間。  魔王は、組み終えた施紋を満足そうに見る。 「魔物が【鍵の少女】に向かったようだ――なら、最後の聖神も死んだも同然か」  魔王は施紋を空間に投げ出した。  それは空間の表に飛び出し、作動する。 「さあ。その威厳をよこせ――」  施紋は闇の球体となり、膨張する。  それも、国全体を飲み込むほどの大きさに―― 「【魔宮】!!」  そして、球は空へと昇る柱となる。  光の溢れた王国が、一瞬にして闇に覆われた。 「ははははは……」  魔王は耐え切れずに笑い声をもらす。  その声も、壊れたような残虐の色が見え隠れする。 「ハハハハハハッ!!」  耐えることなく弾き出したその笑いに、魔王は闇と化した。  負のエネルギが魔王に共鳴する。 「さあ、物語は折り返したぞ――急速に進むこの物語を、貴様はどう操りきる!!」  魔王は剣を掲げ持った。  その目は決意の狂光を宿している。 「貴様から――死し者の魂、帰してもらうぞ。【運命の描き手】!!」  闇に染まった空。  僕は彼女と、光の空を見ていたかった。  死んでしまった仲間たち。  その顔が思い浮かぶ。  僕の肌を、強い風が刺激する。 「私は、良かったかも」  僕の隣に立つ、少女。  僕の我が唯一の姫君(ヴイ・ラ・プリンシア)にして、【鍵の少女】。  リュークスがでていったあと、【カイル】は【アッシュ】となる経路をたどってきた。  そして、ここにいる。 「そう、かな?」 「うん。だって――」  彼女の胸を蝕む――毒。  僕は彼女の手を、強く強く握る。  彼女は優しい笑みを浮かべて、僕に握り返した。 「アッシュに、好きっていえたから」  塔が爆発する。  地上の魔物が破壊工作をしたのだろう。  闇の放流が、僕たちに伸びる。 「死んでも――」  僕は彼女をだまらせる。  そして、僕が変わりに口を開く。 「ずっといっしょだよ――」  彼女は、嬉しさの涙を流す。  僕は、そんな彼女を、優しく抱きしめた。  そして、僕たちは――  死して、本当の幸せを得た――  闇。  真なる闇。  桁外れの濃度をもつ、闇。  それは、魔界。  魔界への扉。  その紋章は、ひとつの断片をもとめる。  その断片は、生を紡がれし少女に――  そして、その断片は生と死の狭間で、共鳴する。  断片はゆっくりとした動きで、最後のピスとなって、このパズルを完成させる。  そして、起こるのは衝動。  狂喜の顕現への衝動。  魔界はその記憶にある、憎き正義の主をもとめ、憎き正義の主の死を紡ぎたいと願い―― 『魔界設置座標設定完了 展開率100% 制限率0% 魔減率0% 移空可能』  この世界へと顕現される―― 「おお………………あれこそが『魔界』愛しきわが故郷よ!!」  魔神がつぶやく。  サクラに付けられた傷は、跡形もなく完治している。  魔神は、空からゆっくりと降りてくる『魔界』をみて感嘆した。  その魔界は――箱舟。  闇の空気を纏った、巨大すぎる箱舟。  それは、空間摂理を越えた、この世界ではないなにかでつくられた建造物。  その膨大な魔力は、世界ひとつ分となる闇。 「やっと、やっときたか………………黄昏の刻!!」  紫のオロラが箱舟を包み込む。  屈折歪曲した膨大な力が垣間見える。  そして、一定以上の高度に下がると、不思議な重力で音もなく止まった。 「ククク………………殺戮劇(グランギニュル)がはじまるぞ………………」  魔神は向かった。  片翼を広げ、弾丸のようにまっすぐと。  そのお面に隠された半顔はにやりと笑い、隠されていないほうは無表情に。  その異色の両目は、ぎらぎらと輝いて―― 「私の勝ちか――君は間に合わなかった」  魔王は空の一点をみる。  ふたつの物体がみえる。  そこから、魔王に返される視線。 「私の勝ちだ。そして私の敗北だ」  魔王は『魔界』の上でつぶやく。  それは、本心。 「魔界を起動させたことでわかった。私の本心。私の望むもの。 そのために、世界は何度滅んでもかまわない」  魔王は今は亡き彼女を思い描く。  彼女は、勇者をみていた。私は、彼女をみていた。  彼女は、勇者を愛していた。魔王は―― 「私は――勇者に恋する彼女を愛していた」  魔王は、ただただ迷う。  円環の自問自答(ウロボロス)を繰り返す。  私はどうしたいのだ――と。 「ただわかるのは、彼女をこの世界に取り戻すということだ。この『魔界』を対価にしてでも――」 −−私は、愚かな神からすべてを取り戻す――  魔王の漆黒のマントがなびく。  その目は、その生き様は、魔王という格を超え、魔王という格を捨て、真実の彼を映し出していた。 「私は名を告げる。私であるために。私であるがゆえに―― 私の名は――」  世界が漆黒の『闇時代』を迎えた――